吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい 作:ボンゴレパスタ
ハアッ、ハアッ、ハアッ…
寮の門限時間などとうに過ぎ、閑散とした学園内を走るウマ娘が一人
―――なんで私がこんな目に
脂汗が額を流れ落ちていくーー最も、彼女をここまで駆り立てる理由は門限時間を過ぎたことによって寮長にどやされることでは決してなかった。
背後を振り返ると、そこには彼女のあとをぴったりとつけるように足跡がついてくる。
ひっ…
声にならない悲鳴を上げて懸命に足を繰り出していくが、そのスピードはウマ娘である彼女の速さを遥かにしのいでいた。
「誰か助けーー…」
その続きの言葉を話す前に、彼女の意識は闇に引きずり込まれていった。
菊花賞で無事勝利を収め、吉良は久方ぶりにくつろいで熟睡した後の朝を満喫していた。
朝食のベーコンエッグとトーストを朝のコーヒー一杯と共に楽しむ…これ以上ない贅沢である。
「こんな朝を美しい手の彼女と過ごせたらどんなにいいことか…」
テレビを流し見ながら身支度を整えていく。テレビではウマ娘に関するニュースが尽きず報道されていた。
「漆黒のステイヤー、菊花賞で大金星」「天皇賞の悲劇、意識不明の重体か」「メジロ家の令嬢、秋華賞で勝利」…まったく話題が尽きないものだな…
――トレセン学園に着くと、何やら騒ぎが起こっていた。
人を捕まえて何が起こったのか話を聞くと、どうやら昨晩にトレセン学園の生徒が廊下で倒れていたのを警備員が発見したらしいのだが、その奇妙な状況が騒ぎを引き起こしているようだーーすなわち発見された際にその生徒は栄養失調寸前の状態だったらしい。数時間前まで健康な状態の彼女が目撃されている以上、発見時の様子は怪奇というほかない。
幸い命に別状はないようで、現在は病院に運ばれており彼女の意識の回復を待つ状態とのことだが、目撃者から話が聞けない以上全貌の見えない事件に多くの人々が不安を抱くのは当然のことであった。
一応ライスには、今日は寮でおとなしくしていろと言っておくか。
今日はトレーニングはオフなので問題はないだろうが、新手のスタンド使いの可能性もあり得るーーその場合の能力、その目的は一体何なのか…
もしこの吉良吉影の敵となりうる存在だったら…
思考の波に身を投じながら吉良はトレセン学園の校舎に入っていった。
―――授業が終わり真っすぐ帰り道につこうと、ライスシャワーは校舎から外に出た。
お昼ご飯をお兄様と食べていた時、お兄様から昨日の事件が解決するまではできる限り外に出てはいけないといわれたのだ。
本当は新しい絵本を買いに行きたかったのだが、吉良に言われたことを破るつもりなどライスシャワーには毛頭なかった。
明日以降のトレーニングで遅くなる日はお兄様が送ってくれるって言ってたからーー
少なくとも、彼女はこのまま真っすぐ寮まで帰るつもりだったーーしかしその予定は彼女に被せられた麻袋によって狂わされることになった。
「――――!!!」
唐突のことで声も出せないでいると、やがて彼女の体は担ぎ上げられ、どこかに連れていかれることになった。
――しばらく麻袋の中で揺られていると、やがて外に放り出されてしまった。
ライスが自身に対して誘拐まがいの行為を行った犯人の顔を見つめると、その顔はよく見知った顔であった。
ウマ娘にしては大柄で非常に眉目秀麗な、葦毛に頭に小さな烏帽子のようなヘッドギアを付けたウマ娘が満面の笑みでライスの前に立ち尽くしていた。
「ゴールドシップさん…!」
――事件あるところにこのウマ娘あり。
そう言わしめるほどの問題児であり、その奇行はもはやトレセン学園の名物の一つと化していた。
「おいお米!」
お米ってライスのことかな…?
生まれて初めて呼ばれた頓智気なニックネームに困惑するライスをよそに、ゴールドシップはその笑顔を崩さぬまま彼女に対して大声で言い放った。
「今日からお前をゴルゴル探検隊に任命する!」
「ゴルゴル探検隊…?」
「昨日うちの生徒が廊下でぶっ倒れてただろ!あの事件を解決するためにたった今アタシが結成したチームだよ!ほら!メンバーが隣にいるだろ!」
指さされた方角に首を向けると、そこにはロープで体をぐるぐる巻きにされたマックイーンと、彼女らが所属するチームのトレーナーがいたのだった。
その日の夜、寮の門限時間まで30分を切ったが彼女らは何も手がかりを見つけ出せずにいた。
吉良の言いつけを破ってしまった手前罪悪感に苛まれながら、ライスは3人の後に続いていた。
ーー昼過ぎから降り始めた雨が、ポツポツと身体に降り落ちていく。
昨晩の事件もあり、校舎に残っている人物などおらず、いるのは物好きとそれに付き合わされる4人のみだった。
「あとはコース場だけか…」
夜の帳が下りたレース場では自分たちの足音以外何も聞こえず、投光器の光のみが視界の頼りとなっていた。
「二手に分かれて回ろう」
その提案を元にマックイーンとライス、ゴールドシップとトレーナーに分かれて片方は左回り、残るは右回りでレース場を回って何かないか探していく。
「ーーライスさんはトレーナーさんのこと、随分信頼なされているのですね」
「うん…ライスにとってお兄さまは全てだから…命の恩人だから…」
「全て」と言い切る彼女の言葉に違和感を覚えたが、マックイーンは会話を続けた
「命の恩人…?」
「うん、ライスの人生に色を与えてくれたんだよ。…それにこの間だって夢の中で…」
その時だった。
「あーー!」
ゴールドシップの声が響き渡る。
いつもの冗談かとも思ったが、その声にはいつもの余裕はとてもではないが感じられなかった
何かあったのかと彼女のもとに集まると、そこにはゴールドシップとトレーナーが倒れていた。