吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたい 作:ボンゴレパスタ
一体目の前で何が起こっているのか。
眼前の光景を認識しつつも、自身の常識を遥かに超えたその事態に、マックイーンはひたすらその光景から目を逸らすこともできず立ち尽くすことしかできなかった。
ーーゴールドシップさんとトレーナーさんが倒れている
本来スタンド使いではないマックイーンとライスシャワーはこの2人に牙を剥いたスタンドを視認することは出来ない。
しかしながら、今日は昼から続く雨模様である。空から降り注ぐ雨がその体に当たり、跳ね返ることによって彼女らを襲った犯人の輪郭を確認することができたーーしてしまった。
その追跡者は長い首と頭を有しており、長い四肢で地面に立っていて、さながら動物のようにも見受けられた
「認識シタ…ワタシのスガタを…」
どこからかそのような声が聞こえたかと思うと、数十メートルは離れているだろう距離からこちらに向かって真っ直ぐ向かってきたのだった。
「…気をつけろ!ソイツ、自分のことに気づいたやつに襲いかかるみたいだぞ!やられるとアタシたちみたいに力を吸い取られるぞ!」
ーー苦しそうに首をあげ、ゴールドシップが注意すると同時に、追跡者は音もなく、しかし確実にこちらに向かって走り出してきた。
ライスシャワーとマックイーンは追跡者から懸命に逃げながらも、窮状を打開するべく口を開いた。
「なんですの!あのシルエットは!」
「ずっとライスたちを追ってきてるよ…!」
「ーーこれからどうしますの!?あの追跡者からずっと逃げることはおそらくできませんわ!」
「…ライス、何とかしてくれる人知ってるかも」
――幸いライスは知っていた。同じような事件があったことを、自身が当事者だったことを、そして同じような能力をもつウマ娘がいることを。
ライスシャワーが足を懸命に繰り出しながらポケットからスマホを取り出すと、ある人物に電話をかけた。
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「…なるほど、状況はわかりました。ライスさんの言う通り、それは私と同じ能力を持つ人の行為と言って差し支えないでしょう…」
夜に唐突の来電に戸惑いながらも、先の一件で迷惑をかけてしまったライスのためになんとか力になろうとマンハッタンカフェは頭をフル回転させていた。
「…まずその追跡者ですが、いくつかわかった点と気になる点があります」
「まず1つ目に、恐らくその能力者は能力を制御出来ているわけではありません。私が「あの子」によって能力が暴走してしまった時と非常にシンパシーを感じます。その追跡者は能力を使いこなせていない、もしくは出来ない状況下にあると考えていいでしょう」
「2つ目に、追跡者の出現場所とその目的です。能力には必ず当人の意思や特徴が出ます。今回の場合、学園のレース場を根城にして、追跡した相手の力を奪い取るという目的があります。考えるに自分が今栄養や力を欲しているということでしょう…」
「3つ目に事件が起こった時期です。事件が起こったのは昨日から…つまり、能力者が栄養や力が必要になった、目的が出来たのが最近ということになります…」
「これらのことから考えられる能力者の像は…」
「…犯人は恐らくウマ娘。目的は、栄養を使って自身の身体を強化、もしくは癒すことが目的でしょう…」
カフェがそう言うと、マックイーンが徐に口を開いた。
「ーー1人心当たりがありますわ…」
青ざめた顔でマックイーンが言葉を続ける
「この時期に栄養が必要なほどの怪我を負ったウマ娘を…私は知っています…」
「マックイーンさん…?」
「先のライスさんが活躍した菊花賞と同時期に行われたレース…秋の天皇賞で1番人気だった彼女がレース中の事故で大怪我を負いましたーー今も彼女は意識不明の重体のはずですわ…」
「――まさか…」
「異次元の逃亡者と呼ばれたウマ娘…」
「…サイレンススズカさんですか…?」
しばしの沈黙が流れた後、カフェが口を開いた。
「…たしかにスズカさんは意識不明の状態…能力を制御出来ないのも頷けます」
「――つまり、スズカさんが事故のけがを癒すために、無意識に発動した能力がその能力ということ…?」
「――その可能性が高いと思います。スズカさんの入院先は中央病院です…一度お見舞いに行ったので病室も把握しています。幸いここから距離は近いので、追跡者を躱しつつそこまで目指してください」
電話を切るや否やスズカの入院している中央病院に向けて足を繰り出していくが、トップクラスのスピードを誇るスズカの能力の発露である以上、ペース配分のために速度を落とすことさえ許されない。ステイヤーとして名の馳せる二人も、ペース配分を度外視した走りにそのスタミナは大きく狂わされていた。
「仕方がありませんわ…ここは二手に分かれましょう。もしも片方が捕まったとしても、スズカさんを止めることができればなんとかなりますわ…」
「…うん、マックイーンさんも気をつけてね…」
お互い目を合わせて校門を出ると、二手に分かれて病院へと足を繰り出していく。
マックイーンが後ろを振り向くと、ウマ娘がシューズに装着する蹄鉄によく似た足跡が自身の数メートル後ろをついてきているのを確認した。
「こっちについてきたってわけですわね…」
前方を見据えてその足を繰り出していくが、ハイペースで走り続けてきたマックイーンの足はすでに限界を迎えていた。
――どこかで少し休憩したいところですわ
しかしながら追跡者が追ってきている以上、その足を止めることなどできない。かといってこのまま病院まで同じスピードで走り続けることなど到底できない。
マックイーンは悲鳴を上がる足に鞭打ちながら、必死にその頭を回転させていた。
「――どうやら追跡者は、先ほどの話から察すると意思や知能を持っているというわけではなくロボットのようにただプログラミングされた行動――認識した相手を真っすぐ追跡するという行動しか起こさないようだ
「それならやりようがありますわ…!」
マックイーンは視界に入った工事現場に近づくと、ちょうど路面工事をしていたようで、地面に穴がぽっかりと開いていた。
マックイーンはそれを認めると、立ち幅跳びの要領でその穴を飛び越えた。
「これでいかがでしょうか…?」
後ろを振り返ると、やはり追跡者は細かい状況の把握などできず、馬鹿正直に穴に突っ込んだようで先にいるマックイーンを追跡する様子はなかった。
「――これで少しは休めそうですわね…」
しかしこの追跡者もすぐにこの穴を上がってくるだろう…マックイーンはつかの間の休息を取ると再び病院に向かって足を繰り出した。
中央病院についたマックイーンは、カフェから伝えられた病室に向かうと、階段を駆け上がっていくーー汗が吹き出し、足は風に吹かれる小枝のように震えていた。
スズカの眠る3階にたどり着き、病室に向かってその足を繰り出そうとするーーしかし一歩踏み出そうとすると、彼女の体はつんのめるように前に押し倒された。
「しまっーー」
瞬時に体から力が失われていのを感じる。手から砂が零れ落ちていくように、自身の器から力が等加速的に失われていくーー
その時、自身の背中に感じていた重みがフッと軽くなるのを感じる。
幾分か力を失った体を何とか立たせ何が起こったのかと目を向けると、ライスシャワーがうずくまっているのが目に入った。
――マックイーンに一拍後に病院に入ったライスシャワーの目に入ったのは、目に見えない追跡者に追いつかれてしまったのかマックイーンが倒れている姿だった
「…マックイーンさんを助けなきゃ」
恐怖にがんじがらめになりそうになりながらも、ライスシャワーの目に、決意に迷いなどなかった。
――きっとお兄様も、ライスがマックイーンさんと同じ状況にいたらこうするから
ライスはマックイーンの元に走ると、ぶつかるようにマックイーンの背中にいるであろう追跡者に抱きついた。
「…マックイーンさん、スズカさんのところにいって…!」
声が絶え絶えになりながらこちらを真っすぐ見つめるライスの想いを受け取ると、よろけながらマックイーンは病室に向かった。
「ここですわね…」
病室の部屋番号の下にあるサイレンススズカの名前を確認すると、マックイーンはその扉を開けた。