PM6:30
パン、とジェシカが手を叩く。するとその瞬間、ぽこことりんりを包み込んでいたマジカルゾーンが消失する。
「わわっ」
「いてっ!」
二人が尻もちをつき、もとの大宇宙倫理の会の事務所に戻ってくる。隣の部屋から何事かとメンバーが入ってきた。
「大丈夫ですか? 鏡があるんですから気を付けて……誰です!? その女の子は?」
桃戸メリーだ。後ろからめろじゅーも顔を覗かせる。
「気をつけろ、そいつヤバいぞ」
りんりがそう警告する。
「心外ですねえ」
言いながらジェシカは、先ほどぽここが開こうとした空間の亀裂に手を添える。
「ついでだから、事件の当事者には全員集まってもらいましょうか」
ジェシカの手から莫大な魔力が注ぎ込まれ、空間に人ひとり通れるほどの大穴が開かれた。
「イテテ……ここは?」
体中が水生生物の皮膚で覆われた奇怪なメガネっ子と、全身を黒くとげとげしいコスチュームに包んだうさ耳少女がなだれ込んでくる。
「気づいたかな?」
ジェシカはそんな二人に声をかける。
「やあ初めまして。僕はジェシカ・マージマンですよ。以後よろしく」
「……誰?」
全く事情が飲み込めない、という様子のりんり、メリー、ぽここ。
空間を超えてやってきた11子、うさ子。
相変わらず何を考えているのかわからないめろじゅー。
全員に向け、異邦の魔術師ジェシカは流暢な日本語で(どう見ても外国人!)話し始める。
「先ほどの様子だと、ミスティックシールドを展開していたあなたとあなた」
「魂川りんりだ」
「凸星ぽここぽこ」
「りんりとぽここ。二人は、魔術の存在は知っているようですね。この世界には魔術が存在する。これを知っておいてもらいます」
本来、魔術の存在は秘匿すべきものだが、今回は緊急事態だ。
「魔術の世界では、簡単に言うと時間・四次元・並行世界・霊界には触れてはならないというルールがある。これさえ知っておけばいいですかね」
荒唐無稽だが、とりあえず理解するりんりたち。ぽここは顔を青くしている。
「僕が調べたことを今から話すので、ついてきてください」
それからジェシカは、ぽこことりんりの時間旅行が先ほどのルールすべてに触れていることを話した。
「それってつまり、めちゃくちゃヤバいってこと!?」
りんりの問いにジェシカは頷く。
「そのとおり。現に、すでに影響は出ていたようですね。それが、あなたとあなた」
「ヤケクソうさ子」
「11子だよ」
「うさ子と11子、君たちが倒した精神寄生体。正式名称・厄災デチクゥ。あれは、並行世界のルールを犯した影響で出てきたものです」
ぽここの手により、りんりの未来の行動が変わった。新たな一つの未来、すなわち並行世界が生まれたのだ。
しかし、並行世界の容量は決まっている。
その結果、でじちゃん、そして精神寄生体によって荒廃した世界とこの世界は融合し、むりやり容量を抑えているという。
「どうりで、第1次アイドル戦争についての情報が出てこないわけだ!」
りんりが声をあげる。
彼女たちが調べていたアイドルグループPerfectionのメンバー・出羽次郎子(通称でじちゃん)についての情報は、世界が強引に合体したことで断片的にしか残されていないようだ。
「っていうことは、もう三体、時間と四次元と霊界のバケモノが襲ってくるということ?」
11子が情報を整理しながら問いかけるが、ジェシカは首を振る。
「確かに、それぞれのルールを犯した際に現れる危険な神的存在はいます。でも、彼らは全員、厄災デチクゥと違って時間の尺度が人間と異なっているので。簡単に言えば、すぐには来なさそうです」
「ひとまず安心していいのね?」
メリーの安堵した表情に水を差すように、ジェシカは返答を叩きつける。
「それは違います。厄災デチクゥを倒したのは、ヤケクソうさ子さんでしたね。あなたには覚悟をしてもらう必要があります」
「ふふふ、そんなことだろうと思ってた……首突っ込むんじゃなかった」
ナーバスになり、ブツブツとつぶやくうさ子。
「あなたが倒さなければ、この世界は終わっていた。感謝してもしきれない。だから、僕も協力しますよ、安心してください」
ジェシカがフォローを入れる。11子は心配そうに、
「うさ子の身に何が起きるんです?」
と問う。
「それは起きてみないと分からないですが、並行世界を司る存在を殺してしまったのですから、どんなしっぺ返しが来ることやら。落ち着くまでは、僕が魔術で抑えてみますが……」
「ぽここたちも手伝うぽこよ!」
「私も……私たちが原因なのに命の恩人が大変な思いをするのは筋違いだしね」
ぽここやりんり、メリーも追従する。
「みんな……ありがとう……らぶ……」
うさ子の安堵した表情。だが、ジェシカが異変にいち早く気づく。
「すみませんみなさん、あの鏡を」
事務所に立てかけられた大きめの姿見。いつもりんりやメリーが服装を整えるときに全身を映すそれに、今は近くに立つうさ子が映っている。
しかし、どこか様子が違う。
「鏡の中のうさ子、耳が変だ!」
11子の指摘通り、現実のうさ子はピンクのチャーミングなうさ子イヤーが生えている。しかし、鏡の中の彼女は何ということだろう、尖った黄色の耳だ! そして、表情も心なしか暗い……ジェシカが叫ぶ。
「みんな離れてください!」
鏡が裂ける! 破片が散る!
鏡を通じ、並行世界から似て非なる存在が出現する!
「もう一人のわたし……!?」
「並行世界のうさ子です! 気を付けてください、全く違う人生を歩んだあなたが、何をするか分からない!」
「私はもううさ子じゃあない……ヤケクソきつ子、なんてね」
彼女の持つナイフが怪しく鈍い赤色を覗かせた。