私がその不気味だけど面白い教祖様と出会ったのは、大学生の頃だった。
将来やりたいことなんて何にもない。楽しいこともない。そんな私は、彼女に引っ張られる形で天文部に入部した……はずだった。
「大宇宙倫理の会?」
「そう! 私の考えを広めていく……いわば宗教団体だよ! 君にもぜひ! 協力してもらいたい!」
「嫌です、そんな宗教なんて……」
「そこをなんとか! そうだ、たまに遊び相手になってくれるだけでもいいからさ~! さみしいんだよ一人だと」
宗教、というフレーズの団体に入るのは非常にためらわれたが、このつまらない大学生活の中で少し、この愉快な人と過ごすのも悪くないかなと。そう思った。
その後、天文部が消滅したり、めろじゅーとかいう子どもだか生き物だかよくわからない謎の存在が仲間に加わったり、為久トウジとかいう男が一時期いたような気もする。とにかく、教祖……魂川りんりという女の存在はわたしの大学生活に紫色の彩りを与えたのだ。
そして、大学を卒業した後、私は大宇宙倫理の会で働いていた。といっても、雑用係。それでもつまらない社会でくだらない仕事をするより、りんりとグダグダと日常を過ごす方が幾分かマシだったのだ。
実際、彼女はわたしに宗教の内容については全くと言っていいほど何も話さなかった。
ほかの人々に対してはあんなに熱心に勧誘を行っているというのに。
でも、そういう距離感はありがたかった。
結局最後まで、私は協力していただけでその内容についてはちっとも理解していなかったし、信じてもいなかったのだ。だから、最後に彼女を見捨てるなんて馬鹿な真似をしたのかもしれない。
私もあそこで、めろじゅーやりんりと一緒に死んでおけばよかった。
2045年
「また蟲毒の壺ですか? ニオイがきついんですよ」
時々、異臭を放つ開運グッズを事務所や教会に置くりんり。今回もその類か、と私はその日も思っていた。
しかし、違った。
それは、脅迫状だった。
ことの経緯を説明するには、この宗教団体がどうして生き残って来たのか、そしてサイボーグという存在について語らなければならない。
どうやらこの世界には、サイボーグなる未来からやってきた機械生命体がいるらしい、とりんりは2020年代にはすでに気づいていた。まだ、世間一般に知れ渡る前から……
そして、独自に手に入れた情報を使って、この大宇宙倫理の会の資金としてきたのだ。もちろん、開運グッズなどの販売もしていたがほとんどの収入はサイボーグ関係だった。霊感商法、詐欺にまで手を染め……その合計は2億円にのぼった。
でも、その時私たちは知らなかったのだ。サイボーグの恐ろしさを。
2035年からサイボーグは人間社会に進行を開始し始めた。
2045年からは武力行使もいとわず、人類では太刀打ちできない破壊力で敵対勢力を破壊、撃滅。
そして、そのあらたなターゲットとして選ばれたのがここだった。
「サイボーグからの脅迫状ですか……」
「ああ、彼女らはわたしたちがサイボーグの情報とかでぼろ儲けしたことにそうとうおカンムリだ。このままだと……すぐに攻撃が来るかも!」
りんりの指示でドア周りを家具でふさぐ。その間も、りんりは脅迫状と一緒に送られた明細書をみて頭を抱えていた。他人を利用して楽に稼ごうとしたツケが回ってきたのだ。
私は死ぬのはごめんだ、と荷物をまとめ始めた。
カーテンの向こうは夜だというのに煌々と赤く光っていた。サイボーグの爆撃がすぐそこまで迫っている!
「りんりさん、逃げましょう!」
「ダメだ。めろじゅーがまだ帰ってきてない……」
「くっ!」
私はその時、たぶん自分の命が惜しかったのだ。
ずっとりんりについていくだけで、自分一人で生きてきたことなんて一度もなかったくせに。
今更一人で生きれるのか。答えは、否だ。
しかし、自分の決断は覆らない。そして、時間も巻き戻らない。
私が逃げ出した先で見たのは、攻撃を受け爆発炎上する大宇宙倫理の会の教会だった。
教会は跡形も残らなかった。事務所には怖くて行っていない。結局、めろじゅーは行方不明のまま。そしてりんりの遺体も見つかっていない。
彼女ならもしかしたら、どこかで生きているかもしれない。
そんな楽観的な考えはわたしには持てなかった。サイボーグの恐ろしさを、身をもって体験してしまったから。
ひとり、サイボーグの監視から逃れ地下鉄に隠れ潜む。しかしそれも、時間の問題だろう。
ああ、私はなんてことを、そう思ってももう遅い……
少しでもりんりの導きにすがりたくて、私は持ち出した荷物から布教用の冊子を取り出した。
いままで全く読んだことのなかったそれを、一心不乱にめくる。
(りんり、こんな私を……もう一度導いて)
彼女の教えは、こうだった。
私たちは死ぬと時間を超えて転生する。この世界の存在はすべて、自分が転生した姿。そして、輪廻転生の終わりに私たちは真理に到達する。
私は真理などには興味はなかった。ただ、自分が死ぬことで時間を超えて輪廻転生するならば。
もう一度、過去の私に転生できないか?
それは、りんりの思うところではなかったらしく、なんの根拠もありはしなかったが。
もし、自分に転生して。このことを……この悲しい結末を少しでも覚えていたら。私は、りんりといつまでも楽しく……
タイム・パラドックスがどうとか、輪廻転生が本当にあるのかなんて私には知ったことではなかった。
ただ、何度転生してもこの私、桃戸メリーに戻ってくるという強い意志だけは持っていた。
そして私は、この命を絶った。
「メリー! どこに行く! メリー!!!」
メリーは、荷物をまとめて教会から避難してしまった。しかし、それを止める権利はりんりにはない。ずっと私の活動……見方によっては悪事だったかもしれない……に付き合ってくれた友達だ。
私と一緒に死んでくれ、とまでは言えなかった。
しかし、出かけたままのめろじゅーが心配だ。彼女が戻るまで、ここを離れるわけにはいかない。そう考えていると家具でふさいでいたドアが勢いよく開け放たれた。
(まさか、サイボーグ……もうやってきたか)
しかし、そこに立っていたのはサイボーグではなかった。
サイボーグの如く奇抜な恰好をし、その腕には迷子のめろじゅーを抱えていた。
りんりとは面識のないはずのその少女は開口一番にこう叫んだ。
「急いで! タイムマシンで逃げるぽこ!」
「……ぽこ?」
つづく
補足(元ネタ)
原案:大宇宙倫理の会「マシーナリーチルドレン」
桃戸メリー、めろじゅー…大宇宙倫理の会 動画シリーズより
為久トウジ…大宇宙倫理の会の物語【1】より
蟲毒の壺…本編動画第四話より