東京。
人々の欲望渦巻く街。
不夜城の如く、その都市は昼も夜も、事件が起こっても起こらなくても、変わらず蠢き続ける。
人々は皆仮面を被り、自分の本心に蓋をする。
醜い自身の本性が、世間に暴き出されないように。もしも漏れ出てしまった者は……
民衆という名の悪意に粛清されてしまうから。
「コンコン☆」
「エリリーッ!!」
「コンコン☆」
「エリリーッ!!」
コールアンドレスポンスで会場の全員が一体となる高揚感。暗い夜。街の地下にひっそりと、しかし熱気をまとった空間。
その日、狐の里の箱入りムスメ……というていの、やや尖った地下アイドルのライブに、ファンが集まっていた。
このアイドルだって、仮面を被っている。アイドルという名の仮面を。
ファンたちは知らない、彼女の本当の姿は、どこにでもいるような普通の事務員だ。
仮面はよくも悪くも、その人間を変えてしまう。
そして、現実と理想の狭間で苦しむこととなる。
彼女がアイドルとして自分の本当の姿を取り繕うように、この場所にもう一人、本性を隠すものがいた。
最前列で応援する、熱狂的なファン。オタクを超えて、もはやその姿は信奉者。
しかし、行き過ぎた愛は、漏れ出てしまうものである。
彼は決して特異な人間ではなかった。人並みに友達がいた。人並みに趣味もあった。そして、人並みの職に就いていた。人間が闇に落ちるのに、特別な理由などない。ただ、醜い本性を抑えきれるかどうかなのだ。
彼はその膨大な感情を抑えきれず、このアイドル……コンコン☆エリリに対しストーカー行為を行っていた。
SNSの情報から場所を割り出しストーキング。自宅や職場、個人情報の特定……
情報の溢れたこの世界では、本名を偽り活動したところで、その正体を隠し通せるものではない。
そして、人間の欲望は留まるところを知らない。
"情報"をあらかた収集し終えたストーカーが次に欲したものは……
彼女の一部。落ちた毛髪、捨てたペットボトル、そして彼女自身……
その夜、ライブは熱狂のうちに終了。深夜、裏口から帰宅するコンコン☆エリリ……本名、最道エツ。彼女の跡をつける男の姿。
「……なに?」
物音に気付き、最道エツが振り返る。しかし、そこに男の姿は無く。
彼女は首をかしげながらも、足早に帰路へとついた。
男はあの時、彼女の背後まで迫っていた。だが突然、音も無く何者かによって裏路地に引き込まれた。
「な、なん……」
声を上げることは許されなかった。首を締めあげられ、うめき声すら漏れださない。零れるのは、愚かで醜悪な行為を働こうとした汚い男の腐臭だけだ。
やがて気絶した男を、襲撃した人物が平手打ちで叩き起こす。
「べふっ!」
「起きたか」
「な、なんだお前は! よくも、俺の神聖な行為の邪魔を……」
リュックから果物ナイフを取り出すも、蹴り上げられ反撃手段を失う。
男はやっと裏路地に目が慣れてきたのか、襲撃した人物の正体が見えてくる。
「うわっ!!」
その声は、驚き半分、恐怖がもう半分。
それは、男だった。しかし、顔は女の顔だった。女の"仮面"を被っているのだ。
「な、なんなんだ、オマエ……」
「……」
答える必要はないとばかりに、無言で胸倉を掴み、殴打。男の顔は大きくゆがみ、吐血とともに白い歯が飛ぶ。
「警察に突き出す。だが、その前に半殺しにする」
ぼそぼそと仮面の奥から聞こえてくるのは、とうてい信じられない言葉。
「く、狂ってる……」
「言えた義理か」
再び、殴打。抵抗の意思は既になく逃げようとする男を、仮面の人物は決して許さず。
警察署の前に投げ捨てられた死にかけの男。傍らには、証拠となる彼の携帯端末がご丁寧に置かれていた。
夜が明ける。
仮面の人物は朝日とともに、その不気味とも思えるマスクに隠された自身の本性を現す。
そこにいたのは、ごくごく普通の……どこにでもいそうな、メガネをかけたさえない風貌の男。
仮面は、人の本性を隠し、闇を覆って社会へと溶け込ませる。
だが、この男は逆だ。
異質な女の仮面を被ることで、自身の悪に対する苛烈なまでの暴力性が発露する。
彼はヒーローか、それとも狂人か。
彼にも、それは分からない。
東京にまた、夜の帳が訪れる。人々は仮面から解放され、そして狂人は仮面によって解き放たれる。
闇と汚泥で澱んだこの都市に。
新登場マシーナリーチルドレン
瀬暮冠衣
補足(元ネタ)
最道エツ(コンコン☆エリリ)…ヤケクソうさ子pixiv第114回より