チルドレンズ   作:晩舞龍

38 / 44
電脳奇蟲

「クソッ、誰だコイツを自由にしたのは……! また基底現実にハッキングするのは面倒なんだぞ! 最近はあの馬陸が邪魔で……」

 

 

 2021年9月

 

 藤野財団の研究施設で発生した"鬼"の脱走事件によって、多くの研究員が死亡。

 その中には、研究の主要メンバーだった清水紙魚子の遺体もあった。破壊された施設の瓦礫の下から発見されたそれは、鬼によって腹を貫かれ、首を吹き飛ばされていた。

 

 同僚の由井河あきらは運ばれてきた遺体を一瞥し、ため息をつく。

「あいつ、次はいつ帰ってこれるのかね……」

 そう零し、バナナをひとかじりする。

 

 

 時は遡り、清水紙魚子の死後コンマ0秒後。

 紙魚子は自分のベッドで目を覚ました。同時に、目覚まし代わりに莫大な量の情報を脳内に注ぎ込まれ、ここが"基底現実(仮想空間である電子世界と区別して現実世界のことをこう呼称する)"ではないことを理解する。

「あークソ! やられた」

 彼女は確かに、"鬼"によって惨殺された。普通の人間であれば、そのまま死亡。だが、彼女は違う。

 清水紙魚子は電脳生命体だった。電子の世界に脳のバックアップがあり、それが絶たれない限り生き続けられる。

 便宜上、基底現実の知的生命体である人類、ホモサピエンスと同じ姿をとっていたが、それはPCが人間にハッキング出来ないのと同様、電子生命体もまた生命体にしかハッキングを行えないからである。

 基底現実に存在する使い捨ての人間……「助手」と紙魚子は呼んでいるが、その肉体に入り込み操ることで別世界での活動を可能にしていたのだ。

 

「早く基底現実に戻って研究を続けたいのに……!! 肉体は由井河がまた見繕ってくれるだろうが、問題は私がどうやってここを出るか、だ」

 

 彼女が電子世界に生まれた存在にもかかわらず、ほとんど帰っていなかったのは基底現実の生命体の調査に夢中だったこととは別に、もう一つ理由がある。

 

 そもそも、電子生命体は基底現実の人間がインターネットやダークウェブからアクセスできるシロモノではない。

 もっと高度な、高次元な知覚を持つまで人類が進化しないと到達できない領域の存在なのだ。

 それは、高度に進化した電子世界でも同様で、清水紙魚子は電脳生命体の中でも優れた研究者であったことから現実世界の生物への干渉を可能としているが、気軽に何度も行えるものではない。

 

 

 紙魚子はただそうしたいと念じるだけで、周囲の空間から音を排除し、思考に没頭する。電脳生命体なら、このように周囲の電子世界で思うままに空間を構築できる。しかし、現実世界に向かいハッキングを仕掛けるには次元間移動に伴う障壁が邪魔をする。

 それは世界を正しく運航しようとする大いなるシステムによる意思か。はたまた、自分たちよりも高次な存在による介入か。紙魚子にとっては、自分の邪魔をされるならどちらでも同じである。高次元の存在には興味があるが、低次元の解析も進んでいない現状では難しいと言わざるを得ない。

 紙魚子は諦めているわけではない。電脳生命体は生命活動に直結する肉体を持たないため、脳が停止しない限りその命が果てることはない。ましてや、紙魚子は無限に湧き出る好奇心で研究を続けている。この次元を飛び越えた先に世界が続く限り、脳が壊死することはない。

 

 紙魚子の時間は無限だ。しかし、基底現実の時間は有限だ。はやくハッキングを仕掛けないと、貴重な生態サンプルがその短い命を終えてしまう。

 そこに立ちはだかるのが、次元間の壁だ。

「あの馬陸ヤロー……うっとおしいったらありゃしない」

 最初に紙魚子が次元間をアタックした時は、無数の障壁だけだった。彼女にかかれば、ものの14時間で突破できたそれは、基底現実の肉体が死亡し再アタックをかけた時に大きく変化していた。

「うげ、なんだアイツ……」

 障壁付近の青白い壁は、真っ黒い電脳生物……それも、超弩級の大きさ、長さを持った"ヤスデ"が這いまわっていたのだ。

 

 次元間の行き来を妨害するために使わされたであろうこいつを、紙魚子はこう呼称した。

 電脳奇蟲サイバーヤスデ、と。

 

 アタックをかければ防御反応を起こし、その周囲の守りを固める。そして、厄介なところは電脳生物であるがゆえに"無限"の長さを持つということだ。這いまわっていると言っても、もはや障壁の全てを覆いつくしている状態だ。

 これでは通り抜ける隙がない。

 前回は無限の試行回数でアタックを仕掛け、針の糸ほど隙間が空いたところを通り抜けたのだが……。

「やっぱ、もう同じ手は通用しないか」

 観測用ユニットが情報を紙魚子の脳に転送してくる。それによると、サイバーヤスデは障壁から10万キロメートルもの長さを自身の電子肉体で覆っているという。

 これでは、無限にアタックを仕掛ける紙魚子の処理速度が追い付かない。

 

「なにか別の方法を考えないとな。世界の裏をかくような、全く違う方法を」

 手のひらからバナナをひと房生成しかじる。

「むぅ……。こうすると由井河みたいにいいアイデアが思いつくと思ったんだが、上手くいかないな」

 電脳世界の夜は更ける……。

 




新登場マシーナリーチルドレン
電脳奇蟲サイバーヤスデ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。