第四章 ~在処は何処へ~
芽琉は仮面――冠衣を手に取った。
その刹那、仮面に触れた手を通じて、冠衣の思考が流れ込んでくる。
(この状況を脱したいなら、私を装着して。マスターの身体能力がさらに増幅されるはず)
その提案に従い、芽琉は右手で瞬時に仮面を装着。同時に、左手を伸ばしサーフィス間田を抱える。
冠衣は芽琉の顔面に張り付くと、まるで触手を伸ばすかのように仮面の素材を延長し、顔全体を覆う。
霧崎もその様子を見て黙ってはいない。すかさず拳銃を構え、足元に向け威嚇射撃。それを芽琉は躱すどころか前進し、霧崎の手元に飛び蹴りで強襲! 拳銃を叩き落す。
隙が生まれた霧崎の脇を飛び、玄関ドアへと向かう。待ち構える矢季、後ろから特殊警棒で襲い掛かる霧崎。
だが、防犯用品に関しては芽琉に一日の長がある。
戸棚を蹴り上げると、現れる催涙スプレーとトンファー!
スプレーを地面に叩きつけ衝撃とガスで警戒させたところに、的確にトンファーを投げつける。両者の足に痛打を喰らわせ、態勢を崩したところを飛び越える。
アパートから飛び出すと、冠衣の意思のままに芽琉の身体は二階の廊下から飛び降りる!
「これはまずいって!!」
(大丈夫。このくらいの衝撃なら……)
地面に叩きつけられる瞬間、転がって衝撃を和らげる。それでも相当の痛手を負うはずだが、芽琉自身と冠衣の両方の力により、全くダメージを感じない。
(さ、急いで!)
冠衣の指示に従い、間田を抱えて走り出す。
「でも、どこに逃げるんだ!? あいつら車で追いかけてくるだろうし、捕まるぞ! だいたい、どうして俺を狙う!?」
(おそらく林檎を買った時点で目を付けられていたな……芽琉はともかく、冠衣や俺はどう扱われるか分からん。頑張って逃げてくれよ)
そこから、彼らが転落するのは早かった。
目的である"倒すべき敵"を見つけられぬまま、逃亡する彼ら。なんのために追われているのかもはっきりと認識しないままに、彼らなりの正義を執行していた。
それはアイドルのストーカーを半殺しにし警察に突き出すという、この法治国家に相応しくないやり方であった。
芽琉も分かっていた。この行為に真の正しさはないと。
しかし、彼にはそうやってもがくしかなかったのだ……。
「死んだって。例のストーカー」
耳を疑った。しかし同時に、諦めにも似た納得感がやって来る。都会の喧騒も届かない路地裏……住む場所もない彼に隠れられるのはここだけだ。
雨に濡れた足元を見ながら、芽琉は先刻自身が犯した行いについて反芻する。
冠衣の仮面を装着すると、より自身の力を発揮できる。だが同時に、自分の中でリミッターが外れるような感覚があるのだ。
”異質な女の仮面を被ることで、自身の悪に対する苛烈なまでの暴力性が発露する。”
その結果、法で裁かれるべき罪人を、一足早く地獄へと送ってしまった……。
数奇な運命に巻き込まれながらもヒーローになりたいと願った青年は、いまや人殺し以外の何物でもなかった……。
「なぁ、最初にストーカーを
「待って、マスター」
「いやいい、冠衣。こいつに一線を越えさせようと思っていたのは事実だ。そうしなければ、いずれ俺たちは捕まる」
間田の精神が宿るマネキンを見下ろす芽琉。
後生大事に抱えていたそれを、振り下ろした足で踏みつける。
通常の人間の数倍の速度と膂力で放たれた踏み抜きは、マネキンごと間田の魂を破壊した。
「なんて、ことを……」
「こいつに魅入られると、俺は取り返しのつかないところまで行ってしまう……。今ならまだ引き返せる」
まるで、そうであってくれと懇願するような顔つきの芽琉を、仮面の裏側から覗き込みながら、しかし冠衣にはなにも言うことはできなかった……。
第五章 ~統合する魂~
「結果として、危惧していた事態が起きたな」
「被害者も犯罪者でしたが……いずれ、無辜の一般人に被害が及ぶ可能性もあります。早急に対処しないと」
霧崎と矢季は、人員も補充されそれに見合った十分な広さとなった執務室で"殺人犯"に対処するための作戦を練っていた。
そんな彼らのもとに、備え付けの電話から内線が入る。
「こちら殲滅班、班長の大河内です」
大河内が応対するが、その表情は険しい。
「了解した。うちの部下を向かわせる」
霧崎と矢季がそれを聞いて出動の準備を始める。
電話を切って大河内が二人に指令を出す。
「仮面の殺人犯についてはいったん保留としてくれ、緊急の案件だ。都内を飛翔する物体が発見された。調査に当たってくれ」
市民の通報によると、不規則な軌道を描きながら紫色の球体が都内上空を移動し、ビルの一つに突撃したという。
早速二人は車に乗り込み、出動する。
現場に到着すると、先に到着していた警察により現場は封鎖されていた。だが、その封鎖線を超える位置にまで、ビル内の戦闘と思われる衝撃により巨大なガラス片が飛んでくる!
「危ない!」
警察官の一人があわや押しつぶされようかというその瞬間、霧崎と矢季の二人は見覚えのある男が姿を現した。
男は、霧崎と矢季が追い詰めながらも逃していた殺人犯の男、瀬暮芽琉。
彼が仮面を取り出すと同時に、その顔面がまるでマネキンかのようにのっぺらぼうになる。その上から女の顔をした仮面を着ける……
「変身ッ!」
芽琉の体に、冠衣と間田、ふたりの力が流れ込む。刹那、芽琉は10m離れていた警察官のさらに前にまで移動していた。
巨大なガラス片は、飛んできた方向へ吹き飛ばされた。警察官を守るように、芽琉……いや、"瀬暮冠衣"が立つ。
「やっと分かったよ、この力の使い方が」
数刻前。
間田のマネキンを破壊してしまった芽琉。するとどういうことだろうか、間田の魂が可視光線となって芽琉の体へと流れ込んでくるではないか。
「ど、どうなってる!?」
(驚くことじゃない。俺とお前、そして冠衣ももともとはお前自身。それが統合され、元に戻るだけだ)
夢のりんごによる奇跡はあくまで身体の強化だけであり、三つの人格はもともと芽琉の体に宿っていたものを表出させたに過ぎなかった。
「俺は……お前を否定してしまった」
(八ッ! 自己否定か。それも悪くないだろう。何度でもやり直せる。俺はお前自身なのだから。そして……)
間田は続ける。
(お前の人生も、生き様も、そうだ。やり直せる)
「……間田。冠衣」
「そうですよ、マスター! 今からでも遅くありません」
芽琉はギュッと拳を握り、決意を新たにする。
「"倒すべき敵"は無くたっていいさ。いままで、その通りに暮らしてきたわけだし……でも」
空を見上げる。晴れ渡る晴天。
「もしそんな存在が現れたら……その時は三人の力を合わせて、打ち倒そう」
法で裁けない悪ではなく、警察の手に負えない悪を裁く。それが、彼が逃避行の中で見つけ出した一つの道だった。
そんな彼の決意と重なるように、空を異形が駆ける。
続いて、衝撃音。
「早速事件のようだ、マスター」
「ああ、行こう」
歩みだした、その瞬間……彼は新しいヒーローへと"変身"した。
仮面サンダー乙 第四話に続く