チルドレンズ   作:晩舞龍

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シアター 第一幕

 1/蜘蛛

 

 

 2023年4月

 

 混濁する意識が、今までに経験したことの無い彩度まで引き上げられる。

 まるで、一段階上の階層の存在になったかのようだ。一方で、知覚は些か鈍っている。周囲の空気、音、気温……いままで無意識に"そう"感じていたものが、感覚を研ぎ澄ませないと感じられない。

 

「あ……」

 ふと、自分の摂食部から空気の振動派が放たれた。それは音となり、私の耳へと届く。鼓膜を揺らし、私の脳がそれを自分の声だと認識する。これを、私が発した……? 

 全てに困惑する状況の中、茶色の服をまとった人間が私の前に現れた。

「気分はどうかな、インセノイド」

 私のことを呼んでいるのだろうな。いままで名前の無かった私に、この人間は名前をくれた……その意味を、私は瞬時に咀嚼した。

「貴方は私の母親?」

「まあ、そんなところだね。製造者と言っても差し支えない。だが、親子の愛情などは求めるな。君を作った理由はただ一つ。私の命を狙う存在を消すためだ」

「命を……?」

 目の前の人間は年若く、生物学上は女。茶色のコートを着ており、頭部には太陽光を遮断するための黒い帽子を装着している。

 他の生命体から狙われるような突飛な特徴は見当たらないが……次に、私は自分の体を見る。

 いままでの体とは比べ物にならないほど大きくなっている。人間と目線が合うほどに……身長170cm、体重60kg。

 身体的特徴は人間の女性のそれを模倣して作られているが、一方で私がもともと有していた生命体としての特徴も併せ持っている。

「私を狙う存在は、君と同じインセノイドだ」

 インセノイド。それはどうやら、私の名前ではなく、この新たな体に対する名称らしい。

「インセノイド、昆虫拡張人型生物。素体となる昆虫を改造し、人間型の肉体へと拡張させることで誕生する生体兵器。君は私が作ったインセノイドの試作機だ」

 皮膚は固く、甲殻で覆われている。頭部に装着されているバイザーは、目の前にいる私の製造者が取り付けたのだろう、インセノイドとなった私の鈍った感覚を機械による情報収集、表示で補ってくれているようだ。

「博士、と呼んでも?」

「構わない」

「博士、なぜ私をインセノイドに?」

「君を選んだ理由か。私にはインセノイド製作の経験がなかった。専門外の私の技術と半端なインセノイドでは奴らに勝てない。だから、単純に強い昆虫を素体にした」

 博士の後ろには、私を改造するために使ったであろう道具に加えて、大破した車があった。きっと博士は逃亡を続けながら、私の改造を行っていたのだ。

「これから君には、私を狙うインセノイドを各個撃破してもらう。場所は私が案内する。新しい車はこっちだ、ついてこい」

 博士は何やらいい香りのする果物を手に取り、投げ渡して歩いていく。

「博士、これは」

「戦いの前の栄養補給だ。食っておけ」

 黄色く厚い皮に包まれたそれを、慎重に剥いてかじる。

「置いていくぞ、早くしろ」

「はい、博士」

 黒いワゴンに乗り込み、私は博士にシートベルトを締められる。

「博士、これは何という食べ物?」

「バナナ。私の大好物だ。覚えとけ」

 

 天気は快晴。

 車は発進し、廃工場を後にする。周囲は森に包まれていたが、すぐに視界が開け、山道を進んでいく。

「博士を狙うのはどんなインセノイド?」

「これから向かうのは蜘蛛のアジトだ」

「蜘蛛?」

 糸を操り、巧妙に獲物を捕らえるハンター。

「私を狙う組織は何体もインセノイドを生み出している。その中でも6番目……最新に近いモデルだ。名前の通り、クモ、正確にはケブカオウサマグモを改造して生み出された。奴らの中でも三番目に強い」

 私は冷や汗を垂らす、と同時に驚く。こんな機能まで自分に備わっているのか。

「どうしてそんな強い奴から……私、まだこの姿で戦ったことすらないのに」

 自分の手のひらをまじまじと見つめながら、未だ違和感をぬぐい切れないまま言う。

「警戒されると、奴らは徒党を組んで襲い掛かってくる。油断している間に、なるべく奴らの戦力は削ぎたい。だが最強のインセノイドに挑むのは無謀だ」

 博士の話によると、敵は全部で七機。そのすべてがインセノイドであり、別々の昆虫の力を宿しているという。

「私にも仲間が欲しいな……一人で全員倒すのは難しいと思わない?」

「考えておく。もともとお前は試作機だ。期待はしていない」

 私は、いらなくなったら使い捨ての駒にされてしまうかもしれない。

 それなら、味方はいなくてもいいかもしれないなと思いを巡らせ、

 次の瞬間。

 

 車が90度傾いていた。

 

 博士の体を抱きしめる。私を包んでいた博士とおそろいのコートを突き破って背中から翅が開き、飛行を可能にする。

 博士と共にリアガラスから飛び出す。

 

 衝撃で気絶した博士を山中の洞に隠し、再び道路へと舞い戻る。

 車は横転・大破しており、炎上の煙が道路脇まで広がっている。

 一人の男が、その近くをうろついていた。

 

「我々の生みの親……製作者は言っていたよ。奴を殺せと。だが、インセノイドまでいるとは聞いていないな。おかげで予定をもう二分も超過している」

 男が足を振り上げ、空中を飛び上がり一回転する。同時にこちらの視界に瞬時に映り込んでくる、網の目! 

「!」

 とっさに両腕の甲に力を籠め、前方に広がる白い網……蜘蛛の放った糸を引きちぎった。常人なら絡めとられてしまうような強度に優れたそれを、私の腕から生えた前肢はいとも容易く裂く。

 

「これで三分。これ以上の遅れは許されない……貴様は二分半で消す」

 胸の前で腕を十字に組んだ、その瞬間! 男の皮膚が一瞬で鋼鉄の鱗に包まれ、腰部から巨大な昆虫の腹とそれに連なる六本の脚が生えてくる。

「コードネーム・蜘蛛。参る」

 

 私は彼の動きを観察していた。

(腕を十字にクロスさせたとき、彼の中で何か変化が起こった……?)

 私は、蜘蛛が攻撃を仕掛け始める前に見よう見まねで腕を十字に組む。

(!?)

 既に甲殻で覆われた皮膚とバイザーが装着された頭部。それを邪魔しない形で鋼鉄の皮膚が全身に展開されていく。

「ナノマシンによる超高精細バトルスーツ……あの博士がやりそうなことだ。だがッ!」

 蜘蛛は私の体の変化をそう評価しながら、多脚を使って跳躍。

 私の背後へと糸を伸ばし、それを引っ張って急接近! 

「その薄い合金の防御力はたかが知れている!」

 そのまま元々あった二本をあわせた八本の足をドリル上に窄め、回転突撃を慣行する! 

 

 このままじゃ……死ぬ! 

 そう思うより先に、超合金ナノメタルのボディは私の前方へとリソースをかけ、衝撃を抑え込む。

「何っ!? この鎧、自律して局所集中型防壁を!」

 蜘蛛はそれならばと、八本の足をバラバラに展開し、私の全身に同時攻撃を仕掛けようとする! 

 だが、そんな体制では自身の弱点が剝き出しだ。そこを逃すほど、私はバカじゃあない。

 両足を広げて飛び掛かり、敵の腰を挟んでしがみつく。

 腕から伸びた前肢は、ナノメタルのコーティングを受けて切れ味・硬度共に数倍に増している。それを容赦なく頭部に向けて降りぬいた。

 蜘蛛の腰を蹴り飛ばし、翅による跳躍で道路脇の斜面の上へと着地。

 首を落とされた蜘蛛の腹部がグンと肥大し、私は思わず体を伏せた。

 次の瞬間、爆発音と衝撃が蜘蛛の内側より出でて、一瞬遅れて彼の体が爆散した。

 炎上していた車は跡形もなく吹き飛び、蜘蛛の残骸は言うまでもなく。

 衝撃で目を覚ました博士がやって来る。

「車は尊い犠牲だった。だが、無傷で蜘蛛を倒すとはなかなかやるな。それとも、私のバトルスーツが有能なおかげか?」

 誇らしげな博士を横目に、私は言う。

「でも、強敵だった。私はなにかご褒美が無いとやっていけないかもしれない」

「ほう? 言ってみろ」

「私も名前が欲しい」

「タガメ」

 戦闘の後の高揚感で一瞬、何を言われたのか分からず、次いで思考が追い付いた。

 それが私の改造前の種族名だ。陸・海・空の移動を可能とし、強靭な前肢は毒をも持つ、水生昆虫の王。

「タガメの別名に"高野聖"というのがある。そこから取って、おまえの名前はきょうか……鏡に花と書いて"鏡花"だ」

 どこから取ったのか、私には分からなかったが、名前を貰えたことに私は満面の笑みで返した。

「ありがとう、あきら博士」

 

 

 2/那弥

 

 

「次のインセノイドはコイツだ」

 写真に写っているのは、若い女だった。

 

 博士の持っていた通信端末が、仲間の居場所を示して半日。私の飛翔能力を使ってようやくその目的地にたどり着いた。

 私の背に乗っていた博士は「酔うな。今度から下痢止めを用意しておくか」

 などとぼやいている。

 博士の端末に表示された次のターゲットを見ながら、私たちは山中にある研究施設らしき建物の前で迎えを待つ。

 施設内から一人の女が現れた。

 

夜巫女(よみこ)。久しぶりだな」

「ご無事で何よりでございます。由井河(ゆいかわ)博士」

「早速だが車を貸してくれ」

「では、こちらに」

 

 彼女はタイプスクリプト社で働く夜巫女という人物で、もとは博士の助手を務めていたらしい。

 もともといた組織が無くなり、後ろ盾が無くなった博士。以前研究の方向性が合わず退職していった部下に逆恨みされており、その部下の研究の成果であるインセノイドを送り込まれているというわけだ。

 一方で、ほとんどの部下は今も博士を慕っており、夜巫女もその一人として、いろいろと工面してくれるようだ。

 

 私は、博士の知らない一面を垣間見ることが出来、かすかな喜びを感じた。だが、それも長くは続かない。このままもたもたしていれば新たなインセノイドが送り込まれる。しかも、恐らく複数で。

「そうなる前。向こうの戦力が集まる前に叩く」

 新しい車に乗り込んだ博士に頷き、再び資料に目を落とす。

「次の標的は……那弥(なや)

 若い女だ。そして、私に似た鋭角のバイザーを装着している。

「蜘蛛のように昆虫時代の感覚を持ったままのインセノイドは稀だ。大抵のインセノイドはバイザーで不足した触角の力を補う」

 製造番号は7番。最新型だ。改造元となった昆虫は、トノサマバッタ。

「こいつの厄介なところは強靭な脚から繰り出される23tのキックと、それにブーストをかける時速100kmの走力だ」

 車はタイプスクリプト社の敷地を出て、この町を抜け……神奈川県を海の方へと走っていく。

「だが、お前には後背部から展開する翅による飛行能力と、水中を自在に移動する潜航能力がある。海辺のロケーションは整えてやるから好きな方で戦え」

 

 インセノイドたちには、どうやら好みのテリトリーがあるようだ。敵側の組織は、私たちを追い込み漁のように追い詰めてインセノイド複数体のテリトリーが共通する場所で倒そうという計画のようだ。事前に彼らインセノイドの特徴からテリトリーに至るまで調査を行っていた博士は、その計画を逆手にとってテリトリーをかいくぐり、他のインセノイドによる助けが間に合わない距離で一対一の戦闘状況を作ろうとしている。

 海道に向けて車は走る。しかし、数百メートル先の車道の真ん中に人影。

「遅かったか。いや、ここまでくれば十分か。向こうに海も見える。頼む、鏡花」

「わかった。行ってくる。博士も気を付けて」

 車から降りると、飛翔し標的に近づく。

 既に十字に腕を組み自身の体を変形させていた彼女。トノサマバッタの特徴である脚は人間の原型をとどめていない。さらに腰からは昆虫の腹に当たる部分が生えている。頭部からは四本の触角が伸び、その表情は不敵に笑っている。

 

「昆虫拡張人型生物インセノイドNo.7! 羅喩弥(らゆや)モデル第三号機:コードネーム・那弥(なや)っス! 貴様は破壊させてもらうっス!」

 その自信にあふれた目に気圧されながら、十字に腕を組み、変形。私はゆっくりと近づく。

「私は……由井河鏡花」

 あえて、そう名乗った。意味はない。自然と……

 自身の感情の機微に揺り動かされるより前に、那弥の高速飛び膝蹴りが私の腹に激突し、そのまま宙を飛ぶ。

「ぐふぅっ!!!」

 胃の中の食物を戻しそうになりながら、私は腹部に集中したナノメタルを少しずつ腕に集める。この状態では首は落とせない。だから……

「何スか!? これぁ!」

 自身の腕からナノメタルを伸ばし、敵の体と接着! そのまま力を入れ、きりもみ回転しながら翅を展開! 

「まずぃ、ゴホッ!!」

 気づいた時には既に遅し。二人は組み合いながら海道のその先、大海原へと落下した。

 

 

 車を走らせ、海岸線にやってきた由井河は、水中から水しぶきが吹き上がるのを見た。

 

 海面を飛び上がる二人。

「やるね、水中の岩礁を蹴って跳躍するとは。でも」

 飛行能力の高い私の方が空中でも有利……地面へは返さない! 

 腕の前肢を前に組んで全身をドリルのように回転させながら、空中で自由に身動きの取れない那弥に突っ込む! 

 一方の那弥もバッタの特徴がそのまま発現した両足を長く伸ばし、回転しながらその遠心力ではじき返さんとする! 

「がっ!!」

 接敵する刹那に腕を開き、回転する那弥の体を挟み込む! そのまま勢いを抑えきれず那弥の脚は切断! 血しぶきを上げながら落下していくそれには目もくれず、私は敵の喉に自身の腕を突っ込んだ。

「ゴボっ」

 那弥のバイザーにひびが入り、同時に腰から生えた昆虫の腹が肥大化したのを確認し、私はそれを蹴って地上に飛翔。爆発を背にして博士の元へと舞い戻った。

 

「よくやった。欲しいものがあれば言え」

「じゃあ、バナナ。また食べたいな」

「いいだろう。次の相手はカマキリベースのインセノイド、翔虎(ととら)だ。気を抜くなよ」

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