2016年9月
「お母さん、行ってきまーす!」
その日、勢いよくアパートを飛び出していくひとりの少女の姿があった。
名前はジェシカ。今年で6歳になった彼女は、今日からボストン郊外のエレメンタリースクールに通い始めるのだ。
母親が手を振り見送るのに何度か振り向いて応じながら、ジェシカは歩いていく。
しかし、同じように学校へ向かう子どもたちとは全く真逆の方向へ。ジェシカは学校ではなく、母親から渡されたメモに書かれた、とあるビルに入った。ビルはボストンの街並みに溶け込んではいるが、一歩足を踏み入れると異様なまでの清潔さに眩しさすら感じてしまう、不気味な空間だった。
以前見学で母親とともに訪れたことのあるジェシカは、驚きの表情を見せることなくビルの中を進んでいく。
受付などはおらずしんとしている建物内をずんずん進んでいき、2階へと続いている階段の前まで来る。
「えっと、学生証……」
ジェシカは通学カバンから自分の学生証を取り出し、その階段の前にかざす。
「ジェシカ・ルート」
自分の名前を声に出すと、学生証が光り、階段……二階に続くように見えていたその幻惑が晴れ、地下への階段が現れる……!
地下へと降りると、そこにはビルではなく、まさに学校と呼ぶべき空間が広がっていた!
ジェシカと同様のカバンと制服を揃えた子供たちが足早に教室に向かっていく。
「おはよ、ジェシカ!」
「ハロー、よろしく!」
そんな風に、気さくに話しかけられ、挨拶を返す様子はまったくもって普通のスクールだ。しかし、この学校には常人には信じがたい光景が広がっている。
それは、ジェシカがやってきたようにして、四方八方の階段から様々な国籍の子供が教室に集まってくるという点だ!
このようなビルは世界中にあり、各地から子供たちがこの地下空間にある学校に集っている! そんなことは物理的には不可能であるはず……だが、この場ではそのルールは適応されない。
ここは魔術師たちの学び舎……魔術師学院なのだ。
ジェシカは、サイキッカーの母を持つ。その母のサイコキネシスやテレポート能力を日常的に見てきたジェシカにとって、魔術師の道を志すのは自然なことだった。
魔術の道を究めるのか、ジェシカの母親が生物学を志したように違う道に進むかは分からないが、学んでおいて損はない……そのような母親の考えもあり、幸いにも魔術の適性があったジェシカはこのスクールへ通うことになったのだ。
「ここでたくさん勉強して、僕は魔術で母上に褒めてもらうぞ!」
当の本人には、そんな考えなど知る由もない……ということは言うまでもない。
2年後 (2018、ジェシカ8歳)
「僕には退屈だ……」
ジェシカはつまらない思いをしていた。友達には恵まれ、授業の成績も良好。
しかし彼女は、優秀すぎた。
座学、実技ともに満点を収め、魔術師たちが集まる街・マジカルシティへ職場体験に参加した際には、まだ10歳に満たないにも関わらず、魔術道具屋の店長に雇わせてくれと頼みこまれてしまった。
このことは教員間でも議題に挙がっているようで、来年には飛び級かもしれない、という噂も出ている。
そうなれば、自分はこの退屈から解放されるのだろうか。
アパートに帰ると、母の書置きが。
「今日はデートに行ってくるので夕飯は好きなもの食べてね ママより」
そういえばそんなこと言ってたな。ジェシカは冷蔵庫をあさり、レシピを考える。
ふと、自分の母のことについて思いを巡らせる。
ジェシカの母親は、本当の母親ではない。孤児だったジェシカを養子にし、育ててくれたのだ。ジェシカに魔術の才能があったのは偶然か、ともに暮らすうちに何かしらの作用が働いたのか。
母は、今は魔術を応用した生物学の研究をしているが、若いころ(今もまだ若い。恋人とのデートにもよく行く)から優秀な魔術師でもあった。
「僕の退屈の晴らし方も、母上なら知っているのだろうか?」
結局その日、母親は酔っぱらって帰ってきた。そのため、優秀ゆえの悩みについて聞いてもらうことはできなかったが、代わりに母の恋人と話すことができた。
「あなたのお母さんは……すごい人です。昔は酷い病気に悩まされていて……治ったあとも、後遺症が酷かった。でも、あなたを引き取ったころ。ジェシカちゃんにそんな姿見せられないって必死に努力して、それを克服しました」
「母上にそんな過去が……!?」
「そうです。だから……あなたにもいつか試練が試練が来るかもしれません」
母の恋人は、子供だましなどせずいつもジェシカに真剣に向き合ってくれた。そして、この日の一言はジェシカの心持を大きく変えるに足るものだった。
「あなたは、来るかもしれない試練を乗り越える準備を万全の状態でできる、それは幸せなことですよ」
後日、母にも退屈の悩みについて話しておこうと思ったジェシカだったが、のろけ話ではぐらかされてしまった。
さらに4年後 (2022年8月、ジェシカ12歳)
ジェシカは優秀な成績を修め続けた。飛び級に飛び級を重ね、若干12歳にして大学相当のレベルにまで達し、ついに魔術師の資格を手にした。
学長によると、史上最年少だという。
「素晴らしい成績と快挙を成し遂げたジェシカ・ルート君に、魔術師の称号・マージマンを与えます。おめでとう! ジェシカ・マージマン!」
学長から賞状……その他もろもろを受け取って、ジェシカははにかむ。
「ありがとうございます。僕はこれから、魔術師として恥じない働きをすることを誓います」
この時、Jessica Margemanの名が名誉あるものとして学院に刻まれた。
ジェシカは卒業後、世界の危機を監視する魔術師の秘密機関に所属することが決まっていた。彼女は、4年前からずっと「自身の退屈を満たしてくれる試練」を欲していた。
ついに試練と対峙できる、と胸の鼓動が抑えられない……彼女は空を仰いだ。
青い空は、どこまで続いているのだろうと見るものを不安にさせる雄大さを孕んだまま、ジェシカを見下ろしているようだ。
「世界よ、僕に試練を要求します! 僕はどこにも行きませんよ。その試練を打ち倒して見せます」
彼女の学院卒業に、母親とその恋人も駆け付けた。
二人とも、ジェシカのまだ12年しか経っていない人生の中で、大きな影響を与えてくれた大切な人だ。
「母上!」
(……おめでとう、ジェシカ)
感情が高ぶったとき、母親がつい出してしまう癖がある。会話をテレパスで行うのだ。昔の病気が関係しているようだが、ジェシカはそれを聞き出そうとはしなかった。母は尊敬に値する人物であり、自分に対して秘密があるということは、つまり話したくないということだ。
家族であっても話したくないことは話さなくてもいいし、本当の家族かどうかも関係ないのだ。
ジェシカは親愛なる母、トルー・ルートに笑いかけた。
そして、全身黒ずくめの母の隣で青いスーツの輝きを放つのは、母の恋人だ。
彼女の青いスーツ姿を見て、母の黒も良いけど彼女の青も好きな色だ、とジェシカは思った。
彼女が4年前にかけてくれた言葉が無ければ今の言葉は無かった。昔は苦労もしたようだけど、母と幸せになってほしいと思う……
人生の先輩にして道を指し示してくれたひと、アークドライブ・タナベ。
ジェシカは、この両親のもとで育って心から良かったと感じ、そして自身の人生に新たな白紙の一ページを追加する。夢と希望に溢れた卒業後の物語が、始まる。
新登場マシーナリーチルドレン
ジェシカ・マージマン
補足(元ネタ)
マジカルシティ……ジェシカ・マージマン動画より
トルー・ルート……トルー(マシーナリーとも子本編動画より)
アークドライブ・タナベ……アークドライブ田辺(マシーナリーとも子本編動画より)