お待たせして申し訳ありません。黒バスまじで思いつきませんでした。
誠凛対桐皇。
青峰大輝の参戦から圧倒的実力差が見え始め、会場にいる誰もが桐皇の大差での勝利を疑っていなかった。
だがしかし、その状況は覆された。
「……ばかな」
試合会場二階にある観客席にて、二人の『キセキの世代』がコートを見下ろしていた。海常エース、黄瀬涼太と秀徳エース、緑間真太郎。彼らは青峰大輝と同じチームで三年間共に試合をしてきた。故に、彼の強さを誰よりも理解している。
『キセキの世代エース』の肩書きは、皆が認めている。それほどまでに、青峰大輝という男は強い。
それを理解している二人だからこそ、目の前で起こっている事実に自らの眼を疑った。
「青峰が……
二人の目の前で、またもや青峰が抜かれていた。
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「ちっ!?」
三度目のマッチアップ。ボールを受け取った藍野はその圧倒的なまでのドリブル技術を駆使し青峰を翻弄していた。それでも抜かせはしないと青峰が藍野に追い縋るが、高速のドリブルをピタリと止めた。
その緩急に青峰の体勢が一瞬崩れる。それは隙と言えるのか分からないほどに一瞬の硬直。その僅かな隙を藍野は一瞬でトップスピードにのることで青峰を抜いた。
そのままゴール下まで一呼吸で到達した藍野はシュートモーションに入る。そこに、ヘルプに間に合った若松がシュートを打たせないためにブロックに跳んだ。
「させっかよ!!!」
「っ!? 若松、あかん!!」
若松のブロックを見越していた藍野は伸ばした脚をもう一度縮める。
「フェイクかよ!?」
若松が未だ空中を舞っているところで、藍野がジャンプシュートをする。若松の体が藍野の体へと接触し、藍野の体勢を崩した。
審判の笛が鳴る。ファウルの合図を聞くと、藍野はその崩れた体勢のままシュートを放つ。放たれたボールはリングに当たる気配もなくゴールへと吸い込まれた。
審判からプッシングが若松に宣告され、藍野にワンスローの権利が与えられた。これで誠凛の
そのプレーに、会場が湧く。青峰のドリブルを二度防ぎ、三度抜いたその手腕と、今の3点プレー。
コート上ではフリースローへと準備が進められる。その中で、桐皇側の動揺は激しい。
(ホンマになんなんや、あのバケモンは。あの青峰を圧倒してるやと? ホンマにタチの悪い冗談やで)
「なんなんだ、誠凛の9番。隠し玉にしてもあれはおかしいだろ」
「ホンマやで。青峰の知り合いっぽいけどなぁ。『キセキの世代』以外にもあんなやつがおるとか聞いてないで、ほんま」
今吉と諏佐が愚痴をこぼす。諏佐もそうだが、今吉は青峰が最強のプレイヤーであると信じて疑わなかった。青峰を抜けるやつなどいない。青峰を止めるものなどいない。それが桐皇の共通認識であり、そして絶対だった。その前提が、今大きく崩れていく。
桐皇は……いや、青峰は二回連続で止められている。このままいけば、点差が無くなることも十分有りうる。
「……青峰、一旦──」
今吉は青峰には藍野のマークを続けさせ、それ以外のメンバーで点をとる作戦に出ようとした。今までならば考えられないことだが、青峰が封じられている中そうせざるを得ない。
それに、前半でわかっているが、青峰抜きにしても桐皇は誠凛よりも強い。この戦略は効率的なものだ。
青峰にそのことを伝えようとした今吉は、青峰の表情を見て息を飲む。
笑っていた。試合中に笑顔など見せない青峰が笑っている。それは諦めの笑みではない。自分の全力を出しても勝てるか分からない相手を見つけた喜び。久しく感じない緊張。それを青峰は今感じている。
今吉は先程立てた戦略を全放棄し、青峰に託した。そうすることが正解だとは限らないが、そうすべきだと思ったから。
監督もタイムアウトを取らない。今取れば良いか悪いか、流れが変わる。本来なら変えるべきなのだろうが、青峰の表情がそれを許さない。
藍野のフリースローは当然のように決まる。誠凛側の士気も限りなく全快と言っていい。
攻守変わって桐皇ボール。ハーフラインまで上がった今吉は迷わず青峰にパスを出す。
青峰にパスの選択肢など無い。今までと変わらない真っ向勝負。
(──これだよ)
青峰が動き出す。フェイントを織り交ぜた超速の駆け引き。あらゆる手でディフェンスを崩しにかかるが、藍野は崩れない。
(──この緊張感)
バックステップで距離を取り片手でボールを投げる
放たれたボールは、しかし藍野の神がかった反射とスピードで指先に当たる。そのままボールはリングに当たり跳ねるが、若松が押し勝ちなんとかゴールを決めた。
「──ほんっと、最高だぜ……!!」
青峰の集中が深まっていく。深く、深く沈みこんでいく。桐皇側はディフェンスへと自陣のコートへと戻っていく。青峰もそれは同様だ。戻りだした瞬間に、青峰は背後から迫るプレッシャーに気づく。
(──この感覚は)
後ろを振り返れば、まだエンドラインにいる藍野がボールを持った状態で深く沈みこんでいた。
「……まさか」
周りの目線を気にせずに藍野は深く屈めた脚を伸ばして跳んだ。それはまさに理想的なシュートフォームだ。
そのままボールは高く、高く上空へと飛んでいく。誠凛も桐皇も、一様に上を見上げる。
上を見れば、ボールが弧を描いてまっすぐゴールの方向へと進んでいた。
「嘘……だろ……」
「まじかよ……」
「──秀徳戦の時は驚いたよ」
誰に聞かせるでもなく藍野はポツリと呟く。やけに静かになったコート上ではその藍野の声が全ての選手の耳に入った。
ボールは未だ空中にある。
「まさか、俺と同じことが出来るやつがいるとは思わなかった」
美しい回転のボールは高弾道で進み急降下。寸分の狂いもなくゴールネットをくぐった。
桐皇も、藍野と同じチームメイトであるはずの誠凛でさえ言葉を失っていた。
(緑間の3Pだと? いや、その前に感じたプレッシャー。今は違うが、シュートを打った瞬間は間違いなく、悠は『ゾーン』に入ってた)
『ゾーン』に入った経験のある青峰だから分かる感覚。シュートを打つ瞬間だけ『ゾーン』に入り、精度を極限まで高めたのだ。そして藍野は現在は入っていない。つまり、
(意図的に入れるってことかよ)
「ほんっと、最高だぜ、悠」
かつてない高揚。抜かれる度に湧き上がる闘気。大量のアドレナリンが分泌され、興奮状態となっていた青峰は、気持ちを静める。
深く、深く深呼吸をし、ゆっくりと目を閉じる。まぶたの裏側に映り出しているのは、巨大で重厚な扉。
常人ならばピクリとも動かせないそれを、青峰は両手を添えて、ゆっくりと開いた。
「藍野……お前そんなことできたのか」
「説明は試合が終わってからしますよ、キャプテン。今は目の前の試合に集中しましょう」
「ああ!! 頼んだぜ!」
今まで見たことの無い姿に日向が藍野に話しかけるが、ほとんど息が乱れずに自然体でいる藍野に絶大な信用を置いた。
それは他の誠凛メンバーも同様。困惑はしているものの、今の藍野程頼もしい存在はいない。全員の活力が完全に戻った。
「みんな、オフェンスの時は常に俺のことを見てください。いつパスが飛んできてもいいように」
「? 分かった」
意味深な言い回しに困惑したものの、攻守は既に切り替わっていた。
今吉から青峰にボールが渡る。もう何度この光景を見ただろうか。青峰対藍野。先程までと同じシチュエーション。しかしコート上にいる選手達は今回は全く異なるものだと理解した。
(なん、だこれ。俺がマークしてる訳じゃないのに、気圧される……)
(まさか……)
今吉のマークに付いている伊月が疲れによる汗とはまた別の種類の汗を吹き出す。空気がピリつき、殺気に近いまでの威圧を感じる。青峰と相対している藍野は、今の青峰の状況を理解した。
青峰が1歩踏み出す。ボールが床にバウンドし、上体を低くした瞬間、青峰が消えた。
いや、消えたと錯覚するほどの超スピードでの瞬間的加速。今までも見たチェンジオブペース、しかしそのキレは段違い。最高速度も格段に早い。実際はそうではないだろうが、体感では倍ほどまでに変わっていた。
そのままゴール下まで行きシュートを決める。藍野が青峰を抜いた時と同様に会場が静まり返った。
誰もが理解できない中で、今吉と藍野だけは何が起こったのかを理解していた。
「────ゾーンか」
今まで燃え盛る炎のように荒ぶっていた青峰の感情が、一本の刀のように鋭く研ぎ澄まされていた。
口角を上げながらも、穏やかに見え、しかし圧力は先程の比ではない。
ちらりと時間を確認する。
あと少しで三分切る。そろそろか、と次の戦略を頭にまとめ、藍野はボールを受け取る。
攻守変わり、またもや藍野対青峰。姿勢を低くし、完璧な間合いを確保した青峰のディフェンスに隙はない。対する藍野は、あくまでも自然体。ゾーンにも入っていない。その事に若干の不満がある青峰だが、今はこの試合以外に意識を割いてはいない。
眼は相手の筋肉の動き、ボール、位置。耳で呼吸音、ボールのバウンド。必要な情報のみを取り入れ、それ以外は弾く。
自然体でボールをつく藍野に青峰は飛びつかない。隙だらけに見えて、隙がない。微小なフェイントを織り交ぜて、数々のプレーを脳内でシミュレーションし、最適解を導き出す。
一歩たりとも動かなかった藍野は、ノーモーションでドリブルで突破する。一瞬で最高速度に乗り、全国レベルでも反応できる選手は数える程。しかし青峰は当然のように着いてくる。
進路を完全に塞がれる直前に、フェイントを入れ逆サイドに。残像を残すほどまでに完成されたフェイント、しかし青峰は追いつき、ボールへと鋭く手が伸びる。
(取った────)
「おわっ!?」
「……あ?」
伸びる手の先には、あるはずのボールが無く。ゾーン状態の青峰を目の前にしてボールを見失うという異常事態が起こる。どこに行ったかを探し出す前に、全く異なる場所から驚きの声が上がった。
3Pラインの右サイドにいた日向。マークがちょうど注意を逸らしており、日向の手元には無くなっていたボールが収まっていた。
意識外からのパスに、マークに着いていた桜井の反応が遅れる。
慌てて振り返るも、既に日向はシュート体制に入っている。ブロックは間に合わず、美しい軌跡を描いて日向のスリーが決まった。
(なんだこのパス……めちゃくちゃ打ちやすい)
今のプレーに動揺する中、パスを受けた日向が先程のパスの異常さに気づいた。青峰を相手取り、高速の駆け引きの中、一度もこちらを見ることなくいつパスを出したのか分からないノールックパス。まっすぐこちらに飛んできたパスは今まで受けてきたどのパスとも違う。日向の理想のボールが飛んできた。
「すいません、ちょっとパス速かったですよね」
「え? いや、そんなことはなかったけど」
「すぐに修正します」
「……お、おう」
────いや、完璧でしたけど? なんてことは言えず、(あれ以上があんのかよ)と内心思いながらも、自身達のコートへと戻って行った。
残り、2分43秒。