アナザーストーリー もしも『希望』に出会わなければ   作:惣名阿万

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 衝動に任せて書きました。
 鬱展開が苦手な方はご注意を。
 
 
 


第1話:再起/再帰

 

 

 

 ヒスイを覆った赤い空が晴れてから2年の月日が流れた。

 

 裂け目が消え、天冠の山麓が静けさを取り戻すと、各地で暴れていたポケモンたちもすっかり大人しくなった。

 コンゴウ団、シンジュ団を通して伝え聞く限り、各地に暮らすキングやクイーンも裂け目が開く前同様、穏やかに過ごせているようだ。

 

 日の出と共に起き出したショウはまだぼんやりとする頭を振り、水に浸した手拭いで顔を拭う。

 濡れた木綿の感触が頬を撫で、氷に触れたような冷たさが目を冴えさせた。

 (かめ)から掬った水でのどを潤し、手早く着替えと支度を済ませて家を出る。

 

 朝もやの白く映える村の通りを歩いていく。通り沿いの店はまだ開いてはおらず、道行く人の姿も日中ほど多くない。

 たまに見かけるのも夜警終わりの警備隊員やショウと同じ調査隊の人間、あとは畑に向かう人たちくらいなものだ。

 まだ静かな通りをゆっくりと歩きながら、ショウは小さく安堵の息を漏らした。

 

 ギンガ団の本部前へとやってくると、ちょうど向かいの茶屋から老人が出てくるところだった。

 

「おはようございます、ムベさん。良い朝ですね」

 

 傍まで歩いて声を掛けると、老人は振り向いて若草色の髭を撫でた。

 

「おはよう、ショウ。今日も調査に向かうのか?」

 

「はい。紅蓮の湿地の奥に綺麗な花畑を見つけたので、今日はそこの調査に向かおうかと」

 

 ポケモン図鑑の完成までの道のりはまだ長い。ナナツボシの隊員となったショウでもまだ行ったことのない場所は多く、出会ったことのないポケモンも数多い。

 名前や特徴だけなら聞いているポケモンでも、実際に目で見ると全く違う印象を抱くこともあった。

 

「人里から離れた場所には危険なポケモンも出やすいと聞く。気を付けるようにな」

 

「ありがとうございます。じゃあ、あたしは本部へ行ってきますね」

 

 軽く会釈をしてムベと別れ、ショウはギンガ団本部の正面扉を押し開いた。

 

 

 

 建物に入ったショウは向かって正面の隊長室の前で一度止まる。

 所属と名前を名乗り、改めて中へと入ると、調査隊隊長のシマボシはすでに資料の山と向き合っていた。

 背後にはこの2年の間に進化を果たしたユンゲラーがいて、短い鳴き声に反応したシマボシが顔を上げる。

 

「ご苦労。昨日の報告書には目を通した。図鑑に記載する内容としては十分な情報が揃ったと言えるだろう。よって、これでミミロップ、並びにコダックの調査は完了とする」

 

「はい。わかりました」

 

 頷いたショウに、シマボシは机上の資料の一つを手に取って続ける。

 

「キミが今日向かう紅蓮の湿地についてだが、大口の沼付近でロゼリアの大量発生が確認された。中には巨大なロズレイドの姿も目撃されている。可能であれば調査を行うように」

 

「ロゼリア、それにロズレイドですか。では毒への備えをしておくべきですね」

 

「それと、コンゴウ団の長がキミに面会を希望している。こちらへ出向く用意もあるそうだが、キミの方から彼方の集落を訪ねても構わない。どちらがいいか選びなさい」

 

「セキさんが……? わかりました。では道中、集落を訪ねてみます」

 

 コンゴウ団の長であるセキはまだ若いながら集落と団のメンバーを纏める良き指導者だ。一見すると軽薄な印象を与えるが、その実強い責任感と情熱を抱く人格者でもある。

 ショウたちギンガ団員のようにボールを使うことなく相棒のポケモンと心を通わせる実力も持っていて、一度手合わせした際には複数のポケモンを同時に使役する技に苦戦を強いられた。

 

 そんなセキがショウに面会を求めているのだ。

 立場ある人間を呼びつけるのは外聞に触る可能性もあり、ショウは自らがコンゴウ団の集落を訪ねることを決めた。

 

 シマボシは目線だけで頷き、資料を机に置いて問いかける。

 

「では、そのように伝えておく。こちらからの話は以上だ。何か質問などはあるか?」

 

「ありません。ラベン博士を訪ねた後、紅蓮の湿地へ発とうと思います」

 

 ショウの答えに、シマボシはほんの僅かに目を細めた。

 真意を問うような眼差しをショウはまっすぐに受け止める。

 

 やがて目を閉じたシマボシが頷き、手ぶりで退室を促した。

 一礼し、踵を返したショウの背をシマボシはじっと案じるように見つめていた。

 

 

 

 隊長室を出たショウはそのまま隣の研究室へと向かった。

 扉の前に立って呼び掛けると、内側から扉が開かれた。

 

「ラベン博士、おはようございます」

 

「やあショウくん。ご苦労様なのです」

 

 ラベン博士に出迎えられ、ショウが研究室の中へと入る。

 相変わらず雑然とした研究室内にはそこかしこに資料や本が積まれており、炬燵も含めて足の踏み場に困る場所だった。

 

「ミミロップとコダックの調査、ありがとうございました。お陰で図鑑の完成にまた一歩近付けたのです」

 

 そろそろと草鞋(わらじ)を置く場所を選ぶショウへ、ラベンは笑顔で群青の表紙の冊子を差し出した。

 一部の項が詳細なものに差し替えられた図鑑を受け取り、ショウはそれを大事に胸へと抱え込む。

 

「1年以上掛けてようやく半分くらいでしょうか。やはり遠く及びませんね」

 

 寂しげに呟いたショウの目が部屋の隅に置かれた水槽へと向けられる。

 以前はそこにのんびりと浮かぶポケモンの姿が見られたものだが、(あるじ)と一緒に旅立って以降、そこへ帰ってきたことはない。

 

 かつて、この部屋には3匹のポケモンがいた。

 遠く離れた土地からやってきた3匹は連日走り回ってはラベンが追いかけ、研究室を賑やかに彩っていたものだ。

 

 今となっては枝の上で眠るモクローだけが残っていて、もう1匹はショウの腰元のボールに収まっている。

 調査隊への復帰を決めたショウへ、ラベンはせめてもの助力として託したのだった。

 

「そんなことはありません。ショウくんはとても頑張ってくれていますよ。少しずつでも確実に、丁寧に調査を重ねてくれるのでとても助かっています」

 

 ラベンの言葉は単なる慰めではなく、実感の籠ったものだった。

 振り向いたショウに笑いかけ、ラベンは懐かしむように天井を見上げる。

 

「こう言ってはなんですが、彼の調査は少し無謀に過ぎるところがありました。人の手が及ばない土地に繰り出して尚、恐怖よりも好奇心が勝っていましたから。ポケモンの習性についてはわかっても、注意すべき点に関しては疎かになりがちだったのですよ」

 

 茶目っ気たっぷりに笑って見せるラベンに、ショウも釣られて笑みを浮かべる。

 

 心から楽しそうにポケモンたちを追いかける後輩の姿を思い出して、自然と目の奥が熱くなった。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 2年前のあの日、ギンガ団団長デンボクの決定によりコトブキ村を追われた『テル』はその後、二度と村へ戻ってくることはなかった。

 無理を言ってシマボシに同行したショウも黒曜の原野まで見送ったのが最後の別れとなり、あれだけ望んだ再会が叶うことはなかった。

 

 訃報が届けられたのはそれから1か月ほど後のこと。裂け目が日に日に大きくなり、ついに天冠の山麓へ乗り込んだ団長デンボクが手負いの状態で帰還した時だ。

 

 曰く、天冠の山麓の頂上に聳える神殿に2体の恐ろしいポケモンが現れ、デンボク率いる警備隊の面々が総出で挑んだものの敵わず、あわや全滅の憂き目にあったという。

 

 万事休すかと思われたその時、駆け付けたのがテルだった。

 

 傷だらけの隊服に身を包んだテルは2体とデンボクたちの間に立ち塞がると、手持ちのポケモンたちを揮って激しい戦闘を繰り広げた。

 自身も紅い石のような物を投げながら戦い、死闘の末にテルは2体を打ち倒して裂け目の奥へと追いやることに成功した。

 

 しかし、その時点でテルとそのポケモンたちも体力の限界を迎えていた。

 

 力尽き、倒れ込んだテルの身体は裂け目へと吸い込まれ、2体のポケモンと共に虚空へと消えてしまった。

 デンボクたちは周囲を捜索したものの見つからず、後には彼の持っていたポケモン図鑑だけが残された。

 

 帰還したデンボクは右手を失うほどの重傷を負っていた。

 警備隊長ペリーラに支えられながら村の門を潜ったデンボクは駆け付けたシマボシに図鑑を渡し、そのまま医務室へと運ばれた。

 

 

 

 テルの最期の戦いは、ヒスイを守る英雄的な行為として語られた。

 デンボクはテルへの疑心を悔い、名誉回復を説いて回った後、村の一角に墓を建てた。

 

 一方、ショウはテルの死に打ちひしがれ、誰もいない自室で何度も自身を苛んだ。

 

 テルの死は村から追い出された所為なのではないか。

 1か月もの間独りで過ごすことを余儀なくされた結果、テルは誰に頼ることもできず独りで挑まなくてはならなくなったのではないか。

 

 自分はその間、何をしていたのか。一調査隊員に過ぎない自分に出来ることはないからと、座視していただけではないか。

 もっと何か別の方法を探り、少しでもテルを助けられるよう努めていれば、彼が命を落とすようなこともなかったのではないか。

 テルの死は彼を追いやったデンボクの、それを良しとした村人の、そして何もせず流されるばかりだった自分の所為なのだと。

 

 塞ぎ込むショウを励ましたのはピカチュウたちで、何も言わず寄り添う相棒たちの姿に眠ることも忘れて泣き続けた。

 

 時が経ち、悲しみの染み溶けたショウは彼に報いるために何が出来るかを考え始めた。

 

 そうして至った答えが、ポケモン図鑑を完成させること。

 テルが始め拓いた可能性を、ショウが受け継ぎ完遂することだった。

 

 調査隊への復帰を願い出たショウに、シマボシは何も言わずテルの図鑑を渡した。

 彼のことを一番に知っていたのはキミだ。後を引き継ぐのならキミが適任だろうと、そう言って。

 

 枯れたはずの涙を流すショウを、シマボシはじっと見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 調査隊へ復帰したショウは衰えた体を鍛え直し、同時にポケモンを操る術を鍛えた。

 テルの意志を継ぐために強くなることを胸に誓い、相棒のピカチュウを始め手持ちのポケモンたちをできる限り鍛え続けた。

 

 そうして1年が経過し、ショウはついに調査隊の筆頭隊員となったのだ。

 ナナツボシを頂いたのはテルに次いで2人目で、戦闘でも警備隊長のペリーラを凌ぐほどの実力を得た。

 たまに村を訪れるノボリらキャプテンたちにも負けることはなくなり、ショウは今や村になくてはならない存在となっていた。

 

 ラベンの研究室を後にしたショウがギンガ団の本部を出ると、通りにはそれなりの人が出歩き始めていた。

 ムベの茶屋やタイサイの雑貨屋も開いていて、同じ調査隊の隊員らが並んだ商品を眺めている。

 

 通りへ出たショウは不意に息苦しくなるのを感じた。

 口を引き結んで小さく首を振り、努めて胸を張って足を繰り出していく。

 

 時折声を掛けられる度、息苦しさは増していくような気がした。

 誰と会っても、楽しそうな笑顔を見ても、以前見た恐ろしい光景が脳裏を過った。

 

 村を出ていくテルを見ていた、村人たちの眼差し。

 出自がわからないからと言って恩人を、これまで頼ってきた相手を彼らは追いやった。

 そのくせ事態が収まった後は彼の献身を褒め称え、にもかかわらず誰も墓に花を供えることはないのだ。

 

 無力だった自分を苛む心と同じくらいに、陰鬱な怒りが胸を焦がしていた。

 テルを助けられなかった自分に怒る資格などなく、それがわかっているからこそショウは人の多い時間に村を歩くのが嫌だった。

 

 誰にも気付かれぬようそっと目を伏せた、その瞬間――。

 

 

 

 突如、轟音と振動が響き渡った。

 

 

 

 驚き振り向いたショウの耳が遠くから届く悲鳴と怒号を捉える。

 

 何が起きたのか。凶暴なポケモンが侵入したのだろうか。

 駆け出し、腰元に並んだボールに触れながら音のした方へとひた走る。

 

 東門の前には巨大なポケモンの姿があった。

 

 大岩のような巨体から生えた手足はこちらも岩のようにゴツゴツとしていて、胴や肩に浮き出た朱色の突起は装甲板を思わせる。

 鼻先は削岩機のように尖っていて、鋭い爪と併せて強力な武器となるのだろう。

 

 『ドサイドン』

 

 知識としては知っていても直接見るのは初めてのポケモンだ。

 

 とはいえ、それにしては伝え聞く姿よりもずっと大きく見える。

 体重はまだしも背の高さは人間の大人とそれほど変わらないはずだが、雄叫びを上げるドサイドンは人間の倍近い体躯を持っていた。

 

「まさか、オヤブン……?」

 

 思い至って、身体が震えそうになるのを堪える。

 

 通常よりも大きな体躯と力を持つポケモンは『オヤブン』と呼ばれ、手練れの警備隊員ですら単独で相手取るのは難しい。何人ものポケモンつかいを集め、数の有利を作った上でどうにか対抗できるようなポケモンだ。

 

 ドサイドンの前には4人の警備隊が対峙していた。

 だが誰もが身体を震わせるばかりで、相棒のポケモンを繰り出そうともしない。或いはすでに倒されてしまった後なのだろうか。

 

「皆、下がれ! ここから離れろ!」

 

 警備隊員の一人が叫び、村人たちが我先にと逃げていく。

 ショウは逃げ惑う住民の間をすり抜けて警備隊員に並び立った。

 

「調査隊のショウです。加勢します」

 

「ショウか。助かる。直にペリーラ隊長も来るから、どうにか持ち堪えてくれ」

 

「わかりました」

 

 応えつつ、腰元のボールを探る。

 ドサイドンとの相性を考え、有利に運べそうなポケモンボールを手に取って投げた。

 

「エンペルト、お願いします!」

 

 繰り出したのはみずタイプの技を使うことができるエンペルト。

 テルが残した未完の図鑑にはドサイドンの特徴が記されていて、ドサイドンが『みず』や『くさ』を弱点としていることが書かれていたのを思い出したのだ。

 

 巨大なドサイドンの前に、二回り小さなエンペルトが対峙する。

 体格の差を恐れず相手を睨むエンペルトの頼もしさに鼓舞されながら、ショウは先手を取るべく指示を口にした。

 

「エンペルト、ハイドロ……っ!」

 

 しかし、ショウが指示を出す間にドサイドンは既に動き出していた。

 

 巨体に見合わぬ速度で距離を詰めたドサイドンがエンペルトを掴み上げると、片腕一本で地面へと叩きつけた。

 エンペルトは悲鳴を上げながらもがくものの、地面へと押しつける豪腕はビクともしない。

 

「ハイドロポンプを! 相手を押し退けてください!」

 

 咄嗟に出した指示に従い、エンペルトは口から猛烈な勢いの水を噴射した。

 堪らず手が離れ、空いたもう一方の腕で顔を庇いながらドサイドンが後退する。

 弱点の水を浴びて尚健在なのは不利な体勢で水の勢いが足りなかったからだろうか。

 

 ふらつきながらエンペルトが立ち上がる。

 先の一撃で大きなダメージを受けたようで、大きく息を荒げていた。

 消耗の度合いから考えて、あの攻撃はこちらの弱点を突く技だろう。

 

 加えて先程の攻撃。見た限り鈍重なドサイドンがあれだけ機敏に動いたのは恐らく、相応の経験を積んだ上で習得できる『早業』によるものだ。

 野生のオヤブンポケモンたちは独自にその技を習得できると知ってはいたものの、先程の技はいくらなんでも速すぎる。

 

 自身の相棒たちよりも高度な経験を積んだポケモンかもしれない。

 唇を噛んだショウは直後、自身の失策を悟った。

 

 ドサイドンが片脚を上げ、強く地面を踏みつけた。

 

 局所的な地震が辺りを襲い、消耗したエンペルトが体勢を崩す。

 たたらを踏むエンペルトにドサイドンは悠々と接近し、太い腕をエンペルトへ向けて突き出した。

 

 ショウは反射的に手にしたボールを向けた。

 ドサイドンの腕がエンペルトを捉える寸前、ボールから伸びた光がエンペルトに当たり、小さくなったエンペルトの身体がボールへと吸い込まれた。

 

 思わず短い息が漏れる。

 あと一瞬回収が遅れていたら、エンペルトは致命的なダメージを負っていたかもしれない。

 

 空を切った腕をゆっくりと戻しながら、ドサイドンがショウを睨む。

 まるで次の獲物が出てくるのを待つような余裕に、ショウは身体が震えるのがわかった。

 

 震える自分を内心で叱咤して、ショウは次の相棒を繰り出した。

 

「行ってください、バリヤード! サイコキネシス!」

 

 相性が良いわけではないものの、遠距離から攻撃のできるバリヤードを選んだ。

 間髪入れずに指示を出し、反応される前に攻撃を加える。

 

 目に見えない力で相手を持ち上げたバリヤードは、そのままドサイドンの巨体を突き飛ばすように叩きつけた。

 地面を転がるドサイドンが苦悶の声を漏らして止まり、けれど難なく立ち上がる。

 

 恐ろしいほどの耐久力に舌を巻く。

 ならばと次はより強い一撃をと、ショウはバリヤードに精神集中を命じた。

 

「今です。めいそうして集中力を高めて」

 

 距離の離れた今のうちに。ショウの考えは定石に則ったもので、決して間違ったものではない。

 ドサイドンが進化する前――サイドンの姿を知っていれば尚更距離を取って戦うことを選ぶだろう。

 

 だが相手がドサイドンとなると話は別だった。

 立ち上がったドサイドンは不意に両腕を持ち上げ、掌をバリヤードへと向ける。

 

 そこに穴らしきものを認めた瞬間、ショウは慌てて叫んだ。

 

「何かが来る! 防いで!」

 

 応じたバリヤードが代名詞とも言える見えない壁を張った直後、ドサイドンの腕から射出された岩石が見えない壁を激しく叩いた。

 両腕から交互に1発ずつを受け、空中に細かな罅が走る。続く2発目で罅が大きくなり、片腕の3発目を受けた時点で壁が破られた。

 

 バリヤードは迫る岩石に対し咄嗟に小さな壁を張ったものの勢いは止めきれず、弾かれるようにして地面を転がった。

 堪らずバリヤードをボールへと戻すショウ。噛み締めた唇が破れ、鉄の味が口中に広がった。

 

 鬨の声を上げるドサイドンに対し、ショウはどう対処するべきかわからなくなっていた。

 

 単純な速さで勝っていても『早業』で先に動かれれば意味がない。その分威力が落ちるとはいえ、元々の破壊力が高ければ大ダメージは必至だ。

 残るポケモンは3匹だけで、全員がドサイドンに対して相性が良くない。

 

 一歩一歩踏みしめるようにして近付いてくるドサイドン。

 バリヤードのサイコキネシスで一度は門の外まで押し出したが、鈍色の巨体は再び門を抜け、村の中へと至っていた。

 

 このまま通すわけにはいかない。

 無理をさせることを内心で謝りながら、ショウは3つ目のポケモンボールを開いた。

 

「ムクホーク、『力強く』インファイト!」

 

 飛び出した猛禽の翼が空を切る。

 持ち前の速さで飛び出したムクホークは一瞬のうちにドサイドンへ肉薄し、命懸けの連打を巨体へ浴びせかけた。

 

 これにはさすがのドサイドンも苦悶を漏らし、力の抜けた巨体が後ろへ倒れ込む。

 一方のムクホークも全力攻撃の影響から動きが鈍くなり、倒れる間際のドサイドンが振るった腕に打たれて宙を舞った。

 

「ごめんなさい。……ありがとう」

 

 打ち上げられたムクホークをボールに収め、すぐさま内部へ傷薬を投与する。

 

 守りを捨てて攻めに転じる攻撃を、『力業』と呼ばれる通常以上に体力を消耗する方法で使わせたのだ。

 その上でドサイドンの一撃を受けた相棒の1匹に、ショウは謝罪と感謝を繰り返した。

 

 ボールをポーチに収め、改めて倒れたドサイドンを見る。

 

 死んでしまったわけではないようだが、起き上がる気配もまたない。

 ゆっくりと近付いて見てみればどうやら気を失っているらしい。

 

 安堵の息を吐く。

 

 これほど強いポケモンが村で暴れていたら、コトブキ村が壊滅する可能性すらあった。

 被害が全くないわけではなかったが、大事にならずに済んだのは幸いだった。

 

 あとはこのドサイドンを捕まえるだけだ。

 起き上がればまた暴れるだろうし、捕獲して安全な場所へ放つのがいいだろう。

 

 ポーチから空のモンスターボールを取り出したショウは、気絶したドサイドンを捕まえるべく手を伸ばす。

 

 

 

 直後、横合いから伸びた光がドサイドンを捉えた。

 

 

 

 驚き目を見開くショウの目の前でドサイドンは光を辿ってボールへ収まる。

 驚愕を噛み殺したショウが振り向く。

 

 ドサイドンのボールの持ち主は、呪い狐の面を被った人物だった。

 

 白地の装束には赤い染め抜きが浮かび、まるで流れ出た血の跡のようにも見える。

 面と一体になった白毛は背中まで伸びていて、面や装束と併せてとあるポケモンの模倣にも見えた。

 

「何者ですか。この村をポケモンに襲わせて、何を考えているんです?」

 

 ショウが問いかけるも答えず、ならばとポケモンボールを構えても身動き一つしない。

 

 相手はじっと手元のボールを見つめた後にそれを懐へ収め、ようやく顔を上げた。

 面越しに鋭い眼差しがショウを捉え、悪寒にも似た何かが背中を走る。

 

 あの眼を知っている気がすると、ショウは直感した。

 

 面の下が知りたいと訴える衝動と、知りたくないと叫ぶ感情がショウの内心を揺さぶる。

 自分自身でも理解のできない心の動きに翻弄され、ショウの息は次第に荒くなっていった。

 

 理性では目の前の相手を排除するべきだと考えている。

 

 何せオヤブンポケモンを使役して村を襲わせるような相手だ。

 どんな思惑があるにしろ、危険極まりない相手のは間違いない。

 正体のわからない危険人物をむざむざ通せるはずがない。

 

 一方で、感情はどういうわけか理性で下した判断に警鐘を鳴らしていた。

 このまま追い返せば必ず後悔すると、理解できないままに確信していた。

 

「大人しく縛につきなさい! これ以上罪を重ねるなら重刑は免れませんよ!」

 

 戒める言葉を叫びながら、ショウの内心は混ざり合っておかしくなりそうだった。

 

 滲んだ涙が頬を伝い、口の中には再度血の味が広がる。

 嗚咽が漏れそうになって呑み込み、その拍子に涙が地面へ落ちた。

 

 直後、面の向こうの眼が優しげに細められる。

 

「ずいぶん強くなったんだな」

 

 不意に聞こえきた声に全身が痺れた。

 ボールを持つ手から力が抜け、自然と手足が震えだす。

 滲んだ視界のまま嫌々と首を振るショウの前で、相手は狐の面を掴んだ。

 

「久しぶりだな。会えて嬉しいよ――先輩」

 

 白毛と一緒に剝がされた面の下には、会いたいと願い続けた顔があった。

 頬と目元には見慣れぬ傷の跡があり、けれど顔立ちは見慣れた彼そのものだった。

 

 

 

 2年の時を経て精悍になったテルがそこにいた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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