「………」
「……どうも?」
よく生徒達に教えるのに使わせてもらっている部屋────そこそこ広くて、本やらおもちゃやら算数セット(これは頼んで作ってもらったものだ)が置かれている場所だ。近い感じなら、図書館などにある読み聞かせ室に近いかもしれない。
多目的室のひとつだったのだけど、ここを借りて教えているうちに段々とこんなふうになってきた。物が増えて、教えやすいようにレイアウトとかを変えていたらこうなった。
本棚にはどんな学習状況でも対応できるように、ドリルやら教科書やらが入っている。あと、戸棚にはおやつ。
今では「教室」なんて呼ばれるようになってしまっている。
確かロスモンティスは小さい部屋が苦手だったはず。ゲーム内での知識だが、多分あってると思う。
「えっと、こんにちは?」
「……こんにちは?」
しかし、どう接したものか。一応受け答えはきちんとしてくれているけど、なんというか、不安と観察と言った感じに思える。
「改めまして、僕はロミオ。エリートオペレーター……とは言ってもなりたてだから、エリートオペレーターとしては君の方が先輩にあたるけど」
ロスモンティスは、こてんと首を傾げている。可愛いが、問題はそこじゃない。
「あー、えっと、僕は一応、勉強とかを教えるのを担当させてもらうよ。だから、えー……とりあえず、どこまでできるかやって貰ってもいい?」
「……うん、わかった」
とりあえず急ごしらえのテスト用紙1枚とペンを渡してみる。内容は簡単な読み書きと計算、あと多少の歴史とか理科とかその辺。小学校高学年までの知識で解ける感じだ。
40分程度過ぎた頃。
「……できたよ」
やれるところはやったのか、彼女はテスト用紙とペンを差し出した。
「できた?じゃあ、ちょっと待ってね」
答案用紙と照らし合わせてみる。
基本的な読み書きと、初歩的な計算は出来ている。
逆に、歴史や応用の計算……いわゆる文章題や混合の計算とか、理科関連が壊滅している。用紙の端っこに書かれたにゃんこの絵が可愛い。
確か、ロスモンティスには記憶障害がある。暗記系は、本当に「覚えられない」というところだろう。
さて、どうしようか。感覚的に覚えてもらう感じにした方がいいな……そうだ。
「ん……よし。ロスモンティス」
「?」
「ちょっと一緒に来てもらってもいいかな?」
はてなマークを頭の上に浮かべたままのロスモンティスと共に、僕は部屋にあった筆箱と白紙のスケッチブックを鞄に入れて、教室を出た。
◇◇◇
足を運んだのは、温室。
「パフューマーさん、居ますか?」
「あら、ロミオくん。いるわよ、どうしたの?」
ここは療養庭園。ラナさん……パフューマーの管理する温室だ。ここには、様々な良い香りの植物がある。
「こんにちは。カモミールって今咲いてるかな?」
「カモミール?それなら、左手側にあるわよ」
「よかった。しばらくこの子……ロスモンティスと一緒にここにいても大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。何かは分からないけど……ごゆっくり」
よし、許可はとった。
パフューマーに教えてもらった所へと向かうと、カモミールやローズマリー、その他花が育てられている。
「何を、するの?」
ロスモンティスは首を傾げて聞いてきた。そういえば、何ひとつとして説明していなかったことを思い出した。
「写生だよ。植物や風景をスケッチブックに描くんだ」
「私が、描くの?」
「うん。僕はカモミールが描きやすくてオススメだけど、好きな花を描くといいよ」
そう言ってから、スケッチブックと筆箱を渡す。筆箱の中身は鉛筆や色鉛筆。ちなみに色鉛筆は僕の給料で買ったものだ。少し高いからね。
渡されて受け取ったが、それでも戸惑っている様子の彼女に、僕はもう少し声をかける。
「君が小さく描いたにゃんこ……じゃなくて、ネコの絵がとても良かったって思ったからね。別に、上手く描こうと、現実の風景そのまま描こうとしなくてもいい。目の前の花を、思うように見えているように、そのスケッチブックに映せばいいんだ」
そういえば、彼女はしばらくこちらを見たあと、スケッチブックを開いて鉛筆を取り出した。
また少しだけ悩む素振りを見せたかと思えば、描き始めた。視線を追ってみれば、ローズマリーを描いているのだろう。
とても集中している。……僕もなにか描くか。
持ってきたもう1冊のスケッチブックと、1本の鉛筆を取りだして、近くに咲いていたマリーゴールドにあたりをつけて、描きはじめた。