平衡より来たれり   作:月侍

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情緒です


平衡前夜
プロローグ:平衡前夜


・・・その世界は、自分が居なくても回っていた。

 

 

 

 目を覚ましたのは数年前のこと。薄暗い地下のような場所で、カプセルだか棺だか分からないものの中に居た。

 

 その時に気がついた、違和感。『記憶があるけど記憶が無い』。

 

 何を言っているか分からないと言われそうだけど、その通りなのだ。あるけど、ない。

 

 なら具体的に、何の記憶があって何の記憶がないのか?

 

 『ある』のは、『ある青年の記憶』。日本で暮らしていた、ごく一般人の記憶。ゲーム好きで自堕落気味な青年の記憶だ。

 

 では『ない』ものはと言うと、『自分自身の記憶』だ。今まで生きてきて体験したはずの記憶が、思い出せない。

 言語は分かる。自分が最低10年以上は生きていることもまあ分かる。

 ただ、その生きてきた内容が何もかも思い出せない。綺麗にそこだけ落丁した本のように、すっぽ抜けているのだ。

 

「………????」

 

 せめてどちらのものでもいいから名前を思い出せないものか、と思ったものの、自分のものも青年のものも思い出せない。イニシャルも分からない。

 

 いやそもそも、ここはどこだろう?なにかの地下施設なのだろうか?

 

 

 そう思って、ともかく動くべきかと踏み出して周囲を見渡した。

 

「……!」

 

 そして、磨かれた金属の壁に映った自分の姿を見て、様々なことを理解した。

 

 水色が差し色に入った黒いジャケットは、「ロドスアイランド」という製薬会社の制服のようなものだ。

 あの金属製のマスクこそ無いものの、服装と状況、それから持っている知識によって理解してしまった。

 

 

 自分は、「ドクター」。タワーディフェンスゲームである「アークナイツ」の主人公。

 有り体な表現だが、自分は……僕は、ドクターになってしまった───転生してしまったのだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

「と、なるとここはチェルノボーグか」

 

 ゲームは、チェルノボーグ地下の秘匿施設で治療状態にあった「ドクター」を救出(「ドクター」から見れば脱出)するところから始まる。

 騒ぎがあって目を覚まし、レユニオンによる妨害を受けつつもそのままアーミヤ達とロドスの艇まで逃げることが出来たのだ。記憶がすっぽ抜けているのも、「ドクター」なら理解出来る。

 

「うーん……チェルノボーグ事変が起きてるにしては、あまりにも静かすぎるな」

 

 そう、「レユニオンの妨害を受けながら、救出に来たアーミヤ達と脱出」することが始まりなのだ。

 その「レユニオンの妨害」によって、ここウルサス帝国のチェルノボーグという移動都市が大変な事になるのだけど、それにしてはあまりにも静かすぎる。

 

 とはいえ、目を覚ました以上はここを出なければならない。少なくとも、飲み食いしないと死ぬ。最低限水分を探さなければならない。

 

「仕方ないか。」

 

 そう呟き、地上へ出るべく探索を始める。

 

 

 ……さて、基本的に「アークナイツ」はタワーディフェンスゲームであり、シナリオは紙芝居形式(という表現でいいのかは分からないが、とりあえずそう表現しよう)で進む。

 

 つまり何が言いたいのかというと、「具体的な道が分からない」というものだ。いやマジで、分からん。

 しかも、ゲーム本編の方はてんやわんややってる中を脱出しているのだから、多分破壊された壁とかも通ってるだろう。益々わからん。薄暗い中を進めているだけでも100点だと思う。褒めて。

 

 石と金属で造られた地下室は無駄に広い。ああ、せめて天井ぶち抜いてそこから出るくらいの力が欲しい。

 

「お」

 

 と、鉄製の扉を見つけた。小窓の外に登りの階段が見える。扉も、鍵自体はかかっていない。

 

 ただ、ハチャメチャに重い。まって、僕こんな非力なの??ちょっと??いや長年動いてないことによる筋肉の衰えとか分かるけどね?????

 

 

「ぐっ、ぬぬぬぬ……!」

 

 気合いで押し開ける。何とか開けたところで、めちゃくちゃ息が切れた。キツい。

 

「は、はぁ……い、行こう」

 

 

 慎重に階段を登る。人の気配は一切ないし、カメラやセンサーらしきものも見当たらない。おかしい。

 いや、誰もいないのは脱出することに関して好都合だが、見張りとかに当たる者も物も一切ないのがおかしすぎる。

 

「……いや、気にしている場合じゃないか」

 

 そのまますんなりと、セキュリティに引っかかることや誰かに見つかることも無くその施設を出ることが出来てしまった。

 

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