何ひとつとして、記憶と合致しない。
「……おかしい」
恐らく裏口から出たのだろうが、建物の陰、つまるところ路地に出た。
その建物の影から表の様子を伺えば、何事もない日常を過ごす人々が見える。
子供連れの家族に、学校の愚痴を言い合う学生、買い物中らしき老夫婦。本当に、ただの日常が見えている。チェルノボーグ事変など、起きていないかのように。
これはどういうことなのだろうか?
混乱する頭をなんとか回して考えついたのは、多分「自分が本編開始よりも前に目を覚ましてしまった」という辺りだろう。
どちらにせよ、早めにここを離れるに越したことはないと思う。
ここ、チェルノボーグ……というか、ウルサスは感染者に対してとても冷たい場所だ。自分が感染者かは分からないが、衛兵だとかに見つかりでもしたら面倒臭いことになるのは間違いない。
「夜を待って、か」
幸いにも陽は頂点から傾いている。夜になるのに時間はさほど変わらなかった。
◆◆◆
「待てーーッ!」
「くっ……!」
しくじった。巡回していた兵士に見つかった。
水と食料が必要だからと、拝借したのは悪かったと思う。それだけは謝ろう。返す気はサラサラ無いが。
いや、うん。窃盗犯だから追いかけられるのは分かる。ただ、比率。比率よ。
「5人で追いかけてくることないんじゃないかな……!」
5vs1とかどこのゲームだと言いたい。が、それ以上声に出す体力は無い。モヤシどころか縫い糸レベルの体力にはキツい。
よく分からない土地を、右へ左へと駆け抜ける。
途中、立てかけてあったパイプとかを蹴飛ばしたりして時間を稼ぐ。
しかし、相手は手馴れた奴らだ。追い詰められるのは時間の問題だった。
「観念しろ」
「………」
どうする、自分。逃げ方を間違った。
背後は出口のようなものがあるが、とても高度がある。下は白いのは分かるが、いったいここはどこなのやら。
兵士達がにじりよってくる。向こうは僕が何者なのかは分からないらしい。
が、捕まれば無事ではないだろう。
逃げても無事とは限らず、捕まれば確実に無事ではない。
ならば、どちらを選ぶべきか?そんなもの、至極簡単な選択肢だ。
「する訳にはいかないからね」
「な!」
たん、と後ろに飛び退けば、直ぐに自由落下の状態となる。
チェルノボーグの移動都市は、視界からグングン遠のいていった。
「────ッ゛!」
全身に痛みと冷気が走る。しかし、思っていたほどではない。
どうも雪が積もっていたらしく、クッションになったのだ。
なるほど、今のチェルノボーグは北の方にいるのか。
……幸い、水も食糧もそこそこ確保した状態で居られてる。
追っ手が来る前にここを離れよう。
僕が北原へと歩みを進めたのは、こういうわけだった。