1-1 調査レポート3月31日
――2025年3月31日調査レポート
発見事項 … 0
進展 … 2
先日の波形のブレを記録した例の男の身元が割れた。今年同じ学校に入学する九音栄翔だ。翌日捕縛し確認する。
同じくして翌日午後、私と同室入居となる一年が来る。鍋道楽の社長令嬢、鍋塚出汁子。噂では親との中が悪い。それが理由か単身入寮する様だ。親との繋がりが細いのでは活動資金の徴収は難しくなるだろう。ついでなのでこの女も確認する。
この世には数多の謎が存在する。私が追い求める謎もその一つ。人々はその謎をオカルトと称し軽視する。
昨年、愚直に追い続けてきたこの謎の片鱗をその身で確認した。オカルトなどではない、発生する事象として見えた小さな『裂け目』。
あの日からデータをかき集め、ある程度の目星はついた。残るは発生条件を調べるのみ。
もう、彼を待たせすぎている。
◆ ◇ ◆
桜が散り始め、始まりを感じる時節。若い心が踊りだし、鮮やかに志が芽生える。彼女にとっても例外ではない。
「……ふう」
女子寮4階の44号室。スーツケースを傍らに扉の前で銀髪のツインテールを整えるずんぐりとした少女の名は鍋塚出汁子。意を決してこれから自らが住まう部屋の扉をノックする。
「…………」
蠢く気配。口元のほくろが引き締まる口角と共に動く。
それは人の動きではない。不安を感じつつも出汁子はノブを捻る。半身ほどの幅だけ扉を開け、覗き込む形で内部を確認する。部屋は薄暗く、不明瞭さに恐る恐る声を出す出汁子。
「し、失礼しま……!?」
言葉が詰まる。玄関に転がる巨大な芋虫めいたそれはくるまった布団。更にそこから聞こえる高めの男性の声が出汁子の理解を深め、不可解を加速させる。
「人……男子ぃ? えぇ……?」
布団で簀巻きにされ、口にガムテープをつけられた少年の顔。少し伸びた黒髪を靡かせながら蠢き呻き、涙目で出汁子に助けを求めていることは言葉を介さずとも理解できた。
(縄解く? いや、女子寮に男子がいるって通報する? ていうか何この状況!?)
混乱し、助けることを躊躇う出汁子に少年の呻き声は急かすように強くなっていく。出汁子にもその焦りが伝播し、眉間にシワが寄る。
「……とりあえず寮母さん呼んでくる!」
「待て」
出汁子が扉を開けかけた瞬間制止する女性の声。シャワー室と見られる戸からあふれる湯気に長髪の女のシルエット。
黒く湿った長い髪を揺らし、身を隠すこともなく下着一枚で彼女は現れた。痩せ気味で気怠げ。シャワーの後と見られる湯気により拡散する光の逆光が彼女をさながら妖怪の出現かのように演出している。
「騒ぐな。そいつは私が捕らえた」
「山本、さん?」
出汁子の予想通り、彼女が44号室の先住者である三年生の山本秋江である。
「お前が鍋塚出汁子か」
贅肉だらけの自身とは正反対の少女の体躯に思わず目が行く出汁子。羨ましい、という言葉が出る以前に目にとまる異様なものに異様さを覚える。
(左胸のあれ、何?)
彼女の左乳房上部に三原色で彩られた六角形に蔦が絡まるマークのタトゥー、そして左乳房の突端には緑輝く宝石のピアス。
(まともじゃない)
希望に満ちた理想の新生活像は何処へ。直感するもすでに秋江との接点はできてしまっている。
秋江は左手に持ったスマートフォンを右手の小指で操作し、不敵に口角を上げ出汁子に話を振る。
「さて、出汁子。お前は大手外食チェーン店『鍋道楽』の看板娘であり社長令嬢だな」
怯えた出汁子は秋江の言葉を聞き、不安が一転し敵対の気持ちを秋江に向ける。
「……それがなんだというの?」
出汁子は全国展開する鍋食チェーン店の社長、鍋塚真鍋の一人娘である。
真鍋は会社経営に全てを尽くし、今や知らぬ人など居ない大企業にまで一代で成長させた成功者である。
だが、その彼の〈全てを尽くす〉という表現は比喩ではなく、出汁子にとってそれが呪いだった。
「その珍妙な名前、噂ではお前の父親の暴挙らしいな。更には自身の名まで改名する狂気の沙汰。それがあるからこそ会社が大きく成長したかもしれんがな」
「……チッ」
名前を変えてまで鍋を前面に売り出し、娘にまで出汁子と名付ける真鍋の精神は明らかに常人のそれではないと推察できる。出汁子はこの父親の狂気を忌み嫌う。
父親の企てによりメディアに向ける宣伝用の映像に看板娘として出演させられていた出汁子。企業の知名度とともに当然出汁子の名も知れ渡る。
面白い名前だとクラスメイトから特別扱いされた小学生の頃はまだよかった。父親の出張や転勤も多く、それに合わせて自宅学習も多かったため登校日数が少なかったことも幸いだった。
自身が外れ者だと気がついたのは中学生になった一年目。この頃『鍋道楽』は上場し、本社のビルを一新したばかりであった。父親は本社にて常勤するようになり、出汁子も合わせて学校に登校する日が大幅に増えた。それが出汁子の転機だった。
(コイツもそれだ。名前が変だ、父親が社長だからっていい気になるなだ、お金目当てでちやほやしてくるやつだとか。私を惨めな気にさせて何が楽しい)
周りは権力を恐れていたのか大きないじめに合うことはなかったが、出汁子の中学校での三年間は陰口と擦り寄りの板挟みであった。思春期真っ只中の彼女にとってとても堪えるものであった。
自分の心がこぼれたアスファルトの様に歪に固まっていくのを感じた。出汁子はどうしてもこの状況を変えたくなった。
(わざわざ遠方まで寮のある高校に入学して、今までと同じ状況じゃ意味ないのよ)
出汁子は高校入学に備え、そんな相手に言う言葉を決めていた。
「私は私よ。名前は大人になったら変えるし父親とも縁を切る。上っ面でしか物を見れないなんて可愛そうね」
「お前を卑下するなどとつまらん意図で話などせん」
言い切ったが一蹴され、うまく行かなかった違和感により出汁子の眉間に更にシワが寄る。言い返そうと声を出そうとするもすかさず秋江の言葉が入る。
「お前の情報は高くついたぞ? 出汁子よ」
「じ、情報?」
メガネを掛け、長い髪を青いリボンで首元にまとめながら含みがあるような事を言う秋江。戸惑いつつ、負けじと出汁子は睨みつける。
メガネをつけた秋江は再度スマートフォンを操作し始める。クククと不敵な笑みを上げる様を見て、出汁子は得体のしれぬ悪い予感を感じる。
「秘め事を多く持たないとは中々、お前は妙な奴らしいな」
「何の話を」
秋江はくるり、画面を出汁子に見せる。
「本当はこれ以上に過激なものが欲しかったのだがな。プロですら手を上げる隙の無さ、驚きだな」
「……!?!?」
写っているのは出汁子であった。それも入浴中や脱衣中の裸体の状態、乳房や陰部、食べることが好きだとわかる豊かすぎる全身の肉。何の遮りもなく露出している写真が複数枚。どこから仕入れたかわからぬ金でプロの写真家を雇い調達した物である。
出汁子の人生史上、未曾有の羞恥と恐怖だった。全身が熱く火照り、同時に鳥肌が立ち冷や汗を流す。とっさに出汁子はスマホを奪い取ろうと手を上げ打つ。しかし秋江のバックステップが空振らせる。
「お、お前ッ!」
「バックアップは取ってあるとはいえ、携帯端末を壊されてはたまらない。短気は損気だぞ、出汁子」
秋江にとっても不意打ち気味だったのか、彼女は少々顔を強張らせながら寝転がる簀巻きの男に飛び乗るように腰掛ける。男はその衝撃で出せない声で叫びを上げ、動かなくなる。
そして、秋江は足を組み再び不敵な笑みを携えて口を開く。
「これは脅迫だ。今日からお前は私と同室で生活をする傍ら私の助手として研究の手伝いをしてもらう。誰かに告げ口したり、意固地になって従わない場合は今見せた写真を世に流す」
「……ッ!!」
出汁子が再度ぶつ体勢に入ろうというその時、秋江の手元が閃光と乾いた刺激音と共に出汁子に向けて突き出される。
「バックアップは取っていると言っているだろう。無駄なことはするな、痛い目にあうだけだぞ」
それはスタンガン。稲妻の強さが並みではない改造品。触れれば即気絶、当て所が悪ければ肉が焼ける。それほどの代物。
目を見開き体が固まる。つうと頬に汗が一筋伝う感触で気づいたかのように、出汁子はゆっくりと手を下ろす。
「……お前、お前もそういう人間か。道具のように人を扱って、自分勝手で、自分の事ばかり」
食いちぎらんばかりに歯を食いしばり、涙を滲ませ怒りの形相を秋江に向ける。〈腸が煮えくり返る〉という言葉を体現した顔である。
しかし、秋江は出汁子から目をそらすこと表情を変えることもなく、スタンガンで秋江が出てきた戸の方を指して出汁子を急かす。
「最初にお前がする事はシャワーを浴びることだ。身を綺麗にして下着一枚で戻って来ること。お前の身体検査を行うぞ、出汁子」
「……さいってー!!」
出汁子は脂の乗ったその脚で地団駄を踏む。いささかの揺れを錯覚するほどの音が鳴った後、出汁子は俯きながらシャワー室へと体を向ける。
(最低だ最低だ最低だ)
父に宣材道具として扱われ、その父から距離を置くためにやってきた学校でも使われる。惨めな状況は何故変わらないのか。
悔しさが嗚咽に変わる。不満と怒りが涙に変わる。渇望する自由という言葉を彼女はまだ、知らない。