音ゲーマーに於いては馴染みのゲームセンター、SANGOステーションスガノ一号店に、栄翔達は再び訪れていた。
彼らはこの出会いの地を懐かしみに来たわけではなく、かといって自分たちの境遇の手掛かりを探しに来たわけでもない。ゲームセンターにやって来るおおよその人々と同じ目的を持ってやってきた。
三人は今、ステップでリズムを刻む人気筐体である『ASHIDORI REVOLUTION』こと『アシレボ』の前に向かって立っている。
「この筐体、知ってる?」
「施設にあったわ。ちょっと形は違うけれど……」
広く配置された丸いボタンや大きなタッチパネルに表示されるマークなどを音楽に合わせ触れていく、所謂リズムゲームや音ゲーと呼ばれる類のものをプレイしてきた彼ら。
「自慢じゃないけど、オレに着いて来るって結構やってるな、アンタ」
「どうも。でも、さっきからゲームをしている事に何の意味が?」
「息抜き」
二人の戦績は五分五分。瞬発的な手指の動きが優れる栄翔、広い視野で大きな筐体でも無難にこなせるパッヘル。全国のランカーに匹敵するレベルの『双子の兄妹』対戦を見たいと、知らずのうちにギャラリーが発生している程だ。
その二人の対戦前の噛ませ犬、松野はギャラリーに混じって疲労の色を浮かべている。
「音ゲー天下取れるよなあ、あの二人」
衆目の中リングに上がったボクサーが相手と向き合い放つ様な闘気、それを栄翔とパッヘルは向き合って放つ。栄翔は一つ息を吐くと、パッヘルを挑発するかの様に腕を組んだ。
「意味がほしいんなら、作ればいい」
「どういう……」
「パッヘルが勝ったらオレは協力する。オレが勝ったらパッヘルは諦める」
栄翔が放った言葉に、パッヘルは目を見開く。
「エイト、それって」
栄翔は眼差しをパッヘルに返した。
逃げることが嫌いであった。それなのに向き合うのが怖くて、誤魔化したくなる事由が目の前にいる。そんな自分の感情と向き合うためもあるのか、栄翔は言葉を続かせる。
「信じなきゃと思うほどホントっぽくて、信じれないくらいウソっぽいアンタのこと、協力する『納得』が欲しいんだ。パッヘルとの勝負なら、勝っても負けても文句無い」
パッヘルは必要とする側。される側ではない以上、相手の納得がなんとしても必要である。そのための条件がやっと現れたが、不確実でコインの裏表を賭ける様なものである。
「わ、私は」
迷いを含み狼狽えていると、ギャラリーから松野が戻って彼女の肩を叩いた。
「パッヘルちゃん、コイツめんどくさいやつなんだよ。ボコボコにして言うこと聞かせてやったらいいって」
「なんだよ面倒くさいって」
「回りくどいけど、栄翔だって君のこと手伝いたいって言ってるんだしさ」
肩を組む松野。組まれた栄翔も鬱陶しそうではあるが、拒みはしない。
パッヘルの気持ちに関係なく、栄翔の立場と二人が持たせる理屈の二つに、パッヘルに同意を示させる。
「……そう、ね。勝てば、良いんだ」
頷いた彼女に栄翔はメダルゲームのコインを投げた。パッヘルはとっさにそれを掴み取る。
「な、何?」
あっけに取られるパッヘルに、栄翔は説明を始める。
「習わしがあるんだ。真剣勝負にはお互いのコインを交換する。負けた方はコインを返し、勝った方はそのコインを勝利の証としてそのコインを所持する。アンタはコインを持っていないから、そのコインでその習わしをする」
「そういうの好きだよな、ここの人たちって」
「ギャラリーの前じゃ少しは場を盛り上げる演出も必要だろ?」
栄翔は手を軽く広げて、冗談めかした笑みを浮かべた。それを受けて松野は楽しげに、軽く栄翔の背中を二回叩いた。
「はは、エンターテイナーだな!」
栄翔はパッヘルにコインを右手で突き出した。パッヘルもつばを飲み、促されるままに同じく右手でコインを突き出す。
「負けない」
「恨みっこ無しだ。いいな?」
双方左手でコインを受け取り、ギャラリーの拍手が響く。互いの瞳に宿る闘志の輝きに、栄翔は口角を上げ、パッヘルは眉間に皺を寄せた。
(なんで、イイと思ってんだろうな、オレ)
栄翔がクレジットを筐体に飲み込ませる、この瞬間感じた確かにある高揚感。それは、この先の命運を決する緊張感、自分と張り合える相手、それらが揃っているスリル。最高の勝利へのスパイスである。
だからこそ、真剣に楽しむことができるのであろう。
「三曲勝負!」
「!」
アシレボは二人がここまでプレイしてきた筐体とジャンルこそ同じ音ゲーではあるが、足を使うそれらとはプレイ感覚が大きく変わるものである。であるはずなのに、はずなのに、二人はリズムを取り逃がさない。
二人のプレイスタイルには大きな違いがあり、それぞれの得意分野で牙を剥く。腰の両側にある手すりを支えに脚のみを素早く踏みつける栄翔はハイテンポで変調がある曲を、ダンスをするかのようにステップするパッヘルはリズミカルで変拍子の曲を、それぞれ一曲ずつ勝ち取った。
「……?」
「……!」
その最中、呼吸が合っていく事を感じた。それは、勝負の最中に意気投合していく心の高ぶりではなく、思考が同期しお互いを感じることができる、その様な感覚であった。
息を切らし、感覚の違和にも戸惑いを覚えながらも二人は勝負を続ける。公正を期すため、残る一曲はランダムで選曲することに。
選択されたのはアシレボ難関の最新曲『Hi×Hi=BRAVE』。ハイテンポハイテンションの楽曲を制する勇気はあるか、という広告の文言で音ゲーマーの間で話題になっている変拍子の曲だ。二人共がよく知らない曲であった。
曲目開始の待機画面もすぐ終わる。言葉を交わす間もなく、前奏に合わせて二人はステップを取り始める。
そして、メロディがノリ始めて足取りが始まる。曲が進むに連れて、だんだんと二人のプレイスタイルに変化があった。ギャラリーも松野もそれに気がつく。
(栄翔、手すり掴んでない。パッヘルちゃんもダンスっぽい動きじゃなくなってる。ていうか……)
二人の動きは段々と同期していく。
互いにその感覚に気がついていた。呼吸が、思考が、体に流れる電気信号が、自分のものであり自分のものではないみたいに動作している。お互いのエゴが重なって行き、波が増幅するかのような感覚。
同時に、栄翔もパッヘルも、金属がしなるような音を感じていた。
(あの音も、この感覚も……!)
(何……この感じ?)
しかし曲は止まらない。真剣勝負である以上、足取りを止める訳にはいかない。あと少しで決着がつく。
最終盤の発狂ゾーン、特にステップを早く踏む事を要求される時間に入る。お数多の音ゲーマーを苦しめる気の狂ったステップが二人に立ちはだかる。
ここでギャラリーからどよめき声が湧いた。
「おいおいおいおい」
「あの双子、完全に動きがおんなじじゃない?」
慌ててスマートフォンで動画を撮りだす人もいた。それほどにまで、異常なまでに二人の動きはシンクロしていた。
鳴り止まないしなり音、不可解な同期感覚。それに戸惑いながらも体は勝手に動きつづけ、発狂ゾーンを越え、間もなく曲が終了する。
二人して同じ姿勢で画面を見る、周囲のどよめきを背にして。
「パーフェクトだ……」
「あの曲を、二人してパーフェクト?」
「しかもおい、スコアまで同じ?」
『DRAW』の文字。通常のプレイではまず見ることのないリザルト画面。
「…………」
数拍画面を見たあと、お互いに顔を見合わせる栄翔とパッヘル。双方、表情から互いの体や思考に何が起こっていたかを察した。
「エイト、これが私と貴方との……」
「……勝ちとか負けとか、そんなんじゃないな、これじゃ」
今でも頭に鳴り響くその音を意識して、栄翔は前頭部を抑えパッヘルから目を逸らす。
自分が何者なのか更にわからなくなってきた。それでいて、パッヘルとの関係性を殊更強く感じる材料も増えた。
これでは目を逸らす事など出来はしない。
「オレ、決め……」
決意を言葉として出力しようとした時、鈍く轟音が鳴る。数拍してアシレボのディスプレイに何かがぶつかった音だとわかり、その場にいる全員がそちらを見た。
人だ。後頭部が極端に窪んだ大の男の頭が埋まって、ディスプレイにヒビが入っている。すでに事切れているのか、手足はだらりとしている。
「キャハハハハ!」
甲高い笑い声とともに鈍い音。ギャラリーが散開し、一勢にいなくなった。松野はその動きに合わせて栄翔とパッヘルに駆け寄る。
三人以外がいなくなった跡には血みどろになった男が一人横たわっている。そして一四〇cm弱、身長に似合わぬ爆乳、青髪ポニーテールの女が立っていた。
「ゲームなんかしてる場合ぃ? カノンとかパッヘルとかいうのォ!」
女の佇まいが栄翔とパッヘルに否応なく気づかせる。
「まさか」
「追っ手……!」
「ご明察!」
女は着ているYシャツを勢いよく脱ぎ捨て上裸になり、鍛え上げられた肉体を晒した。興奮状態によって代謝が上がって体温が上昇しているのか、その肌には汗が滴っている。
女がこちらに近寄ってくる。その異質な光景に手汗が吹き出す。血走った目線に背筋が凍る。向けられた最高潮の笑みに喉が詰まる。
「逃げろっ!」
恐怖を掻き消すようにただ一言。栄翔は叫んだ。