《――ええ。こちらは無事、ゲームセンターの屋上で九音たちを見つけました。全員意識不明でした。かなりギリギリの死線をくぐってきたみたいです》
《軍の医療を受けさせてもらえるらしいです。ウェッジショットさんとモーリスさんがいてくれて助かりました。警察も口出しできない駐留軍の治安干渉権って悪い印象しかなかったけど、こういう時は役に立つんですね》
《それと、側で倒れていた気持ち悪いくらい胸のでかいチビの筋肉青髪女がいるんですが……え? 情報量が多い? 仕方ないじゃないですか、本当にそんな見た目なんですから。私達を襲撃してきたあのチビ男と似たようなとこもありますよねって話ですよ、これ》
《この女は軍が収容、監視してくださるそうです。はい。さっきのあれもありますから、わたしたちには手に負えない可能性が大でしょうし当然ですよね》
《……会長、そっちはどうです?》
「心配する暇があるなら早く帰ってこい。これからのことを決めねばならん」
後輩兼部下の声に、通話音質でも心配の色が乗っている事がわかる。山本秋江は少し目を伏し受け答えをしながら取り急ぎ片付けられた事務所の様子を眺めている。一部に残る肉片、拭いきれていない血痕、隅に固められる壊れた家財。先程までの騒動が現実である事を物語っている。
数刻前に小柄な男が乱入し、永野みゆきに対する攻撃を行った様子が、この場にいる全員の心に不可逆的な変容を誘起させていた。正体不明の目に見えぬ飛び道具を使い、容易にみゆきの体と部屋、取り出された秋江のスタンガンを破壊した光景は、荒唐無稽なCG合成映像の様であった。
中でも深刻な心の乱れを引き起こされたのは、永野みゆきの親友の一人である木野春メグであった。怯えきり、部屋の隅で肩を震わせてうずくまることしかできない様子は、普段のおちゃらけた言動からは想像できないほどに暗く、重い。
「みゆきちが……みゆきち…………」
「メグ、お茶飲めるか。なんか飲んだほうがええで」
メグの側にペットボトル入りの緑茶を置いた堂本依瑠光の顔は大きく腫れ、全身に内出血や赤くなっている部分があった。痛手を負いながらもその声色は優しい。
目の前でみゆきが爆ぜ、次にメグに歯牙がかけ様とした事に対し、気が付けば体が動いて男に殴りかかっていた。しかし拳はいなされ、逆に顔面にカウンターパンチを受けてしまったが、依瑠光は男に組み付き動きを鈍らせた。
それが結果的に、それ以上の被害を抑えることに貢献した。
「あの時、依瑠光ちゃんがあの男の動きを止めていてくれなかったら……他に人が死んでいた」
MARVEL・AGRIの店主アグリは気丈に振る舞う依瑠光を励ましにかかる。
依瑠光が組み付いている隙に、彼女は空中に薄青色の細切れ紙片をばらまいた。この瞬間、男の表情が変わった。
おそらく、男がみゆきを捉えた謎の攻撃を依瑠光にも放とうとした時、その紙片が砕け散って粉になった。はじけ飛ぶはずだった依瑠光の頭部への衝撃が、男を含めた周辺に衝撃が拡散。依瑠光へのダメージは全身への打撲に軽減されたのだ。
その後、メグが呼んでいた駐留軍のドーラが到着するや異変を察知し、すぐさま事務所に駆けつけ拳銃にて応戦。男の肩に銃弾が命中した。
男は不利と判断してか、身を躱す動作を兼ねて血まみれで倒れているみゆきの側に転がり込んだ。そして、男は腰につけていた手榴弾のようなカプセルのボタンを押した。
「あのチビ男、みゆきと一緒に消えよった」
それが一瞬の閃光を放った瞬間、男とみゆきの体の境界が消え、その場からも姿をくらましてしまったのだ。
ドーラの通訳も兼ねてゲームセンターに向かい、今この場にいない出汁子には軽いめまいが起こったという。あの日、パッヘルとルーナがこちらにやってきた日に出汁子の身に起こった現象と類似した感覚である。秋江はそれを聞き、男が消えた原理は『裂け目』の発生原理の応用であると推測した。
「……店主さん、あんた何もんや。なんか知ってんねやろ」
命を助けてもらったとはいえ、依瑠光はアグリに疑念を抱いていた。
アグリの行動は男の攻撃のからくりを知っていなければ起こしようがない。みゆきがああなってしまうことも。この女は全てを知っていて今の振る舞いをしているのではないかとさえ思ってしまう。
アグリは依瑠光に視線こそ合わしているが、眉を潜めて困っている事がわかる表情だ。
その険悪な空気にルーナが割って入る。
「あの、あのね、店主さんは敵じゃないと思うよ、依瑠光ちゃん」
みゆきと同じ声同じ顔で仲裁に入られる。依瑠光は感情的にならざるを得ない。
「……っ、わからんやろ! 友達あんなんされて、連れてかれて、ウチらこんな怖い目に会うてや! そっからウチら守ったんは店主さんで、あんなん分かってへんかったらでけへん動きやんか!」
「でも……店主さん、パッヘルちゃんと私の面倒みてくれて、優しい人なんだよ。店主さん、絶対味方だよ」
みゆきと同じ真っ直ぐな眼差しだった。
普段は挙動不審でどこかふにゅふにゅとした印象のみゆきが時折見せる曇り無き眼子は、決まって彼女の芯の強い意志を押し通そうとする時に見せていた。
だから、依瑠光は狼狽し黙ってしまう。
「イルミ、だっけ?」
続いて依瑠光に話しかけたのはMARVEL・AGRIの店員であるレイナとキリだ。一六十cmと一一〇cmの凸凹姉妹のような彼女たちもアグリに恩がある二人であり、住み込みで働く訳アリの二人であった。
二人も男の襲撃に会った。身の安全を確保するために物陰に隠れて大事には至らなかったが、それでも落下物に当たって軽いけがなどを負った。なおかつアグリの特異性にも気がついているが、彼女たちはアグリの味方だった。
「店長をいじめないであげてほしいな。私達にとって、とても頼りがいのあるママみたいな人なの」
「気味悪くて胡散臭い奴だけど、人を殺す野蛮な魔女ではないよ、この女」
娘のようにアグリの愛と善性を押しだすレイナ、ぶっきらぼうながらアグリの悪性の天井に言及するキリ。
言い返せぬ依瑠光と二人の様子にアグリは頭を垂れた。
「依瑠光ちゃん、全てをお話しましょう。ですが、きっと望む様な答えでは無い事、先にお詫びしておきますね」
依瑠光は四人の心を見せつけられ、頭をかいてバツが悪そうにそっぽを向いてしまう。
「……あーもうホンマに。そんだけ言われたら分かるしか無いわ。悪いのはあの男、せやけどちゃんと聞かせてもらうで」
そしてこの話に乗っかるように、秋江も続いた。
「私も聞かせてもらうぞ。前々から知っていることも分かっていてずっと聞いているが、『裂け目』について、向こうの世界について、必ず詳しく聞き出すからな」
「それは、まあ……はぐらかしてばかりも居られませんよね。わかりました、秋江ちゃんにもお話します」
秋江はアグリの返答を、包帯でぐるぐる巻になった右手をさすりながら受け入れた。スタンガンが爆発した際の火傷の痛みが彼女の気持ちをさらに強くしている。
「必ずだ、今回ははぐらかすなよ」
「ええ。ですが、まずは情報の整理とこの部屋の片付けを済まさなければなりません」
傷跡は深い。だから応急処置は全ての問題解決に繋ぐ為の必要事項だ。順番を間違えてはいけない。
しかし、その様な状況である時に限って、問題は更に重なっていく。
「……ん?」
依瑠光のスマートフォンに着信。バイブレーションが長く響く。
事が起こってから一時間弱、日が暮れてきた頃であるから親が心配するような時間ではない。まして、友人が遊びに誘うような時間でもない。
依瑠光の胸中には嫌な予感だけが募っていた。
「誰や、こんな時に」
スマートフォンの画面をつけると、着信者の名前と初期設定ままのアイコンがデカデカと映し出されていた。
表示名は『お兄』。
「……うわ」
依瑠光は顔をしかめ、着信拒否をした。