インスパイア・チェイン   作:メビウスノカケラ

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1-2 門出の角

 私立有智学園高等学校。その入学式の翌日。各クラスでの自己紹介と学校生活についてのオリエンテーションが行われた。予定通りに各説明が終わり新入生たちは開放される。

 オリエンテーションが終われど新入生には大切な時間がまだ残っている。教師に指示され行った自己紹介などでは理解しきれぬ互いの情報共有の為にクラスに残るものは半数以上。

 そのクラスの生徒達も一見その通りの動向。しかし、彼ら彼女らの話題は他のクラスとは異なっていた。

 

「鍋塚出汁子ってすげえ名前だよなあの子」

「CMとかポスターで見たことあるわ。鍋道楽んとこのボンボンや」

 

 話題の中心となる事が決定されたその名と生まれ。彼女自身は教室に姿はない。新入生たちは本人が居ないことを良いことに好き勝手に喋っている。

 

「デブだし、目つき悪いし、しかも何あの自己紹介?」

「「外面だけで判断しないでください」っつったって、人間第一印象だよねー!」

「一瞬教室変な空気になったしねー。松野くんもそう思うよねー?」

「オレは良くわかんないなー……まあでも見たことないタイプだよ。気になるよね」

 

 

 

「チッ……」

 

 地響きと錯覚させる程の足音を立て、ニーハイソックスの食い込みで浮き出た腿肉を揺らして廊下を突き進む。居心地が悪いという顔の彼女こそ話題の中心点。

 周囲からはヒソヒソ声。殆どが出汁子のただならぬ雰囲気への反応。今の出汁子にはその全てが自分に対する好奇の現れに聞こえる。

 

(学校じゃコレ、帰ればアレ、入学しなかったらソレ。コレじゃダメなのに、クソ……どうにかしなきゃ)

 

 考える。考えたところで一人ではどうにかできる事は多くない。

 理不尽に積み重ねられる問題を一つでも打壊したい。そうは思えど思い浮かぶ案に対して対処をされるパターンばかりが容易に想像できる。思考の堂々巡り。混濁していく思考。

 

「なぁ、鍋塚出汁子!」

 

 混沌とした思考に投げ込まれる声。高めでははっきりとした語気の男の声。

 

「あぁ!?」

 

 よりにもよって姓名合わせて呼ばれれば気持ちは抑える間もなく沸点にまで達する。自分の名は嫌いなのだと主張するかのごとく、苛立ちを隠さず後ろを振り向く出汁子。

 そこに居た声の主は音楽がそんなにも好きなのか、校則など気にしないとばかりに首にヘッドホンをかけた黒髪色白の華奢な男子。背丈は出汁子とあまり変わらない。

 

「俺だよ、九音栄翔! 同じクラス!」

「……ああ、ヘッドホンの」

 

 彼はヘッドホンを担任に注意され、出汁子より先にクラスの自己紹介で教室をざわつかせた男だった。それは出汁子にも印象的な光景であった。

 

「あぁ、そうなるよな。俺はコレやめないけどな、絶対」

 

 栄翔は少々の戸惑いはあるものの、出汁子の鬼めいた気迫に目をそらすことはない。その栄翔の態度がわからぬ出汁子は警戒心を解かぬ姿勢であったが、ふと頭に過る事があった。

 

「アンタ……?」

「そうなんだよ!」

 

【挿絵表示】

 

 引っ越しした日、秋江に簀巻きにされていた男子の顔が栄翔のそれと一致している事に出汁子は気がつき、それを察した栄翔は嬉しそうに自分の顔を指差して確認を促す。

 険しい表情が解れた出汁子。腰に手を当て改めて不機嫌な表情へと顔を変え態度を柔和させる。

 

「改め、簀巻きヘッドホンね」

「九音栄翔だって……まあいいや。名前のことなんかより大事な話があるんだよ」

 

 仕返しとばかりに返された妙なあだ名は気にしない。一転し真剣な面持ちになる栄翔は出汁子の目を見て訴えかける。

 出汁子は彼の態度に戸惑いつつ、しかしそう時間はかけずに彼の心中を察する。

 

「からかいに来たわけでは無いのね」

「するかよ。これ食べながら屋上で昼食がてら話すぞ」

 

 栄翔の手にはコンビニのビニール袋に入った三個入りの小さいクリームパン二袋とパック入りのコーヒー牛乳が二本。

 

「タダじゃないけどな。俺、一人暮らしだし」

「もちろん。私も借りは作りたくないから」

 

 会釈や合図をするでもなく二人は同時に歩き出す。彼と彼女の意思も言わずとも同じ。

 

「あの女を何とかしなきゃ」

「この学校生活が全部台無し、だな」

 

 

 

「パン代はタップンワンクレ、約束したかんな」

「わかったけど、タップンって何?」

 

 春先らしく、日が照ると眠気を誘う暖かさに心地よい風が屋上には広がっている。昼食を食べ終わり、昼寝をしては居られないと二人はゆっくりと立ち上がる。

 しかしながら食事が二人のリラックスを生んだ。食べ慣れぬが好きな味だったと出汁子は心で満足し、クリームパンが四個半とコーヒー牛乳が投げ込まれて一層ぽってりとしたお腹を擦る。

 

「……やっぱりツークレにしてもらおうかな」

 

 栄翔は「よく食べるな」と言いかけ口を閉じる。よく食べることは事実ではあるが、出汁子はその手の言葉には敏感である。

 

「三月からジョギング始めたから」

 

 鋭く栄翔をにらみ、自分だって頑張っているのだと強調するようにパツパツの太ももをパンと手で鳴らしてみせる。肉のぶつかる音になんとも言えぬ栄翔は苦笑い。

 そのやり取りがスイッチとなり、二人は一呼吸追いてお互い向き直る。

 

「気を引き締めなきゃね、お互い」

「ああ、俺達の青春ってやつのスタートラインを超えないとな」

 

 血走る二人の目。怒りを溜め込んだ心が体にまで伝播し体温が上がっていく。二人して握りこぶしを固く握り、入寮日の事を思い出す。

 

「あいつには意味もなく弱みを握られている。まさか、あんたも同じ状態だとは思わなかったけど」

 

 出汁子はその日その後、服を脱がせられ体の隅々まで秋江のその手で弄られ、写真と共に様々な身体の記録を計測されていた。

 データは多いほうが良いからという理由を述べていた秋江に対し、何のデータかも説明もしない事も含め、出汁子は当然ながら脅迫のための材料を増やすためだと思っている。

 そして、同じくして栄翔も簀巻きにされるまでの間に裸体の写真を収められていたのだ。出汁子はその事実を今日知った。

 

「歩いてたら背中に衝撃が走ってさ、何だと思ったら気絶してしまったみたいでさ。それで起きたら知らねー場所で裸にされてたんだ。抵抗しようとしたらスタンガン出してくるとかさ、ヤクザじゃねえかって……」

 

 栄翔は相当に恐怖を覚えた。思い出すだけで身震いを起こす。

 

「あの女も言っていたけれど、アンタから電波が出てるだなんて素っ頓狂もいいところよね」

「ホントだよ……俺を捕まえた理由を聞いても「お前から観測した波形が異常だった」だよ。波形ってのは俺のヘッドホンの音漏れじゃねーのか? だったらとんだとばっちりだよなぁ、ちくしょー!」

 

 栄翔は立ち向かうのが怖かった。スタンガンに対してや裸の写真を撮られ所持されていることへの支配されている感覚。それを吹き飛ばすかのように栄翔は大きな声を出す。

 出汁子も同じ恐怖を感じていた。声には出さないが、自らの両手のひらを見つめて決意を固める。

 

「言っとくけど、警察は本当に最終手段だからね。警察から父親に知られると会社のイメージを下げかねないとかでこの学校を強制退学させられるのも目に見えているから」

「わかってるよ。それに事が事だしな。大事になって悪い奴らに俺たちのアレソレを知られたら最悪ネットのオモチャにされる。なるべく俺たちで事を済まさなきゃな」

 

 互いに似た境遇である事が二人に勇気をもたらす。

 

「門出の角にうずくまってじっとしてなんていられないからね、九音」

「もう他人じゃない、栄翔でいいよ。俺達でやるぞ出汁子」

 

 非常な状況下、二人の絆はまだ固くはないが確実に生まれていた。奇妙にも二人の心には親しみが湧き、気がつけば軽い笑みが生まれていた。

 

「……さて、この後帰ってからの事をおさらいをするぞ」

「ええ!」

 

 口元を締め直す。互いに目を合わせ頷く。

 昼食中に善は急げと話をした結果、二人の知恵をかけ合わせ即興で作戦を練った。記憶に彫り込むように唇に意識を集中させ復唱しあう。

 

 そして、二人は拳を突き合わせる。

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