インスパイア・チェイン   作:メビウスノカケラ

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1-3 向かう先

 スガノ町。人の行き交うサブカルチャーの街。大衆に話題のゲームから知る人ぞ知るコアなグッズを取り扱う所まで、幅広い種類の店舗がそこかしこにある。

 当然ゲームセンターも存在する。その一つがSANGOステーションスガノ一号店。音楽ゲームの筐体の調整が全国の中でも高水準で、音ゲーマーの間で聖地と称される店舗である。そこに向かうために出汁子と秋江は最寄り駅、国営地下鉄スガノ駅から徒歩での移動を始める。

 

「何を企んでいるのやら」

 

 帽子を深々とかぶり、動きやすいからと身に着けている不似合いなニッカポッカの裾を揺らしながら秋江は足早に進む。秋江よりも十センチほど身長の高い出汁子でさえ速歩きになるスピード。

 

「せ、先輩。待ってください」

 

 まだ春先で気温も上がりきらない時期。しかし汗かきな出汁子の衣服は湿り気を帯びていく。膝下までの長さのスカートが足取りを邪魔をしていることもあり、出汁子の息遣いは荒くなっていく。

 

 事の発端は出汁子。栄翔と話し合った作戦の場、それがスガノ一号店である。

 寮に帰った出汁子は栄翔が秋江に襲われた際の事を交えた作り話を秋江に話し、ゲームセンターへと誘い込む。作戦決行の第一歩の提案を秋江が何も迷うこと無く飲んだ。

 その秋江のすっかりとした態度に出汁子は少々の不審を覚えていた。そんな気持ちに呼応するかのごとく秋江は口を開く。

 

「九音栄翔の主な活動場所だ。そしてお前たちは同学年の同級生。口裏を合わせて復讐するつもりかな」

 

 共同作戦の存在を勘付いたと言われているも同然の言葉。しかし、怖気づいては負けと出汁子は出任せに言葉を連ねる。

 

「九音と話をしたのは事実ですが、先日栄翔が捕まっていた理由が気になって話を聞いていただけです。あと、同級生のよしみで先輩が知らなかったことも聞き出していました」

「屋上に怪電波が流れているという話。ゲーマーの間でまことしやかに噂されているという。たしかに初耳だが」

 

 秋江は振り向き出汁子に向き合う。その瞳に籠もるは確信。

 

「電波や音波の噂は特に私が注視している分野だ。それを私が知らぬはずがない。私よりも怪異に精通しているはずがないお前達が知っていたと?」

 

 口元がへの字に曲がる出汁子。それを見て秋江はほくそ笑み追撃の言葉をぶつける。

 

「お前達の思惑などたかが知れている。袋小路に連れ込んで二人がかりで私を押さえつけるなり脅すなり。そんなところか」

 

 出汁子の眉間に皺が出たのを確認し、納得したかのように再びゲームセンターの方向に身体を向ける秋江。

 自分の企てを察知しつつも何故向かうのか。矛盾する行動の意味を出汁子は理解できず、焦燥感に堪えきれず秋江の肩に手を伸ばす。

 

「この人だかりでどうするつもりだ?」

 

 行き交う人が一瞬足を止めて二人に目をやる。物々しい雰囲気を出してしまったと出汁子も気づき、秋江の肩から手を放す。

 

「もう少し、客観的な視点を持つべきだな出汁子。感情的に手を出すのも良くない。それでは暴徒と同じだ」

「嫌味……」

「なんとでも。ほら、お前達の用事をさっさと終わらせるぞ。気分を晴らして大人しく私の手伝いをしてもらわねばならん」

 

 不快だと隠すこともない目つきを向けられども秋江は怯むこともなく移動を再開する。出汁子はそれでも為す術もないとは思いたくない。荒げた声を投げかける。

 

「先輩ヅラ? 気晴らしに付き合ってやっていると? 優しさ見せてやってるって?」

「そう思いたければ思え」

 

 出汁子の悪態は淡々と処理される。びくともせず上から目線の秋江の態度にますます苛立ちを覚えていく出汁子。

 

「目的って、なんだよ。いい年こいてオカルトなんて追いかけて。信じてるの?」

「この身で体験した事に信じるもなにもない」

 

 ついには人格否定の言葉が飛び出す。それでも秋江は振り向くことも間を作ることもない。動じない。その上に狂人めいた返しをしてくる。その秋江の態度は出汁子の苛立ちを増幅させる。

 

(体験したって、そんなわけ無いだろチビ)

 

 言葉に詰まらせたい、困った顔をさせてやりたい。兎にも角にも自分が優位な所を一つでも作りたい。そうでなければ打開の一手も見いだせない。

 

「赤ん坊でもつかないだろ、そんな嘘」

 

 もはや悪あがきである。これでは捨て台詞だと思いつつも吐かずには気持ちのやりようがないと行った様子の出汁子。ついでとばかりに秋江を睨みつける。

 

 しかし。

 

「嘘ではないっ!」

「!」

 

 振り向きはしない、だが今日一番の声量で発せられた秋江の声。この日まで感じたことの無い怒気に、出汁子は目を見開きたじろぐ。

 怒気は伝播し、当然周囲も秋江に注視する。出汁子はいたたまれなくなり不快を感じる。

 

(感情的になるな、客観的に自分を見ろとか言ったの誰だよ)

 

 不平不満は増加の一途。言葉の投げあいは停止、二人は怪訝な目をかいくぐりつつ街を進む。

 

 

 

 SANGOステーションスガノ1号店一階ではクレーンゲームを始めとした数多の筐体と景品が客を惹き付けてやまない。新春の時節に合わせた、新規層の開拓を目的とする景品取得ゲームプレイ回数倍増のイベント開催の日故に普段より大きい人だかりができている。

 

 一方、青天井のフロアに続く屋内立入禁止の非常階段。イベントの開催の影響によりスタッフは一階に多く割かれ警備が手薄に。よって二名の侵入者を許している。

 

「どうした? 息切れしているぞ」

「……うるさい。体重いんだよ」

 

 汗と荒い息を垂れ流し階段を上る出汁子は、上段にいる秋江を恨めしく見る。

 

「見立通りならこの上に九音栄翔が待ち受けているのだろう。さてさてお前達は何をするんだ?」

 

 そんな出汁子を秋江は屋上を指差して急かす。お前達が始めたことだと物言う冷たい眼差しと共に。

 

(くそ、お前一人で私達をどうにかできるっての? ふざけてる)

 

 奥歯を噛みしめる。こちらの作戦はほぼバレているというのに秋江の手の内は何も見えない。策略にはめようとしているこちらが秋江の手のひらの上で動いている感覚。そのせいなのか出汁子の息遣いが収まらない。

 秋江の有利に傾くのではないかという不安と焦燥感。軽く吐き気まで催してきた出汁子の脳内回路はひたすらに稼働し続けている。

 過るのは先程の秋江の怒声。触れてさらなる怒りを買い窮地に陥らされる事も考えるが、すでに謀反を起こしている。今更になにを臆することがあるかと出汁子は口を開く。

 

「……こんなほら話のために、私達が怯えるなんてバカバカしいのよ」

 

 怒声を引き出した〈嘘〉の指摘。出汁子にとっての今できる唯一の反撃。

 

「……何?」

 

 秋江は振り向き、そして出汁子の下へ寄ってくる。出汁子はこれを好機と見、開く口を止めることはしない。

 

「あんたが勝手に妄想して作り出したファンタジーに振り回されるなんて――」

 

 ごめんだ、と言い切るつもりであった。秋江が出汁子の目の前に立つ。出汁子が合わせるその目、深く寒さを感じる影が宿っている。

 直後、乾いた音が閉鎖された階段に響く。

 

「った……何すんだよ!」

 

 出汁子は頬を押さえて語気を強め、秋江の胸ぐらをもう片方の手で掴む。秋江はただ冷たく言葉を返す。

 

「頭ごなしに否定をすれば私の逆上を誘えると思っての発言だろう? 望み通り、私は今怒りを感じている」

 

 不敵に笑みを浮かべながら、秋江は胸ぐらをつかむ出汁子の小指に触れる。

 

「あ?」

「私の精神的な隙を作り出すための、その場しのぎ的な浅ましい考えだ」

 

 瞬間、出汁子の小指は手の外側に捻られる。

 

「ぎっ!?」

 

 出汁子は痛みにたまらず胸ぐらの手を放す。放すタイミングが早かったので小指は折れるまでには至っていない。それなのに痛みはすぐには収まらない。

 

「気が済むまで抵抗すればいい。お前の企み程度いなす事は容易。だが、私の求めている怪異を否定することは許さん。私が見聞きした実在する事象だ。覚えておけ」

「……っ! じゃあ説明できるのか? お前が体験したってそのオカルト、ほんとに起こったって証拠!」

 

 痛みとアドレナリンが体中を駆け巡る。出汁子のストレスは叫び声と共に最高点に。

 その怒りと同時、秋江はショルダーバッグからおもむろにクリップで挟んだ複数枚の紙の切片を取り出す。

 

「証拠、と納得するかはさておき」

 

 淡い青色をした紙の切片の束。秋江はその一枚を引き抜くと左手で出汁子の右肩の上にかざす。

 

「もう一度仕置が必要だな」

 

 秋江の眉間にシワが寄った瞬間、鋭い破裂音が鳴る。

 

「ぎゃっ!?」

 

 閃光や熱は無く、にも関わらず出汁子の襟元から右肩にかけての服が弾け飛ぶ。右肩にも平手で叩かれたときのような痛みが広く発生し、赤みを帯びてくる。

 

「……っ! なんだよ、それ」

 

 混乱をごまかすことが出来ず、出汁子の喉は引きつり冷や汗が吹き出る。痛みで抑える手も震えが収まらない。

 

「私の〈心の力〉に呼応し、紙の中に封印されたパワーが解かれる。超常的な現象を利用した護身用の道具だ。胡散臭い雑貨屋から譲り受けた」

 

 解説をしつつ、秋江は紙切れをひらひらと見せつけるように揺らしている。不思議なことに紙の色はクリーム色に変容している。

 

「切れ端にしてかさ増ししているとは言え、使い切りの貴重な品をを使ったのだ。これで信用しないか……?」

 

 秋江は出汁子の顔に自身の顔を近づける。

 

「ひっ……」

 

 出汁子はまた痛みを与えられるのだと恐怖を感じ目を瞑る。

 

「…………?」

 

 数秒間瞼の裏に引きこもるも何も起きない。出汁子は恐る恐る光の世界に戻る。すると秋江の顔は眼前。

 

【挿絵表示】

 

「すべてが終われば何もかも手放す、お前も解放する。それまで私を困らせるな、怒らせるな」

 

 秋江はまっすぐに出汁子の目を見つめて言う。無表情に近いが眉間に険しさが顕れている。ふと、出汁子はその瞳に今まで秋江に抱いていたものとは違った印象を感じる。

 秋江は十数秒の間出汁子の目線を捉えた後、静かに振り向き屋上に歩みを戻す。

 

「……ねえ!」

 

 咄嗟。出汁子は衝動的に秋江を呼び止める。

 

「科学で説明し難い力は今見せた。これ以上なにか?」

 

 再度秋江は足を止める。振り向かず出汁子の言葉を待つ。

 秋江の出方を伺うため少し間を置き、息を呑んで出汁子は言う。それは怒りや焦りに混じる好奇心。出汁子の心の沼から掬い上げた気づき。

 

「その態度、半分は狂ったフリだ」

 

 そして、秋江は首を僅かに後方に向ける。

 

「お前の目、父親の目と少し違う。辛そうにも焦っているようにも見えた。脅迫や暴力を

使ってでも私を従わせようとするのに、だ」

「それがなんだ?」

「目を見て、それで気になっただけ……私は父親以外をよく知らないからかもしれない」

 

 出汁子にとって秋江は父親以外で関係を持った初めての人。この事実こそ出汁子の反発の大きな理由である。

 出汁子は引っ越し前日の事を無意識に想起する。強く生きると決意し引き締めた心の裏、今までになかった出会いへの期待の存在。

 秋江との出会いは最悪であったが、それでも今までに無い他人との関わり合いの始まりであった。今度こそ人との繋がりを持ちたいという気持ちはその出会いで拗れ、根を張り、今この瞬間では人格と癒着しつつある。

 

「なんか言えよ!」

 

 とはいえ、出汁子は秋江に対する心の変化には気づけていない。ここまでの仕打ちの怒りも消えるわけもなく、厳しい語気を纏わせて秋江を急かす。

 そんな出汁子の心根が見つけた自身への違和。関係を持つ相手の悪意を見定める心の眼に秋江は背を向けたまま。そして僅かに締まっている口元に気づき、気持ちをごまかすように口を開く。

 

「世間知らずだろうと侮っていたが、意外だな……この後で知りたいことを教えてやる。行くぞ」

 

 結局面と向かうことはなく。秋江は最後の階段へと足をかける。

 

「……チッ」

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