インスパイア・チェイン   作:メビウスノカケラ

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1-4 打開を求めて

 扉を開け、屋上に出るや秋江は声を張る。

 

「九音栄翔、出汁子と二人で私を懲らしめるのだろう」

 

 その声に被せて秋江の出てきた塔屋の屋根から水塊が降り、秋江に命中する。被っていた帽子は水で落とされ、その下の秋江は当然のごとくずぶ濡れ。口の中にまで水が入りこむ。

 

「……なるほど、私の一手をまず封じたか」

 

 秋江の口には塩の味。塩水まみれ、秋江の肌も衣類も荷物も全て。これが意味することを秋江は理解する。

 

「お、おりゃあ!」

 

 突然の水の落下を出汁子は知らなかったが、秋江に戸惑いによる隙が出来ている。それを逃さず出汁子は両手と自身の体重を使って扉の側から秋江を押し出し、逃げ道を塞ぐように扉の前に陣取る。

 

「電気伝導率は知ってるよな?」

 

 栄翔が塔屋の屋上から顔を覗かせる。してやったと口角の上がった表情が逆光で映える。

 

「栄翔、聞いてないんだけど!」

「びっくりさせちゃったな、悪い! だけどこれでそこの電撃女のスタンガンは使えない。感電はしたくないだろうからな!」

 

 梯子で屋上から降りながら栄翔は自分の閃きを誇る。一度やられた自分だからこそ思いついたのだと自慢げな顔をしている。

 塩水は通常の水とは比較にならないほど電気をよく通す。その中で加減を間違えば肉を焼くほどの威力を持つスタンガンを用いれば自滅も必須。

 

「まあ、そっちだってバレちゃってんだし、だったら予想外なくらいがこの後もやりようあるだろっと」

 

 降りきる前に梯子の途中から飛び降りる栄翔。少しバランスを崩すもすぐに出汁子と二人で秋江を挟み撃ちにする位置に駆け寄る。

 

「油断は駄目。コイツ底知れない!」

 

 さっきまでの階段のやり取りを思い出し、出汁子は栄翔に注意をうながす。栄翔は頷きつつ、懐からカートンテープを取り出し構える。

 

「だから二人がかりなんだろ! 出汁子、押さえるぞ!」

 

 栄翔が言った直後、秋江は鞄に手を伸ばそうとする。

 

「……っ」

 

 その動きを察知していたのか、出汁子は背後から秋江の腕を全力でつかみ取り押さえる。秋江は抵抗しもがくが、出汁子と秋江の腕力は拮抗している。お互いの顔に焦りが滲む。

 

「さっきっ……手の内見せたの、まずかったわ、ねっ!」

 

 屋上に出る前に見せられた青い紙切れの謎の衝撃。出汁子は当然警戒、鞄からできるだけ腕を遠ざけさせようと上に向かって秋江の腕を引っ張っていく。

 

「そのままだ、出汁子! 手ぇぐるぐる巻きにする!」

 

 栄翔はテープを剥がす音を鳴らし、迂回しながら出汁子のいる側に駆け寄る。

 

「髪にテープつくから暴れんじゃねーぞ!」

「この……っ!」

 

 秋江は反動をつけて出汁子の体ごと近寄った栄翔の方向を向き、その反動も利用して股間につま先を突き刺す。

 

「あびゃっ!?」

 

 その場で崩れ落ち、股間を押さえうずくまる栄翔。

 

「え、栄翔っ!」

「男に襲われることは、慣れているのでなっ!」

 

 続けざま、前方に跳ぶように地面を蹴る秋江。出汁子は体重を後ろにかけて逃がさない体制。

 

「させな……」

 

 それがまずかった。秋江の脚は軽く浮く。僅かながら前から後ろへの振り子の動きが発生、秋江はその勢いに合わせて足裏を出汁子の方に伸ばす。

 

「うぶっ」

 

 出汁子の下腹部にかかとがめり込む。鈍い痛みに出汁子の顔から血の気が引き、手を離してしまう。

 そして、秋江の動きの反動エネルギーはまだ残っており地面は濡れている。出汁子の足はその勢いに留まりきれず、秋江が上になるように二人重なって倒れ込む。

 

「塩水には少しは焦ったが、素人どもでは」

 

 うずくまる出汁子を背に秋江は立ち上がる。数歩離れたあと、余裕とばかりに重ね着しているシャツを二枚とも脱ぎ、上半身には下着を残した姿で水分を絞り始める。

 おもむろに服をコンクリートの床に広げたあと、鞄の中身のチェックもし始める。スマートフォンはボタンを押せども画面は真っ暗のままうんともすんとも言わない。他、スタンガンやノートなどを濡れていない床に広げていく。

 

「……スタンガンにスマートフォンがやられた。どう責任を取ってもらうかな」

「……自業自得、だよ」

 

 うめき声かのような声で背後から秋江に悪態をつく出汁子。下腹を抑えながらもなんとか状態を起こしている。

 

「といえども活動を止めることはできん」

「強がってんのかよ」

「……強がりでもしなければ、心が持たん日々を過ごしてきた」

 

 秋江は空を見ている。その秋江の背中を見て出汁子は階段での秋江の目を思い出す。狂気で隠した暗い気持ち。その正体が薄っすら感じとれる寂しげな背中。

 

「兄さんと同じ空を見たい」

「……?」

 

 らしからぬ単語。他人や身内の話をすることなどなさそうだという印象を持っていた秋江の口から出た兄という単語に面を喰らう出汁子。その空気を感じつつ、秋江は出汁子の方に向き直る。

 

「茶番は済んだろう。私の事を教えてやる」

「……こんな状況で?」

 

 地べたにへたりこんむ出汁子に目線を合わせるため。秋江は出汁子の目の前でしゃがみ込む。秋江の無神経な行動に出汁子は戸惑いが隠せない。

 

「知りたいのだろう。それに、約束は手早く消化したい」

「イカれてる」

「聞かずともよい」

 

 秋江の瞳はまた階段で見つめ合った時と同じものとなっている。秋江のペースに合わせる義理などないとは思いつつも、今の言葉と秋江の瞳の違和感を確かめたいという好奇心が出汁子の中で広がっていく。

 

「……聞くだけ、聞く」

 

 目をそらしつつ頷く出汁子を確認した秋江はその場であぐらをかく姿勢に体勢を変え、少しの溜めを入れたあとに口を開いた。

 

「私には兄がいた」

 

 秋江は自分の左の手のひらを見つめる。

 

「死別や生き別れなどの家庭の事情ではなく、消えたんだ。私の記憶と先ほど見せた怪異の力を残して」

「消えたって……」

 

 出汁子の反応は気にする事なく手のひらを見つめ続け、目を伏せたまま秋江は過去の体験を語り始める。

 

「七つの頃の私がくだらない理由でせがみ、裏山に二人で出かけた。当初は日が差していたが、気がつくと方向感覚を失う程に霧が濃くなった。戸惑いの中、目の前で強烈な閃光が発生して……一瞬空間が裂けたのが見えたところで兄さんは私の前に立ってかばった」

 

 秋江の伏し目の表情を見ながら出汁子は話の内容を疑いつつも黙って聞いている。閃光、霧、消えた兄など荒唐無稽な単語が並ぶが、淡青色の紙片の衝撃が記憶に新しい以上はいくらかは真実性を考慮して聞かざるを得ない。

 

「私は気を失い、気がつくと病院の天井を見上げていた。安堵した表情の親が私の顔を覗き「一人で何をしていたんだ」と言った」

 

 左の手を膝の上にやり、そして空を見る。陽光に照らされた顔にはここまで見せなかった寂しく切ない気持ちが顕れている。出汁子は黙って聞き続けている。

 

「私は兄さんと一緒に行ったと、何度もその日の事を話した。話す度に馬鹿げた話だと一蹴された。親の中で〈兄がいる〉という事実そのものが欠落している様子だった。やがて私を異常だと決めつてあんな……いや、この事は今はいい」

 

 首を横に振り、空から顔を下げ再び出汁子に目を合わす。青天の空とは対称的な険しさを瞳に帯びさせ、過去の自分に語りかけるように。

 

「兄さんはその存在そのものが消えてしまった。だが私は一時たりとも忘れなかった。せがんだ私を恨んだ、悔やんだ、そして納得できなかった。だから、兄さんを探し出すために十年手を尽くしてきた」

 

 出汁子はその瞳に吸い込まれる様に見て聞いて。自らの考えと照らし合わせるために口を挟まず聞き続ける。

 

「十年。兄が一人でいる時間、私が一人で探すにも限界を感じざるを得ない時間。閃光と空間の裂け目の調査は小規模なものを観測できるまでには至ったが一手が足りず。あの日手に入れた怪異の力も護身程度の役にしか立たず。あと一手、私以外の人手と考え方が必要と感じた」

 

 そこまで言って、話し終えたという様子で秋江は立ち上がり、ズボンに付いたゴミをはたく。出汁子も蹴られた痛みがましになったので、合わせて立ち上がる。

 

「……ハッ、それで? 傍から見ればイかれてる事だからまともに話して協力する人は居るはずない。だから何も知らず、一人で、それでいて自分の手に及ぶ範囲にやって来る……そんな私を脅して従わせようって」

 

 腰に手を当て態度を大きく、しかし屋上に来る前とは違って焦りが消えた表情の出汁子。含みを持たせた笑みが溢れる程にはリラックスを持っている。

 それを見抜いているのか、秋江も警戒心なく腕を広げて柔らかい態度をとる。

 

「理解したな」

「納得はしてない。本当のこととも思えない」

 

 秋江との奇妙な絆が構築され始めていることを感覚で理解りかけている出汁子。悪態はつけどもその声色に先程までの険しさは無い。

 そしてその感覚に気付く。怒りはその感覚に勝るものではなくなっていると感じ、絆されては自分の自由はないのだと気を引き締めるようにわざと険しい顔付きになる。

 

「終わりじゃない。写真、絶対消してもらうよ」

 

 一呼吸置くと秋江を背にして栄翔のいる方向に歩き出す。痛みが引き始め、栄翔はあぐらをかいてうつむいている。

 

「……ほら、栄翔。今日は何やってももうダメ。帰るよ」

「ぅう、クソっ……思いっきり蹴りやがって。なんか耳鳴りまでするし」

「男ってこういう時は不便ね。ほら、立って」

 

 出汁子は栄翔に右手を差し出す。ヘタっている理由が気恥ずかしいと思いつつも手を取る栄翔。

 秋江は二人のやり取りを見、用事は済んだのだと判断。床に広げた服がもう少し乾くまでの間に床に散らばった鞄の中身を元に戻す。スタンガンはバッテリーと本体を分けて安全性を確保、スマートフォンはボタンを押して起動するかを再確認。

 

「……お」

 

 付かなかったスマートフォンが息を吹き返し、画面には光が戻る。秋江は安堵のため息を吐く。

 

 直後、スマートフォンから警告音が発生する。

 

「!!」

 

 画面に表示されている通知一覧のトップに映るアプリのアイコンは正弦波のマーク。テキストには大きな波のうねりを感知と出ている。

 それと同時。出口に体を向けた出汁子と栄翔。

 

「痛すぎて聞こえた耳鳴りかと思っていたけれど……なあ、出汁子。なんか聞こえねーか? みょいんみょいんって?」

 

 栄翔は出汁子の顔を横から覗き込む。不可解に聞こえる鉄の板がしなる時のような音が出汁子にも聞こえるかを確認するために。

 

「……ぅ」

「だ、出汁子?」

 

 その出汁子の顔色は先程までとは打って変わって青白く、明らかに気分が優れないといった様子であった。

 

「お、おい、大丈夫か……」

 

 栄翔が心配し体を支えようと手を伸ばした所で出汁子は膝から崩れ落ちる。

 

「だ……!?」

 

 直後、出汁子の体から無数の光線が発生する。光と同時に衝撃が発生し、栄翔は秋江の居る方に吹き飛ばされ転がっていく。

 

「な、なにィ!?」

 

 警告音を聞きすぐに背中を光と風が通り過ぎる。即座に反応し出汁子の方に振り向く秋江。

 

「あ、あ、あぁ……」

 

 虚ろな瞳でへたり込む出汁子から発生した光は弧を描き、空中の一箇所に集まっていく。それぞれの光は何かにぶつかったかのようにその場所に到達すると弾ける。

 

「あの時と、同じ……っ! 霧も出ていないのだぞ!?」

 

 秋江はその弾ける閃光に身の毛をよだたせる。忘れたことのないあの日見た強い光が再度目の前にあるのだと。

 

「おいおいおい、どうなってんだ出汁子っ!」

 

 栄翔は体制を立て直して出汁子に呼びかける。心配に恐れの感情の混じったうわずった叫びを投げかける。

 

「なにこれ、何よ、これ……なんなの、よ……!」

 

 出汁子の全身から力が抜け、視界は白に染まっていく。やがて、意識は曖昧になり、視界と思考の境界線は消える。

 出汁子は光となった。

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