巨大な金属の搭。直径十メートルはあろう八本もの円筒の柱の上部には回転するどらやき状のレーダードーム、下部にはそれぞれ塔の外側を向いたミサイル入りの鉄の箱が柱ごとに四機が連なっている。最上部には八角柱の巨大なハッチボックス。内部には無数の拠点防衛用小型無人戦闘機が収められている。
「……とは、規模が滅茶苦茶だ。流石実物は画像で見るより圧力を感じるわね」
隣接するアドマイン連邦空軍ミヅホ諸島国駐留基地と提携し、観光資源として扱う国際空港観光施設の施設『スカイガード』。その紹介パンフレットとガラス張りの壁の先にある実物を見比べる少女の名は永野みゆき。
観光客が多い周囲と比較しどこか浮いた出で立ちの彼女。グリーンのパーカーの下に着るクリーム色のTシャツには前面に『HAPPY』という文字と笑顔のシンボルがプリントされており、両胸に生る巨大で柔らかな膨らみで直に押し広げられて苦しそうにしている。水色のジーンズと黒のリュックサックも含め、これらは彼女が好んで身につけているものである。
彼女が思考を巡らせてじっと立っていると、その背後から柔らかく通りの良い声が呼びかける。
「みゆきち、あんなんキョーミあるん?」
同時、背後から腕を退かせて手が伸びてきた。ダークブルーとイエローのマニキュアで彩られたその両の手は、みゆきの双山を挟むようにして圧迫する。それはさながらつきたての餅の様にやわらかく、容易にその形を変えられる。
「……あの、メグ。ここ、外」
触られることには触れず、みゆきは引きつり笑いを背後に向ける。そこには薄いライムブルーの長髪を携え、青いアンダーフレームの眼鏡越しにイエローの瞳を恒星のように輝かせる少女がいた。
黒と白を貴重とし、アクセントにパープルのチェックYシャツを腰に巻いた個性的で若々しい服装。肩出しのタートルネックに白いミニスカート、『ROCK N ROLL』という文字の絵柄のサイハイソックスにパンクなショートブーツ。そのどれにも星柄があしらわれている。
彼女の名は木野春メグ。みゆきの同年齢の友人である。
「理系につよーて頭ええのに、ノーブラで外歩くヘンタイ行動もしちゃうて。なんなん、みゆきちてアホなん、カシコなん? どっちや、も~!」
「ぬひっ! メグ、やめ……」
ふやけた声を無視し、慣れた手でみゆきの乳房をこねくり回すメグ。みゆきの肩に髪がかかるほど密着し、みゆきの耳元にくすぐったい声を吹きかける。
「なぁ、なんでなん? 教えてぇ?」
「んふぃぇ……あ、合うブラがないからなんだけど、ねぇ?」
少し顔を赤らめつつ、メグの手を引っ剥がす仕草を控えめに見せるみゆき。見透かしているとでも言いたげなニヤつきのメグは「しゃーないなぁ」と両手を離し、自分の体の後ろに回す。
「ルミルミにみゆきち。おっきいおっぱいは遊びがいあってええわぁ」
「あなたもでしょう!」
同様に巨大で突出した胸を張るメグの仕草にみゆきは思わず声が大きくなる。その慌てふためく様子にきゃらきゃらと笑いつつ、自分の乳房をブラジャー越しにゴワゴワユサユサと動かして見せるメグ。
「自分のじゃな〜」
「も~……」
一通り満足し、メグは手をおろしてみゆきが見ていた搭の方に横に並んで体を向ける。弄ばれた気疲れをため息と共に吐き、みゆきも同じ方向を向いた。
メグはみゆきの眼差しをちらりと横目で覗き、ふと何気なく持っているみゆきへの疑問を投げかける。
「みゆきち専門生物やろ? 前も機械の本とか読んでたり、今日もあんなん見て。意味あるん?」
「知識に専門も非専門も無いわ。一見関係のない事が起点となって新たな理論が生まれることだってある。それに、仕組みがあるものには興味が尽きないから……」
みゆきは顎に手を当て、目を細めて塔を観察している。注意深く、興味深く。メグはその様子にはにかむ。
「みゆきちアンテナびびび~、やなぁ。ワタシはよーせんな〜」
自身の長いアホ毛を揺らしながら、頭上で開いた両手のひらを左右に動かすジェスチャーを取るメグ。その仕草に思わずみゆきは笑みをこぼし、返す様に胸に拳を当てて得意げなポーズを取る。
「趣味なの。考えることは私の趣味。材料はいくらあっても足りないわ」
「前も言うとったなそれ〜」
しかし、メグは素っ気ない。照れくさくなってしまったみゆきは気取った物言いを誤魔化す咳払いで話題を変える。
「そ、そういえば依瑠光は? 上級者向けのコースに招待されてたけど」
「ルミルミはヘロヘロ。少し休んでからこっち来るって。あんなんよー乗るわ」
依瑠光とは二人の共通の友人の堂本依瑠光の事である。スカイガードに二人を誘ったのは彼女だ。
この少し前、依瑠光とこの場に居る二人でアドマイン連邦空軍が実際に訓練で使用する戦闘機シミュレーターを体験できるコーナーを訪れていた。これが依瑠光の目的だ。
仮想飛行訓練を体験した三人。前面左右に設置されたモニターに投影される空はみゆきとメグに酔う様な慣れぬ感覚を与える。二人は上下方向を喪失し早々に墜落。
一方の依瑠光。操縦桿を操作して空中のリングを通る操縦訓練、映像が生み出す錯覚の重力をものともせず、空中に浮かぶリングを漏れなく通ったのだ。
「天地の区別がつかなくなるあの感覚、バーディゴっていうんだっけ? 依瑠光はよくあれを起こさないものよね」
「ホンマに。しかもその次やスゴイんは」
見込みがあると判断され、依瑠光はより臨場感を味わえるシミュレーターの使用を認められた。それは、戦闘機の操縦の際に発生する多方向で高負荷の重力を擬似的に再現する機能がついているが、依瑠光はそれに嬉々として挑みに行ったのだ。
「あないなごっつい機械でグワングワンシェイクされて、それでもルミルミ墜落せんかったんやで。えぐ」
筐体というには大きい、部屋と呼ぶのが相応しい最新鋭のシミュレーター。カプセル状の搭乗部がくるくる三次元的に回転し角度を変えつつ、壁面に貼り付けられたレールを高速で周回することにより、多面的に変化する遠心力が搭乗者に臨場感を与えるというものだった。
依瑠光はそれを初搭乗にしてクリアラインを超えるスコアをあげたのだ。訓練内容はほぼ同じであるが、初挑戦でのクリアライン突破はベテランでもなければそうそう無い事だと係員も言っていた事を二人は思い出す。
「学校入る前、アクロバットヒコーキのパイロットになるためハンマー投げやる言うてたな。実ってきてるって感じやなぁ」
「去年の全国大会二位は伊達じゃないわね。きっと三半規管が特別強いのよ」
二人が彼女を褒め称える最中、元気で強い少女の声が呼びかける。
「何話しとるん?」
聞いた声に二人は振り向いた。
彼女が依瑠光だ。髪は紅梅色のふんわりとしたセミロングヘア、てっぺんにカーブしたアホ毛を一本携えている。少女らしからぬ体格の良さと大きな胸は紺のシャツ越しにもわかるほど。日焼けた顔や腕の褐色、キュロットとニーハイソックスの絶対領域から見える肌の白、そのコントラストは彼女がスポーツに励んでいることを示している。
腰を当てて堂々と佇むそんな彼女に、二人は口角を上げて答える。
「ルミルミのコト!」
「う、ウチの話ぃ?」
「流石よね~」
自分のことを話していると知り、依瑠光のエメラルド様の澄んだ瞳がまぶたで半分隠れる。少々照れくさそうではあるが、彼女は腕を組んで少し得意げに振る舞う。
「まあ? ちょこーっと自信あるんはあるけど?」
そう言うと、依瑠光は体にかけたポシェットを開き、あるものを取り出した。それを二人の前に突き出し見せると、メグは真っ先に反応した。
「あ、ドーラちゃんのエンブレム!」
「そ! キーホルダー、高得点景品にもろたねん!」
依瑠光が掲げたのは空軍部隊スワロー隊のエンブレムメタルキーホルダー。中央に燕が翼を広げたシンボルが特徴である。隣接する基地の所属の中では最も操縦技術が高い部隊、メグが発したドーラという名はそのエースの名である。
「ほら、二人にも! 無理言うて人数分もろてきたんや!」
依瑠光はにっかりと笑顔で二人の手に直接キーホルダーを握らせる。余程楽しく、嬉しかったのであろう事が見て取れる依瑠光の振る舞いに、二人も釣られて笑みをこぼす。
メグはそのキーホルダーを早速と言わんばかりに手提げバッグに取り付けはしゃぐ。
「ほなほな、ドーラちゃんトコはよ行こ! ルミルミのキーホルダー自慢しよ!」
すっかり上機嫌のメグはドーラという人物との対面を急いでいる。依瑠光とメグの共通の知り合いである様子で、依瑠光もメグの誘いに遅れ無く頷いている。スカイガードに来ると基地のドーラに会いに行くのが通例となっているのだ。
一方でみゆきはそのドーラに会うことは知らされているものの、知っている素性は二人よりも乏しい。ネット上で得た情報のみでイメージしているのか、キーホルダーを眼前まで持っていき、まじまじと見つめている。
「そのドーラさんって、ニュースやアドマイン空軍のプロモーションムービーで見たけれど……背が高くてミステリアスなクール美人という感じの有名人でなんか緊張するわ」
目を細めて緊張を感じながら考えているみゆきに二人は笑いをこぼす。
「あっはは! みゆき、だいぶフランクやでドーラさん!」
その緊張具合を面白く感じる二人。その間にはみゆきとは全く違うドーラの人物像がイメージされている。二人の憧れであり友人、それがドーラという人物である。
「へぇ~……映像ではあんなにクールな感じに見えるけどね」
「ああ、アレ。メディアは緊張するんやって」
「会うたらわかるわ」
ドーラの映像はすべて神妙な顔をしながら淡々と質問に答える姿のみ。しかし、二人の様子を見ると認識のズレが有ることをみゆきは理解した。
傍ら、メグはみゆきをみてニヤニヤと悪戯な顔を浮かべている。
「クールな感じに見えるて、みゆきちが言えることやないな~」
「な、何よメグ。その目は」
クールだと思われがちだが、実は人見知りをこじらせているだけのみゆき。ここにいる二人にはその本性が知られているとはみゆきも身認知はしているが、しかし引き合いに出されると恥ずかしいもの。たまらず顔を赤くしながら足早に先行しようとする。
「ほ、ほら、早く行かない? そのドーラさんが待ってるんでしょう?」
「そっち逆や、みゆき」
「えっ? あっ、あ!」
依瑠光のツッコミに更に顔を赤くして挙動不審になるみゆき。それを見てきゃらきゃらと笑うメグ。
「みゆきちほんまおもろいわ~!」
「も、もう! 面白がって!」
メグに詰め寄って恥ずかしさを誤魔化すようにみゆきは声を張る。顔が熱くなり汗が顔を伝う。その様子に依瑠光は腰に手を当ててやれやれといった様子でメグを諫める。
「メグ、そのへんにしときや~。おもろいのは事実やけど、次行けんから」
「は~い!」
「依瑠光も!」
みゆきの赤面と二人の笑い声。ここで三人の女子高生の楽しいやり取りが一旦の区切り。
……と感じた直後。スマートフォンのバイブレーションが鳴る。
「ん……?」
みゆきがスマートフォンをジーンズの左ポケットから取り出す。画面には一件のメッセージ通知。記載されているのは『MYSTIC』というアカウント名。その名を見てみゆきは顔をしかめさせる。
「どないしたん?」
自らの様子に異常を感じた依瑠光に、みゆきは不安げに眉をひそめて見せ、おずおずと口を開く。
「山本さん、から」
「うわ、アッキー?」
「あんなんと関わっとるんか」
MYSTICの正体は山本秋江という一学年上の先輩である。この秋江という女、みゆき達が通う学校内では要注意人物として警戒されている人物だ。
異様にオカルトに傾倒し、オカルトの為ならば手段を選ばず、犯罪にまで手を出しているなどという噂まで立っている。悪評尽きぬ狂った彼女と、どういう理由かみゆきは関わりを持ち連絡を取り合っている。
「いや、だって……」
みゆきは依瑠光の問いかけに言いよどむ。地面に目線を寄せ、口をとがらせながら二人から目をそらしている。分かりやすいと言わんばかりにメグと依瑠光は勘づく。
「わかった。アッキーにキョーハクとかされとんやろ」
「あのチビ、ええウワサ聞かんしな」
心配と呆れを見せる二人に言葉が詰まる。みゆきは少し申し訳無さそうに返事をする。
「えっと、まあ……そんな感じ」
みゆきが二人の目を見ないので依瑠光はため息を吐く。後ろめたさを感じているのだろうと思って、安心させるためにみゆきの肩に手を触れる。
「気にすな気にすな! ウチら友達や、なんでも相談しぃ!」
「おうおう、ワタシら何でも聞いたるで〜!」
メグも依瑠光に合わせてみゆきの手を笑顔で取る。自分との精神的な繋がりを感じ取れる二人の触れ合いを受ける。みゆきはありがたく、しかしもどかしいという気持ちで一杯になった。
「ありがとう……でも……」
秋江に繋がれた枷のことはまだ言いづらい。目を合わせれない。その反応に、余程の理由があるのだろうかという考えが脳裏に浮かぶ依瑠光。
「……ま、とにかく。今来とるメッセージは何やて?」
今は段階を踏むべきと判断し、まずはみゆきが手にする今の問題に目を向ける。
「み、見てみるわね」
恐る恐るにスマホ画面を開くみゆき。依瑠光とメグも画面を見守る。
数度の操作でメッセージは開く。まず目に入ったのは写真。
「……!?」
写真に映る〈みゆきの顔〉。そこにいる彼女と同じ顔。
だが、三人誰もがそれをみゆき自身のものとは思えない。
写真の彼女はボリュームのあるツインテールを作れるほどに長い。普段裸眼であるはずなのにメガネを着用し、更には乳房の体積は見慣れたものより蓋周りも大きいと見えるほどの大きさ。
明らかにこの場に居る〈みゆき〉とは乖離を感じる。双子の姉妹であるとも言い難い、異質な違和感の存在。
「なんやこれ。みゆき、なん?」
「ヘンやで、ナンカ色々。ごーせい?」
故に、これはコラージュ写真であると結論づけるが早いと依瑠光は考えた。寒気と共に友人を脅しにかける秋江への怒りが同時に湧き出てくる。
「そういうことか、みゆき。あのアホ、いっぺんしばいたらなあか……」
「これ、合成じゃないわ」
しかし、怒気の混じった依瑠光の声とは真逆、みゆきの静かで強い声が割って入る。
「……なんて?」
自身の怒りとは背中合わせの声色のみゆきの声に、依瑠光の思考に困惑が割って入る。だが、それを感じ取る余裕を取らせずにみゆきは更にまくし立てる。
「合成した形跡が見られない。隣りにいる鍋塚さんはこの私に似た人の後ろに被さっているけれど、境界線に写真編集時特有の歪みやノイズやぼやけ、異常な彩度やコントラストが無い。写っている部屋との光源の位置や強さも後ろの鍋塚さんと一致していると言っていい」
「待て待て待て」
「どーいうこと?」
口早に説明するみゆきの様子は普段二人が目にするものとは違う様子。戸惑い、整理が追いつかない二人に理解させるため、みゆきは顔を上げて真剣な眼差しを向けた。
「その……つまり、この人は『居る』可能性が高い」
深い思考が干渉し、眼差しに形容し難い感情を持った鋭さを帯びたみゆき。二人が言葉をつまらせるほどにみゆきの放つ空気が張り詰めたものになっている。
「んなアホな……」
少しの静寂のあと、再度秋江からのメッセージが届く。
《堂本、木野春で三名。共有の必要がある情報がある。至急三名で集まり雑貨屋MARVEL・AGRIまで来い》
更に続いてもう一通のメッセージ、加えて三枚の写真だった。
《必ず来い》
それを見た三人共、顔から血の気が引いたのを感じた。