魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜 作:ラナ・テスタメント
さて、今作、オーフェン第四部最終巻を読んだので我慢出来ず書いてしまいました……プロローグだけでなんだこの長さ(笑)
主人公はオーフェンと達也の二人となります。俺の書いてるやつそんなんばっかな……。
ともあれ、ゆるりとお楽しみ下さい。では、どぞー。
「はろー」
新生、キルスタン・ウッズで開拓公社の一社員――サラリーマンとして仕事を終えた、元魔王であり、スウェーデンボリー魔法学校元校長であるオーフェン・フィンランディが、我が家に帰って来た時、家族団欒の場であるテーブルに座っていたのは一人の少女だった。
髪は黒。やたら美人で、風が吹けば折れそうな華奢な身。脳天気に手をヒラヒラと振って来るその少女に、とりあえずオーフェンは手を振り返してやり、対面に座る。妻は、キッチンで料理中のようだ。
娘達は部屋か。あれらの客と思ったのだが、どうも違うらしい。なら、妻の客か。
「あー……おい? この娘さんは、お前の客か?」
「何言ってるの、あなたでしょ」
こちらに振り向くのも面倒なのか、妻は料理を続けたままだ。しかし、自分の客とは、どう言う事か。
「責任取って貰いに来たんですって。何やらかしたの、また」
「……は?」
責任――そう言われて思い浮かべるのは、開拓村での仕事の事だった。村民といろいろあって……そう、いろいろあって、一緒に連れて来た元魔術戦士の部下と村民を硬く尖った拳で小突いた事だった。
二人共血まみれだった気がするがセーフだったはずだ。その二人にしても独身だった筈。他に責任と言われても、思い浮かべるのは大概そんな出来事だった。まぁ、いつもの事だ。なら、何だと言うのか。
「ダメだ、分からねぇ。君は一体何なんだ?」
そう茶を飲みながら――妻は料理に掛かり切りで注いでくれそうにないので自分で注いだ――まぁ飲みながら聞いてみる。すると少女はこれ見よがしに不満そうな顔をした。
「うわ、最悪ー。奥さん、この人、こんな可愛らしい娘の人生台なしにしといて、全く覚えてないとか言ってますよ」
「そうねぇ、その人はいつもそんな感じだからねぇ」
「……待て。誰が誰の人生台なしにしたって?」
「当時十七の令嬢を借金取り立ての旅に付き合わせた元祖借金取り魔術士、現サラリーマン」
「うっわ……ないわー」
「やかましいわ! そもそも、あの旅も、お前無理矢理着いて来たんだろーが」
「やぁね、歳取ったから……もうボケが」
「俺はまだ四十五だ!」
最近、ちょっと気にしてる歳の事を言われ、流石に怒鳴るが、妻は相手にしない。完全にあしらわれている。口喧嘩で勝てた試しは無いため諦め、椅子に深く座り直す。対面の少女を睨み直した。
「で、結局君は本当に誰なんだ。どう考えても、心当たりは一切無いんだが」
「え、マジで? 本当に無い? こう、目を閉じたらリンパ線経由でルヒタニ様が教えてくれたりとか」
「ないない」
「えーマジでー」
ちぇーと唇を尖らせる少女をマジマジと見るが、一切合財心当たりは無い。
……いや、容姿に見覚えがなくもないが――あれは、どこだったか。
「あーあ、折角現出してみたらスウェーデンボリーのクソ野郎はなんか手が出せない事になってるし、世界終焉の約束は何か村の真ん中で岩みたいに転がってるような奴にぶん取られるし、なんなのこれ? 世界舐めてんの?」
「……おい? おーい、お嬢ちゃん戻ってこーい、床にノの字なんて書かずにこっちこっち、こっち視線、よしそうそうこっち向いて、そうそう今なんて言った!?」
とりあえず立ち直らせ、こっちにはいスマイルと言った所で、オーフェンは全力でツッコミを入れた。
今、この少女は現出と言わなかったか? それに、台詞からすると。
「君は、まさか」
「ふっふっふ、そう、新章になってようやく出て来るとヤキモキさせた――」
「ぽいもの?」
「誰がぽいものかー!?」
今度は逆に少女からツッコミを入れられる……あいつらの割には、やたらとノリが良い。それだけに、オーフェンは信じられ無かった。
少女の言が正しいとすれば、彼女は――。
「
「その通りー! えっへん!」
椅子から立ち上がって薄い胸を張る少女、神人種族、スクルド。
スウェーデンボリーが語る所による終焉の女神。それが。
「これか――!?」
「あ、何よ敬意が足りないわよ。これでも女神よ、女神。しかもこう破滅とか終焉とか司る感じの偉い女神様なんだから敬いなさいよ!」
「いや、そう言われてもだな……」
見た目、十三、四歳の少女が腰に手を当てて偉ぶっても――としか言いようが無い。まぁ、何はともあれ。
「飯にしないか?」
「…………うん」
きゅうと鳴ったお腹の音と共に、少女は大人しく座った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
神人種族の少女、スクルドは良く食べた。食べまくった、と言っても過言では無い。妻が用意した料理の殆どを平らげてしまった。
長女ラッツベインはブーブーと不平を漏らし、次女エッジはあからさまな不信の目を少女に向け、三女ラチェットはと言うと少女の存在を無視して犬と戯れていた。いつもの事だが。
ともあれ話しをせねばならない。食後の茶を飲みつつ、緩んでいる(そうとしか表現出来ない顔ではあった)スクルドに、オーフェンは居住まいを正した。
「さて、ひとごこちもついたようだし――本題に入っていいか?」
「えー? 明日にしようよ明日。もう、私眠ーい」
「却下だ。……スクルド、でいいんだな? 神人種族の」
「だからさっきからそう言ってるじゃん。本当にボケた?」
いつの間にやらソファーの一角を占拠しつつ寝る準備なんぞを整えている少女にぐっとツッコミを入れるのを我慢しつつ、オーフェンは睨めつける。
その視線が鬱陶しくなったか、ようやくスクルドは座り直した。
「全く……育ち盛りの女の子をなんだと思ってるのやら」
「神人種族にそんなもんあるか。……さて、スクルド。君がそうだとして――敵対の意思は無いのか?」
改めて問うた質問の意味は分かりやす過ぎるものであった。君を壊滅災害とするか否か、だ。もし敵対するならば、”勝てないと分かっていても”、オーフェンは対峙せねばならない。
スウェーデンボリーが予言した、破滅そのものとも言える女神。彼自身が絶対に勝てないと断じた存在だ。
オーフェンは、かつてデグラジウスと言う神人を魔王術で消去しているが、その代償は街一つを永久に生物が踏み込めない土地にする事だった。
あのような偶然が(奇跡とは呼びたく無かった)成功するとは思えないが……。
「現出する前だったら、何とも言えなかったけど、その意味はあれに持ってかれちゃったし」
肩を竦めてスクルドが視線を移す。その先にあるのは新築した家の庭と、そこに転がる究極の物体だった。
――シマス・ヴァンパイアが至った完全なるドラゴンと、その中に封ぜられた魔王の鋏、そしてスウェーデンボリーそのもの。
いつか世界を滅ぼす存在だ。世界の寿命そのものとも言えるだろう。……それまでは、ただの岩同然だが。
「まさか、あんな風になっちゃうなんてね……どうしてくれんの、人の存在理由」
「知るか。そもそも、その決断をしたのは俺じゃない」
あっさりと言ってやる。鋏を手放し、誰も彼もが勝ってはいけない戦いを負けさせた決定をしたのは、自分を無価値と言った一人の少女だった。そして、彼女を始めとした新しい世代達。自分は、彼女達に託しただけだ。
なのに、何故スクルドは自分の元に来たのか。
「まぁ、いいけどね……
「一応聞くが、君は出来るのか?」
「当たり前でしょ。じゃなきゃスクルドなんて名乗って無いって。もう意味無いけど」
全世界質量に、いつか必ず至れる存在が転がる庭を見て、少女はため息を吐く。やるつもりは無かったとスクルドは言うが、それでも自分の存在理由を持っていかれたのは複雑な気持ちなのだろう。内心こっそりと同情しながら、オーフェンは本命の質問に移る。
「じゃあ何しに来た。わざわざ飯食べに来ただけじゃないんだろ? もしそうなら大歓迎だが」
「もちろん違うわよ。ちゃんと、貴方に会いに来た理由はあるもの。……貴方がやり残した事を告げにね」
「……なんだと?」
「貴方は、もう役を降りたつもりだろうけど、役所が一つ残ってる。分からない?」
悪戯めいた笑いを浮かべるスクルドに、オーフェンはつと考える。やり残した事と彼女は言ったが、そんなものは山とあるのだ。自分がやる必要が無いだけで。
なら、自分が必ずやらねばならない事となるが……それが分からなかった。庭のアレが大体の問題を馬鹿らしくした筈なのだが――。
(いや、待て……?)
そう言えば、一つだけ自分は約束を持っていた。庭のドラゴンの内に在る魔王と交わした約束。かの存在を、魔王術で消去する……つまり神化を強制的に行うと言う約束を。
「そう。スウェーデンボリーのクソ野郎との約束。それが、貴方にはあった筈よね?」
「まぁ、そうだが……ところでクソ野郎は絶対つける必要あるのか?」
「うん」
即答され、オーフェンは苦笑する。どれだけ嫌われていると言うのか。いや、運命の女神達姉妹からしたら当然の話しではある。
ともあれ、スウェーデンボリーの消去ならば確かに約束はした。だが、肝心の魔王は誰も手が出せない完全不可能の塊の中だ。
当然、恐怖していた目の前の少女も何も出来ない。スウェーデンボリーからしても万々歳と思ったのだが。
「違うんだな?」
「うん。あいつは、神化を望んでる。この世界全てを見捨てる為に。その為に、あの中でまた始めた」
「何を?」
「神話を思い出してみなよ」
言われ、頭に浮かんだのは神話の一部だった。虚空にただ在った巨人(じぶん)達、それを神々が殺し尽くし、遺骸が積み重なって世界が作られた――”巨き過ぎて殺せなかった巨人である、とぐろを巻いた蛇(ドラゴン)の内側に”。
「……つまり、そう言う事か?」
「そう。その歪みが、スクルド(私)を現出させた」
「…………」
ふぅ――と、オーフェンは長く息を吐く。つまりはこうだ。スウェーデンボリーは、”シマス・ヴァンパイアの内に”新たな世界を構築し始めたのである。自分が神化する為、それだけの為に。新しい魔王を生み出す為に。
オーフェンはその全てを悟り、明確に舌打ちした。
「折角誰も手が出せなくなったんだ。大人しくしてりゃいいのに」
「あいつはいっつもそうじゃない。分かりきってた事でしょ?」
違いない。それだけは口に出さずに頷く。そして、オーフェンはスクルドが彼に何を頼みに来たのかを悟った。
(スウェーデンボリーを消去(スタッブ)してくれ――か)
確かに、これは誰に任せる事も出来ない。オーフェンがやらなければならない事である。
「言いたい事は分かった。俺のはぐれ旅はまだ終わっていない……か」
「そう言う事」
「それは分かったんだが、アレの中にどうやって入るんだ? 完全物質に至ったアレは、魔王術だろうと開く事も出来ないぞ。もちろん君の力でもだ」
「そうね、全世界質量降臨かました所で、あれだけは残るでしょうね。全く忌々しい」
そう言いながらこちらを睨んでくるスクルドに苦笑してやる。忌々しいのは、何も庭のドラゴンだけではないと言う事だ。
しかし、今はそれを置いて貰わなければならない。先を促す。
「方法はあるんだろ?」
「まぁね……教えて欲しい?」
「いや、何となく察しはつく。やりたくはないけどな」
そう言って再び庭へと視線を向ける。完全不可能性の塊となった世界中心核、シマス・ヴァンパイアのドラゴン。
それを何とかするには魔王術でも全世界質量降臨でも不可能だ。だが、世界創造に純粋可能性と完全不可能性を混ぜ合わせたように、全く対極の力、天使と悪魔なら不可能ではない。つまり……。
「俺の魔王術と君の全世界質量降臨を、ぶつけ合う……か」
「あたり。あれも天使と悪魔だからね。まぁ、代わりに私達は共に消えちゃうでしょうけど」
それだけならいいんだがな――胸中、そう思いながらオーフェンは嘆息する。
庭のアレを開く為には、それこそデグラジウスを消去した時以上の魔王術を放たなければならない。もちろん、スクルドも手加減抜きの――全世界質量降臨に加減もへったくれもないだろうが――それをする必要がある。
どちらかの制御が外れれば、あるいは少しでも均衡が崩れたら、世界が消え去るのは間違いない。
「そこまでしてやる必要があるのか?」
「勿論、私にはね。あの野郎をぶっ殺す理由がある。貴方達も、貴方達で必要はあるわよ? このままじゃ姉様達も来るわ」
「現在(ヴェルザンディ)の女神と、過去(ウルズ)の女神か」
「私ならともかく、あの二人が全世界質量降臨を躊躇うとも思えないけどね」
どちらにせよ、事態を放置すれば壊滅災害はやってくるらしい。なら、こちらの方がまだ救いはある。少なくとも、スクルドには世界を終わらせる積もりはないらしい。選択肢はもう残っていなさそうだった。
「俺達は共に消去されると言ったな?」
「擬似的にだけどね。質量ゼロ、単なる情報にまで質量をなくして、開いたアレの中に入るわ。その後は、情報からネットワークで私達を再構成する」
「それじゃ俺達も現出する事になるな……」
「擬似的な神化――世界離脱者みたいなものだしね。ま、いいんじゃない?」
スクルドが苦笑して見えたのは気のせいか……オーフェンは、不意に天井を見上げる。
魔王と呼ばれなくなって早数年。娘達も就職し、この新しくなった家にも慣れて来た。その全てを、手放さなければならないとは。いつかのスウェーデンボリーの言葉が思い出される。
君は誰より失うのが得意なんだ――そして、いつか取り返しの無い喪失が待つ、と。
「……分かった。今からやろう」
「え」
「なんだその返事。君から言い出した事だろうに」
「いやだって、あまりに即決だったから……明日にしない?」
「いや、明日に回すと決心が鈍りそうだ」
「そう言う人の決心は鈍んないのよ全く……」
ああ、ふかふかの寝床がとスクルドは名残惜し気にソファーから離れる。
そして共に庭に出た。目の前にあるのは、ちょっとした小高い山にも見えるドラゴンだ。スウェーデンボリーも中にいる。
「家族には伝えなくていいの? もう寝ちゃってるけど」
「構わない。いつ帰って来れるか分からないしな……分かってくれるだろ」
「駆け落ちしたって思われないかな?」
「君と俺がか? ないなー」
「あ、むかー。レディにそう言った態度は無いでしょ!」
「レディって外見じゃ――いや、なんでもない。さぁ、始めるぞー!」
言いかけた所で、スクルドがいい笑顔で拳を固めたので、オーフェンはさっさと歩いていく。分かりし頃の妻との旅で身につけた対応力だった――そこで気付く、このスクルドの性格が、旅をしていた時の妻、クリーオウにそっくりだと。
(まぁ、だからと言って、どうだって話しだけどな)
少しだけ笑い、スクルドとドラゴンを挟む形になる。少しだけ息を吸い、吐く。自然に構成が空間に投影された。
偽典構成、ひとつひとつは意味を持たない色の粒をちりばめ、意味を持った絵を描く。そこになんの一貫性も妥当性も見出だせぬ、しかし緻密な構成をオーフェンは仕組んでいく。呪文が、口から零れた。魔王の声音で。
「遥けき彼方に。明日の陽浴びて潰れる羽の痛みよ」
ぞくりと、いつものように悪寒が身体を這いずる。その悪寒こそが、魔王術を使う実感を与える。怖いのは、この悪寒が無くなった時だ。
「沈む空に堕ちる祈り。宇は鎖し。宙は泣く。誰も聞くものはいない――お前の声を聞くものはいない!」
同時、スクルドから猛烈な圧力が膨れ上がるのを感じる。そっと掲げられた掌に、莫大な存在が顕現するのを確信した。
これは初めて見る。当たり前だ。一度でも使われたなら、世界はとっくに消えている。
どうせなら、そうなれば良かったのに。そう、思わない時が無かったかと言われると、否定出来無い。だが、その時が訪れる事は無かった。その事については、紛れも無く感謝しなければならないだろう。
オーフェンの魔王術と、スクルドの全世界質量降臨が、完成する――!
「軋み壊せ、永劫回帰の輪廻螺旋! 終焉の始まりを告げろ! 始源の終わりを鐘鳴らし!」
次の瞬間、オーフェンとスクルドが両手を突き出したのは、全くの同時だった。
同質にして正逆。そして、共に極限の力とも呼べない何かはぶつかり合い、喰らい合い、弾け合う。
それを見ながら、オーフェンは己の身が消失していくのを自覚した。スクルドも、足先から消えている。いつかの姉と一緒だ。ここまでのものだと、その制御だけで存在を消される。だが、この消失もまた想定内。むしろ身体は邪魔だった。ドラゴンの中の世界に行く為には。
やがて混ざり合った両極は、未だ微動だにしないドラゴンに突き刺さる。すると、花でも開くように中央から割れた。中は肉が見える筈が、ただ光が溢れている。直後、二人の身体は完全に消失し、ただ情報だけが残された。二人の情報体は、すぐさま内へと飛び込む!
そして、即座にドラゴンの身は閉じ。まるで何も無かったかのように、世界は平穏を取り戻した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
チャイルドマンも、こんな気分だったのかもしれない――オーフェンは、空気の臭いを嗅ぎ取り、目を閉じたままで、そう思う。
現出は一瞬で成った。少なくとも、体感はそうだった。なら、ここがそうだと言うのか。
「着いたよ」
隣で聞こえてくるのは案の定、女神の少女の声だった。覚悟して、オーフェンは目を見開く。そこに、異世界が展開していた。
明るい。夜なのに、街中は――何となしに確信した――明るい光が灯っている。まるで、魔術で作り出した鬼火のように。
勿論、光は違った。そもそも魔術では無い。これは、電球だ。
そして、まるで塔のようにどこまでも続く高い建物達。アパートと思うのだが、自分が知っているものとは規模が違い過ぎる。それこそ、『牙の塔』を連想させた。それが無数に並んでいるのだ。
オーフェンはかぶりを振り、自らを納得させる。ここは異世界だ。間違いない、と。
「ここが、ドラゴンの内か……」
「そうね。文明レベルが随分外より進んでるけど――時間の流れが違うのかも」
一人うんうんと頷くスクルドに、オーフェンは軽く息を吐いた。認めなければならない。それを自分に繰り返す。
「とりあえず、ここどこだ?」
「さぁ、さすがに分からないわよ」
「ここは地球と呼ばれる世界の、日本と言う国ですな。暦は西暦2093年、春となります」
「へぇ、随分詳しいな――」
そこまで言った所で、オーフェンはぴしりと固まった。肺が呼吸を停止し、血が止まり、心臓すらもが鼓動をやめる。しかし、何故か首だけが、ぎりっ、ぎりっと動いた。
第三者からの声。それに聞き覚えがある――を飛び越して、慣れ親しんだ声であった。十数年ぶりなのに、その声を忘れた事は無い。忘れるものか、全力で忘れたかったが!
首が完全に振り向く。そこに居たのは、いつかのようにタキシードを着たオールバックの銀髪。痩身長躯の、二十歳程の男だった。記憶が正しければ、自分とそう変わらない歳の筈だったが、そもそもこの男が歳を取った姿と言うのが、まず想像出来ない。
相変わらず表面上は礼儀正しい、そう、表面上はだ! そんな彼に、オーフェンはぷるぷると震える指を突き付ける。彼は……! 心臓が動き出し、血が流れ、呼吸が再開し、オーフェンは叫んだ。毎度の構成を反射的に編みながら!
「キィィィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!?」
気付けば、光熱波を全力で叩き込んでいた。大気が放電し、熱波が渦巻く。スクルドが唖然としていたが、どうでもいい。
ああ、どうでもいい。銀髪の執事、キースはやはりと言うか、当たり前のように、にゅと起き上がった。
「何故です?」
「てんめ、この……! なんでここに居る、どうしてここに居る、てか死んでなかったのか、いや期待しちゃいなかったが!」
一気にまくし立てながら、オーフェンは伝説の船乗り、キース・ロイヤルの最後について思い出していた。
キエサルヒマ島と原大陸の間に、決して消えない氷海を作り出した、神人種族メイソンフォーリーン。彼女と合見えたのが、当時スクルド号の船長だったキースだった。オーフェンも、よく分からないのだが、キースとメイソンフォーリーンは相打ちとなり、共に行方不明となっていた筈だ。それから十数年間、誰も姿を見たものはいない。それが、どうして。
「黒魔術士殿っ!」
さっと手を差し出して制止して来る。オーフェンはとっさに息を吐いて落ち着いた。そんな彼を確認して、キースは頷く。
「お久しぶりでございますな、黒魔術士殿」
「……お前にそう言われるのも随分久しぶりだな。それで、どうやって脈絡なく現れやがった。いや、もう何で生きてたかは、この際どうでもいいから」
「黒魔術士殿。理論的に考えれば、答えは自ずから出るものではありませんか?」
「ほう?」
なんか、このやり取りも前にやったような気がしなくもないが。とりあえずは頷いてやる。キースは、こちらを確認して続けた。
「そう、世の中全ては理論的に答えが出せるものなのです」
「……で、どうやってここに来た?」
「黒魔術士殿――」
ふっと、遠くに目をやる。そうしながら、ゆっくりと諭すかのようにキースは言った。
「秘技、次元背面跳びと言うのを、ご存知ですかな?」
「お・の・れ・と・言・う・や・つ・は――!」
案の定、平然と物理法則やら他いろいろを台なしにするキースに、オーフェンは胸倉を掴み上げながら呻いた。
この理不尽っぷり。もう間違いなく本物である。どうしようも無く認めつつ首をがっくんがっくん揺すっていると、蚊帳の外だったスクルドが慌てて縋って来た。
「ちょ、ちょっとちょっと、知り合い!?」
「認めたくはないが……まぁ、知り合ってしまった事自体は別に俺の責任じゃないし」
「そんなっ! 忘れてしまわれたのですか黒魔術士殿!? 私と貴方の輝かしい友情の日々を!」
「そんなもんがいつあった!?」
ようやく首を離して、オーフェンは額を抑えながら呻くと、スクルドに簡潔に説明してやる事にした。振り向く。
「……キース・ロイヤル。執事のような、執事ぽい、執事かもしれない、執事かな? な謎生命体だ」
「全然分かんないんだけど!? そもそも人間?」
「怪しい所だな」
「何をおっしゃるのです黒魔術士殿! この私が、何に見えると言うのですか!」
「神人種族の可能性も疑ってたりするんだけどな……」
半眼で見るが、キースは何も答えない。つまり謎のままだ。まぁ、解明したいとも思わないが。それはともあれ。
「お前が何の脈絡無く現れるのは、もういいとして――」
「良くないわよどうやったのよ!」
「――もういいとして! お前、まさかここで暮らしてるのか?」
スクルドは喚くが、どれだけ騒ごうと意味は無い。どうやって、ドラゴンの内に入ったかなど、聞くだけ無駄だからだ。どうせまともな答えは返って来ない。その内慣れる。
ともあれ、キースは頷くと、高らかに吠えた。
「そう……! あれは三年前の事でした……!」
「また出鱈目じゃねぇだろうな」
「第四十六代婚約者メイソンフォーリーンと、婚前旅行に、ふらっと次元背面泳ぎを共にやっていた時に悲劇は起きました……!」
ツッコミたい所は山程あったが、ぐっと堪える。代わりにツッコミを入れんとしたスクルドの口を抑えた。もごもごもごー! と叫んでいるのが分かるが、今はこれでいい。キースの話しは続く。
「つい時空震の高波を見つけ、海でインストラクターをやっていた血が騒ぎ、サーフィンに興じてしまったのが運の尽き! 一千億年に一度あるかないかのビッグウェーブに乗ってしまい、気付けばこの世界に流れついてしまったのです……! 私は途方に暮れました。途中で作った借金の保証人をメイソンフォーリーンにしてしまい、私だけがこの世界に流れついた事に……」
「まぁ、お前がいいんなら何も言わんが」
「もがもがもがもが!」
私は文句あるわよとスクルドが声無き声で叫ぶが、二人はきっぱりと無視。話しを続ける。
「そんな私に手を差し延べてくれた、幼い少女がいました……私は決めました。一度は背を向けた道ながら、再び彼女の執事になろうと!」
「つまり、こっちの世界で、どっかの金持ちの家に、執事として働いてるんだな? ――哀れな」
「もがもが……」
キースが仕えている家とやらに全力で同情する。何故か、スクルドまで頷いていた。
まぁ、それはともかく状況は分かった。ここでキースに会えたのは……決して認めたくは無いが、運が良かったと言える。こちとら何も分からず、何も持たずに異世界に放り込まれたのだ。ここで暮らす知り合いと言うだけで助かる。
早速、オーフェンはキースに働き口に関して口を利いて貰わんとした所で。
「キース――? どこにいるのー?」
「おや? マユミお嬢様、こちらにございます」
一人の少女が、オーフェン達の前に現れたのだった。
(プロローグ2に続く)
はい、プロローグ1でした。
ええ、プロローグ2に続きますまたか(笑)
まぁ、テスタメントですんで暖かい目で見て頂ければと思います。さて、初見の方に分かりやすいように、キャラ紹介を。
まずは主人公オーフェンから。
オーフェン・フィンランディ。
元魔王と呼ばれた男。現サラリーマンな魔術士。
年齢45歳→? キエサルヒマ大陸『牙の塔』出身の黒魔術士。チャイルドマン教室と言う『牙の塔』において最エリートの教室で、訓練を受けていた魔術士。師であるチャイルドマンからは、特に暗殺技能を叩き込まれ、『鋼の後継』もしくは『アーティスティック・バトルアスリート』の二つ名で呼ばれていた。
後に魔王の力を継承し、キエサルヒマ大陸のアイルマンカー結界を外し、魔王と呼ばれ、犯罪者と呼ばれる。
その後、キエサルヒマを脱出し、原大陸に到着。権力闘争や襲い来る神人種族による壊滅災害、もしくは人が抱える厄介な病、ヴァンパイアライズに頭を悩ませながら、原大陸一の権力を持つようになる。
しかし、事態の悪化に伴い裏切りに合い、結局全ての権力を失い、一介のサラリーマンとなった。
戦闘能力は極めて高く、自分が手塩に掛けて育てた魔術戦士の強力な部下達をたった一人で殺さずに無力化する程の能力を持つ。
魔術においては特に制御能力に定評があり、第三部からは魔王術と言う万能の力としての魔法、その一種を使うようになった。本人曰く、「魔王術なんてものに誰より通じてしまった」との事。
まぁ、簡潔にこんなもんで。では、次回もお楽しみにー。