魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜 作:ラナ・テスタメント
では、どぞー。
何故、こうなった――司波達也は、本日幾度と無く繰り返した自問を再び行いながら、廊下を重い足取りで歩く。
時間はついに放課後。午後の実習も終わり、達也は深雪と共に生徒会室へと向かっていた。
昼休みになんやかんやあり、気付けば風紀委員へとスカウトされたのだ。
元は生徒会が達也か深雪を入れようとしたのだが、生徒達の反発が予想される為、深雪のみが生徒会へと望まれた。これに妹は抗弁、達也を生徒会に入れる必要性を説いた。
達也が若干焦ったのは、生徒会長である七草真由美が説得されそうになった事である。まぁ、もちろんフリではあったのだろうが、自分としてはこれ以上目立ちたくは無い。なので、どうにか諦めて貰ったのだが、そこに代案が待ち受けていた。
そう、風紀委員である。入学式や翌日の揉め事で見せてしまった目の一端。それらを理由に上げられて、生徒会推薦枠で風紀委員にスカウトされたのだ。無論、反対した――したのだが、深雪から目を潤まされて「ダメですか?」と言われた日には、達也も簡単に拒め無かった。
そして放課後、半ば決定しているような気がするのだが、続きを話そうと言う事で、再び生徒会室へと足を運ぶ事となっていた。後ろから深雪が心配そうにしながらも、嬉しさを隠し切れない表情で着いて来ている。そんな顔をされては何も言えないじゃないか……とは、流石に口に出さなかったが。
(いろいろ考える必要があるんだがな……)
頭痛を覚え、コメカミを指で押さえながら達也は独りごちる。その最たるものは、やはりオーフェンだ。
彼に、目の事を知られてしまった。そして、疑念を持たれた。
あの一瞬、彼が空間に投影した例の魔法式を見て、達也は反射的に「分解」を使いかけた。それ程に、凄まじい威力の魔法だと判断したのである。
魔法式のイメージは、空間に歪曲。恐ろしく大規模に展開されたそれは、発動したならば実習室どころか階を丸ごと破壊しかねないものだった。冷静に考えるまでも無く、そんなものを何の理由も無く発動させる訳が無いのだが、下手に目で見てしまったのが災いした。
よく体術の師である九重八雲から「目に頼りすぎるのは良くないよ」と言われるが、それを今日程痛感した事は無い。まさか、見えすぎる事を逆手に取られるとは。
(俺も、まだまだ未熟だな)
「お兄様?」
「ん? おっと」
どうやら思案に暮れすぎていたらしい。気付けば、生徒会室の前に来ていた。
自分にしてはこうまでボーとしているのも珍しいので、深雪が本気の心配顔をしている。それには優しく微笑んで安心させてやりながら、既にIDカードを登録”させられて”しまったので(犯人は言うまでもなく生徒会長&風紀委員長だ)、そのまま中に入る。
そこで、達也と深雪は初めて見る人物に訝し気な表情で迎えられた。細身の、整ってはいるが、これと言って特徴は無い容貌の少年だ。しかし、彼から発っせられている微弱な想子の輝きは、彼の魔法力を物語っている。そして、何よりも隙が無かった。達也は表情にこそ出さないものの、感嘆を覚える。
「ああ、君達がそうか。司波達也くんだな。はじめまして、副会長の服部刑部です」
「あなたが――これは失礼しました。司波達也です。こちらが司波深雪」
「はじめまして」
「ああ、こちらこそはじめまして。よろしく」
そう深雪に微笑んで、服部と言ったか、彼は頷く。そして再び達也へ。自分に何かあるのだろうかと思っていると、彼はフっと笑って見せた。
「成る程、こう見ると分かるものだな」
「何がでしょうか?」
「君の事だよ、司波達也くん……全く隙が無い」
「服部副会長も、人の事は言えないでしょう?」
言い返してやると、服部副会長は苦笑した。互いに互いを値踏みしていた訳だ。そして、視線を達也から深雪に移す。
「会長に話は聞いています。司波深雪さん――司波さんでいいかな? 生徒会にようこそ。歓迎します。君は、司波でいいか?」
「もちろんです。こちらこそ。よろしくお願いします」
「俺も、呼び捨てで結構です」
「そうか。では司波、君の事も歓迎しよう。俺としては、君も生徒会に欲しかったが」
「……会長もそうでしたが、いくらなんでもアグレッシブ過ぎませんか? この生徒会。俺は二科生ですよ」
「関係無いさ……この第一高校、特に生徒会や風紀委員、部活連に所属すれば、嫌でもそんな偏見は消し飛ぶ」
「それはどう言う事なのでしょうか?」
服部のある種諦観でも混じってそうな口調に、深雪が不思議そうな顔となって聞く。それは達也も同様だ。彼はそんな二人に何故か遠い目となる。
「……私達は、率先して学内の治安を守らなければならない。それは、分かるね?」
「ええ……」
「それには例の執事の騒動も含まれる」
「失礼しました。生徒会と風紀委員入りの件は忘れます。ではさようなら――」
「逃がすと思うか?」
ぐわしっと見た目からは全く分からない握力でもって、退室しようとした達也の肩を掴んで止めて来た。何か、必死な感じがしなくもない。
「悪いが、あの執事の相手が務まると分かった以上、絶対に手離さないぞ司波……! これは決定だ!」
「そんな横暴な! 新入生に任せていいと思ってるんですか!?」
「俺なんて胃薬を常備してるんだぞ! 何回穴が開くと思った事か!」
「同情はしますが知ったこっちゃありません! 離さないと、実力に訴えますよ!」
「やってみろ新入生!」
「あ、あの、お二人とも……?」
「「はっ!」」
取っ組み合いになりかけた所で深雪からおずおずと声を掛けられ、二人は正気に戻る。咳ばらいをして服部は達也を離した――逃がさないように、いつでも捕まえんと手を広げてはいたが。
「と、とりあえず、そんな事情もあると言う事だ。何、あの執事に泣かされるのは、一、二回くらいのものだよ……週に」
「ぐっと入る気が失せました」
「お兄様……私と一緒では嫌なのですか?」
「いや、そう言った事じゃない――」
「ならオッケーと言う事だな! 司波、君のような人材を待っていたんだ!」
「そう言った意味じゃありませんよ……!」
「何だ何だ、騒がしいな」
「みんな、遅れてごめんね。達也くん、深雪さん、いらっしゃい」
またもや言い合いになりかけた所で、風紀委員長の渡辺摩利と生徒会長の七草真由美が、入って来た。
騒いでいた三人に、揃って微苦笑している。
「こんにちは、はんぞーくん」
「……はい、こんにちは会長。ところで新入生も入って来た所ですし、そろそろ、それは止めて欲しいのですが……」
「何だ。いいじゃないか、服部刑部少丞範蔵副会長」
「渡辺先輩、フルネームは止めて下さいとあれ程! あれ程!」
「そうよ摩利。はんぞーくんは、はんぞーくんじゃない」
「俺は泣いてない……泣いてなんかいないんだからな……!」
「服部くん、しっかり! しっかり!」
部屋の隅っこで、のを書かんばかりに小さくなった服部こと範蔵に、中条あずさがすがりつくように慰める。達也の記憶が確かなら、彼女も「あーちゃん」と呼ばれていたので、抵抗して欲しいのだろう。
それよりまさか「はんぞー」が本名だったとは……世の中分からないものである。
そんな騒がしい生徒会メンバー+風紀委員長をよそに、一人会計の市原鈴音が溜息を吐いていた。案外、ここで一番の苦労性は彼女かもしれない。
「何か?」
「いえ、何でもありません」
「そうですか。では会長、そろそろ」
「あ、そうね。ごめんなさい。あーちゃん、深雪さんにお仕事の説明して上げて」
「……はい」
やはり呼び名を変える事は出来ないらしい。それを悟ったか、あずさは諦めたように頷き、深雪を壁際の端末へと案内した。
「さて、ではあたしらも移動するか」
「どちらへ?」
そしてこちらも、摩利が振り向いて来た。もはや逃げられ無いと悟り、達也は彼女に着いて行く事にする。摩利はそんな達也に満足気に頷いた。
「風紀委員会本部だ。色々見て貰ったほうが手っ取り早い。この真下の部屋だ――と言っても中で繋がってるんだけどね」
そう言って摩利が指差すのは、部屋の奥だった。普通なら非常階段が設置されている場所に、直通の階段があるらしい。
一瞬、消防法は無視かと思わなくも無いが、ここは天下の魔法科高校生徒会室だ。いざとなれば、重力軽減で飛んで降りられるだろう。
やれやれと肩を竦め、彼女に伴われながら風紀委員会本部に向かおうとした所で。
「ああ、待って下さい渡辺先輩。司波に、ちょっと用事があります」
「何……?」
今まで部屋の隅でうずくまっていた範蔵が立ち上がって、摩利に制止を掛ける。彼女は怪訝な表情となるが、彼は構わない。こちらに近付いて来た。
「やはり、風紀委員になるなら実力を見たい――そうは思いませんか?」
「はんぞーくん?」
「……何が言いたい?」
「彼と模擬戦がしたい。魔法戦をメインとしたものをです」
にやりと笑って範蔵は言うと、達也のみならず皆が目を見張った。実力の程は、先程彼自身が手離さないと言った(キース用ではあるが)通り、知っている筈だ。それを何故、今更確かめようとするのか。
「彼の体術は見た。そして、目の事も。起動式が読めるらしいな、司波?」
「……ええ、まぁ」
やはり昨日の事は迂闊だったかと気付かれないように嘆息する。まるでそれを見計らったように、彼は頷いた。
「だが、君は二科生だ。それは魔法力が著しく劣っている事を意味する――が、正直俺はそれが信じられなくてな」
「……入試の実技試験結果はご存知の筈では?」
「あんなものは国際基準に従った、ただの指標だ。あてにならない」
「自分は、ただの劣等生です」
「そうか? ……司波さん」
「は、はい!?」
唐突に呼ばれ、深雪が目を丸くして返事をする。範蔵は苦笑を少しだけ零して、そのまま聞いて来た。
「率直に聞かせて欲しい。彼は魔法師として劣等生と思うか?」
「服部副会長!」
「黙ってろ司波。俺は司波さんに聞いている。どうだろうか?」
「…………」
深雪は沈黙。達也はやられたと表情を歪めていた。
深雪とて達也が目立つ事を良しとしないのは分かっている。だが、それ以上に評価されない事を嫌がるのだ。そんな彼女が自分の事を聞かれて、何と答えるか――達也は祈る心地で深雪を見る。だが、妹は小さく唇だけで「申し訳ありません」と達也に詫びた。そして毅然と範蔵に答える。
「私見ではありますが、お兄様の実力は私などとは比較にならない程、高いものです。風紀委員としても立派に活躍されると確信しております」
「だが、彼は二科生だ。それはどう説明するんだ?」
「それは、試験の評価がお兄様の実力を測るものに適さないだけです。実戦ならば、お兄様は誰にも負けません」
「……だ、そうだぞ司波?」
深雪の返答に頭を抱えた達也へと範蔵は聞いて来る。それにはもう返事を返せ無い。どう返せと言うのだ。
そんな自分に少しばかり罰の悪そうな顔――彼もあまり良い手段と思っていなかったと言う事だ――で、範蔵は言って来る。
「さっきも言ったが、俺は君の風紀委員入りを歓迎している。ただ実力を見たいだけなんだ。彼女の言った事も試したい。それとも、妹さんを嘘つきだとする気か?」
それはあからさまな挑発だと分かっていた。達也は冷静に状況を理解している。だが、それ故にこそ否定出来ないものもあった。深雪を嘘つき等とは、言わせない。彼女の言葉を証明する。
「いいでしょう、服部副会長。貴方の挑戦を受けます。模擬戦を行いましょう」
そう達也が頷き、ここに生徒会、風紀委員承認の元、正式な模擬戦を達也と範蔵は行う事となったのだった。
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なんで、こうなった――生徒会室に向かう時より、なお重い面持ちで達也は嘆息する。まだ入学してから一週間も経っていないのに、早くもこれだ。
生徒会長印を捺された許可証と、引き換えに受け取って来たCADのケースを持ち直して、模擬戦を行う予定の第三演習室の前で深々と息を吐く達也に、後ろから泣きそうな声が来た。
「お兄様、申し訳ありません……私が、ちゃんと黙っていれば」
「お前が謝る事じゃないさ、深雪。服部副会長の挑戦を受けたのは俺だ。……ただ、もうちょっと考えて欲しかったけどね」
「か、重ねて申し訳ありません……!」
これで何度目になるだろうか、また頭を下げようとする深雪に苦笑し、達也は振り返ると、軽く身を寄せて頭に手を置き、優しく撫でてやった。
「そんなに謝らないでくれ。俺の方が謝りたくなってしまうよ、深雪。俺が今欲しいのは別の言葉だ」
「……はい、頑張って下さいお兄様」
ようやく笑顔で深雪が言ってくれた。それにやはり笑顔で頷き、演習室に入る。そこには、既に生徒会メンバー+摩利が揃っている。そして、もう二人。
「……オーフェンさん?」
「よう、タツヤ。それにミユキだったか?」
「やほー、二人とも」
軽く手を振って来るオーフェンと横でにこやかに笑うスクルド。そんな二人に、達也は軽く驚く。何故、この二人がここに居るのか。
思わず視線を摩利に向けると、彼女は肩を竦める。
「オーフェン師は、生徒会の顧問でもあるんだ。今回の件を教えて、監督をして貰う事になった」
「監督?」
「例え模擬戦だろうが、監督する義務はあるって事さ。ま、当然の話だけどな」
オーフェンが摩利の言葉を継いで教えてくれる。確かに、よく考えなくても教師の一人くらいは監督せねばなるまい。スクルドはただ単に着いて来ただけだろう。
二人がここに居る理由は分かった。分かったのだが――。
(これは、あまり手の内を見せられないな)
先程の実習の事もある。下手に力は使えまい。まさか「再成」まで見切られるとは思わないが、用心に越した事は無い。
(初撃で決めるしかない)
それが一番ベストだ。手っ取り早く、かつ手を晒さない。なら、それしか無い。
方針を決めながらCADのケースを開ける。黒いアタッシュケースの中には銀色に輝く拳銃形態のCAD、つまり特化型CAD二丁が収められていた。達也専用のCAD「トライデント」である。その一つを取り出すと、弾倉部分のストレージを交換する。そして、ゆるりと振り向いた先には範蔵が、オーソドックスな腕輪型の汎用CADを装着して待ち受けている。微笑してくるその佇まいには、一切の油断も気負いも無い。
(油断してくれると助かったんだが……)
これは中々難儀しそうだ――そう内心で思いながら、開始線に立った。互いに五メートルを挟んだ距離である。二人を見て、審判役の摩利がフムと頷いた。
「では、ルールを説明するぞ。直接攻撃、間接攻撃を問わず、相手を死に至らしめる術式は禁止。回復不能な障害を与える術式もだ。相手の肉体を直接損壊する術式も禁止する。ただし、捻挫以上の負傷を与えない程度の直接攻撃は許可だ。武器の使用は禁止、素手は可とする。蹴り技を使いたければ、今ここで靴を脱いで学校指定のソフトシューズに履きかえる事。勝敗は、どちらかが負けを認めるか、審判が続行不能と判断した場合に決する。双方、開始線から始め、合図があるまでCADを起動しない事。このルールに反した場合、問答無用で反則負けで、ちょっとした罰を受けて貰おう。オーフェン師?」
「ああ、ちょっと本気目の熱衝撃波を叩き込んでやるよ。安心しろ、尖った拳でブン殴られる程度だ」
「それは全く安心出来ません……」
範蔵がぽつりと呟いた台詞に、達也はおや? と疑問符を浮かべる。まるで何度か受けた事があるかのような感じだが……。
しかし、それを気にしてる暇は無い。模擬戦はいよいよ始まろうとしていた。
達也はCADを握る右手を床に向けて、範蔵は左腕のCADに右手を添える。後は、摩利の合図だけだ。
場が静まり、静寂が支配した――次の瞬間。
「始め!」
凜とした摩利の合図と共に、模擬戦は始まりを告げた。
達也は一瞬だけ動きを止め、範蔵を見る。彼はセオリー通り、魔法を起動せんと右手でCADのキーを叩いていた。その動作は滑らかで自然とさえ言える。だが、”五メートルだろうと瞬間で踏破出来る”達也からすると、まだまだ甘い。起動式が展開した所まで見て、彼は動き出す。
起動式の座標はそこで外れた。高速での移動は、それを可能とする。範蔵が使用しようとした術式は基礎単一系統の移動魔法だが、座標が外された魔法は意味を成さない。
達也は一瞬後には、範蔵の後ろを取らんとし、危うく我を忘れかけた。
当の範蔵が、自ら後ろに素早く跳躍していたからだ。それだけでは無い、起動式を発動したままで左手を伸ばして来ている。これは。
(フェイントか!?)
範蔵は最初から魔法を使うつもりは無かったのだ。起動式はただの見せ物。達也の目を知っていたが故の、簡単な騙し討ちである。
しまったと思う間も無く、範蔵の左手は達也の肩口を掴む。そして後ろに跳躍した勢いに引かれ、体勢を崩した。逆に着地した彼の足は、そのまま踏み出しを完了している。右腕が畳まれ、開いた掌がコンパクトに打ち出された。
ごがんっと凄まじい音が鳴り響き、達也が盛大に転がる。
「お兄様!?」
まさかの光景に、深雪の悲鳴が鳴り響く。それを聞きながら、達也は転がる勢いを利用して起き上がった。だが、腹を押さえる。そこを打たれたのだ。それは、彼も。
「ぐ……!」
呻きを一つ零し、範蔵が片膝を着く。彼も腹部を押さえていた――達也が、打たれると同時にカウンターで掌打を放ったのだ。結果、自分は吹き飛ばされ、彼はくずおれた。相打ちだ。
「あの状況で、返してくるか……!」
「服部副会長こそ、これは魔法戦メインの模擬戦ではありませんでしたか?」
「人の事が言えた義理か。何だ、あの踏み込みの速度は」
「……まぁ、お互い様と言う事で」
「そうだな」
苦笑し合い、互いに距離を取ったまま隙を探る。そんな二人を見て、オーフェンはふむと今の攻防を評価した。
「6:4でハンゾーが上手だったな。威力はタツヤの打撃のが上だったが」
「あの……?」
「ん? 何だミユキ――そう言や、お前と話すのはこれが始めてか。改めて、はじめましてだな。オーフェンだ」
「あ……申し訳ありません。はじめまして、司波深雪と申します。あの、オーフェン先生と?」
「ああ、それでいい。で、何か聞きたい事があるんだろ?」
改めて挨拶を交わし、深雪に問い直す。それに頷き返して、再び聞く。
「服部副会長の今の体術、お見事でした。まさか、お兄様が一撃を受けるなんて……あの人は、接近戦が得意なのですか?」
「いえ、前は苦手だったわ。はんぞーくんを、ああ仕上げたのは、この人の仕業よ」
「……まぁ、否定はしないけどよ」
代わりに真由美が返答し、オーフェンは渋々認めた。
彼達が話している間にも、戦いは進んでいる。今度は、互いに牽制を目的とした打撃の応酬と、やはり単純な魔法を使用しての牽制。そして、再び数メートルの位置に。
達也が攻めにくそうにしている。その事実にこそ、深雪は驚愕していた。
達也は忍術使い、九重八雲に師事を受け、体術は超一流のレベルなのだ。それが防御主体とは言え、正面から打ち合えるとは。
「オーフェン先生が?」
「うん、そうだよー。でも、オーフェンの技とはまた別なんだよね?」
「ま、あいつの性格上な」
今度はスクルドが答え、オーフェンは肩を竦める。
範蔵にオーフェンが仕込んだのは、自分の体術では無い。むしろ姉、レティシャの技に近いものを教えていた。
自分の専門は暗殺技能だが、レティシャの正面から敵を打ちのめす技法も、ある程度は通じている。なので、性格的に似ているなと範蔵には彼女の技を教えたのだが、見事にハマってしまったのだ。もちろん戦闘スタイル的な意味で。
達也の体術における戦闘スタイルは仕掛ける技法だが、範蔵は防ぐ技法に特化していると言える。攻め難そうなのも、さもありなん。
「体術であれを崩すには、ちょっとした賭けに出る必要がある……どうする? タツヤ」
その声が聞こえた訳では無いが、達也は範蔵が三度仕掛けた単一系統の移動魔法の座標を高速移動で外しながら、無表情に、しかし内心は複雑な心境でいた。
純粋に範蔵の技術に驚嘆を覚え、また彼を初撃で倒せる等と、見くびっていた自分に軽い苛立ちを覚える。
分かっていた事では無いか、彼が実力者であろうと言う事は。もはや初撃で決めるプランは捨てた。出来るなら、実力は隠したいが、そうもいかないだろう。
なら、”どれ”を開陳するか、と考えた所で、範蔵が再び起動式を展開する。それは、単一系統の移動魔法では無い。
(空気を圧縮、加速――エア・ブリットか)
圧縮空気を弾丸として放つポピュラーな魔法である。有効性は折り紙付き、そして魔法師としても傑出している範蔵がそれを使えばどうなるか。答えはすぐに示された。
手元と言わず、周囲から発生した複数の圧縮弾。それが、達也を取り囲むように放たれる。これは回避不可能だ。このままではいくつかをまともに食らう。
それを予想して、達也は対抗手段を取る事にした。こちらならば、見られても問題無い――実力の一端くらいはくれてやる。
「トライデント」を構え、起動式展開、照準、莫大な想子が膨れ上がり、塊となって、突き進んで来たエア・ブリットの尽くを撃ち晴らした。
無系統対抗魔法「術式解体(グラム・デモリッション)」。
想子の光が粉となって降る向こうに、範蔵の唖然とした顔を見ると、一気に達也は飛び出した。
向かう先は、彼の眼前だ。範蔵が我を取り戻した時には、既に達也は接近を完了していた。
(防御を、崩す!)
慌てて放たれた掌打を開いた左手で打ち払い、足を素早く刈る。範蔵は転倒こそしなかったが、もろに体勢を崩した。そこに踏み込みながら「トライデント」を宙に置くように放ると、達也は両の掌を腰深く構えた。
足から腰へ、そして肩を経由し、掌へと全身の力が波動となって流れて行くのを感じ、それを放つ!
双掌打。しかし、知るものがあれば、それはこう呼んだだろう。発勁、と。
まるで鉄骨を叩き付けあったような、凄まじい音が鳴り響く。それが人体から響いた音などと誰が分かろうものか。
範蔵が空を舞う。だが、達也は顔をしかめていた。
渾身の発勁は、確かに直撃した。したが、範蔵はあの一瞬で対抗して見せたのである。
自己に達也へと放っていた移動魔法を仕掛け、飛ばしたのだ。結果、あんな風に範蔵は空高く打ち上げられていた。もちろん痛打を与えていない筈が無いが気絶させる程では無い。
だが、これはチャンスに違い無かった。達也は放った「トライデント」を掴むなり、範蔵へと向ける。使用するのは、初撃で決める際に放つ積もりだった基礎単一系統魔法の振動だ。
しかし範蔵も諦めてはいなかった。エア・ブリットを放たんと起動式を展開している。だが、達也は構わず魔法式を構築し、放つ。振動は想子の波動を生み出し、それが三つ連続で範蔵へと迫る。
一瞬早く発動した想子の波により、範蔵は見るからに顔を歪めた。まともに食らい、酔ったのだ。しかし、それでもなお彼は、エア・ブリットを一発のみとは言え、発動に成功する。それは、真っ直ぐに達也へと放たれた。
(これは、避けられないな)
術式解体も、回避も間に合わない。それを察し、覚悟を決める。
直後に衝撃は来た。それでも何とか後方へと身を飛ばそうとしたお陰で、意識だけは持っていかれずに済む。
【自己修復術式、オートスタート――】
と、そこで自動に発動しかかった「再成」を無理矢理キャンセルした。
危うい所だったと冷や汗を流し、後ろに吹っ飛びながらも、どうにか倒れずに着地した達也は、意識を失った範蔵が床へと”優しく”落ちる光景を見た。
即座に振り向くと、オーフェンが肩を竦めている。重力制御で助けたのだろう。フッと安堵の息を漏らすと同時に、摩利が告げた。
「勝者、司波達也――」
(入学編第九話に続く)
はい、入学編第八話(後編)でした。
原作だと見事なまでの噛ませで終わり、活躍もそこそこしか無かった範蔵も、達也にダメージを与えられるくらいには頑張って頂きました(笑)
こちらで書いた通り、範蔵の戦闘スタイルはティッシのそれに近かったり。
魔法スタイルは逆にオーフェンよりなんですけどね。制御に特化していると言うか。
さて、ようやくスカウトも終わり、一巻部分もトリになりつつあります。うん、部活勧誘のアレですアレ。キースが来るか、はたまた真面目か……!
さぁ、どっちだ(笑)
ではでは、次回もお楽しみにです。