魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜 作:ラナ・テスタメント
いやぁ、お待たせしました。入学編第九話(後編)をお届けします。
後編にもなってあれなんですが、話しの落着点に苦労しまして……。
キースも深雪も散々暴走してくれたおかげで……ええ(笑)
ああ、深雪が今回よりクラスチェンジを果たすのでお楽しみに(笑)
ではでは、第九話(後編)どぞー。
精霊魔術。それは、平和の獣、フェアリー・ドラゴン=ヴァルキリーの魔術だ。
簡潔に説明すると、契約によって意思ある自然現象「精霊」を生み出し、それを使役する魔術である。これだけ聞くと、この世界の精霊魔法と同じに見えるが、実質は全くの別物だ。まず、この世界の精霊――プシオンで構成された非物質存在とは概念からして違う。
フェアリー・ドラゴンが生み出す精霊は、全自然のエネルギーを仮定の上で擬人化したもので、このエネルギーは他の魔術と比べても桁外れに強力だ。そもそも一個体の持つエネルギーと全自然のエネルギーを比べる事自体に無理がある訳だが……それはさておき、これだけでも根本から違うものだと分かる。
また使役する方法も違う。精霊魔法は魔法式により精霊を駆使するが、精霊魔術は契約によって使役される。契約そのものが魔術発動の媒体となるのだ。
その為、精霊は契約に絶対に従うし、契約に無い事は起こせないし、起こりえない。例えば、精霊魔術で攻撃の契約をした場合、対象を殺傷するか否かを契約の内容に入れない限り、精霊は対象を殺傷しないのだ。つまり攻撃しても怪我一つ起こさないと言う現象にしかならない。
逆に対象を……例えば自分を殺す契約なんてものをしてしまうと、もうどう足掻こうが、必ず殺される。有効範囲に空間や時間は一切関係が無いのも特徴と言えよう。
「……と、まぁ大雑把に説明したが、そんなもんだと思え」
「成る程」
オーフェンは真由美の下着姿の写真をぷらぷら振って締めくくり、達也も頷いた。
重要な所はかなりぼかして説明したのだが、即座に頷いたあたり、そこら辺も理解したのか。やはりこいつは油断ならないなと苦笑して、オーフェンは写真に目を落とす。
この写真が、今説明した精霊魔術の契約書であった。契約自体を形に残さねばならないのも精霊魔術の特徴なのだが、いくらなんでもこれは無いだろう。そもそもどうやったら、契約をこれに出来るのか。
「あの野郎……出鱈目は毎度の事だが。最近、更に窮まって来やがったな」
「出鱈目が窮まるって意味分かりませんが」
「その辺はニュアンスで理解しろよ」
自分でも無理あるなと思いつつも、オーフェンは写真を達也に返す。彼は嫌そうな顔を一瞬浮かべたものの、拒否せず受け取った。
写真自体がアレなのもだが、そんな訳が分からないものを持っていたくないのだろう。いや、そもそも。
「これ、契約書と言いましたが、どこにそんな記述があるんでしょうか?」
「ああ、構せ――魔法式な。分からないか?」
「はい」
達也は頷きながら「目」で、じっと写真を見る。しかし、やはり分からない。どこも魔法式らしい部分が無いのだ。
オーフェンの話しからすると、契約書自体が一種の魔法式と考えられるのだが。
ちなみに「分解」出来なかった理由も、そこに原因があった。魔法式の情報を理解していなければ「分解」出来ないのだ。あれは、完全に把握出来て、はじめて可能な魔法だから。
オーフェンは達也の返答に再度苦笑して、写真を――偶然、真由美の顔のあたりだった――指差す。
「お前、目に頼り過ぎとか言われるだろ? 見え過ぎるのも考えものだな……」
「どう言う意味でしょうか」
「そのまんまの意味だよ。その契約書だが、写真じゃない」
「……は?」
「それ、文字絵だ」
ばっと、達也は写真を目一杯に引き寄せて見る。そして、オーフェンが言ってる意味を理解した。
これは写真では無い。絵を全て文字で表した、文字絵であった。よく見ると、全ての輪郭が文字で形成されている。
「正確には、写真の上から輪郭を極小の文字でなぞってる感じだな。米粒に文字書くより細かいぞこれ」
「な、なんて無駄な……」
オーフェンの補足に達也は思わず頭を抱えそうになった。
「目」が写真であると分析したのも当然。そして、達也もただの写真と「分解」をした。もちろん出来る訳が無い。
オーフェンも、ややげんなりとしながら頷く。
「最初に言ったと思うが――あの野郎、ちょっとでも自分が面白いと思ったら、どんな理不尽やらかしてでも達成しようとしやがるからな」
「その努力をもっと別な所に向けられないんですか、あの執事は」
「そんな有り得ない事言うなよ」
「そこまで言いますか……」
達観したようなオーフェンの口ぶりに達也もため息を吐きながら、改めて見る。
文字は凄まじい量であり、しかも理解不能な記述であった。少なくとも、魔法式の記述とは別物だ。
これでは「分解」は不可能だろう。しかもこれ自体が魔法式なので、物理的手段で破壊も出来ない。術式解体も、物理には効かないので意味が無い。様々な意味でお手上げだった。
「まぁ、まだ発動してないのが救いだな。あの野郎が、どんな契約内容にしたかなんて考えたくもないが」
「全くです」
二人は深く頷く。これでこの精霊魔術が発動した日には、目も当てられない。どんな災厄が引き起こるのか、想像すらしたくなかった。
「おっと、そうでした。忘れておりましたな。では、ぽちっとな」
次の瞬間、音も無くキースが開いた天井から逆さまに現れるなり、達也が持った契約書を指で押す。そして、再び開いた床へと消えた――。
『『……ああ――――――――――――!?』』
一瞬の沈黙を挟んで、オーフェンと達也は悲鳴を上げるが、時既に遅し、契約書は光り輝きはじめていた。文字が光っているのだ。
そして、光はすぐに消えた……が、二人は顔色を真っ青に変える。言うまでもなく、精霊魔術が発動したのが分かったからだ。
オーフェンはすぐさま、キースが消えた床へと手を開いて向ける。
「我は放つ光の白刃!」
意識するまでもなく瞬時に編み上げた構成が、叫びにより実体化し、光熱波となって熱と衝撃波をぶち撒ける。
魔法科高校ならではの耐衝撃構造を持った床は、光熱波の一撃に穿たれ、大穴を開けた。そこからすぐにオーフェンは顔を覗かせ、下の階を見るがキースの姿は案の定、どこにも無かった。
「くそっ! 遅かったか……!」
「オーフェンさん、床ぶち抜いて大丈夫なんですか!?」
「後で直しとくから問題ねぇよ。それよりタツヤ、なんともないか?」
「はい、今の所は何とも――」
そう言った所で、達也の顔が強張る。それは契約書を摘んだ指を見てだ。
やがて契約書の上面を掴むと、無理矢理引っこ抜こうとする。しかし、うんともすんとも言わなかった。
「何やってんだ、お前」
「……オーフェンさん、重要な事実が判明しました」
「は?」
「写真から指が離れません……!」
「…………」
必死な表情で右手の写真を取ろうとする達也だが、契約書は取れる気配が無い。
それを見て、オーフェンは遠くへと視線をやる。そこでは、リンパ線で交信できるとまことしやかに謳われるルヒタニ様をはじめとした精霊と妖精が、お花畑で舞っている。
オーフェンは見た事もない穏やかな顔で、そこに踏み出した。お花畑は、きっと、こんな酷い現実なんてないに違いない。さぁ、今行くよ――。
「どこに行く気ですか、オーフェンさん……!?」
「ちっ!」
現実逃避しつつも、その場から逃げ出そうと言う華麗な計画を即座に看破され、舌打ちする。
達也はジト目でこっちを見据えて来ていた。
「真面目に考えて下さい! どうすればいいんですか、これ!?」
「どうしたらと言われてもな……もう、どうしようも無いとしか言いようが無いんだが」
どこをどうやったかは知らないが、間違いなく、これが精霊魔術の契約内容に違いなかった。
触れた部分から離れなくすると言う契約らしい。
そして発動したからには、もう解術の方法は無いに等しかった。
「精霊魔術はさっきも言ったが、一旦発動すると、どうしようも無い。まぁ大抵期限付きだから、後は強く生きろ。それじゃあな」
「見捨てる気ですか! そうはさせませんよ!」
「あ、てめぇこら! 離しやがれ!」
「断固として断ります! 離してほしければ、何とか――」
「お兄様♪」
……唐突に、周囲の温度が真冬のそれへと変化した。同時に響き渡るは、聞き慣れしも美しい声音。だが、達也は凄まじい寒気を感じていた。
何故かオーフェンまでも、真っ青になりながら、二人して振り向く。そこには、優しく微笑む美しい般若がいた。
「み、深雪、さん……?」
「お二人とも、随分仲がよろしいですね♪ 深雪は嬉しく思います。……こんな往来で、破廉恥な写真を披露するなんて♪」
語尾に音符マークがついてるような上機嫌に聞こえるが、あれは違うと二人は直感する。
その証拠に辺りが霜を通り越して、完全に凍り付き始めていた。
「待て! これには深い、深い訳があるんだ深雪!」
「深い訳、ですか?」
「ああ! 実は――『こんな風に破廉恥な写真をおっぴろげるのが大好きなんだ俺は』……!?」
自分は今何を言ったのか。達也はものの見事に絶句する。オーフェンすらも、顔を引き攣らせていた。
訳を説明しようとしたら、全く違うと言うか無茶苦茶な台詞が自分の口から飛び出していた。これは……!?
「お、オーフェンさん?」
「……これも、契約っぽい」
「あの執事ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――!」
絶叫するが、無論意味などあろう筈が無い。それは、もちろん目の前の鬼にも意味が無いどころか、火にTNT爆薬をトンレベルでくべる事を意味していた。
深雪は、達也ですらも見た事が無い程の、透明な微笑みを浮かべて。
「オニイサマ♪」
「……なんでしょうか、深雪さん」
「カクゴハヨロシイデスネ♪」
そして、明らかに絶対零度の冷気が押し寄せる! 「分解」したい所だが、間に合わないだろう。
ああ、なんか人生上手くいって無かったなと、最後の涙を流しそうになった所で、オーフェンが構成を編み上げた。
「我は踊る天の楼閣!」
直後、達也の視界が一変する。校内の廊下にいた筈だが、その真横の中庭に変わっていた。
これは、あの時の亜光速移動――擬似空間転移か。しかし、今回は壁越しに転移していた。あの魔法式では、障害物は通り抜けない筈だが……?
(いや……違う。あの時の魔法式に、もう一つ記述が足されていた……?)
「我は閉ざす境界の縁!」
更にオーフェンは窓に向かって手を翳して叫ぶ。がくん、と窓が細かく揺れた。封印用の構成である。これで、この窓は簡単には動かなくなった筈だ。そして、すぐさまオーフェンは次の構成を解き放つ。
「我は誘う贖罪の眠り!」
こちらも封印用の構成――しかも、凍結させて物理的に封印する構成だ。
今度は窓どころか、校舎が丸ごと凍り付いた。そこまでやって、ようやくオーフェンは安堵したように息を吐いた。
「ここまでやったら、あの魔神と言えど簡単に出てこれないだろ……!」
「人の妹をそこまで言いますか」
「お前は何も分かっちゃいない」
オーフェンは嘆くように首を横に振る。そして先程の深雪と自分の姉達のイメージが重なり、身をぶるりと震わせた。
あの手の姉妹は一旦ああなると、もうどうしようも無い。死ぬ気で抵抗せねば命がピンチだった。
「女ってのはな、いくらでも鬼にも悪魔にもなれる存在なんだ……! 特に姉とか妹とかはな!」
「実感こもり過ぎてて怖いんですが」
「すぐに分かるさ、すぐに――」
「お兄様? オーフェン先生?」
台詞の途中で、いきなり深雪の声が来た。二人とも息を詰まらせ、ぎぎっと窓へ視線を向ける。そこには、深雪のシルエットが映っていた。向こう側から話しかけているのか。
二人揃って冷や汗を流す中、彼女の声だけがただ届いた。
「逃げようなんて、お考えにならないで下さいませね? すぐに、そちらに参りますから」
ぴしり、と封印した凍結が剥がされる。CADも無しに、解除されている証だ。
二人は顔を見合わせると、頷く事すらせずに逃げ出す事にした。
「すぐに、ここも魔境になる」
「ええ、急ぎましょう。ひたすら速く」
ふふふふふ、と笑い声が聞こえたのは気のせいか。そうであって欲しいと天に祈りつつ、二人はただ走り続けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
とにもかくにも、まず契約内容を把握しなければ話しにならない。
達也とオーフェンはそう結論した。契約期間も、契約破棄の条件にしても、内容を知らなければ手の打ちようがないからだ。
校舎を迂回するように駆け抜け、中庭を横断する。
今の所、分かっている契約内容は、1、契約時に触れていた場所が離れなくなる。2、契約内容を話そうとすると、突拍子の無いものにしかならない。そして新たに判明した、3、写真を隠蔽しようとすると妨害が入る、だ。
いくらなんでも真由美の下着姿を晒し続ける訳にいかないと手を講じたら、全て衝撃波で弾かれたり、突風が吹いたり、猫の集団に襲われたりと、ろくな目に合わなかったのだ。
そんな訳で現在契約書は、達也の右手指に固定されたまま、内容を露出した形である。そんな写真を手に駆ける二人。言うまでもなく変態だった。
そしてこれも当たり前だが、深雪以外にも写真を狙っての襲撃は続いた。
「我は呼ぶ破裂の姉妹!」
オーフェンの叫びと共に、衝撃波が周囲にばら撒かれる。それは、押し寄せんとする男子生徒達を容赦無く吹き飛ばした。
MMMの一団である。彼等は犠牲(死んでない)をものともしない。厄介に、厄介な奴らだった。
衝撃波を耐えたかどうにかしたのか、幾人かの生徒が苦痛も何のそのと押し寄せる。
しかし、そんな彼等を待っていたのは、達也の打撃だった。
「ぐふっ!」
「げはぁ!?」
一人目の顎を掌打で打ち抜き、続く二人目のこめかみを蹴りで貫く。
普段はやや手加減をするのだが、今回は達也も加減せずに叩き伏せていた。ここぞとばかりに鬱憤を晴らしているのか、ようは八つ当たりだ。
「写真を寄越せぇぇぇぇ――――!」
「ええい、しつこい!」
「はぐっ!?」
迫って来た二年一科生の男子の頭頂部をどついて昏倒させる。
ついにオーフェンまでもが、魔術ではなく打撃で撃退するまでになってしまった事に、達也は舌打ちした。
MMMの連中を全員退けるのは問題無いが、このままでは間違い無く魔神(深雪)に追いつかれる。そうしたら、待つ未来はただ一つ。永久に凍り漬けだけだ。
いくら愛する妹と言えど、こんな詰まらない出来事で命を失いたくは無い。
「オーフェンさん!」
「分かってる、一旦逃げるぞ! 我は流す天使の息吹!」
『『どわぁ!?』』
即座に編み上げ、放たれた構成は突風を巻き起こし、押し寄せた連中を纏めて薙ぎ倒す。
その機会を逃さず、達也はオーフェンにしがみつくと、即座に次の構成が展開された。
「我は駆ける天の銀嶺!」
どん! と、天地逆さまにしたように猛烈な速度で、二人は空へとすっ飛ぶ。重力操作による飛行術だ。
あっとMMMの連中が止める間も無く、二人は屋上へと着地する。
「よし、これで時間は稼げる筈――」
「そうはいかないのよ、これがね」
「な……!」
ふぅと安堵の息を吐こうとした所で、響いた声に二人してギョっとする。
そこには、写真に写った少女と、その仲間達がいた。
七草真由美を始めとした生徒会メンバー+渡辺摩利、そしてスクルドだ。
鈴音とあずさ以外は、それはそれは素敵な笑みを浮かべていた。
「……達也君? その手に持ってる写真、いつまで晒してるつもりかしら」
「…………」
「あー、マユミ、話せば長くなんだが、今ちょっとタツヤは説明出来ない状況なんだ。キースのせいなんだが……」
「そんな事は分かってるの。キースが絡んでて、原因じゃなかった事なんてないんだから。それより、いつまでそうしてるかって聞いてるのよ」
沈黙せざるを得ない達也に代わって話すオーフェンに、真由美が間髪入れずに答えと問いを寄越した。
状況は何とかなく分かってるが、何でさっさと解決しないのかと言いたいらしい。しかし、達也とオーフェンからすると、それこそすぐに解決出来る問題では無かった。
「オーフェン師……我々もあの執事が原因と言う事は分かります。しかし、司波と貴方が騒動を拡大してるようにも見えるのもまた事実。生徒会も風紀委員も早急な解決を望んでいるのです」
「そりゃ俺達も出来るならさっさとしてるさ、マリ。だが、そう簡単に出来たらこんな苦労してないんだよ」
「んー? その写真、どうにか出来ないの?」
「まぁな。スクルド、精霊魔術の契約書って言ったら、これが何なのか分かるだろ?」
「……あー、そういう」
ようやく得心がいったとスクルドが頷く。つまり、契約の関係で達也はあんな状況だと言う事だと。
真由美達がこちらに説明して欲しそうな顔をしているが、スクルドは困った表情を浮かべた。
オーフェンと達也が説明に窮した意味を理解したのだ。今からそれをするのも長すぎる。
「んーとね、今タツヤが持ってる写真。なんかの魔術道具の一種なんだよ」
「”魔術”道具? て事は、”あの”?」
「んーん、それとはまた別の魔術」
簡単に言うスクルドに、ようやくあずさ以外の三人は理解の色を示す。それが何なのかは分からずとも、厄介な状況だとは理解したと言う事だ。ただ一人、あずさだけは困惑していたが、真由美は構わずオーフェンに視線を戻す。
「オーフェン、達也君はどんな状況なの?」
「指を写真から離せない。状況の説明を出来ない。写真を隠せない。おまけに、写真を破損も出来ない。ついでに、今俺達は魔神に追っかけられてる」
「魔神って?」
「深雪の事です」
「え? 深雪さん?」
ようやく話す事が出来た達也から名を聞いて、真由美達は戸惑う。まだ、深雪が生徒会入りして間も無いので、彼女が達也に関していろいろあった場合、どうなるのかを知らないのだ。
「ぶっちゃけだな、今あいつ相当キレてるんだよ。狙われてるのは、タツヤと何故か俺だ」
「……なんでオーフェンまで?」
「知るか!」
本当に何で俺までとオーフェンは思うが、関わったのが運の尽きと諦めるより他無い。達也もげんなりとしていた。
そんな二人に真由美と鈴音、あずさは目を合わせ一様に申し訳なさそうな顔となった。
「……えっとね、オーフェン、達也君。深雪さんに追われてるのよね?」
「だからさっきからそう言ってるだろ」
「居場所知られるとまずかったりする?」
「そりゃな。封印まで掛けて撒いたんだ。今追いつかれたら命がヤバい」
「そっか。うん、ゴメン」
「何を謝って――」
そこまで言った所で、真由美が携帯端末のメールを二人に見る。それは深雪へのメールだった。内容は「二人が屋上に来たわ。深雪さん、すぐ来て」
「……タツヤ!」
「はい、すぐに!」
「すぐに、どこへ行かれるお積もりですか?」
頷き合い、屋上から飛び降りようとした所で、声が来た。誰の声か確かめるまでも無い。
続いて、ぺたり、ぺたりと奇妙な音が響き、やがてそれが現れる。
まず一同が見たのは、顔を覆い隠すように垂れ下がった前髪。そして、身体中に粘液を纏った妙な修道服だった。そこから触手がうじゃうじゃと伸び、尻尾まで生えてるように見えた。
あまりにあまりな姿に皆は絶句。様々な条件で、それが誰かを分かってる筈の達也でさえ口をあんぐりと開いていた。
「さ、サマンサ……!?」
そしてオーフェンは、その見覚えのあると言うか一生忘れられる筈の無い姿におののいたように呻く。
司波深雪、彼女の姿はかつてトトカンタで金貸しを営んでいた際の元締めの姿をしていたのだ。トトカンタ怪人七人衆とオーフェンが勝手に呼んでいた(ちなみにキースもそこに入る)のだが、まさか異世界で見る事になろうとは。
やがて粘液で周囲を濡らしながら、深雪は屋上へと完全に上がって来た。
「ふふ、苦労しました。お二人とも、鬼ごっこがお得意なのですね?」
「み、み、深雪、さん? それは……?」
「私は、あの執事さんを誤解しておりました。お兄様の悪行を教えて頂いたばかりか、こんなものを提供して頂けるなんて」
「また奴か――――!」
ついには頭を抱える達也に、一同は憐憫の目を向ける。
だが、すぐにオーフェンが、はっと気付いたように顔を上げた。達也へ振り向く。
「おい、タツヤ! うなだれてるんじゃねぇ!」
「ですが、オーフェンさん……深雪が、あんな、あんな」
「気持ちは分かるが、ありゃただの服らしいから今は置いとけ! それより、キースがあれをミユキに渡したって事は――」
そこまで言われて、ようやく達也も気付く。深雪にアレを渡したと言う事は、キースは間近に居る筈だと。
すぐに「目」を最大範囲で展開。すると物質を透過し、イデアから直接情報が目に送られる。そして達也はついに、それを見付けた。
足元、屋上の真下の教室に潜む執事の姿を。
「オーフェンさん、下です!」
「我は放つ光の白刃!」
達也の指示に即座に応え、毎度お馴染みである光熱波の構成を編み上げると、すぐにぶっ放した。それは屋上に容赦無く大穴を開け、下の教室にまで達した。
「ちょ、ちょっとオーフェン……!?」
「穴を開けて逃げる積もりですか? させませんよ」
悲鳴じみた問いを寄越す真由美と、あくまで冷たくにじり寄る深雪。しかし、その二人の声を達也とオーフェンは無視した。
穴をじっと見る。やがて熱波と煙を引き裂くようにして、空中三回転に捻りを加えつつ、誰かが飛び上がって来る。
それはやはりと言うか、キースだった。彼は、すっと深雪の横にポージングを決めて降り立つ。
「ふ……よくぞ私を引っ張り出しましたな、タツヤ殿、黒魔術士殿……!?」
「どやかましいわ! てめぇ、洒落にならん事を次々しでかしやがって……!」
「とりあえずこれの解除条件か期限を教えろ! 今なら、命だけは保証してやる」
わめくようにして、二人はキースへと詰め寄る。ようやく見付けた手掛かりだ。何としてでも、ここで終わらせなければなるまい。
しかし、そんな二人の前に立つ者が居た。サマンサスーツを着た深雪だ。
彼女は赤光を放つ目をぎらりと向ける。
「ふふふ、オーフェン先生もお兄様も。今は深雪の相手をして下さいませんと」
「ええぃ、この魔神め……! 俺達の前に立ちはだかるか!?」
「当然です。執事さんは、この素敵スーツを下さった方。貴方達に手は出させません」
(気に入ったのかそれ……!?)
ずるぺたと粘液を撒き散らしながら這い寄る深雪に、達也は愕然とする。
まさか最愛の妹に、こんな特殊な嗜好があろうとは。出来れば、知りたく無かった事実である。だが、今は彼女をどうにかしなければならない。
ぐっと息を呑み、覚悟を決めると、達也はサマンサ深雪(オーフェン命名)に優しい顔で近付いた。
「お兄様……?」
「深雪、どうか分かってくれないか。そのスーツを着て、素敵になったお前を、俺もオーフェンさんも攻撃したくないんだ」
「そんな、お兄様、素敵だなんて」
唐突な達也の台詞に、深雪はいやいやをするように身体を揺さぶる……その度に粘液が撒き散らかされて女性陣が引きまくっていたが、それは置いておくとする。
達也を愛してると公言して憚らない深雪は、彼に褒められると弱い。ぶっちゃけジゴロと言うか卑劣なのだが、今は手段にこだわっている場合では無かった。
やがて至近距離まで近付くと、達也は深雪の頬に手をやる――その際にねちょりと粘液が手に付いたが、気合いで顔に出さない事に成功した。
「深雪、信じて欲しい。俺はお前を裏切ってなんかいない。事情の説明は出来ないが――いいね?」
「お兄様……分かりました」
「いい子だ」
ようやくヤンモードから落ち着いた深雪に心の底から安堵しつつ、背後のオーフェンにちらりと視線をやる。彼は呆れたように半眼になっていたが、頷いて見せた。
「さーて、キース。覚悟はいいな?」
「く……! まさか裏切られようとは!」
「その前に貴方、私の執事でしょ? 毎回裏切ってるの貴方じゃない」
「そんな些細な事はいいのです!」
「些細かなぁー?」
いけしゃあしゃあとほざくキースに、スクルドが当たり前のように疑問符を浮かべるが、普通に無視された。歎くように天を仰いで、大袈裟に言う。
「もはや一人……。ふ、真なる執事は孤高なもの。そう言う事なのですね?」
「執事が孤高じゃダメだと思うが」
「オーフェンさん、そんなどうでもいい事は置いておいて、今は」
「おっとそうだった。やいキース! とっととこの契約内容吐きやがれ」
「やれやれ、仕方ありませんな」
これ見よがせに肩を竦めるキースに、ぎりっと一同は歯を軋ませるも何とか我慢。とりあえず説明させるだけさせる事にする。ぶっ飛ばすのは、その後でいい。
やがてキースは指を一つずつ立てて契約内容を話しだした。
「まずは一つ、魔術発動時に契約書に触れた部位を固定化します」
「おかげでえらい目に会った……」
「次に二つ目、内容を誰かに話そうとするとランダムで適当な言葉になります」
「やたら悪意があったように思えたがな」
「三つ、写真の内容を決して隠す事が出来なくなります」
「……キース、後で話しがあるわ。いいわね?」
「もちろんですとも、マユミ様。そして四つ目は以上の契約を三十分に渡り継続する事――」
「三十分? て事は」
期限を聞いて、オーフェンは腕時計に目を落とす。
キースが精霊魔術を発動してから既に三十分近く経とうとしていた。つまり後数秒で契約は切れるらしい。
達也や皆も時間を確認して安堵の息を吐く。これで、ようやく終わりだと。だが。
「――なお、契約期限が切れた際に爆発を起こす。以上が契約内容にございますな。では、さようなら」
『『へ?』』
ひょい、とキースが穴から身を踊らせる。直後、契約書が再び光り輝く! これは……!
「ああ、ご安心下さい。死にはしません死には。では」
『『安心出来る訳があるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!』』
全員が一斉に絶叫を上げ、直後に契約書が大爆発が起こし、皆を纏めて飲み込んだのだった……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(くっ、見失ったか……!)
MMMのファンナンバー2にして副リーダーである服部刑部少丞範蔵は、くっと呻く。
例の執事からの放送で、彼も真由美の写真を狙っていた。しかし、MMMの皆も写真奪取の為に動いており、彼は単独で手に入れるべく別行動をしていたのである。
だが結局オーフェンと達也を見失ってしまい、こうしてさ迷う羽目になっていた。
先程、校舎の屋上で爆音が鳴ったようだったが。
(会長の写真……いやいや、いやらしい目的で手に入れる訳じゃないぞ! ちゃんと額縁に入れて、毎日拝むし!)
そう言った問題じゃねぇだろと思わなくもないが、誰がツッコミを入れるでも無い。
ともあれ、そんな風にぶつぶつと呟きながら範蔵は歩いていく――と、不意に妙な感覚を覚えて視線を横に向けた。
そこにキラリと光る何かを感じたのだ。自分でも変な予感を覚え、ふらりと向かう。そして、思わず声を上げかけた。そこにあったものは。
「こ、これは、会長の写真!?」
間違いない。それは、敬愛する七草真由美の着替え中の写真だった。範蔵はそれを理解するなり凄まじい速度で周囲を確認する。
誰もいない。自分以外は、誰も! ならば――。
(い、いただいても問題無い。い、いや、そうだ保管! 落とし物を保管するだけだから――!)
誰に対するでも無い言い訳を重ねて、写真へと手を伸ばす。そして、しっかりと掴んだ。
……その後に繰り返された悲劇については、多くを語るまい。
(入学編第十話に続く)
はい、第九話(後編)でした。
さん、はい、服部――――――!(笑)
ええ、範蔵くんがオチ要因(笑)
ちなみに文字数の関係でカットしましたが、本当はモブ崎も出る予定でした。達也に理不尽に蹴り飛ばされる予定でしたが(笑)
そして原作のイメージもなんのその。汚れ系ヒロインとしてクラスチェンジを果たした深雪の明日はどっちだ(笑)
サマンサのスーツだか外皮をなんでキースが持っていたのかは――まぁトトカンタから出る際に貰ったんでしょうと言うか、そう言う事にしときましょう(笑)
ちなみに最後の爆発の時も、深雪だけ脱皮して焦げて無かったり(笑)
さて、次回よりついにシリアス入ります。やっとまともに原作進めるか……!(笑)
ではでは、次回もお楽しみにー。