魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜   作:ラナ・テスタメント

15 / 35
……言い訳はすますまい。どうも、テスタメントです。
半年以上も更新せず申し訳ありません。理由は勿論ありますが、プライベート過ぎる理由ですのでただ謝るしかありませぬ。
本当に申し訳ない。しかも今回鬱回ですし(汗)
ともあれ、楽しんで頂ければ幸いです。ではでは。


入学編第十話「艱難辛苦な風紀委員初日」(後編)

 幽鬼さながらに無表情のまま、体育館にいた生徒達が一斉に襲い掛かる。達也は小さく舌打ちし、両腕のCADを重ねる。すると再び想子波動が放たれ、ばたばたと一番前の生徒達が倒れた。

 精神支配下にある人間にも、この無系統魔法、キャスト・ジャミングは通用するらしい。精神支配が解けた様子は無いので、ただ単に副次効果が通常より効いてるだけだろうが。

 しかし、キャスト・ジャミングが通用するのはそこまで。倒れた生徒を踏み越えて後ろの生徒が襲い来る。次のキャスト・ジャミングまでは数秒程のタイムラグが生まれる。それまでは。

 

「森崎、エリカ」

「うん!」

「だから僕に指図するなと――くそっ」

 

 達也の呼び掛けにエリカは頷くと落ちていた竹刀を拾いあげるなり、先頭の生徒を打ち据えた。それに一呼吸遅れるようにして、森崎の特化型CADから無系統の振動魔法が放たれ、さらに幾人かが倒れる。フロントを女子に頼っている状況はいかがなものかと思いつつも、再び達也がキャスト・ジャミングを発動。連鎖する如く、生徒が波のように倒れていく。

 それに合わせるようにエリカと森崎が後ろに下がる。突破するにしろ何にしろ、こちらも体勢を整える必要があった。何せ、それぞれの現状すら把握していないのだから。

 

「二人とも、少し待て」

「っ、またか!」

「達也君、これどうやってるの?」

「悪い、話せないんだ。それより森崎、エリカ、現状を整理するぞ」

 

 「再成」で三度精神支配から復帰させるも、二人の問いに達也は答えられない。

 この魔法は秘匿せねばならないものであるし、あまり知られたくも無い。森崎はあからさまに不信な目を向け、エリカでさえ不満そうに見て来る。無理もないが、今は承知してもらうしかない。

 

「まず俺は両腕の汎用型CADと、いくつかの術式。それと――制限付きだが、キャスト・ジャミングが使える」

「キャスト・ジャミングだと!? お前ごときウィー……二科生が!?」

「キャスト・ジャミングって……?」

 

 森崎が目を剥くように、エリカが不思議そうに見て来る。流石に森崎は知っていたか。達也は説明を省いて、ただ頷いた。

 キャスト・ジャミング。アンティナイトと言う稀少鉱物に想子を流し込む事により、無意味なサイオンノイズを波形として放出し、魔法発動を妨害するジャミングだ。これを達也は、特定魔法に対するキャスト・ジャミングとして再現していた。

 本来のキャスト・ジャミングと違い、副次的に強い不快感を齎す波長を出すのも特徴で、今回はこちらこそが本命であった。

 詳しい説明が欲しそうな森崎と、キャスト・ジャミングの説明をそもそもして欲しそうなエリカ、二人の視線を達也は無視する。講義ならば後で何時間でもしてやればいい。

 

「森崎、お前は?」

「……僕はこの特化型CAD一丁と、対人用の術式をいくつか」

「エリカは……CADも持っていないか」

「うん、でもこれあるし」

 

 笑って、肩に竹刀を預けるエリカ。達也は頷き、現状を判断する。

 実質誰も被害を出さず――これは、襲って来ている生徒も含む――突破は不可能。最低でも何人かは怪我を免れない。

 もちろん自分がその気で対処すれば容易に突破は可能だ。しかし、それは秘匿しておきたい魔法を晒すと言う事であるし、同時に精神支配をかけられた者達の虐殺を意味する。流石に達也も躊躇われた。

 なら、どうするか。精神支配された者達が、再び囲んで来る。次は凌ぎきれるか――凌ぎきれなければどうするか。その時の覚悟を決めようとした、瞬間。

 

『聞こえ――じゃないな。”見えるか”、タツヤ』

 

 達也の目が、誰かの声を観てとったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は三十分程遡る。

 第一高校生徒会室。その席上で、オーフェンはぼーと仕事をする生徒会一同を見ていた。

 部活の顧問と違い、生徒会の顧問は基本的にやる事が無い。仕事は生徒がやるのが当然であるし、彼女達は誰しもが有能。とくればオーフェンにやる事も無く、のんびりとあくびをかく事しか出来ない。珍しく家でやる事も無いのかスクルドも居るが、彼女も暇そうにしていた。

 

「……スクルド、お前暇そうだな」

「オーフェンこそ、暇そうだよねー。ずっと見てるだけじゃない」

「俺は顧問として監督の仕事を全うとしてるんだ。見てるだけが仕事なんだ……金になればいいのに」

「顧問って、手当出ないんだっけ?」

「他の所は知らないが、ウチはそうだな」

 

 しかもオーフェンの場合、非常勤(本来は事務員扱い)なのだ。なんとボーナスも出ない。かと言って魔法師の資格を取ろうとすれば、それなりに苦労する事になる。

 まぁ、元の世界で校長やら戦術騎士団の外部顧問兼最高指揮者なんぞをやっていた時に比べれば、天国のような労働環境であるのだが。

 そうしてまったりとしていると、深雪がお茶を炒れて来たのでありがたく頂く。皆も(風紀委員の見回りで応援に出ている梓以外)、一段落着いたのか、そのまま休憩となった。

 

「オーフェンもスーちゃんも、暇なら見回りに出ればいいのに」

「向こうはマリがいるし、今は生徒会顧問の時間なんでな」

「私は生徒会でも風紀委員でもないしー。でも、そろそろ帰るよ。手伝える事なさそうだし」

 

 半眼で軽く睨んで来る真由美に、兄妹二人してはぐらかす。なんだかんだ言って、部活勧誘でごった返す中を帰りたくは無いのだ。ついでと言うか本職なのだが、真由美のボディーガードもある。

 

「しかし、我々が仕事してる中、だらけられるのも困ります」

「いや、まぁそりゃそうだろうが」

「第一、お兄様達が頑張っているのです。スクルドはともかく、オーフェン先生もお仕事をなされたらいかがでしょうか?」

「見るだけが仕事なのもあるんだぞ? 俺の出番があるのは、緊急の――そうだな、例えばキースの野郎が唐突に出て来たりとか」

「お呼びになりましたか黒魔術士殿ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「我は放つ光の白刃!」

 

 かっと、意識する事すら無く編み上げた構成を解き放ち、振り向き様に光熱波を叩き込む。それは窓から今まさに侵入を果たそうとしたキースに容赦無く直撃した。

 唖然とする一同に、一瞬の沈黙。そして、黒焦げとなった筈のキースは案の定、にゅっと起き上がった。

 

「何故です?」

「ああ……俺はまた無駄な事を……まぁいいや。てめぇ、昼にあれ程の真似やらかしといて、よくもまぁ、数時間と経たずに姿見せやがったな?」

「お待ち下さい、黒魔術士殿。あれには理由があったのです」

「ほぅ?」

 

 もうオチが見えているので最大規模の構成を編む。それに気づいて無い筈は無いのだが、キースは素知らぬ顔で続けた。

 

「あれは私がマユミ様の執事になる前の事でした」

「こっち来てからすぐにマユミに拾われてたとか言ってなかったか?」

「そう、その直前ですな。よく分からない所に来てしまい、路地裏に迷い込んだ私を、日本の裏社会は見逃しはしませんでした……! チンピラ然とした、つまり黒魔術士殿っぽいこんなやたら目つきの悪い連中に絡まれる私! そう、命がピンチでした……!」

「オーフェン師、あんな事言われていますが、よろしいのですか?」

「……とりあえず、最後まで聞いてからブチかます事にする。あ、そこ物どかしとけよ。後で直すの面倒くせぇから」

「壊すの前提なんだ?」

「ああ、また生徒会室が爆発したとか言われるのね……」

「生徒会も大変なのですね」

「深雪さん。爆発するのがまたとか言われるのは間違いなくウチだけです」

 

 なんか後ろで生徒会女子+αに好き勝手言われているような気もするが、あえて無視する。キースの戯言も無視したかったが、無視したら無視したらでろくな事をしない上に必ず尻拭いをやらされるのが目に見えていたので、オーフェンは我慢我慢と自分に言い聞かせつつ、話しを聞く。キースはと言うと真由美達をこちらも無視して続けていた。

 

「そんな大ピンチだった私を、しかし助けるものがおりました。彼と彼女は一瞥でチンピラを追い払うと、私に対してヒラリと何かを渡したのです! それは、私を守ろうと発動しました……!」

「……は?」

「そう、それこそがあの写真の元になった魔法陣だったのです!」

「待てコラ! て事は、あれだ。お前、奴らに会ったって事か!?」

 

 流石に聞き流せない情報に、オーフェンは立ち上がると襟首を引っ掴んでガクガク揺する。キースはさらりと頷いた。

 

「その時はこんな事になるとは思っていませんでしたので」

「そりゃそうだろうが……何で今になってンな事教えたんだ?」

「今まで聞かれませんでしたし」

 

 それはそうだろうよと頭を抱える。スクルドも真由美も呆れ顔となっていた。鈴音は変わらず無表情で深雪は何が何だか分からないといった顔をしていたが。それはともあれ。

 

「で、何で今回のような真似仕出かしたんだ?」

「黒魔術士殿が沈黙魔術の再現をやっているので、私は精霊魔術の再現をやってみました所、何故か上手くいきましたので、ちょっと実験を」

「すんな!」

 

 結局どついて床にキースを沈め、オーフェンはため息を吐く。何と言うしょうもない理由なのか。いや、キースの時点で分かっていた事だが。

 そんなオーフェンを見て取った訳でもあるまいが、キースは床からバネ仕掛けのように起き上がるとふむと首を傾げる。

 

「さして有力な情報にはなりませんでしたか」

「いやまぁ、精霊魔術の再現が出来たのはびっくりだがな」

 

 奴らの内、二人は五年前に日本に来ていたのも気にはなる。一瞥うんぬんと精霊魔術の魔法陣を使った事から(キースの言葉を信じるなら)、来たのはレンハスニーヌとプリシラ――ディープドラゴンとフェアリードラゴンか。出来れば外見等を聞きたい所だが。

 

「では差し迫った情報を二つ」

「差し迫った情報だ?」

「はい。一つは昨日、七草家の資産の一部を使った事が主にバレまして。しばらくボーナス無しとなりました。そんな訳で元借金取りの経験を生かし、お金を貸して下さい返されない方の」

「それを聞いて誰が貸すか!?」

 

 思い出したくない過去を掘り起こされ、流石に怒鳴る。後ろで生徒会女子+αが再び冷たい視線を寄越して来ている気もするが、あえて無視した。再びキース胸倉を掴む。

 

「後一つはなんだ? さっさと言え。そしたら、いつものように吹っ飛ばして終わりにしてやる」

「嫌な宣告ですな」

「いいから、はよ言え!」

「では――ネットワークに感ありです。およそ数Km内で、敵性体による魔法攻撃の可能性大と」

「……なに?」

「この場所は学校内ですな」

 

 ひそめた声で教えて来たキースに一瞬、唖然としてオーフェンはすぐに理解する。自分やスクルドでは到底無理だが、キースはネットワークによる情報の習得をある程度可能とする。それこそ解決者ほどでは無いが……今はどうでもいい。こちらも後ろに聞かれぬように声を小さくして聞き直す。

 

「場所は?」

「そこまでは。ただ魔術では無く、魔法による攻撃とネットワークは判断しました」

「学校には?」

「連絡しておりません。魔法攻撃ですが、”こちら側”の案件とも判断しましたので」

 

 そこまで聞くと、オーフェンはキースを離し窓から身を乗り出す。そして賑やかな校庭の向こう側に、大規模な構成を見て取った。あれは。

 

(白魔術……? いや、キースは魔法と断定していた。なら)

「……お兄様?」

 

 すると、それまでこちらを伺うように見ていた深雪から声が来る。振り向くと、学校内の監視モニターの一つが消えていた。深雪はそれを見て、声を漏らしたのか。オーフェンはすぐに近づく。

 

「タツヤに何かあったのか?」

「え? ええ、正確にはお兄様と森崎君の二人が居た体育館のモニターが……」

 

 深雪の返答を最後まで聞かず、オーフェンは学校の地図を思い浮かべる。体育館は、校庭の向こう側だ。

 

「タツヤとシュンが巻き込まれている……?」

「っ……!? オーフェン先生、今なんと!?」

 

 がばりと席から立ち上がるなり深雪が必死な形相で聞いて来る。周りの真由美も鈴音も、そしてスクルドもオーフェンへと視線を集めるが、彼はその一切を無視した。

 

(さっきの構成からすると、体育館丸ごとやられてる。精神干渉系の魔法か……? だが、あまりにも白魔術の構成に似過ぎてた。て事は)

「オーフェン先生!」

「ミユキ、タツヤはそこに居たんだな?」

「え? ええ、ですがそれより……!」

「いいから早く答えろ! タツヤは確実にそこに居るんだな!?」

 

 逆に怒鳴られ、深雪がびくっと身を震わせる。しかしオーフェンは構わない。睨みつけるように見られ、深雪はこくりと頷いた。すぐにキースに向き直る。

 

「キース、一つだけ聞く。タツヤは」

「見れるようですな。恐らくですが」

 

 主語を抜いた言葉で返され、オーフェンは口ごもる。自分より遥かに、キースはこの世界のネットワーク、”イデア”に精通している。だからこその確認であった。

 後ろで、それを聞いていた深雪が驚きに目を見張っていたが、オーフェンは気付かず、考えを纏める。

 オーフェンがここから体育館まで向かうには時間が掛かる。空間転移は論外。なら、達也か森崎に解決を任せた方が手早い。しかし森崎がこれを何とか出来るとは思えない。なら達也はどうか?

 達也は、この世界のネットワークを見れる。そして恐らくだが干渉出来る。その干渉を用いて、構成を分解出来る。ただし、それは構成を正しく理解しなくてはならない。

 魔術はこちら側の常世界法則と、法則を異とするものの為、構成を完全に理解するのに時間が掛かる。またドラゴン種族の魔術は思考形態の別から構成を理解出来ない事がある。

 今回の精神干渉系魔法による攻撃は白魔術の構成と似ている。達也でさえ、構成の読み取りには時間が掛かる可能性が高い。なら、魔術の構成を読み取れる者の目を達也が借りられたなら。

 

「……同調術しかないか」

「正気ですか」

 

 ぽつりと呟いたオーフェンにキースが即座に問うて来た。同調術、ネットワークを使った術の一つで、ネットワークの交信を深く行う事により同調すると言う術だ。

 七草の双子の術に近いが、こちらはより厳密なものと言える。もちろん、危険性も遥かに高い。

 だが、オーフェンが今から体育館に行くよりも時間を掛けずに済む。それは、それだけ被害を抑えられると言う事でもあった。

 

「加減はするさ。俺の目を貸すぐらいだ。一瞬で済む」

「左様ですか。黒魔術士殿ならば間違いはありますまいが……万が一、億が一、タツヤ殿が黒魔術士殿風な感じになられますと……!」

「なると?」

「大変面白――いえ、大変愉快な事になりますな」

「それ、どっちも同じ意味だよね?」

「スクルド様、面白いと愉快ではレベルが違いますレベルが」

「もーいい、黙れ」

 

 戯言をほざく執事に溜め息を一つ吐くとオーフェンは目を閉じた。かつての戦術騎士団では軽い同調術を連絡方法として使用していたものだが……もちろん、それでさえ自我の混同の可能性はある。

 今回はそれをもう少し進めたものだ。つまり、より混同の度合いが深まる事を意味する。

 

(必要な事とは言え、ぞっとしない話ではあるな)

 

 苦笑しつつも魔王術の要領で(正確には白魔術の範囲である同調術は魔王術の初歩とも言えるのだが)偽典構成を展開していく。これにほぼ初見の深雪が息を飲んだ。構成――術式の、あまりの緻密さを見て取ったから。しかし幾何学模様を思わせるそれは、全く意味が理解出来ない。

 

「これは……? オーフェン先生は何を?」

 

 深雪は皆を見回すが、誰も何も言わない。ただ真由美が首を横に振って微笑してくれるだけ。

 

「大丈夫よ、深雪さん」

「ですが……!」

「大丈夫」

 

 ただそれだけを繰り返す。今、オーフェンがやろうとしている事は難度はともかく危険性がかなり高い術だ。それを説明して納得させられる自信は、真由美には無い。他の皆も同じであった。

 再び深雪はオーフェンへと視線を戻す。その時には既に構成は完了していた。そして迷わず彼は構成を解き放ち、ネットワークへと自我を飛ばした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 瞬間、声を視た達也は絶句した。イデアの景色を視る目――精霊の目。それが伝えて来たものに柄にもなく我を忘れたのだ。

 イデアはエイドスの全てを記録する情報次元だ。故に、そこに直接アクセスする手段があれば連絡手段にする事は出来なくは無いのだろう。だが、だからと言ってそこに自我を丸々投影するなんて真似が出来るのか。どうやったのか、まるで検討が付かない。

 そんな混乱しかける達也に、声は構わず告げて来た。

 

(問題なく視えるようだな。安心したよ)

(……オーフェン、さん?)

(ああ、もう交信が出来る程度には交わりはじめたか)

 

 苦笑混じりの声に達也は息を呑む。やはりこれはオーフェンの仕業だったらしい。しかし、何故と思う間も無く達也はオーフェンの意図を理解した。まるで最初から知っていたように。

 

(目を――いや、構成を読み取る感覚を、貸す?)

(……早いな。説明の手間が省けるのはいいが)

(イデアを通じての自我の交換、いや混同。正気ですか?)

(至ってな。俺もお前と完全に混じり合う積もりは無い。さっさと済ますぞ)

 

 にべも無い。どうやったのか等の説明は一切する積もりは無いらしかった。しかし、達也も何も言わない。これがかなり危険なものだと理解したからだ。

 イデアを通じて、オーフェンの感覚を借りる……自我を混じり合わせて。最悪、どちらも廃人になりかね無い。だが、一瞬達也は思いつく。これは上手く使えば、感覚だけでなく様々なものを借り受けられるのでは無いか。”例えば、彼の構成すらも”。

 

(正解だが……試そうなんて思うなよ)

(はい)

 

 即座の釘刺しに、達也も即答する。そこまで混ざってしまうと、それこそ戻れなくなるだろう。「再成」が使えるかどうかも定かでは無い。頭の片隅に可能性だけはあると覚えておくかと思った瞬間、達也の視界が急にクリアになった。自分の目にオーフェンの感覚が混じった証拠だ。

 体育館全域を包む術式、構成がはっきりと理解出来る。同時に、達也もオーフェンも”それ”を理解した。

 

(今すぐ俺がそこに行く。お前は何もするな)

 

 すぐさま言ってくるオーフェンに、達也は何も答えない。いや、何をするかは決定している。だからこそ、彼は即座に言って来たのだ。だが、達也は無視して右手を掲げた。

 

(貴方が来る必要はありません。俺が対処します)

(おい)

(こう言うのは慣れてます。分かりますよね?)

(…………)

 

 同調術の混同で、達也の思考をオーフェンも理解した筈だ。自分と同じく。彼は自分を利用して、”それ”を始末させる事を考えたのだ。確実に対処する方法はこれがベストだから。

 達也も全く異論が無い。それが必要ならば、そうする――オーフェンはそう言った人物であり、自分もそうなのだから。やがて溜め息を吐くように、彼は頷いた。

 

(頼む)

 

 それだけを言い残し、オーフェンの意思が遠ざかる。もはや構成は理解したのだ、彼の目は必要無い。

 

「森崎、エリカ。この術式を破るぞ」

「は!? 何を言ってるんだお前!?」

「達也君、どう言う事……!?」

 

 二人して振り返って来るが、達也は構わない。掲げた右手のCADに想子を集中。一瞬秒も立たずして達也は「再成」と並ぶもう一つの術を行使し、体育館の構成を丸ごと消し去った――構成と、それを。

 達也は何の感慨も抱かない。ただ結果の確認を行うと、同時に精神支配を掛けられた皆が一斉に倒れた。

 術が解けたからだろう。絶句し、固まる森崎とエリカを尻目に、達也は報告を始めた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 体育館より少し離れた雑木林の中で、それは蠢く。それは苦しみ、痛み、泣いていた。嘆き、絶望していた――何より、その全てが浮かんでは消えていた。

 それは、無くなりつつある身体を明滅させながら前にゆっくりと動く。まるで逃げ出すように。だが、その前に立ちはだかるものがあった。

 オーフェン、そしてスクルド。二人は達也が精神支配の構成と、それを「分解」したと同時に、ここに駆けて来たのか。それは彼等を見上げる。既に、無くなってしまった感情と共に。

 それをスクルドはいつになく冷淡な表情で見下ろし、オーフェンはひたすら無表情で見つめていた。

 

「これ、あいつらの刺客か何か? くだらないものを寄越すよね」

 

 いつものスクルドと違い、間延びした喋り方でも無い。これが本来のスクルド、未来の女神である彼女であった。

 スクルドはすっと手を伸ばし、それを消し去ろうとして、しかしオーフェンが伸ばした手で制された。

 

「オーフェン?」

「…………」

 

 怪訝そうなスクルドに、オーフェンは何も言わない。ただ、それに近付き屈んだ。そして、長い――長い、溜め息を吐くとぽつりと呟いた

 

「……精神化(ゴースタライズ)、か」

 

 精神化――白魔術士が魔術を極める過程で、肉体を完全に喪失させ、全て精神だけのものとする事で莫大な力を得るものだ。

 質量をゼロにする事で、その質量分だけを力にする技術と言えば分かりやすいか。巨人化の対となるものであり、長じれば質量をマイナスにして神化に通じるものでもある。勿論、精神化と神化には途方も無い程の隔たりはあるのだが、今重要なのはそこでは無い。

 重要なのは、精神化を果たした存在、精神士が今回の事件を起こしたものだと言う事、そして、その精神士が”第一高校の生徒”だと言う事だった。

 そう、オーフェンは彼に見覚えがある。確か、今年二年になった生徒だ。進級してから一度も学校に来ていなかった。それも無理もない理由で。

 

(……お、れは……お、れ……)

「誰が君をこんな風にした?」

 

 譫言のように言葉を漏らす彼にオーフェンは静かに問う。正直、答えは期待していなかった。しかし、こちらの存在を感じてか、彼は呻くように声を漏らしはじめる。

 

(力が……欲しかっ、た。力が……あんな思いは、もう嫌だった……そしたら、力をくれる、て……あの人が……)

「あの人?」

(……気付いたら……もう、こうなってた……おれは、なにもみえなかった、なにもきこえなかった、なにもわからなかった、なにも、なにも!)

 

 叫び。消耗仕切った精神士にとって、それは自殺行為に等しい。精神士は全てに力を使わされる。ただ在るだけですらもだ。

 意味無くば存在出来ない。無意味に存在出来るのは、肉体だけだ。だが、それでも彼は叫ぶ。オーフェンも止めようとは思わなかった。これは、この生徒の――遺言だ。

 

(あそこを……おそえば……もとに……もどして……くれる……て……)

「……そうか」

(あなた……は……おー……ふぇん……?)

「ああ」

 

 次に何を言われるか、それを理解しながらも頷く。彼は、消滅寸前でありながらも笑った。目の前の存在が何かを理解して。

 

(あ・な・た・が・い・な・け・れ・ば)

 

 そして精神士は……精神士とされてしまった生徒は唐突に消えた。全ての怨嗟を、吐き出して。

 一瞬だけオーフェンは目を閉じ、怨嗟を飲み込む。ずっと、ずっとそうして来たように。原大陸で並ぶ墓の前でそうしたように。

 

「何よ、あれ」

 

 後ろから憮然としたスクルドの声が来る。どうやら怒っているらしい。だが、オーフェンは少しだけ笑ってやると携帯端末を取り出した。繋げるのは、主である真由美だ。

 

『オーフェン? そっちは片付いたの?』

「ああ。それよりマユミ、聞きたい事がある。今年二年になった生徒で、”一科生から二科生に落ちた生徒”だが、名前分かるか?」

『え? それは分かるけど、不登校になってるし。でも、関係あるの?』

「頼む」

 

 理由を告げず、ただ頼むオーフェンに、訝しみながも真由美が携帯端末ごしに名前を告げる。その名を、オーフェンは胸中に刻みつけた。

 

「オーフェン……?」

「二科生の生徒が一科生に上がるって事は、一科生の生徒が二科生に落ちる事を意味する」

 

 当たり前だ。元々、定員が決まっているのだから。だが、今まではそんな事は起きなかっただけだ――オーフェンが来るまでは。

 そして二科生落ちをした生徒はああなった。それだけの話である。

 

「……自分の行動が、良い結果だけを招くとは限らない。分かってた筈なんだけどな」

 

 無表情にそれだけを言って、オーフェンはその場から立ち去る。慌てて、スクルドもそれに続いた。

 考える事は山とある。誰が彼を精神化したのか、それもこの世界の魔法師をだ。

 ただし手段については心当たりがある。それはかつて、キエサルヒマのキムラックて見た絶望の光景。「見ないで」その言葉と、一振りの剣。

 

(因縁かね)

 

 バルトアンデルスの剣――その剣の名を、心の中だけで呟いて、オーフェンは生徒会室へと戻ったのだった。

 

 

(第十一話に続く)

 




はい、予告通り、シリアスなお話しでした。いや、昔の俺を知る人次第では「まだ甘い」と言われかねませんが。
原作で達也たちが二年になった際に某ミッキーさんが一科生になったのですが、定員制じゃなかったっけ? と思いまして、今回のネタに走った次第です。
オーフェンがやった事は良い側面も齎しましたが、確実にそれで不幸になったものもいる。これはオーフェンシリーズで、キエサルヒマから原大陸まで一貫して書かれている事でして。劣等生世界でも例外ではありません。
某領主様曰く「打ち勝つとは必要な代償を払った上で前に進むと言う事だ」
至言だと思いまする。
ではでは、第十一話でまたお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。