魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜   作:ラナ・テスタメント

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はい、テスタメントです。入学編、第十一話(後編)です。今回は基本会話のみと言うか、現状確認が基本となる回。劣等生本編でもそうでしたが、嵐の前の静けさ的回となります。
なので日常会として見て頂ければ。あ、一つだけあるとすれば甘さ控え目程度のコーヒーをお供にする事を進めます。
では、どぞー。


入学編第十一話「前兆」(後編)

 

 風紀委員なのに何故か追っかけ回されると言うある意味地獄の一週間を潜り抜け、達也は息を大きく吐き出した。

 夕刻の司波家である。妹の深雪と二人暮らしである家で、達也は珍しくリビングのソファに沈むように座り込んだ。

 

「お兄様。だ、大丈夫ですか……?」

「ああ。いや、済まない。大丈夫だよ。体力面で疲れてる訳じゃないから」

 

 隣に座って心配そうに見てくる妹に微笑して頷く。体力面では。つまり精神面で参っていると言う事なのだが、それも今日で終わりな筈だ。

 流石にこれ以上追いかけられると言う事もあるまい。そしたら風紀委員として通常業務を――。

 

 

「…………」

「お兄様!? 何故、頭を抱えて……!」

「いや、辛い現実が立ちはだかってる事を思い出してしまっただけさ。……一生忘れていたかったが」

 

 風紀委員の通常業務と言う事は、必然、あの執事絡みと言う事である。それを思い出したのだ。

 何故か盗撮写真の一件以降全く姿を見せないので忘れていたのだが……このまま出て来ないとは考えられない。考えたくはないが。

 まぁ、あれについては考えても無駄。神にでも祈るしかないと思いつつ別件について思考を巡らせる事にする。

 達也が抱える問題は数あれど、対処が急がれるものは二つある。一つは当然、校内の襲撃の件だ。

 二回に渡る襲撃は程度の差はあれど、無関係な訳が無いのは明らかだ。しかも二回目は達也個人を狙って来た。一回目の精神支配の一件から自分を標的にしたと思うのだが……しかし、それにしては軽すぎる。

 あの時使われた魔法は移動系魔法。ただ、足元の土を移動させるだけのものだったのだ。勿論、放っておけば達也は空いた穴に転落していただろうが、それだけだ。

 だとするならば、あれは達也を試しただけと考えられる。あのタイミングでの奇襲を、自分がどう対処するかの。そう言った意味ではしてやられたとも言えた。

 だが、向こうもいくつか達也に情報を与えている。一つは、襲撃者は生徒だと言う事。そしてあのリストバンドだ。確証も何も無いが、達也の脳裏に何故かあれが焼き付いていた。

 ここ数日、まともに調べられなかったが、本腰を上げて調べるべきだろう。

 そしてもう一つ、オーフェンだ。元々、彼は警戒していた。「目」を見抜かれてるフシが幾度もあったし、試された時に達也は「分解」を使いかけたと言うのもある。しかし、一回目の襲撃でさらに知られる事となったのだ。

 深雪の話しによれば、あの執事共々、「目」については確実に見破られている。性能は別にしても、大体の性質を見抜かれてると見るべきだった。

 そして、あの同調だ。オーフェンの意識から拾い上げた情報が正しければ、同調術か。まさかイデアを介して互いの精神を混同させるような真似が出来ようとは。あれのおかげで、達也もオーフェンの思考を僅かではあるが理解したが、向こうも理解した筈だった。少なくとも「分解」は掴まれた。

 あの後から達也と深雪は意識してオーフェンを避けている。彼もまた二人に構っている場合では無いと全く接触して来ないが――それはそれで不気味だった。

 

「深雪、あの後からオーフェン先生は?」

「生徒会には顔を出す程度で、すぐに出ていってしまわれます。どうも、お忙しそうですが……」

 

 まぁ、曲がりなりにも教師だ。校内でテロがあったので対処やら何やらで奔走していてもおかしくは無いが……しかし、妙に引っ掛かる。何故かと言われても困るのだが。

 達也はこちらも調べるかと決め、心配そうに見ていた深雪に頷いてやる。とりあえず今日はゆっくりする事に決めた。まずは。

 

 

「深雪、今日の夕ご飯は何かな?」

「ふふ、お兄様ったら。後のお楽しみですよ」

「そうか。お前の料理だからどれも美味しいんだろうが、楽しみにしてる」

「まぁっ、お世辞言って! そんな事をしても出せるのはサマンサスーツくらいですよ♪」

「……深雪、ちょっと話し合おうか。あれは俺の部屋にあった筈だな……!?」

 

 しばしの家族の団欒(?)を楽しむ事にしたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ふむ……」

 

 その頃、七草家の庭の一画ではオーフェンと真由美が向き合っていた。二人きりで、そんな所にとなると誤解されそうなシチュエーションだが、全く色気めいた雰囲気は無い。

 当然だ、何故なら二人は魔法制御訓練の真っ最中だったからである。

 CAD無しで真由美に魔法式を編ませ、オーフェンはその構成を見る、と言うものである。一見なんだその程度と思われかね無いが、CADの補助が無い状態で魔法式を展開すると言うのは、相当の集中力を要求される。

 CADは起動式を魔法師に提供するもの。それは大前提であるが、無論それだけでは無い。特化型は照準補助が組み込まれているし、起動式に制御の記述は当たり前にある。

 だがそれ故に、オーフェンから見ればこちらの魔法師の制御は甘いと言うか、余裕が無い。柔軟性が無いとも言える。それは応用が効かなくなると言う意味であるし、こと天世界の門としては致命的な問題と成り兼ねなかった。だからこその、この訓練である。

 オーフェンは展開したままの魔法式をためつすがめつ眺め、やがて頷いた。

 

「ま、及第点だろ。”擬似空間転移”の構成を、これだけ制御出来る構成編めりゃ大したもんだ」

「本当? 行けるの?」

「ああ。一メートル程度なら、まぁ大丈夫だろ」

「て、短いじゃない!?」

 

 思わず叫ぶと集中力が切れたのか、魔法式が消えた。それを半眼で見ながら、オーフェンは言ってやる。

 

「お前ね……俺の先生が編み出した最秘奥構成の一つだぞこれ。簡単に何十メートルも出来てたまるか」

「そ、それはそうだけど……ちなみに、オーフェンならどれくらい?」

「調子良けりゃ数百メートル程度ってとこか。千メートル以上は、はっきり言って自信ねぇな」

 

 あっさりと答えるが、これはオーフェンが魔王術なんぞと言う通常術とは桁が違うものを制御する必要にかられ、制御術を極めたが故のものだ。普通ならまず制御にしくじって、発動した瞬間に蒸発がオチである。

 そう言う意味では、まさしく真由美は及第点だった。おそらく制御力と言う点では十師族当主に匹敵するレベルになっている。

 複雑そうな顔をしている真由美にはあえて告げずに、オーフェンは苦笑した。増長させるのは良く無いが、褒めるべき所は褒めるかと。

 

「誇れよ。たかだか一年で、この構成をCAD無しで制御出来る所まで来たんだ。制御についちゃ、もう問題ねぇよ」

「……全く本心に聞こえないわ」

「おいおい、嘘なんて吐いてねぇって」

「なら、貴方くらいになるまでどのくらい掛かる?」

「高望みし過ぎだろ」

 

 冗談とは分かっているので軽くツッコミを入れ、オーフェンは立ち上がる。真由美も合わせて立った。

 これで今日の彼女の訓練は終わりだ。次は、オーフェン自身の番だった。

 真由美を視線で促し、CADを装着させる。そして数メートル程度離れて向かいあった。

 

「よし。んじゃいつも通り魔弾の射手を最大数展開して囲んでくれ」

「……ねぇオーフェン。これ、いつも言ってる事なんだけど、もうちょっと安全な方法とかないの? その、無防備な貴方に撃つの、結構抵抗あるのだけど」

「それじゃ訓練にならんだろ。それに、”今まで一発でも当たった事があったか?”」

「う……無いけど」

「ならいいじゃねぇか」

 

 あっさりと拒否され、真由美が口を尖らせるのが見え、オーフェンは苦笑する。このやり取りは毎度の事なのだが、中々真由美が慣れないのだ。オーフェンの感覚からすると、別に当たった所で死ぬ訳でもあるまいしと思うのだが。

 ともあれ視線で再度促すと流石に諦めたのか、真由美はため息を吐き、腕輪型の汎用型CADに指を走らせた。滑らかな動作で起動式を呼び出し、取り込む。そして魔法式展開。同時に、オーフェンの周囲を魔法式が囲んだ。

 系統魔法、魔弾の射手。七草が開発した魔法式であり、任意の座標に銃座を作る魔法だ。そこからドライアイスを弾丸にし、最大で音速超過で飛ばすのである。

 勿論、速度を控えめにするなりなんなりで殺傷力をコントロールする事も可能で、更に次の魔法に繋げられる利便性すらある。オーフェンも、この魔法を見た時は流石に唸ったものだ。見事だと。

 その魔弾の射手全てが、彼に狙いを定めている。後は真由美次第で、魔弾がオーフェンを襲うだろう。真由美はこくりと喉を鳴らし、彼を睨みつけた。

 

「……行くわよ」

「魔術と違って声に出す必要ねぇんだ。来いよ」

 

 言われ、真由美は一気に魔弾を撃ち放った。それは防御の構成すら編もうとしないオーフェンを全周から強襲し、その威力を叩き付けんとする。

 だが、放たれた魔弾は、着弾しなかった。彼を掠めるようにして逸れたのである――”全弾が”。

 その結果に真由美はほっとしたような、苦いものを噛み締めたような顔となり、オーフェンはと言うと無表情で腕なぞ組んでいる。先と変わらぬ無防備だ。そこに再び魔弾が襲い掛かった。今度は全ての弾速を変えて緩急を付け、一部の銃座からは連発で放ってもいる。その全てはオーフェンに殺到し、しかし何故か全て当たらなかった。魔弾は空を切り、地面に落ちるのみ。

 正面、側面、足元、頭上、死角。意味が無い。魔弾は、ただオーフェンの横を抜ける。まるで、彼を突き抜けてるような錯覚すら覚えそうだった。やがて、数百発を数えるくらいで真由美の限界が来た。息を大きく吐き、魔法式が消える。それにオーフェンはふむと頷いた。

 

「ま、こんなもんか」

「何が、こんなもんか、よ……自信ボロボロだわ」

 

 満足そうなオーフェンにぼやくように呟く。この訓練をやり始めてからかなり経つが、毎回魔法の自信を木っ端微塵にされてる気分であった。この結果は、端的な実力差を明確に表すものでもあったから。

 つまり自分は魔法戦において、全力を振り絞ってもオーフェンに掠らせる事すら出来ないと言う事。そんな彼女にこそオーフェンは苦笑した。

 どうも落ち込んでいるようだが……まだまだこんなもんでは無いんだがなと。

 今のはただのウォーミングアップに過ぎない。訓練と言うよりは確認だ。本題は、これからである。

 

「よし、んじゃ次行くか」

「え……?」

 

 言うなり、オーフェンは足元の石を三つ拾い上げると一つをキョトンとした真由美へと軽く投げ渡す。訝しむような顔をして、彼女は受け取った。

 それを確認し、オーフェンは残った一つを空高くに放り、素早く最後の一つを掲げるように差し向けた。即座に構成を編み、解き放つ。

 

「我は踊る天の楼閣」

 

 瞬間、手の中の石は架空の亜光速に突入し、消失する。そして再び現れた場所は空だった。”放った石を突き抜ける軌道”の。

 直後、石は双方砕けると同時に大爆砕が七草の庭を震わせた。凄まじい衝撃波が炸裂する。それを最後まで見届け、唖然とした真由美に振り返る。

 

「今のが、擬似空間転移を利用した俺の”元”切り札の一つだ。擬似空間転移は文字通り擬似――実際には現実に在るままで仮定の上で質量をゼロにして、重力制御で架空の光速に至る――まぁ、そんな構成だ。だから障害物が途中にあれば、亜光速で衝突する羽目になる。これは説明したよな?」

「え、ええ」

「それを利用したのが今のだ。つまり”架空の光速度の弾丸”として使えるんだよ。まぁ、人間にゃ使えねぇがな。どんな防御構成も意味が無い。問答無用に殺しかね無いからな」

「そうなの」

「でだ。マユミ、今からそれを俺に撃ち込め」

「はぁ……はぁ!?」

 

 空返事を繰り返していた真由美だが、流石に最後のは聞き咎めた。今、オーフェン自身が説明していたでは無いか、防御を許さず殺す攻撃だと。それを何故、自分に撃てと言うのか。彼は肩を竦め、あっさりと言ってくる。

 

「さっきの要領で俺は防ぐ。いいな?」

「いいわけないでしょう!? あ、貴方自分が何言って……!」

「俺以上に俺が何言ったか分からねぇ訳ねぇだろうが」

「だったら! 自分が死ぬかもって、分かるでしょう!?」

「ああ」

 

 軽く頷く。真由美は、くらりと意識が遠退きそうになった。いくらなんでも、これは無茶だ。しかも、オーフェン自身はさも当然と言う顔をしている。それが何より怖かった。

 死ぬかも知れない。それが分かっているのに、何も感じ無いのかと。そんな真由美の心情を察してか、オーフェンは笑ってみせる。

 

「心配すんなよ。五分五分で成功する見込みはあるから」

「半分しか無いんじゃない! もし、失敗したら……」

「ま、死ぬだろうな」

 

 さらりと言う。絶句する彼女に、そのままオーフェンは続けた。

 

「マユミ。俺にとってみれば、魔術や魔法の訓練ってのはこんなもんだよ。自分の命を賭ける程度なら――まだ安い」

「安い、て」

「魔王術は知ってるな? 一年前に見せたきりだが。あれの訓練には”世界を賭けた”」

 

 オーフェンが何を言ってるのか、すぐに理解出来ず、やがてそれが広がり、真由美はぞっと悪寒を覚えた。

 魔王術。世界を作り替えて、自分の望む世界に世界そのものを変える事で結果とする術。オーフェン曰く真なる魔法、万能全能の力。それを使えるようにする為に、どれだけ世界を賭けに出したと言うのか。

 一度でもしくじれば、世界が変わる。比喩じゃなく、全くの別物になる。

 

「実際には優秀かつ腹立つ助言者が居たせいで、結構短い期間で実用レベルにもっていけたんだけどな」

「…………」

「だから、まぁ何だ。気負わず撃って来いよ。失敗しても何とかするから」

 

 そこまで聞いて、真由美は長く、長く嘆息した。根本的に、自分達とオーフェンでは魔法に対するスタンスにズレがある。

 自分達にとっては魔法は当たり前にあって、当たり前に使えたもの。だから、命やそれ以上を賭けるなど考えられなかった。

 だがオーフェンは違う。彼にとって、魔術は手足と同じ半身でありながら、致命的な存在だった。だから、制御出来ねば生きていけない。その訓練に命を賭けるのは、当たり前の事だったのだ。

 きっと真由美が拒めば、オーフェンも言っては来まい。だが、きっと彼は別の方法で同じような事をしようとするだろう。それが分かった。だから。

 

「……何とかする事」

「ん?」

「失敗しても何とかする事! オーフェンなら、出来るでしょう? それが、条件よ」

 

 睨みながら言って来る真由美に、オーフェンは苦笑。しかし黙って頷いた。

 構成を展開して見せる。それは、中和構成だった。もし失敗してもこれなら擬似空間転移の構成を中和して消せる。それを確認して頷き、彼女は再びCADに指を走らせた。既に擬似空間転移の起動式はこの中にある。それを取り込み、自力で編むより正確な、精緻な魔法式が真由美から伸びた。照準は手の中の石。それを移動魔法の要領で、オーフェンへと放つイメージを明確に抱く。

 オーフェンも、ゆっくりと手を差し延べた。真由美へと、真っ直ぐ。まるで、魔術を放つように。

 一瞬だけ沈黙が七草の庭に落ち、真由美は覚悟を決めた。オーフェンなら、きっと大丈夫と。

 

「我は、踊る――」

 

 そんな必要は無い。それを分かっていながら、しかし真由美は呪文を紡ぐ。オーフェンの魔術構成を使う時、必ず彼女は声に出す事にしていた。何故か、よりイメージが出来る気がして。そして、構成が解き放たれる――瞬間。

 

「天の楼閣……!?」

 

 真由美は見た。オーフェンが中和構成を消す光景を。

 既に擬似空間転移の魔法式は発動したのだ。一瞬に満たない刹那で、オーフェンを貫く。駄目と思う時間すらも無く、結果は無慈悲に現れる。手の中の石は消失し――そして。

 ぱしり、とオーフェンは伸ばした手で、軽く石を掴み取っていた。

 

「よしよし、上手くいったな。さすがに緊張したが」

「…………」

 

 朗らかに笑うオーフェンを見ながら、へなへなと真由美は崩れ落ちた。呆然と彼を見続ける。それに気付き、オーフェンが歩いて来た。

 

「おいおい、どうした? 大丈夫か」

「…………」

「おーい」

 

 直後、大きく見開いた真由美の瞳から涙が零れはじめた。止まらない、次々と頬を伝って落ちる。

 

「お、おい!?」

 

 さすがに顔を引き攣らせ、オーフェンも屈み込む。見た限りでは制御は完璧だったので反動は無い筈。あとは防がれたのにショックを受けたのかとも思ったが、これは無いだろう。だとしたら、何だと言うのか。うろたえるオーフェンに、真由美から声が漏れる。

 

「……かったん、だから……!」

「ん?」

「怖かったんだからぁ!」

「うぉ!?」

 

 がばりと顔を上げるなり、襟首をがしっと掴まれ引き寄せられる。間近で見据え、一気に真由美はオーフェンに吠えた。

 

「何で中和構成消しちゃったのよバカなの!? あれだけ危ない危ない言ってたくせに、肝心の時はあんな事して! もし死んだらどうするつもりなのよ! もし、私が殺しちゃったらどうすれば良かったのよ! 貴方生き返られるの!? られないでしょう!?」

「あ、ああ、まぁ死んだ事無いから知らんが、無理だろうな」

「だったら途中で構成消したりしないでよ! ほ、本当に怖かったんだから! オーフェンなら失敗しても何とか出来るって思ってたのに、それも消しちゃって! 私がどんな気持ちになったか分かるの!?」

「あ――マユミ、分かった。分かったから。落ち着け」

「これが落ち着いていられる訳が無いでしょう!? いつもいつも……! あの魔弾の射手の訓練だって嫌って言ってたのにやらせるし、訓練は容赦無いし、いつも子供扱いするし、キースは毎回良く分からない事するし!」

「……キースは関係無くないか?」

「関係無くないっ! この程度だって思ってる? まだ山ほど文句はあるわよ、全部聞いて貰うからね――」

 

 ……やがて、数十分か、数時間か。二時間は超えていないと思うが、オーフェンは真由美の怒声を聞き続け(たまに理不尽が混ざっていたが、まぁそんなものだろう)、息が続かなかったか、ようやく止まった。それでも最後に念押しとばかりに、キロリと睨んで告げる。

 

「今後、こんな事しない事! いいわね!?」

「……おう」

「返事はハイ!」

「……はいよ」

 

 ぐったりとなりつつ、オーフェンはため息を吐き出す。まさかここまで怒らせる事になろうとは。姉やら妻も怒らせると酷い目にあったものだが……世界が違えど、こう言うのは変わらんものだなと立ち上がる。とにかく訓練はこれで終わりだ。後は屋敷に帰るだけ、なのだが。

 

「……マユミ?」

 

 何故か立ち上がらない教え子兼主に疑問符を浮かべる。彼女は何故か顔を赤くして俯いていた。どうしたと言うのか。と、そこで両手が伸ばされ広げられる。そしてポツリと呟いた。

 

「……おんぶ」

「は?」

「おんぶ! 腰が抜けて立てないの!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……まさか、この歳になっておんぶする事になろうとは」

「いいから黙って進むの!」

「へいへい」

 

 背に真由美の重さと感触を覚えつつ、オーフェンは呻く。七草邸はかなり広い。庭から正面玄関まで、散歩が出来る程度にはだ。

 今日は月が明るいなと思いながら、二人の影はゆっくりと進む。ここ久しく無い、ゆっくりとした時間だった。しばらく黙ったまま歩いていると、真由美が肩に顎を乗せて来る。

 

「ねぇ、オーフェン」

「んだよ。黙ってるんじゃなかったか?」

「いちいち揚げ足取らないでよ。……オーフェンって、今何歳だった?」

「四十七だ。言っとくが、お前の親父より年上だからな」

 

 外見年齢二十歳前後が言っても、全く説得力が無い。しかし、真由美はそっかと頷いた。オーフェン、そしてスクルドの事情は一年前にあらかた聞いていた。だが、それはあらましだけだった。だから、ちょっと深く聞いてみたくなった。きゅっとオーフェンの首に回した腕に少しだけ力がこもる。

 

「オーフェンって奥さん居るのよね。どんな人?」

「唐突だな。まぁいいが。どんな人、ねぇ。至って普通だぞ? 普通の主婦だ」

「普通の主婦って……オーフェンの奥さんなのに?」

「ああ。魔術士でもねぇし。家庭ヒエラルキーのトップに居るのは間違いないがな」

 

 ふぅんと背から声がするが、真由美はきっと分かっていない。オーフェンは苦笑した。

 経歴やらはどうあれ――魔王のボディーガードやら呼ばれ、最大の仇敵の片腕を叩き斬った――だ、妻、クリーオウは普通の主婦だった。少なくとも、オーフェンにとっては。

 それがとてつもなく有り難く。彼をギリギリの所で繋いでくれた。世界をいつでも好き放題変えられた自分が、何とか踏み止まっていられたのは、結局妻が身の程を常に教えてくれていたからなのだろう。魔王と呼ばれている術者だろうが、原大陸一の権力を持っていようが、所詮はただの人間だと。

 

「奥さんとは、どんな風に出会ったの?」

「見合いだよ。顔を合わせたのも、アレが初だな」

「そうなの? 本当に普通なのね」

「ああ。見合い相手は姉の方で、実はこっちは結婚詐欺をやらかされていたりもしたが、普通だろ?」

「……前言撤回。それ、どう言う状況なの」

 

 と言っても、全部本当の事なので仕方ない。妻との出会いが契機で旅を再開したんだっけなと懐かしみながら、そう言えばと思い出す。

 

「あいつも名家の次女だったが……考えてみれば、お前と立場似てるな」

「そうなの?」

「ああ。結局、家を出て行かせて、帰らせる事も出来なくなっちまったが」

「奥さん、後悔とか無かったのかしら」

「さてな。それこそ聞いても仕方ない事だろうよ。あいつが自分で決めて、ついて来たんだ……話し聞いたら、結構勢いと言うか、その場の偶然みたいなのはあったみたいだがな」

「もし――」

 

 再び腕に力がこもる。オーフェンの背に、より身体が密着した。だが、少なくとも彼から動揺の気配は無い。それこそ、娘を相手にするようにだ。

 真由美は少し笑い、耳元に小さく、本当に小さく呟いた。

 

「もし、ね。戻れなかったら、どうする?」

「考えてみた事もねぇかな。十分有り得る事だが、正直考えても仕方ねぇと思ってるよ」

「なんで?」

「数年か、数十年掛かるか分からねぇが。賢者会議――いや、スウェーデンボリーとやり合わなきゃならねぇからな。どうなるか、分からん。だから戻れるかどうかなんてのは、どうしても二の次になる」

「その、奥さんと……娘さんもいるんだっけ? 会いたいと思わないの?」

「思ってるよ。家族なんだ。そう思わない訳が無いだろ」

 

 オーフェンは真由美の問いに答えながら、いつ以来か、敵であり友であった魔王の言葉を思い出していた。

 君は失うことがなにより得意なんだ。生まれ育った環境を捨て、家族を捨て、キエサルヒマの秩序を捨て――最後は、全能の魔王に近付いていく、と。

 そして、結局家族を置いて、こんな所に居る。全く忌ま忌ましい程に、アレの言う通りだった。

 

「失うことの、意味か」

「オーフェン?」

「ああ、なんでもねぇよ。ほら、着いたぞ」

 

 ようやく正面玄関に着き、オーフェンは振り返る。下りろ、とばかりに。

 それに気付いたのか、真由美が悪戯めいた笑みを浮かべる。

 

「このまま部屋まで送ってくれてもいいのよ?」

「俺は別に構わねぇが、部屋が汚れてて恥かくのは、お前だぞ」

「よ、汚れてなんかいないわよ!」

「そうじゃなくても恥ずかしいだろって話しだよ。娘なんか、部屋にノック無しで入った日には物質崩壊叩き込まれそうになったもんだぞ」

「……時々、無性にオーフェンの家を直接見たくなるわ」

 

 元々本気では無く、からかい目的だったのだろうが、あっさりいなされ、真由美はぶつぶつ言いながら下りる。そして向き直った。

 

「ありがと」

「ああ。それじゃ、ゆっくり休めよ」

「うん。オーフェンこそ、毎日忙しそうにしてるんだから、ちゃんと休むのよ」

「可能ならな。じゃあ、また明日な」

「うん。おやすみ」

 

 そう言って、真由美は自室へと戻って行く。それを見送って、オーフェンも歩き出した。向かう先は自室――では無い。まだ、今日は終わりでは無いのだ。

 数分の後、着いたのは七草家当主の書斎。つまり、弘一の部屋だった。ノックし、「どうぞ」の声と共に入る。

 

「やぁ、オーフェン。娘の家庭教師、ご苦労様だ」

「ああ。それより、その格好は何だ?」

 

 書斎の椅子に座るのは執事兼ボディーガードの名倉を従えた、弘一。しかし、その服装は普段着でも、ましてやスーツでも無かった。

 黒の戦闘服――オーフェンが、「牙の塔」時代に使っていたものを参考にして作った――ものを装備していたのである。もちろん、この戦闘服はただの戦闘服では無い。これは、オーフェンがこちらに来て作った「鎧」の、量産試作型であった。

 

「黒竜人(ギガス)の鎧、か。それはキースの野郎が?」

「ああ。君の黒竜皇(ドラグーン)の鎧の劣化性能版だそうだが。……彼は、良い仕事をしてくれる」

「余計な仕事もたらふくしてくれるがな」

「それは仕方ない」

 

 つい先日資産を使い込まれた割には、あっさりと弘一は言う。それに呆れながら、オーフェンは机に置かれたケースを開いた。そこには、一つの文字が浮いている。沈黙魔術による文字だ。それを手に取り、己の胸に当てると一瞬で「鎧」は装着された。

 黒竜皇の鎧。それもまた、「牙の塔」時代の戦闘服を彷彿とさせる。オーフェンが再現した沈黙魔術と、こちらの魔法技術、科学技術からなるハイブリットの「鎧」だった。

 気味が悪いくらいにフィットしたそれに苦笑し、オーフェンは弘一に向き直る。

 

「状況は?」

「キースの話しによれば、数分後には東京壊滅してもおかしく無いとか」

「……つくづく思うが、毎度毎度規模が無駄にでけぇな。厄介な」

「それも仕方ない。何せ、君達の世界でも最悪の厄ネタだったのだろう? ……巨人とは」

 

 違いない。そう認められなくても、オーフェンは認めるしか無かった。巨人、ヴァンパイアライズ。こちらの世界では、”自然には決しておこらない現象”。つまり、裏で手を引く奴が居る筈なのだが……それが誰なのか、はっきりと分かっていながら対処出来ない。向こうも、ネットワークを押さえている。

 嘆息し、しかしオーフェンは覚悟を決める。最後にケース内に収めていた沈黙魔術の兵装――こちらは本物だ――を、腰に鞘ごと取り付けた。そして立ち上がった弘一に頷く。

 

「天世界の門の”クプファニッケル”は、これより行動を開始する。いくぞ”マンイーター”」

「了解だ。クプファニッケル……そろそろ、私も正式に団員にしてくれても良くないか?」

「却下だ。お前は最後の最後で裏切る。そんな顔してる」

「顔か。最悪の理由だな」

 

 苦笑しながらも弘一は後ろに着いて来る。これから空間転移で事態の中心に飛び、巨人を解消する。全ては瞬間で終わらせなければならなかった。この日常を、守る為には。

 

 では――手っ取り早く、世界を救って来よう。

 

 

(入学編第十二話に続く)

 




はい、第十一話(後編)でした。
今回は真由美さんでちょっと萌えようじゃないか、的なお話でした(笑)
ええ、お嬢さまがああなるのとかテスタメント大好きです(笑)
まぁ、初っ端から奥さんと娘さんがいるオーフェンなのでフラグは立った瞬間に壊れるのが確定しているのですが(笑)
なお、オーフェンが何をやったのかについては、第四部を見れば大体分かる仕様です。しかし、オーフェンファンの皆さんにはネタバレ禁止の方向でお願いしたい(笑)
ええ、後々盛大にやるので是非に。無駄ですか、くそぅ(笑)
なお、ラストにあった通りにこの世界でも巨人化は起きています。天世界の門の、もう一つの活動事項ですな。ただ自然発生は有り得ず、またシマス程の強化も無いです。クリーチャーのが近いかも。
天世界の門は、ノリ的には絶賛アニメ放送中の某血○戦線のラ○ブラ的ノリとなります。「週間世界の危機」に対処と言うか(笑)
ではでは、いよいよ事態が動き出す第十二話で、またお会いしましょう。

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