魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜   作:ラナ・テスタメント

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はい、テスタメントです。よっしゃ、GW中に第十三話終わった(笑)
今回さすおにタイムですよさすおに。よーやく書けたわー(笑)
てか後編長いよ! 大人しく前編もうちょっと書いてりゃよかった(笑)
そんな訳で、第十三話後編どうぞー。


入学編第十三話「魔法科高校の攻防」(後編)

 鼻先を斬撃が通り抜ける。それを見ながら、千葉エリカは再度加速した。サイオンの光が一瞬だけ彼女を照らし、霞むような速度で飛び出す。だが、相手はそれに付いて来た――魔法も使わずに。

 

(無茶苦茶ね……!)

 

 相手、壬生紗耶香は赤光を放つ目でエリカを捕らえ、ストンバトンを切り返して来た。今度は避けられない、それを悟りエリカも警棒型のCADを振り放つ。

 バトンと警棒がぶつかり合い、激烈な音が鳴り響いた。衝撃が空気を震わせる。それに構わず二人は打ち合った。衝撃を突っ切るようにして警棒とバトンが幾度も打ち鳴らされる。

 それも足を止めてでは無い。二人は目まぐるしく動き回りながら、互いの獲物を身体に叩き込まんとしていた。まるでダンスのように立ち位置を入れ替えての剣戟。その中でエリカは歓喜しながらも冷静に考える。このままではマズい、と。

 速度は互角だ。いや自己加速術式に”特化した”自分と互角と言うのは悔しいが、それは認めるしか無い事だった。続いて技量、これは自分の方が上手だった。間合いの取り方、打ち込みや切り返し、全て上回っている。しかし力、これは大幅に紗耶香が上回っていた。単純な力で技量を抑え込んでいるのである。そして技量と力のぶつかり合いで互しているなら、スタミナの削り合いとなる。これについては確かめるまでもなく、負けていた。

 繊細な作業を続けるエリカと、技量で劣っていても単純な作業を力技で押せる紗耶香、どちらに分があるかは火を見るより明らかだった。やがてエリカは押され始める。直撃こそ無いものの、息が上がり、手数が落ちていた。

 そして、ついに根負けしたように警棒が弾かれ、外に流された。紗耶香がバトンを振り上げる。あの膂力で頭を打たれたら――そう思った直後、エリカの前に出て来た影があった。機を狙っていたのだろう。大柄の影は、割り込みながら叫ぶ。

 

「パンツァァ――!」

 

 大柄の影は西城レオンハルト、通称レオだった。彼へとバトンが頭に真っすぐにぶち込まれる。しかし、それより一瞬早く発動した硬化魔法が彼の身を守った。硬化魔法は分子の絶対座標を狭いエリアに固定する魔法だ。強化されていようと、一撃では貫けない。一撃では。

 紗耶香はくるりと回転しながらレオの全身へと怒涛のようにバトンを打ち込む。レオも反撃しようとしたが、打撃は五分の見切りであっさり躱され、したたかに小手を打たれた。そして留めの突きが喉を貫くかのように埋め込まれる。

 常人なら確実に死んでいるであろう連撃。だが、レオは持ち前の頑丈さと硬化魔法も相まって耐えて見せた。咳込みながらもバトンを掴み、にぃと笑う。その隙を逃さずに背後から紗耶香を捕まえようと伸びる手があった。桐原武明だ。自己加速術式を使っているのか、相当な速度で迫る。バトンは掴まれ、背後からの強襲。だが、今の紗耶香は尋常では無かった。バトンを掴むレオの手をたおやかな指で掴み取ると、桐原へとブン投げたのだ。

 

「が……!?」

「ぐ……み、ぶ!」

 

 投げられたレオと桐原はぶつかり、もみ合うようにして倒れた。衝突の衝撃で二人とも動けずにいる。紗耶香は倒れる二人に留めを刺さんとして。

 

「――わたしを忘れるんじゃないわよ」

 

 声を聞いた、と思った直後には腹へと警棒が叩き込まれていた。一切の手加減なし、人を殺せるレベルの打ち込みだ。肋骨が数本折れる音を聞きながら、打撃の主、エリカは振り抜く。加速と慣性制御を最大にした一撃だ。たまらず紗耶香は吹き飛び、座席を薙ぎ倒しながら沈んだ。

 

「壬生……! てめぇ!」

「うるっさいわよ。手加減出来る余裕なんて無かったんだから仕方ないでしょう!?」

 

 なんとか立ち上がった桐原の文句に真っ向から怒鳴り返す。殺しの技をこんな形で使わされるとは思っていなかったのだ。

 

(千葉の娘に本気出させるなんてね。……ホント、凄いわ)

「しかも終わってないし」

「何……!?」

 

 エリカの言葉に桐原は息を呑み、紗耶香へと視線を戻す。そこで見たものは彼女があっさりと立ち上がっている所だった。片側の肋骨の殆どを砕いた為か苦痛を滲ませているが、まだ動くようだった。……あるいは、もう動けるレベルまで回復したか。

 

「ホント、尋常じゃないわ」

「ってぇ……クソっ」

 

 桐原に続きレオも復帰したか、痛みに呻きながらも立っている。常識で考えれば彼が一番ヤバい状態の筈だが、何故か一番元気に見えた。タフどころの話しでは無い。彼は血の混じった唾を吐きだし、プロテクターを兼ねたCADを構える。

 

「やっこさん、まだやる気のようだな。無茶苦茶だぜ」

「暗示もあるんでしょうけど、元々高かった技量に、あの身体能力だもんね。反則だわ、あれ」

「壬生……」

 

 桐原がぐっと何かを我慢するように歯噛みして呟く。それをちらっと見ながら、エリカも警棒を構えた。

 今の所、桐原はまともな攻撃をしていない。いや、あのレベルの速さに追いつけ無かったのもあるだろうが、彼自身彼女を傷付けたくないのだろうと言う事は察しがついた。だが、今の彼女相手では命取りになる。だから、エリカは言ってやる。

 

「アンタ、もうちょっとやる気出しなさいよ。ふざけてんの?」

「何?」

「やる気が無いなら失せろって言ってんのよ、分かるでしょ」

 

 痛烈なエリカの台詞に桐原は二の句が告げずに押し黙る。彼も分かっていた証拠だ。得意の高周波ブレードも使っていない。

 

「壬生先輩も、今のアンタ見てると幻滅するわよ。うだうだ何迷ってんのよ、てね」

「てめぇ……!」

「迷ってるなら失せなさい! 戦うなら、ちゃんとやりなさいよ! 体育館でのやり取り、忘れた訳じゃないでしょ!?」

 

 はっ――と、桐原は我を忘れたように目を丸くする。あの時は、自分達は奇妙な状態だった。それでも、壬生の台詞は覚えている。貴方達は、真剣じゃないじゃない、と。

 いよいよ回復したのか紗耶香はバトンを構え直す。その赤く点る目の光、その中に叫ぶ彼女を桐原は見た。幻視かもしれない、ただ言い訳が欲しかっただけかもしれない。だが、確かに見たのだ。だから。

 

「そうか、そうだよな」

 

 腕に装備していた汎用型CADに指を走らせる。そして魔法式展開、サイオンの光が刀を包み、魔法が発動した。

 常駐型振動系の系統魔法。魔法剣とも揶揄される、殺傷性ランクBに該当する魔法――人を殺せる魔法だ。高周波ブレード。それを構える。

 

「壬生は、俺が止める」

「上等よ。……次で決めるわ、いいわね?」

「おう! 同輩と戦うのは、懲り懲りだしな」

 

 最後のレオの台詞は意味が分からなかったが、今はどうでもいい。ここで決着をつける事を三人は決める。どちらにせよ、次で決めなかれば負けは確定なのだから。

 紗耶香もぴくりと目尻を動かし、バトンを居合の要領で構え直した。最速の一撃を見舞うつもりか。一瞬の空白――そして、全てが決着に向けて動き出した。

 

「パンツァァ――!」

 

 異常な速度で突っ込んで来た紗耶香に、これまた三人の中で誰より速く踏み込んだのはレオだった。

 硬化魔法をかけたプロテクターで紗耶香の居合い打ちを真っ向から防いでのける。しかし、その威力に身体が泳ぎ弾き飛ばされた。空を舞うレオの身体、その下をエリカは駆け抜ける。最大の自己加速と慣性制御を持って一気に懐に飛び込まんとして、だが紗耶香はレオへと打ち込んだ一撃を基にして後ろに跳躍していた。

 間合いが空く――これでは、エリカより紗耶香の切り返しが速い。だが、彼女は笑っていた。それは己と同程度の速度を持って走る影に気付いていたから。

 桐原。彼も凄まじい踏み込みで駆け抜けて来ていたか。切り返す紗耶香のバトンへと、高周波ブレードを走らせる。

 

「おぉおおお――っ!」

 

 裂帛の気合いと共に振り下ろされた斬撃は、バトンを一閃の元に叩き切った。そして我を失ったように呆然となった紗耶香に、今度こそはエリカが追い付く。

 

「……おやすみ」

 

 こんっと警棒が優しく、ただし鋭さを持って紗耶香の顎を掠めた。くらりと、彼女が崩れ落ちる。それを、刀を投げ捨てた(高周波ブレードはその時点で消えた)桐原が抱きすくめた。

 

「壬生……!」

 

 呼び掛ける。が、彼女は応えない。既に目を閉じ、意識を失っていた。エリカの一閃は綺麗に紗耶香の意識を刈り取っていたのだ。当分は目を覚ますまい。

 ふぅと息を吐き、エリカは肩を竦めてレオを見る。彼も肩を竦めていた。はいはい、ごちそうさま、と言わんばかりである。とりあえず、ここは片付いた。後は。

 

(達也くんと合流して、”次”、ね)

「待てよ」

 

 レオと頷き合い、達也の元に行こうとした所で桐原から呼び止められる。視線を戻すと、彼は紗耶香を床に優しく横たえている所だった。そっと彼女の頬に触れてやり、こちらに向き直る。その目には怒りと決意が漲っていた。

 

「お前ら、司波兄と何かやらかすつもりだろ? 俺も混ぜろよ」

「……何で、そう思うの?」

「あいつ、動きがおかしかった。風紀委員として動くなら、壬生を俺達だけに任せる訳がねぇ。なのに、あいつはすぐに入り口に向かったな? よく見ると十文字会頭もだ。何かやろうとしてると見るには十分だろ……後は、勘だ」

 

 エリカは思わず舌を巻いた。確かに最初から達也はエリカとレオにこの場を任せ、入口を確保する算段だった。次に繋げるためにだ。それを半ば決めつけとは言え、見抜かれようとは。まいったなーとレオを見ると、苦笑して頷いて来た。ここまで分かっているなら、いっそ巻き込んだ方がよさそうだと。エリカも頷き返し、桐原を見る。

 

「じゃあついて来て。達也くんの所に行きながら説明するから」

「ああ、しかし本当に何するつもりだお前ら」

「簡単よ。わたし達は、自分でケリつけたいのよ。どっかの誰かより前に、てね」

「……そんな話しだったっけか?」

「いいのよ、そんなもんで」

 

 ぼやくレオにウィンクを一つして、軽やかにエリカは駆ける。向かう先は講堂入口。そして、その先にあるもの。決着を自分達でつけるために、彼女達はそこへと向かったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 洗脳された生徒達は、いかな手段によってか常人を遥かに超えた強化を施されている。対し、各風紀委員メンバーと彼らに選ばれた生徒は魔法を持って抑え込んでいた。だが、それだけだ。一人に対し、二人あるいは三人で確保に向かっているのにも関わらず手間取っている。

 

(だが、それも時間の問題か)

 

 生徒会メンバー達と渡辺摩利。そしてスクルド・フィンランディが凄まじ過ぎる。一騎当千とばかりに洗脳された生徒を軽々と畳んでいっているのがここからでも分かった。

 エースは服部刑部少丞範蔵副会長だ。彼は、レパートリーの多い魔法を高レベルの制御力で放ち、次々と敵を無力化している。雷撃系の魔法は神経を麻痺させる効果もあってか、強化された生徒にことの他効いているようだった。さらに合流した摩利、七草真由美、スクルドのトリオが、ほぼ初撃で敵を沈めているのが見えた。この三人、明らかに連携しなれている。時間は、そうなさそうだと達也は悟った。精々、後5分か。

 

(十文字会頭は、上手くやってくれているな)

 

 彼は、五人もの敵に集中攻撃を受けながらも、鉄壁と揶揄される防御力で凌ぎきり、それだけでなく一人一人的確に沈めていく――手加減しながら。

 そう、達也は次に繋げる為に一つ彼に頼んでいたのだ。敵を、こっちに引っ張って来るようにと。今の所、全ては順調。後はエリカ達と、自分だ。

 司甲、彼をここで打ち倒す。そうすれば、敵はどのように動くか、大体想像がついていた。遅過ぎても早過ぎてもいけない。そのタイミングを見計らっていたのだ。

 

「お兄様」

「深雪か」

 

 ちょうどタイミング良く、隣から声を掛けられた。妹の深雪である。彼女にも、騒動が始まってすぐにこちらに来るように伝えてあったのだ。魔法を使っているのか、スケートのように足を滑らせている。

 二人は頷き合うと前を見る。その先では司甲が風紀委員の二人、辰巳鋼太郎と沢木碧とやり合っている。辰巳はスピードで撹乱しながら魔法と打撃を放ち、沢木は得意のマーシャル・マジック・アーツを用いた重い打撃と、加速させた拳による衝撃波――後に聞いた名前はマッハパンチと言う名らしい――を打ち込んでいる。二人の技量と魔法力に達也は感嘆するが、それでも沈まない司甲が脅威だった。と言うより、司甲だったものと言う方が正しい。彼は、既に2メートル近い長身となり、身体中の筋肉が膨張していたのだから。

 鬼、と言われれば素直に信じてしまえそうな巨躯。頭に角でも生えていないか幻視してしまいそうだった。しかも。

 

(「目」まで強化されているな……二人の攻撃を見切りはじめている)

 

 大雑把に見えるが、その実、的確に攻撃を捌いている。辰巳と沢木は焦れるように攻撃を放ち続けるも全く効果が上がっていない。あれは厄介だ。

 

「深雪、目を潰す。援護を」

「はい、お兄様」

 

 しとやかに微笑むと、深雪はCADを滑らかに操作。サイオンの光が彼女を満たす。そして、司甲の足がガクンっと止まった。

 一瞬にして膝まで凍り付いていたのだ。深雪の十八番である凍結魔法である。そして前のめりにつんのめった隙を逃さずに達也は自己加速術式を裏技込みで瞬時に発動し、一気に肉薄する。

 司甲も気付いたか、子供の胴程にもなった両腕を振り回す。だが九重八雲を師に持ち、古式の体術を修めた達也にとって、そんな苦しまぎれの打撃は意味が無かった。あっさりかい潜ると、懐に入る。そして伸ばした貫手が司甲の眼鏡を弾き、左目の網膜の一部を抉って抜けた。

 

「ぎ、あぁぁああああああ――!?」

 

 悲鳴を上げる司甲に、達也は構わない。そのまますれ違うように身を躱す。同時に辰巳と沢木が驚いたような表情でこちらを見て来たので、そちらに頷いてやる。それだけで二人はチャンスを悟り、一気に魔法を叩き込んだ。が、それでも沈まない。そんな事は達也にも分かっている。だから、既に行動を始めていた。

 この時初めて、達也はCADを取り出す。特化型CAD、「トライデント」だ。そして放つは基礎単一系統の振動魔法三連。風紀委員入りの模擬戦最後に範蔵に放った魔法だ。サイオンの振動は司甲を大いに揺さぶり、酔わす。それでも、なお倒れない。だがそれで良かった。隙さえ作れれば、それで。

 

「司先輩。これで終わりです」

 

 冷たくも美しい声が背後から司甲に届く。その時には、膝までだった凍結範囲が一気に胸まで押し上げられていた。深雪である。彼女の強烈な事象干渉力により、魔法師としての防御は剥がされ、氷づけにされていく。それでも司甲は抵抗しようとして――直後、側頭部に一撃を貰って目を回した。今のは、エアブリットか。

 

「司波! お前、こんな所で何してる!?」

「やるなモブ――森崎」

「お前な……モブ崎と呼ぶなと散々言ったろうが!」

 

 特化型CADを構えながらも喚く彼に達也は苦笑する。最後の一発は彼の手柄だった。もしかしたら、司甲は最後の足掻きで氷を破っていたかもしれない。そして彼は、今度こそ氷の彫像となって固まった。それを確認し、深雪もこちらに来る。褒める代わりに頭を撫でてやると、嬉しそうににっこりと笑った。

 それを見て辰巳、沢木、森崎がげんなりとしているのを見つつ、達也は状況の推移を確かめる。

 既に講堂内に残る敵は僅か五人。その全てが一瞬動きを止めたかと思うと、ぐりんと首を回してこちらへと突っ込んで来た。やはりだ。指揮系統を失った彼等は後催眠の応用で、次の命令を刷り込まれていたのだろう。……この場を脱出し、外と合流するようにと。”これを待っていた”。

 突っ込んで来る五人の内二人は、範蔵と鈴音、真由美と摩利、スクルドの組に足止めされる。もう三人は凄まじい速度で迫るも、一人は達也が放った基礎単一系統の振動魔法三連で酔わし、足止めした。そこに森崎が留めを刺しに行く。残り二人、彼等は全ての迎撃を潜り抜け、入口から飛び出していった。

 

「しまった!?」

「くそ、追い掛けましょう――」

「待て」

 

 焦った表情で追い掛けようとした辰巳と沢木に重厚な声が掛けられる。部活連会頭、十文字克人その人だ。彼はこちらを一瞬だけ見て、続ける。

 

「あの二人は俺が追おう。お前達は、森崎を手伝ってやれ」

「しかし会頭」

「一人で行くとは言っていない。司波兄妹、ついて来い」

「お供させて頂きます」

「はい。……会頭、ちょうど俺の同級生も来たようですので、彼等も」

「ああ」

 

 タイミング良く――と言うか見計らわせた――エリカ達が来る。何故か桐原も居たが、表情を見る限り大体の事情は理解したのだろう。頷き、事前の打ち合わせ通りに二人を追う。これで真由美達を置いて外に出れた。と同時に克人は左手のCADを操作し、振り下ろす。直後、悲鳴が二人分上がった。確認するまでも無く外に出た二人だろう。克人は”最初からこう出来たのだ”。やろうと思えば、すぐに。それは隣を走る深雪にも言える。それをしなかったのは、外に出る口実を得る為だった。

 

「深雪、念のために二人を凍らせてくれ」

「実は、既にやってまして」

 

 ちょっと舌を出して可愛く深雪が言う。どうも克人が潰した直後に凍らせたらしい。表情は可愛らしいが、達也と克人以外はドン引きしていた。これで学内は片付いた――正確にはブランシュの本隊がまだオーフェンと戦っている筈だが、達也は彼が勝つ事を確信している。だが派手な音が鳴っているあたり、まだ戦闘中のようだった。これも好機だ。

 

「会頭、車は」

「家の者に連絡し、既に用意させてある」

「……しっかし、まさかブランシュの本拠地に直接殴り込みに行こうなんてな。司波兄、お前も大概だな」

「あーら? 何、怖くなったの?」

「んな訳ねぇだろ。――嬉しいのさ。これで奴らを堂々とぶった斬れる」

 

 剣呑な表情で物騒な事を言う桐原に一堂は苦笑する。これが達也が立てた、オーフェンを出し抜く為の手であった。つまり、学内をオーフェンとその繋がりがある者に任せ、自分達は彼等に先んじてブランシュに殴り込みに行くと言う作戦だ。オーフェンは、達也がバックドアに気付いた事をまだ知らない。だからこその作戦だった。後はオーフェンが来る前に、ブランシュを潰せばいい。

 

「会頭。約束はお願いします」

「ああ。だが……知れば、お前も戻れなくなるかも知れんぞ」

 

 にやりと笑って来る克人に、苦笑する。達也が取り付けた約束とは、克人が知る限りのオーフェン達、つまり天世界の門の情報だった。ブランシュを叩き潰すのは最初から決めていたが、こちらも手に入れておきたい。彼等が、いや彼が何を思い、何と戦っているのか、是が非でも知りたかったのだ。深雪を見ると彼女も頷いてくれる。それに頷き返し、達也は前を向いた。

 

「ブランシュ日本支部の場所は分かるのか、司波」

「分かってる人を呼び出してます。ほら、彼女です」

 

 裏口前。本来、厳重に施錠されてしかるべき門は開かれている。そこにあるのは一台のオフロードタイプの大型車。そして、ブランシュ日本支部の詳しい場所を知っているであろう人、カウンセラー兼”警察省公安丁の秘密捜査官”、小野遥。彼女は困ったような顔をして、そこに居た。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 2メートルを超えた巨躯の巨人を、オーフェン・フィンランディは”踏み潰す”。重力制御の魔術で飛び上がり、さらに重力を増加させて踏み潰したのだ。鉄骨を仕込んだブーツの分だけ頭をへこませ、巨人が目を回す。

 そこを狙って割と人型を保っている巨人達が機関銃を乱射して来た。が、オーフェンはすぐに潰した巨人の影に入る。これだけの躯に巨人の頑丈さだ。いくつかの弾丸が叩き込まれるも、貫通する様子は無い。だが、このまま見殺しも後味が悪いので、彼に手を当て、そっと呟く。

 

「我は弾く硝子の雹」

 

 直後、巨躯の巨人は弾かれたように前へと飛んだ。念動力で対象を飛ばす構成である。これには慌てて機関銃を乱射していた巨人達も身を翻した。

 横を巨躯が抜ける。それを確認し、巨人達はすぐさまオーフェンが居た位置へと銃口を向け――いない事に気付いた。そう、そこにはいない。彼がいるのは真横、巨躯の身体の上であった。飛ばした時に掴まっていたのか。

 ハッと気付いた時には既に遅い。オーフェンは重いブーツを延髄に叩き込み、一撃で失神させる。もう一人の巨人もそこで気付いたらしいが、オーフェンは右手を挙げ、構成を解き放っていた。

 

「我は放つ光の白刃!」

 

 煌っと熱波を伴った光の刃が巨人の足元に突き刺さり、爆裂する。それを見届ける事無く、足元の機関銃を拾い上げると、簡単なチェックだけを済ませ、振り返り様に乱射した。そこでは、これまたまだ人型の巨人が特化型のCADをこちらに向けようとしている所だった。だが、適当に放たれた銃弾によりたたらを踏んだ形になる。同時に機関銃の弾が空となったので、オーフェンは重力制御と風を合わせた構成で機関銃をブン投げた。ようやく我に返った巨人は顔面に直撃を貰い、ひっくり返る。

 

(後、五人……)

 

 戦闘開始から二十分足らず。それだけで、三十五を数えたブランシュの巨人を、オーフェンは沈黙させていた。

 残り五人はうろたえながらも、何とかオーフェンを討たんと手にそれぞれ武器を持ち攻めて来る。だが、それは遅すぎた。あるいはオーフェンが早過ぎた。構成を編む速度が。

 

(一気に終わらせる!)

「我は砕く、原始の静寂!」

 

 叫び、呪文に応えるように一堂の頭上の空間が波紋のように歪み切る。それは一瞬で元に戻されるも、反動による強烈なエネルギーはある現象を引き起こした。爆発である。

 空間爆砕と呼ばれる構成だ。単に破壊力を求めた場合、最大となる大爆発が頭上に引き起こった。これにはたまらず、巨人達は衝撃で吹き飛ぶ。そこを見計らってオーフェンは空間爆砕の構成を絞り、変化。一気に凝縮させる。

 空間支配術の一種だ。乱暴に纏められた巨人達が混乱の極みに陥るのを確認し、オーフェンは容赦なく叩き潰す。文字通りの構成を持って。

 

「我打ち放つ、巨神の鉄槌!」

 

 ぐしゃりと言う音が聞こえたのは、果して気のせいではあるまい。そして気付けば中庭には四十五の巨人が、誰一人殺される事無く転がると言う光景があった。それを確認し、オーフェンはふぅと息を吐く。そこそこ疲れたなと思いながら、携帯端末でマンイータ――七草弘一に連絡を取った。ここに居る巨人の回収の為にだ。

 それをすぐに済ますと、全校集会ならぬ洗脳された生徒達と交戦している筈の講堂に目を向けた。

 

「まだマユミ達、片付けてねぇかな」

「どうでしょうな。先程からやけに静かではあります――あ、黒魔術士殿、お疲れでございます。これは差し入れです」

「ほう」

 

 いつの間にやら近寄っていたキースから渡された水筒の蓋を全開にすると、オーフェンは地面へと逆さにする。すると何の変哲も無い水に見えたそれは、地面に落ちるなりどす黒い緑色に変色させ、蒸気を発生させた。とりあえず水筒を足元に叩き付け、キースの胸倉を掴み上げる。するとわざとらしく、彼は目尻に涙を浮かべて見せた。

 

「ああ……っ、我が盟友ティナ様自信作であるところの、『おしおき水マークオメガ』を、黒魔術士殿がぞんざいに扱うなんて」

「くそやかましいわ! てかあれと知り合いだったのかてめぇだとか、これ何年物だとか、色々言いたいが、とりあえず殺す気か!?」

「黒魔術士殿……女性からの送り物は無条件で受け取らねばならぬと言う世界最原則に逆らうお積りですか!?」

「この世界の誰が認めても俺が認めるかンなもん!」

 

 はたきのめして地面へとキースを叩き付けると、オーフェンは長いため息を吐いた。ぐったりと疲れが増した気分である。

 

「ただでさえ魔術連打して疲れてるってのにこのボケは……」

「オ――フェ――ン!」

「お?」

 

 と、そこで階段を下りて来る者を見付ける。スクルドと真由美だ。どうやら講堂も片付いたらしい。それに安堵しつつも苦笑してやる。

 

「おい、お前ら。そんな慌てて走って来なくてもいいだろ? 転ぶぞー」

「子供か私達! て、それ所じゃないのオーフェン!」

「何だよ、ブランシュに殴り込みなら、ちょいと休んでから――」

「達也君と十文字君達がいないの!」

 

 ぴたり、とオーフェンが硬直する。その二人の取り合わせに何か凄まじく不穏な気配を感じる――いや、真由美は達といった。なら複数人と言う事か。つまり手数を連れて、二人が向かう所と行ったら。

 

「おい、まさか?」

「多分、そうよ。彼等は先に行ってる、ブランシュの所に。これ完全に計画的だわ。……オーフェン、ひょっとして」

「ンな馬鹿な。達也には――」

 

 と、そこで気付いた。ネットワーク上で達也に繋いだ紐が無い事に。完全に途切れている。それは、気付かれ対処されたと言う証拠であった。オーフェンは思わず頭を抱える。

 

「――やられた。完全にタツヤを見くびってた……」

「どう言う事? タツヤが何かしたの?」

「あいつ、俺からネットワーク術の扱いを覚えやがったんだ。まだ拙いだろうが、ある程度の真似が出来ると考えた方がいい」

 

 まさかこの短期間にネットワークの扱いを知るとは、流石に予想外過ぎた。いや考えたく無かったのかもしれない。達也がアレであると。もしそうなら、後々厄介な事になると分かりきっていたから。

 そう、ネットワークから生まれた者、”解決者”なら扱いを短期間で覚えるのは当たり前の事だったのだ。何故なら、よりネットワークと密接に繋がっているのだから。

 だが、これはマズイ。もし達也がブランシュの元に辿り着いた場合、奴らに知られる可能性がある。賢者会議に、解決者の存在を。それで無くてもブランシュ日本支部のリーダー、司一は賢者会議と繋がっているのが明白なのにだ。

 やがてオーフェンは苛立ちを地面に叩きつけて、凶悪な形相を歪めて叫び声を上げた。空に。

 

「あンの馬鹿どもがぁぁぁぁぁ――――!」

 

 司波達也一行がブランシュ日本支部に突入。それに遅れる事、数十分後にオーフェンは彼等の後を追う羽目となったのだった。

 

 

(第十四話に続く)

 




はい、第十三話、オーフェン出し抜かれるの巻。達也が鬼です(笑)
魔術連打で疲労してるのを見計らってる訳ですな。おおぅ、さすおにだぜ(笑)
さて、こっからはノンストップで入学編完結まで参りましょう。どうぞ、お付き合い下さいな。
あ、ちなみに「おしおき水マークオメガ」なんつぅ物騒なもん作った女性、ティナさんは優しくも厳しい保母さんですよ?(にっこり)
ただ、預かった子供をナンバーで呼んだり、事あるごとにおしおき水を飲ませようとするのが玉に傷。なお、目つきはイっちゃってます。
ではでは、次回もお楽しみにー。

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