魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜   作:ラナ・テスタメント

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はい、テスタメントです。ちょっとお待たせしました。第十五話です。
達也VSオーフェンも終わり、いよいよ入学編クライマックスです。
え? あとは司一倒して終わりだろ? もちろんその通りですよ。ええ、司一を倒して終わりです。俺は嘘を言っていないっ(断言)
では、第十五話前編どうぞー。


入学編第十五話「我が名に従え愚者」(前編)

 

 通路を抜けると、そこは一転明るい場所だった。まるで神殿の祭壇を思わせるような、白一色の場所。ブランシュ日本支部、その最奥である。病的に白い部屋は病院を思わせた。

 白い床を司波深雪はCADをいつでも操作出来るように手に下げながら歩く。目標は、視線の先に居た。

 司一。司甲の義兄弟にしてブランシュ日本支部のリーダーだ。やや痩せぎすな身体を仕立てのいいスーツで包み、いかにも学士然とした眼鏡を掛けて、こちらをにやにやと見ている。いっそこのまま氷漬けにしてやりたくもあったが、深雪は我慢して彼の間近まで迫った。そして、司一が言ってくる。

 

「ようこそ! ブランシュ日本支部へ! 君は、第一高校一年A組の司波深雪くんだね?」

「……よくお調べになっているのですね。テロリスト如きに名を覚えられているとは、思いもよりませんでした」

 

 不気味なくらいに明るい司一に、深雪はあくまでも冷たく告げる。だが、そんな事は関係無いのだろう。じろじろと彼女の身体に視線を這わせた。

 

「それは当然さ。力ある魔法師は、須らく知っていないとね」

「そうですか。では、私の力はご存知の事と思います」

「もちろん。だが、君の魔法力より君にこそ興味はあるねぇ」

 

 その視線に吐き出したくなる程の寒気を覚えながら、深雪は告げる。同時に彼女の周囲が凍りつき始めた。感情の高ぶりが魔法力を溢れさせている証拠である。しかし、司一はそんな事はどうと言う事もないとばかりに動じない。深雪は一瞬だけ訝しむが、すぐに気を取り直した。兄のような精霊の目こそは持たないが、彼女も人を見る目くらいはある。この男も魔法師のようだが、魔法力は大した事が無い。事象干渉力も無意識領域の演算速度も、サイオン保有量も、全てが並以下だ。自分が魔法を放てばそれで事足る――だが、それでも深雪は辛抱強く我慢した。

 魔法師としての彼は三流だ。それは確かなのだが、嫌な予感を覚えたのだ。しかし、そんな深雪に構わず彼は軽快に近寄って来る。

 

「ああ、見れば見る程に美しい。まるで人間でないようだ。くふふ、”人間以上に人間”と言ったほうがいいのかな」

「……貴方が何をおっしゃっているのか、私には分かりません」

「分かる必要は無いさ。さて、では次のお客様が来る前に君を手に入れてしまおうか」

 

 そう言って手を差し延べて来る司一に、ついに深雪は躊躇を捨てた。CADを手早く操作し、起動式を展開。取り込み、瞬時に魔法式がこの世に実体を得る。

 彼女の無意識領域の演算速度は人の限界にまで迫ると言われる。加えて、兄が手により調整されたCADは一切の違和無く起動式をスマートに提供した。そして領域干渉力はそれこそ人の最高峰レベルである。故に展開された魔法式は司一に一切の抵抗をさせずに氷塊へと変じさせうるものだった。

 振動減速系広域魔法「ニブルヘイム」。司一の周りの空気が瞬時に絶対零度へと変わる。そして、あっさりと砕け散った。

 

 ”深雪の魔法が”。

 

「……な」

「く、ふふふ、くふふふふふふふふ! あははははははは!」

 

 何が起こったのか分からず呆然となる深雪へ、司一は哄笑する。これだ、これが見たかったのだと。

 一流の魔法師? 人間の限界に迫った無意識領域の演算速度? 最高レベルの干渉力? そんなものに頼り切った魔法師が、無力となる瞬間を。

 

「どうだ、魔法師? 自分の魔法が一切通じない気分は? 無力にまで落ちた気分はどうだい!?」

「く……!」

 

 呻き、深雪は再度CADを操作。思い付く限りの魔法式を展開し、司一へと浴びせる……無駄だった。全て、魔法式ごと砕ける。

 

(ひょっとして、術式解体(グラムデモリッション)? いえ、有り得ない。この男にそんなものは使えない。そもそも魔法を使っていないのに!)

「貴方は、一体……!?」

「魔法師が無価値化する時が来たのさ。無意味化と言っていい。君達は”魔法に隷属すべき”なんだよ。ただの道具であればいい。そもそもが、兵器として存在するべきものだろう?」

「お前も、魔法師でしょうに!」

「いや違う。僕は魔法師じゃ無い。何故なら、魔法師として認められなかったからね。そう、認め無かったんだ、世界は僕を! なら誰が僕を魔法師だと決める!?」

 

 整っているはずの顔を狂相に歪め、司一は叫ぶ。魔法師として認められなかった。それが、彼の始まりだったか。挫折を乗り越えられず、歪んだ想い。それを吐き出し、彼はぎろりと目を向ける。誰よりも魔法師たる存在、深雪へと。

 

「だから、僕は魔法師じゃない。そうだろう? 魔法科高校の優等生様?」

「っ――! この!」

 

 魔法が効かないなら、と深雪は覚悟を決めて司一の懐に潜り込んだ。放つは掌打の一撃。彼女もまた、九重八雲に手ほどきを受けているのである。兄程では無いが、そこらの男達程度ならダース単位で片付けられるだけの技量があった。

 だが、彼女は目を見張る。確かに掌打は司一の鳩尾へと叩き込まれている。しかし、感触が違った。これは”人のものでは無い”。

 

「これ、は?」

「では終わりだ」

 

 そう言って司一はどこから取り出したのか、一振りの剣を見せて来た。一見してアンティーク然とした剣である。刀身は一メートルを越えており、鍔は竜と宝玉で飾りつけられている。そして、剣の先から根本までを光る文字が踊っていた。文字の大意は「はじまりにして終わり、其は時の魔物、いつでも他の何か」。

 そして深雪が我に返る前に、華奢な身体へと剣は深々と埋め込まれたのであった――。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 達也の敗北宣言を聞き、オーフェンは展開した偽典構成を霧散させた。最悪、達也の全能力を封印する事まで考えたのである。だが、どうにかそうならずに済んだ。嘆息し、手を差し出す。達也は苦笑すると手を取り、立ち上がった。

 

「全く、手こずらせやがって。盗み聞きした俺も悪いっちゃ悪いが、話し聞いてから行けよ、お前ら」

「……悪いと言う自覚はあったんですね」

「まぁな。で、殺しかけて気は済んだか?」

「殺されかけて、の間違いでは……」

「何か言ったか」

「いえ何も」

 

 先程まで殺し合っていたと言うのに、二人に蟠(わだかま)りは無い。むしろ互いにすっきりとした感情を持っていた。達也の無表情にもそれを悟って、オーフェンは苦笑する。そして表情を改めた。

 言いたい事も聞きたい事もあるが、今はその時では無いから。だから単刀直入に言う。

 

「今回の件な。賢者会議が絡んでる」

「……やはり、そうでしたか」

「いつ気付いた?」

「この通路を見た時に、おそらくと。しかし、たかだか反魔法勢力のテロリスト紛いにここまで手を貸すとは思っていませんでした。彼等はいつもこんな感じなのですか?」

 

 やはりか、と達也は頷く。先の通路で失敗したかもしれないと思ったのは、これだった。あれだけのオーバーテクノロジー、ブランシュ如きが手に入れられよう筈もない。賢者会議、彼等が関わっていると考えるのはごく当たり前だった。

 

「今回はちと手の入れようが違うが、まぁ大体な。さて、ここまで言ったら分かると思うが、お前らは帰れ。ミユキの所に合流し次第、空間転移させてやる」

「……そんな真似も出来たんですか。どうりで」

「返事は?」

「了解しました」

 

 キロリと睨まれ、達也は直ぐさま頷く。流石にさっきの戦いを再開する気にはなれなかった。ここにあるものに興味が無いと言えば嘘になるが、それ以上に今回得られたものはあったのだ。それで充分だった。

 だから言われた通り、深雪に合流したら帰るつもりだった……次の瞬間までは。

 

「――深雪!?」

 

 いきなりだ。何の前触れもなく達也が叫び、オーフェンはぎょっとする。

 一部例外を除いて感情をあらわにしない達也が目を剥き、凄まじい形相を見せたのである。流石にオーフェンも目を丸くしていると、構わず達也は走り出した。向かうのは、ブランシュ日本支部の最深部。

 

「おい、タツヤ! 何があった!?」

「深雪が危険な状態になっています……! くそ、先に行かせたのは失敗だった」

 

 いつに無く焦りを見せる達也に、オーフェンは事情を悟る。確かに、彼と彼女には妙な繋がりがネットワーク上に存在していた。あれで互いの状況を理解していたのだろう。そして、今回は深雪の危険を知ったと言う事だ。

 疾走する達也へと鎧の情報介入を身体強化にシフトし、オーフェンも追う。

 

「タツヤ、おい待て!」

 

 叫ぶが、無視された。達也は一気に通路を駆け抜ける。オーフェンは明確に舌打ちし、とりあえず追い付く事に専念する。どちらにせよ、深雪と合流するまでは達也も連れていくつもりだったのだ。予定を前倒ししたに過ぎない、が。

 

(まさか、妹の事になるとここまで取り乱すとはな……!)

 

 完全に誤算だった。先の戦いでも感情を見せなかっただけに、達也を見誤っていた。苦々しく認めながら、通路を抜け、ブランシュ最深部へと入る。そこで達也は立ち止まっていた。オーフェンもその横に並び、そして見た。彼が見るものを。

 

「お兄様……」

「み、ゆき」

 

 呆然と達也が見る先。そこに深雪は居た。一メートルはある長剣に、身体を貫かれて。オーフェンの脳裏に様々な記憶が蘇る。

 「見ないで」、15歳の時、姉であるアザリーが化け物の姿へと「変化」する過程を見た時。

 「見ないで」、20歳の時、やはりアザリーがキムラックで女神と天人種族の始祖魔術士、オーリオウルを前に精神士へと「変化」した時。

 「バルトアンデルスの剣」、月の紋章の剣。

 因縁だ――そう思えてしまうくらいには、あの剣を見てしまっている。出来れば、二度と見たく無かったのに。

 

「タツヤ、止まれ」

「っ……!」

 

 溢れた記憶を消しながら、オーフェンは達也が上げ掛けた右手。正確には、特化型CAD「トライデント」を掴んで止める。直後に凄まじい眼光で彼が睨んで来るが、オーフェンは首を横に振った。今はダメだと。そして、合わせるように哄笑が響き渡った。

 

「そうだ。止めたまえよ、第一高校一年E組の司波達也くん。そこの彼の言う通りだ」

 

 そう言って、深雪の背後から彼女を刺している男がにやにやと笑う。司一、ブランシュ日本支部のリーダー。彼がそうだと、達也とオーフェンは同時に悟った。そして幾分か落ち着きを取り戻した――それでも殺気が滲んでいた――声で、達也はオーフェンへと問う。

 

「何故、止めたんです。深雪が刺されているんですよ……!?」

「今は大丈夫だ。剣が発動してるからな。だから落ち着け。下手な真似をするとミユキが変化させられるぞ」

「変化……?」

「あの剣は、俺の鎧や短剣と同じだ。ある魔術が保存されてる。切った対象を情報体に分解、再構成し、何にでも変えてしまうって言う魔術だ! あいつの思考一つでミユキは蛙にもパフェでも変化させられる――お前のあれでも戻せるとは限らないんだ! 冷静になれ!」

 

 一気にまくし立てられ、達也は絶句する。オーフェンが告げた内容は、物質変換をあの剣が行えると言うものだったのだ。同時に理解もした。ここで遭遇した化け物達や全校集会での壬生紗耶香達、そして最初の襲撃で精神支配で攻撃して来た存在。あれは全て、あの剣で変化させられたものだったのである。深雪がああなる……それを想像し、達也はぞっとした。

 

「ついでに僕が意識を失ったり、例えば死ぬと、これはただの剣になる。君の妹の命運は僕にあるって言う訳だ。下手な真似は止すんだね」

「……バルトアンデルスの剣、お前それをどこで手に入れた?」

「大体は分かるだろ? 教える必要を感じないな。それより、二人とも武器を捨てて貰おうか。もちろん、CADもね」

「お兄様、いけません……! 深雪に構わず!」

 

 にべもなく告げる司一に、深雪が叫ぶ。それに達也は迷う。「分解」で司一を消し去ると、あれはただの剣になると言う。剣は、今も深雪の心臓を貫いていた。あれが剣に戻ったとして深雪が即死しないかは――五分五分だろう。しかも彼の「分解」と剣の「変化」、どちらが速いかと言う問題もある。もし「変化」が速ければ、深雪がどうなるか分かったものでは無い。それに、最大の問題がある。確かに剣の力は凄まじいが、あれだけで深雪を倒せるものか? 深雪の魔法力ならば、司一如き瞬時に氷漬け出来るだろう。なら。

 

「……司一、何をまだ持っている」

「さぁ? 何だと思う――」

「魔術文字を直接身体に刻んでるんだろ。バカな真似をしたもんだ」

 

 と、唐突にオーフェンが言う。ぴたりと司一の表情が固まった。だが、彼は構わず続ける。

 

「大方、魔術、魔法式の構成を中和する魔術文字を貰ったんだろう。他にもいくつか身体に刻んでるな。俺達がミユキを見殺しにする可能性、考えてない訳じゃないんだろ。だが、そうなってもいいと思ってるんだ、お前は」

「……貴様」

「図星か。分かりやすい奴だな――」

(タツヤ、聞こえるか)

 

 直後、いきなり声が”観えて”、達也はぎくりとした。それに、覚えがあったからだ――イデアを介した思念通話! 誰からを問うまでも無い。それは、オーフェンからだった。彼は司一を挑発し、煽りながら、達也へと語り掛ける。

 

(賭けに出る。こうなった以上、お前にも手伝って貰う。いいな?)

(深雪が人質に取られているんです。最初からその積もりですよ。ですが、可能なんですか)

(ああ……正直、使いたくは無いが、まぁ、こんな時の力だ)

 

 最後の意味だけは分から無かったが、ともあれ達也はイデアの思念だけで頷きを送った。オーフェンがにやりと笑う。そして、挑発の締めくくりを放った。

 

「お前は無力だ! 現に、それだけ魔術文字を使っても、俺達に危害も加えられない! 必要とあらば、俺は彼女を見捨てるぞ――」

「は、ははははっ! 面白い事を言う。確かに、彼女は君にとっては人質にならないか。だが、心外だな。僕の力が、剣と身体の文字だけと思うのかい?」

「ああ、お前には何も無い。ただ他人の力の上澄みでいい気になってる虎の威を借りる狐だ。何も怖くないね」

「これを見ても、そんな事が言えるか……!?」

 

 我慢の限界に達したか、司一は引き攣った笑みのまま髪をかき上げ、目を光らせる。同時に、左手のCADから起動式が展開したのを達也は見た。邪眼(イビルアイ)――意識干渉型系統外魔法、とは名ばかりの催眠効果を狙った光波振動系魔法だ。しかも、それは発動すらしなかった。何故なら即座に達也が術式を直接分解したから。術式解散(グラムディスパージョン)、起動式が完全にかき消えた。

 

「き、貴様……!」

 

 司一がこちらを睨んで来る。何をされたかは分からなくとも、誰がしたのかを理解したのだろう。当然だ。わざわざCADを構えたのだから。そんな必要は、本来無いのに。

 そして、司一が注意を達也に向けると同時に、オーフェンは”目を閉じる”と鎧を演算処理モードで起動。情報介入を最大にし、自分を補助させる。魔術文字が一斉に展開すると同時に、偽典構成が瞬時に編み上げられた。そのあまりの規模と速度に、思わず達也が振り返りそうになる程に。

 オーフェンが目を開ける――気のせいだろうか、達也にはその目の色が違って見えた。異変に気付き、司一が振り返ろうとした時には全てが終わっていた。オーフェンが叫び、全てが。

 

「な、ん、え?」

 

 状況が理解出来ないのか、司一がキョロキョロと周りを見渡す。だが、そこには誰もいない。そう、剣に貫かれた深雪はもうそこに居なかった。彼女はあるべき場所に戻っていたのだから。達也の、腕の中に。

 

「え? お、おにい、さま? ど、どういう」

「深雪……」

 

 彼女も混乱しながら、また達也に抱かれていると言う状況に焦りながらあわたたとする。そんな彼女に心底安堵して、達也は息を吐きながら彼女を抱きしめる力を強くした。深雪がさらに慌てるが、知った事では無い。そうしながら、彼はオーフェンが何をしたかを理解していた。そう、イデアで繋がっていた達也だけが、彼が何をしたのかを分かったのである。それは。

 

(空間、転移……目茶苦茶だ……)

 

 擬似空間転移では無い。本物の、空間転移だ。オーフェン本人は使えると確かに言っていた。言っていたが、まさか瞬間で使えるとは思わなかった。こんな状況でなければ絶句している所である。

 そして司一にはそれをしている暇すら与えられなかった。オーフェンがそれを許さなかったのである。

 どすっと言う音が鳴り、続いて跳ねる金属音が響く。

 

「え? え!? ええええええ――――!?」

 

 司一の左手。月の紋章の剣を握っていたその手首を、文字列の刃が貫いていた。それは、オーフェンが構えた柄から伸びている――星の紋章の剣。

 

「どうだ? 剣で刺される気分はよ。もっとも、こっちは実体だかな」

「ひ、ひぃあ! ああぁあぁあああああ――!」

 

 激痛と噴水のように溢れる血に、司一が絶叫する。月の紋章の剣は、今の一撃で下に落ちていた。それを拾おうともせずに彼は懐から何かを取り出す。何の変哲も無い、黒い小箱だ。だが、オーフェンはその箱を見るなり地面を蹴って走る。慌てて、司一は指を小箱に走らせると文字が空中に浮かび、そこまでだった。オーフェンが突如飛び上がると、顔面に重いブーツの底を叩きつけたのだ。

 ぐしゃりと形のいい鼻が潰れた音と眼鏡が割れた音が、達也達の元まで聞こえた。

 

「へ、へぎぃぃぃぃぃ……!?」

「空間転移の箱か。こんなもんまで持たされてるとはな――我が腕に入れよ子ら」

 

 仰向けに倒れた司一に構わず、オーフェンは小箱を回収すると月の紋章の剣に手を伸ばし、構成を発動する。すると一人でに剣が浮かび上がり、オーフェンの手に収まった。そして小箱を脇に抱えながら、指を刀身に走らせる。燐光の如く、魔術文字が淡く輝き始めた。

 

「さて、お待ちかねの質問タイムだ。俺もこの剣の使い方は知ってる。意味は分かるな?」

「ひ、ひぃぃ……!」

 

 司一は悲鳴を上げるが、オーフェンは構わない。剣を身体に突き立てた。

 

「じゃあいろいろ聞いていこうか。まず――」

『それは叶わない願いだな。旧友よ』

 

 唐突に、唐突に声が響いた。その場にいない筈の、誰かの声が。達也にも、深雪にも聞き覚えの無い声。だが、オーフェンには聞き覚えがあった。二十年、彼を苛み続けた声――忘れる筈の無い声!

 

「お、まえは……!」

『盟友よ。失敗したな? その時のリスクは説明したと思う』

「待っへ、いやだ……ほくは、ちゃんと、ちゃんと……!」

 

 鼻が折れているからか、ちゃんと喋れないのだろう。だが、司一の紛れもない悲痛な悲鳴は達也達にも知れた。涙を流し、何かに懇願している。

 

「まっへ、まっへくれ……! ちゃんすを! ほくに。ひひを!」

『残念だ盟友よ。本当に残念だ。何より、私の思い通りになり過ぎて、つまらないのが特に』

「っ……! ちっ!」

 

 直後、オーフェンが舌打ちし剣を引き抜く。だが、剣の魔術文字は一足遅く転移していた。……司一の身体へと。そして、変化が。今の今まで、散々周りの人間を変えて来た変化が、彼を襲う。

 

『意識はそのままだ。生きたまま、”人形になる自分”を見るといい』

「いやだぁぁあぁぁぁぁ―――! たふけて、たふけて、たふけて!」

 

 やがて――司一は人間では無くなってしまった。

 人間らしい柔らかさを持った肉は須らく樹脂を思わせる何かに変えられ、骨も、神経も、尽く人間でない何かに変えられている。人形。達也は直感する。あれは、人形だと。深雪がショックでえずくのを背をさすってやりながら彼もショックを受けていた。

 そして、オーフェンは深々と嘆息していた。長く、重い、数十年の息を。

 

「……確かに、久しぶりだ。二度と会いたいとも思わなかったがな」

『だが、私に会いに来た。そうだろう?』

「ああ、そうだな」

 

 頷き、人形とオーフェンは対峙する。その人形も、彼は知っていた。殺人人形(キリングドール)。魔術文字を内蔵された、対魔術士用の兵器。そして、その人形の背後に霊のように浮かぶ存在に。

 ただ思念を投影しているのだろう。それは分かる。だが、オーフェンはそこに居ないと分かっていながら睨み据えた。告げる、彼の名を。

 

「魔王、スウェーデンボリー……」

『本当に久しぶりだ。魔王、オーフェン』

 

 二人の魔王。旧き魔王と新しき魔王は、異世界で再会を果たしたのであった。

 

 

(中編に続く)

 




はい、第十五話前編でした。
まさかのラスボス登場。あれですよ、一巻からラスボス登場するのは基本です(スレイヤーズ感)
さて、司一が人形になるのは読めてもまさかのボリーさん登場に、おいおいってな感じでしょうが、このまま突っ走ります。ではでは、中編もお楽しみに……て、三部構成なの? マジで?
ではではー。

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