魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜 作:ラナ・テスタメント
達也の人生難易度が跳ね上がりまくりな今作。よく考えなくても、いろいろヤバいですが、ええ頑張って頂きましょう。
では、入学編クライマックスの第十五話(後編)どうぞー。
なお、後書きでキャラ紹介3と、補説があります。
「スーちゃん」
第一高校中庭。そこで佇む小柄な少女、スクルド・フィンランディに七草真由美は声を掛ける。つい先程、父である弘一が撤収し、校内も落ち着いて来た所だ。
洗脳されていた剣道、剣術部の生徒と、オーフェンが沈黙させたブランシュの巨人も連れて行っている。彼等はそれぞれ巨人化解消の後に、入院、リハビリと言う事になるだろう。ともあれ事後処理の目処が立った所でスクルドが居ない事に気付き、真由美は生徒会メンバーに後を頼んで彼女を探しに来たのだった。
スクルドを探した理由は勿論ある。彼女がブランシュに向かわないか――暴走しないか心配だったのだ。賢者会議が絡む以上、その可能性は念頭に入れなければならない。だがスクルドがそうなっていない事に真由美は安堵の息を吐いた。微笑み、ぼんやりとした彼女へと近付く。
「スーちゃん、突然いなくなるんだもの、心配したわ。どうかした?」
「オーフェンが”魔王化”したのが分かったから」
「……え?」
「ここなら、もうちょっと状況分かるかなって。今は殆ど使えないけど、ちょっとくらいなら私もネットワークに繋げられるし」
淡々と……それこそ平時の彼女では有り得ない程、淡々とスクルドは告げる。真由美はそれを聞いて、目に見えて狼狽した。
ああなったオーフェンを見た事は、一度しか無い。だが、それでも分かっている事はある。一年前、何故スクルドが突如暴走したのか。その原因、それがオーフェンの魔王化だった。故に、真由美は息を呑む。スクルドが今にも、”あの”状態にならないかと危惧したのだ。
神人種族、運命の三女神が末妹、未来の女神に彼女が傾いた場合、オーフェンがいない状況では”日本が無くなってもおかしくない”。
「大丈夫だよ」
しかし、そんな真由美にスクルドは微笑みを返す。透明な笑み、超越者の笑みだ。それはスウェーデンボリーと同種の笑みでもある。それを浮かべながらスクルドは制服の胸元から一つのペンダントを取り出した。ドラゴンの紋章のペンダント、オーフェンが魔王術で封じたスクルドの力だ。
「神人種族としての特性はこれに封じられてるから、私が理に還る側に傾く事は、そう無いよ。だから、そんなに怖がらなくて大丈夫」
「っ――! スーちゃん違うわ! 私は……!」
「誤魔化さなくていいよ。むしろ当然だもん。あの私を怖がるのは、巨人種族としてフツーだよ」
真由美の反論を、スクルドは首を振って封じる。彼女はそれに否と告げようとして……出来なかった。なんと言えばいいか、全く分からなかったから。何をどうしようと、彼女が神人種族――現出した常世界法則そのものであり、実在してしまった神である事に違いは無いのだから。
口をつぐんだ真由美に、スクルドは目を前へと戻しながら思い出す。一年前、オーフェンがああなった時の事を。そして自分が、暴走してしまった事を。
神人種族は理に還る事、つまり死ぬ事と、一度得た生命を全うとする事、生きる事に執着してしまう。これは神人が生命として得てしまった矛盾だ。結果、彼等は常に発狂してしまっている。「神々の現出」、それ自体が矛盾を孕んでいるのだから。
歪みきった狂った空間に、黄塵の砂が吹き荒れた終末の光景。そして対峙する女神と魔王。スクルドは未だに覚えている。自分を見据える、青い瞳を。そして彼に告げた言葉を。
「スーちゃん」
「戻ろ、マユミ。お仕事、まだあるんだよねー?」
「……生徒会の仕事はね。天世界の門としては撤収し終わってるし、何もしなくても大丈夫よ」
「いいのいいの。手伝わせてよ。どーせ暇だしー」
いつもの脳天気な口調に戻り、スクルドはにこやかに笑いながら校舎へと戻る。そうしながら、ぽつりと聞こえないように一言を呟いた。いつかの、言葉を。
「……奪うのも、奪われるのも、望んだ人以外は嫌だよ」
ね、オーフェン。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
司波達也は目を見開き、絶句していた。腕に抱く深雪がこちらに聞きたそうな顔をしているが、それも目に入らない。
今、達也の目、「精霊の目(エレメンタル・サイト)」は、信じられない光景を映しだしていたから。
オーフェン・フィンランディ。自分達の前に立つ青年が、ただ在るだけで世界を書き換え続けている光景を、イデアを通じて達也は見ていた。
魔法とは世界を欺瞞し、一時的にエイドスを上書きして自らの望む事象を表すものだ。だが、これは違う。オーフェンが行う改竄は根源から世界を書き換えてしまっているのだ。世界改変……いや、世界改竄! これが恐らく真の魔法――!
『魔王術は、魔術で魔法を擬似的に再現する術だった……だが、真なる魔法とは魔術をそもそもとして”介さない”。思考そのものが構成であり、世界を書き換える存在力を持っている。そう、魔法とは則ち常世界法則そのものだ』
「……黙れよ」
押し殺したオーフェンの声。しかし、それはあまりにも力の無い声だった。
”暴れ回る魔法を、魔王術で無理矢理制御している”のだ。制御には失敗出来ない。もし失敗すれば、”自身が常世界法則化する”。真由美相手に制御訓練をしていたのは、これが理由だった。一年前からオーフェンが抱えてしまった病。巨人化、魔王化と言う病だ。
そして自身の力を何とかして抑え込もうと必死なオーフェンに構わず、スウェーデンボリーは続ける。
『二十年。君は、私の力を内包し続けた。魔王の力をな。召喚器で鋏にして厄介払いしたつもりだったのだろうが……失敗したな。ネットワークからこの世界への現出も原因の一つだろう。ともあれ、君は既に魔王の力を生み出すまでになってしまった訳だ』
それが、君の巨人化だ――。
興奮しているのだろう。スウェーデンボリーは矢継ぎ早に言う。この時を彼は待ち続けたのだから。
魔王の力を返そうとするオーフェンを突っぱね、魔王術を伝授し、常に変化を見守り続けた。そう、彼が後継足り得るように。”自身に成り代わらせる為に”。その結果が、今のオーフェンだった。彼は歯を軋む程に食いしばり、ようやく魔法を抑え込む。瞳が青から黒へと戻った。
「……俺は、お前の望むようになるつもりは無い」
『もう遅い。彼女が襲い掛かったのがいい例だ。君は、すでに私と同様、魔術の根源となっている。これで、私は解放される……』
「お前が生み出した世界だろうが! 捨てていいと思ってんのか!?」
『詭弁だな、旧友よ。確かに世界を創造したのは私だが、だからと言って縛り続けられなければならない道理があるのか? いい加減、私も楽になりたいのさ』
「……親は、どこまで行っても親さ。自分が生み出したものから逃れる事なんて出来るものか。どこをどうやっても、事実は付き纏う」
『平行線だな』
互いの言葉は出し尽くした。尽くして尚、言い分は変わらなかった。それだけがオーフェンとスウェーデンボリーが出した結論だ。
最早語る事も無いと、スウェーデンボリーの意思に応え、司一だった殺人人形が迫る。それを見て、オーフェンは決めた。背後の達也と深雪を巻き込む事を。魔術と魔王術の連発に加え、先の魔王化で疲労は限界に達している。今、スウェーデンボリーと殺人人形を相手にして勝てると思う程、オーフェンは楽観出来なかったのだ。間違っても負ける訳にはいかない。なら、最低の手段と分かっていても、二人を使わない訳にはいかない。
(タツヤ、大丈夫か?)
(……はい)
再びネットワークで繋いだ思念に達也が答える。それに頷いて、オーフェンは先の魔法で戻しておいた手中の短剣、星の紋章の剣を後ろの彼に投げ渡す。精神支配は達也も消耗させていたが、危なげなく受け取った。
(同調術で使い方を教える。俺達で奴を潰すぞ)
(魔法は――)
(使えない。使えたとしても一回、一瞬こっきりだ。それだけしか、奴の制御と渡り合えない)
(オーフェン先生……貴方は、一体何者なのですか。さっきの会話も、力も……!)
思念での問いにオーフェンは沈黙する。それに達也は意外な程に苛立ちを覚えた。何故、何も答えないのか……再び問う前に、オーフェンから思念が来る。
(感傷だよ。ただのな)
(どう言う事ですか)
(既にお前は当事者の一人だ。放っておいても、奴はお前を付け狙う。全部――全部だ。説明してやるべきだとは思っている)
(なら、何故?)
(言ったろ。感傷だ……言葉にしちまうと、認めざるを得ないものってのもある。それをしたくない。それだけさ)
達也はオーフェンの思念を観て、頭を振る。彼が何を伝えたいのか、理解出来なかったから。しかし、それは当たり前だった。オーフェンは感傷と告げた。利己的な、センチメンタルな理由だと。そんなものを理解出来る筈が無い……だが同時に悟った事もある。彼は、本当に自分達を巻き込みたくは無かったのだ。同調術の影響か、達也はオーフェンの後悔を感じていた。
(俺は納得出来ません。貴方の行動も、何もかもが理解出来ない)
(……そうか)
(ですから――いつか話して下さい)
達也は腕の深雪に優しく微笑み、腕から下ろす。まださっきのショックが残っているのか、彼女は目に見えて青ざめていた。しかし達也の目を見て、こくりと頷く。混乱もしているだろう、疑問も尽きていないに違いない。だが彼女はそれら全てを置いて、自分を信じてくれたのだ。
一度だけ髪を撫でると、達也は前に出て、オーフェンの横に並ぶ。そして星の紋章の剣を構えた。剣技には明るくないがナイフの扱いは訓練している。この短剣なら、その応用でなんとかなる筈だった。そして、最後は言葉でオーフェンに告げる。
「俺達の出生にも関わる問題だ。必ず、全てを教えて下さい」
「……ああ」
少しの沈黙を経て、オーフェンは頷く。納得も何もしてはいない。だが、今はそれで良かった。
達也は短く頷き返し、オーフェンに先がけて走り出す。殺人人形、そしてスウェーデンボリーへと。彼等は揃って笑いながら迎え討った。
「来るか!? 司波達也くん! 今の私を君が倒せると思っているのか!?」
明らかな嘲りに達也は不思議と懐かしい気持ちになりながら、古流体術の一つ、縮地で殺人人形の内へと踏み込む。哄笑する人形は、右手を達也へと差し向け、”発射”した。
「っ……!」
流石にそれには驚くものの、達也の目は飛んで来る右拳を見切ってみせた。踏み込みを延長させ、地面すれすれまで屈むと星の紋章の剣を跳ね上げる。狙いは手首に繋がったワイヤーだった。だが、元の素材は人間なのにも関わらず、ワイヤーは短剣の一撃に耐えてのけた。切れない! しかし勢いは削がれたのだろう。遅れて来たオーフェンが、拳を蹴り飛ばす。
「タツヤ、ちょっとでいい――時間を稼げ!」
無言で頷き、達也はそのまま殺人人形へと踊り掛かる。しかし、殺人人形は残る左手で右肩の文字をなぞっていた。そして内蔵された沈黙魔術が発動する。文字は光の筋を生み出し、それら全てが光の矢へと変化した。数百――いや、スウェーデンボリーが一瞥するだけで数千へと変化する!
『解答者はこの程度では死なないだろう? だがまぁ削らせてもらおう』
「っ……!」
狙いはここにいる全員! させるものかと達也は短剣を翻し、人形へと叩きつけた。だが、どのようなギミックをしているのか手首から生えたナイフで刃を受け止められる。更に膝がばくんと開くと、そこから細い手が伸びて来た。隠し腕――まずいと思う間もなく、腕が差し込まれる。
「……っ」
「お兄様!?」
腹筋を突き破り、隠し腕が腹を存分に抉る。深雪が悲鳴を上げた――同時に光矢が放たれる。だが、直後にオーフェンから思念が来た。
(タツヤ、分解を――)
「っ……」
ここで使うのかと思わなくも無いが、絶体絶命なのは確かだった。だから、達也は分解を行使する。スウェーデンボリーが制御を奪いに来るが、オーフェンがそれに抗った。
制御の奪い合い。その隙に達也はオーフェンとの同調で魔術文字の構成の知識を得て、精霊の目により記述を把握する。直ぐさま特化型CADトライデントを抜くと、分解を放った。対象は光矢を生み出した魔術文字! 光矢は全てに着弾する事無く、文字の分解により消え去った。
「おのれ! 劣等生風情が……!?」
殺人人形が顔を歪め、吠える――だが、突如として腹から突き出した刃に目を剥いた。それは人形の背中側から刺された剣だった。バルトアンデルスの剣、オーフェンだった。彼はこれを拾いに行っていたのか。
「さっきは星の紋章の剣を戻すのに手いっぱいだったんでな。もちろん、発動させてない」
『ふむ、単純な物理攻撃では私も如何とはしがたいな。だが旧友よ、甘く見すぎだ』
「何を――」
スウェーデンボリーの言葉に見上げ、オーフェンは絶句する。魔王の右手があるものを持っていたから。それは魔術文字だった。それも殺人人形が持つ中で最大の威力を持つ文字!
『魔術を確かに私は使えないが、既にある文字なら容易いのだよ』
「お前、思念だけをここにやってる筈じゃ……!?」
『確かにその通りだが、文字をなぞる程度の存在力は持たせてあるさ。先の音声封じ――あれを、私がどうやって使っていたと思う?』
「くそ!」
「ちっ!」
オーフェンが毒吐き、再成を終えた達也が舌打ちをする。そして、すぐに互いの獲物を引き抜くとスウェーデンボリーへと目掛けて放った。だが、彼は余裕すら持って一言を呟く。
『殺人人形』
「我は……! 主命を受諾するのみ!」
叫び、殺人人形が動く。彼は自分の身体を持って、主を守った。オーフェンと達也の一撃を両手を犠牲にして受け止める。
「させないさ……! 私の、僕の、これは意地だ!」
これには二人も息を呑む。まさか人形になった彼がここまでやるとは思っていなかったのだ。戸惑いは隙となる。そしてスウェーデンボリーが魔術文字を掲げた。
『終わりだ。旧友よ、解答者よ――』
「そうか? お前も殺人人形も迂闊だろ。このメンツで一番凶悪なのを忘れるなんてよ」
殺人人形に刺さったままの剣を引き抜けないまま、オーフェンがにやりと笑う。唐突な言葉にスウェーデンボリーが眉を訝しげに潜めた瞬間、それは起こった。
魔術文字がいきなり凍りついたのである。魔王の両手ごと! ニブルヘイム――振動・減速の系統魔法だ。それを行ったのは、ただ一人元の場所に立つ少女だった。司波深雪。彼女は、オーフェンの台詞に憮然として叫ぶ。
「オーフェン先生! 誰が一番凶悪ですかっ!」
『成る程、そう言う事か』
魔王が嘆息すると同時にニブルヘイムの制御が奪われる。だが、その隙を二人は逃さなかった。オーフェンは蹴りを殺人人形の肩に叩き込み、達也は手刀を肘へと放つ。ちぎれかけていた右肩と左肘が、それで脱落した。そして、くるりと反転すると正面と背中からそれぞれ交差するように剣を突き込む! 二つの剣は、それぞれ文字を発動させていた。星の紋章の剣は文字列の刃を延長させ、月の紋章の剣は光の文字を溢れさせる。それは人形の身体へと抵抗なく突き立った。
「「弾けろ――っ!」」
二人の声が唱和する。同時に、月の紋章の剣は発動し、星の紋章の剣越しに分解を行使する。そして、殺人人形の身体は容赦なく紙吹雪と元素に変じられたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ごとんっと、人形の首が落ちる。最後の抵抗でそれだけが残ったのか。それを見ながら、オーフェンと達也はその場にくずおれた。二人共息が上がっている。
「くそ……手こずらせやがって」
「オーフェン先生、それはまるで悪役の台詞です」
「お兄様! オーフェン先生!」
深雪が走って来ると達也へと縋り付く。本当は刺された時にでも駆け寄って来たかったのだろう。だが彼女はそれを抑えて、起死回生のチャンスを狙ってくれていたのだ。
以心伝心。よくやってくれたと、達也は抱きつかれた深雪の背をぽんぽんと叩く。オーフェンが白い目で見ていたが、構わなかった。
『これは、正直やられたものだな。勝てるとも思っていなかったが……』
「まだいやがったか」
ため息を吐いて、オーフェンがきろりと声がした方を睨む。そこに転がるのは殺人人形の首。その上に投影されている魔王の姿だった。どうも頭に魔術文字があるらしい。
オーフェンは月の紋章の剣を手に、ゆっくりと立ち上がった。人形の首へと歩み寄る。
「いい加減、鬱陶しいから消えろよお前」
『私からいろいろ聞き出すものと思っていたが?』
「尋問出来る状況か。そもそも、お前が話すとも思えない」
『ふむ、確かに――だが、やられっぱなしと言うのも気に入らないな。なので一つお土産だ旧友』
「っ……この期に及んで、まだ何かするつもりか!?」
『”もうした”が正しいな。上を見るといい』
言われ、三人は揃って上を見る。そして絶句した。天井すれすれに魔術文字が漂っていたから。あの文字は、スウェーデンボリーが発動させんとしていた魔術文字!
『あの文字は私が最大限強化してある。逃げるなら今の内だ』
「この……クソ野郎がぁ!」
暴言を吐いて、思いっきり人形の首を蹴飛ばすと、オーフェンは達也と深雪に近寄るなり襟首を捕まえた。
「空間転移する! 逃げるぞ!」
「待って下さい! 大丈夫なんですか?」
達也が至極当然の事を聞いて来る。それに、オーフェンは歯噛みした。無論、大丈夫じゃないからだ。
既に体力は底を尽き、鎧の内側では大量の油汗が流れている。とてもでは無いが、魔王術を使える状態では無かった。だがやらねば全員ここで死亡確定である。流石にこんな所で死にたくは無かった。
「やるしかねぇだろ。他に手があるか!?」
「ですが――」
「あの、オーフェン先生、あれは?」
口論しかけた二人を留め、深雪が指差す。そこにぽつりと一つの小箱が落ちていた。あれは、オーフェンが殺人人形との戦いのはじめに月の紋章の剣と共に放り出した、空間転移の小箱。そう言えば、あれがあったのだと今更オーフェンは思い出した。
「ミユキ、ナイスだ。あれでとっとと逃げるぞ!」
「あの小箱、何なんです?」
「空間転移の魔術文字を内蔵した箱だよ。使い方は、確か――」
うろ覚えながら、姉アザリーがこれを使っていた記憶を引っ張り出し、また刻まれた文字を解読しながら、なぞっていく。
上手くいったのか魔術文字が光となって浮かび上がった。同時に小箱の重さが増す――この小箱は距離に応じて重さが増えると言うものであった。と言っても今回転移するのは、この廃工事の入口だ。そこで待機している全員と合流し、ロードローラーで逃げ出せばいい。文字が次々と浮かび上がり、三人を包み込む。
『今回はここまで。次はもう少し、体裁を整えるとしよう――』
鬱陶しい魔王の声はまだ続いていた。苛々させられるが、流石に手が出せない。覚えてやがれよと毒吐きながら、オーフェンは文字をなぞる手を止めない。達也も深雪も不快そうな顔をしていた。二人もしっかりあの魔王の事を嫌いになったらしい。……まぁ、スウェーデンボリーに関わった人間は大抵そうなるのだが。
『次は国を動かそうか? USNA? 新ソビエト連邦? 大亜細連合? それとも全てか? 楽しみにしていてくれ、旧友よ、解答者達よ。趣向を懲らして、楽しもうではないか。……ああ、肉体があると、たまにこうした期待が持てる。実に――』
ついに魔術文字が完成し、三人の姿が薄れる。空間転移だ。その間際に、魔王が叫んだ。それは、はっきりと聞こえる声音で、一同へと叩きつけられる。
『忌まわしいよ!』
次の瞬間、三人の姿は消えたのだった――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
三人は入口に転移するなり、そこで待たせてあった克人と八雲――エリカ、レオ、桐原はまだ気絶中だった――と合流するなり、さっさとロードローラーに乗り込んだ。達也と深雪は八雲の姿に驚いていたが、今はどうでもいい。
猛スピードで入って来た穴から飛び出るなり、ついに魔王が残した沈黙魔術は発動した。ぶわっ――と気流が渦巻くと凄まじい竜巻が立ち上がったのである。それも無数の竜巻が林立するようにだ。
廃工事がそれこそ冗談のようにひきちぎられて崩壊し、空へと舞い上がった。これは気流ではなく、エネルギーの渦だと逃げ出す一同は理解する。
「こんなものを、あいつは俺達に使おうとしていたんですか……」
「大袈裟な奴なんだよ、いつもな――来るぞ」
後部座席で達也へと答え、オーフェンは告げる。直後、全く音も無く、しかし強烈な爆発が起きた。
エネルギーが炸裂し、廃工事があった地点をあらかた飲み込んでいく。
規模こそ戦術級だろうが、範囲を限定しなければ戦略級にも達しかねない威力がその爆発にはあった。ぞっとする一同に、オーフェンは嘆息しながらぽつりと呟く。
「殺人人形一体でこれだ……くそったれめ」
「それは、どう言う……?」
「殺人人形の材料は人間だ――逆を言えば、人間なら誰でも人形に出来るって事でもある」
ぴたりと誰もが口をつぐむ。オーフェンが何を言っているのか、理解したからだ。
確かに現在世界人口は、二十一世紀初頭に比べて30億人と激減している。だが、30億人”も”いるとも言えるのだ。材料は山とある。
「賢者会議。予想以上に厄介かもな」
オーフェンは嘆息し、スウェーデンボリーの言葉を思い出していた。次は、国を動かすと言う言葉を。まさかなとは思いたいが、楽観は出来ない。
しかも、それで終わりでは無いのだ――頭を抱えそうになるのを我慢して、オーフェンはぐったりと座席に身を預けたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……終わったか」
司一、正確には殺人人形とのリンクが途切れ、やれやれと青年が肩を竦める。魔王、スウェーデンボリー。彼はにやりと笑うと身を翻した。そこに一人の女が控えている。
ウィールド・ドラゴン=ノルニルが始祖魔法士、オーリオウル。彼女は緑色の瞳を潤ませて、スウェーデンボリーへとかしづいた。
「スウェーデンボリー様……どうか、御自愛下さいませ。貴方が出向かわなくとも、私達に言って下されば」
「別に出向いたと言う程でもない。ただ遊んだだけだ、オーリオウル」
御自愛下さい。その言葉に嫌悪を滲ませ、スウェーデンボリーは彼女を置き去りにする。縋り付くようにして、オーリオウルは立ち上がった。
「申し訳ございません! ですが、私は……!」
「愛している、か? 有り体に言おうか、オーリオウル。その愛とやら――私には、鬱陶しくて仕方ない。二度と言う事を禁じる」
「そんな、ああ、でも、私は――」
何故か恍惚とするオーリオウルに、スウェーデンボリーはついに付き合っていられないと無視する事にした。
やれやれと歩いていくと、今度はやたら太っちょの巨漢に出くわす。ミスト・ドラゴン=トロールの始祖魔法士、パフだ。
「ほっほっほ、議長。随分楽しまれたようですな?」
「ふむ……久しぶりに旧友と会えたのでな。確かに楽しんだと言えなくもない」
「それは良い事ですな。出来れば、私も連れて行って頂きたかったものです」
「……言っておくが、彼女とは会っていないので、君の期待には応えられない」
「なんとっ! 女神様とお会いにならなかったと……! そんな、ついにスクルド様のお姿を見られると楽しみにしていたのに――」
女神性愛者――まぁ、つまりそう言う性趣向を持つ巨漢に、スウェーデンボリーはやはり嘆息する。追いつき、涙を流して「どうか、どうか、私に罰をっ!」とか言って来るオーリオウルもそうなのだが、元は”巨人種族”なせいか、彼等は誰も彼も個性的――とてもとても控えめな表現でだ――で、あった。
「他の者達は?」
「皆、席に着いてるわよ、議長」
「君も居たのか、プリシラ」
「まぁね」
パフの背後から現れたのは赤毛の勝ち気そうな少女だった。瞳はやはり緑色だ。
フェアリー・ドラゴン=ヴァルキリーの始祖魔法士、プリシラ。彼女は面倒臭そうに、オーリオウルとパフを眺めた。
「議長? この二人はまともに相手しない方がいいわよ。変態だから」
「プリシラ!? なんて事を言うの、貴女は――」
「まぁ、そんな事は分かっているのだが」
「スウェーデンボリー様!?」
「ほっほっほ」
悲鳴を上げるオーリオウルに、否定すらしないパフ。二人を無視して、スウェーデンボリーは歩き出す。三人もそれに付き従った。
「なんか嬉しそうね、議長。楽しめたの?」
「それなりにと言った所か。想像以上の成果はあったな」
「へぇ、報告が楽しみね」
言葉に反して、彼女はそっぽを向く。そんな気まぐれな所も猫のようだった。スウェーデンボリーは知らないが、彼女のそんな所は、達也のあるクラスメイトにそっくりでもある。魔王は苦笑し、とある一室に入る。そこには円卓が置かれていた。そして残る三人が席に座っている。
レッド・ドラゴン=バーサーカーが始祖魔法士、ガリアニ。
ディープ・ドラゴン=フェンリルが始祖魔法士、レンハスニーヌ。
ウォー・ドラゴン=スレイプニルが始祖魔法士、マシュマフラ。
彼等を睥睨し、スウェーデンボリーは席に着く。着いて来た三人も己が席へと座った。六種の獣王達、彼等に頷き、スウェーデンボリーは告げる。
「さて、では今回の件について話すとしようか」
「その前に、議長。通信が入っております」
「ほぅ? 私にか?」
「はい。どう致しましょう?」
「ふむ――」
ガリアニからの問いにスウェーデンボリーは少し考えるそぶりを見せ、やがて薄く微笑むと頷いた。それを見て、ガリアニはネットワークとあるシステムを繋げる。フリズスキャルヴ――エシェロンⅢの拡張パック、そのバックドアを用いてしかここには繋げられない。やがて、円卓の卓上へと空間に映像が投影された。それは一人の女性、一見して二十代にも三十代の初めにも見える女性だ。だが、スウェーデンボリーは知っている。彼女の歳が四十を過ぎている事を。オーリオウルが目を吊り上げているのをよそに、彼はにこやかに微笑んだ。
「やぁ、久しぶりだ、”四葉マヤ”」
『あら、”おじ様?” 私の事をいつからそんなに他人行儀に呼ぶ事になったのかしら?』
「それは済まないな、マヤ――」
甘えるように、悪戯めいた笑みを浮かべる彼女にスウェーデンボリーは苦笑を浮かべる。
四葉真夜――十師族四葉家当主は、そんな彼に嫣然と頷くのだった。
(入学編第十六話に続く)
はい、第十五話後編でした。
いろいろ不穏過ぎる……これはあれか、お兄様イジメか。しかしアンチでもヘイトでも無い。うん、新手の嫌がらせか。
さて、キャラ紹介3と参りましょう。劣等生から入った方と、はぐれ旅四部を知らない方用に、今作ラスボスっぽい彼を。
では、どぞー。
魔王、スウェーデンボリー。
種族:神人種族。
年齢:32(外見年齢が32歳。実年齢は不明。軽く数百億年はあると思われる)。
概要。蛇の中庭を想像した世界主にして創造神。唯一のアイルマンカーとも呼ばれる。異名は他にも「神殺しの魔王」「仙人」とも。
その実態は旧世界に於いて悟りの極致に至り、世界を捨て去った世界離脱者(ウォーカー)。常世界法則と一体化し、真の意味で神となった存在でもある。
彼は完全不可能性と無限可能性を混ぜ合わせて世界を創造した(これを持って同質にして正逆の天使と悪魔とも呼ぶ)。これが蛇の中庭と呼ばれる世界(オーフェン世界)である。その後、ドラゴン種族が常世界法則を制御する術――則ち、魔術を誕生する事により、他の神々同様、世界に現出してしまった。
その際、他の神人がドラゴン種族と魔術を根絶する事により常世界法則を正常化しようとした事に対して、彼は全ての神人種族を滅ぼす事により常世界法則を正常化出来ると考え、それを実行に移す。当時、自分達と共に現出した自分達の肉体とも言える巨人種族(つまり人間)を利用し、神と争わせたと言われる。
紆余曲折の果てにオーフェンを己の後継と見定め、散々弄んた後にあっさりと見捨てたが、カーロッタにより取り込まれ、それもシマスにより喰われて、彼はドラゴンと一体化してしまう。……だが、どこをどうやったのか、再びドラゴンの内側に現出した。この際、世界を現出したかどうかは不明。この世界が劣等生世界である。
スクルドの言葉を信じ、今話の内容から、やはり神化、常世界法則との一体化を目論んでいると思われる。
人物としては、神人種族としては例外的に人間に対して好意的な存在。望みを叶える事すらもある。
ただし、彼自身は人間に対して生死にこだわる事も他人に思い入れを持つ事も理解出来ない。その為、願いを叶えたとしても、大概ろくな事にはならず不幸な目に合わせる。
また神人種族として現出してしまった為に、生きている、と言う事自体に不快感を持っており、神化への悟りを無くしてしまい、至れない事に絶望もしている。
そして神化するにあたり、オーフェンに目をつけ、今話でようやくその成果を果し、狂喜した。
彼が劣等生世界で何をやらかすのか、知る者は誰もいない。
こんな所で。まぁつまりコルゴンを百倍厄介にしたような野郎と思えば分かりやすいかもしれません。
四部でまさかああなるとはテスタメントも思わなかったんだぜ。そして補説、オーフェンの巨人化について。
彼の巨人化は、言わば魔王の力(魔法)を己の内に生み出してでも内包する、と言うものです。かつて四部においても抱えっぱなしではありましたが、ネットワークからの現出をきっかけにして表出せんとし初めました。これは下手すれば、オーフェン自身を常世界法則化しかねないもので、万能全能の力でありながら制御をほとんど受け付けない、と言う厄介なものです。
オーフェンは魔王術で無理矢理制御している状況となります。またスウェーデンボリーが目指した、己と成り代わる、と言う状況(魔術、魔法の根源となる)も達成してしまい、案の定魔王歓喜な事になってしまいました。
あれ、オーフェンにとっても人生難易度跳ね上がってね? いや、四部はもっと酷かった筈。
そんな訳で次回、第十六話は入学編エピローグとなります。
ではでは、また次回ー。