魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜   作:ラナ・テスタメント

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 お待たせしました。入学編第三話をお届けします。
 あれ……思ったよりギャグにならないだと……? と、テスタメントが不思議に思った通り、若干真面目です。多分(笑)
 しかしいつになったら終わるんだ入学式……長い、長いよ(笑)
 そんな第三話、楽しんで頂けたなら幸いです。
 では、どぞー。


入学編第三話「いいからいっぺん死んでこい!」(Byオーフェン)

 

 壇上から外にいるビッグキースに辿り着くには、普通なら数十秒程度で事足りただろう。しかし、未だ混乱の坩堝にある講堂は、容易く走り抜けられるものでは無かった。

 その中を縫うように駆けながら、達也は薄く笑う。それは、共に走り抜けるオーフェンを見てだ。

 これだけの状況で、自分と同程度の速度で駆け抜けられる。それは、最低でも自分と同格の体捌きが出来る事に他ならない。

 ひょっとしたら、妹であるスクルドに体術を教えているのは、彼かも知れなかった。

 

(今は、関係ないか)

 

 達也は笑みを消すと、前を見る。ビッグキースまではまだ遠い。かのふざけたロボはみょんみょんと、妙なビームを撃ちまくり、その度に悲鳴が響き、肌色が乱舞する――後で深雪に何も言われない事を達也は折に願った。

 そんな自分へと、今回の騒動の主犯であり、超絶迷惑執事、キースから視線が来たのを悟る。

 

「いらっしゃいましたか、黒魔術士殿! 新入生殿!」

「ちっ、やっぱ見つかったか」

「マークされていたでしょうしね」

 

 さもありなんと達也は頷く。オーフェンも、そこは理解していた筈だ。問題はここから……キースが何をしてくるのか。

 

「お見せしましょう……! ビッグキース108の機能の一つ! いでよ、小キース軍団!」

「「小キース軍団!?」」

 

 思わずオーフェンと共に叫んでしまう。すると、ビッグキースは、キースからの命令に従い、それを出した。

 ドラム缶のようなボディの一部が展開し、そこから何かが飛んで来る。それも一体じゃない――数十体も!

 

「あ、あれが噂に聞く小キースか……!」

「あれを知ってるんですか、オーフェンさん」

「いや、そんなもんがあってもおかしかないなと」

「……そうですか」

 

 もはやツッコムまい。そう心に決め、達也は呻くだけに留めた。とにかく小キースは、言ってしまうとキースをデフォルメしたロボであった。さほど大きくは無い。だが、あくまでさほどだ。当然、自分達と同じくらいの大きさではある。

 着地するなり小キースは目をきゅぴーんと光らせた。

 

「我は紡ぐ光輪の鎧!」

 

 何か感じるものがあったのか、即座にオーフェンが例の空間に術式を展開する妙な魔法を使った。

 その術式を達也はよく見る。それは、まるで術式を用いて作られた幾何学模様の紋章にも見えた。

 読み取れるイメージは、光、熱、それに固定の複合。それが複雑に混ぜ合わされ、緻密に構成されている。音声認識でもあるのか、オーフェンの叫びに応え、魔法が実体化した。

 光で編まれた鎖による網を思わせるものが、彼の指定する座標に瞬時に展開。同時、小キースから放たれるは例のビーム。

 光鎖の網は、見事ビームを防いでのけた。一連の状況を見て、達也は頷く。

 

(やはりCADを使っているようにも、そもそもサイオンに干渉しているようにも見えない。それに、速い!)

 

 魔法式展開から発動までが異常な速さだ。殆ど無意識に展開しているとしか思えない。それでいて、どこまでも精密に術式は制御されていた。むしろ、その制御力にこそ達也は内心で称賛する。あそこまでのものは、妹にも……自分にも無理だ。

 

「くっそ、こいつも脱げビーム使いやがるか」

「脱げビームと言う名称はともあれ、マズイですね。被害が拡大する」

 

 障壁の内で、素知らぬ顔をしながらオーフェンに達也は言う。小キースは、自分達だけで無く、周囲へと散らばっていたからだ。あれでは、皆が襲われる。だが、オーフェンは苦笑のみを寄越した。

 

「まぁ、あれなら大丈夫だろうよ、と!」

 

 障壁を解除と同時に、先程も見た光熱波――術式は、やはり光、熱、加速の複合か。それを小キースに叩き込みながら、オーフェンは言う。小キースはまともに食らい、爆散した。こいつらは、さほど頑丈でもない。

 

「お前も知ってる筈だ。ここは魔法科高校だぜ? あの程度の奴らに遅れはとらないさ」

 

 そう言って、オーフェンは本日何度目かになる光熱波を、次の小キースへと放った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「くそ……!」

 

 本日入学した……入学式はまだ途中だが、一科生の森崎駿は、苛立っていた。

 全く訳の分からない事態が起き――変な執事やら巨大ロボやら――避難の最中である。入学式にCADの持ち込みは許可されていないので、何も出来ずにこうやってすごすごと避難しなければならない。それがまず一つ。くわえて、自分達を誘導しているのが、二年生であるとは言え二科生。つまり、雑草(ウィード)である事が、もう一つだった。

 森崎は一科生である事を誇りに思っている。当たり前だ。魔法科高校に入学して、一科生になれたと言う事は、相応の実力があると認められた証だ。

 それが何故、”自分より下の奴に”指示されなければならないのか。

 

「おい君、早く。後ろが――」

「……くそっ」

 

 まさか目の前で一応の先輩に文句を言う訳にもいかない。森崎は短く悪態をつき、前に行こうとして。

 

「おい、あれ!」

「何あれ!?」

 

 後ろから悲鳴じみた声が来た。思わず振り向く。そこには、空から舞い降りた例の執事をデフォルメしたようなロボが着地する所だった。

 目がきらんと光るなり、そこからビームは放たれた。ビームは迷い無く、近くの女子生徒、森崎と同じ一科生の新入生に向かう。しかし、そこに遮るものが居た。先程の二科生の先輩だ。無能なくせに何をしようと言うのか。

 彼はCADも無く、魔法を発動させようとしていた。既に詠唱を完了して、魔法式を待機させていたのだろう。障壁が作り出され、ビームを弾く。

 

(だが、それで終わりだろ?)

 

 所詮は二科生だ。障壁は長続きしないし、今から攻撃の魔法式を組むには遅すぎる。案の定、障壁が消えた。そこに例のロボは目を光らせる。ビームを撃つつもりだ。

 これで、あの先輩も脱げるだろう。格好つけておいてこれだ――そう、森崎が思った瞬間、驚くべき光景が展開された。

 何と、ロボの体が揺らいだのだ。ビームは明後日の方向に逸れる。それを成したのは、別の二科生の女子だった。

 

「ナイスだ壬生!」

 

 それを見て、二科生の先輩は喝采を上げるなり、ロボに突撃。飛び蹴りを食らわせると、床に蹴倒した。そこに、周囲から二科生、一科生問わずに避難誘導に当たっていた先輩達が集い、スタンピングをロボに連打する。

 すぐさま、ロボはスクラップと化した。

 

「魔法は使いよう。距離によっちゃあ、こかして踏み付けた方がなんぼかマシ――二科生、特別講師の指導の賜物でな。雑草(ウィード)の先輩も馬鹿にしたもんじゃないだろう? 生意気な後輩共」

『『――――』』

 

 唖然に取られていた事も含めて見透かされていた事に、森崎を始め一同が息を飲む。

 そんな彼等に一瞥だけ残し、彼はロボにタックルを仕掛けた二科生の女子の元に行く。確か、壬生とか言ったか。

 

「お見事。さすが、剣道部期待の星だな壬生」

「止めてよ丸田君。そこまで大した活躍してないよ、私」

「いやいや、いいタイミングだったと思うぜ俺は。壬生だけだろ、あれに反応出来るの」

「……桐原君、それ皮肉? 剣術部ホープの貴方ならなんとか出来たでしょ?」

「魔法が使えりゃな。CADも無いんだ。そんな仮定言っても仕方ないだろ? 褒め言葉は素直に受けとっておけって」

「もう!」

 

 ぷーと膨れる壬生に、一同が笑う。そこに一科生や二科生の区別は一切ない。

 何故あんな風に出来るのか。相手は、雑草なのに。

 

「さて、いつまでも笑ってるな。避難誘導続けるぞ。例のロボもまだ居る。後方警戒を怠るな!」

「おう。そこの一年坊主共もさっさと行け!」

「く……!」

 

 この惨めさは、一体何なのか。正体が掴めないまま、森崎は皆と共に講堂から避難する。

 彼等には、まだ。その気持ちが何なのかを理解する事が出来なかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 降って来た小キースを、千葉エリカは伸縮警棒――に見せかけたCADで一撃する。直撃の瞬間のみ発生させた硬化により、警棒は強度を持ち、小キースの頭部を容赦無く砕いた。首から上を失い、小キースが倒れていく。

 

「ふふーん。大した事無いわね、こいつら」

「エリカちゃん、すごいね」

 

 彼女の後ろに居た柴田美月が、目を丸くして称賛してくる。エリカは苦笑を一つ漏らして、警棒を一振りした。

 このCAD、勿論講堂に持ち込んだのは校則違反だ。ならなんで持ち込んだのかと言うと、入学式の噂を聞いていたからである。曰く、妙な執事が妙な真似をやらかすと言う噂がまことしやかに囁かれていたのだ。

 

(案の定だったわね)

 

 見る先には、触れたものを脱がすと言うふざけたビームを連射する巨大ロボもどきがいる。

 去年は地下迷宮だったらしいので、出来ればそちらが良かったのだが。

 

「ま、これも悪くないわね!」

 

 振り向きざまに、またもや来た小キースへと警棒を横薙ぎに叩き込む。

 この程度なら、美月とクラスメートも一人で守れそうだ。何なら、あちらで大元のビッグキースに向かう妙な男と、先程見知った少年の援護に向かってもいい――。

 

「エリカちゃん!」

「なに? みづ……っ!?」

 

 美月が唐突に叫び、疑問符を浮かべてエリカは振り返る。そして、彼女の悲鳴の意味を悟った。

 先程までは散発的だった小キースが、四体一気に自分達を囲ったからだ。

 

(しまった……!)

 

 声には出さず、エリカは息を飲む。二体までは瞬時に倒せる。しかし残り二体が、どうしても倒すのに一呼吸遅れる。これでは、自分はともかく仲間が脱がされる!

 

「く――っ!」

 

 警棒を振りかざしながら、美月達にせめてしゃがむように言おうとする。

 最短で、二体を倒し、返す刀で残る二体を倒す。それしか無い。そう思った、瞬間。

 

「パンツァァ――!」

 

 雄叫びと共に、大柄な男子生徒が飛び込んで来た。エリカとすれ違う形で拳を小キースに叩き込み、粉砕。さらに、もう一体も蹴りの一打でスクラップにする。

 その頃には、エリカも二体の小キースを仕留めていた。

 

「あんた……」

「おい。助けてやったのに、あんた呼ばわりは無いだろうが」

 

 呆然と呟くエリカに、その男子生徒は憮然と言って来る。何故か、その口調がカンに触った。

 

「あーら、助けて欲しいなんて言った覚えは無いわよ? 勝手に出て来て厚かましいわね」

「てんめ、あのままじゃ脱がされてたろうがよ!」

「何言ってんの、あんなの余裕よ余裕!」

「言ってろ。あからさまに顔色変えてやがったくせに」

「……あんた、いい度胸ね。やろうっての?」

「俺は構わねぇぜ。泣かせてやろうか?」

「ふ、二人とも待って、待って!」

「そうそう、ストップストップ!」

「仲間割れしてる場合じゃないでしょ!」

「「こんなの仲間じゃない!」」

 

 きっぱりと二人は互いを指差して叫ぶ。そしてまた睨み合いに。エリカは悟る――こいつは、不倶戴天の敵だと。

 しばらくそうしていると、小キースが互いの背後に現れた。二人は迷い無く、眼前の小キースへと互いの武器を叩き込む。小キース二体は、即座に破壊された。

 

「……貸し1ね」

「はぁ? てめぇの後ろのは俺が潰したろうがよ!」

「あんなのすぐに倒せてたわよ! あんたは余計な事しただけ!」

「この……! 可愛くねぇ!」

「なんですってぇ!」

「なんだよ!」

 

 売り言葉に買い言葉。二人はヒートアップしながら、しかしCADを振るい、周囲の小キースをぶち壊しまくる。息があってないようで、完璧に合いまくっていた。

 

「……なにあれ」

「仲が良いって、証拠かな?」

「そうよねー」

 

 クラスメートと美月は苦笑する。その間にも、二人が喧嘩する周りには、小キースのスクラップが増産されていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「我は放つ光の白刃!」

 

 叫び、光熱波が小キースを三体まとめて消し飛ばす。その間にも、オーフェンと達也には何体もの小キースが襲い掛かって来ていた。

 しかし、達也はこの小キース達と戦闘は一切していない。何故なら。

 

「っ――」

 

 鋭く呼気を吐くと同時、オーフェンが前に進み出る。脱げビームを放たんとした正面の小キースに音も無く接近し、足を踏み砕く。

 バランスを崩したそれの胴体に、更に蹴りを叩き込むと、そこを基点に飛び上がり、別の小キースの頭部に蹴りを入れ、小さく跳躍。

 すると、横の小キースの脱げビームの射角から微妙に外れた。直後にビームが放たれるが、当然当たらない。

 オーフェンは着地すると、その小キースの足を払い転倒させ、素早く立ち上がる。頭部を踏み砕いて、身を翻す。そこには、足を砕かれたものと、バランスを崩した二体の小キースが居る。

 

「我導くは死呼ぶ椋鳥!」

 

 ヴンっと、耳障りな音を立てて、破壊振動波が小キース二体に集束する。すでに回避するタイミングも逸して、小キースはばらばらに散らされた――そして、オーフェンは止まらない。瞬時に構成を編み上げ、解き放つ。

 

「我は呼ぶ破裂の姉妹!」

 

 頭上に掲げるようにして持ち上げられた手。その先にある、頭上から奇襲を掛けんとした五体の小キースを、散弾の如く弾けた衝撃波が襲う!

 やがて、こちらもばらばらにされた小キース達の部品が、雨となって降って来た。

 全ては一瞬の出来事。それだけで、オーフェンは八体の小キースを撃破した。

 達也は何もしていない。ただ見ていただけだ。元より、オーフェンはこう言っていたから。障害は全て、俺がブチ壊す、と。

 

(まさか、本気とは)

 

 苦笑してそう思う。そんな達也を知ってか知らずか、オーフェンは前を見て、げんなりとした表情を見せた――わらわらと群がる小キース達の群れを見て。

 

「だぁー、キリがねぇぞおい!」

「容積量、どうなってるんでしょうね、アレ」

 

 未だ小キースを排出し続けるビッグキースを見て、達也は言う。明らかに内容量を超えた数を出しているのだが。

 それ以前に、あれだけのロボを作り出せる資材と設備はどうやったのか。

 

「やいキース! これ、どうやって用意した!?」

「これは異な事を、黒魔術士殿。答えは明らかではありませんか」

「まさか、七草家の資金を横領したとかいわねぇだろうな」

「そんな……今更」

「今更なのか」

「ちょっとこらー! 聞こえたわよキース――――!」

 

 どうやら聞き咎めたか、小キースを一体撃破しながら真由美が叫ぶ。だが、キースは当然の如く聞いてはいなかった。答えもまた無かったが。

 

「さて、黒魔術士殿。いくら貴方でも、これだけの小キースを突破出来ますかな?」

「それ自体は難しかねぇんだがな――」

 

 言って、オーフェンがこちらをちらりと見る。少しだけ迷うそぶりを見せた後、意を決したように尋ねて来た。

 

「タツヤ。お前、口は固いほうか?」

「……人並み程度には」

「そうか。なら、これから見るものは一切他言無用にしてくれ。ちょっとした裏技使うから」

 

 ふむ、と口には出さず達也はオーフェンの台詞の意味を考える。他言無用と言う事は、つまり他人にあまり知られたくないものを使うつもりなのだろう。

 自分も覚えがある。しかし――達也は珍しく、ちょっとした悪戯をしてみたくなった。

 

「無用心ですね。もし、俺が他人に話したらどうするつもりです」

「そうだな。酷い目に遭わせよう」

「どんな?」

「キースをお前の家に常駐させる」

「死んでも秘密は守ります」

 

 びしっと気をつけから敬礼までして、達也はオーフェンに誓った。生まれて初めてかもしれない、冷や汗と言うものが背中を流れていくのを感じる。

 

(何と言う……恐ろしい事を!)

 

 あの執事が我が家に常駐? ダメだ、三日保たない。確実に僅かながら残った精神が逝く。これは確定だった。

 素直になった達也に、オーフェンはうんうんと頷くと、手を真っ直ぐに差し延べた。複雑な構成を瞬時に編み上げる。

 

「我は繋ぐ――」

 

 編み上げた構成は慣れ親しんだ光熱波。呪文を唱えながら、オーフェンはかつての弟子の事を思い出す。

 これは、その弟子が作り出した構成の一形態だった。自分が、使い道ねぇだろと言ったものである。今更になって思うが、意外に使える構成なのかも知れない。そう苦笑しながら、魔術を解き放つ!

 

「虹の秘宝!」

 

 次の瞬間、達也は掛けねなしに絶句した。オーフェンが放った術、そして空間に投影されたままの構成を見て。

 まず、最初に編み上げられた通りの構成に従い、光熱波が放たれ、”直後に構成を編み変える”。

 光熱波の次は火炎だった。幾体の小キースを飲み込んだ光が火へと姿を変え、広範囲に小キースを飲み込む。そこで再び構成を編み変えた。次は稲妻だ。火が雷光へと姿を変え、倍する範囲を襲う。

 密集していた小キースを巻き込めるだけ巻き込み、三度目の編み変え! 今度は極低温だった。一気に、小キース達をまとめて凍りつかせる。最後に再び編み変え、光熱波に戻った構成は、正しく熱と光を進ませ、講堂の壁に直撃。容赦無く貫き、大穴を開けた。

 そして、自分達の前に小キースはいない。今ので、殆どの小キースを破壊したのだ。

 ふぅと息を吐いたオーフェンに我に返ると、達也は先程の構成を思い浮かべる。しかし、すぐに苦い顔で頭を振る羽目になった。

 

(術式を展開したまま、リアルタイムで変数を追加し、魔法式を変化させた? いや、違う。そんな事は不可能だ。ループ・キャストでも、全く違う魔法を変化させて発動させてはいられない。なら――)

 

 と、そこで達也は思い至る。彼が使っているのは、本当に術式か? そもそも魔法か? 全く違う、未知のものではないのか?

 それならば、現代魔法で不可能な事象も起こせるのも納得出来る。だが、それは一体何だと言うのか。

 だが思考はそこまでだった。オーフェンがいきなり自分の襟首をとっ捕まえたからだ。そして、またもや達也はぎょっとする。それは、オーフェンが展開した構成を正確に読み取ったから。

 

(質量軽減――それも限り無くゼロにして、加速――亜光速だと!? 無茶苦茶だ!)

「オーフェンさん、これは……!」

「我は踊る――」

 

 若干慌てたような呼び掛けにも、オーフェンは答えない。達也はぞっとする。彼がやろうとしているのは、言ってしまえば単純な移動魔法だ。六工程で済む程度のものである。しかし一つ一つの工程が、途方も無い程の極限を目指しており、かつやはり一つ一つに気が遠くなる程の制御を必要とするものだった。それが一つでも失敗すれば、全身の細胞が沸騰し、蒸発する羽目となる。だが、意図は分かった。すなわち、超速度での移動!

 

「天の楼閣!」

 

 そして叫びと共に、二人は架空の光速に飛び込んだ。一瞬だけ、自分が無くなったと確信し、同時に復元されたと知る。気付けば、開いた大穴を抜け、ビッグキースの真下にいた。

 

「今……のは……」

「さてな。何か見たのか?」

 

 平然として、オーフェンは言う。つまり、先の約束の延長で、見なかった事にしろと言う事か。

 達也はオーフェンの意図を察すると、ただ頷いた。今は、気にしても仕方ない。

 

「いえ、何も」

「そうか。なら、ついでに後二つ程魔術使うが、お前はそれも見ていない。いいな?」

 

 達也は一瞬だけ硬直し、しかしすぐに頷く。オーフェンは苦笑して、再び構成を編んだ。今度のものは、先程よりぶっそうでは無い。有り触れたものと言っていいだろう。精度と制御が桁外れだったが。

 重力減衰――否、重力中和。後、加速や減速に加え、気流にも干渉。それらをまとめて制御し、一つの術にする。これは重力制御による飛行術。

 自分が現在試行を重ねている常駐型重力制御による飛行術式とはまた違う、かなり強引な重力制御術だ。だが、それを制御出来た場合、どうなるのか。達也は身をもって知る。

 

「我は駆ける天の銀嶺!」

 

 どんっ! と、まるでロケットのように二人の身体が、重力を逆さにしたように、空へと落ちる。中和どころか逆転させ、しかも加速している証だ。慣れていないと内臓に負担が掛かりそうでもある。

 だが、効果は覿面だった。初速から異常な速さを加えられた飛行術は、二人をビッグキースの頭頂に押し上げた。そこで、オーフェンが構成を変化させたのを達也は理解する。何をしようとしているのかも。

 

「オーフェンさん、先に言っておきます」

「なんだ?」

「あんた最悪です」

 

 次の瞬間、達也は砲弾の如く発射された。重力制御を変化させ、自分のみを真横に突っ込ませたのだ。

 進行方向にいるのは、当然キース! 減速がかけられた事と重力制御が外れた事には安堵しつつ、キースへと襲い掛かる。

 踏み込み、懐に飛び込んで左の掌底打ちを放つ。だが、キースは前進しながら肘で掌底を受け止め、そこを基点に回転。膝をかち上げて来た。このままでは脇腹に貰う。

 意識外で確信を得つつ、達也は右に半歩踏み込んで躱した。空を切った膝で、キースは体勢を崩すはず。そこを逃さず打撃するつもりだった。

 

「詰めが甘くいらっしゃる……」

「っ」

 

 しかし、呟きながらキースの身体が軽々と回る。そこから繰り出された回し蹴りに、達也は打撃のタイミングを狂わされた。そして、交差するようにすれ違う。

 

「……最近の執事は、体術も一流なのか?」

「勿論、我が学び舎たる『岬の楼閣』。この程度の体術、身につけられぬ筈があるますまい」

「岬の楼閣?」

「執事養成学校でございます」

「…………」

 

 執事養成学校で学んだ体術と互角な自分の体術に、達也は自信を喪失しそうになった。

 忍術使い、九重八雲の指導を受けておいて、執事養成学校の体術と互角とは……まだまだ未熟という事か。

 再び両者は踏み込むと、いくつかの打撃を交換して、すれ違う。

 互いにダメージは無い。しかし、それはどちらも決定打に欠けると言う事でもあった。だが、これでいい。

 

「我が契約により――」

 

 キースが驚いたように目を見開く。それを見ながら、内心達也も驚愕していた。

 オーフェンだ。自分をキースへと発射した後、ずっと術式を編み上げていたのである。

 背後に展開された例の術式は、理解不能なまでに複雑な構成をしていた。辛うじて分かるのは、意味と言う曖昧なものだけ。

 

「させませんよ、黒魔術士殿――」

「おっと」

 

 この距離から何かしらの妨害をしようとしたキースに先んじて、達也が掌打を放つ。鼻先を掠めて通り過ぎる一撃に、キースも後退した。

 

「させると思うか?」

「新入生殿……! そこをどいて下さると、何かそこはかとなく幸せになれますよ!?」

「意味が分からない」

「聖戦よ終われ!」

 

 後ろで光が弾ける。オーフェンがビッグキースに何かをしたのだろう。キースを警戒したまま、ちらりと見ると、オーフェンの足元。ビッグキースの頭部の一部が、ごっそり消され、穴が開けられていた。

 確認するまでも無く、達也は後方に跳躍。キースがすぐに追いすがろうとするも、即座に飛んだ光熱波に止められた。達也はオーフェンの元にまで、後退を完了する。

 

「こっから中見たが、どうも中はコントロールルームになってるらしいな」

「了解です。停止させてみます」

「任せた。俺は、あの野郎を何とかする」

 

 達也は頷くと、穴からビッグキースの中へと入る。それを見届けて、オーフェンはキースへと不敵に笑った。

 

「さって、迷惑執事。そろそろ、決着つけようか?」

 

 

(第四話に続く)

 




 はい、入学編第三話でした。小キース登場でますます地獄絵図となる入学式! 人は言う……何故こうなった!?
 A、キースですから。
 とまぁ、お約束やりつつ、ちょっと謝罪を。前話で送辞と書いてありましたが、ありゃ祝辞ですな(笑)
 訂正しておきました。ご指摘ありがとうございます。
 そして今話決着とならずに申し訳ない。まだもうちょっとだけ続くんじゃよ、とか言いつつ、次回もお楽しみにー。ではでは。

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