魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜 作:ラナ・テスタメント
入学編第五話をお届けします。タイトルで分かると思いますが、今回は真面目な話しです。ギャグがなんとほとんど無い……! ど、どうしたテスタメント!
まぁ、はぐれ旅のノリで見ていただければと。
では、どぞー。
そこは墓所だった。まごう事なき、暗い室内はどこまでも外界との繋がりを拒絶し、ただ部屋の明かりのみがそこを照らす。
その部屋に居るもの達は墓所にあるに相応しき腐臭を漂わせていた。不死の、腐臭を。
彼等は世界最初の魔法遣い達にして、魔術士。伝説にすらない賢者達、ドラゴンの名を継ぎしもの――賢者会議。
「天世界の門。外世界より訪れし、異界人三人。たびたび邪魔をしてくれたが、そろそろ鬱陶しくなってきたな?」
鉄を思わせる偉丈夫の男。彼は、他の賢者達を見渡して言う。
魔法世界を統べるドラゴンが一つ。
破滅の獣、スレイプニルの”始祖魔法士”、マシュマフラ。
それが彼の名だった。マシュマフラに同意するように、こちらは痩身の、やけに印象の薄い男が頷く。
苛烈の獣、バーサーカーの始祖魔法士、ガリアニ。
彼は不吉な笑みを浮かべて、マシュマフラに同意した。
「厄介な奴らではある。だが、それだけだ。我等が手を下すまでもない……それが、一番厄介なのだが」
「そうですな。いっそ全戦力を持って潰せるのならば、躊躇もないものを」
こちらは、やけに太っちょの巨漢だ。彼は、腹の肉を揺らしながらほっほと笑う。
不死の獣、トロールの始祖魔法士、パフ。
だが、その隣に居る赤毛の、小柄な女性は、気の強そうな態度を隠しもせずにうんざりと半眼で彼等を見る。
「ウザい……結局、誰も戦いたくないんでしょ? 女神も魔王も、不死の私達を殺せるものね?」
平和の獣、ヴァルキリーの始祖魔法士、プリシラ。
不機嫌さを隠そうともしない彼女の隣で、こちらは無愛想な戦士然とした男はただ沈黙を貫く。もっとも、彼がまともに話す所は滅多に見ないのだが。
静寂の獣、フェンリルの始祖魔法士、レンハスニーヌ。
プリシラが身じろぎすらしない彼に、フンと鼻を鳴らした所で、賢者会議最後の一人が、眉を潜めて窘めた。
「そう言うものでは無いわ、プリシラ。分かるでしょう?」
「……ふん」
ぷいっと顔を背けたプリシラに、緑色の髪の、大人しめな外見の女性が苦笑する。
もし戦えば自分達が勝つ。それは分かっている。しかし、必ず何人かは殺される筈だ。彼女は、それを示していた。
沈黙の獣、ノルニルの始祖魔法士、オーリオウル。
六人の獣王(ドラゴン)の名を継ぎし、”人間”達、彼等こそが賢者会議と呼ばれしもの達だった――いや、あと一人。議長たる彼を含めて。
「まさか彼が、よりにもよって未来の女神と来るとは思わなかったな」
「どうなさるのです? 議長」
「君達が手を下すまでも無いさ。未来の女神の力は、彼自身が封印した。一年前にな。なら君達に対抗し得るのは、彼だけとなる」
「ですが――」
「ああ、君達の不安も分かる。だから、手の内を調べようではないか。新たな盟友にやってもらおう」
六人の賢者達。この世界の魔法の根源たる、始祖魔法士達を見遣って彼は頷く。
彼こそは、外世界より現れし真なる始祖魔術士(アイルマンカー)、世界創造主。魔王と言われし、神人種族。
魔王、スウェーデンボリー。
賢者会議を統べし、”魔法を使えない魔法使い”は、鷹揚に、傲慢に、こう告げた。
「彼等……盟友の組織は何と言ったかな?」
「”ブランシュ”です。議長」
「ああ、そうだったな。反魔法国際政治団体だったか」
彼等の名と、理念を思い出し、スウェーデンボリーは嘲笑する。
原初の魔法遣い達による組織である賢者会議は、魔法至上主義を掲げるとされる。そんな自分達と盟友になった反魔法至上主義である彼等へと、それは向けられていた。
そもそも魔法を否定してどうすると言うのか。この世界は、魔法により構築されたも同じだと言うのに。
こちらを利用するつもりなのだろうが、それには失笑すら覚える。まぁ、愚者はどこの組織でも、そんなものだろう。
「盟友に協力は、こちらから申し出ておいてくれ。すぐに飛びつくだろう」
「はい。それとブランシュを動かすエサが必要ですね」
「それなら心配ない」
「は?」
六人全員が不思議そうにこちらを見る。それが可笑しくて、スウェーデンボリーは肩を竦めた。
「愚者と言うのはな、力を持てば誰かに噛み付かずにはいられないのさ。確か、近くに魔法科学校があったな?」
「はい。魔法科大学附属第一高校です」
「なら、勝手にそちらに手を出してくれるだろう。それで問題ない」
「ですが……」
「大丈夫さ。盟友とは契約をしてある。もし何かあっても、手の内を見る事くらいは出来るだろう」
そこまで言って、スウェーデンボリーは皆へ視線を巡らせた。誰も反対のものはいない。当たり前だ。これで破滅が確定するのは、そのブランシュとやらだけなのだから。
「では、いいな。ブランシュへの協力を、賢者会議の決定とする」
スウェーデンボリーの宣言に、六人全員が合意し、今回の会議はそれで終了となった。
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ちちちっと言う鳥の囀りと共に、オーフェンは目を覚ました。寝不足の為に、いつも以上に悪くなった目つきで部屋をぐるりと見回す。やがて、自分の身体へと。その上で色気もへったくれもなく、大の字になっている何故か制服姿のスクルドを見て、疑問に思うより先に、布団を引いて転がし、ベッドから落とした。「うにゃ!?」と言う声が聞こえたが無視する。
布団にくるまり、再び寝直そうとした所で、身を翻す。一瞬前に体があった場所に、スクルドが拳を撃ち込んでいた。
「……なんのつもりだ」
「それこっちの台詞! 落とさないでよもー!」
「それ以前に、ここは俺の部屋だろうが……」
ぐったりと呻くように――眠いのだ――返事し、オーフェンはベッドから這い出る。ふくれ面となったスクルドに向き直った。
「で、キースの野郎の後始末で寝不足なお兄様の上に、なんで妹様は寝転がってらっしゃったんでしょうかねぇ?」
「トイレ行ったら寝ぼけて、部屋間違えたの。いいじゃん、実害あるわけじゃなし」
「俺にあるわい。睡眠の邪魔だ邪魔」
しっしっと手で追い払う。一応、外見は年頃の娘だと言う認識が、この女神にあるのか、まれに不安になる。ごくたまにだが、このようにじゃれついて来た時などには、特に。
(ま、そんな人間の機微はまだ分からないのかもな)
スクルドが現出してから、まだ二年だ。分かれと言う方が無理があるだろう。この女神の兄、もしくは父代わりの自分にとっては、何とも複雑なものがあったが。
「キースの後片付けで思い出したけど、講堂直し終えたの?」
「ああ、夜中まで掛かったぞ。あの野郎、逃げやがるし」
「キースだしねぇ」
波乱の入学式が終わったのがつい昨日だ。講堂は直し終えたので、今日に新入生総代の答辞から続きをやるらしい。そもそも、IDカードの交付すらやってない筈だった。
さすがのキースも二日続けて騒動は起こさないだろう……そうだといいなと希望的観測を抱きつつ、スクルドに頷いてやる。
「それじゃ、今日オーフェンも皆の前で挨拶だね」
「……そういやそうなるのか。やれやれだ」
もう一つの難事を思い出し、オーフェンは気が重くなった事を自覚した。
一年前から、オーフェンは第一高校のある仕事を請け負っている。学校側からの理由は人手が足りないから。オーフェン側の理由は、昼間は暇だから――だ。しかし、去年の挨拶でやらかしている為、彼としても気は重い。
「マユミも言ってたもんねー、オーフェン意外に政治家向きじゃないかって」
「……扇動家の才能があるとは、散々言われてたよ。確かに」
これは、オーフェンの体感で二十年以上前から言われていた事だ。去年の挨拶でも確かにやらかした。
結果は風紀委員と部活連、生徒会の激務が更に増えた所で察して貰いたい。
「でも、キースの騒動に続いて、それで一科生と二科生の溝は結構埋まったんでしょー?」
「まぁな。だからと言って、今年はやりたくない。魔法大戦争のような騒動を起こすのは一度で十分だ」
「えー」
「何残念そうな声出してんだ」
「ちょっと面白そうだったから」
これを本気で言ってるから、この女神は怖い。苦笑し、スクルドの頭をぽんぽんと叩いてやる。
「ま、今年は無難に行くさ。さて、寝直すから、お前も部屋戻れ」
「え、それは無理だと思うよー?」
「何でだよ」
「じ・か・ん」
そう言って、スクルドはベッドの横の目覚まし時計を指で指す。針は、既に8時を示していた。
「……うぉう」
「早くしないと遅刻しちゃうよー?」
「お前が制服姿だった理由はそれか……」
つまり、スクルドは二度寝だったのだ。そして主である七草真由美の朝は早い。もう家を出る時間になりそうであった。
「どうする? 寝る?」
「そーしたいとは、常々思ってるよ。叶えられた試しはないけどな。マユミに、すぐ行くから待ってろと言っとけ」
伝言を任せてスクルドを追い出すと、オーフェンは着替えを始める。……挨拶する初日くらいはスーツを着るべきだろうが。
(準備してないしな……ん?)
仕方なくいつもの格好にしようとすると、やはり一年前に買ったスーツが出されているのが、目に止まった。しかし、自分は出した覚えが無い。と言う事は。
「……言えば礼くらいしてやるのに」
苦笑して、妹である女神様が用意してくれたスーツを、オーフェンは手に取った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
入学式の続きは、昨日と違いあっけ無く終わった。キースの乱入は無く(と言っても、オーフェンが荒縄で縛り上げて、いつでも魔術を叩き込めるようにした上での事だが)、司波深雪の答辞もつづかなく終わっている。
……内容は、まぁ在校生はともかく新入生には際どい事を言っていたが。
入学式が終わればIDカード交付だ。そこで、昨日に続いて集まる事となった一同は、クラス分けに一喜一憂した。
「司波くん、何組?」
「E組だ」
「やたっ、同じだね」
「私も同じクラスです」
「あー、あたしF組」
「あたしはGだぁ」
どうやら二人は残念ながらクラスは別だったらしい。エリカと美月に惜しむように手を振った後、それぞれのクラスに向かう。
「やほ、タツヤー。私もEだから、よろしくね」
そうしてると、スクルドがてくてくと歩いて朗らかに笑って来た。達也は薄く微笑してやる。すると、横からひょっこりとエリカと美月が彼女の顔を覗き込んだ。
「この娘、昨日の……?」
「ああ、昨日説明したと思うけど、俺にあの執事捕縛の協力を頼んだ内の一人が彼女だ」
「スクルド・フィンランディ。スクルドでいいよー、よろしくね」
にぱっと笑って、スクルドはエリカと美月に手を振る。二人も笑顔を浮かべて、彼女を迎え入れた。
ちなみに、昨日自分が壇上に乱入した事やら、オーフェンと共にビッグキースに突入した件は、最後まで講堂に残っていたエリカや美月、在校生一同には知られていた。
だが、エリカや美月には事情をぼかして達也が説明し、在校生にはオーフェンと真由美から説明が入っていた。
何故か、即座に在校生は納得していたようだが、あれは何なのだろうか。
「それじゃ、クラス行こうか」
「……いや、ちょっと待ってくれるか?」
早速、自分のクラスに行こうとする三人を達也が手で制す。本来、入学式が終われば自由参加型のホームルームがあり、そこに参加するかどうかで解散かどうかを決めるのだが、何せ昨日の騒動で一日ダメにしている。
なので、入学式の後にオリエンテーションを行う事になっていた。しかし、達也は来賓(昨日の今日で良く来たなとは思うのだが)やら生徒会の挨拶やらを済ませた妹を労うつもりだった。
こんな事でへこたれる妹では無いが、それとこれとは話しが別である。
「すまない、妹とちょっと話しておきたい。いいか?」
「もちろんいいけど、司波くん、妹さんいるんだ? 美人さん?」
オリエンテーションまではまだ余裕があるせいもあるのか、俄然と興味をそそられたエリカが身を乗り出して聞いてくる。
そんな彼女に達也は苦笑していると、美月がきょとんとした表情で、追加の問いを寄越した。
「妹さんって、新入生総代の司波深雪さんじゃないですか?」
「え? そうなの?」
これは意外だったのだろう、エリカが目を丸くする。まぁ、妹と似ているとは自分も思わないので、達也も何も言わずに頷いた。
「そうなんだ……ひょっとして双子?」
「いや、よく聞かれるけど双子じゃない。俺が四月生まれで、深雪が三月生まれなんだ」
へぇーと三人が三人とも軽く驚いたような声を漏らす。確かに、あまり聞く話しでも無い。そう思っていると、廊下の向こうから見慣れた、しかし美しい少女の姿が見えた。深雪だ。
彼女は真っ直ぐにこちらへ来ると、エリカ、美月、スクルドを見た上で、微笑した。
「お兄様、お待たせ致しました」
「ああ、深雪お疲れ様。よく頑張ったね」
そう言って、頬に触れ、撫でながら肩に手をやり、叩いてやる。それだけで、深雪が嬉しそうな表情となった――なりながら、ついっと視線を移す。
そこに居る、三人に……何故か、エリカと美月は顔を赤らめていたが、それはともあれ、彼女達に向き直った。
「お兄様、この方々は……」
「こちらが柴田美月さん、そしてこちらが千葉エリカさん。スクルドは……昨日、会ってるな。同じクラスなんだ」
「そうでしたか……お兄様ったら、早くもこんな可愛い娘、三人も連れてデートですか?」
にっこりと笑いながら、首をちょっとだけ傾げて、冗談を言ってるように聞いてくる。だが達也は、深雪の目が笑っていない事に気付いていた。これは、ストレスが若干溜まっているらしい。やれやれと思いつつも、微笑してやる。そんな妹も、彼には可愛いく見えた。
「そんな言い方は失礼だよ、深雪。三人はお前を待つ俺に付き合ってくれたんだ」
軽く言いながら、ちょっとだけ視線に非難を込める。それで、深雪も表情には出さないまでも、ハっと気付いてくれた。すぐに、三人に頭を下げる。
「大変申し訳ありません。ちょっとした冗談だったんですが……自己紹介がまだでした、司波深雪と申します。これから兄共々何卒よろしくお願いします」
「いいよ、そんな事気にしてないって。よろしくね。あたしはエリカでいいわ。あなたの事も深雪って呼ばせてもらっていい?」
「私も美月って呼んでください。よろしくお願いしますね」
「今更だけど、スクルドでいいからー」
「ええ、もちろん。苗字だとお兄様と区別しにくいですものね。よろしく、エリカ、美月、スクルド。美月も、私の事は深雪と呼んで下さい」
四人は自己紹介と挨拶もそこそこに、すぐに仲良くなったようだった。さすがにこれだけの美少女四人の傍にいると、自分の影が薄くなったようにも思える――いや、なんか妙な視線を感じないでもないが。
それはともあれ、もうそろそろオリエンテーションの時間になりそうだったので、四人に呼び掛ける事にした。
「話しが盛り上がってる所すまないが、もう時間だ」
「え、ホント? まだ余裕あるように思ったのにな」
「司波くんの言うとおり、後五分ほどしかありませんね……」
「楽しい時間って、すぐ過ぎちゃうよねー」
「ああ……せっかく三人と仲良くなれましたのに、それにまたお兄様と離れ離れになるかと思うと……!」
「深雪、冗談がちょっと過ぎるぞ」
実は、妹のまぎれもない本心だとは気付きつつも、達也は苦笑して受け流しつつ、髪を撫でてやった。
「すぐに会えるさ。オリエンテーションが終わったら、一緒に帰るって約束したろ?」
「それはもちろんです……お待ち、していますね」
「ああ。俺も楽しみにしてるよ」
そう言ってやりながら、深雪の髪から指を滑らせ、離す。互いにちょっと寂しそうにしながら身を離れると、本当に時間が無い為、挨拶もそこそこに五人は別れ、それぞれの教室に向かう。
走らず、早歩きで移動しながら、しかし左右からエリカとスクルドに意地の悪い表情で言われる。
「司波くんって、シスコンだね」
「何を根拠に、そんな事を?」
「むしろシスコン以外の何? て感じだよ」
「そうか? オーフェンさんだって、スクルドにはあんな風にしないか?」
「今日なんてベッドから落とされたよ。上で寝てただけなのに」
「上って……」
スクルドのそれもどうなのかと言う議論は後にする事にして、四人は一年E組の教室に入った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「はぁー緊張しますねぇー」
(どうだかな)
共に廊下を歩きながら、オーフェンは隣の女性を疑うように見た。
小野遥。この第一高校の総合カウンセラーである女性職員だ。そして、オーフェンが何故彼女と共に歩いているのかと言うと、もちろん理由がある。
二科生特別講師、オーフェン・フィンランディ。それが、彼の第一高校での立場であった。
非常勤の講師と言う立場だが、公的には事務員と言う事にもなっている。これは何故かと言うと、オーフェンが魔法師の資格を何一つとして持っていない為であった。つまりは、モグリの魔法師だ。
二科生には魔法実技の個別指導を受ける権利が無い。これは、魔法師の講師の絶対数が少ない為に起きた必然であった。しかし、そこにモグリとは言え、明らかに強力な魔法師がいたならば?
どうせ、独力ではたかが知れている。ならダメで元々任せてみるか――と、経緯はこんなものだったらしい。
個人的に人に教えるのに向いていないと思っていたオーフェンではあったが、真由美の入学から一年間。様々な意味で諦めた二科生達を見て苛立ちを覚えた事もあり、ちょっと活を入れてやるかと引き受けたのである。結果、大好評を果たしたのだ――色んな意味で。
とりあえずオーフェンがやった事は、意識の壁を取っ払う事だった。後は、勝手に伸びる奴は伸びる。ちょっとした助言程度なら出来ない事も無いので、そうしたのだが。
困った事に、本当に伸びる奴は伸びてしまったのである。さすがにこれはマズイと思ったのだが、後の祭だった。
そして、何人かの二科生の成績が一科生に追い付くに当たって、当然の如く衝突が起こった。結局、生徒会、風紀委員、部活連主導の元、サバイバル方式の魔法戦が行われたのであった。何故か途中で、キースがいたらん事をいたらんタイミングでやらかしたので、勝敗はうやむやになったのだが。
この事件をきっかけに、一科生の間でも二科生だろうとやる奴はやると言う風潮が生まれ、二科生も努力すれば一科生に追い付けない事もないと意識が変わった。そして、今の状況だ。まぁ、それはいい。
結局、二科生を成長させる事に成功してしまったオーフェンは、このように今年も二科生の特別講師をやる事になった訳である。
「それにしても、フィンランディ先生は大したものですよ。ひょっとしたら、カウンセラー向いてるんじゃありません?」
「それは無いですね」
「? 何でです?」
「俺は扇動家らしいので。カウンセラーとは、また別でしょう?」
「ああー……」
言わんとした事を察してくれたのか、遥は深く頷く。
きっと、自分は自分でも気付かない内に相手を誘導しようとしかねない。それはカウンセラーとは呼べないだろう。
そうこう言ってる内に、一年E組の教室についた。自分の挨拶は、一つの教室から卓上端末を通じて、全一年二科生の教室に行き渡るようになっている。E組になったのは、ただの偶然だろうか。ちなみに、遥が一緒に来ている理由は不明だ。
「皆さん、おはようございます」
遥が挨拶しながら教室内に入ると、幾人かがぎょっと目を丸くしていた。
今の時代、教師が教壇に立つ事はまず無いらしい。授業を卓上端末越しに、オンラインで行うのだとか。よほど異例の事態がなければ……と言うセオリーらしい。生徒達の反応に無理も無いと苦笑しながらも、まぁ、セオリーは覆されるものだし、とオーフェンは思う事にした。
遥が教壇に立ち、オーフェンはその横に立つ。
「はい、欠席者はいないようですね。それでは皆さん、入学、おめでとうございます」
ぺこりとお辞儀する遥に、つられて頭を下げる生徒が何人もいる。素直に子達だなと、オーフェンも頷く。
そうして、遥が自己紹介し、カウンセラーである事とどのような事をするのかを生真面目に告げていく。もう一人の柳と言うカウンセラーは普通に卓上端末から挨拶していた。
やがて説明が終わると、遥は真面目な表情を止め、にこりと笑う。
「……という訳で、皆さん、よろしくお願いしますね」
(へぇ……)
思わずオーフェンは感心してしまった。今の遥の演出は、若干固まった教室の空気を一気に柔らかくしたからだ。この手腕なら、言いだしにくい事もぽろりと話してしまうかもしれない。
「では、次はフィンランディ特別講師から挨拶です。フィンランディ先生、よろしくお願いします」
「はい」
頷き、遥の代わりに教壇に立つ。瞬間、思い出したのは、かつてスウェーデンボリー魔術学校で教鞭を取った事だった。校長自らなどと散々言われたが――認めるしかない、自分は人に教えるのが好きなのだろう。
「二科生の特別講師を務める、オーフェン・フィンランディだ。よろしく頼む。さて、最初に言っておくが、俺はモグリだ。世間的には魔法師では無い。そこを踏まえて、君達に聞かなければならない事がある――」
モグリの魔法師である事を告白した自分に、教室中から、他の教室の生徒も驚いているのが分かる。
よく見ると、生徒の中には見知った顔がいた。スクルド、そして司波達也だ。彼等に視線を少しだけ向け、真っ直ぐに戻す。全員を視線で射抜いて、告げる。
「君達にとって、魔法とはなんだ?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
最初にオーフェンが感じたのは、戸惑いだった。明らかに、生徒達全員が戸惑いを感じているのが見て取れる。こっそり盗み見ると、遥でさえ怪訝な顔をしていた。
スクルドはと言うと苦笑している。まぁ、彼女に魔法云々言うのは、この国で言う所の、釈迦に説法どころの話しでは無いので、別にどうでもいい。
達也は――何故か、目を見開いているようにも見えた。気のせいかもしれなかったが。どちらにせよ、それもいい。オーフェンは適当な生徒に聞いてみる。
「君……西城レオンハルト、か。君にとって、魔法とは何か、聞いていいか?」
「お、俺ですか? ま、参ったな……」
今の教育現場では、このように指示をする事もまず無いだろう。だが、あえてオーフェンはやる。
西城は、戸惑いの表情のままどう答えたらいいのか、迷っているようだった。やがて、意を決して話し出す。
「その、魔法は力です。俺は、そう思います」
「そうか。どんな力だ?」
「ど、どんな? そ、それは魔法式で、事象変移を起こして――」
「そう言った理論を聞いてるんじゃない。西城、君は魔法を如何様な力と考える? そう聞いているのさ」
そこまで言うと、西城は途方に暮れた顔となった。何と言ったらいいか、分からなかったのだろう。他の生徒も同様だ。中には二科生だからふざけられたと憤っている生徒も見受けられた。
「ありがとう西城。もういいぞ」
「は、はい」
「さて君達。彼は、今とても良い事を言った。魔法は、力だと。俺もそう思う。魔法は力だ――そして、力でしかない。他の何物でもない。この意味が、分かるか?」
問う。だが、誰も何も言わない。言えないのだ、言葉だけは分かっても、意味を理解出来ていないから。
「そうだな……千葉エリカ、君に聞こう。例えば、剣を使うとして、それは力か?」
「ええ? えっと、それは、そうです」
「よし、吉田ミキヒコ。なら、走るのがとても速い奴がいるとしよう。それは、力か?」
「……質問の意図が分かりません!」
「答えたくなけりゃそれでいい。別の奴に聞くだけだ――」
「っ……力だと思います!」
「別にいいと言ったぞ。負けず嫌いな奴だな。では……司波タツヤ。腕の良いエンジニアがいたとして、彼の技術は、力か?」
「はい」
即答だった。そして、彼の瞳に思わず力が入っているのを見て、おや? と思う。まるで挑まんとするような目だ。ひょっとして、達也は自分を試しているのかも知れない。それを面白いと思いつつ、他の何人かにも質問する。その答えに逐次頷いて、やがてオーフェンは質問を終わりにした。
「さて、魔法は力。そう言ったな? で、今の質問な訳だが、全て力だと君達は答えた。なら、”魔法と他のものに違いがあると思うか?”」
そこで、生徒達が一斉にゾっとするような表情となった事を、オーフェンは確信する、
彼等も、ようやくオーフェンが言わんとしている事を理解したのだ。だから、彼は迷い無く続ける。
「そう、魔法は”特別な力なんかじゃない”。ただの才能だ。人より剣を使うのが上手い、人より走るのが速い、人より機械を使うのが上手い――その程度のものなんだ。違いなんてどこにもない」
「……でも!」
「ああ、言いたい事は分かる。だから落ち着け」
立ち上がりかけた生徒を、さっと手で制す。彼が座るのを待ってから、オーフェンは続けた。
「しかし、魔法は強大な力だ。一個人が持ちうる火力としちゃ最大のものだろう。だがな、それは特別な事か? 他の何かと比べて、特別視されなければならない事か?」
「実際されてるじゃないですか……!」
「違うな。勘違いするな。魔法が重要視されてるんじゃない。魔法によって齎される結果が重要視されてるんだ。社会的にな。そんなものは、他と比べられるようなものじゃない。魔法なんて回りくどい手を使わずに、同じ結果が出せたなら、単純評価は変わらないだろうさ」
魔法は特別なものではない。ましてや、それだけで人間の価値を決められるようなものでも無い。オーフェンは、辛抱強く繰り返した。
「その上でだ。君達に最初に聞いた事が生きて来る。君達にとって、魔法とは何なのか? これはな、答えが無い質問なんだ。君達は答えられなかったが、そんなものは当たり前なのさ。何故なら、君達はまだ魔法を覚えたての半人前に過ぎないのだから」
未熟だからこそ、魔法科高校に入ったのだろう。魔法を、自らの才能を伸ばす為に。故に、自分達にとって魔法とは何なのかと言う質問は、答えられなくて当たり前なのだ。
だが、いつか答えられるようになって欲しい。今でなくても、いつかはきっと。
「俺はな。魔法を半身だと思ってる」
「半身……?」
「ああ、魔法師として、魔法は半身そのものだ。なくなれば、もう魔法師としては生きていけない」
「だったら、魔法はやっぱり特別なんじゃ……?」
「君にとって、君の身体は特別か? 常に意識している必要のあるものか?」
「そんなの、詭弁じゃないですか。魔法は身体とは違う!」
「どこが違う? 魔法は才能と言ったよな。なら手足や身体の一部と、どう違うんだ?」
反論していた生徒はそこで押し黙った。納得してはいないのだろう、だが反論出来る材料が無くなってしまったのだ。オーフェンはすっと手を差し延べる。
「魔法は身体の一部だ。だが、下手に強大なものだから、制御(あつかい)が難しい。君達は、魔法師を目指すにあたって、この厄介な身体を制御出来るようにならなければならない。そして、それはいつか出来て当たり前なんだ。そうだろ? だって身体の一部なんだから。そして、それは特別な事なんかじゃない。どんな魔法を使えても、それはどこまでも自分の一部――個性でしかないのだから」
そこまで言って、オーフェンは一度言葉を切り、教室中を見渡した。誰も彼もがオーフェンの言葉に納得した訳では無いのだろう、だが真摯にこちらを見つめている。だからこそ、オーフェンはこの挨拶の最後を告げた。
「いいか? 最後にこれだけは言っておく。君達は半人前だ。半人前の、ありふれた一個人として、誰からも等しく学べ。先生が誰か、なんてえり好みする必要は無い。君達は、どこまでも半人前なんだ――俺と同じくな。学ぶべき相手を見つけたら、学べ。以上だ」
(入学編第六話に続く)
はい、入学編第五話でした。オーフェン、長い挨拶をするの巻。
オーフェンの思想は特別なものなんかは無い。特別な力なんてない。ましてや、その力による運命なんて無い、と言う考えです。
これはかなり達観した考えだと思うのですよね。でも、真実でもある。
ちなみに、一年前にやらかしたオーフェンの挨拶はもっと過激でした(笑)
なので、今回相当抑えていたり(笑)
では、次回またあいましょう。ではではー。