魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜   作:ラナ・テスタメント

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はい、入学編第七話です。
キース再びと書くと、怪人再びを思い出して仕方ないですが、ギャグパートのあの方みたいなもんですし、まぁいいかなと(笑)
では、どぞー。


入学編第七話「はっきり言って、迷惑です!」(By柴田美月)

 

「お待ち下さぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」

 

 ぱぱぱぱー! と、ファンファーレが高らかに鳴り、銀髪のタキシード姿の男が姿を現す。両手に、何故か『千』と『森』と書かれた旗をぱたぱたと振っていた。

 魔法科第一高校が誇る(審議中)、七草真由美の名物執事、キースだ。彼を見るなり、達也は夕暮れの空を見上げる。

 ああ、春の夕暮れは少しばかり肌寒い。けど、何故心に来るのだろう。

 

「あの、お兄様? 何故唐突に空を?」

「深雪……俺もな。現実を受け入れられない時はあるんだ。そんな時、つい逃避したくなる」

「はぁ」

 

 あまり理解出来なかったらしく、曖昧な返事を返す深雪。そんな愛すべき妹に、達也は染まっていないと安堵した。

 それはともかく、現実逃避も続けてはいられないので前を見る。キースは、エリカとCADを弾き飛ばされた男子生徒の中間に到着していた。

 ところで大分前から気付いてはいたが、あの男子生徒は森崎家の男ではなかろうか。確か、森崎駿。

 エリカと彼は、今まで敵対していただろうに、全く同じ表情を浮かべていた。明確な警戒だ。

 

「お、お前入学式の時の……!」

「また何かしようっての!?」

「いえいえ、ただ私は判定をしに来ただけの事です」

「判定?」

「はい」

 

 あの旗の意味はそう言う意味だったのかと、達也は諦めて悟った。いちいちツッコミを入れていては保たない。その確信がある。

 

「あの、お兄様。あの方なのですが、どうやってファンファーレを鳴らしていたのでしょう?」

 

 ……そう言えば、キースは一人である。誰も連れて来てはいない。そして、両手は旗を持っていた。録音機器でもない限りは、あんなもの鳴らせはしない。

 

「小キースじゃないだろうか?」

「え? あのロボットがまた?」

「いや、あの執事が似たようなものを出したのかと」

「やだもう、お兄様ったら、こんな時に冗談を」

 

 冗談じゃなく半ば本気なんだ、とは流石に達也も言い出せ無かった。

 そんな兄妹の微笑ましい会話(?)の最中、キースはエリカと森崎を難しい顔で交互に見て、ついに片方の旗を振り上げた。そこに描かれていたのは、『千』の一文字!

 

「判定! 千葉エリカ様!」

 

 次の瞬間、何の脈絡も無しに森崎が立っていた石畳が、ばたんっと開いた。当然、上に居た彼は落下を開始する。

 

「うぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 ――悲鳴は、長く、長く続いた。そして開いた時と同様、やはり前触れなく閉まる。

 一同無言の中、ただキースだけがはらはらと涙を流しつつ、旗を振ってエリカへと近づいた。

 

「おめでとうを言わせて下さい千葉エリカ様……」

「い、いや待って、待ちなさい。あの落とし穴、どうやって作ったの? それにさっきの奴は?」

「敗者のモブ……そう、モブ崎様などに構う必要はありません」

「モブ崎って、ひどいなあんた」

 

 レオがツッコむが、キースは相手にしない。モブ崎のクラスメイトが「森崎ィィィィィィィィ!」と叫んでいようと、無視して話しを進めようとする。

 

「おっと、最初の質問の回答がまだでしたな。実は、この第一高校。私が作り上げたトラップ満載でして」

「トラップ満載って……冗談でしょ?」

「おや、お疑いになられる? では、証明しましょう」

 

 バタンっ!

 

「わひぃぃぃぃ!?」

「おいおい!?」

 

 今度はエリカの足元で落とし穴が開くが、危うい所でレオが掴み上げた。

 落とし穴の中を見るが、底はどう見ても見えない。どんだけ深いのか。

 

「とまぁ、このように」

「こ、このよーにじゃないわよ! 殺す気!?」

「そんな……! 私はただ、退屈な学校生活にちょっとしたスリリングをお届けしようとしただけですのに!」

「どこがちょっとだどこが」

「ぽちっとな」

「ぬぉわぁ!?」

 

 次はレオの番だった。しかし、エリカの事もあって、なんとか縁に掴まる事に成功する。そんな彼を見て、一同はぞっとキースを見た。

 

「まさか、この辺落とし穴ばっかとか」

「はっはっは、まさか。そんなに落とし穴を作れる訳が無いでしょう?」

「そ、そうだよな? は、ははは」

「そうですとも。後は、超爆裂最終トラップ地雷が埋め込んであるだけです」

『『余計タチ悪いわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』』

 

 何と言う恐ろしい執事なのか。他人のフリを決め込んでいた達也もついツッコミを入れてしまい(深雪は例のごとく、「お、お兄様が、お兄様が!」とか言っていたが)、直後に後悔する。何故なら、キースが一瞬こちらを見た気がしたから。

 

(ま、まずいか?)

「さて、では話しを戻しましょう。千葉エリカ様。勝者として、一つご相談がありまして」

「そ、相談?」

「ええ」

 

 にこやかに頷くキースとは対称に、いかにも関わりたくないと、エリカがじりじり下がる。しかし、一向に距離が開かない。キースが何気に爪先で近寄っている。

 

「こ、断ったら?」

「その場合は特典として、私が一週間ばかり貴女の執事となりましょう」

「聞くわ! 今すぐ聞く。何でも言って!」

 

 あの勝ち気なエリカが二つ返事で頷かされるとは、恐るべしキース。しかし、そこで意味ありげに彼はこちらを見て来た。これは、ヤバい……!

 

「……じゃあ深雪、そろそろ帰ろうか」

「え? お兄様?」

「つきましては、そのご友人の新入生殿改め司波タツヤ殿に代わって頂くと言う手も」

「司波くん! 貴方に託すわ!」

「千葉さん、俺を売ったな……!」

 

 思わず呻くが後の祭りである。キースはこちらへと何の挙動もなく近付いていた。

 

「では、司波タツヤ殿。ご相談をさせて頂きます」

「今日も明日も明後日も、ついでに三年間みっちり忙しいので断ります。さ、行くぞ深雪」

 

 そういって、踵を返すと皆を置いて帰ろうとする。エリカが縋るような目を向けていたが、こればっかりは致し方無いだろう。許せよと心の中で謝り、歩きだそうとした所で。

 キースがどこから取り出したのか、ウクレレなんぞを持ち出した。

 

「うらぎりものの〜〜♪ うらぎり〜〜♪ うらぎっちゃうのですね〜〜♪」

 

 ウクレレを掻き鳴らしながら妙な歌を唄う。それはどんな原理か、校内放送をあっさり乗っ取ってどこまでも響いて来た。

 達也が立ち止まり、ぷるぷると震える。それを見て、はっと気付いたとばかりにエリカも唄いだした。

 

「うらぎりもの〜〜♪ 司波くんが〜〜うらぎり〜〜♪」

「お、おい?」

「エリカちゃん?」

「ばかっ、気付かないの? ここで司波くん逃がしたら、どうなるか……?」

 

 そこで、レオと美月もエリカの意図を理解する。ここで達也を逃がせば、必然この執事は自分達へと厄介ごとを回して来ると。

 だが、友人となったばかりの達也一人に果してこの迷惑執事を押し付けていいのか? 二人は――否、その場の新入生は一瞬悩み。しかし、ウクレレをついに激しくじゃんかじゃんかと鳴らしまくりだしたキースを見て、覚悟を決めた。世に人はこう言う。背に腹は変えられないと。

 

『『司波くん、うらぎっちゃうの♪ うらぎっちゃうの♪ うらぎっちゃうの♪』』

 

 ぎりぎりと達也が歯ぎしりする。自分にチャンスでも与える心地で、ついに達也は振り向いた。そこを逃さず、皆が大合唱する。今ここに、一科生、二科生の区別は無い。あるのはただ一つ。キースに関わりたくないと言う、切なる願い!

 

『『うっらっぎっり♪ うっらっぎっり♪ 司波くんの、うっらっぎっり♪ あと〜〜もの〜〜♪』』

「あ――! もう、分かった! 分かったからその歌止めてくれ!」

 

 ようやく達也がツッコミを入れ、皆はぴたりと唄うのを止めた。達也は真っ直ぐにキースへと駆けると、胸倉をぐらしっと掴み上げる。

 

「こう言うのは反則だろう? そう言うものだろ……!?」

「だって」

 

 そんな達也に辛いものを見るように目を逸らし、キースはぽつりと呟いた。

 

「裏切ったくせに」

『『裏切ったくせに――――!』』

「外野うるさいぞ! くそ、こうなったらもういろいろ知った事か。俺の力全てを使って抗ってやる……! 決着付けるぞ、執事さん!」

「決着、ですか?」

 

 ついに愛用のCAD、『トライデント』二丁を取り出して構える達也に、キースの目がすっと細まる。

 ついに本気を出すのか、と達也のみならず、皆が息を呑んだ――所で、ふっとキースはかぶりを振った。

 

「やめましょう、タツヤ殿。だって痛いの怖いですし」

「あ・ん・た・と・言・う人はぁぁぁぁ……!」

 

 がっくりと、全員が肩を落とす。中にはコケている者も居たが、構わず再び達也はキースに詰め寄った。

 

「楽しいか!? 人の決意やら決心やらを、グダグダにするのがそんなに!?」

「そうは申されましても……裏切ったし」

「くそ、殺したい」

 

 このトライデントで『分解』かましてやれたら、どんなに気が楽か。しかし、先程は思わず使っても構わない気でいたが、本来は軍事機密の魔法だ。こんなつまらない事に使っては言い訳も出来ない。

 長く、長く息を吐いて、達也は自分を落ち着かせると、トライデントを制服下のホルスターにしまった。そうしながら、ちらりと横を見る。

 

「……ところで深雪、なんで、お前まで唄っていたんだ?」

「い、いえあの……『お兄様の裏切り者』と唄い出すと、何故か止まらなくなってしまいまして……」

 

 申し訳ありませんと頭を下げる妹に、達也は深々と嘆息した。何か、深雪にストレスを溜めるような事をしたかなと思うが、ちょっと心当たりは無い。

 まぁいいかと思い直し、達也はキースへと向き直る。

 

「……で? 相談とやらは一体何だ」

「おお、率先して聞いて頂けるとは! これぞ、友情が築かれた証ですな」

「いや、さっさと済ませたいだけだが」

「実は――」

「聞いてないし」

 

 軽やかにスルーして、キースは話しを始める。重ねて否定したいが、無視されるのが分かりきっていたので、黙っている事にした。

 

「実はつい先日、マユミお嬢様の盗撮写真が校内に出回りまして」

「盗撮写真?」

「ええ、着替え写真が数点となります」

 

 盗撮と聞き、女子達が見るからに眉の角度を上げる。思春期の彼女達にとって、盗撮犯とはそれだけで許しがたい存在だろう。

 しかし達也はと言うと、着替え写真の所で、入学式前に、キースと会った時の事を思い出していた。

 あの時、百番目とか何とか言って、こちらに渡そうとした写真。今、彼が言っているのは、きっとあれの事だろう――猛烈に、嫌な予感がした。

 

「先日、全てを没収したのですが、ちょっとした手違いで落としてしまいまして。すぐに回収致しましたが、一枚のみ、どうしても見付からないのです」

「その時に、誰かが拾ったと言う事ですか?」

「ええ、私はそう睨んでおります。例えば、”落とした現場に居合わせ、かつそこに転倒した生徒の胸ポケットなんかに”入っているのではないかと」

「……何か、やけに具体的だな?」

「いえいえ、単なる例えですとも」

 

 レオが疑わしそうな視線を向け、キースが涼し気に首を振る。そして、達也はそれどころでは無かった。

 その条件、完璧に一致するのは自分しかいない。『目』を使って、誰にも気付かれぬように自分の制服の胸ポケットの辺りを確認する。そこに、それはあった。写真と思わしきものが!

 

(バカな……! 朝までは――いや、さっきまで、こんなものは無かった筈だ!)

 

 自分に気付かせずに、忍び込ませたとでも言うのか。

 容疑者は決まっている。目の前の愉快犯執事に違いなかった。そして、その愉快犯執事はいけしゃあしゃあと、今思い出しましたとばかりにこちらを見た。

 

「そう言えばタツヤ殿は、写真を落とした現場に居合わせておりましたな」

「――お兄様?」

 

 すかさず深雪が疑問符付きで振り返る。他の皆もだ。ぞっと、嫌な汗が流れるのを自覚した。

 

「いや、待ってくれ。確かに俺はあの時居たが、だからと言って、犯人が俺と決まった訳じゃ無いだろう?」

「では、少々確認させて下さい。何、ポケットを探るだけです」

 

 やはりそう来たか。キースの返事に、達也は小さく呻く。そんな自分にキースは即座に寄ると、手を伸ばして来た。後ろに小さく後退し、手を避ける。

 

「おや? 何故避けるので?」

「――おにいさま?」

 

 深雪の表情に何故か影が差して行く。目が怖かった。他の皆も、こちらを疑うような目つきで見ている。

 

「いや、そんな急に来られたら、困るだろう?」

「ならブレザーを渡して下されば。確認いたしますので」

「断る!」

「……オニイサマ?」

 

 深雪がひたすら怖い。既に、彼女の周りは凍りつかんばかりに冷えはじめていた。

 他の皆も、CADを持つものは構えている。エリカは半目でこちらを見ているし、レオもやれやれと肩を竦めていた。美月すらも責めるような視線を向けている。

 そして、キースが大袈裟に両手で仰いで見せた。この世の終わりとばかりに。

 

「これで決まりましたな! 犯人が、誰なのか」

「わざとらしい……! 皆、聞いてくれ! 俺じゃないんだ!」

「犯人は皆そう言うのです! さぁ皆様、手を取り合い、巨悪を討つのです!」

「皆、だめ……!」

 

 キースの掛け声をきっかけに、皆が動き出そうとした所で、一科生の女子が彼等に向かって叫んだ。同時に、左手のCADが起動式を展開する。

 

(攻性術式――だが、ただの閃光系の、目くらましだ)

 

 『目』で観て、達也は即座に起動式を読み取った。

 大した魔法では無いが、こんな所での魔法使用は、校則違反どこらか法律違反に成り兼ねない。自分を庇ってくれようとしてくれているのは嬉しいが、このままではマズイ。達也は、対抗魔法を使おうとして。

 ぎょっと、明後日の方へ視線を向けた。その先で観たものは、凄まじい規模の魔法式だった。空間に投影された、魔法式。まるで空一面を覆うかのような、莫大な術式だ。

 しかし、肝心の記述は無茶苦茶だった。全く意味が分からない。まるで無意味で、荒唐無稽な記号の羅列にしか見えなかった。こんなものでは、魔法は発動しない筈――。

 

「我は流す天使の息吹」

 

 だが次の瞬間、凄まじい風圧の嵐が解き放たれる。

 台風そのものを召喚したかのような、無茶苦茶な風圧だ。こんなものを間近で受ければ、自分はともかく、他の皆も、何より妹がただでは済まない。

 達也は無理矢理深雪を捕まえると引き寄せ、胸に掻き抱きながら地に伏せた。

 彼女だけでも、守る。そう決意した直後、”全ては元に戻った”。

 キースは目の前に居るし、他の皆も吹き飛ばされてなんかいない。もちろん、自分達も無事だ。それどころか、桜の花びらすらも吹き飛んでいなかった。これは、どう言う事か。

 

「やれやれ……おいこらキース、何してやがる」

「やっほー、皆、大丈夫?」

 

 そう言って来るのは、案の定オーフェンとスクルドの兄妹だった。そして、その後ろで苦笑しながら二人の女子生徒が進み出る。

 一人はオーフェンの主にして、第一高校の生徒会長、七草真由美。そしてもう一人、ショートの髪の、凛々しい女子生徒。彼女は腕章を引っ張り、皆に示しながら高らかに叫ぶ。

 

「風紀委員だ! 事情を聞かせて貰います……全員動くな!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 抱きしめた深雪を離す達也に、よく通るハスキーな声での宣告。それを叫んだ、恐らく先輩だろう女子生徒は、きろりと周りを見渡す。視線はやがて、迷惑執事のキースへと固定された。

 

「またあんたか……! 入学式からまだ二日だぞ? もう少し大人しく出来ないのか」

「これは異な事を。私は七草の執事としての職務を全うしようとしたまででございます。風紀委員長、渡辺マリ様」

「……との事だが、真由美?」

「私に聞かないでよ。キースのやる事なんて、流石に分からないわ」

 

 どうやら風紀委員長だったらしい。渡辺摩利と言ったか、彼女は真由美に視線を向けると、キースの主である所の生徒会長は首を振った。

 そこでオーフェンとスクルドが、前に進み出る。

 

「いいんだ、マリ」

「オーフェン師……?」

「そこにキースがいたら、大体はキースが事態の元凶って決まってるよー、ね?」

 

 にっこりと笑いながら、オーフェンの後をスクルドが続ける。達也はすぐに頷こうとしたが、キースが再び声を上げた。

 

「なんと……! 黒魔術士殿とスクルド様は、私を疑っていると!?」

「今まで、お前が居て原因じゃなかった事があったか?」

「それは大いなる誤解です! 今回、私は奪われた主の写真を取り返そうとしたまで! その写真を持っているのが、そこのタツヤ殿なのです!」

 

 げ……と、唸るが既に遅い。キースの台詞に、オーフェン達もこちらを見て来た。

 

「タツヤ殿もまだ若い……! あのあられもないマユミお嬢様の写真を盗んだとして、誰が責められましょうか!?」

「写真……? あ、あの時の!」

「そうでございます、マユミお嬢様! あの時、写真を私めが拾い――」

「私が全部拾ったわよ。達也くんには、ちょっと余所向いて貰って。貴方、逃げたじゃない」

 

 ぴしり、とキースが固まる。そう言えばあの時、キースは逃げ出しており、写真は全て本人が拾っていた。その後、真由美に叩かれた頬を冷やして貰ったのだが――当たり前だが、写真を拾うような暇は無い。ここに証人は出来た。

 

「つまり、だ。お前はその時、写真を一枚くすねて、誰かをおちょくる材料にしようとした訳だ? お誂えむきに、タツヤをダシにしてな。誤算だったのが、マユミがその後もタツヤと共に居たって事だな」

「分かりやすいねー」

「……キース?」

「……話しを聞かせて貰おうか?」

「許しません……!」

 

 全ての事情を悟り、皆が一斉にキースを囲む。特に深雪が、凄まじい怒りと共に冷気を放射していた。達也を陥れられたのだ、その怒りは半端ではない。

 それら全てを見遣って、やがてキースはふっと笑う。

 

「おおっと、もうこんな時間ですな! 家の用事がありますので、私はこれにて」

『『逃がすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!』』

 

 わざとらしい言い訳と共に、キースが高速で逃げ出す。そこへ、オーフェンをはじめとした皆が魔法をぶちかますも、全てひょいひょいと避けらてしまった。そして、その姿は遥か彼方へと消える。

 

「あー……くそ、あの野郎。マリ、キースの野郎、当分新入生をダシに遊ぶ気満々だろうから気をつけろ」

「我々はオーフェン師を頼りにしてます……!」

「人に押し付けんな!」

「それは良いとして。摩利、こっちも」

「ああ、そうだったな。君達……災難だったな。だが、魔法行使について、あの執事に使ったもの以外、話しを聞かせて貰わなければならない。そう、君だ」

 

 摩利に視線を向けられ、びくっと女子生徒が身を震わせる。そう、彼女は達也を庇おうとして、皆に魔法を使おうとしていた。そこを見咎められたのだろう。

 見るからに怯える彼女に、達也は少しだけ息を吐いた。

 女子生徒が魔法を使おうとしたのは事実だ。それは否定出来ない。だが、自分を庇おうとしてそうしたのも事実だ。なら、達也は彼女に借りがある事になる。借りっぱなしと言うのは、正直嫌だった。だから。

 

「では、ちょっと来て貰おうか――」

「待って下さい」

「ん?」

 

 皆が何も出来ずに固まる中で、達也のみ前に出る。摩利は怪訝な表情で、女子生徒からこちらへと視線を移した。現状、どうすればいいのか、考えを纏める。

 

「彼女は、キースとか言う執事に扇動された皆を止める為に、魔法を使おうとしてくれました。俺を庇ってです。許して頂けませんか?」

「それはそうだが……無断での魔法行使は、違反行為だ。あの執事に対しては大概、正当防衛が成立するので構わないが」

「なら、彼に扇動された彼等に対して使われたものも、そう解釈出来ませんか?」

「……いや、攻性の魔法を使おうとしたのは事実だ。キースでは無く、彼等へとな。これは明確な危険行為だぞ? 解釈は難しい」

「それなら大丈夫です。彼女が使おうとしたのは、単なる閃光魔法。目くらまし程度のものでしたから」

 

 そこで、摩利が驚いたように目を見開いた。まじまじとこちらの顔、いや目を見てくる。周りの皆からも、息を呑む気配が聞こえた。

 

「まさか、展開された起動式を読み取ったのか?」

 

 摩利の質問に、達也は小さく苦笑しながら頷く。

 起動式は、それ単体では膨大なデータの塊に過ぎない。その情報量は、展開した魔法師自身すら、無意識領域で半ば自動的に処理する事しか出来ないのだ。

 それを読み取ると言うのは、画像データを記述する文字の羅列から、画像そのものを頭の中で再現するようなもの。意識して理解する事など、普通は出来ない筈だった。だが、達也はそれが出来る『目』を持っている。とは言え。

 

(オーフェンさんの魔法は魔法式も読み取れ無かったが)

「ええ、実技は苦手ですが……分析は得意です」

「ふむ――オーフェン師?」

「ああ、タツヤの言ってる事に間違い無いな。確かに、閃光魔法の構成だった」

 

 今度は、こちらが驚く番だった。思わず摩利からオーフェンへと振り向く。彼は苦笑しながら、ひらひらと手を振って来た。

 

「それにマリ。ここに居るのは、あいつに慣れてない新入生だ。キースの扇動に引っ掛かるのは、仕方ない部分もあるだろう。これは、解釈可能だと思うぜ」

「慣れてない、ですか?」

「ああそうだ。今回は大目に見てやれよ」

「やれやれ……」

 

 オーフェンの提言に摩利はため息を吐く。今度は微笑を浮かべた。そして、真由美へと振り向く。彼女も一つ頷き、纏めに入った。

 

「今回はキースに扇動されたと言う事もありますが、魔法の行使は起動するだけでも、細かな制限と規則があります。これは、一学期の授業で教わる内容なので、それが済むまでは安易に魔法を使わないように注意して下さい」

「ま、生徒会長もこう言ってる事ではあるし、今回は不問にします。以後、気をつけるように」

『『はい』』

 

 それぞれホッとしながらも一斉に頭を下げる。それに苦笑しながら、摩利は真由美と連れ立って踵を返そうとして、しかし一歩踏み出した所で顔のみをこちらに向けた。

 

「そう言えば聞くのを忘れていたな。君、名前は?」

「……一年E組の司波達也です」

「司波達也か。いいだろう、覚えておく」

 

 そう言って、今度こそは歩きだした。オーフェンとスクルドも、こちらに手だけを振って去っていく。

 それを見届けて、ようやく達也達は完全に安堵した。

 

「いやー、一時はどうなる事かと思ったわね」

「本当だぜ。達也、ナイスだったな」

「先輩方に一歩も引かない司波くん、素敵でした」

「……いくら褒められても、今回の事は忘れないからな?」

 

 あはははと、冷や汗混じりに笑う三人に、ジト目で言ってやる。ついでに、妹にも。

 

「まさか、深雪にも疑われるとは思わなかったな……」

「も、申し訳ありません、お兄様!」

 

 すぐに深雪は深々と頭を下げて来た。まぁ、あの状況証拠揃いまくりな状況で、自分を信じろとも言えなかったので、肩を竦めて話しを終わらせようとする。だが、そんな達也に他の皆、一科生の生徒達が並んだ。どうするつもりなのかと訝しんでいると、彼等は揃って頭を下げた。

 

「済まない、司波――ええと」

「深雪と被るから呼び捨てで構わない。で、いきなりどうした?」

「その、さっきまでの事とか全部含めて、まず謝ろうと思ってな。あんな事を俺達は言ったのに、お前は俺達のクラスメイトを守ってくれたから」

 

 ああ、そう言う事かと達也は納得した。別に彼女を擁護したのは借りを返す為であって、他意があった訳じゃなかったのだが。

 謝罪は謝罪として受け取り、そして一応は言っておく。

 

「彼女も、俺を庇おうとしてくれた。なら、これでおあいこだ。そして謝ってくれたなら、それでいいさ」

「そうか、ありがとう」

 

 随分と素直になったものだ。これも、キースのお陰かもしれないと思うと、やや複雑ではあったが。

 だからと言う訳では無いが、達也は深雪を伴って帰ろうとする。エリカ、レオ、美月もそれに続こうとした所で、件の女子生徒が前に立っていた。

 彼女はもじもじとしていたが、隣の友人だろうか? 別の女子に小突かれて、口を開く。

 

「あ、あの、さっきはありがとうございました。庇ってくれて……」

「いや、お互い様だよ。君こそ、俺を助けようとしてくれただろ? 嬉しかったよ、ありがとう」

 

 微笑つきでそう言うと、彼女はやや赤面して頷いた。ややあって、にこっと笑う。

 

「光井ほのかです。お兄さん、よろしくお願いします」

「ああ、うん。よろしく。でも、お兄さんは止めてほしいな。これでも君と同じ一年生だ」

「そ、そうですね。なら、なんとお呼びすれば……?」

「達也でいいさ」

「し、下の名前ですか?」

 

 達也の提案にびっくりしたように、女子生徒――ほのかは聞いて来る。それに、頷いて見せた。

 

「さっきも言ったが、司波だと何かと深雪と被るだろ? だから、達也でいい……嫌なら、別の呼び方でも」

「い、いえっ! なら達也さんで!」

 

 つっかえつっかえではあるが、ほのかはすぐに言って来た。それに微笑を苦笑へと達也は変える。

 

「それでいい。千葉さんも柴田さんも、達也で構わないぞ?」

「ならそうさせて貰おうかな? 達也くんでいいよね? 私も下の名前でいいから」

「はい、私も光井さんと一緒で達也さんと。私もエリカちゃんと同じで、美月と呼んで下さい」

「あ、わ、私も、ほのかで!」

「……北山雫。私も達也さんでいいかな? 雫って呼んでくれていいから」

 

 慌てて、ほのかも付き足してくる。ついでに、彼女の隣に居た、先程小突いた友人も追加で言って来た。

 まさか、こんなに多くの女子から唐突に名前呼びを要求されようとは。参ったなと思っていると、深雪がにっこりと笑ってくる。

 

「よかったですね、お兄様。こんなにいっぱいの女子からおモテになって」

 

 ただし、目が笑っていなかった。これは後がとても大変そうな気がするが、今は置いておく事にした。

 そのまま、彼女達も達也達に並んで来たので、一緒に帰るつもりらしい。まさか断る事も無いので、何も言わない事にしたが、こうなったらついでとばかりに置いてきぼりになりそうだった、他の一科生に振り向く。

 

「お前達も一緒に帰らないか?」

「……いいのか?」

「ああ、旅は道連れ世は情け、だ」

「帰り道ですけどね」

 

 深雪が優しくツッコミを入れてくれる。それを聞いて顔を見合わせると、彼等もこちらに追いついて来た。一緒に帰る気になってくれたらしい。

 

「しかし千葉さん、凄かったな。起動中のCADをあっさりと」

「まぁね。あんなの軽い軽い」

「凄いね……それ、そう言えばCAD?」

「西城も、無茶するよな。起動中のCAD掴もうとしてたろ?」

「まぁな。魔法実技が苦手な分、頑丈さには自信があってよ」

「鍛えてそうですもんね。憧れちゃうなー」

「じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」

「ええ。お兄様にお任せするのが、一番安心ですから」

「達也さん、魔工師志望と聞いていましたけど、凄いですね」

 

 わいわいがやがやと、十数人で帰路に就く。その様子は、先程まで険悪だったとは、到底思えない程だった。

 一科生と二科生。そのごくごく一部だけとは言え、こうも仲良くなれるとは。意外に、幸先良い高校生活のスタートが切れたかもしれないと、達也は内心で思った。それは、これからにも期待が持てると言う事。

 いくつか気になる事はある。特にオーフェンだ。彼が使った魔法。それに、ひょっとしたら自分と同じ『目』を持っているかもしれない事などだ。しかし、今はそれを気にしても仕方ない。高校生らしく、青春を謳歌しようと気を取り直した――所で、ふと気付く。誰かを忘れている事に。

 

「……ところで、森崎はどうした?」

 

 ぴたり、と皆がその場に止まった。そう言えば、最初に落とし穴に落ちてから見ていない。今の今まで、すっかり忘れていた。

 汗を全員揃って一つだけ流し、やがて――男子生徒有志――は、拳を握る。そして涙(嘘)を流しながら、天に吠えた。

 

『『モブ崎ィィィィィィィィィィィィ――――――――――!!』』

 

 いや、せめて森崎と呼んでやれよと言うツッコミは、残念ながら誰も入れなかったと言う。

 なお、これは後日の話しとなるが、森崎は落とし穴から脱出後、モブ崎と言われた事にショックを受けるも、それをバネに成長。『一高のスピードトリガー』とまで呼れるようになったとか、ならなかったとか言われたそうな。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 校舎に入って階段を上がった後、オーフェンは何気なく外を見る。そこでは、達也達が慌てて戻って来ている所だった。

 何やってんだあいつらと苦笑しながら、つい前を行く三人に聞いてみる。

 

「あいつ、一体何者なんだろうな?」

「うん? それは司波達也の事ですか、オーフェン師」

「ああ、少し気になってな?」

「まさか、オーフェンって、そんな趣味?」

「アホか。そんな訳無いだろ」

「じゃあ、どう言う意味ー?」

 

 三人が振り向いて興味あり気に見て来る。なので、順番に聞いてみる事にした。

 

「マリ。さっきのだけど、お前にしちゃ結構あっさり認めたな?」

「え? ええ、問題ありました?」

「いや――」

 

 ”問題が無いのが問題なんだ”。それは声に出さずに、次は真由美へと視線を移す。

 

「マユミ。お前も、妙にあいつに馴れ馴れしいよな。……何でだ?」

「え? ええと。ほら、達也くん、弟っぽいから」

「スクルド。お前は?」

「んー、タツヤ自身はどうとも。だけど、なんか妙な感じではあるよね。気付いたら、タツヤの思惑通りにいってるような」

「…………」

 

 それにはオーフェンも無言。また外を見る。そこでは、落とし穴に落ちた森崎を、ようやく救助に成功していた。

 指揮を執っていたのは深雪だが、明らかに達也が助力していた。それが、ここからでも分かる。

 しばらく彼等を見て、オーフェンは真由美達を置いて歩き出した。

 

「まさか、な」

 

 その呟きは、誰に聞こえるでもなく校舎に響いた。

 

(入学編第八話に続く)

 




はい、入学編第七話でした。キースやらかしまくるの図。劣等生原作沿いの筈なのに、そう見えないのは何故かしら?(笑)
ちなみに、今回オーフェンが使ったのは偽典構成を用いた魔術となります。詳しい説明は下でー。

 偽典構成。

 魔王術の根幹を成す、”魔術を使って編まれた構成”の事。その構成は一見複雑怪奇であり、第三者が見ても、莫大量の構成でありながら、どう見ても意味不明、荒唐無稽な記号の羅列にしか見えず、一切の妥協も一貫性も見いだす事が出来ないのが特徴。
 イメージは、「出鱈目な文字列を使って、意味の通じる詩を即興で作る」もしくは「ひとつひとつは意味を持たない色の粒をちりばめ、意味を持った絵を描く」と言う書くだけで頭が痛くなりそうなもの。
 この偽典構成は通常術(普通の黒魔術)とは比較にならない難度であり、しかも魔王術の反動を抑える為の構成も同時に仕組まなければならないので、倍以上の構成を要求される。今回の偽典構成でさえ、達也の目には空をも覆う莫大量の構成として映っている。
 魔王術を使う為の構成であるが、逆にこれを使った通常術の行使も可能。今回使ったのは、それである。ただし、「莫大な力を用い巨大な混沌を引き起こしながら、結果はなにも起こさない」と言う事象となる為、ぶっちゃける、使い所がほとんど無い構成だったりする。せいぜい、脅かすくらいか。

とまぁ、こんな風になります。まぁ、怪我もさせずに頭を冷やさせる程度の役目はある術ですな(笑)
ちなみに、今回結構な伏線を仕組んでます。そう書くと偽典構成みたいで、何か楽しい(笑)
劣等生原作読んでて、ずっと思ってたんですが。

俺SUGEEEEEEEEEEも行き過ぎると、立派な伏線に成り得るよね、と。

やたらと濃いオーフェンファンの皆様なら、この伏線に気付くと思われます。テスタメントからのクイズだぜ……(笑)
ではでは、次回をお楽しみに。

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