Dr.提督の荒療治   作:神島ノベルス

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プロローグと一章前半

プロローグ

 男は窓のへりに腰かけて物思いにふけっていた。吸いかけのタバコの火はいつの間にか消え、もう一度火をつけて吸う気にもなれないのでそのまま灰皿へと押し込む。

一九六四年以来物価が高騰して株価も暴落、高度経済成長を遂げていた日本にとって「奴ら」の出現は大きな痛手であり、それは世界にとっても例外ではなかった。米国の幾度とない戦術爆撃は多くの都市を焼き、それにも関わらず奴らの進行は食い止めることができなかった。

そんな中、日本の四菱重工と山崎重工神戸鉄工所が共同で新たな兵器を開発。それにより戦況は大きく改善、海外向けにも輸出されたそれは今や日本の一大産業であり、世界の希望であった。そんな「彼女たち」は今日も戦場へと赴いている。しかしそれが自分には関係ないと思っていた故に、こんなものが届いて少し気分が沈んでいたのである。

 

『臨時召集令状』

 

 臨時召集令状、通称赤紙。敗戦とともに解体された軍は奴らの出現とともに再配置。自国の防衛は自衛隊、敵の殲滅は軍が行うようになった。世論はこの変更に憲法違反と大反対したが、国際社会の流れと敗戦国としてのレッテル。そしてかの国の属国と同義であった日本は連合の案に賛同せざるを得なかったのである。ドイツの再軍備の時のようにかつて日本に支配されていた幾つかの国は反対したが、大国の"外交"によって最後は賛同した。赤紙と言っても勧誘であり強制ではないのだが、送り主が問題なのである。

送り主の欄には何故か日本国軍ではなく学生時代の友人の名前が記されていたのだ。男はこの友人が自分の性格なり経歴を知り尽くしているのを理解しており、そのため自分がこれからどうなるのかを分かっていた。

 

「また白飯が食えるだけ、マシかあ。」

 

そう呟くと窓を閉めてコートを着、腐れ縁の脳筋のところへと赴いたのであった。

 

 

一章 幕開け 

 太平洋横断ケーブルが奴らに切断されてからインターネットが急速に発達した。さすがに奴らと言えども宇宙へは手を出せない。お蔭で郵便はパーソナルコンピュータにすべて送られるようになったし、海外へのメールも、ものの数十秒で送れてしまう。

それなのに日本の新聞社などのメディアはいまだに紙媒体を好み、インターネットの陰暴論を毎日のように記事にしている。あんな電子箱を家に置いておくような奴は頭がおかしいだの、紙にしかない良さがあるあの、言いたい放題だ。

実際自分に送られてきた赤紙も紙であったを顧みるに、この国がどうしてここまで経済成長を遂げたのか男は甚だ疑問であった。バス停に着くと女が一人いるだけで、周囲は閑散としていた。

バスを待つ間暇だったので男はベンチの隣の女に話しかけることにした。退屈しのぎにはちょうど良いと思ったのだ。

「こんにちは、今日は暑いですね。私はコートを着てまいりましたが、いまはこの通りすっかり汗だくで少し後悔していますよ。」

女は少し驚いた様子だったが、すぐに柔和な笑顔をしてこう答えた。

「ええ、私生まれて以来こんなに暑い日は初めてです。もう秋だというのにこの照り返しですものね。こんな公衆面前で袖をまくり上げるなんてはしたないかしら。」

 

和服に身を包んだ美人は少し恥ずかしそうにしながらそう答えた。しかし生まれてこの方こんな暑さに見舞われたことなどないとは不思議なものだ。最近は年に一度は最高気温を更新する日があるというのに。疑問に思った男は質問してみることにした。生まれくらいは質問しても良かろう、というのは建前で内心はほとんど美人に対する好奇心で溢れていたのだが。

「失礼ですが、生まれはどちらで?」

「私の生まれは横浜です。」

横浜?すぐ近くじゃないか。ますます興味が湧いてきた男はバスそっちのけで女との会話に夢中になった。

「変ですね。横浜は夏になればもっと暑くなります。ご病気で長期間入院されていたとか、最近まで東北の方にいたとか、そういうことですか。いやはや、いろいろ質問してしまって申しわけない。ご不快ならすぐにでも退きましょう。好奇心には弱いもので。」

「いいえ、私誰かとこんなに私的なお話しするのなんて久しぶりででうれしいです。生まれてこの方横浜に住んでおります。病気も患ったことはありません。私が暑さを意識してこなかった、というのが正解なんでしょうか。」

「私も横浜の生まれなのですよ。同郷と言うほどではないが、なんだか少しうれしいですね。サンマーメンなんかはボリュームがあってとても美味しいし、なにより美しいところだ。お料理なんかはされますか?私は一人暮らしなものでよく作っておりますが。」

「お料理は日本食なら作れます。そういう風に教えられましたから。さんまーめん?は食べてたことがないですね、ごめんなさい。それでも、横浜が美しいところというのには共感します。夜景でクレーンが光っているさまなんかはとっても綺麗で、ぜひフィルムにキャメラで納めたいですね。」

「クレーンとはまた渋いですね。まるで男の趣味だ。いえ、あなたの嗜好を否定しようってわけじゃあなくてね。ただ少し変わっているように思えたから。」

「そうでしょうか。綺麗なものには女性だって誰だって目を奪われるものですよ。ジュエリーに興味のない男の人が、ダイヤの入った時計に憧れるように、女にだってロマンは感じるものですよ?」

「いやはや失敬。確かに、その通りですな。私も今目の前の女性に目を奪われている。先ほどから緊張して声が上ずりそうだ。」

「あら、お上手なんですね。」

 

男は女の言葉の節々から違和感を感じていたが、それより会話に熱中していたのでさして疑問には思わなかった。だが次の女の一言でその疑問は確実に男の頭の中を支配することとなったのだ。

「私は生まれてから毎日、ずっと見続けてきました。みんなが戦地へ赴く中、私はずっと。だからクレーンを見ると温かくも、悲しい気持ちにもなりますね。」

「・・・それは、どういうことでしょうか。」

女は男の質問には答えず遠くを眺めている。少し寂しげな表情で。男はどうすることもできずそのまま自分も黙りこくってしまい、そうこうするうちバスが到着してしまった。

「では、私はこのバスですので。お話ありがとうございました。」

「あの、せめてお名前を!」

 

「鳳翔、と申します。」

 

名前を聞いた男は少しの間固まった後、またどこかでと返事をしたが、内心先ほどのの言葉で頭がいっぱいであった。女はにこりと笑って会釈をして、少し名残惜しそうにそのままバスに乗り込んでいった。男は同じバスに乗るのも気まずく、結局次のバスに乗ることにした。実は次のバスは一時間後なのであるが。そのままバスを待っていると黒塗りのベンツがやってきて、中から男にとって見覚えのあるガタイの良い男が出てきて男にこう言った。

「女と喋ったか?」

男はその男が誰かを認識するとバツの悪そうな顔でこう返した。

「偉く無骨な挨拶じゃないか。久しぶりだってのに。ああ、確かにしゃべったが。」

「そんなもの見たらわかる。乗れ。説明してやる。」

自分が質問してきたんじゃあないかと不服だったが、やはり好奇心には抗えないのかそのまま黒塗りのベンツへと乗り込んだ。

 

いつもならソワソワする高級車だが、今はそんな気分ではなく、景色をただ眺めている。男は女の名前や友人の態度からただならぬ予感はしていたが、男にとってこの出会いが人生において最重要の出会いになるとはまだ欠片も思わず、ただ為されるがまま横須賀へと連れられて行くのだった。

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