「んん…うるさい…」
何やらくぐもった電子音が聞こえる……いや、何か聞き覚えの有る音…あ。
「着信音…」
気付くと同時に目が完全に覚める…微かにだけど、確かに私の携帯の着信音がこの部屋の中で鳴ってる…キョロキョロと周りを見回し、音の方向を探す…そこで違和感を覚えた…首は動かせるけど、身体が動かない…?
「すー…すー…」
「束…」
束が私に抱き着いて寝てる…んー…そう言えば、いつもは勝手にベッドに入って来るけど…今回は直前にやり取りは有った気が……う~ん…あの時は半分寝惚けてたみたいで、良く思い出せない…
「私…何か、変な事言ってないよね…?」
一緒に寝るのを許可する直前、何か束と話した気がするけど…う~ん…まぁ、今は良いや…特別問題の有る事言った気はしないしね…と言うか、携帯の音…止まらないし…早く出よう…んー…いや、本当に動けないね…痛くは無いけど、束に絶妙に強い力で抱き締められてる…
「ほら束、起きて…」
「んん…」
眠ってしまう前に有った事が頭を過ぎる…母さんの見立てが確かなら、しばらく束は徹夜を繰り返してる筈…起こすのは可哀想だけど、このままだと出られないし……あ、止まっちゃった…っ…続けて、部屋のドアを叩く音が聞こえる…
『■■様、起きてますか?』
クロエの声だ…
「…うん、起きてるよ…起きてるけど…ごめん、ちょっと助けて…」
『はい?』
「いや、今束が私の横で寝てるんだけど…結構強い力で抱き締められてて…その…動けないの…声掛けても起きてくれないし…」
現在、束は完全に私の両腕も巻き込んで抱き締める形になってるから…揺さぶったりも出来無いんだよね…
『…あの…すみません、それは無理です…』
「はえ?」
『このドアを開けるカードキーは…現在、■■様と束様しか所持してないので…』
「……マジ?」
『はい…すみません…』
「…あー…分かった、そう言う事なら仕方無いね…」
とは言え、それは…さすがに困ったね…
『…一応、パスコードでも開けられる様になってはいるのですが…ナンバーも束様しか分からなくて『ごめんなさい、クロエちゃん…ちょっと退いて』え?…あ、はい…分かりました。』
『うん、良い子ね……■■ちゃん?』
「母さん?母さんもそこに?」
いやまぁ、声が聞こえるんだから居るに決まってるんだけどね…思った以上に私も今、余裕が無いのかも…
『ええ…それより、束ちゃんの部屋からメモを見付けたわ。』
「…確か、束の部屋もカードキー無いと入れないんじゃ…」
『開けっ放しだったわ……不用心ね、束ちゃんとしてはここは身内しか入れないんだから…大丈夫だと思ってたんでしょうけど…これから先、クロエちゃんと旅行に行ったりとかも有るでしょうから…施錠の癖もちゃんと付けさせないと…コレもお説教確定ね。』
束の預かり知らぬ所で説教の追加が決まった…まぁ、正論だし…私も擁護しようとは思えない。
『ま、今回はそれに助けられたとも言えるんでしょうけどね…取り敢えず、このメモに書かれてる数字の中に正解は有ると思うから…どんどん打っていくわね…■■ちゃんは束ちゃんに声を掛け続けて?一応、非常用の数字だったら開けた後面倒な事になる可能性だって有るし…結局、そっちで中から開けて貰うのが一番良いと思うから……そもそも、この中に初めから正解は無い可能性も有るしね。』
「分かった…何とかやってみる……束、束…」
「んむむ…」
束に声を掛けるけど…鬱陶しそうにするだけで、それ以上の反応は無し…いや、悪いけど本当に早く起きて?んー…せめて、腕が抜ければ揺さぶって起こすんだけど…
『…メモの半分が今終了。候補は後五つ…そっちも何とか頑張って。』
「うん…束…ほら、起きて起きて…」
「んん…やー…!」
何か寝たまま駄々捏ねてる…ちょ…ホント早く起きて!?
『!…開いたわ!』
……結局、束が起きるより先に部屋のドアが開いた。…で、その後も束が起きる事は無く…結果、母さんとクロエの二人がかりで束の腕も漸く解かれる事に…と言うか、クロエがIS展開しても中々解けないってどう言う事…?普通に束って、生身でもある程度戦える…?まぁ、今更では有るんだけど…と言うか、そこよりも母さん一人で一瞬とは言え解け掛かった事の方が割と一番衝撃的だったり(隙間が出来た瞬間、束が更に強い力で抱き締めに掛かったからさすがに無理だったみたいだけど…)
……いや、母さんそんなに力有ったの?実は千冬と良い勝負だったりする…?…とは言え、後になってから聞いたら…
『私も別にそこまで力が有るわけじゃないわ。こう言うのはコツが有るの…そう言えばまだ教えてなかったわね…』
と言う感じで教えて貰えたんだけど…正直ちょっと、私には無理な方法だったとだけは言っておく…いやまぁ、ある程度の地力有りきの方法だったしね…普通の一般人相手ならまだしも…千冬や束相手じゃ私にはとても無理だった…ま、正直使う時も限定されそうだし…良いかとも思う…ホント、改めてこの人を敵に回したくないなと思ったのは余談(まぁ、仮にも実の母親と殺し合うくらいなら…正直その前に…いっそ、自殺でもした方がマシと私は思ってるけどね…)
「…ハァ…助かった…」
「あんまり慌ててる様子無かったんだけど…もしかして、普段からこんな感じだったりする?」
「まぁ…たまに夜中に勝手に家に入って来るから束は「へぇ…」あ!」
つい、口が滑った…
「…二人とも、お説教追加ね?」
「え…私も!?」
「束ちゃんが寂しいと言うのは分かるわよ?多分、普段は一人で部屋に閉じこもってるんだろうし…でも、だからって甘やかすのは駄目。」
「その…そこら辺分かってるせいか、私も…あんまり強く言えなくて…」
「そうでしょうね…でも、貴女だって予定は有るだろうし…毎晩来られるの、困るでしょ?」
「……」
正直に言うと、私自身は今の所…それ程困ってなかったりする…まぁ、朝には居なくなるし…普段は今日程強い力で抱き締められてる訳じゃないし…夜中にトイレ行きたくなっても問題無い…と言うか、本来私ってそれなりに眠りは深い方らしいし…下手したら、束が来たのに全く気付いて無い時も有るかも…何より、この時期は束の身体の温かさは抗い難い…いや、さすがに夜間は暖房抑え目にするし…まぁまぁ寒い時は有るからね…寧ろ、ありがたい時の方が多かったり…
「あんまり文句言わないのは、実は貴女が恩恵受けてるからね?」
「っ!…まぁ、ね…」
「…■■ちゃんも、寂しかったりする?」
「うん、現状それは無いかなぁ…どちらかと言うと、理由は寒いからだったりするし…」
いやまぁ…正直な話、真面目に無いね。極端な話…束が来なくても、頻繁に千冬や一夏君が泊まりに来るとか有るし…何なら…私が織斑家に泊まりに来てるから…と言うか、二人がウチに来る分には良いんだけど…二人だって毎回来れる訳じゃ無し…その癖、私の事が心配だからと言って結構な頻度で泊まらせようとするのがね…私としてはさすがに毎回だと悪いから(一夏君、私にあんまり家事やらせてくれないし…)遠慮しようとしても二人が聞いてくれないし…私、そこまで要介護レベルとかじゃないと思うんだけど…てか、今日ここ来て思ったけど…寧ろ、私より束の方をもっと気にしないといけないと思う(束本人は死なない程度なら好き勝手やってても良いと思うけど…クロエが心配だし…)
「何となく何考えてるか、分かるわよ?」
「!…え?」
「極端な話、心配度合いなら貴女も束ちゃんとクロエちゃん…二人と大差無いわよ?…千冬ちゃんや一夏君が世話を焼きたがるのも良く分かるわね…散々言ったのに、まだ自分の事を後回しにする癖…治ってないのね?」
「う…ごめんなさい…」
ホント、この人には逆らえないなぁ…いやまぁ…もう今更、そんな気が起きないってのも有るけど…でも、この点に付いてはちょっと…反論したくも有る…
「母さんだって…大好きな人たちが悲しそうな顔してるの嫌でしょ?」
「ハァ…ホント、貴女はやっぱり…昔の私、そっくりね…」
「?…私が、母さんと?」
いや…全くと言って良い程似てないでしょ…見た目を皮切りに、中身だって全然別物じゃない…
「…ちゃんと話した事は無かったわね…ま、昔話するにはちょっと今は時間が足りないから…また今度にするわ。…貴女のその優しさは、私は誇って良いと思う…でも、貴女が皆を愛しているのと同じくらい…周りの人は貴女の事を愛して、それ以上に心配なの…貴女はいつも周りに色々振りまくばかりで、見返りは何も受け取ろうとしないからね…」
だって、それは…
「別に私は見返りが欲しくてやってる訳じゃないから…」
「皆に悲しい顔や寂しそうな顔をして欲しくない…だから、皆を笑顔にする為に自分の持ってる物を何でも与えてしまう…でも、その姿は逆に皆を不安がらせて…傷付けてもいるの…その事を理解出来る様に、もっと頑張りなさい…久々に私から貴女に出す宿題よ…何年経っても良いから…今まで通り、頑張ってクリアしなさい。」
「はい…」
まぁ、私は…その辺は永遠に、理解は出来無い気がしてるけどね…ま、頭では何となく分かってるけど…実感は湧かないって感じかな…
「さて…話をしてても、手は止まってないわね…努力の跡が見えるわ…頑張ってるわね。」
『…自然な笑顔を出せなくてももてなす側は例え、見せ掛けでも苦労は見せない様にする…ちゃんと覚えてるよ。』
私は小声で返事をする…料理をしてる時、食卓に着いてる人たちは盛り上がっていても自分は入って行けない…そう思って暗い顔でやってると、ふとした時にそれに気が付かれた時…その場の雰囲気はどうしても悪くなる…だから、笑えなくても良いからそれが"何でも無い事"の様に振る舞う…これが出来るまで…私は、織斑家を含む…他人の家で料理をする事を母さんに禁止されてた……何気に一夏君は初めから母さんにお墨付き貰ってたからね、あの頃はさすがに悔しかったなぁ…
「貴女は昔から料理の覚えは早かった…よっぽど、千冬ちゃんに食べて欲しかったのね…」
「っ…そんな顔で見ないでよ…別に、千冬の為だけじゃないし…」
まぁ、ここら辺は…私もさすがに素直にはなれない…いやまぁ、子供の頃はともかく…今になってそんな…微笑ましいものを見る様な顔で見られたら、ね…
「…ふぅ…それでも、やる気が有るだけじゃ駄目…貴女は、それ以外が出来無かった…」
「っ…この話、そろそろやめても良い…?何か、クロエが後ろで興味津々で聞いてるし…」
何が楽しいのか、クロエが目を輝かせてこっちの話を聞いてるんだよね…ちなみに、束は相変わらず私の部屋で爆睡中…いい加減起きて、クロエの相手をして欲しいもの…だって、さすがの私も昔の話を聞かれるのは恥ずかしいって感じが無くも無いから…
「失敗談を聞かせるのも大事な事よ…クロエちゃんは、貴女を目標にしてるんでしょ?」
そうなんだよね…何で、よりによって私を…貴女が参考にすべきは…そうだね、今…私の横に居るこの人が一番の教材だと思うんだけどなぁ…ま、この人の場合…千冬や束とは別の意味で、色々規格外過ぎて厳しいとも思うけどさ…
「何となく、貴女はこの流れの予想が着いてた筈…なら、何で貴女はここに立ってるのかしら?後は…仕上げだけだから待っていても良かったのよ?」
「…嫌だよ、だって…母さんを呼び出したのは私なんだから…さすがに、全部やらせるなんて嫌。」
と言うか、どうせ私も手伝うって言うのは最初から分かってた癖に…ワザと、私が参加出来る余地を残してたんでしょ?ホント、この人は時々意地が悪い…だから、皆に"鬼"なんて呼ばれちゃうんだよ。一度教える側に回ったら…絶対、手を抜かないんだから……ま、そのお陰で…今の私が有るんだから…私自身は責めようとは思わないけど。キツかったのは確かだけど…その分、この人の教え方に間違いはほぼ無いと思う…料理に限らず、大抵の事は大体教えられる人…一度でも教えを受けた人は大体が成長する(うんまぁ…千冬の事は諦めざるを得なかったけど…少なくとも、十分に結果は出てると思うし…)
ハァ…ホント、この人には敵わないよ…どうやっても。まぁ、今更勝つ気は更々無いけど(敵対=自殺…以外の選択肢は無いとも思ってるし)
「そろそろ良いかしらね…後は待って……いや、束ちゃんをいい加減起こしてくれる?後はすぐ出来るから。」
「了解…ま、何とかやってみるよ。」
いよいよお役御免の様でそんな事を指示される…いや、あれだけ声掛けても起きなかったし…ホントどうしたものかなぁ…ん?母さんからジェスチャー……ああ、ハイハイ…そうだね…確かに、必要な事だよね…
「クロエ?貴女も来てくれる?束を起こすの、手伝って?」
まぁ、伝えられないと頭に浮かばなかった辺り…私もまだまだかなぁ…一応、母さんからは…私はもう卒業認定貰ってるけど…それでもずっと、努力を続ける様には言われてる…ちなみに、あの兄さんですらそう…尤も、あの人は母さんに関しては確実に超えてるから…これ以上何を頑張ると言うのか…父さんに関しては最早才能の差があまりにも有り過ぎて、超えるのは無理だと思う(ガチの天才の域だからねぇ、あの人…まぁ、兄さんも大概だとは思うけど)
「え…ですが「貴女の力が必要なの…さっ、行こ?」っ…はい!」
ま、昔は悔しく感じたり(私の場合…今思えば、半分気の所為の様な気はするけど)羨ましく思ったりしたけど…今はただ、周りに居る天才たちの行く末を見守っていたいなって…思う…何より、見てるだけじゃなくて…私が色々手を加える余地が有るの、ホント楽しいよね…(能力的には間違い無く劣るのに…そんな私の言う事、ちゃんと聞こうとしてくれるしね…)
「クロエ?」
「はい、何でしょう?」
「私の母親、凄い人だと思わない?」
「はい…本当に、素晴らしい方だと思います…」
クロエもどちらかと言えば天才の側の人間…それでもこんな風に言われる母さん…アレで本質は、間違い無く凡人って話なんだから本当に凄いよね…まぁ…それでもそこに至るまでの努力量考えたら、ね…良く言う努力の天才って言うより、最早執念とかの域のソレ…自分自身に対してもとにかく鬼なんだよね、あの人…
「クロエはあの人を目標にした方が良いと思うよ「私は…貴女が理想なんです」…そう…」
まぁ、母さんに言われるまでも無く…本当は分かってる…今のクロエにそこら辺言っても無駄なんだろうなって…ホント、どうしてそこまで私を見ていたいって思うかな…正直、ここら辺は私には一生理解不能な気がするよ…ふぅ…ま、どうせ無駄と分かってる以上…この場ではこれ以上、何も言うつもりは無いけど…何せ、分からない事は基本…昔から放置するのがスタンスだから、私は…こう言うのは真似して欲しく無いんだけどね…正直、ここまで私を絶対視してるクロエだと…それはちょっと望めないかも…ホント、結局何で貴女はそこまで私に懐いてるかなぁ…人として私が色々終わってるのはそろそろ実感出来てるでしょうに……あー…もう、気にしないって決めたばかりなのに…ハァ…結局は私が頑張るしか無いのか…クロエが私を理想だと言ってくれるなら、私が"人間"として正しい姿を見せて行くしかないんだね…ホント、何か勝手に背負わされた気がする…
ま、要するに…束と関係性を切れなかったのが私の運の尽きか…そもそも無理なんだろうけどね…私は、束にも執着してるんだろうから…何より、束の娘だからじゃなくて…私は現在、クロエ・クロニクルと言う一人の少女にも個人的に執着を向けてるんだろうし…もう、そうなってる以上…彼女を見捨てる事は出来無いし…どっちみち、仕方無いんだろうね…
「分かったよ…私の全てを貴女には叩き込んであげる…でも、母さんの言う事もちゃんと聞いて?あの人は、私なんかより遥かに上の領域に居る人だからね…」
「…はい…分かりました…」
予想通り不満タラタラな顔…多分、無自覚なんだろうけどね…それでも、あの人が尊敬に値する人だとは感じてくれてる筈だから…ま、追々分かってくるでしょ。今、無理矢理理解させようとしなくても良い。……あれ?そう言えば、何か違和感が……あ!
「…その…クロエ、もしかして…通り過ぎちゃった…?」
「え……あ、はい…そうですね…」
既に、束の居る私の部屋から更に二つ目のドアが横に有るのに気付く…やれやれ…考え事に夢中になると、ホント駄目だね私…未だに、マルチタスクは苦手みたい。
「ホント、束をポンコツ呼ばわり出来無いね…」
そもそも、彼女は頭脳に関しては私より遥かに上だから…尤も逆に言えば、現状そこ以外の多くの部分が彼女は劣っているとは言えるだろうね…ま、それでも…束に関しては…結局、本気で頑張れば大抵の事はどうにかなると思うけど…ふぅ…さてと…
「…ねぇ?本当にこんな私が貴女の目標で良いの?」
「!…はい!是非、お願いします!」
全然ブレない…この点に関しては、もう貴女は私を超えてるよ…クロエ。全く、何を教えたら良いのかと本気で思うよ…ま、それでも…結局は私が頑張るしか無いんだろうけどさ…ハァ…ホント、これから大変だなぁ…