本のページを捲ったとき、瞬間的に強い痛みを感じて床に本を落とした。
大きな声を上げてはいないけど、本が落ちた音にはさすがに気付いた様で…横でテレビを見ていた千冬が声を掛けて来た。
「どうした……切ったのか?」
「…大した事無いよ、気にしないで。」
ここしばらくやってないから油断してた…最近買ったばかりの本だし、十分に有り得る事だったのに…
「…ほら、貸してみろ。」
「何?…っ…」
座っていたソファから立ち上がり、取り敢えず傷口を洗ってとか頭に思い浮かべながら動こうとしたら千冬に何か言われて、そちらを見たら千冬に右手を掴まれて…千冬が血の流れる私の人差し指を口に含んだ…そのまま口をすぼめる様にして私の指を吸う…
「……何してるの?」
千冬が私の指を口から抜いて答えた…
「何って…消毒だろ?」
そしてまた指を咥え、吸い始める……まぁ、言ってる事は分かる…ただねぇ…
「…いや、それは…」
確かに昔は普通だったし、実際唾液にはある程度の殺菌作用が有るとは言われてる…ただ、この場合口内の雑菌が傷口に入ったりするから逆に良くないと今は言われてる…
「ん?何か言ったか?」
「…何でも無い。」
とは言え…千冬が良かれとやってるものを違う、と言うのは私にはちょっと出来無い…まぁ、もう少しこのまま……っ…何か、吸われてるとピリピリと痛いのに、風邪の時とかに感じる悪寒とは違うゾクゾクとした独特の寒気と共に変な気分になって来る…いつの間にか千冬が目を閉じており、浮かべてる表情も何処か色っぽい感じだから…それを見てると余計に……いやいや…
「…あの…いつまで吸ってるの…?消毒なら、もう十分でしょ…?そんなに強く吸われるとかえって血が止まらなくなるんだけど…」
「……」
んっ…コレ、何でか分からないけどもしかして…千冬の方も欲情しかけてる…?…何にしても早く手当てしたいし、仕方無い…強引に口開けさせるしかないか…
「痛っ!」
取り敢えず空いている左手で千冬の頭を叩いて、千冬の口が開いた瞬間に指を抜く……っ…千冬の歯に指が当たった瞬間ゾクっと来た…取り敢えず、右手とはまた違った痛みを訴える左手の痛みを逃がす様に振る…
「ふぅ……千冬、悪いんだけどそこに落ちてる本、テーブルの上にでも置いて貰って良い?」
「っ……それは別に構わんが、人の頭引っぱたいた癖に謝罪は無しか?」
「それについてはごめん…でも、千冬がいつまでも私の指を離してくれないからでしょ?何のつもり?」
「…いや、以前お前に噛み付いて吸ってしまった時も思ったんだが…思いの外悪くない味でやめられなくてな…」
「…美味しいと思ったなら間違い無く、それは千冬の勘違いだと思う。」
さっきの知識を得る前…子供の頃に指切っちゃった時に私も吸った事有るけど、決して血は美味しいものじゃなかったと思う。まぁ、今はそれは良いか…取り敢えず手当てを早く済ませてしまおう…
「…■■。」
「ん?今度は何?」
完全に血が止まってるのを確認した上で絆創膏を貼り、読書を再開して少しした辺りで千冬が声を掛けて来た。
「今日の夕飯のリクエストなんだが…」
「…珍しいね。」
素直に驚いた…千冬の場合、私の方から食べたい物聞いても割と何でも良いって言うスタンスだし…まぁ、好き嫌いはほとんど無いから作るのに困る事は基本的に無いんだけど。
「早めに言ってくれるのは助かるよ、何食べたいの?」
「物自体は何でも良いんだが、隠し味が欲しくてな…」
「……隠し味?」
どう言うリクエスト?…うっ…何か、嫌な予感が…
「手当てしたばかりで悪いんだが、私の分にはお前の血が欲し「嫌だよ」…どうしても、駄目か?」
「私もさすがにそんなの嫌だよ…何なの、急に…」
まぁ、別にさ…出来るか出来無いかで言えば…多少自分で指切って血を混ぜるくらいそりゃ出来るけども…切る事自体には、私も抵抗無いし…けどさぁ…
「…そんな顔するな、冗談だ。」
…冗談、ねぇ…
「普通に内容が悪趣味だし、どう考えても冗談の顔してなかったんだけど…」
「…いやまぁ、正直に言えばな…本当は冗談じゃなかったんだが…」
まぁ、だよね…
「いや、お前が怒ったのかと思ったから咄嗟に…」
「…別に怒るって程でも無いけどさ、そこで真顔で冗談とか言ったら普通余計拗れるでしょ?」
怒ってないし…何なら引いてるとかでも無い。まぁ、それでも強いて思う所を言うなら…
「下手に血なんて摂取したら感染症のリスクは有るし、実際千冬に何か有ったら怖いし…嫌だよ。」
「どう考えても引かれる様な願いを言ったのに私を心配するんだな、お前は…」
「引かれるかもって思ってるなら最初から言わないでよ…てか、そりゃ心配はするでしょ…結局、普通に食べたい物のリクエストとかは無いの?それなら聞いてあげる…」
「じゃあ煮物にしてくれ。」
「煮物ね、了解…って、煮物は普通メインじゃないでしょ?他には?」
まぁ、具の内容によってはメインでも良いんだけど…冷蔵庫に良さそうなの、何か有ったかなぁ…
「他にはあまり浮かばないな…」
千冬の言葉を聞きながら本をテーブルに置いて、ソファから立ち上がり…冷蔵庫の方まで向かう……んー…
「…取り敢えず、買い物は行った方が良いかなぁ…今日は私の家に泊まるって言って有るんでしょ?一夏君が来たら行って来るよ。」
「何も無いのか?」
「…さすがに空じゃないけど、ね…」
中を見るに、ちょっと当てが外れた感じ…まぁ、買い物忘れてた私が悪いんだけどね…
「…なら、一夏が来るまでもう一つ頼みが有る。」
「…何?…変なのはやめてよ?」
「…その、頭を撫でて欲しくてな…」
「…さっきの、そんなに痛かった?」
「正直に言えば、まだ少し痛いな…」
「あらら…分かったよ。」
まぁ、別にそれ自体はお安い御用だし…何なら、ずっと撫でても構わない。撫で心地が良いのもそうだけど…千冬って撫でられてる時の表情が普段より穏やかだし、結構可愛いんだよね…役得役得。
「えっと…本当に私も着ないと駄目なの…?」
「お母さんのあの顔思い出して…着ないで戻れる?」
「……無理かなぁ…」
あの期待に満ちた表情…さすがに私が着ないで出たら母さんがどうするのか予想が付く…普通にその場で泣き始めて、こっちの罪悪感をチクチクと刺激して来るだろう……何で、こうなるのか…
「まぁ、束さんも着るんだから…と言うか、人に半ば強引に着せといて…自分は着ないのもどうかと思うけど?」
…束にそう言う正論を説かれるのは何か複雑。まぁ、そう口に出すつもりはさすがに無いけど。
「…多分、自分の性別をここまで否定したくなるのはこれから先も無いだろうね…」
「■ちゃん可愛いんだから絶対似合うよ!と言うか、一つ良い?」
「何?」
「…仮に■ちゃんが男だったら、遺伝的に考えたら見た目は兄の■くんそっくりになる可能性が高い…そうなると、結局着せられるんじゃない?」
「……」
所詮は仮定の話で確実にそうなるとは限らない…でも確かに、何となくそうなってた気がする…つまり、性別が男なのに…私の視界の先に居る店員さんが今と同じ様にノリノリで、私の為にヒラヒラの付いたゴスロリ服を選ぶ姿を見せられるのか…それは、正直精神的には二重にダメージを受ける気がする…だったら今の方がまだマシなのかな…ハァ…
「嫌だなぁ…」
「逆に、何でそんなに嫌がるの?■ちゃんなら、絶対似合うよ!」
「……」
さっき可愛いって言われたのもそうだけど、似合う…も、反論したい…でも結局何言っても無駄な気はする…
「まぁ、せめて黒い服なら「お客様、こちらはいかがでしょうか?」…白…」
ゴスロリとは、ゴシックロリータの略で、要するにロリータファッションの一つの種類に過ぎない…簡単に言えば、フリルをふんだんにあしらった何処と無く少女感の有る服に十字架や、架空の怪物などをモチーフにした物を服のデザインに組み込んで、ダークな感じを出した物を一般的にゴスロリと呼ぶとか…で、今私の元に持ってこられたのはどう見ても…そっちの要素は見受けられない…本来のロリータファッション系のデザインに見える…何なら、服の色も白だし…
「あの、黒い服じゃ駄目なんですか…?」
「いえ!お客様はこちらの方が似合います!」
う…凄い期待の籠った目で見られてる…断りにくい…
「じゃあ、束さんは何が似合うかな?」
「…そうですね、お客様はこちらが宜しいかと。」
「…あ、結構可愛い…でも、私こんなの似合うかなぁ…」
「ええ。もちろんです…さ、お二方共こちらへどうぞ…」
「……」
何で、束が黒で私が白なの…と言う私の呟きは…二人には届いていなかった様だ…
「…恥ずかしい…」
「■ちゃんのそう言う反応、初めて見た気がするよ…」
「そりゃ、似合う似合わないとかでなく…普通は恥ずかしいでしょ…」
特に、自分の年齢が頭に過ぎると余計に…いやまぁ、そんな事言ったら…良く分かってなかったクロエはともかく…母さんは私以上に恥ずかしかった事になるんだから、それに比べたらまだ若い私が言ったら駄目なんだろうけどさ…
「と言うか、束は恥ずかしくないの?」
「…まぁ、良く考えたら…当初■ちゃんが言った様に私が普段着てる服もアレだし…そんなでも無いかなって…」
「……」
「ほら!笑おうよ…せっかく来たのにつまらない気分のまま終わっちゃうよ?」
「…って言われても…」
正直、笑えない…恥ずかしいやら、絶対似合ってないでしょとか…色々複雑で…ハァ…思い付かなきゃ良かったかなぁ……ふぅ…ま、仕方無いかな…
「……」
「しかし…どの写真見ても、お前の顔が死んでるな…」
「公開処刑も良い所だよ…何で私ばかり単独でこんなに何枚も撮られたんだか…」
「それを私の前で良く言えたな。」
「…いやまぁ、確かに千冬も同じくらい撮られてるけどさぁ…」
まぁ、確かに今回私が何か言う資格無いかも知れないけどね…
「…ハァ…で?写真も良いけど…今の私への感想は?」
「……最高だが、もう少し笑って見せてくれないか?」
「…人に無理矢理着せといて、それ言う?」
私が今着てるのは何枚か有るあの日の私の写真の内の一枚…そこに写る衣装と見た感じ同じ物。何でこれだけ時間経ってからまた着ないといけないのか…と言うか、半分くらい脱がされて色々丸見えなのは衣装コンセプト的にも絶対違うと思うし…ハァ…何なんだろうね、ホント…ここまでの仕打ち受ける程、私…そんな大それた事考えちゃったのかな…私はともかく…皆は何だかんだ良い思い出だったと思うけど……まぁ、少なくとも…千冬は嫌だったのは分かるけどさ……っ…
「…あの、何…」
いつの間にか、千冬が携帯を置き…私の身体をまさぐっていた。
「また、したくなってな…」
「…さっき散々私に色々したでしょ…お願いだからもう着替えさせてよ、夜になっちゃう…」
「なら、そのまま朝まで「バカな事言ってないで離して」…駄目か?」
っ…そう言う顔で私の事見るの、ホントズルい…
「ハァ…ちょっとだけだよ?」
「ああ、分かっているとも。」
…で、結局千冬が満足して眠ったのは深夜になってから…こう言う時に限って一夏君は友達の家に泊まりに行っていてこっちに来ないんだよね……ハァ…疲れた…もう朝まであんまり時間無いけど、私も寝る事にしよう…