「ん…うるさい…」
束とあいつの兄貴と行動を共にする様になって既に半月…束と同じく、言われないと普段からろくに休みを取らない私はまたあの人から休む様に言われて…着替えもそこそこに用意されている部屋のベッドに横になったが中々眠れず…それでも、漸く微睡み始めた辺りで鳴り出した携帯の音に思わず悪態を吐いてしまう…
いっそ叩き壊してやろうかとさえ思ったが…良く考えれば学園でこちらがどうしても対応しきれない問題が起きた時などはこちらから携帯に連絡するから、必ず出て欲しいと理事長の方から言われていたのを思い出す……最近は色々不信感を抱く事も有ったが…何だかんだ世話にもなっているから邪険にも出来無い…一夏の事も有るとは言え、それでも引き留められ様が恩が無いなら私だって意地でも教師なんて辞めていただろうしな…別に一夏の置かれてる状況なら、学園に居なくても確認は出来るのだからな…
「……止まらないか。」
それでもせっかく眠りに着きそうだったんだ…このまま無視していれば止まってくれないかと思ったが、その気配は無い……仕方無い、出るか…
「……一夏?」
携帯には弟の名前が表示されている…あれで聡明なあいつだ…休暇とは名ばかりで、実際は私が忙しいのは想像がつく筈…それでも掛けて来たと言う事は…何か重大な用事でも出来たのか…?
取り敢えず私は携帯のボタンを押し、耳に当てる…
「もしもし…」
『もしもし千冬姉?……ひょっとして、寝てたか?』
「いや、気にするな…」
携帯の時計を見れば既に午前10時を回っている…ここにいると日付けの感覚は薄れて行くが、それでも今日は世間では休日で…だからと言って寝ている方が問題な時間なのも分かる…
「で、何か用なのか?」
『いや、実はさ…ちょっと面倒な話なんだけど…』
「何だ…もったいぶらずに早く話せ…」
「いや、数日前に理事長の所に電話が有ったらしくてさ…要約すると…『織斑千冬に取材がしたいのだが、本人と連絡が取れない…織斑千冬は今はそちらで教師をしていると聞いた…申し訳無いがアポを取らせて貰えないだろうか?』…ってそんな感じで言われたらしくてさ…学園自体への取材なら理事長も速攻断るんだけど…完全に千冬姉個人への取材ってなると、自分の方で突っぱねるのもどうかと思ったらしくてさ…』
「何だ…そんな話か…」
私はイライラのせいか、無性に痒みを覚える頭を搔く…
「そんな話私に聞くまでも無いだろう…休暇を取ってるとは言え、私は学園の教師だ…とっくに日本代表も降りてるし、私自身は立場的にはほぼ一般人だ…素直に雇う側の責任として断れば良いだろう…」
『いや、それがさ…もちろん千冬姉自身へのインタビューとかなら断るんだけど…それも違うんだってさ…』
「……歯切れが悪いな、結論を言え。」
『……■■さんの事で話を聞きたいんだってさ…あの人が生前一番の親友だと公言していた千冬姉に。』
「……何だと?」
頭の何処かでブチッと…何かが切れた様な音が聞こえた…
「ふざけるな!あいつが死んでまだそう時間も経っていない!一体マスコミがどんな話を『落ち着いてくれよ…俺だって良く有るマスコミの取材の話なら、千冬姉に連絡はしないって』……」
一夏の言葉で多少冷静にはなれたが、それでも私の怒りは完全には収まらない…
「そもそも何処なんだ、そんなふざけた取材をしようなんて考えているのは…」
こんな話、束にでも伝えれば…あいつは私以上にブチ切れる筈だ…すぐにでもそこを潰しに行こうと考えるだろう…
『ふぅ…そもそも俺も全然聞いた事が無い社名だったんだけどさ…返事を一旦保留にして理事長が調べたら、スポーツ雑誌を専門に出してる出版社…それもかなり知名度の低いマイナーな雑誌ばかり出してる所なんだってさ…実際、雑誌の中身も大衆向けじゃない…相当にマニアックな内容らしい…ただ、真面目に取り組んでるのは確かだとか…』
一夏の話に多少困惑しつつも分かる事は有る…ISが世に知られて、モンド・グロッソなんて物が作られて以来…昔から親しまれて来たオリンピックこそテレビでやればまだ幾分か視聴率は取れるものの…元々オリンピック競技にすら含まれないスポーツに関してはかなり下火になって来ている…何より、そうでなくても今は…オリンピックの時期でも無い限り通常のスポーツの中継などは年々視聴率が下がる一方である事を…
そんな状況でスポーツ雑誌など中々売れないだろう…何より、元々余程のスポーツファンでも無い限り読まない様なコアな内容の雑誌をそんな状況で出し続けているので有れば…確かに真面目に取り組んでる、と言えなくも無いか…
「成程な…それで、何で今になってあいつに関しての取材の話が出る?」
『まぁ俺も知らなかったんだけど…元々■■さんって、その筋では凄い有名な人なんだってさ…で、亡くなって時間も経って来た今…改めて特集を組みたいとかで…』
「そう言えば…あいつは元々フェンシングの選手だったな…モンド・グロッソに出る前から、半ば引退した様なものだったらしいが…」
『聞いたら、元々オリンピックの方に出れる可能性も有った程の腕だったらしいんだ…残念ながら、本人にその気は全く無かったらしいけど。』
「あいつらしいな…」
基本的に目立つのを嫌うからな、あいつは…まぁそれでも初代モンド・グロッソ準優勝ともなれば、私程では無くても嫌でも注目を浴びる事になった訳…いや。
『いや、それがさ…私、何でかあまり気付かれないんだよね…最も私としては…その方が非常にありがたいんだけど。』
……不思議な事に、本国では大々的に話題に上げられて一時期は散々雑誌の取材や、インタビューされた内容をテレビで放送された事も有る割に…普通にプライベートで街中を歩く分には声を掛けられる事もほとんど無かったと言う…あいつはあの美貌の割に、私生活では派手に着飾るのを嫌うからな…さすがに日本で私と共に行動してる分には気付かれた事も有るが…それでもフランスに居る時にしろ、日本に来た時にしろ…一人の時にたまに正体がバレても…
『あー…私、良く似てるって言われるんですよねぇ…』
…と、そう言うだけで向こうは勝手に人違いだと思ってくれたと言う笑い話も有ったそうだから、ちょっと外を歩くだけで散々声を掛けられた事も有った私には何とも羨ましい話ではある…と言うかまぁ…日本に来た時に関しては…本人はフランス代表で出ているのに、意を決して話し掛けてみたら流暢な日本語が返って来たら人違いだったと思う可能性も確かに無くは無いかも知れんが…
『おい、千冬姉?』
一夏の声で我に返る…いかんいかん…今は一夏と電話してる最中だったな…
「すまんな…少しあいつの事を思い出していた…」
『……そうか、それで…どうする?あ、そう言えば…■●さん、そっちに居るんだよな?本当は家族の方にも取材したいって話、向こうがチラッとしてたらしいけど…』
「?…ご両親はどうしたんだ?その言い方だと、家族への取材が出来て無い様に聞こえるが…」
『それなんだけどさ、千冬姉…俺も気になって■■さんの実家に連絡してみたんだけど…どうも可笑しいんだ…』
「?…可笑しいとは?」
『……話がまるで噛み合わない。実家の方に掛けたら■▲さんが出たんだけどさ…』
■▲とはあいつの母親の名前だ…
「何が有った?詳しく話せ。」
『……料金が高くなるからな、短い会話だけだったんだけど…特別会話の内容自体は問題無かった様にも思えたけど、何か話してる間違和感が凄くてさ…それ気にしてる内に取材の連絡が有ったかどうか聞きそびれたんだ…で、■▲さんが俺が電話を切る直前に言ったんだ『■■がまた今度そっちに遊びに行くそうだから、その時は宜しくね』…ってさ…』
「何だ、それは…」
『言った時のテンションから察するにアレは多分本気だった…あの時は困惑しただけだったけど…もしかしたら■▲さんは…■■さんが今も生きていると思い込んでるのかも知れない…』
「馬鹿な…自分たちで葬式の用意をしてたんだぞ…?それはいつの事だ…?」
『三日前…平日で、あの後はすぐに授業が有ったから…俺も深くは考えなかったんだ…』
「……」
一体、どうなっているんだ…?
『多分だけど…この後千冬姉が電話しても似た様な事を言われるんじゃないかな…多分■●さんなら何か知ってると思う…』
「そうだな、私から聞いてみよう…で、取材の話だが…」
『一応、どうしても無理なら断っても構わないって話らしい…ただ、出来れば受けるにしろ断るにしろ…早い方が良いってさ。』
「分かった…私も少し、考える時間が欲しい…決まったら理事長に電話すれば良いのか?」
『いや、向こうの電話番号聞いてるから、多分そっちに直接掛ければ良いと思う……今言っても良いか?』
「ちょっと待ってくれ…」
適当に何かメモが出来そうな物を探す……駄目だな…携帯が有るとつい、その手の物を持ち歩かなくなるからな…
『……メモ出来る物、見付からないか?』
「あー…すまん…」
『そっか、ならこの後メールするよ……じゃ、切るな?束さんや■●さんに宜しく。』
「ああ、じゃあな…」
電話が切れる……やれやれ…何ともまぁ面倒な事になって来た物だ…あいつに関しての取材に、あいつの両親の異常…
「なぁ…あまり、私を困らせないでくれないか…?」
もちろん、今更あいつの事で悩むのを嫌がろうと言う気にもなれない…とは言え、生者のあいつを自分の世界に連れて帰ろうとしている私の元に、死んだあいつの厄介事がこうして舞い込んで来るのは…何とも皮肉めいた話だな…