「何よ、そんなにしんみりしないでよ…また会えるわよ。」
あたしが日本の小学校に転入、そこでコイツ…十秋に有って色々…本当に、色々と有った…コイツは元より、一夏に千冬さん…まぁ、そんな事言ったら…半分腐れ縁と言えなくも無い弾や数馬なんかも一応そうなんだけど…何と言うか、皆には色々世話になりっぱなしだったわね…
でも、一番世話になったのは…やっぱりあたしが今居る織斑家の面々…その中でも特にこの、十秋…あの日コイツがあたしに声を掛けてくれなかったら…絶対に今のあたしは居なかった。それだけは、間違いは無いだろう…そして、今はもう中三…結局の所あたしは…このまま何事も無く中学も卒業して…そして、予定通り…コイツと一夏、弾や数馬も…多分一緒に同じ高校に行って…そこからは大学…まぁ、上手く行ったらあたしも恋人とか……まぁ、一夏と結ばれたら一番良いかな…とも、思わなくもないんだけど…何となく、駄目な気もするのよねぇ…まぁ、それはともかく…お互いこの面子…特に、十秋と一夏とは付かず離れず…仮に一夏にはフラレたとしても…そんな関係がずっと続くんだと…あたしは、そう信じて疑わなかった…
でも、生憎…そうはならなかった…
「…ふぅ…にしても驚いたよ…こんなタイミングで急に中国に戻る事になったなんて言うから…ご両親に何か有ったのかと思って…」
「あのねぇ…確かにあの時は急だったけど、少なくともアンタも数日前に店で父さんと母さんに会ってるじゃない…ピンピンしてたでしょ?」
ちなみに、何なら…病気は元より、離婚の気配とかも全く無い…と言うか、小六のあの日…あたしが家出した後こそしばらくは、ちょっと二人もまだギクシャクしてたし…多少のケンカの様なものは有ったけど…最終的にそれも無くなって…今じゃラブラブ過ぎて、あの頃とは別の意味で…あたしが家に居づらい状態になるくらい…まぁ、あたしが中学に入って…まだ軽いケンカが続いてた頃ですら、もう小学生の時みたいにこっちに避難する程じゃなかったけど…怒号飛び交うみたいなあの頃と違って、両親の仲が良過ぎて…何て、そんな理由で避難するのもまた贅沢な話だし…まぁ、そうでなくても一時期十秋に一夏、千冬さんも織斑家に住んでない状態がしばらく続いたのも有って…余計にその習慣自体無くなってた…三人が戻ってからも、先の理由から…わざわざ泊まるって事自体が無かった…と言うか、結局中学に入ってから…三人がこの家に戻って来てから今日まで…あたしもそうしなかったからね…で、結局中学に入ってからは…今日が初めて織斑家に泊まった日となる…そして、その習慣もこれから先…当分無くなる事になる…明日からは、あたしがもう日本に居ないからね…
…ま、だいぶ話が逸れてしまったけど本当に順風満帆だったのだ…本当に、あたしからしても正に青天の霹靂…だって、それが決まる前日まで…二人の口から向こうに戻るなんて話…一切、出てなかったんだから…ハァ…悲しいなんて、敢えて思わない様にしてるけど…やっぱり考え自体は纏まらないわね…思考が乱れるわ…やらかす事も多いけど、これでもどんな時でもある程度頭が回るのは、あたしの特技の一つだと思ってたんだけど…
「…ふぅ…駄目ね、偉そうに言ってたけど…あたしもやっぱり、気が滅入って来るわ…でも、あたしだって予想もしてなかったわよ…おじいちゃんが倒れて、幸い一命は取り留めたけど…麻痺が残ってしまって、その世話の為に中国に帰る…なんて…ま、あたしもおじいちゃんが嫌いなわけじゃないけど…状況が状況だし、こっちに一人で残るって言いたかったわよ…と言うか、実際言ったし…ま、でも…まだ高校にも入ってない様な身じゃ色々心配だから…って、ハッキリ言われたら…あたしも何も言えないわよ…ハァ…人生一寸先は闇なんて良く言うけど、まさかこんなタイミングでこうなるなんてね…せめてあたしが高校に入って少ししてからとかなら…二人も引き下がってくれたかも知れないけど…ま、願書もまだ出す前だったのは救いかしらね…無駄な金払わずに済んでるし、納得出来るかって言われたらもちろん違うけど…」
「鈴…」
あ~あ…今日は十秋と明るくお別れしようって、そう思ってたのに…結局ウダウダ愚痴ってるわね、あたし…日中はまだ良かったんだけど、やっぱり夜になると気持ちが落ちてくるわね…
「…正直、聞いてる限り向こうでも色々ゴタゴタしそうだし…しばらく連絡も取れそうにないけど、あたしの事…忘れないでよ、十秋。」
「…ふぅ…忘れるわけないよ…そっちが落ち着いたら連絡して来てよ。ま、でも…携帯番号は変わってる可能性ゼロじゃないし…でも、最悪はここに手紙でも出してくれたら良いし。」
「まぁ、それはお互い十分に有り得るわよねぇ…ええ、そうするわ…」
十秋と話しつつ…思考は自然と、十秋と出会った頃の記憶に飛んでいる…あの時はそう、コイツがあたしに中国語で話し掛けてくれたのよねぇ…発音自体は拙かったけど…それでも、言葉の壁の所為で孤立しかけてたあたしが…初めて、寄り添ってくれるかも知れない相手が現れたのかもって…そう思っちゃったのよねぇ…そしてそれは、間違いじゃなかった…
…十秋は今日まで、ずっと…あたしに寄り添ってくれた…あたしが日本語を話せるようになってからもずっとだ…ま、あたしの事を気にしてくれるのは嬉しいんだけど…コイツの悪癖に色々やきもきしたし…心配も、怒ったりだってした…と言うか、今でも心配よ…コイツ、あたしが居なくて本当に大丈夫かしら?
…もちろん、別にあたしが居なきゃ前に進めないってタイプじゃない…十秋の場合、逆なのだ…進み続けられてしまうのだ…そして、コイツは…自分を中心に据えて進んで行くタイプじゃない…いつも人の事ばかり気にしてる…そして、毎回誰かの為に行動し続けて…その度に自分がどれだけ傷付こうと、その傷を無視して進み続けられる…十秋は強いとかじゃない…寧ろ、弱い部分の方が遥かに多い…その筈なのに、コイツはそれが出来てしまうのだ…
だから、あたしは心配で仕方無い…いつかコイツは人の為に自分を削り続けて…その内フッと、この世からあっさり消えてしまうんじゃないかって…
「ねぇ?十秋?」
「何?」
今日の十秋は口数が少ない…多分、あたしが話すのを待っててくれてるんだと思う…今日が、最後だから…あたしが後悔しない様にって…そして、あたしはこれを言っておきたかった…
「…ずっと元気でいてよね…」
「?…何、急に?」
「良いから約束して。」
「んー…それは、難しいかなぁ…」
「何でよ?」
「だって…さっき鈴も言ってたじゃない…人生一寸先は闇…自分の歩んで行く未来に何が起こるかなんて、分からないからね。」
「…ハァ…ま、アンタはそう言うとは思ってたわ…」
変な所で頑固なのよね、コイツ…しばらく会えないんだし、そこは嘘でも約束するとか…ま、言えないか…コイツは、都合が悪くなると黙る癖は有るけど…基本、嘘はほとんど吐けないものね…
「じゃあせめて…簡単に死なないって言う約束はしてくれない?」
「それも、厳しいかな…」
「アンタねぇ…」
「人生は山有り谷有りなんて言葉も有るからねぇ…ある日突然、谷底に真っ逆さまなんて事も無いとは言い切れないからさ…」
「ホント、アンタってそう言う所…昔から冷めてるわよねぇ…」
今思えば、この時にもっと踏み込むべきだったのかも知れない…まさか、十秋が半分自分の人生を諦めてるなんて思わなかったから…コイツが実の姉の千冬さんが好きだって事には前から気付いてた…でも、それ以外…関わった人の進退は気にしてても…事、自分自身の話になると…千冬さんと結ばれるかどうか、それ以外の事に何も興味が無いって程…酷い状態だとは思ってなかった…と言うかこんなの、既に前世で死んだから…その記憶が残ってるせいで、今の自分の未来にほとんど興味が持てなくなってるって言う特殊過ぎる人生観を持ってるって事を知らないと…そんなの考えもしないわよ…
…ま、とは言え…それも半分言い訳では有る…何せ、今になって考えれば…ヒントはずっと出ていたからね…コイツはいつも端々で無意識に、それをあたしに伝えてた…あたしなら、本当は気付けてた筈なのだ…
「…ふぁ…実質最後だし、もうちょっとアンタと話してたいけど…」
「無理しない方が良いよ、明日は早いでしょ?私もそろそろ眠くなって来たし…」
「そう…じゃあ、寝ましょうか…」
「おやすみ、鈴。」
「おやすみ、十秋。」
あたしの中には十秋への恩と…あの頃に何も気付けなかった事に対する後悔と、罪悪感が渦巻いてる…だから、あたしは今のアンタを放っておきたくないの…本当に谷底へ落ちる所だったアンタをギリギリで捕まえた…でも、それで終わりじゃない…だって、アンタは…このままあたしが引き上げても…今手を離したら、多分自分からまた落ちて行く…
お願いだから…あたしに、アンタを助けさせて…アンタが人としての幸せを手に入れて笑っていてくれるなら、あたしもそれだけで幸せな気持ちになれるの…どうして、アンタはいつも理解してくれないの?あたしの事を助けてくれたのに…アンタはあたしに助けられてくれないの?前世で一度自分が終わったからって…どうして、せっかく手に入れた今を簡単に諦めようとするの?あたしには、アンタが分からない…
「ねぇ?十秋?」
「何?」
「…結局の所アンタ、いつ千冬さんに気持ちを告げる気なの?」
「う~ん…いつにしようかな…」
既にあれから、あたしがここに来た日を含めてもう三日が経っている…相変わらずあたしたちは動物か何かの様に、暇さえ有ればこうして身体を重ねてる…この三日で十秋は目に見えて回復して行った…様に、見える…本当に、表面上は…
どうしてもあたしには、それが見せ掛けに感じられる…人の事は言えないけど、一応…これからの事も考えてるつもりのあたしと違い…最近の十秋はどうも快楽に逃げてるだけの様に思えて来る…この関係が心地良い…それはあたしだって感じてるし…十秋もそう思ってくれてるのは何となく分かる…何より、あたしでそう感じてくれてると言う事実が少し嬉しくも感じられるのは確か…でも、コイツはやっぱり前に進む気は無い様にも思えて来るのだ…それでは、意味が無いのだ…
「そもそもアンタ、例の刀奈って奴と話は着けたわけ?」
ちなみに、あたしが来た日…昼にメールが来たっきり…不思議とそいつからは、今日まで全く連絡は無いらしい…話に聞く限り、十秋のこれからのことも考えるって言ってたつもりの様なんだけど…にも関わらず、結局何の連絡もして来ないのはどうかと思う…まぁ、これでまた自撮りの要求なんてして来てたら…それはそれであたしが怒鳴りつける口実にもなるんだけど…何も無ければ、あたしも下手に噛み付けない…
「…えっと…まだ…」
「まだってアンタ…いつ言うのよ、このままだと…またズルズル時間が過ぎるだけよ?アンタ、このまま学園戻ったら襲われるんじゃないの?」
「…まぁ、そうかも…」
この件に付いて、向こうからアクションが無い限り強く言う気は無い…と言うか、もうあたしにはその資格も無いと思ってる…だから、先ずは十秋が自分で動くしかないんだけど…コイツがこのまま何もしないので有れば、状況はまるで変わらないのだ…
「そうかもって…アンタ、それで千冬さんに気持ちを告げるつもり?あたしは、良いわよ?離れようと思えば…離れられるからね…でも、そいつは話付けないと無理でしょ…もちろん、あたしとこうなったんだし…今更一人に絞れなんて言わないわよ?でもそれって…そいつと千冬さん、二人が納得しての話でしょ?…じゃないと、筋が通らないじゃない…」
「……」
「どっちも欲しい…それがアンタの幸せだって言うなら、それでも良いとは…今はあたしもそう思ってる…でも、それをアンタの口からハッキリ言って納得して貰わないと…どっちに対しても裏切りにしかならないじゃない…」
「その、例えば…鈴からも離れたくないって言ったら…どうする?」
「それは欲張り過ぎじゃない?と言うか、あたしは嫌よ?もちろん、二人と共有するのが嫌とかって話じゃない…大体アンタ、三人の人間を平等に愛せるわけ?そんなに器用じゃないわよね?てか、先に言ってるじゃない…あたし、これでも一応…好きな奴が居るんだって…そして、それはアンタじゃない…そもそもアンタも、あたしに恋愛感情は無い…と言うか、その刀奈って奴にだってそれは持ててない…更に言えば、この関係性は何の為だった?言ってみなさい…」
「…お互いが意中の相手を捕まえるまでの期間限定…何より全ては、私がしっかり前を向ける様にする為…」
「そうよ。分かってんじゃない…不毛でも、こんな歪な事続けてるのはその為よ…快楽でアンタの心が癒される分には良いけど…アンタに立ち上がる気が無いなら、意味が無いのよ?」
「…でも、私は鈴と一緒に居たいよ…」
「居てあげるわよ…この関係性が終わって、例え目に見える程に側にはもう居なかったとしても…これから先も、ずっとアンタの親友として…あたしは、その場所にいつでもちゃんと居る…背中は押してあげるし、途中までは手を引いてあげるけど…ずっとあたしの手を引っ張り続けたまま進むのは、違うわよ?」
「…どうしても、駄目かな…?もっと側に、居てくれないかな…ずっと私の目の届く所に…」
「…てか、ろくに答えも出せないまま…欲しいものだけとにかく求め続けるのはただのワガママ…そんな中途半端なやり方…昔のアンタなら、絶対にしなかった筈だけど?」
「だって、あの頃は…本当にどうでも良かったから…でも、今はそうじゃなくなっちゃったから…」
「…ハァ…弱くなったわね、アンタ…でも、アンタの場合それも成長なのがまた悲しい所よね…」
今まで、自分の幸せなんて求めようとしなかった…甘えるなんて事も出来無かった…何故ならコイツは、それの本当の温かさが分かってなかったから…どんなに寒くても、それに気付いてなかった…多くの人と繋がってる様に見えて、コイツはいつも孤独…助けるだけ助けて、後はそいつらが幸せならそれで良い…自分の事はどうでも良いって…だから必要が無いと、今まで切り捨てて来た物の本当の心地良さを知ってしまった…上手く言えないけど、要はそんな話…普通で有れば、子供の頃にもう理解出来てる筈のそれが…コイツは分からなかった…理解しないまま、大人になって…死んでしまって…二度目の人生で漸く理解して、切り捨てられなくなった…手放すのが惜しくなった…本当に悲しいわね、でも…もうその事を後悔するには遅過ぎる…
今のコイツはもう、全部欲しいじゃなくて…本当に大事なものだけを決めて、それ以外は捨てないといけない…その段階に来てる…
「…十秋、何が本当に大事なのか…ちゃんと考えて…要らない物を切り捨てるのよ…じゃないとアンタは、動けない。 」
「…出来無いよ、捨てたくない…」
「…失いたくないなら、何でもっと早くそう言わなかったのよ…本当に大事な物はいつも、すぐ側に有ったのに…さっさと掴んでれば、捨てないといけない苦しさを味わわずに済んだのに。」
先に掴んでれば、恐らく…本当にそれで話は終わってた…他の物を求める必要なんて無かった…だって、本当に欲しい物は手に入ったんだから…他の物なんて、最初から目にも入らなかった筈なのだ。
もちろん、必ず掴めたとは限らない…でも、一度でも掴もうとした事実は必ず…十秋にとって、一つの成功体験だった筈だ…こんなに悩む事も、きっと無かった。
「だって…分からなかったから…それが大事な物なんだって…私には、そもそも必要無かったんだって…そう思ったから…」
「要らない筈の物を必要だと勘違いして拾ったのよ、アンタは…だから、捨て去る作業が必要になったの…今のアンタは、それに縛られてる…良く考えなさい、それは大事な物じゃないの…アンタには、最初から必要の無い物よ。」
「…出来無い、出来無いよ…私は、どうしたら良いのか分からない…」
「…ハァ…ま、時間がもっと必要なのかしらね…」
急いでも、コイツはまだ変われない…か。
「…多分、そう時間は残ってないと思うわよ?早めに答えを出しなさいね…取り敢えず今回はこの件に付いて、もうこれ以上は何も言わない。」
ハァ…あたしも甘いわね…でも、あんまり強くコイツを責めたいとも思えないのよね…そう思ってしまうくらいには、コイツに対して愛しく思う感覚はあたしにも有る…と言うか、仮にあたしに好きな相手が居なかったら…あたしだって、多分アンタが欲しいと思うわね…こんなに意地らしい姿見せられたら、そりゃ落ちるわ…さっきも言った通り、仮にあたしに他にそう言う相手が居なくて…そして、コイツの好きな相手が千冬さんじゃなかったら多分…刀奈って奴と、同じ事をあたしもしてたかも知れない…こっちから手を掴んで、離そうとしなかったかも知れないわね…確実に、こんなに可愛い奴…誰にも渡したくなくなってたわ…ま、そうじゃないからこそ…あたしは今、コイツを助けようとする事の出来る立場に留まってられるんでしょうけど。
もし、あたしまでそうなってたら…多分、十秋はもう色々な意味で終わってたわね…だって、コイツにとって心地良い物に触れてるのに…それはコイツの助けにはならないから。味方にはなり得なかったから…コイツはきっと、本当に谷に落ちて行くだけだったわね…必要だと思ってた筈の物に引き摺り下ろされて…ま、生憎…まだ分からないでしょうね、アンタには…アンタがそれを理解出来る様になるのは、一体いつの事になるのかしらね…
あたし、結構短気な方だし…あんまり長くは待てないわよ、十秋…多分、時間もそんなに無いだろうしね…そもそも実は両想いだったとしても、向こうが諦めたら…もうそれで終わりなんだから…