あたしは携帯のボタンを押して電話を切る…ふぅ…
「…十秋が、休学…アンタ、一体何が有ったのよ…?」
「…はぁ?一夏が世界初の男性のIS適合者?……良く分かんないけど、気になるわね…そう言や、一回学園の話、来てたわね…今からでもあの話、受けるって言おうかしら?……うん、久しぶりに日本に行っちゃいましょ…十秋にも会いたいし…」
「日本に行く?」
「ええ。前に話したでしょ?あたしからしたら…第二の故郷みたいな物なの。」
「ほーん…で、連中はどうする気だ?」
「それなのよねぇ…ま、どうせ…何で今更だ、とか言って…反対するに決まってるし…ハァ…面倒だけど、これからちょっと噛み付いて来るわ…」
「クックック…面白そうだな、俺の手は必要か?」
「…何よ、ありがたいけど…そんな事して大丈夫なわけ?」
「ああ。俺もアイツらは嫌いなんだ…」
「雇い主でしょ?」
「だからどうした?それと、気に入らないってのは話が別だろ?」
「…ふぅ…うん、そうね…あたしの場合ただ暴れる事しか出来無いし…手貸してくれる?」
「いいとも…ま、俺はあくまで裏で動くけどな…お前が日本にいる間、連中がお前にちょっかいを掛けれない様にしておいてやる…その代わり、報酬は弾んでくれよ?」
「…いくら欲しいわけ?」
「金は要らん。ここの仕事、実入りは良いからな…もちろん、この程度の一件でクビになる様なヘマをするつもりも無いしな。ま、そうだな…じゃあ、お前のオススメの日本土産を一つ頼むぜ。」
「…そんなんで良いわけ?金は要らないって言うから、身体でも要求されるのかと思ったわ…」
「ガキがナマ言ってんな…ま、興味が無いとは言わないが…それなら、最低でも後二年後に言え。」
「…そう…ま、とにかく…ちょっと暴れて来るわ。」
「クックック…ああ、行って来い行って来い…俺は、特等席でお前のワンマンショーを観させて貰う。」
「…ホント、アンタ趣味悪いわね……嫌いじゃないけど。」
「…ここに来るのも久しぶりね…てか、思った以上に手間取って遅くなっちゃったけど…十秋、まだ起きてるかしら?…全くアイツら、最初は自分たちが持ち掛けて来た話なのに…今更になってグダグダ言うんじゃないわよ…あー…考えれば考える程ムカつくわ…!やっぱりもう一発くらい、ぶん殴ってやれば良かったかしら…」
あたしはぶつくさ言いながら、キャスター付きの重みを感じるスーツケースを引いて夜の町を歩く…時間も時間だからか、外に人気は無い…そうしてる内にここに来るまで…あの日、中国に帰ってからの事からの出来事を何となく、思い出して行く…
中国に帰ってすぐに、あたしたちはすぐに祖父の入院する病院へ…実際に対面した祖父は話に聞いてたより状況は酷く…何より悲惨だったのは、詳しい事は知らないけど…現在祖父は、祖母に先立たれて独り身…で、本人の貯金やらで入院費を賄ってたんだけど…最終的にそれも底を突く。それで、先ずは日本に居るあたしたちじゃなくて…他の親類に頼ろうとしたんだけど…昔の祖父は結構アレな性格だったとかで、皆入院費の肩代わりを拒否。そのショックが大きかったのが原因なのか…急激に身体の状態は悪化し…最初の内は動けていたその身もほとんどベッドから動かせなくなり、結局寝たきり状態に…とは言え、もう入院費が払えない以上…病院側としてもこのままにしとくわけにも行かない…
…そこで、親類から白羽の矢が立てられたのがあたしたち…と言うか、自分たちでどうにかしたくはない…でも、このまま見捨てるのも世間体が悪い…だから、平たく言えば押し付けられたって話なのよね…
…で、入院費をウチが肩代わりするにしてもその額は莫大…一応、しばらくはどうにか出来無くも無い…ただ先の話をするなら、あたしのこれから…高等学校への入学も危うくなる…と言うか、あたしの場合…割と長めに日本に居たもんだから…その事実がどう扱われるのかでも、色々と掛かる費用が違うのよねぇ…
…あたしとしては、両親に負担を掛けてまで高校に行きたくは無い…それなら寧ろ、進学自体辞めて働きたいくらい…とは言え、あたしがそうした所でさすがに…高が知れてる…が、その諸々がある程度どうにか出来そうな裏技がこの世界には存在した…
それが、インフィニット・ストラトス…通称IS…それを駆り、出場する大会…モンド・グロッソ…世界規模で行われるその大会の、中国の代表候補生になる事。
なるまでは大変だけど、なれさえすれば…それ相応の報奨金が約束されている…少なくとも、進学もせず…あたしみたいな小娘がそのまま社会に出るよりは確実に稼ぎになる…ま、と言うか…中国は原則として…18歳以下はまともな仕事に就けないルールだしねぇ…当時あたしには、他に選択肢は無かった……ま、両親には猛反対されたけど…あの二人、昔と違って今はこっちが見ててキツくなるくらい相思相愛…
…まぁ、あっちじゃ当初散々ケンカしてた癖に…いつの間にか、おしどり夫婦なんて言われてたしねぇ…だから、お互いだけを見てれば良いじゃない…と、あくまでも一歩引く形で…良い意味で、見守ってるポジションであたしは居るつもりだったんだけど、二人共…あたしの事全然、放っておいてくれないのよねぇ…ま、それ自体は嬉しくも有るんだけどさ…けど、だからこそ…あたしは二人を助けられるならそうしたいと思った…とは言え、当初それなりに葛藤はもちろん有った…それでも、あたしが最終的に両親の反対を押し切る形で書類にサインして貰い…未知の世界に飛び込む程の勇気が出せたのは、やっぱり十秋の存在が大きい…ホント、あいつには頭が上がんないわ…やっぱり、あいつが居なかったら…今のあたしは無いわねぇ…
「…とは言え、まさか…実質一年しないくらいでそのままその切符をもぎ取れるなんてねぇ…割と狭き門とか言われてたんだけど…コレが実力だと誇れるなら良いんだけど…あまりにトントン拍子過ぎて、何か作為的な物を感じなくもないのよねぇ…」
何か大きな力の流れにあたしは絡め取られている…全ては何者かの掌の上…漠然とだけど、そう感じなくもない…ま、でも…結局はそんな事はどうでも良い…向こうの思惑は知らないけど、だったらあたしはとことん利用してやるだけ…何をさせたいのかは知らないけど、そう簡単に踊らされてなんてやらない…その為にも、あたしは"力"が必要だと…そう思った…だから、当初IS学園の入学の話が出て来た時もあたしは断った…だって、そもそも高校行くのやめてこの世界に入ったって言うのに…何で今更入らなきゃならないのよ…高校相当の勉学は一応自分なりに進められてるつもりだし…ISの知識?操縦?既に候補生のあたしが今更何を学べって言うのよ……まぁ、千冬さんがそこに教師として勤めてるって話は立場上…一応あたしの耳にも入ってたけど…ま、それでもあたしには必要無い…そんな所に行ってる暇が有ったら、少しでもここで技術を伸ばすのが先決…そう思ってたんだけど…
「…何かしらねぇ…一夏がISの適合者だってのを知った時、何か嫌な予感がしたのよねぇ…」
あたしの勘は、正直割と当たる…それも、こう言う不安を伴うものこそ特に…だから、当初断った癖に今更何を言っていると鼻で笑う連中をあたしは脅迫した…そもそも、アンタらが最初持って来た話でしょうに…半ば強引に学園への途中編入の手続きをさせ、加えて…言う事を聞かなかったからってあたしの家族に手を出そうものなら、"直接叩きに行く"と追加で圧力を掛けてやった…あの時のあの連中の顔…いつも偉そうにしてた癖に、あの時は顔色が真っ青になって…表情があたしへの恐怖一色に染まってた…あれは笑えたわね…ま、仮にも第一回のモンド・グロッソの優勝者が教官としてそこに居るのだ…得られる物も何か有る筈…何せ、一度入れば実質…三年間はそこに居る事になるのだ…何かは絶対に持って帰ろう…あたしはその時胸中に渦巻く不安を、これからを見る事で見なかった事にした…
今となっては、あの時感じてた不安は正しかったのかも知れないと…あたしはそう思っている…
「…十秋が休学、か…本当に何が有ったのよ、十秋…」
日本に来たばかりのあの頃…孤独に押し潰されそうになっていたあたしを闇の中から引っ張り出してくれた癖に…あたし以外にもそうする癖に、自分は救いとった人間が光の中で笑っているのを慈愛に満ちた目で一歩引いた所で見守り…何か問題が起こる度に前に踏み出してまた救い上げる…そしてまた自分は後ろに下がる…人の事は陽の下へ導く癖に、自分は日陰でその姿を優しく笑いながら見詰めるだけ…
そんな、苦しい筈の事を笑ってやってのけるのが織斑十秋…あたしの、親友…加えて、自分が救った人間が自分の方を向いて来たとしても黙って首を横に振って…指を前に向けて差す様な、私の事は気にしないで自分の道を進んでとそう言ってる様な…とにかく、自分自身の幸せは人の為に平気で放り投げられる…そんな女…それが十秋。…ふぅ…全く、今度はアイツ…一体何をやらかしたのかしらね…一夏が理由を言わなかったのも気になる…ちょっと体調を崩した程度と言うのなら…一夏が寮に入っている以上…恐らく十秋もそうだろう…だから、寮で身体を癒すのが普通だろう…でも、アイツは休学と言う選択をしている…そして一人、生家である織斑家に戻って来ている…
どう考えても、普通じゃない何かが有ったのだとしか思えない…ハァ…やっぱり、あの予感と言うか…一種の虫の知らせの様な物の正体はこれだったのかしらね…ま、良いわ…とにかく織斑家に着いてから…色々とアイツに話を聞けば済む話。…そう言えば、何かを忘れている様な……あ。
「そうそう、一応十秋に連絡を入れた方が良いわよね…一夏の話だと、番号は変わってないって話だっけ…ま、一夏からも…もう話は伝わってると思うけど…」
取り敢えず、あたしは一旦足を止め…携帯を取り出して十秋に電話を掛ける……とは言え、やっぱりもう寝てるかしら…いや、それなりに遅い時間とは言え、まださすがに起きてると思うんだけど…
「……は?留守番電話サービス…電源が入っていないか、電波が届かないって…」
この時間なら寝てこそいなくてもさすがに家には居る筈…あたしは仮に声を掛けられたとしても事情こそ説明可能だけど、一応ウロウロしてると補導も十分に有り得る時間だし…それで電源が入ってないとか、電波が届かないって…どう言う事よ?
「…急いだ方が良いかしらね…!」
あの日感じたのと同じ不安が再び胸中に広がるのを感じる…あたしは電話を切り、携帯をしまうと…スーツケースを…あー…もう!面倒臭い!あたしの背丈だとちょっとキツイけど何とか…!スーツケースを抱え、あたしは走り出した…
「…ハァ…ハァ…着いた…!」
最後に見たのは一年と少し…それでも、割と険しい道を歩んで来たと言う認識なのか…まるで何年振りかに見た様な…それでも昔と何も変わってない織斑家…一瞬感慨に浸りかけたけど、すぐに頭を振って切り替える…十秋、アンタ何してるのよ…!
…表札を横目に、あたしは敷地内に入る…取り敢えずインターホンを押して様子見……玄関まで来る人間が居れば物音で分かるはず…が、ドアの向こうは静まり返っていた…何の音もしない…今度はノックをする……反応無し…今度は強めに叩く……やっぱりドアの向こうから音はしない…ちょっと…本当にどうしたのよ…!取り敢えず、ドアに手を掛けてみる…確認するだけ…鍵が掛かっていれば、恐らく十秋は家の中には居ない…つまり、ちょっと遅い時間では有るけど買い物にでも行ってるだけ…何なら、寝てたでも良い…時間も時間だし、それならそれで…あたしも安心だ…とにかく、どちらで有っても鍵が掛かっているならそれで良いのだ…ただ、何となくヤバい気がする…どうしてもこの不安が、消えてくれない…手を掛け、力を入れる…ほら、鍵…は…
「!…嘘でしょ…?」
ドアに鍵は掛かっていなかった…そのままあたしはドアを開け、中に入る…勝手知ったる家だ…もちろん、自分の家では無いし…法的にはちょっとアレだけど…一応住人の内、二人からは事前に許可を取ってる…だから、このままあたしが中に入っても、一応問題は無い…
入った先は真っ暗…まぁ、仮に十秋が一人で自分の部屋に居たり…出掛けているなら問題は無い…あたしは靴を脱……いや、靴が置いてあるじゃない…コレ、あたしは見た事無いけど多分、十秋のよね?この時間にアイツ、鍵も掛けないで家に居るわけ?…不安が増大して行くのが分かる…そりゃもちろん、家に居る場合…人は時に鍵を掛け忘れる事くらい有るだろう…そう思ってみるものの…やっぱり、何か変だと感じる…もう良い、探しましょう…休学してたって話だし…体調を崩して部屋で寝てるかも知れない…とにかくあたしは、アンタの顔を見れば安心出来る…取り敢えず鍵は掛けて、っと。今度こそあたしは靴を脱ぎ、家の中に入って行く…一応、先ずは居間からよね…って言っても、電気は点いてない…それでも念の為、あたしは電気を点けて中を確認する…この家の居間はそれ程広くは無い…ここからでも全体を見渡せる…見た感じ、十秋の姿は無い……まぁ、電気は点いてないし、当然…よね…?…一瞬違和感を感じたが、取り敢えず今は良い…先ずは十秋を探すのが先決。あたしは廊下の隅にスーツケースを置いて、探索を再開する…
…居間には居なかった…あたしはドアを閉める…後は、一夏の部屋に居るとは思えないけど…あ、トイレ…
…とは言え、ドアノブを試しに掴んで見たらそちらも問題無くドアは開いた…念の為、少しだけ開けて中を覗く…緊急事態の可能性が有ったとは言え、さすがに入ってたらちょっとね…同性とは言え…尤も、その心配は杞憂。うっかり鍵の掛け忘れた十秋が用を足してるなんてオチは無く…やっぱり誰も居ない…まぁ、このトイレは中こそ見えないタイプでは有るけどドアにガラス窓が付いてる…その窓を見た時点で、中の電気が点けられていないのは分かってた…さすがに電気を点けずに用を足すって言うのは、鍵を掛け忘れるよりも…と言うか、女性なら尚有り得ない様に思う…男ならサッと中に入り、ただそのまま立って用を足して…サッと出る、と言う事が出来るそうなので…まぁ、電気を点けてないのは…さすがに少数だと思うけど…出来無くも無い…ただ、女で有る十秋は座ってする事になるし、電気を点けずに用を足すのは…心理的にもちょっと無いと思う。
『…じゃ、最後は部屋ね…』
あたしは声を潜める…鍵が掛かってなかった以上、不審者が侵入してる可能性は高くはないかも知れないけど…無くは、無い…一応、警戒はしておこう…一夏の部屋には居るのは、アイツの性格的にも考えにくい…確かアイツの部屋は一夏の部屋の隣で、千冬さんと共用になってたのよね…あたしは出来るだけ音を立てないように……あ、無理だ…変な歩き方をした所為か、大きめの軋み音が鳴る…溜め息を吐きそうになるのを堪え、あたしは十秋の部屋のドアに前に立つ…どう考えても、アイツはここに居る…音が大きく響かない様に、出来るだけ深めに深呼吸…ふぅ…取り敢えず、ノックかしら?軽めに叩いてみる…
「……」
しばらく待ってみたけど返事は無し…ちょっと、本当に何なのよ…あたしは頭を掻きむしった…あー…イライラする!何なのよ!返事くらいしてよ!居るんでしょ!?イライラに押される様にあたしは強めにドアを叩いた…お願い!返事だけで良い!何か応えて!
「ちょっと十秋!?居るんでしょ!?開けないならあたしが開けるけど!?」
警戒してたのだって、もうどうでも良い…そもそもここまでやって何のアクションも無い辺り、もう十秋が一人で中に居て…居留守を使ってるとしか思えない…一体どうしたって言うのよ!あたしの声は聞こえてるでしょ!?返事くらいは出来るわよね!?応えてよ、十秋!
あたしはドアノブを掴む…この部屋のドアに鍵は付いてない…十秋が押さえてるとかじゃない限り、このまま開く筈…まぁ、最悪はぶち破ってやるわ!ドアの弁償代くらい出せるからね!
…とは言え、あたしの意気込みとは裏腹に…ドアは何の抵抗も無く開いて行った…
「!……ごめん、着替えてる途中……には、見えないわね…着てた服も着替える為の服も、どう見ても無いし…」
部屋には予想外の光景が有った…昔、ここに良く泊まってた頃…一緒にお風呂に入ってた頃に見た事の有るもの…パッと見、あの頃とそれ程変わってはいないもの…でも、一瞬気が削がれつつ…あたしはその違和感に即座に気付き、そのまま口に出した…
何やってんの、コイツ…
そう、部屋に居たのは文字通り生まれたままの姿の十秋…つまり全裸。まぁ、それ自体は…自分の部屋に居るんだから有り得なくも無い状況…たださっき自分で口に出した通り、あたしが今見てるモノは可笑しいのだ…普通人間が、お風呂でも無い場所で…例え自分の部屋だとしても、普通に全裸で居ると言う状況は…ほぼ二種類しか無い様に思う…っと、考察は後ね…十秋の方も気不味そうだし、十秋の事は綺麗だと思うし…何より同性では有るけどあたしは今の所、そっちの趣味は無い…ま、とにかくだ…いくら同性で有ると言っても、この状況は目のやり場に困る…
「…取り敢えず悪いんだけど…一旦ドア閉めるから、服着て貰える?」
「…うん、分かった…」
十秋の返事を聞きながらドアを閉める……十秋の姿が視界から消えて、あたしは溜め息を吐く…何か、色々と聞く事が多そうね…十秋を待つ間、改めて…今あたしは今見た状況を整理する…先ずは先の考察から…さっきも思った通り、普通人間がお風呂では無い場所で…例え自分の部屋だとしても、全裸と言うのは中々無い…そして、その状況を作る理由は大きく分けて二種類…即ち、服を着替えてる時と…その、自分で所謂"そう言う事"をしてる時…まぁ、自分で考えるだけなんだし…ぼかす必要も無いか…そう、つまり…二つ目は自慰行為をしてる時……まぁ、この二種類のどちらかで有れば気不味くは有るけど…笑い話だ…そもそも、全裸だったら人は客の相手は出来無い…何にしても、この後深く触れなければ良いだけ。大事なのはそうなっていた理由がちゃんと有るって事だ…
そうで有るなら、あたしも安心出来る……ただ、さっきの十秋の状態はやっぱり可笑しいのだ…何故なら、先ず服を着替えていたなら…普通は裸の人間の側に脱いだ服とこれから着る筈の服が無いといけない筈なのだ…そして、自慰をしてたとしても可笑しい…だって、それなら普通脱いだ服だけでも置いてあるのが自然だからね…加えて言えば、それをしていた人間特有の反応がさっきの十秋には無かった…要は、十秋はただ全裸で部屋に突っ立っていたのだ…まぁ、相手は長い付き合いのあたしで同性…気不味くは有っても身体を隠そうともしないのは分かる…何せ、十秋って昔からそんな奴だから…と言うか十秋の場合…一夏はまだ分かるにしても、弾や数馬に裸を事故で見られても大して反応が無かったからね…てか、アンタがペコペコ謝ってどうするのよ…何なら大抵の場合、状況的にもちゃんと確認しなかったアイツらが悪いのがほとんどで…それでも一夏だってちゃんと謝るし、他二人に付いては…必死で十秋の事を視界に入れない様にしながら、土下座する勢いだからね…
あれだと、あたしもアイツらにはキツくは言えない…本当に申し訳無さそうにしてるのがちゃんと伝わって来るし…まぁ、滅多に無い一夏はともかく…残り二人に関しては頻度があまりに多いから軽めに注意はしたけど…と言うか、結局毎回十秋の方に強く怒ってるパターンが多いんだけど…何よ、こっちこそごめんって…どう考えても、アンタがそこまで申し訳無さそうにする理由が無いでしょうに…まぁ、確かに…大抵は三人が丸っきり、悪いってわけでも無く…ある程度はお互い様とも、言えなくも無い状況だけど…それでも、アイツも口にこそ出さないけど…粗末な物を見せてごめんって言う気持ちが伝わって来るからあたしもイラつくのよね…てか、コンプレックスとは言ってるけど…多分あたしより、少しだけど…確かに!少しかも知れないけど!あたしより絶対胸大きいし!てか、寸銅体型って何よバカ!スレンダーよアンタは!普通に綺麗な身体なんだからもっと自信持ちなさいよ!……ふぅ…さて、現実逃避はこれくらいにしましょ…とにかく、さっき十秋の身体を見ていて思った事が有る…アレは、絶対聞かないといけない…
…身体に点々とした染みの様な赤みを帯びた跡…アレ、多分虫刺されじゃなくて…所謂キスマークよね…虫刺されの場合…無意識でも大抵数回は薬塗る前に掻いてしまうものだし、それなら赤みを帯びた部分がもっと荒れてないといけない…つまり、アレは皮下出血のみの跡…十中八九、そう言う虫では無く…人間が強く吸い付いて出来たモノ…てか顔以外ほぼ全体って首元もそうだったし、あれじゃあ服着ても隠せないじゃない…どんだけ執着されてるのよ…
…ハァ…ま、でも…単に恋人が出来たってだけなら…まぁ、多分相手は千冬さんじゃないと思うけど…それはそれで、あたしとしては一応喜ばしい事では有る…自分の幸せを探す気の無かったあのバカに、やっと…そんな相手が出来たって事でも有るし…それだけだったら、最早自分事の様に嬉しかっただろう…ただ、ねぇ…キスマークだけなら、あたしもまだそう思えるんだけど…あの胸の歯型…明らかに出血した痕跡有ったし、てか…アレはほぼ化膿してそうね…あんな事するなんて…絶対!タチの悪い相手だわ…ホント、アンタはどれだけあたしに心配掛けるのよ…頼むから、普通に幸せになってよ…もう嫌なのよあたし…毎回涼しい顔で平気で自分を傷付けて、ただ人の為だけに尽くす…そんな悲しい生き方を続けるアンタの姿を見てるのは…
「…ハァ…眠ったわね…」
あれから十秋は泣き出してしまい、その内…泣き疲れた様に眠りに落ちた…
「あたし…アンタが泣く所、初めて見たわ…」
…とは言え、話には聞いた事が有る…弾の家での一件…弾に向けて飛んで来た鉄製の重たい鍋を、出血はしやすいものの…硬い額で受け止めて弾を庇った時…あの時、十秋は泣いていた…泣きながら、弾への仕打ちをその場で糾弾していた…あの場に居た弾の家族全員に向けて…何より、あたしですら…嘗てその怒鳴り声と顔で身が竦んでしまった…あの弾の祖父相手に、子供とは思えない強い瞳で泣きながらもしっかりと啖呵を切った…初めは怒鳴っていた祖父も、最終的に気圧されていたように弾の目には映ったと言う…
そして、あたしと同じく…と言うか、あたしより前から十秋の生き方を昔から見て来た弾曰く…十秋は、あれ以来一度も泣いた姿を自分に見せた事が無いと…ある時、あたしが十秋に当時の事を聞いた時…十秋はこう言っていた…
『いやぁ…あの時泣いちゃったのは恥ずかしかったなぁ…鍋が当たった時の痛みには耐えられたんだけど、あの時弾君の家族が…昔から弾君にこんな事してたんだって思ったら、何か…怒るより先に悲しくなっちゃってさぁ…』
弾の家で有る定食屋、五反田食堂には定休日が有る…一度、その日に十秋や一夏と一緒に弾の所に遊びに行った時…あたしは弾に頼んで…例の十秋が頭で受け止めたと言う鍋を見せて貰った事が有る…そして…思いの外、衝撃を受けた…手に持ってすぐに分かった…重い…それは、近年では数の減っている…完全な鉄製の昔ながらの中華鍋…実はウチでも使ってる…そして、やはりウチのと同じく家庭用では無く…飲食店で良く使うタイプの大きいサイズ…弾曰く、確か重さは2kg前後とのこと…2kgと言う重さが仮に人間の頭に飛んで来たらどうなるのか…答えは簡単、普通に死ぬ…と言う事。
『あの時爺ちゃんも、実はやっちまったとか思ってたらしいんだ…たまたまその時、使ってなかったコイツをうっかりぶん投げちまったんだと…俺の後頭部に直撃コースだったコレを…十秋の奴は真っ向から受け止めたんだ…元々頭の中でも一番硬い額だったのが良かったし、幸い…傷も残らなかった…けど、後で聞いたら…下手したら額で受けてもヤバいのに…他だったら死んでた可能性も十分に有ったらしい…そりゃ千冬さんも、ここに乗り込んで来るよな…ふぅ…ホント、何なんだかな…アイツ…その後も平気な顔で、人の問題に首突っ込んで…毎回肉体的にも精神的にもボロボロになって、それでもやめないどころか…アイツは、どんなに酷い目に遭っても嫌な顔は絶対しないんだ…虐められてる時も涼しい顔してたしな…お前は多分知らないし、俺も直接現場を見たわけじゃないんだけどな…アイツが一回、昼休みのとき…雨が降ったわけでも無いのに、何より校舎からビショ濡れで校庭に出て来た事が有ったんだ…さすがに驚いてな、たまたま近くに居た一夏や数馬呼んで…人気の無い所に引っ張ってってな…何が有ったのか問い質したよ…そしたら、アイツ何て言ったと思う?』
『何て言ったわけ?』
『トイレで用を足してたら何か、突然大量の水が降って来たの…まぁ、今夏だし…幸い天気も良いから、取り敢えず外に居れば乾くかなって…だとさ…しかも、虐められてる奴に良く有る卑屈気味の作った笑いじゃなくて…いつも通りの笑顔で、何て事無いって感じで…普通に言い切ったからなアイツ…さすがにそれは虐めだって、俺らは言ったんだ…それでもアイツは、そこまでの事じゃないって感じで、取り合おうとしないんだ…アレは、我慢してるとか認めたくないでも無く…本当に、そう思ってない言い方だったな…ハァ…あの時、俺らは誓ったんだ…人の為に傷付いて、それでも…尽くすのはやめず、挙句…やっかみで攻撃されても…そもそも攻撃だとすら分かってないアイツは、このままだといつか壊れちまう…だから…絶対アイツは俺らで守る、ってな…』
『良いわね、そう言うの…ま、あたしだってそのつもりよ…ちなみに弾?』
『何だ?』
『…アンタは結構十秋の事で熱が入ってる様に思うんだけど、何?好きなの?』
『う~ん…まぁ、身体張って助けられた事も有るし…俺自身、今じゃアイツのお陰で家族がちゃんと話を聞いてくれてる様になってな…で、家族…特に妹の蘭からもそうなんでしょ?って、茶化された事も有るけどな…正直、コレは違う様に思うんだよな…つか、恩を返したいって思うので俺は限界だ…アイツの事を受け止められる気が、どうしてもしねぇ…ま、上手く言えないが…やっぱり恋愛感情じゃねぇな、多分…ちなみに、数馬の奴もそうだろうさ…もちろん一夏も、あくまで…手の掛かる姉としか思ってないだろ。』
『…ハァ…それは残念。』
『ん?』
『いや、アイツの場合…そう言う相手が出来たら、もっと大人しく…と言うか、自重する様になるんじゃないかって思ったから…普通心配掛けたくないってなるだろうし…』
『どうかな…俺は多分違う気がする…だって、身近な存在の筈の俺たちの心配すら…いつも平気で振り切るんだぞ、アイツ…毎回こっちが何言っても聞きやしねぇ…てか、それはそれで…寧ろ、付き合ってる男に良い所見せたいとか思って…余計張り切りそうで怖いんだが…ある意味相手に同情しちまうだろうな…どう考えても、心臓がいくつ有っても足りねぇだろ…つか、もっと言ったら…それだけ大事な存在なら、自分が守るって変な男気発揮しそうだしな…仮に二人纏めて車に轢かれそうとかなった日には…突き飛ばされるの待ってる様な性格じゃないだろ、アイツ…男の方が動くより先にそれやるぞ、多分…何せ、俺を庇った時も自然に身体が動いたとか言ってやがったし…あの時一緒に居た一夏、数馬…そのどちらよりも速かったからな、アイツが動くの…大事な存在が危機に直面したら、考えるより先に…もう反射で身体が勝手に動いてんだろうさ、多分…一緒に居たら惨めにもなりそうだな…男のプライドズタズタだろ…ただ、俺もアイツは何となく…放っておけない存在では有る…結局の所、いつもそれとなく見ていて…アイツが動き出したら、すぐ動ける様に…出来るだけ冷静で居られる様に…変に踏み込まず、俺らみたいに一歩引いた立場で見てるのが一番良いんだろうさ…恋人は、やっぱりキツいな…そんな近い所でアイツを見てたら、色々辛くなっちまう…てか、アイツ…報連相とか絶対頭に無いだろ?デート中とか多分…浮かれてる内にアイツ突然消えるぞ…完全な赤の他人でも目に付いたら割と普通に助けに行っちまう奴だからな…何回心配しないといけないのか分からん…そんなに疲れる恋愛、俺には絶対無理だわ。』
『いや長い長い!何か重いわよ、アンタ!?ホントに好きじゃないわけ!?』
『本当に違うって…てか、そもそもアイツ…千冬さんが好きなんじゃないのか?』
『あー…何だ、アンタも知ってたの?』
『…ハァ…あの家での二人の姿、見てたら嫌でも分かるだろ…あんだけくっ付かれたら異性同性、姉弟とかも関係無く…普通もっと嫌がるだろ…つか、家族だからこそ普通嫌だろ…けどアイツは、口では勘弁してとか言いながら…くっ付かれてる間あんだけ顔ニヤけてるんだぞ?アレで好きじゃなかったら逆にビビるぜ…ちなみに、当然だが…数馬の奴も知ってる…ま、アイツの気持ちは知らないが…でもまぁ、正直…俺とそんなに変わらない気持ちだと思うぞ?』
『…ちなみに偏見とか…』
『あー…少なくとも俺は…無いな、別に。てか、何なら…それでダチやめるとかもねぇよ…つか、恋愛なんて結局当人同士の問題で…外野の俺らが口出す話じゃねぇだろ。ま、眺めて楽しむとかは出来無いけどな…アレは、ちょっと茶化したりとかも無理だわ…毎回アレ見せられる度に、こっちは色々気不味いしな…』
『…まぁ、確かに…あたしですら、見ててキツいからね…アレは…全く、早く好きだって言っちゃえば良いのよ。』
『…まぁ、正直俺もそう思わなくもねぇけど…同性とか、実の姉妹とか以前に…年齢的に、さすがに色々ヤバくないか?』
『何でよ?だって、あの二人がそうなったとして…そもそもが家族なんだから、元々普通に同居してるのよ?家の中でイチャイチャしたからって…誰に迷惑掛けるのよ?あの二人、親は居ないし…見た感じ親戚付き合いとかも無いんだから…家で何したって、別に何の問題も無いわよ…何なら、同性なんだから子供が出来ちゃうなんて事も無いし…ま、でも…仮にそうなった場合…一夏は、ちょっと精神的にキツいかしらね…』
『あー…まぁな…その環境は、確かに色々辛いな…ま、最悪はウチに避難でも良いが…ウチの家族は喜びそうだな…アイツ、バイト要員として絶対完璧だろうしな…何なら、蘭の奴が一番喜ぶか…』
『あー…好きなのよね?』
『ああ…っと、そう言えばお前もか…』
『…ま、一応…ね。』
『何か微妙な返事だな…』
『ま、何て言うかね…あたしも実際、そうだと自分でも思ってるんだけど…でも正直、十秋を近くで見てたいから…その延長でそう思ってる気がしないでも無いのよねぇ…』
『…まぁ、家族ってなると…そうな…いや、そしたらアイツ…多分、最終的にお前らとあんまり顔合わせなくなるんじゃないか?』
『何でよ?』
『だってそりゃ…自分が居たら、二人が"そう言う事"が出来無いなとか…めっちゃ気使うだろアイツ…』
『あー…確かにそうよね…ハァ…でも、何か近くで見てないと心配なのよね…』
『…実はお前の方が十秋を好きなんじゃないか…?』
『あたしも違うわよ…』
『…おーい、いつまで二人で話してんだよ?』
『弾君、もうお昼だけどどうする?何処かに食べに行く?』
『あー…もうそんな時間か…てか、何言ってんだよ?ここを何処だと思ってんだ?今日は休みだけど、俺が腕振るってやるよ…っと、もちろんお代は要らないぜ?』
『…ありがたいけど、そんな事して大丈夫?』
『おう!大丈夫だ!…ああ、大丈夫…後で俺の小遣い減るだけだからな…!』
『うん、やっぱり出すから…ね、一夏。』
『ああ…てか、気前良く行きたいならもっと頑張れよ。』
『しゃあねぇだろ…十秋のお陰で、俺の扱いは確かに格段に良くなったけどよぉ…蘭にベタ甘なのは未だに、変わんねぇんだからよぉ…!』
『…いや、私のお陰って…だから私は『ほら、もうやめとけよ十秋姉…コイツも頑固だからな、また水掛け論になるぞ?』…むぅ…分かった、今日はもう何も言わないよ…』
『今日はってお前なぁ…』
『…ハァ…ホント変わんないわよね、アンタ…ま、にしても世知辛いわね…弾、あたしも今回は出すから。』
『すまねぇな…実はマジで今月キツくてよ…』
『何かアンタ、毎月そう言ってない?』
『年々減ってんだよ俺の小遣い…ウチで働いてても給料は出ねぇしな…たくっ…バイトでもしてぇよ…』
『ま、中学生だとまだその辺…色々とキツいしな…』
『…ふぅ…そうでなくても、こんな商売してる家だと…それはそれで、別の意味で色々とキツイんだけどよ…』
『…そう言えば話は変わるんだけど…今日、蘭は?せっかく一夏が来てるのに…』
『ん?先約有るとかで朝早く出掛けて行ったよ…今日一夏が来るって言ったら…もっと早く言え!バカ!…って、八つ当たりして行きやがったな…』
『それはまた…ツキが無いわね、アイツも…』
『ちなみにまた、殴られたりとかしてない?…まぁ、蘭ちゃんには…私もあまりキツくは言いにくいんだけど…』
『あー…それは大丈夫だ…ま、相変わらず暴言は無くなんねぇんだけどな…』
『んー…その程度なら、まぁ…良いか…』
『ホント人の事ばっかだなお前…』
『だって…殴られたり、物投げつけられてる弾君の姿…見たくないから。』
『それで"コレ"の前に立つか、普通?マジであん時はこっちの肝が冷えたぜ…』
『あー…ソレ、あん時の鍋か?』
『そうそう…今でも現役だぜ、コイツ…』
『だって…そんなの頭に、それも後頭部だよ?弾君死んじゃうじゃない…』
『…正直、一度や二度じゃねぇからなぁ…ま、後頭部は確かに初だったけど…あん時は、俺もお前らと話すのについ…気取られてたし…爺ちゃんも後で頭冷えてから、落ち込んでてな…俺の方が困ったぜ…っと、その後…どうだ、十秋?何か後遺症出てたりしないか?』
『もう…大丈夫だよ…てか、もう小学生の時の話だよ?』
『後から出るって事も有り得るしなぁ…何か有ったら言えよ?万が一の時は治療費だけでも全額出すって爺ちゃん息巻いてっから。』
『そこまでしなくても良いんだけどなぁ…私は、厳さんが悪い事したって…それだけ分かってくれれば良かったから…弾君も無事だったしね…で、もうコレ投げられてないよね…?』
『…そんな怖い笑顔で見るなって…大丈夫だ、てか…客に投げるのももうやめたよ…客の中で怪我人や、死人出たらどうするのかって…散々十秋に言われたのが堪えたみたいでよ…ま、俺にも拳骨するくらいだ…やらかした時にな…それも、痛ぇけど…かなり手加減はされてるな…』
『……まぁ、それなら…』
『おいおい…そんな気にするなって、もう大丈夫だよ…俺は。てか、お前の方が何か有ったら言えよ?』
『だから大丈夫だって…ハァ…蘭ちゃん居なくて良かったのかも…何か蘭ちゃんまで、未だに私の心配するんだよ?…まぁ、それはここの人全員そうなんだけど…』
『そりゃするだろ…てか、お前が虐められてたって言ったら…アイツキレてたしなぁ…』
『ちょ…アレ言ったの?そもそも、虐めじゃないってば。』
『いや、アレは虐めだ。』
『虐めだな。』
『虐めよ。』
『だから違うってば…もう、毎回コレ訂正するの…疲れるんだけど…』
『…良し、数馬にも聞こう。』
『はい?』
『今日は用事が有るって言って来てないが…ちょっと電話出るくらい大丈夫だろ…出れなきゃ、仕方無いがな…』
『そうだな…っと、このままくっちゃべってても仕方無いな…俺は昼飯の用意して来るからな?』
『ああ、分かった…良し、掛けるぞ…』
『やめてよ…迷惑でしょ?』
『アンタの事に関しては、そうでもないでしょ…アイツは。』
『…良し、繋がったぞ…数馬、今忙しいか?……そうか…今皆居るんだが、ちょっとスピーカーにするぞ?』
『…ああ、分かった…で、何だ?』
『さっきちょっと揉めてな…取り敢えず、質問に答えてくれるだけで良いんだ…』
『…ひょっとして、十秋の話か?アイツ…また何かやったのか?』
『やったって…私が悪い事してるみたいじゃない…』
『…あのな、十秋。人を助けるのは良い事だ…ああ、素晴らしい行いだと俺も思う…けどな、それで自分を大事にしない…人の心配もいつも無視する…それは、悪い事だと思わないか?』
『うっ…何も言えない…』
『諦めろ、十秋姉…レスバで、数馬には勝てない。』
『ま、一夏どころか…あたしよりも頭の回転はずっと早いからね…』
『バトルはしてないよ…』
『…ハァ…俺を褒めてくれるのは嬉しいが、今生憎あんまり時間無くてな…で、何が聞きたいんだ?』
『…数馬、十秋姉は虐めに有ってたよな?』
『違うよ!数馬君!』
『…成程…またそれで言い合いしてるのか…十秋、いい加減認めろ…お前は虐められてたんだ…俺たちは、いつもお前を心配してたんだぞ?』
『…いや、心配されてるのは分かってるけど…アレは本当に違うんだって!揶揄われてただけなの!』
『…駄目だな、こりゃ…』
『アンタ、ホントいい加減にしなさいよ?』
『…揶揄うってお前…靴に毎回画鋲…何なら、下駄箱にセロテープでびっしり画鋲貼ってあった時も有ったり…消しゴムがバラバラに切り刻まれてたり…鉛筆に至ってはバキバキに折られてる…果てはトイレで水責め…しかも、お前知らないのか?…あの時お前が入ってたと思われる個室…ゴキブリの死骸だらけだったらしいぞ?つまり、お前がぶっ掛けられた水にはゴキブリの死骸が入ってたんだよ…もう認めてくれ、アレは虐めだったんだ…今更気付かせるのは、お前にとってかえって辛い事になるのは分かってる…けどな、そこら辺認識出来無いとお前…これから先もそうやって分からないまま、生きて行くんだぞ?次は大きな怪我をするかも知れないんだ…いい加減、もっと危険を回避するとか…そうでなくても…せめて、俺たちじゃなくても良い…動く前に、じゃなくても何らかの攻撃を受けた時…人に相談する事を覚えてくれ…!』
『…う~ん…でも、その程度なら…まだ…』
『…くそっ!すまん一夏!俺にはもう無理だ!本当に、すまん!』
『いや、お前は良くやってくれたよ…!十秋姉が図太過ぎただけだ…!』
『ホントにアンタは、何でこんな時だけ強いのよ…』
『いやぁ…だって、あの程度を虐めって言われてもなぁ…』
『…ハァ…ありがとな、数馬…忙しいのに…』
『良いさ…十秋の事で何か有ったらまた相談してくれ…微力では有るが、協力は惜しまんさ…っと、すまん…そろそろ…』
『ああ、悪かった…じゃあな……ハァ…』
『そんな溜め息吐かなくても…』
『取り敢えず唐揚げ持って来たぞ…で、聞こえてたぞ?やっぱ駄目だったか…』
『虐めだとは言ってくれたし、十秋姉を説得しようと頑張ってくれたんだけどな…』
『あの、結局何?この茶番?』
『茶番言わないの…だってアレ、全部実話でしょ?』
『そう言われてもなぁ…』
…そうそう、あの時も結局あれだけ言われても認めようとしないと言うか…コイツは全く理解出来て無かったのよね…
「…ふぅ…今思えば、前世の経験が有った故のあの強さだったのね…でも、あれだけ集中攻撃されてて動じないって…アンタ、向こうで一体どんな目に遭ってたのよ…」
「…すー…すー…すー…」
返事は無し…ま、寝てるしね…
「…ふぅ…っと、泣いてたから…目元が腫れてるわね…タオルでも濡らして持って来ようかしら。」
今あたしが居るのは十秋と千冬さんの部屋…例の布団はちゃんと洗って乾かしてから使ってる…ま、また洗わないといけなくなってそうだけど…最悪は、また一夏の布団借りようかしらね…さて…っ…ん?
「…十秋?」
布団から出ようとしたら何かに引っ張られてあたしの動きが止まる…十秋が、あたしの手を掴んでいる…
「行か、ない…で…側に、居て…鈴…ずっと、側に…」
「…寝てる、わね…完全に無意識かしら…」
寧ろ、どんだけアンタはあたしが好きなのよ…ハァ…恋愛感情じゃない癖に、執着と言うか…独占欲?と言うか、今の十秋はどっちかと言うと…玩具を抱え込んで、これ私の!って騒いでる子供の様に思えて来る…
「…ホント、弱くなったわね…アンタ。でも、アンタはそれで良いのよ?」
あの頃のアンタの強さは、実は自分の心の痛みも良く分かってなかったから…だから、そう見えていただけ…何ならアンタはまだ、失う事の怖さもまだ知らなかった…本来、そう言うのを繰り返して人は成長して行くもんなの。知らないだけなのは、強くなんてないの…辛いって事をちゃんと分かってるけど、それでも…歩み続けられる奴が本当に強い人間なのよ、十秋…そして痛みを知る人間は強くて、優しいの…本当の意味で、人に寄り添う事が出来るの。
「…ま、何れ分かるわよ。」
あたしの手を掴む十秋の手は、実はそれ程力が入っていない…あたしはその手をそっと、外す…
「まだあたしはここに居るわ。すぐ戻るから待ってて…」
あたしは隣に眠る十秋の頭を優しく撫でてから、布団から抜け出した。