コイツ、完全な初対面の人間でも時々平気で声掛けるタイプの筈なのよねぇ…何なら、声を掛ける年齢層すら問わない…にも関わらず、そもそも初対面ですら無いどころか、今の十秋はそれなりに長い付き合いで…交流が途絶えてから高々一年ちょいぐらいのあたしに対し、何やら妙に気後れしてる節が有る…と言うか、さっきはあたしは見詰めてると思ったけど…良く良く見れば、あたしとしっかり目が合いそうになった瞬間…ほんの僅かにだが、視線を逸らし…完全に視線が交わるのを避けている…あたしの知るコイツは、別に自信家じゃなかった…それは、確かにそう。でも、ここまで人に遠慮する様なタイプじゃなかった…
今の十秋は控え目に見えて、実は根っこは図太い…そして、付き合いが長くなった相手の前では…実は強い様で、本当は脆いし…とにかく弱い、そんな最初の頃とは真逆な姿を見せて来る…それがバレて来ても大抵は自分を騙し、無理をして…とにかく我武者羅に突き進んで行く…そう言う、一言では言い表せない…本質がどっちなのか、分かりにくいイメージだったあの頃の姿から遥かにかけ離れている…今の十秋からは、ほとんど弱さだけしか感じられない…まるで、見た目だけ同じで…中身だけが全く別人の人間を見ているかの様…とは言え、別にあたしの視線の先に居るコイツが偽物だとは思わない…細かい所作からちゃんと分かる、やっぱりコイツは十秋だ…あたしの親友の。
…ちょっと、本当にアンタに何が有ったわけ?高々約一年よ?そりゃ、中学出て高校生にもなったのだ…多少の変化は有るだろうし、丸っきりあの頃のままで有る方が不思議だろうとはあたしも思う…加えて言えば、男子に比べて女子の方が成熟は早い…何なら、男子が思春期を中学生で迎えるのに対し…女子はそもそも小学生の途中で精神はそこに至っている…何て言われる事も有る程。
ただそれでも…一年程度でここまで別人並みに性格が変わるとは到底思えない……と言うか、あたしがこうやって考えてる時間が有る方がもう問題なのだ…人間の根っこの部分と言うのは、多少時間を経た所で普通はそう変わらない…何が言いたいのかと言えば、この状況でコイツがあたしに座って良いとも言わず、無言のお見合い状態で…ただ時だけが無為に過ぎると言うのはやっぱりどう考えても可笑しい…もちろん、あたしは別に無理に座りたいわけでも無い…ただ、十秋が…何故かあたしを前にして妙に緊張してるのが伝わって来るのだ…
別にあたしは今、十秋を威圧してるつもりは無いんだけどねぇ…さっきはそりゃ、多少イライラもしたけど…今はそれも霧散している…まぁ、あの光景見たらさすがに気も削がれるわよ…とは言え、あたしの顔が険しくなってるのも事実では有るのだろう…ハァ…仕方無い、あたしから切っ掛けを作ってやろう…
「…ちょっと…何か言ってよ、あたし…アンタに何かした?座らせてもくれないの?」
さっきの事が尾を引いてるとは思わない…だってアレがダメージになる、つまり…元々自分の裸を事故的に見られて恥ずかしく感じる…そんな、人並みの羞恥心がコイツに芽生えてしまったと言うなら…確かにこの状況も理解は出来る…要は、コイツがそれだけのショックを受けているなら…こうもなるだろうと。
ただコイツ…さっきの時点で、あたしに裸を見られたのを全く気にしてる素振りが無かったのだ…手で隠す事すらしてなかったしね……ん?
「?…っ!……」
…何それ?
…あたしの体感的に、先の言葉をあたしが口にしてから…十秋が実際に反応するまでこっちの体感的に五秒前後…反応までがやけに長い上、しかもコイツは…まるで何を言われたのか分からない…と言うより、最早異国の言葉で話し掛けられたかの様な反応を返して来た…そこからは少し間を置いてから突然ビクついて、あたしに無言で手を差し出して来た…いや、座って良いって意味なのは分かるわよ、そりゃ…でも、口で言えば良い話じゃない…ハァ…ま、良いけど。
「……」
取り敢えずあたしもその場に無言で腰を下ろす……正座、いや面倒ね…下はスカート状態だけど、コイツなら良いわよね…あたしはその場に胡座をかく……?…いや、何で?
「…いや、何でアンタは座らないのよ?あたしはともかく…ここはアンタの部屋でしょ?寛げは良いじゃない。」
「!……」
そこでまた、身体を一瞬強張らせた後…十秋は座る……正座で。
…いや、まぁ…スカートなら分かるわよ?いくらここに居るあたしが同性だとしても、それで有れば気を使うのは分かる…ただ、今の十秋は下はズボンだし…と言うかコイツ…あたしの知る限りだと、基本的に滅多にスカート履かないのよねぇ…ちなみにコイツの私服は、何処と無く野暮ったく感じる物が多かった記憶が有る…と言うより、大抵上下黒一色と言うこだわり以外…コイツの選ぶファッションにはほぼ特徴が無い。強いて言うなら、後は…大抵ジャージやパーカー等の無難な服を好むくらい…それも、値段はとにかく安い物を選びたがる…お洒落するとか特に無いのよねぇ、コイツ…その癖、別にセンスが悪いとかじゃ決して無い…何度かあたしとコイツで服を買いに行った時に選んで貰った事有るけど…大体コイツは"無難"では無く、ちゃんと"正解"を引き当てる。大抵はあたし自身が即座に気に入るし、実際着た姿を鏡で見てもやっぱり違うわね…が、基本無い。
一見…ん?と感じた物を持って来た事も有るけど、実際着てみたら…あら?普通にアリかも…と、なるし結果的にあたしも気に入る…と言う、先のも含めての二パターンがとにかく多い…う~ん……やっぱ無し…みたいなパターンは本当に極稀に有る位…あたしが本格的に悩んでる時も、結局十秋にフルコーディネートさせるととにかく間違いが出ない。ま、その割に自分の服に関しては…やっぱり値段と色とサイズしか見ないし…何なら、こっちが選んであげるわよ?って言っても…大抵ろくに選ばせてくれなくて、危うく店内でキレ掛けた事も結構有る…
…人の服選ぶ方が楽しいって本人は言うし、実際それだけで何か幸せそうな顔してたのよね、コイツ……話が逸れたわね…てか、何で座ってからもまた無言の時間が続いてるのよ…
仕方無く、またあたしが口を開こうとした時…やっと目の前の十秋がアクションを起こした。
「…えっと…久しぶり、鈴。」
「その変な前置きは何なのよ…ま、久しぶりね…十秋。」
溜め息を堪えつつ、取り敢えずさっきまでの妙な雰囲気は無かった事にして会話を進める事にする…十秋も今は何か喋ろうとしてる雰囲気が有るし、やっと…話が先に進みそうだわ…
「…ところで、どうして急にウチに「あー…その話なんだけど…取り敢えずその前に、先にあたしから確認したい事が有るんだけど」…え?」
まぁ…とにかく色々聞きたい事は有るし、本当はこのままさっさと話を本題に進めたい所では有るんだけど…先ずは、これを確認すべきよね…十秋の背後に有る机に視線を向けながら考える…実はコレが最初に部屋に入った時にもう見えてたのよ…あの時点では、状況が状況だし…さすがに指摘しなかったけど。
「…十秋、アンタ携帯どうしたの?」
「どうしたのって…」
あたしは十秋の後ろに有る机を指差す…正確には、机の上に有る何も繋がってない充電コードを…いつからこうだったのか知らないけど、長時間充電しなかったならそりゃ…電池も切れてるわよね…さて、コイツの携帯は今何処に有るのかしら?…まさか、何処かに落としたりしてないわよね?だとしたら、ちょっと困る…あたしがこの家に居れるのは今日を入れて一週間…ま、もうちょっとで日付けも変わるけど…一応まだ何も聞けてないし、本当に今はまだ…あたしの勘でしかないんだけど…何となく今の十秋は単に性格が変わったとか、そんな程度の話じゃない様に思う…何かが、"普通"とズレている…漠然とだけど、そんな気がするのだ…この一週間の内、あたしが何らかの用事で外に出た時…コイツと連絡を取れないのは正直困る…同じ歳、何なら既に高校生になっている様な相手に何を言ってるのかとと言う話になりそうだが…正直、今の十秋は下手に外に出したくない…仮に一人で出るとしても、あたしが逐一連絡を取れる様にしておきたい…とにかく、今重要なのは携帯の所在。コイツに思い当たる場所を聞き出さないと…
「家に一人って聞いてたけど、念の為こっちからアンタに連絡したのに繋がらないしさ…何か起きたのかと思って、慌てちゃったわよ…」
「…そう言えば、携帯は居間に置きっ放しに「電池、切れてるんじゃない?」……あ。」
居間、ね…そう言えば、さっき見に行った時…何か違和感が有ったわね…多分、視界の端にコイツの携帯が入ってたのね…一年程度しか経っておらず…しかも、番号は変わってないんだから…恐らくあたしが見覚えの有るアレの筈…すぐ見つかりそうね…って、ちょっと…
「…あたしが行くから…アンタは取り敢えずここに居て。」
取りに行こうとしたのか、腰を浮かせた十秋をあたしは両肩を少し強めに押さえて座らせる…コイツの自宅の中の、それも…あくまで別の部屋と言うだけの場所とは言え…少なくとも小学生の頃から当たり前の様に持ち歩き、普通に自分で管理出来てた筈の物を…最早存在すら明らかに忘れてた節の有る今のコイツを一人で歩かせるのは不安でしか無い…本当に、どうしちゃったのよアンタ…
「え?何「良いから!ここに居てよ、ちゃんと」うっ、うん…分かったよ。」
不安から少し怒鳴る感じになってしまった所為か、軽く怯えの様な物が十秋から伝わって来る……いや、でも…あの程度でそんなに怖かったの?……今のコイツに、普段のあたしの様な態度で接するのはどうも悪手みたいね…少し抑えないと駄目かしら…ま、とにかく…今はさっさと携帯を回収に行きましょう…あたしは十秋に背を向けて、部屋のドアを開ける……そう言えば、廊下の電気は点けてなかったわね…そこまで広いわけじゃないけど何となく不安だし、点けておきましょ…居間の電気はそのまま…何となくだけど、この後話を聞く時は、ここで聞いた方が良いかしらね…取り敢えず、その辺は後で良いわ…先ずは携帯を……あ。
「…コレね。」
どう見ても見覚えしかないソレ、携帯は居間の入り口からすぐに見えるテーブルに置いて有った…手に取り、念の為液晶画面が真っ暗なままのソレの電源を入れてみる…
…うん、やっぱり…切れてるみたいね…多分、壊れてはいないと思うけど…ま、とにかく…これを持って早く部屋に戻りましょ。
…不思議と今の私の動きはとにかく早い…どうしても自分を急かしてしまう…てか、要は不安なのよね…今のアイツをこのまま一人にしておくのが…ここからアイツの部屋までゆっくり歩いたとしても、時間的に恐らくほぼ秒の範囲…仮に掛かったとしても、精々一、二分…そんな極短時間でしか無い筈…それでも、今のあたしはアイツに一人の時間を与えるのがとにかく怖い…無いとは思いつつ、どうしても思ってしまうのだ…本気で精神がヤバい方に落ちている場合…人が凄惨な光景を作り出すのにそれ程長い時間は要らない…全てがどうでも良くなってる人間は時にほんの僅かな時間、目を離しただけでも姿は消すし…何なら、そうね…例えば、衝動的に…そう、今の十秋で有れば手首、或いは首筋を切れる…
…さっき机の上に有ったのは電源コードと、何か書き付けられたノートと…あたしも見慣れた筆記用具入れ…もちろん、必要が無い以上…そこに例えば、カッターナイフとかが入ってるとかは普通は無い…日本は他の国から見れば、少し大袈裟に思えるくらい…刃物の扱いに付いては特に、子供の頃から徹底的に叩き込む…その便利さより危険性を強く、戒める様に…だから、理由も無いのにすぐ取り出せる状態にするとか…ましてや、日常的に持ち歩く物の中にソレが入ってる事は…"普通"で有れば無い…
ただ、考えれば考える程…思ってしまうのだ…今の十秋は、やっぱり"普通では無い"と…だから、あたしが急がないとドアを開けた瞬間向こうの光景が目を背けたくなる様な…そんな状態になってても何も不思議は……っ!
…何を考えてんのよあたしは!絶対嫌よそんなの!
どんな時でも必ず頭が回る…仮に、どれだけ追い詰められていたとしても…その状況を強く認識して、例えどんなに心が荒れ狂っていても…頭の中で冷静に思考を回す自分がそこにちゃんと居る…その矛盾とも言える状況を同居させる…コレは、頭の中に咄嗟に母国語の中国語が浮かんでも…瞬時にそれを日本語に訳して目の前の相手との会話を出来るだけ途切れさせずにちゃんと成立させる…それが、嘗て異国の地にやって来てしまった私が日常的にやって来た作業…それによって自然と磨かれたあたしの特技…
それが実際に出来ていた証明として、あの頃あたしたちの中で一番頭の回転が早かった数馬をも…時にあたしが凌ぐスピードで、先を考えられていた事も何度か有る……てかアイツ、普段はあたしたちの中で一番冷静且つ…利口な様で、当然沸点も高いけど…だからこそと言えるのか、実はいざキレると、あたしたちの中では真っ先に手が出るタイプだからね…特に、十秋の事だとそれが顕著だった…そうなると普段は沸点があまり高いとは言えないあたし、それから次ぐレベルで同じく沸点の低い弾…そして、本当にどんな時でもあたしや弾と違い…しっかり冷静さだけを保てて、滅多に熱くならない所為で…結果、一番割を食いやすい一夏…そして基本、自分が攻撃されている所為で今友人がキレている言う状況をいつも正しく認識してなくて…事が起きると大抵軽いパニックを起こす十秋…優にその四人掛かりで慌てて抑える羽目になるくらい…一度本気で怒ると手が付けられない奴だからね……とは言え、今あたしはその能力を呪いたくなっている…
だって、久しぶりに…それも、本当にずっと会いたかった親友…何より、こっちも色々忙しくて…いつも頭の片隅に存在は有ったけど…それでもろくに連絡を取れなかった相手なのだ…何より、あたしはここに居た…止めれた筈の立場なのだ…それでも、その状況で"それ"が起こったなら…あたしは絶対、耐えられない…でも、どうしてもあたしの頭は最悪の光景を思い浮かべてしまう…急いでる筈…こうして考えてる間も足は止めてない…それでも今は、時間が本当に長く感じる…高々数メートルも無いこの廊下の移動時間が、とにかく長い…どちらかと言えば、それは…今までに無い程に…今のあたしの思考スピードが早い事による錯覚なのはさすがに分かってはいる…
でも、気持ちも…足も急いているのに…あたしの頭が回るのが止まらない所為で、余計に時間が長く感じると言う状況を変えられない……ハァ…着いた。
「…何も無いわよね?大丈夫よね、十秋?」
さっき部屋から出る時に無意識に見た腕時計を見る限り精々ここまで掛かったのは本当に一、二分…体感的には、もっと長く感じた…ハァ…何なのよ、あたし…この能力、寧ろ普段から使える様になりたいわね……と言うか、こうして躊躇している時間の方が無駄だわ…あたしはドアノブを掴む…何も無い事を祈りつつ…先と同じく…特に抵抗は無くドアは開いた…
…見た感じ、部屋の中は先程と変化は無い…その状況を現実だと認識して、あたしはさっきまで感じてた不安を殺す為…それでも出来るだけ十秋に悟らせない様に最小動作で息を吐く…つ、疲れた…!てか、十秋…アンタ、あたしを待ってる間ですら正座のまま…それもろくに動こうともしてないわけ?実はコイツ、先も言った通り割と図太さは確かに有るのだ…目上の人や、初対面の人間に対してしっかり礼儀は払うけど、それでも一度を気を抜いて良いと判断した人間…特に、ある程度歳の近い相手の前ではかなり力を抜く…まぁ、とは言え…あくまで失礼にならない程度でだ…何よりあたしの知る限りで、ある程度長い付き合い人間の前でずっとガチガチの警戒態勢でいる方がかえって失礼で有る…加えて、それが相手の気持ちを無駄に張り詰めさせてしまう…と言う事実をあくまで無意識にだろうが、十秋はちゃんと分かっている人間なのだ…それをちゃんと認識した上で、行動する…相手の凝り固まった気持ちをときほぐす…それを自然に出来るのがあたしの知る織斑十秋と言う人間なのだ…だと言うのに、今のコイツは…今のあたしの前で警戒…じゃない、わね…警戒は、さっきはともかく…今はしてない…強いて言うなら、緊張状態を解いて無い…自分の家の自分の部屋…それも、さっきまで一人だったのに…あたしの記憶が確かなら恐らく、コイツはあたしが部屋に居て、正座を初めて…そして多分さっきあたしが部屋を出て、一人で居る間…この状態からほぼ全く動いてない…仮にしてた事がすれば、多分…呼吸と思考する事だけ…身動ぎすらほとんどしてないだろうと思われる…正座ってこの国に居た以上、あたしもそれなりの回数一応やった事有るし…だからこそ分かるんだけど、結構キツいのよね…普通は最初、きちんと足を畳んでとかやるんだけど、それだと体重がモロに足に掛かって来る…だから、横に人が居ても迷惑にならない程度に多少位置をずらすとかして…少しでも足への負担を逃がそうとするのが普通なのだ…正座に慣れている人間こそ、回数こそ少ないかも知れないが実は意外にそうする…
…と言うか、正座に慣れてない人間が初めてそれなりの時間やって足が痺れて中々立てなくなったりするのって…大体原因がそれなのよねぇ…恐らく、初めてだと精々約十五分くらいで足が限界…それ以上やらされるとどんな我慢強い奴でも大抵足は終わってる…が、日本に生まれて…且つ、それなりの時間を過ごしてそれを良くしっている筈の十秋がほとんどこの体勢から動いた形跡が無いのは本当に可笑しい…
本当にどうしたのよアンタ…確かに、アンタは誰かの為に自分を使い潰せるタイプでは有ったけど…必要も無いのに、自分に意味も無く…要らない負担を掛ける様な人間じゃなかったでしょ?……ま、良いわ…今の十秋に出来るだけ負担を掛けない様にはするけど…十秋に一体何が有ったのか、ちゃんと聞き出そう…取り敢えず、今感じてる疑問は全部置いておく…あたしはそこまで考えたところで、再び部屋の床に腰を下ろし…十秋に手に持っていた携帯を差し出した。
「…ほら、これでしょ?」
「…うん、ありがとう。」
…まただ、十秋の反応がやけに遅れてる…今の十秋は、まるで日本語を覚えたての…そう、昔のあたしに似てる…あの頃は基本、家の外で人と話す時は…先ず耳に入って来た日本語を頭の中で中国語に訳し、そして中国語で思い浮かんだ返事を日本語に直してから口に出すと言う事を言う手順を踏んで会話と言う行為を日常的にしていたので…最初は良く、会話の流れを壊してしまっていた…ただ、最終的には慣れたと言うか…いつの間にか、両親も日本語を話せる様になっていた為…自然と、あたしが普段使う言語は完全に日本語に…何なら、今あたしが居る所でも"IS関係者は日本語が共通語"のルールが徹底されている為…今となっては、中国語を話す事自体が少なく…こうして頭に思い浮かべるのも日本語がほとんど…中国語は、もちろん…話せない、書けないなんて事は無いけど…多少手間取りそうでは有る……ま、それは余談…問題は"相手が物心付いた時からずっと使ってる筈の母国語でこっちも話し掛けてる"にも関わらず"反応が遅い"と言う事。
…一瞬、コイツは見た目が十秋なだけの外国人じゃないのかと言う疑問が浮かんだが…すぐにそれは無いと打ち消す…雰囲気こそあたしの知る物とは確かに大きく異なるもの、コイツは間違い無く十秋なのだ…あたしの知る十秋の細かい癖がこうして見てると端々にちゃんと現れている……まぁ、それすら真似出来る優秀なスパイとかなら有り得なくもないけど…別に代表候補生とかでも無い筈のコイツに、わざわざ化ける理由があんまり無いのよねぇ…もちろん、自分が今所属してる場所で十秋の話はある程度親しい相手…まぁ正直、あそこは割とアレな奴が多いから限られるけど…には一応話してはいるけど…その中にはスパイはもちろん居るかも知れないが…少なくとも、コイツに化けてあたしから情報を聞き出す理由がまるで思い浮かばない…と言うか、あたしが代表候補生になっている以上…もちろん、ある程度の自由こそ保証されてはいるけど…そもそもそれぞれの国のモンド・グロッソの現在の代表、代表候補生と言うのは…その身分が、ほぼ完全に国の預かりになると言う事を意味する…何を言いたいのかと言えば、ある程度簡単に言えば…あたしたちは国内の自由こそ、一応それなりに約束されてるけど…それでもあたしたちは立場上、海外への渡航権利…それと、海外の人間との接触を著しく制限される…要は、余程特殊なケースでも無い限り…あたしたちは海外の人間とほとんど関われないのだ。
ちなみに今のあたしはあくまでも、"あたしの所属している施設の人間を脅迫し、一度入学を辞めた筈のIS学園に途中編入"すると言う…言わば、"裏技"を使ってこの国に来ているのだ…逆に言えば、いくらあたしがワガママを言った所で…"正式な書類に記載出来る特別な理由"が無ければあたしはそう簡単にこの国には来れないし、もちろん絶対来れないとまでは言わないが…今回の様な特殊ケースで無ければ、手続きにも相当な時間が掛かる…つまり、仮にあたしと十秋に繋がりが有ると知っていたとしても…あたしがこの国に来る事が確実で無いのなら、十秋に化ける意味が無いのだ…自動的に言えるのは、一度あたしがIS学園に行かない事を決めた以上…あたしがこの国に来る確率はほぼゼロに近いと言う話…と言うか、あたしは確かに代表候補生にこそなれたけど…なったばかりでその肩書き以外のもの、つまり実績は何も無い…だから、間違い無く…今の時点では本来あたしはこの国に来れていない筈なのだ…
だから、余計に目の前の十秋が本物であると考える方が自然……考察はやめる筈だったのに、今の十秋のあまりの不自然さから…その理由を導き出したくなってしまい、結局あたしの頭の回転が止まっていない…まぁ、もうある程度答えが浮かんでるし結論を先に出してしまおう…今の十秋の状態がどうなってるのか、指し示す答えが一つだけ…あたしの知識には有る…それは即ち、離人症。
離人症とは、自分と周囲に対する現実感が薄れ…今自分の置かれている状況がまるで夢の中にいるような…簡単に言えば、そんな認識が持続してしまう精神疾患……まぁ、あくまでうろ覚えの知識の中に有るだけで…実際はあたしも体験した事は無いから、本当はどんな心境なのかは分からないんだけど…ただ、この症状の内容から察するに…離人症に掛かっている人間は普段から意識がほとんど安定していないと言う事は意味すると思われる…恐らく時間の流れも体感でほとんど分からないんじゃないかと思う…実際、自分の目の前であたしがこうして黙っていても十秋はそれについて疑問に思ってる様子が全く無い…仮にいくら十秋の性格が変化したと言っても、例え今のあたしの思考スピードが飛躍的に上がっているとしてもだ…この無言の時間がこれだけ続いて十秋がろくにアクションを起こして来ないのは不自然過ぎる…多分、今の十秋はほとんど時間が経った認識が無いのだろう…
…ま、この部屋壁に時計も無いしね…今の十秋は腕時計はしておらず…何なら携帯は充電をさっき始めたばかりで…まぁ、壊れてないならそろそろ電源は入りそうだけど…一番問題なのは、いくらあたしに遠慮しているにしても…この無言の時間に耐えかねて、最低限どのぐらいの時間が経過したのか…それぐらいは確認するのが、時間の流れに縛られている現代人として自然な行動なのだ…と言うか、今の十秋の認識だと…このまま普通にあたしが喋りかけても今まで普通に会話を続けていた、と言う感覚になってそうね……まぁ、恐らく今の十秋は分かってないんでしょうからコレに付いて聞いても無駄ね…と言うか、さっき携帯をあたしに渡されて…自分で動いて、携帯を充電コードに挿してまた正座に戻ると言う…行動こそ自然だけど、こうして言葉にすると…テンポこそ少し遅れたものの割と複雑な行動が出来るんだから全くの夢見心地では無いと思うけど…その割にこの状況の不自然さには全く気付いてる様子が無いのよねぇ…と言うか、携帯の充電がいつから切れてたか知らないけど…下手したら、一夏からあたしが来ると言う話も聞けてない可能性は有る…だったら、こうしてあたしが突然織斑家にやって来たと言う事をどう認識しているのかしら?……あー…この状況を分かってないんだからその辺聞いても多分無駄よね…なら、あくまでも何事も無かったと言う雰囲気で…あたしも今の十秋との対話を進めるしかないかしら?
「…ねぇ?」
「…ん?何?」
……今あたしが声を掛けてから、十秋が反応を返すまで…大体五秒くらいかしら?…つ、疲れる…!一体何なの、この変な間は!?イライラするのを抑えるだけで、大変なんだけど!?…駄目よあたし…!今は怒ったら…!どう見ても今のコイツは、この状況の不自然さに全く気が付いてないんだから…!何なのよ、本当にどうしたのよアンタ!?もうこの場でこのモヤモヤを全部吐き出したくて仕方無い…!駄目よ、本当に…!今そんな事しても、コイツの状態がもっと悪化するとしか思えない…!…ふぅ…落ち着いて、今はもう少し対話を進めないと…
「…アンタ、何か有ったの?」
「……何かって…何?」
……いい加減にしてよアンタ!何でその短い返しをするだけで、今度は大体…あたしの体感的に十秒前後…何でそんなに間が必要なのよ!?…ハァ…駄目ね、雰囲気的にも環境的にも…時計を見にくい今のこの状態だとあたしの方がもたないわ…
「…ハァ…取り敢えず、居間の方で話しても良い?」
「…………別に良いけど…」
……反応までの時間がさっきの倍は長いじゃない…ハァ…とにかく、早くコイツを連れてここを出ましょう…何となく、この部屋に居るからコイツの可笑しさが増して行ってる気がする……あー…もう…立ち上がっても自分で気配が全く無いし、仕方無い…あたしは十秋の手を軽く掴んで、引っ張り…部屋を出た。
「…ふぅ…ホント、あの日は疲れたわねぇ…」
持って来た濡れタオルで涙の跡を拭き取り…次に十秋の目元を冷やす…そうしながらあたしは、何となくこの生活が始まった初日の事を思い起こしていた…
「…居間に来てからは、テンポの遅れこそ無くならないものの…アンタの反応スピードは多少上がったのよね…」
そして、何故か自分からはほとんど話せない状態になってた十秋に何度か相槌を打って(黙って話聞いてたら何故か喋るの止まるのよコイツ…)何とか聞き出したのが十秋の学園に来て、実際にこうなるまでの軌跡…そして、現状…更に聞けたのが前世の記憶。
…あたしがそれを…輪廻転生とやらを信じるかと言えば、基本中立…と言うか、ほぼ立証出来無いのよ…自分に前世の記憶が有ると言い出す人間は世界でもそれなりの数居るらしいけど…それでも、今まで身近にそんな奴は居なかったし…けど、今までそんな意味の無い嘘を吐いた事の無いコイツの口から出たと言うなら話はまた別。何より、細部は確かに曖昧な所は多かったものの…十秋の言う話は単なる創作や思い込みとは思えなかった…例の箒って奴に一度話してる所為か、要点も纏められた比較的短い話では有ったものの…十秋の語る内容は、確かにこの世に生を受け…そしてその時間が尽きるまでの人生の記録…確かにここと似た、それでも確実に別の世界を生きた…名前も分からない誰かの生涯を聞けたのだと…あたしはそう感じた…そう思えるだけの、確かな重さが…あの話には有った。
「…どうして、もっと早く話してくれなかったのよ…一人で抱え込んで…あたしたち、あれだけ長く一緒に居たじゃない…アンタが言うなら、あの頃のあたしでも…多分、信じてたわよ…?」
まぁ、コイツは嘘を吐きたくても付けないタイプだしねぇ…苦しみも辛さもどれだけ押し殺そうとしてもすぐ顔に出るタイプだから…普段は何考えてるか、コイツは分かりやすかったと…そう言える…コレに関しては別に特別あたしの勘が鋭いとか、そんな事は関係無い…何なら、あたし以外にも読み取れる奴はあの良く一緒に居たメンバー以外にもそれなりに居た…そしてあたしは、コイツからは何故か…それ以上に、色々と読み取れる事も多かった…ま、一夏には負けるけどね…ま、アレは絶対勝てないわ…さすがはこの世に生まれた時から、アンタとずっと一緒に居た人間ね…
…とは言え、それでも…確かにあたしは、その一夏に次ぐレベルでコイツの事はちゃんと分かってるつもりだった…そんなあたしにも、何なら一夏まで…コイツはあの重さを隠し切ったのだ…それが、例えどれだけ自分を苦しめていても…しっかりと胸に抱え込んで、いっそ手放していれば…忘れていれば遥かに楽だった筈のソレを…篠ノ之箒、一度別れてしまった…一緒に居れたのはあたしよりも遥かに短い時間…けど多分、それでも…きっとあたしとほとんど変わらないくらいコイツの事を信じ、心配し…慈しんでいた親友に問い質されるまで…ずっと、一人で。
それも、吐き出してもただ相手の負担になるだけだからと言う理由で。
「相談して欲しかった…あたしは、アンタの友人で…家族。そう思ってくれたのよね?何で、言わなかったのよ…」
別に言われなかった事が裏切りだとか、あたしは…そんな風には思わない…けど、それを受け止め切れない程"あたしが弱い"…そうコイツに認識されていた事が悔しくて、悲しい…もちろん、その程度…とは言えないくらいアンタにとって"ソレ"重かったのは分かってる…でも、だからこそ…相談して欲しかった…何も言ってくれないと、半分持つ…背負ってやるなんて事もしてやれない…アンタはいつもそう、何度もあたしを助けてくれた癖に…あたしにアンタを助けさせてはくれない…
「何ならあたしじゃなくても、その箒とか…何なら一番は一夏…それに、弾や数馬だって…ちゃんと聞いてくれたでしょうに…」
しかも箒に至っては、簡単に言えば元の立場は…何度も徹底的にぶつかり合った敵だったと言う…その上で和解し、最終的に箒はコイツの味方で居る事を選んだ……ま、チラッと経緯を聞いた限り…あたしとしては色々と複雑な話でも有るけど、既に終わっている以上…あたしから言う事は無いわね…それはそれとして、箒の選んだ方法はあたしたちの誰にも出来無かった事…コイツを最後までは結局いつも信じ切れず、あくまで…徹底的に守ろうとするだけのあたしたちと違い、箒が取ったのは…コイツを信じて…隣に、あるいは後ろに立ち…叱咤激励しながら共に戦うと言うやり方。
篠ノ之箒、あたしは…アンタを尊敬するわ…学園に行ってからと思ってたけど…今、あたしはアンタと話がしたい…結局、あの刀奈って奴とある意味あの状況を作り出してしまったあたしに…もう何かを言う資格は無いかも知れない…アンタは、そうじゃなくて…踏み込むのでは無く、ただ強く背中を押して…あくまでもコイツを見守ると言う事が出来たのよね…だから、あたしは聞きたい…あたしはこれからどうすれば良いのか、一体十秋をどうやったら助けられるのか…アンタだったら、何をするのか…あたしは、それをアンタに聞いてみたい…
だって、どうしてもあたし…十秋を助けたいのよ…この、少しでも放っておいたら即座に谷底に飛び込んでしまいそうな所まで心が壊れてしまった十秋を…コイツは何度もあたしを助けてくれたのに、あたしはもうどうすべきなのか…分からないのよ…駄目ね、今のコイツの弱さに完全に引っ張られてるわ…ほんのついさっきまでは自分でどうにかしよう、そう思ってたのに…今はもう、あたし一人ではどうにも出来そうに無い…このままだともう、コイツを引っ張り上げられない。
「…今、連絡しても大丈夫かしら?」
十秋から離れ…今は十秋の携帯の隣で充電されている携帯…あたしの"ソレ"を充電コードから抜く…今の時間は早朝……普通、あまり連絡してはいけない時間だけどどうかしら?……何となく、一夏はもう目を覚ましてる気がする…まぁ、寝てたら本気で謝るだけよね…あたしは携帯を操作し、一夏に電話を掛ける…
「……出るかしら?」
呼び出し音が流れる間、その時間がどれくらいになるかと考えてたら…意外と思ったより早く、それが途切れた。
『はい、もしもし…鈴か?』
「っ…」
心の準備がちょっと足りなかった…言葉に詰まり、あたしも慌てるけど…何も口に出せない…どうしてよ!?今、あたしは一夏と話さなきゃならないの!もし切られたら終わりなのよ!?
『…もしもし?鈴だよな?どうした?…何か有ったのか?』
電話の向こうから聞こえる声は、発する言葉こそ短かったけど…その冷静だけど、何処までもあたしを心配する優しさに満ちた響き…その声のお陰で、あたしの荒れ狂っていた心は安定して行く…ふぅ…あたし、今程アンタに助けられたと思った事は無いわね…もちろん、昔は十秋と一緒に何度も助けて貰ったけど…それ以上に今、あたしは救われたと感じてる…
「…一夏。」
『…鈴、何が有った?』
弾や数馬なら多分、こう言う場合…十秋の話か?と、続いてしまうだろう…でも、今の一夏はあくまであたしを先ず心配する事を優先してる…ふぅ…そうよね、それが十秋と同じくらい自然に出来るからこそ…あたしは、嘗てアンタを好きになったのよね…十秋の事が大きいって言うのは、結局…言い訳だった…もちろん、十秋を心配してたのは決して嘘じゃない…でも、本当はやっぱり…アンタに思いを寄せてた部分の方が大きかった…フフッ…今頃になって、気付くなんてね…全く、今他に好きな相手が居なかったら…また燃え上がってた所だわ…ま、結局もう吹っ切れているし…あくまで今は、そんな場合じゃない…一夏は今黙っているが、切ろうとする雰囲気は感じない…あたしを、待ってくれているのだろう…ホント、そう言う所はアンタも十秋と同じね…ま、双子だものね…似てる部分も有って、当然か…
「…一夏。」
『…鈴、お前に一体何が有ったのか話してくれ……ゆっくりでも良い、俺は…ちゃんとお前の言葉を待つ。』
…そう言ってくれるのは、ホントあたしも嬉しいんだけど…生憎、今あたしが用が有るのはアンタじゃないのよ…ごめんね…心に生じた罪悪感を押し殺し、あたしは口を開く。
「…一夏、篠ノ之箒の携帯の番号…今分かる?」
普通、今の人間は携帯の機能で番号を登録出来る以上…昔の人みたいに一々、教えられた番号を必死で頭に留めると言う事はしない…けど、アンタなら多分…覚えてるんじゃないかしら?もちろん、篠ノ之箒の事情もあたしは聞いてる…小三の時…箒の姉の篠ノ之束…ISと言う物をこの世界に送り出し、今の世の中を形作った元凶。その妹である箒は、その身を人質として利用される事を防ぐ為…政府の保護下に置かれる事が決定し、一夏たちの元を小三の時に離れて以来…つまり、IS学園で再会するまで一度も連絡の一つも取れていなかった…何より、小学生の頃に例え携帯を持っていたとしても…その電話は立場上使えなくされた筈…聞けたとすれば、再会した時しか無いのだ…ま、今の携帯は通話を切らずに番号を確認する事は一応出来るけど…アンタなら、覚えてるんじゃないかしら?
『…分かると言うか、記憶はしてるけどな…』
やっぱり…さすがね、アンタ…十秋なら、今みたいなタイミングでこう言う事言われたら多分…慌てて確認始めるわよ?
『…ただ、一つ聞かせてくれないか?』
「何?」
『何で、今それを聞きたい?それは、お前がこっちに来た時にでも聞けるだろ?』
「…ちょっと、そいつに聞きたい事が有るのよ…そっちで会う前にね…ただ、それだけよ。」
『…今でなきゃいけない理由を答えてくれ、俺もいくらお前とは言え…箒の許可も無く、勝手に教える事は出来無い。』
ま、そりゃそうよね…でも、アンタには悪いけど…はい、そうですかって…簡単に引き下がれないのよ。
「お願い、一夏…アンタに迷惑は掛けないわ…教えて…?」
『…いや、だから箒に『私がどうかしたのか?』…箒、いや…それが…っと、鈴…ちょっと待ってろ。』
「ええ…」
途中割り込んで来た女の声…言葉の内容的にも、今のが私の話したかった篠ノ之箒。コレは、どうにかなりそうかしら?
『…鈴、今すぐ箒と話したいのか?』
「ええ…出来れば、今…すぐによ。」
『…分かった…実は箒は今、この場に居る…取り敢えず、代わるか?』
「そうしてくれる?」
『…分かった…箒、頼む…』
少しの間が置かれる形になり、あたしは息を吐く…何か、緊張して来たわね…
『…今電話を代わった…私がお前の話したがっていた篠ノ之箒だ…そっちの事は、一夏と十秋から少しだが聞いている…お前が、凰鈴音だな?』
「ええ、そうよ…」
『…ふむ…で、私に一体何の用だ?何で一夏では無く…会った事も無い私なんだ?』
「…聞きたい事が有るの…十秋の事よ。」
『…お前の話に興味は出て来たが、先に私からもう一つ聞いて良いか?』
「何かしら?」
『…十秋がどうとか言う前に…お前自身が今、深刻な状況に置かれているんだとお前の声の感じから判断した…だから、私から質問を返す…お前と十秋に、一体何が有った?』
「…どうして、あたしがアイツと何か有ったんだって…そう思うの?」
『…私は生憎、これでも割と短気な方だ…既に分かり切った話を、言葉遊びの応酬で無駄に引き伸ばすのは好かん。ま、平時なら私も多少付き合わなくも無いが…どう考えても、今のお前にその余裕が有るとはとても思えん…質問に質問を返すな。早く話して、楽になれ。』
「…そうね、ごめんなさい…聞いてくれる?」
『ああ、聞こう…ゆっくりで良いぞ?』
口調は少し強いだけど声音は優しめ…アンタは十秋と初めて会った頃は滅茶苦茶荒れてたらしいわね…アンタもあたしと同じ…十秋に救われて、変わる事の出来た一人なんだと改めて実感出来た…そんな感慨を覚えながら…あたしは再び、口を開いた…
「…その、実『すまん、一旦待て』は…え?」
出鼻を挫かれる形になり、あたしは肩から崩れ落ちそうになる…もう、何なのよ…急に。
『…すまんな…だが、わざわざ私を選んだんだ…一夏に、聞かれたくない話じゃないのか?』
ハッとする…確かに、何れは…とは、思うけど…今はまだちょっと…
「そう、ね…出来れば…今は…」
『そうか…ちょっと待ってろ…一夏…』
再び間が出来る…結構、気遣いが出来るタイプなのね…何か、昔の事はともかく…今のコイツは、思った以上に…話してて気持ちの良いタイプかも…早く、コイツに会ってみたいわね…
『…今一夏に許可が取れた、これから移動する…もう少し待ってろ。』
続けて間…初日十秋と話してた時の間と違ってイライラはしない…寧ろ、リラックスして来た様に思う…会話の運び方が結構上手いわね、コイツ…正直、十秋以上かも。
『…良し、良いぞ…先も言ったが、ゆっくりで良い…こっちの授業が始まるまで、まだそれなりに時間が有る…まぁ、それまでに万が一終わらなくても…その時は、手が空いたら今度は私からお前に電話する…それで良いだろ?』
「…ええ、お願い…あ。アンタの事、あたしは何て呼んだら良いかしら?」
『…呼び方か…そうだな、私は苗字で呼ばれるのは苦手でな…箒、と…呼び捨てで構わん…と言うか、取り敢えず…もう少し気を抜いて良いぞ?』
「…今、そうも行かないのよ…あたしもちょっと、失敗したなって…後悔を…」
『…色々察しても来たが…取り敢えず、お前が十秋に何をしたとしても…私から強く、お前を責める気は無い。それだけは、言っておく…』
「…何で、何も聞く前から…そんな事が言えるのよ…」
『…お前がそれだけ、アイツの事を心配している人間だったと…私はそう、二人の口から既に聞いている…だから、私はお前を信じる…加えて言えば、その沈み様だ…それだけ、今お前は…強く、自分を責めているのだろう?だったら今私に、お前を責める理由は無い。』
…何となく覚えの有る雰囲気を実は感じてたけど、コイツ…十秋や一夏よりも、千冬さんの方に近いのね…
「…分かった…話して良い?」
『ああ、今度は邪魔はせん…ゆっくりで良い…無理に纏めようとしなくても大丈夫だ…その代わり、お前が今日まで見たもの…感じたものを…出来るだけ、正確に…話せ。』
「うん…その、実は…」
この話を聞いてあたしの事をどう思うか、それはもうアンタの判断に任せる…結果的に余計に十秋を苦しめる形にしたのかも知れないあたしの事を、アンタは一生許さなくても良い…でも、お願い…今だけでも良い、あたしに力を貸して…箒。今はもう、あたしには…アンタだけが頼りなのよ…