「…十秋か…ああ、おはよう。」
小学生の頃、私は荒れていた…と言う、言葉だけではとても片付けられない程…とにかく、酷く攻撃的で…クラスメイトには暴言を吐き、果ては家から勝手に持ち出した竹刀や木刀を見せ付けて脅しを掛けたり…実際に教室で振り回した時も有る…そして、有る時…決定打が有った…
「十秋姉!…っ!」
「っ!一夏!?大丈夫!?箒 !貴女何やってるの!?」
「違う…私は…くそっ!十秋!お前さえ居なかったら!お前が!お前が全部悪い!」
「勝手な理屈を振りかざさないで!仮に貴女が私を狙っていたんだとしても、実際に怪我をしたのは一夏!それは事実でしょ!?」
「うるさい!私は!…っ!…貴様!」
「貴女に私から何かしようとは思ってなかった!でも、ここまでしてまで私をどうにかしたいって言うなら!こっちもとことん相手してあげる!」
「おい!やめろ十秋姉!箒もだ!二人ともいい加減にしろ!」
「くそっ!退け!一夏!」
「誰が退くか!」
「退いて一夏!私が決着着ける!」
…ハァ…今になって考えると、何とも低レベルな事をしてたものだ…そして、その結果が…今のこの有り様だ…気付けば元々遠巻きにされてた私は、今では…本当に味方が居なくなっている…と言うか、現状はほぼクラスには敵しか居ない…そもそも、私一人が力をいくら誇示した所で…こうして徒党を組まれるとどうしようも無い…気付けば私は、明確に虐めのターゲットになっていた…そう、そもそも最初虐められていたのは十秋では無く…私だったのだ…まぁ、因果応報…自業自得…これが、当然の帰結と言うわけだ…
「…ねぇ、箒?」
「っ…何だ?今更私に何の用だ?」
「…ハァ…ホント、大人しくなっちゃって…」
「…何、あの時お前の言っていた事はちゃんと伝わった…全ては私が悪い…ただそれだけの事だ…」
「…あのさ、私…そう言う風には思ってないよ。」
「何?」
「あの時私が怒ったのは、貴女が一夏に怪我をさせた…その上で、自分のやった事を認めようともせず…ただ、その現状と…そして、挙句に気に食わないと思っていた私に責任転嫁。その、無責任さに私は怒っていただけ…何度も貴女に噛み付きに言ったのもそれが理由…いつまでも貴女が自分の過ちを認めようとしないから…それと、現状に文句を付けて八つ当たりをするだけでそれを変えようともしない…そんな貴女の姿にムカついていたから…私は別に、貴女本人を明確に憎んだ事は一度も無い…そもそも私は、元々仲良くなる気の無い人にわざわざ歩み寄る気は無いの……私の言いたい事、本当にちゃんと理解出来てた?」
「…最初から、私の存在はお前の眼中に無かったと言う事か…」
「私にとって貴女は姉さんの親友の妹で、後は一夏と通ってる道場の先生の娘…元々、それ以上でも以下でも無い…だって理由も言わないまま、こっちに理不尽な事しか言わない人間に何を思えば良いって言うの?」
「…なら、何で私に今更声を掛ける?話は終わったと言うつもりは無いが…私は確かに悪いと思ったし、あまり偉そうに言いたくは無いが…一夏とお前に謝罪はした…千冬さんにも…そして、私はもうお前らに何の干渉もしてない筈だ…これ以上、どんな償いが欲しい?私に、死ねとでも言うのか?」
「…ふぅ…私はね、事故でも何でも…一度深く関わってしまった以上、その人を今更無視するなんて出来無いの。」
「…何が言いたい?」
「…教科書は無事だけど、このノートは落書きだらけ…こっちはもう使用不能な程、ビリビリに破られてる…こっちは「おい勝手に出すな」うん、ごめんね…」
「…お前は何がしたいんだ?」
「箒、今貴女がされてるのは…虐めだよ?どうして、黙って攻撃されてるの?何で、何の抵抗もしないの?」
「…それは…嘗て私が、やっていた事だ…今の私と同じ状況を、他の奴に強いた…その因果が、今こうして巡って来た…それだけの話だ…」
「因果応報、か…難しい言葉知ってるね…」
「お前も知ってるじゃないか…と言うか、本当に何なんだ?からかいに来たと言うなら、そろそろ満足してくれないか?私はもう、家に帰りたいんだ…」
「…箒、取り敢えず先生に言いに行こう?」
「…何故?」
「何故って、貴女が虐められてるからでしょ?」
「…ふぅ…私がしてた事をやり返されてるだけだ…」
「違うね、コレはただの虐めだよ。箒、因果応報…因果が巡るって言うのは、自分のした行いが巡り巡って自分に返って来るって事。良い事をしたら、それが何れ…何らかの幸運として戻って来る…悪い事をしたら、その報いが一種の天罰として下る…それはあくまで、もっと自然的な話…つまり、人の手を介して戻ると言う事じゃない…貴女が明確に復讐されてるこの状況に、その言葉は本来…当てはまらない。」
「あのな…そもそもそれは例え話だ…気に入らないと言うなら言い方を変える…私は、今までの復讐をされてるんだ…不当に人を攻撃したからな…それだけの事だ……もう満足か?満足したなら、行ってくれ…私はもう、お前らに関わるのはやめたんだからな…」
「生憎、そう言うわけには行かないの…ほら、先生の所…行こ?」
「だから、何故だ…そんな事して、お前に何の利益が有る?」
「私が得するとか損するとか、そんな事は関係無い…私が、この状況を気に入らないって…ただそう思ってるだけ…ねぇ、箒?私はもう、貴女は十分に罰は受けたと思う…これ以上は、単なる一方的な貴女への攻撃でしか無い…コレは、虐めだよ…貴女は今、虐められてるの…だから取り敢えず、先生の所に行こう?…ほら、立って…一緒に行ってあげるから。」
「おい何を…おい!離せ!何のつもりだ!?」
「良いから良いから♪早く行くよ♪」
「何でそんなに楽しそうなんだお前!?おい!分かった!もう自分で行く!行くからもう手を離せ!?」
「貴女の言葉だけじゃ、ちゃんと解決に動いてくれるか分からないでしょ?こう言う時は、第三者の証言が有った方が有利なの♪」
「何なんだお前…私の方から関わるのをやめたのに、どうして…今になってお前は…」
「袖振り合うも他生の縁、だよ…箒。私はね、せっかくお互い全てを吐き出し合った相手なら…長く付き合いたいと思ってるの…友達になってよ、箒♪…ねっ、そうしよ…理解出来無いなら、こう考えたら良いよ…私にした事の償いが足りてないの…だから、このまま一緒に居て…当分私に振り回されて?♪」
「何言ってるか分からん!離してくれ!」
「やだ♪」
結局…離れるに、離れられなくなってしまった…と言うか、こいつが何を言ってもあまりにしつこく付き纏うから私が諦めただけなんだが…まぁ、元々…最初から私に怒る権利は無いし…何なら、今更そんな気も無くなってしまったがな…
「箒、今日も道場に顔出す?」
「出すに決まってるだろ…私は、あそこの娘だぞ?…と言うか、良くない事に使ってしまったが…それでも、今更やめたいとも思えんからな…もちろん、今度は使い方を間違える気は無い。」
「そう思えてるなら大丈夫だ…今のお前は自分を抑える事が出来る…少なくとも、俺にはそう見える。」
「うん、私もそう思う。」
十秋もそうだが…結局、一夏も私に構うんだからな…過ちを起こした罰と思って、この気持ちも忘れるつもりだったんだが…これでは、そう出来無いじゃないか…一夏、どうしてだ…十秋もだ…何故、こんな私に構うんだ…どうして、こんな私に…ここまでの優しさを向ける?
他には弾や数馬…あいつらに至っては、二人が付き纏う様になってから…今までの私の行いが無かったかの様に、私に絡んで来る…本当に分からない連中だ…だが、悪い気はしない…そうだな、本当は…私はこう言う暖かい繋がりが、欲しかったんだろうな…
そう理解してしまってから、私は…必要以上に、自分を卑下する事は無くなった…私はあいつらに教えられた…過去に犯した過ちは絶対に消えない…それでも、それに囚われて下を向いたまま前に進まないのは違う…大事なのは、それをきちんと背負って…それでも前を向いて進む事…寧ろ気付けて良かった…まだ、時間は有る…
そして私が、あいつらに対して確かな絆を感じ始めた頃…それが試される日がやって来た…
「…十秋、コレは何だ?」
「ん?何って?」
「この紙だ…『偽善者』。」
「おっ、読めるんだ…やっぱり箒は凄いね。」
「茶化すな…お前のランドセルに貼られたコレは何なのかと私は聞いているんだ…」
「んー…知らな~い…いつから貼られてたのか、誰が貼ったのかも分からない…と言うか、一応私も読めるけど…小学生にこの漢字自体もそうだけど、何なら普通に意味も分からないだろうし…ま、単なる悪戯だね。」
「…悪戯な…この学校の人間以外が犯人だとしたら、それはそれで厄介な話だが…そもそも、辞書見てればこの言葉は見付かるんだから…そうとも限らないんじゃないか?」
「ま、そうかもね…とは言え、証明は出来無いし。」
その時はそれで話は終わった…まぁ、犯人は分からないし…それ以上何が出来るわけでもないからな…ただ、その時の十秋の反応…特にやられた事に対して特別ショックを受けた様子は無かった…読み方が分かるのはともかく…あの感じだと意味も分かってる様だった…そこに僅かなモヤモヤは感じたが…私は、その時はそれ以上それを追求はしなかった。だが…次。それからまた別の日の事だ…
「十秋…上靴はどうした?」
その日、私は日直で…やる事が有る為…いつも一緒に登校してる一夏と十秋とは別で、登校した。日直の仕事を終わらせて席で待っていると…やがて一夏と十秋がやって来て挨拶をして来たから、返そうとしてちょっとした異変に気付いた…十秋が学校に置いてあるスリッパを履いて教室に入って来たのだ…
「下駄箱見たら無くてさ…取り敢えずスリッパ借りたの。」
「…無くて、ってお前…上靴は普通そう簡単に無くならんだろ?前日持ち帰ったりはしてないのか?」
「先週避難訓練だったよね?あの時持ち帰って、その後は土日に洗って…月曜に持って来てからは置きっぱなしだったよ…それからはまだ持ち帰ってないかな…」
ウチでやる避難訓練の場合…実際の災害時を想定すると言う事で、外靴に履き替える時間が無いと言う前提で上靴のまま避難する…一応、その後校内に戻る時に用意された雑巾で靴の汚れを拭き取るが…あの日は前日が雨だったからグラウンドはぬかるんで酷い有り様だった…だから多少拭いただけでは不十分と判断され、その日は金曜日だったので…全員土日の内に家で洗って月曜日に学校に持って来る事になっていた…幸い、土日は降らなかったしな…一応万が一の為に、生徒は必ず全員予備の上靴を用意しておくよう言われてるから…最悪はそっちを持って来ても良いと言われていたが。そして月曜日に全員学校に持って来て(まぁ、実際は忘れた奴は多少居た様だが…と言うか、誰とは言わんが身近に居た)少なくとも、あの日一夏と十秋は忘れては居ない…そして、今はもう水曜日だ…
「ま、用務員さんに探すの頼んでくれるって言うし…私も放課後少し探してみるつもりだけど…取り敢えず、今日一日はこのままかな。」
「このままって言っても、確か今日は体育が有るんじゃなかったか?」
「スリッパじゃ走り回ったりも出来無いし…今日は見学だね…」
「…と言うか、誰かに隠されたんじゃないか?」
「誰かって…誰?」
「それは分からないが…」
「…てか、十秋姉はもっと気にしろよ…隠されてんだぞ?」
「タチの悪い悪戯だね~…」
「呑気な奴だな…」
ま、この時もそれで話は終わった…が、さすがに黙ってもいられなくなったのはその後…上靴はその日の内に見付かったのだが…
「上靴が出て来たって?」
「うん、花壇に埋められたって…参ったなぁ…また持ち帰って洗わないと。」
「なぁ、十秋?コレ、虐めじゃないのか?」
「そんなに大袈裟に言わないでよ弾君。単なる悪戯だよ…」
「…一般的に暴力を振るわれる以外にも、悪戯と言う名の嫌がらせをされる事だって…普通虐めって言うんだがな…」
「数馬君、それは極端だよ…悪戯は悪戯。虐めってさ、結局された方がそう思ってないと成立しないの。」
「十秋姉の言ってる事の方が極端だろ…明確に攻撃されてるんだぞ?」
「たまたま私だっただけだよ、一夏。」
「動じないなお前…私の時はすぐ怒った癖に…」
「あの時は…箒がしっかりダメージを受けてたからね、あんな顔されたら放っておけないよ…ま、そうでなくても…あの時は問題にする気だったんだけど。」
「何故だ?」
「友達が悪意に晒されてたら、そりゃ怒るでしょ?」
「あの時点ではまだ…私とお前は友達とは言えなかっただろ…」
ちなみに、あれからもう一年が経過している…
「まぁまぁ♪てか、そろそろ帰ろう?」
「…ハァ…ま、そうするか…十秋姉は気にしてないし…上靴は出て来たしな…」
「お前も呑気だな…」
「つっても、十秋姉が気にしてないなら…俺もどうこう言えないしな…一応、上靴は出て来たし。」
などと言いつつ、私たちは下駄箱に向かい…結局、さすがに黙ってられない事態が起きる…
「…ん?」
「どうした十秋?」
帰る為に自分の靴を掴んだ十秋が何やら首を傾げたので私は声を掛ける…
「いや、何か靴が重くて…何か入ってるね…」
そう言って掴む場所を靴のつま先部分に持ち替えた時…ソレが落ちて来た…
「おい…」
十秋の靴には画鋲が入っていた…靴を振るとどんどん落ちて来る…一つや二つじゃない…大量の画鋲が十秋の靴の中に…
「おー…古典的だなぁ…」
「呑気に言ってる場合か…何だコレは!」
「何って…画鋲でしょ?…あーあ…勝手にこんなに持ち出して…仕方無い、これ先生の所持ってくよ。」
「おい十秋!」
「皆先帰ってて良いよ。」
十秋は靴を下駄箱に戻し、画鋲を拾い集めると来た道を戻って行った…この日からだ、十秋に対して露骨な攻撃が始まったのは…
「…おい、十秋…」
「ん?」
「もう先生に言うぞ、いい加減…」
「まぁまぁ…落ち着いて、箒「落ち着けるか!」そんなに怒らないでよ♪」
「何でそんなにヘラヘラしてるんだお前は!お前コレどうする気だ!?」
「…教科書は無事だし、ノートと鉛筆は買い直せるからね…」
十秋の机の上に有るのはズタズタにされたノートと、纏めてへし折られた鉛筆…そもそも筆記用具入れには画鋲も詰まっていた…コレは、もう怒って良いよな…?今攻撃されてるのは、私じゃない…虐められてるのは私の目の前に居る人間…嘗て私を救ってくれた、十秋なのだ…私の"親友"が、理不尽な攻撃をされている…友人の為に怒るなら、それは正しいことだよな…?
「…と言うか、また画鋲…ま、画鋲入れに戻せば良いかな。」
「おい!」
「何?…そんなに怒らなくても「いい加減にしろ!」…どうしたの?」
「今虐められてるのは、お前なんだ…十秋…お前は…何でそんなに笑っていられる…?」
そこで、私は見てしまった…
「ねぇ、箒…本物の虐めはこんなものじゃないよ…もっと陰湿で、痛いものなんだよ…?」
あの時、私は十秋の中に有る闇を見た…その後もしばらく、十秋に対する姿無き攻撃は続いていた…そして私は、その度に怒り…最後は犯人探しをした…あの時は気後れしてしまった…だが、お前があの日私を救ってくれた…その事実に、変わりは無い…お前は、私の親友だ…例え、お前が気にしなくても…私は、この状況が気に入らん。お前が動かないなら私がやる…犯人をお前の元に必ず、引きずり出す。
「…で、本当に見付けて来たのか?」
「ああ。親友の為に動いて、何が悪い?」
「…悪くは無いな。ありがとう、十秋姉に代わって…礼を言う。」
「…気にするな、私が勝手にやっただけだ…」
「…と言うか、本当は前からやってたろ?」
「何の事だ?」
「…十秋姉も気付いてたぞ?お前、十秋姉ときっちり和解する前から本当は動いてたよな?」
…そう、私が虐められ始めて少しして…実はその時から、十秋への虐めも…もう始まっていた…私はその時点で何となくムカついて、そいつらに反撃していた…
「何人病院送りにした…俺からそう聞くのは、さすがに野暮だな…取り敢えず、やり方を変えてくれて良かった…今のお前が"アレ"をやってたら、早々に疑われただろうからな…」
「…親友を苦しませようとは思わんさ…今の私が手を汚せば、アイツがそうなるのはもう良く分かっている…」
「…安心しろ、十秋姉はそいつらをお前が言葉で糾弾した事までしか知らない…実際に襲撃を掛けていたのを知ってるのは、俺と千冬姉…それから、お前の父親の柳韻さんだけだ…二人からの総意を伝える…お前が潰した連中はもう何が目的なのかも見失っていた…お前がやってくれなければ、どうなっていたか分からない…だから、今回だけは不問にする…その代わり、二度とこんな真似はするな…以上だ。」
「…許されて良いのか、私は…」
「許されたんじゃない…お前は、それを一生背負うんだ…いっそ責められた方が楽だったぞ?やられた連中も、お前が犯人なのは知らないらしい…お前を断罪出来るのは、もうお前自身だけだ…苦しい道のりになるな…」
「良いさ…十秋を助けられたのなら、それで構わない…」
「ずっと十秋姉に怒ってくれたのもありがたかった…ま、肝心の十秋姉は全く堪えてないし、動く気が無かったのは残念だが…」
「…結局十秋の前に引っ張って来た時も、そのままアイツは許したからな…私の時と同じだ、アイツは優し過ぎる…だが、そんなアイツと親友になれた事自体は悪くなかった…これからのアイツの事、任せるぞ?」
「…明日出発だったな…ああ、分かっているさ。」
「…間違っても、私と同じ事はするなよ?」
「大丈夫だ…お前こそ、次に出来た友人の為に無茶はするなよ?」
「…分かっている…私も、もうやらないさ…」
「…ハァ…寂しくなるなぁ…」
「お前なら、私が居なくなった後に…また友人は出来るさ…」
「でも、その人は箒じゃないからね…」
「ま、そうだが「私の事、忘れないでよ?」…どうやって忘れろと言うんだ…何せ、お前の様なバカは中々居ないだろうからな…」
「酷いなぁ…あ、そうそう…最近知ったんだけどね?」
「何だ?」
「箒は、さ…自分の名前をからかわれてショックだった事が有るでしょ?掃除用具だって。」
「…ああ…有ったな…それが?」
「…あ、嫌な事思い出させてごめんね…?」
「気にするな…で、それが何だ?」
「…箒はさ、自分の名前の漢字…箒の出来た由来は聞いた事が有る?」
「…いや、知らないな…」
「古代では鳥の羽を使って塵やホコリを掃き清める事を羽で掃くと言ってハハキと呼んでたの…で、ハハキは古事記や万葉集でも登場するんだけど、そこではハハキは掃除用具じゃなくて…邪気を払い清める為の神具として紹介されてるの…で、平安時代頃に普通の掃除用具として使われる事も多くなった…この頃に、ホウキって呼ばれる様になったんだって…で、箒…貴女は神社の娘だよね?名前を付けてくれたのは、もしかして柳韻さん?」
「そう、聞いているが…」
「きっと貴女は、この由来にちなんで…邪気を払う…つまり、悪い物を打ち払う…そんな、強い存在になって欲しくて…柳韻さんはその名前を付けたんじゃないかな…箒、貴女のその名前はきっと…単なる掃除用具の事じゃなかったんだよ。」
「…それが正しいのかは父にしか分からんが、ただ…由来は神具なのは間違いないんだな?なら、神職を務めている人間の蒸すとしては…確かに相応しい名前だな……ま、当分帰れないし…聞く時間も多分もう無いが…」
「箒…」
「そんな顔するな…また会えるさ…何より、私もいつか…ここにまた戻る気でいる…お前の言ってくれたそれが本当に正しいのか、確認しなくてはいけないからな。」
「うん…ちなみに、証拠になるかは分からないけど…ハハキって、漢字でどう書くか…分かる?」
「…いや、それも分からないが…どう書くんだ…」
「えっと…確か…」
十秋がノートと鉛筆をカバンから出し…何かを書き始めた…しばらくして…
「…うん、これこれ…ほら、箒。」
そこには『帚』と書かれていた…
「…成程。確かに似ているな…」
「それとね…この字に竹って漢字が上に付くと、箒になるよね?」
「ああ、確かにそうなるが…それが?」
「これは、箒を作る際に竹を使う事が推奨されてるからだと思うんだけど…そもそもその理由は…竹は、この国では比較的手に入りやすいって理由が一つ…もう一つは、竹の小枝は硬さと…弾力が同居しているの…つまり、硬いけど…衝撃を上手く受け流すから折れにくく…負担の掛かる、道を掃いて…ゴミを集めるって行為がしやすいってのがもう一つ理由…で、箒…竹は折れにくく…弾力が有る…つまり、力強いのにしなやかさも有る…だから、そう言う由来も同時に込めたんじゃないかな…特別な存在じゃなくても良い…でも、力強く…そして、時にしなやか…その二つが同居した…つまり、強さと優しさを兼ね備えた…そんな魅力溢れる女性になって欲しい…箒と言う名前は、そんな願いも一緒に込められて…付けられた名前なのかもね…」
あの時十秋の言った言葉が、 私のこれからの目標になった…そう言う女性を、本当に目指してみようと…
…その翌日…私は町を出た…姉さんが天災と呼ばれる様になり、姉さんはこの歪な…今の世界を作った元凶で有りながら…その頭脳を狙われ、全世界で指名手配が行われた…私は、人質として利用されるのを防ぐ為…政府の計らいで証人保護プログラムを適用される事になった…今日から私は"篠ノ之箒"では無くなる…その身分を当分偽って、生きていく事になる…だが、私は挫けるつもりは無い…また会おう、十秋…私は必ず、お前の言ってくれた様な人間になって…また、ここに戻って来る…いつか、必ずな…
「…ふぅ…成程、そう言う事か…」
あたしの話を聞き終えた箒は、溜め息を吐いて…そう一言言った…そこに続く言葉は出ない…
「…箒、あたしを怒らないの…?」
「怒る、か…直近であからさまにやらかした先輩が居るからそう思うのも分かるが…お前の場合あの人とは違う…お前は十秋が欲しくてこんな事をしたわけでは無く…あくまでも、縋り着く十秋を放っておけず…それを受け止めようとしただけだ…やり方は、確かにアレかも知れんが…その点に付いては私から何か言うつもりは無い…ただ、その代わり…一つ、一夏がこの話を聞いた時にお前に言うだろう事を予言してやろう…"もっと早く言え"だ…どう考えても、それはお前一人でどうこう出来る話じゃないだろう…行き着く先まで行ってから相談されても、一夏は元より…私も何も出来んぞ?」
「…そう、よね…」
「ただ…十秋が精神疾患の可能性が有ると言うなら、先ずはそれに付いてのすり合わせになる…とにかく、お前の見立てでは…"離人症"…と、言う事で良いんだな?」
「ええ、そうよ…」
「私もその精神疾患に付いては、多少の理解が有る…だが、一応確認する…統合失調症の可能性は無いのか?」
…統合失調症は幻覚、幻聴…被害妄想…思考の乱れ、自発行動の著しい減少が主だった症状の筈…つまり、似た症状が無いとは言わないが…十秋には該当しない。ちなみに…大抵自傷、他傷の可能性が有り…監視付き隔離病棟に収容される程、重篤な精神疾患の多くがコレだ…そして大抵、統合失調症の場合…緊急入院措置が多い……ま、十秋が仮にコレだったらさすがにあたしも、即座に気付いたと思う…
「…いえ、それは無いわ…十秋には幻覚、被害妄想の症状は無い。思考に関しても一度喋らせれば、ある程度複雑な内容を話せるからそこまで乱れてると言う感じはしない…自発行動の薄れは有るけど、全く何も出来無い程…自我の薄弱は無いと思う…やっぱり、今の十秋の大きな症状は現実感の欠如だけよ。」
『…つまり、ほぼ離人症で確定か…』
「…ええ、素人だけど…十秋を見捨てる気にもなれないし…朧気な知識を頼りに、何とか出来無いかって頑張ってたんだけど…状況が酷くなるばかりで…ここまでやっといて何だけど、もうあたし…どうしたら良いのか…」
『…凰「ごめん、あたしその呼び方…あんまり慣れてないのよ、鈴か…そうじゃなかったらせめて、鈴音…って…呼んでくれないかしら?」…では、鈴…取り敢えず、一旦落ち着け。』
何を言ってんのよ…
「落ち着けって…落ち着いた所で…!」
『大丈夫だ…良く聞け、鈴…恐らくお前は今、完全に視野狭窄に陥っている…十秋の現状にばかり頭を悩ませ過ぎて、一体何が問題なのかちゃんと見えていない…とにかく、落ち着いて…私の話を聞け…取り敢えず、その場で深呼吸しろ…っと、その前にお前…今どんな体勢で話を聞いてる?』
「どんなって…落ち着かなくて歩きながら『先ず、座れ…それだと気持ちが急くばかりだ…良いか、大丈夫だ…ゆっくりで良い、座れ…その後、深呼吸しろ…落ち着いたら、そう言え…私は待っている』…ええ…分かった…」
私はその場…居間の床に座り…深呼吸をする……しばらく繰り返している内に、荒れ狂っていた心は少し…静かになった様に思う…
「…箒、少し…落ち着いた…それで、あたしが視野狭窄ってのはどう言う事?」
『…その様だな…良いか、鈴…確かにお前がやった事は必ずしも褒められたやり方では無いかも知れない…直近で、とある先輩がやらかした話を聞いてるのに…結局、十秋に絆される形で同じ方法を選んでしまい…その所為で、十秋が余計不安定になってしまった、と…今のお前の視点だとこう見えてるわけだ…全ては、自分の浅はかさが招いたと…違うか?』
「ええ、そうよ…あたし、もうどうしたら良いのか…」
『…良いか?そうじゃないんだ…』
「そうじゃない…って、どう言う事?」
『お前は、あくまで十秋に絆される形で…自分の身体を許した…それで、十秋が癒されるなら…それでも良い、と…加えて言えば、ちゃんとお前は先の事も提示している…あくまでも、お互いの意中の相手に告白するまでと…ちなみに、お前の想い人は中国の方に居るのか?』
「…ええ、そうだけど…」
『…なら、順番的に言えば…十秋が先に告白出来るのが自然だな…十秋は病状が安定して行けばすぐにでも学園に戻れる…統合失調症では無く、離人症なら…適切なケアさえ出来ていれば、そこまで治療に時間は掛からない可能性が有る…もちろん、長期化する確率はゼロでは無いが…と言うか、アイツの場合…最早いっそ、留年した方が良い気もするがな…』
何を、言って…
「そんなの、十秋の将来が『将来?想い人に告白する以外、人生の目標が無いとか言ってる様な奴なんだぞ?なら、寧ろ期間伸びた方が色々楽だろ…アイツはヘタレだしな…加えて言えば、十秋の状態が安定せず…と言う話で有れば、元々十秋にベタ甘な千冬さんがそこで留年を許さないわけが無い…と言うか、そんな事になったら強引に教師辞めて…普通に織斑家に戻って来てしまいそうでは有るがな』…それは、確かに…」
確かに、あの人ならやるだろう…と言う気はして来る…
『…つい脱線してしまったが、お前が長期休みなどの限られた方法でしか想い人に会えないのに対し…十秋は寧ろ、早々に会える可能性が高く…当然告白が先に出来る可能性が有る…鈴、お前は…実は両想いの可能性が高いと踏んでいるんだろう?つまり、そもそもお前は…本当に十秋を癒す為だけに自分の身を捧げたんだろう?千冬さんに告白出来てしまえば、お前の役割は必要無くなる…何より、色々有ってアイツへの想いは少し重くはなっているものの…あくまでお前のソレは家族への情に近い。性欲や好奇心に多少押された部分は有っても、多くを占めているのはソレだろ?…ふぅ…ここまで十秋の為に動いたお前の献身に間違いは無いさ…落ち度が有ったとすれば、そのやり方くらいだな…何ならお前は、自発的にはほとんど動けず…空腹を感じてなかった十秋を促してきちんと食事を取らせたり、風呂に入れたりしている…それは、最終的に十秋が日常に戻れる様に…現実をしっかり認識出来る様に、生活サイクルを崩さない為に…お前の考えた通り、現実感が薄ければ…恐らく体感時間の感覚も怪しくなる…何より、習慣と言うのはやらなければ自然と無くなるものだ…そもそも離人症を治す方法の一つに、規則正しい生活を取らせるって方法が有る程だからな…そして、精神を病んでる十秋にそれ以上負担を与えない様に…身の回りの世話を率先してたわけだ…ここまで献身的に尽くしてる人間に、どうこう言えんさ… 』
「箒…」
『…仮に唯一、本当に問題が有るとすれば…身体の関係を持ってしまった事だ…癒す為にそれをするのは、確かに尤も効果的だが…今の十秋程心を病んでいれば、そりゃ落ちるだろうさ…ましてや、前世を含めて今まで…親にすらろくに甘えた記憶が無いし、そう言うのがそもそも良く分かってなかった様だからな…それでもソレを自覚してしまい、寂しさに押し潰されそうな所を…お前が受け止めてくれたわけだ…それなら恋愛感情は無くても、お前の優しさ…と言うか、母性に縋りたくなる…何せアイツは、ちゃんと居た筈の母親に子どもの頃からろくに甘えてないんだ…かと言って、今更になって欲しがった所で…"織斑十秋"には両親が居ないんだ…そこで、正に生まれて初めて本当に…寂しさに押し潰されそうになった時、それを与えられてしまえば…お前に依存もするさ…結局の所、鈴…そこまで悩んでも仕方無い…ただ、寧ろ、離人症の症状自体はもうかなり緩和されてる筈だぞ?』
「何でよ…そんな事分からないじゃない…」
『…現実感が曖昧且つ、何なら…自発行動も少なくなってた筈の人間が…貴女とヤリたいとかワガママ言うと思うか?そもそも、初日にお前が来た事に関してもかなり認識が怪しかった筈だ…一夏の話だと、結局お前が来る事を十秋に伝えられなかったそうだからな…ま、さすがに十秋が電話に出なけれはどうしようも無い…それはそれとしてだ、一年以上何の連絡も無かったお前が突然部屋にやって来たら…それこそアイツは夢を見てる様な気分だったんじゃないか?現実を正しく認識しきれてないなら…居ない筈の人間がその場に突然現れたら、寧ろ目の前の現実の方を疑う…だから、今自分は…やっぱり夢を見てるのかも知れないと、無意識にそう考えたかも知れないな?…そりゃ、普段しないワガママも出るだろうよ…本来のアイツならどれだけ辛くても…赤ん坊や幼児の様に恥も外聞も無く、それも…同じ歳の親友の胸に吸い付きたいとか言わん…ちなみに、最初急に甘えたくなったのか…十秋が無言で自分の胸に顔寄せて来て…その姿に得体の知れない恐怖を感じて…お前は、反射的に十秋を引っぱたいてしまったんだろ?』
「…ええ…さすがにあの状態の十秋に、あそこまでの拒絶を返すのは良くなかったと…今でも思ってる…」
『…いや、いくら相手が親友だろうが…密室空間で明らかに身の危険を感じる様な行動を無言で実行して来たら、その対応が普通だ…相手がどんな状態とか関係無い…それに、それがかえって良かったのかも知れんぞ?』
「何でよ…何もあそこまでやらなくても良かったって、あたしは…」
『…叩かれた後、痛がってたんだろ?そして、急にほとんど気にしてなかった胸の歯型…化膿ないし、あるいは…寸前レベルの酷い状態になってた傷も、そこからすぐに痛くなって来たと…離人症の現実感の欠如は、つまり現実感が曖昧になって夢の中に居るような状態から抜け出せない事…で、それが持続してしまう理由の一つとして…多くの場合、患者の身体の感覚自体も曖昧だ…特に、痛みに対しては怪我をしてもほとんど反応が無い…あるいは、著しく反応が遅れるパターンが有るらしい…それなら、中々現実も正しく認識出来無いだろうよ…実際、夢の中では現実に有る様な痛みを感じないって…良く言うだろ?匂いとかは感じたりするのにな…だが、十秋はお前に叩かれてすぐに…痛みに対して、明確に反応したんだろ?…つまり、その時十秋は…一時的にかも知れないが、確かに目覚めたんだ…お前のソレが気付けになってな…ここで、今まで曖昧だった自分の置かれている現実をある程度正しく認識した可能性が高い…そして半分夢、案外…本当に夢かも知れない…なら、ちょっとくらい甘えても大丈夫かも…とか思ってた所で、強烈な一発だ…やってしまった、やっぱりこれは現実だった…鈴は自分を嫌いになるかも知れない…ただでさえ、甘えたくなるくらい無意識に限界感じてたんだ…万が一嫌われたら…!?お前が自分の前から消えたら…!?…とか、反射的に思うだろうな…せめて、今は嫌われたくないってなるだろうよ…今は一人になりたくない、が…一時的とは言え、現実を正しく認識してしまった十秋の本音だろうしな…だから、一緒に居て欲しい…甘えられなくても良いから…とか思ってたのに、お前は胸を吸わせる事に結局了承を返して来た…ふぅ…抱いてしまった願望が、確かな現実になったんだ…嫌でも現実をちゃんと認識したくなるだろうよ…だから、鈴…十秋はお前のお陰で確かに状態が安定した筈だ…フッ…言ってしまえばな、お前の胸の感触を五感フル活用して且つ…しっかりリアルタイムで余す事無く味わいたくて、ちゃんと現実に戻ろうと十秋は頑張ったわけだ…恋愛感情が無いのはお互い確かな様だが、どうもお前の胸そのものには…かなり、執着されたらしいな?』
「っ!?」
思わず自分の胸を腕でしっかり隠す……今、あたしどんな顔してるのかしら…気持ち悪いとかは思ってないけど、顔は真っ赤になってそうね…ハァ…否定しようにも、確かに有り得そうな理由の気がして来た…お互い恋愛感情は無い、それは確か…けど、あたしの胸をしっかり味わいたくて現実に戻ろうとするって…逆にアイツにとって、あたしの胸がどんな風に見えてんのよ…まぁ、今の状態の十秋なら…それぐらいは…減るものじゃないし…てか、今となっては身体全部許してるし今更なんだけど…そう言えばしてる最中もアイツ…あたしの胸を結構念入りに弄るし…何なら しばらく夢中で吸ってるのよね…いや、本当に…何でそこまでする程なのかと思う…
『…ま、結局の所…お前は過ちらしい過ちは何も起こしてない…離人症は最終的に安定するだろ。』
「何で、そう言えるの?」
『何だ、分からないのか?さっき言ったろ?ちゃんと現実に戻らないとお前の胸がしっかり味わえない…そして鈴、お前はずっとここに居るわけじゃない…強引にでも、学園に行くお前に会いに行かないと…もう吸えないだろ?要は、十秋はお前の胸をずっと吸いたいから更に頑張ろうとするって話だな…治れば、お前にまた学園で会えるんだからな。』
「…嫌よ、そしたらさっさと千冬さんに回収して貰うわ。」
『…それで良い。ほら、何も深刻な事は起きてなかっただろ?だから落ち着け、視野狭窄だと言ったんだ…鈴、お前は私の手なんて借りずとも…ちゃんと今の十秋の支えになれていたんだ…後は残りの期間、今まで通り…お前は十秋のケアをすれば良い。依存されてる問題は有るが、結局それは千冬さんに丸投げで良い…あくまで親友の相手より、結局…長年懸想して来た想い人に甘える方が、何倍も心地良いに決まっているんだからな。』
「…それは、確かにね…ありがとう、箒…アンタのお陰で、あたし…まだ頑張れそう。」
『…ま、役に立ったなら良かった「ねぇ?」何だ?』
「お礼と言っちゃなんだけど、箒?アンタ、中華料理は苦手かしら?」
『…どうだろうな…多分、全く合わないって事も無いと思うが…あ、だが…酢豚は恐らく、苦手だな…』
あー…アレ、やっぱり日本人には不評なのね…
「…じゃあ酢豚は無しで。あたし、実は元々中華料理店の娘なの。」
『…ほう?それで?』
「学園で待ってて。そっちに着いたらあたしがご馳走してあげる…」
『…その様子だと、相当味に自信が有るんだな。』
「ええ…で、どうかしら?」
『…悪くない提案だ、是非お願いするとしよう…さてと、十秋は今どうしてる?』
「寝てるわ…だから連絡出来たの。」
『…そろそろ戻れ…十秋が起きるかも知れん…取り敢えず今回の事はある程度ぼかして一夏には伝える…さすがに、この状況で全く何も言わないのは無理だからな…』
「まぁ、それは仕方無いわよね…」
『…とは言え、聞いてる限り…治るまで行かなくても、本当に快方に向かってる可能性が高いしな…敢えて、私も離人症の話はしないでおく…もちろん、お前らが身体の関係に至った事もだ…取り敢えず残りの期間、お前らに邪魔が入らずに済む程度には話を通しておく。』
「…ありがと、助かるわ…」
さすがに、それを一夏に知られるのはちょっとね…
『気にするな…何処かのアホな先輩とのやり取りも私は黙ってるくらいなんだ…今更、秘密がもう一人分くらい増えても…誤差だ…』
ああ、例の…アンタも大変よね…ま、結局あたしも…アンタに迷惑掛けてる以上、そんな事言う資格も無いだろうけどね…
『…ま、とにかく早く十秋の所へ戻れ…今の状態であまり長時間一人にしたら、また不安定になるかも知れんからな…』
「ええ…本当にありがとう、箒…アンタと話せて良かった…」
『…ハァ…これが最後みたいに言うな…こっちに来るんだろ?…お前の料理、楽しみにしてるからな?』
「ええ、それは必ず…楽しみにしてて…じゃ、そろそろ切るわね…またね、箒…今度は学園で。」
『…ああ、学園で待ってるぞ…じゃあな。』
あたしは携帯を操作して、電話を切る…ふぅ…何か、色々吐き出せてスッキリした…十秋から聞いた、初めて会った頃とは真逆の印象ね…立場上学園に来るまで相当転校を繰り返したって話だけど…あの雰囲気なら、友人も多かったでしょうね…そう言えば写真とかも見せられた事無いから…あたし箒の顔もまだ知らないのよね……十秋に写真有るか、聞いてみても良いけど…どうせなら、会ってからのお楽しみにしておきましょ…例のセシリアって奴も、実は結構気になってるのよね…最初話が来た時は全く乗り気じゃなかったし…一夏の事を聞けてなかったらこんな行動も取らなかったでしょうけど…今はちょっと後悔してるかも…初日からちゃんと行けば良かったわ…ま、今からでも遅くないわよね…そう言えば、箒とセシリア…どっちも今は一夏が好きなんだっけ……面白そうね…ハァ…今は早く学園に行きたいとも思うけど、先ずは十秋の事よね…と言うか、残り期間でもう少し回復してくれたら良いんだけど…
期限が来たら仕方無いとは言え…今はまだ一人にするの、心配なのよねぇ…初日みたいに完全な幼児退行までは行かないものの…割と甘えん坊って感じだし…とか考えつつ、部屋のドアを開ける…
「すー…すー…すー…」
「…寝てる、わね…ホッとしたわ。」
部屋の状況は先と変わってない…十秋も爆睡中で…あら?
「何か…あたしが出た時より、十秋の表情が硬い様な……いや、これもしかして…」
取り敢えず、布団に入り…十秋の身体に軽く触れてみる…っ…
「あー…抱き枕が居なかったからか…」
触れてすぐに十秋の腕が動き…あたしは十秋に抱き抱えられる…ホント、依存と言うか…執着されたわね…寝たフリって感じはしなかったし、完全に無意識でこれやってるのね…
「…ハァ…ま、残りの期間…アンタとずっと居てあげるるわよ。」
幸い、冷蔵庫に食べる物は入ってるし…取り敢えず
、学園に戻る日まであたしは無理に出掛けなくても良さそうだ…ま、主に食べてるのが例の刀奈って奴が作った物なのが色々複雑では有る…ま、食べ物に罪は無いからね…何なら、味も美味しいし……ふぅ…それはそうと…
「…何か、アンタにこうされてると…確かにあたしも落ち着くのよね…ま、昔からそうでは有ったけど。」
あたしが織斑家に泊まってた頃…十秋と二人で寝ると時々眠ってる筈の十秋からこんな感じであたしは抱き抱えられていた…仮に他の奴が相手だったら、同性で有ったとしても子供扱いされてると思って…相手が寝てるとか関係無く暴れてそうだけど…何か、十秋が相手だと普通に家族の触れ合い的なものを感じるだけだし…あたしも不思議と、落ち着いていた……まぁ、あの頃との最大の違いは…二人とも今全裸って事なんだけど…そう考えると、何か背徳感の様な物は感じる…ま、あたしも割とノリノリで…この関係続けて来たってのは一応有るのよね…アンタなら、こう言う性欲だけの爛れた関係もそこまで悪くないと言うか…結局の所、友情と家族愛が少し行き過ぎてるだけよね…と、あたしも思えてしまう……んー…良い感じにリラックスして来たわね…ふぁ…あー…あくび出て来た…もう早朝だけど、このまま十秋に抱かれたまま…もうちょっと寝るのも有りかしらね…
「…おやすみ、十秋…」
あたしは目を閉じる……起きたらまた胸に吸い付かれてるんじゃないかと一瞬過ぎったけど…まぁ、良いわ…許可は出してるし…てか、あたしもその…普通に、気待ち良いしね…今はただ、この心地良さの中であたしは眠りたい…