「ん……!」
目を開ける…そう遠くない距離に千冬の整った顔が有って、思わず声を出しそうになり片手で口を押さえる…そのまま鼻で深呼吸していると何とか落ち着き…更に昨夜の記憶が頭の中を過ぎって行く…
「んー…結局あのまま寝ちゃったと…」
私も微妙に酔っていたとは言え、良く寝れたよね…
「!…う~ん…ギリギリ間に合うかな…」
腕時計を見れば既に五時半を回っている…ここから私の家までは一応十分も有れば着ける…で、私の家から駅まで十五分くらい……うん、間に合って…あ。
「しまった…昨日飲み食いした物片付けて無かった…」
昨日うっかり忘れて…そのまま寝ちゃったんだよね…向こうに戻ってから片付けるつもりだったし…
「まぁ…これから片付けてから…私の家まで行っても一応間に合うかな…」
そもそも会社の始業時間は九時…私の方の準備はそうかからないし、電車が大幅に遅れさえしなければ悪くても結果ギリギリ始業時間には間に合う筈…ただまぁ…朝は朝で会社で別に仕事が入る場合が有るし、早めに行って昨日残して帰った分をある程度進めたかったんだよねぇ…まぁ言っても仕方無いか…さてと、取り敢えず…
「……寝相悪いだけだよね?」
やる事の確認が済んだ所で、私は今現在起きている問題に対処する事にする…先ず、昨夜仰向けに寝かせた筈の千冬は…
「完全にこっち向いてるし、身体半分布団から出てるね…」
今の千冬の体勢は完全に私の方に寄る形になっていた……道理で起きたらキスしそうなくらい近い距離に千冬の顔が有った訳だ…私の身長は千冬とそう変わらないしね……自分で、こっちまで来たんだよね…?私が寝惚けて、引っ張ったとかじゃないよね…?
「まぁ…どっちにしても無理に動かして、起こすのは可哀想だよね…」
まさかこの時間から千冬のバイトのシフトが入ってるとは考えにくい…ま、とにかくこのままって訳には行かないか…私は昨日と変わらず、それ程力の入ってない千冬の手を解いて行く…良し、と。
「じゃ、私はもう行くからね?」
立ち上がってから一応声を掛けてみるが、千冬は今現在も爆睡中の様だ…私は捲れていた掛け布団を千冬の上に掛け直し、部屋を出た。
先にトイレに寄ってから居間に向かおうと考えていると…居間の方から物音が聞こえた。
「ん?」
……まさか泥棒とかじゃないよね?…私は居間の方を覗いてみた…
「……一夏君?」
「あ、おはよう■■さん。」
居間の中では私たちの飲んだ缶、ツマミや菓子の空き袋をゴミ袋に詰めている一夏君が居た…わざわざ朝早くに起きて、片付けてくれてたみたい…
「おはよう…ごめんね、昨夜片付けてから寝るつもりだったんだけど…」
「良いって良いって…俺は何だかんだ、いつも通りの時間だしな。」
「あ…そう言えばそう…いや、やっぱり早くない?」
せいぜい一夏君って、普段は七時前くらいに起きてた気がするんだけど…いや、それでも十分早いけどね…
「まぁ…何だかんだ■■さんってウチに来るのは次の日休みの時とか連休の時が多いし、休みの日は俺もある程度遅めだし…俺の方がそっちに泊まってた時も■■さんの方が早く起きるパターン多かったもんな…そう言うイメージ無いのか…いやさ、千冬姉って昔から朝が弱いからな…自然と俺は早く起きる様になったんだ、平日は特にさ……まぁ…朝飯用意しないとならないし…」
あー…まぁ確かに千冬って朝は弱い方だよね…で、朝食用意する関係も有って自然と早めに起きる様になったと…それに、気を利かせた千冬が台所に立ちでもしたら…最悪数日はそこで料理が出来無いなんて事態になりかねないから、後に起きる訳にも行かないか…と、それは今は良いや。
「ごめんね?手伝うから「良いって良いって。それより■■さん、今日も仕事なんだろ?シャワーでも浴びて来いよ、着替えは千冬姉の所に有るんだろ?」でも…」
「取り敢えず俺は、ここ片付けたら朝飯用意するから。」
……まぁこの言い方で察しはついちゃうな…この場合、今更遠慮する方がかえって一夏君に悪いかな…私はこの後帰ったら朝食は簡単に済ますか、抜く気でいたし…
「ごめんね?」
「だから気にしなくて良いって…早く行って来いよ。」
行こうとしてからふと気付いて、声を掛ける。
「あ、ちゃぶ台の上の灰皿は触っちゃ駄目だよ?」
「あー…コレな…てか■■さん…まだ吸ってるのか?」
……一夏君の前で吸わなくても、バレてはいるんだよね…
「あー…まぁ、うん…」
「……千冬姉は止めてくれて安心してたんだけどな…と言うか、注意してた■■さんが吸ってるんだもんなぁ…」
このままここに居ると説教が始まりそうだね…
「とにかくそのまま置いといて…後で片付けるから。」
「ハイハイ…とにかく早く行って来いよ。」
千冬の部屋のクローゼットを開けて、自分のジャージを取り出す……中を見ながらふと思う…私もそうだけど、千冬って結構私服少ないよね…いや、寧ろ私より少ない…?こうしてスカスカ気味のクローゼットを眺めていると溜め息出て来るなぁ……ああ、いや…今はそんな場合じゃなかったね…ちなみに余談になるけど、千冬の正体がバレにくいのはその辺も理由の一つだろうと私は思ってる…服装一つ違うだけで顔は変わらなくても見た目の印象は変わる物だったりするから。
サッとシャワーを浴びて、これまた千冬の部屋から持って来たバスタオルで身体を拭いて行く…来ていたスーツは…取り敢えずこのまま持って行こうかな、後で適当に袋でも借りたら良いよね…そんな事を考えながら、バスタオルを洗濯機に放り込んでからジャージを置いている脱衣籠まで戻る…ふと、洗面所の鏡が目に入る…
……お風呂場の鏡見た時も思ったけど、我ながら貧相な身体だよね…そう言う意味では筋肉も着けつつ…ちゃんと女性的な身体をした千冬が本当に羨ましいなぁ…無い物強請りをしても仕方無いのは、分かってるんだけどね…
「あ、来たか■■さん…朝飯、出来てるぞ。」
畳んだレディーススーツを脇に抱えて戻ればもう一通り片付けは終わっていて、朝食も既に出来ていた…結局、最後までやらせちゃったね…
「うん、ありがとね…」
私はちゃぶ台の前に座る…メニューはトースト二枚と目玉焼きにコーンスープ…うん、美味しそう…
「先に聞くけど…お代わりするか?」
あー…やっぱり聞かれるよねぇ…
「いや、今日はそんなに時間無いから止めておくよ。」
「ま、さすがにそう言うと思ってたけどな…」
そう言いながら一夏君も私の向かいに座って来る…
「…とは言え、本当にその量で大丈夫か?トーストと目玉焼きは焼くだけだから、多少時間は掛かるけど用意は出来るぞ?コーンスープだって市販のだからすぐ出来るしな。」
「大丈夫…と言うか、今日は本当は実質抜くつもりだったし…作ってくれるだけで十分にありがたいんだよね…」
「…ま、それなら良いけど……ん…あ、そう言や昼飯はどうするんだ?」
一夏君がトーストを齧り、飲み込んでから質問して来る…あー…そう言えばすっかり忘れてたね…
「…まぁ、今から家に戻っても用意する時間無いし…外食か、何なら何か買っても「昨日の夕飯の残り物で良ければ詰めてやろうか?」…良いの?」
「ま、本当に残り物しか無いけど…それで良ければ。」
そう言って一夏君が立ち上がり、台所に向かう…って、ちょっと…
「あ、別に食べ終わってからでも「いや、俺はまだ全然時間有るけど…■■さんはあんま時間無いだろ?食ってて良いよ、すぐ終わるし」…分かった、ごめんね?」
「……何かもうそれって、■■さんの癖みたいなもんだよな。」
「それって?」
「そうやってすぐ謝る事さ…だから気にしなくて良いんだって。俺も千冬姉も色々…今まで■■さんに助けられて来たんだからさ…」
私、そんなに大した事はしてない気がするんだけどなぁ…まぁ、でも言うなら…
「そっか、じゃあ…ありがとう、一夏君。」
「ああ、それなら俺も気分良いよ。」
「じゃ、私行くね?千冬に宜しく。」
「ああ……さすがに何も無いと思うけど、気を付けて。」
「うん、またね。」
一夏君の見送りを受けながら、織斑家を離れる……角を曲がった所でトントンと肩を叩かれて振り向いた。
「やっほー!」
「た…!」
後ろに束が立ってて、思わず大声を出しそうになった所で束が私の口に手を置く…束が片目を瞑り、ウインクしながら自分の唇に人差し指を当てている……現実逃避からか、束も千冬とは別のベクトルで綺麗だよね…とか考えながら束の手を軽く叩く。
「ふぅ…どうしたの束?千冬に会いに来たなら「ううん、違うよ。束さんは■ちゃんに会いに来たの」…ごめんね、私これから仕事だし…一回家に戻って着替えないとならないから…今は相手出来無いよ…」
「大丈夫、別に邪魔しに来た訳じゃないから。」
「…えと…じゃあ何の用?…いや、歩きながらで良い?そんなに時間無いから…」
「■ちゃんはこれから会社に行くんだよね?」
「そうだけど「この後着替えて、駅まで行ったらギリギリなんだよね?だから束さんが送ってあげようと思ってさ」……何が目的?」
「あ~!■ちゃんヒドイ!束さんの事疑ってる!?」
「あんまり大声出さないで、見付かるから…いや、だって束は…」
だって束が自分から動くなんて…実際、頭の中に今までの束のやらかしが過ぎる……いや、でも…何だかんだ助けられた事も結構有るんだよね…ただその後のやらかしとかで私の中では色々帳消しになってたりはするから…う~ん…
「そうだね…ごめんね束、悪いけど送って貰える?」
「うん、分かってくれたら良いよ。取り敢えず■ちゃんの家まで転送してあげるね?」
「うん、お願い…」
……結局今日私は、束のお陰でそれなりに余裕を持って会社に来る事が出来た…今度何かお礼しないとね…
「…で、あいつはどうだった?」
「今回は束さんのミスで日にちがズレちゃったけど…結果はハッキリしてる…あの■ちゃんは私たちの所には来ないと思うよ。まぁここまで来て死なせたくは無いから…またモンド・グロッソの時期に様子を見に来ないと駄目だね…」
「……ちなみに"私"との仲はどんな感じだ?」
「……案外、こっちではあのままあっちのちーちゃんとくっ付くかも知れないね…ここだと二人は子供の頃からの付き合いのせいか、結構距離が近いんだよね…残念だけど、ちーちゃんの入り込む余地は無いと思う…」
「そうか…」
「千冬、そう落ち込むな…あいつが存在する世界はきっと他にも有る…」
「そう、ですよね…ただ…実際は何故かあいつの存在しない世界の方が明らかに多い様なので…」
「まぁ…まさかこれだけの世界を巡って、その多くにあいつの存在の痕跡すら無いとは私も考えもしなかったからな……不思議と私だけは居るパターンも有ったが。」
「私と束は…何故かどの世界に行っても居るんですがね…」
「案外、この世界はISが存在して初めて成り立つ世界なのかも知れないな…そうなればISを創った束、そして…ISの初めての操縦者である君が居るのは…必然なのかも知れんな…」
「ま、私たちに関しては…居ても性格からして似ても似つかないなんてパターンも有ったからねぇ…」
「……正直、いっそこの手で始末したいのも居たが…こうなるとそうも行かないか…」
「私たちはあくまで部外者だし、仮に何処の世界でも私たちが本当に中心だとしたら…下手な事は出来無いからねぇ…」
「まぁとにかくだ、あくまで私たちの目的はあいつを私たちの世界に連れて帰る事だ…幸い、君たちが中心であるなら…あいつが居なくなった場合の世界への影響はさほど大きくないだろうからな…そこが分かっただけ、良しとしよう。」