千冬が合宿中私に当てがれた部屋に持ち込んで来たビールの缶を傾け、中身を少し飲んでから私は口を開く。
「ふぅ……そもそもだけど、大会開始一ヶ月前から合宿って絶対意味無いよね…」
アルコールが入ったせいか、私の舌は滑らかだ…かなりアレな事を口にしてる自覚は一応有るけど。
ベッドの前に置いた椅子に腰掛けて同じく缶を傾けていた千冬も口を開いた……ちなみにちょうど、束のラボに居た時話す時と同じ構図だったり…
「身も蓋も無い言い方だが、確かにその通りだな…さっきも言ったが…選手を育てるカリキュラムは確立されていないからな…ここへ来ても出来るのは、結局筋トレや走り込み位だ…年単位で時間を取っても全く意味が無い…ちなみに、お前も察してるだろうが…本来はもうオリンピックの選手団が入ってる所だったのを政府が無理矢理一ヶ月分をここを押さえて、私たちの方に当てがってる状況だ。」
うわ…やっぱりね…敢えて触れない様にしていた事を正解だと言われて申し訳無い気持ちにはなる…ただ…
「国でそこまでお金を掛けるなら、代表になった千冬にもう少しお金落としたら良いのに…」
アルコールを入れてしまっているせいか、罪悪感は正直そこまで感じない。自然と付き合いの長い千冬の事を先に考えてしまう…
「オリンピック選手なら、結果を出した選手一人一人にスポンサーが着いてそこから金が出たり…チームを実業団として普段は企業の社員扱いで雇う形にして、給料を払う場合も有るが…今はまだ民間企業側もISに関しては及び腰だし何なら代表の私しか選手も居ないからな…万が一私が負けたら宣伝にならんから迂闊にスポンサー契約など出来んし、何なら企業で雇う形にしようにも普段の仕事で使い物にならなかったら給料泥棒も良い所だ…もっと言えば、企業でも現実的な上役ならISは兵器だと認識しているからイメージダウンに繋がると考えてしまう…私に対して金を落とす理由にはならんし、国として大金を出すにはまだISに対しての一般人のイメージは曖昧だ…返って来る物が無いなら無駄な投資になる……その割にIS学園なんて物を作ろうとしてるから、複雑にはなるがな…」
千冬もアルコールが入ってるせいか、私の前ですら普段そんなに口数が多い方では無いのにその口は良く動いて止まらない……と言うか、最後のは完全に愚痴も含まれてるね…
「と言うか、元々千冬は選手として選ばれたから初代大会に出れたんじゃないの?…未だに他の選手候補居ないの何で?」
実は以前にははぐらかされたんだけど…今なら答えてくれるかと思い、何だかんだ前々から一番気になっていた事を聞いてみた。
「今言った通り、一般人にとってISのイメージはまだ曖昧だ…政府の方で選手募集を最初はオリンピック候補の連中に掛けたらしいが…そっちはオリンピックに出るのが本業でこの時期は忙しいから、当然断られた…一般募集を掛けようにもそれ相応の運動能力が有る者で無ければ記念出場となるのはさすがにISについて知識の無いあいつらにも分かっていた…ISを開発した奴の出身国としてそれは良くない……どうするか途方に暮れていた所に束が現れて推薦したのが私だったとそう言う話だ。」
「あー…成程、束が口滑らせたと…」
束の紹介の時点で、間接的に千冬が『白騎士』の正体だとバラしているも同然の状況で有るのが分かったから…さすがに私も千冬に同情していた…
「まぁ当時私の事はともかく、一夏のこれからの事も考えたら現状の給料でやって行けるか怪しかったからな…」
千冬の優先順位は昔から一夏君が一番で有り、自分の事は二の次…昔から見て来た私は二人の仲の良さを知っているし、何なら子供なりに頑張って千冬を支えようとする一夏君を見ていれば私だって彼の将来の事は考えたくなる…ま、あまりにも酷い状態だった時は私もついついお節介を焼いた事も有る……と言うか、今の一夏君は千冬が自分に対して相当過保護だと感じているらしく…その辺りの事を愚痴られた事も有るから伝わってないなぁ…とは感じているけど。
まぁ千冬は束程じゃないけど、昔から色々やらかしが有るせいで歳不相応に彼がしっかりしてる、と言うのも有るんだろうけどね…
実際束のやらかしレベルが高いせいで、逆に目立たなくなってはいるけど…たまにシャレにならない事も時々してたりはする……正直、千冬に何処まで自覚が有るかは分からないけど。
「ま、実際は企業勤めをしている方がマシだったかも知れん金しか貰えなかったがな…身綺麗にして来いと言うから、仕方無く辞めて来たら…こうなってる訳だから完全に騙された様な物だが…」
「大会優勝して賞金は…アレ?入って無かったっけ?」
「あの時は敢えて賞金、とは言ったが…実態はほとんどオリンピックと同じさ…勝った選手には自国が報奨金として出す事になっていてな…まぁオリンピック選手が金メダル取得時に出されるアレと同額だ…」
「あー…」
オリンピック出場選手がメダルを獲った場合、日本ではJOC…財団法人日本オリンピック委員会から金メダル300万円、銀メダル200万円、銅メダル100万円が支払われる事になっている…通常はこれに加えてスポンサー契約料やら、普段は実業団兼企業社員としての給料を月額で貰ってるから…上手く行けばそれなりの額が貰える事になるけど……それはあくまで成功してるオリンピック選手の話…
「つまり、千冬は…初代大会優勝したときの300万円しか国から貰ってないって事?」
「……来年からはスポンサー契約やら何やら可能になる可能性が有るから貰える金も増えるかも知れんが…あの時はさすがに馬鹿にされてるのかと思ったな…」
道理で勝利を祝った時の千冬の反応が微妙だった筈だ…ライバルになる人が居る居ない以前に、一夏君の事を一番に考える千冬が賞金貰って喜ばないのは変だもんね…あの時の私は割とやらかしていた事に気付いたけど…正直、それこそ今謝っても仕方無いのか…
「将来の事も考えたら…300万円じゃどうしようも無いよね…ねぇ千冬?もういっそ、今大会終わったら代表引退するって言うのは?私から今務めてる会社に推薦する事も出来ると思うけど…」
千冬だって元々は普通に会社勤めをしていた…業務内容こそ全然違うけど…多分、出来無いって事も無いと思う…千冬は昔から私より覚えも早かったし、即戦力では無いかも知れないけど使えない人材扱いされる事も無い筈だ…そう思って提案してみたんだけど千冬から返って来たのは大きな溜め息だった…
「それなんだがな…無理なんだ。」
「?…無理って?」
「さっきも言っただろう?政府はISを使える人間が欲しいんだ…初代大会優勝の時に貰った金があまりに少ないから次からは出ないと言ったら一夏の将来の事を盾に脅されたよ…あいつらはどうしても私を抱え込みたいらしい…だから、せめてもの腹いせに…次の大会にはせめて私の親友を出させろとゴネてやった…すまんな、巻き込んで…」
「何、それ…そんな話有って良いの…?」
「良いも何も、私は日本人だ…日本で生まれ、日本で生きている私に日本の政府の人間がそう言うなら逆らえる訳が無い…まぁ私個人の話で済むならまだしも一夏の事を出されてはな…お前を出して欲しいと言ったのはせめて全力を出せる相手と戦いたいと思ったのも有るが…一番はこの状況に変化が欲しかったからだ…」
「成程ね…そう言う理由だったんだ。」
確かに可笑しいとは思っていた…普段そんなにワガママを言わない千冬が口にした今回の事はあまりにも度が過ぎていた…でも、それならついて来て良かったと思う。
私はベッドから立ち上がり、缶に残っていた生温くなったビールを飲み干し、屈んで…床に置いてあるもう一本封の開いていない缶を掴み、また立ち上がってから開けて口に着け、一気に傾けて中身を煽る…
「ぷはぁ…うん、決めたよ千冬。」
私はすっかり落ち込んでしまった千冬に声を掛ける。
「何をだ…?」
俯いてる千冬の顔に両手を当てて、持ち上げて上げさせる…ちゃんと聞いててよね。
「私は本気の貴女に勝ってみせる…それで、来年からは私が日本の代表になるよ。」
「なっ…!本気か…?」
「うん、それでも私は別に千冬の様に騙されるつもりは無いし、当然今の会社は辞めない……来年からは同じ職場だよ、千冬。」
千冬は呆然としていたが、やがてぷっと吹き出し…そのまま大口を開けて笑い出した。
「ハッハッハ…!そうだな、私たちの中で一番大人しい様に見えて…実は昔から一番気が強いのはお前だったな!最近はお前のそんな姿を見てないからすっかり忘れていたよ…良いんだな?吐いた唾は飲めない…私は、強いぞ?」
「当然!やると言ったらやる!もちろんその後千冬は絶対私と同じ会社に入れるから!千冬が先に言ったワガママが発端なんだから、私のワガママも聞いてよね!」
「良いだろう…敗者をどう扱うかは勝者の自由だ。私が負けた場合、私のこれからはお前に委ねる…その代わり、私が勝ったら…何か一つ、私の言う事を聞いて貰うぞ?」
「もちろん!何か考えといて!何でもやるから!」
「ほう…何でも?」
「うん!何でも!」
言ってからしまった、と思ったけどもう後戻り出来無い…結局、私が勝てば良い話なんだからね…!
「ふふふ…コレは本当に楽しみだ…昔から、一度火の着いたお前は私でも止められなかったからな…中々キツい戦いになりそうだ…」
「それはお互い様!千冬はさ、これで心置き無くやれるでしょ!」
私は知っている…千冬の優先順位は全て自分以外…一夏君や私…そして束に向けてしまっていて、自分を一番下に置いてしまっている事を…この条件なら私に背負わせたくないと考える千冬が私に容赦はしなくなる…
「元々本気のつもりだったがな…余計に負けられなくなった…私を焚き付けたんだ、後悔するなよ?」
「しない!勝つのは私だから!」
「フッ…その言葉覚えておくぞ…さて、そろそろ夜も更けた…片付けて寝ないか?」
「うん、そうしよっか……あの、千冬?」
「何だ?まさかさっきの賭けを無かった事にしたいとか言うんじゃないだろうな?」
「いや、そうじゃないけど…あの…」
冷静になったら酒の勢いでやらかした、と思ってはいるけど…もちろんあんな話聞かされて放っておける訳が無い…とは言え、今言いたいのはそれとは別…どうせ酔ってるなら自分の秘めていたこの気持ちも伝えてしまいたい…そうは思ってみるけど…
「……何でも無い、早く片付けようか。」
「何だ…変な奴だな…」
こう、ね…改めて部屋に二人きりで…しかもさっき一緒にお風呂に入った時は必死で千冬の身体見ないようにしてたし、そんな空気でも無かったし…それでもこうして、寝る前と言う事も有ってかラフな格好で部屋に居る千冬から漂う石鹸とシャンプーの匂いが嫌でもさっきの事を思い出させる訳で…
しかも…千冬の方も少し酔ってるのかほんのり桜色に色付いた頬で凄く色っぽく見えて…そんなの見てたらこう、告白なんてしたら…千冬の方の返事なんてもう聞いてる余裕なんて無い訳で…
そのまま襲ってしまいそうで…とてもじゃないけど言える訳が無い……いや…誰に言い訳してるんだろうね、私は…
とにかく今の心中を何とか千冬に悟らせない様、必死で取り繕いながら私は千冬と片付けを終え、千冬が部屋を出て行ってすぐ、ベッドに入った……とても寝られない、と思っていたけど…意外にもすんなり、私の意識は沈んで行った…