ニシノフラワーの怪文書   作:富岡牛乳

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11.阪神ジュベナイルフィリーズ

12月上旬、金曜日。

トレセン学園栗東寮。

「着替えに、シューズに・・・あとジャージと・・・」

一室にて荷造りに励むウマ娘がいる。おかっぱ頭の小さな彼女、ニシノフラワーである。

その手はどこかせわしなく、浮きだっているようにも見える。それもそうだろう、明後日は彼女の初めてのG1レース、阪神ジュベナイルフィリーズなのだから。

忘れ物がないか、荷物をまとめながらも確認する彼女に

「フラワーさん」

と同室のウマ娘が声を掛けた。

抑揚のない落ち着いた、どこか機械的な声色をしている彼女の名を

「どうしました、ブルボンさん?」

とニシノフラワーは呼びかけた。

「何かお手伝い出来ることはありますか?」

と聞く彼女に

「いえ!大丈夫ですっ!」

と胸を張るニシノフラワーである。

「分かりました」

と頷くミホノブルボンだが、続いて視線が行ったのは壁に掛けられた新品の彼女の服だった。

それは勝負服。G1の大舞台に出られる時だけ着ることが出来る、ウマ娘の憧れの一張羅。

「それは・・・最後に準備するんですね」

とミホノブルボンが問いかけると

「はいっ!これは・・・特別ですから」

とニシノフラワーは微笑んだ。

11月に行われたデイリー杯ジュニアステークスで完勝して、彼女のトレーナーは勝負服を彼女に仕立てることにした。

それすなわち、G1レースに登録することを意味していた。

出来上がって自分に与えられた勝負服を手にしたとき、それを持って寮に帰ったとき、思わず意味も無くその服を着てしまったことを、ニシノフラワーは今でも思い出すことができる。

そして、その夜、壁に掛けられた勝負服を、いつまでも見てしまいまともに眠れなかったことも。

「そう言えば、ブルボンさんも出るんですね、G1レース」

とニシノフラワーが話しかけ、ミホノブルボンの視線が彼女の顔に向く。

しかし、その視線はミホノブルボンのベッド近くにかけられた、彼女の勝負服に移っていた。

「はい、私も出ることになりました。貴方の一週間後。場所は同じ阪神レース場。朝日杯フューチュリティステークスです」

そうミホノブルボンは胸に手をあててそう言った。

彼女もまた、ここまで無敗のウマ娘。ニシノフラワーはジュニア級ティアラの頂点をかけ、ミホノブルボンはジュニア級クラシックの頂点に挑み、同じレース場で同じ距離を走ることになっている。

「お互い、良いレースにしましょうね!」

と言うニシノフラワーに、少しだけミホノブルボンは微笑むと

「はい。明後日のレース、ニシノフラワーさんは優勝するものと考えています」

そう彼女に告げた。

「ありがとうございます!」

満面の笑顔で答えるニシノフラワー。

緊張と期待に胸を膨らませる中、ニシノフラワーの夜は更けていった。

 

 

 

12月上旬、日曜日。

阪神レース場、第10レース。芝1600m、外回り。G1、阪神ジュベナイルフィリーズ。

天気は晴、バ場は良。

 

その日は12月にも拘わらず、どこか暖かい日だった。

最高気温は19℃と小春日和。第9レースが終わり、指定観客席にて、パパラチアは次のレース、後輩たるニシノフラワーがレースに臨むのをただ一人で待機していた。

そんな最中

「お待たせしました」

と一人の男性が現れる。パパラチアとニシノフラワーのトレーナーである。

「ん」

と彼女は短く頷くと、それに応じたように彼も頷き返し、彼女の隣に座る。

「どうだった?」

と聞くパパラチアに

「まぁ、緊張してましたけど。どうという事も無く」

と彼は返した。

「何それ」

と切れ長の目でから鋭い視線を浴びせる彼女。少しその言葉が淡泊なものに聞こえたのだろう。しかし、それに苦笑して

「今更、ってことですよ」

と彼は返した。

続けて

「ここまでやれることはやってきましたからね。坂路のケイコも。阪神を見据えたリハーサルも。精々彼女に言えることは、コースのコツと、あとは『自分のレースをしてケイコの成果を出せるようなベストを尽くしましょう』・・・これだけです」

と彼女に問いかける。

「いや、他にないの?マークするウマ娘とか・・・」

「ありますよ。でも今はこれで良いんですよ」

「何それ」

パパラチアは彼の態度が腑に落ちずにいた。

それを見て、

「まだ、彼女には色々言うのは早いって事です」

と彼は告げる。

ここまで3戦3勝。敗北を知らないウマ娘。それがニシノフラワー。

よって意識しすぎる相手も居ない反面、他のウマ娘からすると、ニシノフラワーはマークされて当然なウマ娘でもある。

そしてその結果がどう彼女に向くかは、レースを行えば分かること。そして何より、そんな事実、回りは全員敵だということを突きつけられて、却ってレースに滞りがあってはよくないと考えた彼でだった。

「あ、入場が始まりますよ」

そう言われ、パパラチアの顔がターフの方に向いた。

地下バ道から現れたニシノフラワーを見て、観客から大歓声が沸き起こる。

「うわ」

とその声に回りを見渡すパパラチア。

今回のレースのファン投票第1位はニシノフラワー。その期待の声を一身に受けた、小さなウマ娘が、会場に向けてお辞儀をするのを、ただトレーナーは見守っていた。

 

ターフに姿を現したニシノフラワーは、観客からの声に応えて頭を下げる。

そして思い出したのは、トレーナーの言葉だった。

「おそらく、貴方が現れた瞬間、観客から大きな歓声が上がります」

その言葉を思い出し

(トレーナーさんの言うとおりになった)

と思う彼女。

続いて思い出したのは

「そして、ウマ娘達の視線も貴方に向くでしょう」

その言葉を頭にリフレインさせながら、アップを済ませ、そしてゲートに向かうと、刺さってくるのは他のウマ娘達の視線。

それににっこり笑いながら会釈する彼女である。

(これもトレーナーさんの言うとおり・・・)

そんな思いを巡らせながら、ゲートインの時間に至る。

途中、何度か他のウマ娘に話しかけられたが、

「あまり他のウマ娘の言葉や態度を意識しないようにしてくださいね。貴方はここまで一生懸命ケイコに励んできました。その成果を出すことと、自分のレースが出来るようにベストを尽くす。それだけを考えてレースに挑んで下さい」

そんなトレーナーの言葉が常に頭にあってか、あまり他のウマ娘の言葉を深く意識せずにいた。

そしてゲートインが始まる最中

「魔法の言葉を教えましょう」

と彼の口から伝えられた言葉を思い出す。

それは

「貴方は強い。誰よりも速い」

短い言葉。

大人たる彼が、片膝をついて、両手に手を当てて、真っ直ぐ顔を見て。控え室にて、そう何度も彼女に言った。

(私は強い・・・誰よりも・・・速い!)

その記憶を、言葉を何度も反芻する彼女。

胸の高まりはどうしようもない位にある。心臓の鼓動が響く中、ゲートにて彼女は目を閉じる。

思い出したのは、先輩たるパパラチア、その友人のミラクルウェイブ、そして同室のミホノブルボンとのトレーニング。

レースの前日に電話を貰った、ニシノ家の当主の老人の声。そして自分に期待する全ての人々の想い。

様々なものが彼女の心にたちこめる中

彼女は目をぱっと開き

「私は・・・誰よりも速いっ・・・!!!」

と呟いたその瞬間

『ゲート開いた!!!』

彼女は勢いよく駆けだした。

阪神ジュベナイルフィリーズの幕が切って落とされたのである。

 

 

向こう正面からの出走となり、彼女たちの目の前には400m以上の長い平坦な直線。15人のウマ娘が一斉に飛び出していく。

『さぁ、最初に出てくるのはどのウマ娘か!?』

坂がないこともあり、勢いよく加速していくウマ娘達。

『ハナを奪ったのは14番エヴァーハウンド!続くのは6番ユーロジェーン!そして9番ディスコボールが続いています!』

実況が順位を呼んでいく中

『そして1番人気のニシノフラワーは四番手につけました!』

内枠4番からの出走となったニシノフラワーは内側四番手に付けて前へ前へと加速する。

彼女に思い出されたのはトレーナーの言葉だった。

「いいですか、ニシノフラワーさん。最初のバックストレッチは、何が何でもいい位置を取ることだけを考えて下さい。阪神ジュベナイルフィリーズはジュニアの女王を決めるレースなだけあって、自然とハイペースになります。一方で、それで必要以上に体力を使っては後半の展開に支障をきたします。ですから・・・」

その後の言葉を彼女は脳裏で思い出しながらもターフを駆けていく。

(最初のバックストレッチでベストな位置取りを行って・・・!)

前のウマ娘の後ろに付け体力を温存する格好を取った彼女は

(自分のペースでレースをすること!)

教えを守ることを心に刻み、そして第三コーナーに入っていく。

ゆるやかな第三コーナー。ペースは若干落ちるものの、それでも尚、まだまだ15人の闘志は最高潮。

『さぁ800mを過ぎまして!エヴァーハウンドまだ先頭!ユーロジェーンは早々と二番手!そしてその後ろにニシノフラワーが付けています!』

利き足の右脚に重心を掛けながら、前を伺うニシノフラワー。しかし彼女の外目には1人のウマ娘、ディスコホールがウマ娘が併走している。

(このままだと・・・閉じ込められちゃうかも・・・)

と彼女が気にしたのは今後の展開。

前2人のウマ娘がバテて垂れてきた場合、外のウマ娘に閉じ込められ、出口がなくなる事を気にしてのこと。

そのため前を走る2人のペースや脚色を伺いながら、彼女は第四コーナー目指して駆けていく。

そして第四コーナー中間点。

レースは変化を迎えようとしていた。

(あっ・・・!)

彼女は気づいた。先頭のウマ娘の息が荒れ始めている。そして脚色が衰え始めている。

(ブルボンさんと比べて!)

彼女の身体は覚えていた。坂路を逞しく駆け上がるミホノブルボンの背中を。決して誰にも抜かせないようなその影を。

そしてその経験が、ここで全て花開く。

外目のウマ娘を一瞬確認した彼女は

「はいっ!」

早々と加速し、外に持ち出した。

「なっ・・・!」

これに外目に走っていたウマ娘、ディスコボールが動揺する。一瞬にして自分達の前に飛び出たニシノフラワーの瞬発力に。

そして外に持ち出したニシノフラワーの前には誰の影もない絶好のポジション。そして後団のウマ娘達はごちゃつく事を嫌い外へ外へ持ち出していく。

そんな最中で第四コーナーの終わりがすぐそこまで迫り

『さぁ!もうすぐホームストレッチ!冬木立の中!駆けていく15人の乙女達!!!果たして誰が栄冠を掴むのか?!』

遂に大舞台の最終局面が、ニシノフラワーの目の前に現れようとしていた。

 

『先頭はユーロジェーン!ユーロジェーンが先頭!!!』

二番手のウマ娘がハナを奪い、そして

「むり~~~」

先頭だったウマ娘が沈んでいく、そんな最中

『残り300m!ニシノフラワーとディスコボール!!!ニシノフラワーとディスコボール!!!』

二人のウマ娘が中目を突っ切って突っ込んでくる。

しかし

「ぐぁ・・・ッ!!!」

ディスコボールの脚色が早々に衰えずるずると下がっていく。

第三コーナーからニシノフラワーと併走していた彼女であるが、既に脚を使い切っていた。

(くそッ!くそッ!)

荒れた息をどうにか整えようと、破裂しそうな肺を抱えて必死に走る ディスコホール。しかし焦りとは裏腹に脚は思うように動かせずにいる彼女。

そして彼女の視線に映るのはニシノフラワーの小さな背中。それが遠ざかっていく中で

『あと200m!ここからは坂がある!!!』

さらに立ちはだかるのは2mの急坂。

そんな壁が目の前に現れても

「はぁっ!!!」

気合い十分にニシノフラワーは脚を高回転で動かしていく。

切れ味鋭く、そして視線を低く保ち一直線に。直線巧者とは当に彼女の事。

『ニシノフラワー先頭!!!ニシノフラワー先頭!!!』

遂にハナを奪ったニシノフラワー。

『後ろからアメリカンラブリィ!!!サーティナインも来ているが!?』

追い込んできたウマ娘達の脚色も伸びている。

しかし

『しかしニシノフラワー先頭!!!ニシノフラワー先頭!!!残り100m!!!』

依然として先頭を奪わせないニシノフラワー。後続のウマ娘が必死に食い下がっても肩を並べることすら彼女は許さない。

(もっと・・・!!!もっと!!!)

脚色を切らさず彼女は伸び続ける。どこまでも速く。どこまでも強く。

(わたしは・・・一番っ・・・!)

そして思い出したのはトレーナーの言葉。

汗を全身に纏って、全てのウマ娘を横に並べることを許さないまま

(一番速いっ!!!!)

と思わず彼女が思ったその瞬間

『ニシノフラワー!!!一着でゴールイン!!!』

大歓声の中、彼女は一着でゴール板を駆け抜けた。

 

『やりましたニシノフラワー!!!これでなんと、G3・G2、そしてG1のタイトルを総なめです!!!』

興奮した実況の声が響き、負けないほど大きな歓声が彼女に向けられる。

『ここまで4戦4勝!!!ジュニア級ティアラの女王が今ここに誕生しました!!!』

そして示されたのは世代の頂点の栄誉。

そんな声を、熱気を浴びながら、彼女は第一コーナーまでクールダウンしていくと、観客席に向かって手を振っていく。

(やった・・・!)

そして自覚してこみ上げてくるのは、勝利の喜び。自分が一番速いという証明。

「ふふっ・・・」

と少し彼女は少し笑った。そして満面の笑みを浮かべてそのままターフを抜けていく。

「トレーナーさん・・・!先輩・・・!ブルボンさん・・・!おじいちゃん・・・!やりましたっ!!!」

思わず声に出し。そして思わず両手で大きく手を振って。

そして、そんな姿を観客席でトレーナーとパパラチアはただ見ていた。

「マジで勝っちゃったわ、あの子」

と少し呆れ調子で微笑むのはパパラチア。自分がG1タイトルを取ったのは半年前の安田記念だったにも拘わらず、ジュニア限定戦とはいえ、もう同じ場所までたどり着いたんだなと、彼女は思う。

そして

「天才って本当に居るんだから・・・」

と腰に手をやり、ため息をつく。嬉しい気持ちもあるのだが、それとともに輝かしいばかりの才能にただ見惚れているよう。そんなパパラチアの顔である。

トレーナーも満面の笑顔で会場に手を振るニシノフラワーの姿を見て微笑んでいたが、その反面、彼の頭は非常に冷静なものだった。

彼も教え子のG1初タイトルを喜んでいる。それに今回はいつもの圧勝ではなく、二着との差は3/4バ身差。決して他のウマ娘が力が無い訳ではない。

そんな精鋭だらけのメンツの中で優勝したのだから、彼女に『よくやりました』と今すぐにでも声を掛けたい彼である。

しかし、トレーナーとしての職業病が彼の心に水を差す。

(そろそろ・・・ちゃんと言った方がいいな)

考えるのはこれからのクラシックのこと。

(もう十分、自信もついた。だから壁にぶつかっても大丈夫なはずだ)

そして思うのは、あるレースの事。そして彼女の体質のこと。

(このままでは、・・・オークスが危うい)

彼の脳裏にあったのは、東京、芝2400m、5月最終週、樫の女王を決めるレース、オークス。

まずは目の前のウマ娘をメチャクチャに褒めようと思いつつも、先々の事を考えた彼の視線が、教え子である小さなウマ娘に注がれていた。

 

 

 

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