ニシノフラワーの怪文書   作:富岡牛乳

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13.課題

1月、正月明け。午前中。トレセン学園、トレーナー室にて。

正月休みも明け、これから新たな一年が始まる。年始最初の重賞レースである東西の金杯や日経新春杯などに出るウマ娘を受け持っていない、ニシノフラワーのトレーナーは、本来ならばゆっくりとした休みを取れるはずだった。

しかしそうはならなかった。年末に起こった事故処理、ミラクルウェイブの骨折事故の対応のため、なんだかんだと年末も忙しかった彼である。最もミラクルウェイブは担当のウマ娘ではないため、本来は所掌外のこと。しかしそれに拘わったのは、骨折した彼女と、一緒に自主練習をしていたのが、担当しているウマ娘たるパパラチアだったからだ。

 

 

事情を伺う中で、その経緯の全貌はあっさりと見えたのを、彼は今でも思い出すことができる。

二人のウマ娘が約束していた阪神カップへの出走。ミラクルウェイブの健康面から、それを密かに阻止したお互いのトレーナー。

その結果、1400mの模擬レースを1本だけ行った彼女たち。

そして彼女は骨折した。

病名、左脚第一趾骨粉砕骨折。左足の指の骨が粉々に砕けていた。

不幸中の幸いだったのが、ダイタクヘリオスが偶々彼女達の近くに居たことだった。翌日の有マ記念出走を控え、偶々調整をしようとトレセン学園に訪れた彼女が、偶然にもミラクルウェイブが骨折したその最中、近くにいたことで、気が動転しかかっていたパパラチアに適切な指示を出すことができた。

そしてスマートフォンを出走のアラーム代わりに所持していたパパラチアだったが、これより連絡も瞬時に行えた。通常は練習時に携帯電話など持ち歩かない物。それが偶々手元にあったのは本当に偶然とは言え、彼女の経過に大きな影響を与えることになった。

結果として、ミラクルウェイブは一命を取り留めた。

しかし、左足の指が粉砕骨折というその症状は、固定手術を要し、長期間のリハビリが必要不可欠になる。

即ちミラクルウェイブにとって、競技能力の喪失に等しいものだった。

 

 

その後の事故処理として、パパラチアに事情聴取を行い、ミラクルウェイブのトレーナーや彼女の保護者にパパラチアを連れて謝罪に回り、報告書をトレセン学園に提出し、巡るましい年末を過ごした彼である。

正月は休めたとは言え、気は休めることが出来なかった。

そして、パパラチアも心に重い傷を負った。親友の競技人生を台無しにしたのは自分の責任だと感じているようである。顔面蒼白となり、謝罪以外の言葉をほぼ一言も話さなくなった彼女。

そんなウマ娘に、彼は声を掛けた。

「しばらく貴方も休んでもいいですよ」

と。次走は高松宮記念を予定している。事情が事情だ。多少休んでも悪くないと、彼は考えたのだ。

「えっ・・・・・・」

一瞬、それに動揺した顔つきをした彼女。

そんな彼女の顔を見て

「高松宮記念までまだ時間はありますから」

と彼は穏やかな笑顔を浮かべてそう語りかける。

その言葉にうつむくと、彼女はしばらくして首を縦に振った。

 

 

そして現在、心労を抱えながらも、トレーナーは机に向き合って、もう一人のウマ娘の事を考えていた

今年、トリプルティアラに挑むことになる、ニシノフラワーの事を。

何せ受け持つのはパパラチアだけではない。他のウマ娘に気を取られ、全てを台無しにする訳にはいかない。ニシノフラワーはニシノフラワーで彼女のキャリアがあり、それを支えるのは彼自身なのだから。

ニシノフラワーの上半期のローテーションは、3月上旬にチューリップ賞、4月上旬に桜花賞、そして5月下旬にオークス、以上を予定している。

そして彼には既にニシノフラワーの課題が見えていた。1年間付き合って、4戦した走りを見て彼はそれを捉えていた。

だからこの日、彼はある人物に電話を掛けることにしたのだ。

携帯電話を耳に当て、コール音を聞き流す内に

『もしもし?』

電話の主の声が彼の耳に入ってくる。

「よ、今、大丈夫?」

珍しくタメ口なトレーナーの口調。それに拘わらず

『あ、はい!大丈夫です!』

電話の先の相手ははきはきとそれに答えた。

「あ、あけましておめでとうございます。」

『あけましておめでとうございます』

お互い新年の挨拶もそこそこに

「悪いんだが、うちのニシノフラワーとそちらのウマ娘で模擬レースをやってほしいんだ」

と単刀直入にトレーナーは切り出す。

『うちの、ですか』

少し悩んだ様子をした電話の向こうの主。どうやら電話の相手はトレーナーのようだ。

それを聞いて

「いいだろ、同じG1ウマ娘だ」

と冗談めかしたように彼は話す。電話の向こうのウマ娘もどうやらG1タイトルを取っているらしい。

「それに、模擬レースは2日間だけ付き合ってくれればいい。そちらからすると練習にもならないかも知れないが・・・」

そう彼は続ける。

『いや、とんでもないです!先輩の頼みですから!』

と電話の向こうの主、ニシノフラワーのトレーナーからすると後輩に当たるらしい、彼の少しうわずった声が響いた。

「悪いね」

その返事を聞いて、安堵したかのように椅子にもたれかかるトレーナー。

「じゃ、模擬レースの内容を説明するが・・・」

と言い、彼はそのまま後輩のトレーナーに説明し続けた。

「ま、こんな感じかな」

一通り説明をし終わった後に、電話先からもたらされたのは沈黙だった。

少しして

『・・・本気ですか、先輩』

と怪訝な声が彼の耳に入る。

『それじゃ、あまりにもニシノフラワーさんが・・・』

という言葉が続けられるが

「覚悟の上だよ」

とトレーナーは応えた。

続けて

「いずれにしても、いつかぶつかる課題だよ、彼女にとって。自覚するのは早ければ早いほどいい」

と彼に語る。

それを聞いて

『分かりました』

と後輩トレーナーは言い、そして今後の打合せをし、電話は終わった。

一人きりの時間が再び訪れるトレーナー室にて

「さて、どう転ぶかな・・・」

と予定した模擬レースとその結末について、少し頭を巡らすトレーナーだった。

 

 

 

同日、昼頃。

「あけましておめでとうございます!トレーナーさん!」

トレーナー室に現れた背の低いウマ娘、ニシノフラワーは元気いっぱいに彼にそう告げた。

「はい、あけましておめでとうございます、ニシノフラワーさん!」

「今年もよろしくお願いします!」

「こちらこそ」

正月の挨拶もそこそこに応接ソファーに向かい合い座る二人。

「正月休みはどうでしたか?」

と問いかけるトレーナーに対して

「はい!しっかり休めました!」

と応える彼女。

その表情には一点の曇りもない。メイクデビューから負けなし、そしてジュニア級ティアラの女王になった彼女。実家でも大層褒められたのだろう、そして次のクラシックでも大いに期待されているのだろう。

学園初日にも拘わらず、どこかやる気に満ちており、少し前のめり気味な彼女の態度を彼は察した。

適当に雑談を続けるうちに

「そういえば・・・先輩は?」

と彼女は首を傾げた。いつも彼女よりも先にトレーナー室に入っているパパラチアの姿がない。

それに苦笑すると

「あぁ、彼女は・・・」

と年末に起こった経緯を全て彼は語る。実家に早々に帰省していたニシノフラワーは、このとき、ミラクルウェイブとパパラチアの間にあったことを知らなかったのだ。

「そう・・・だったんですか・・・」

全ての話を聞き終わり、笑顔が消え、神妙な顔になるニシノフラワー。

しかし

「大丈夫ですよ、きっと。パパラチアさんも今はお休みいただいていますが、遅くとも1月下旬にはまた一緒にトレーニングができるようになるかと思います」

とにこやかに応える。それに一生懸命に頷くニシノフラワー。それを見て

「さて、それでは、これからのケイコについて打合せをしたいのですが、よろしいでしょうか」

そうトレーナーは告げる。

「はい!よろしくお願いします!」

と気持ちを切り替え、気合いっぱいに応えるニシノフラワーを見て、彼は先ほどセッティングした、模擬レースについて話し始めるのだった。

 

 

 

翌日、トレセン学園、トラックコースにて。

ニシノフラワーは本日、模擬レースに挑むことになっていた。

そしてその相手が彼女の目の前に現れている。

鹿毛の長い髪。豊満で背の高い身体。優しげな瞳をした母性溢れる彼女が

「よろしくお願いしますね。スーパークリークです」

優しく微笑み、ニシノフラワーにそう告げた。

「よろしくお願いします!クリークさんっ!」

少し緊張気味にニシノフラワーはそう返した。目の前に居るのは高速ステイヤーのスーパークリーク。主な勝ちレースは菊花賞、そして天皇賞春秋連覇。中長距離を得意とするウマ娘である。

挨拶もそこそこに、

「さて、いいですかお二人とも。今日の模擬レースについて説明したいのですが」

と、ニシノフラワーのトレーナーが声を掛ける。

「はいっ!よろしくお願いしますっ!」

気合い十分のニシノフラワーと

「お願いしますね」

どこかゆったりした調子のスーパークリーク。

二人をみやると

「それでは、コース説明から」

と彼は切り出した。

 

 

「今日の模擬レースは、芝1800m、左回り。このトラックコースで行います。コースの1週は約2100mです。直線はホームストレッチ、バックストレッチともに500m。スタート位置は第二コーナー手前のスポットから。最後の直線は長くなりますのでお気を付けて。そして今回のコースは坂道がありません。平坦なコースで、コーナーの角度は比較的緩やかです」

ここまで説明して、

「ニシノフラワーさん、貴方にとっては阪神ジュベナイルフィリーズの時と比較して200mの距離延長になります。相手は実力者のウマ娘さんです。ペースを考えて油断しないように」

と教え子にアドバイスをした。

「はいっ!頑張ります!!!」

と胸に両手をやり応えるニシノフラワー。

そんな調子の彼女に

「負けませんよ~。がおー!」

とスーパークリークはニシノフラワーにおどけて見せた。

「わたしだって負けません!今日はよろしくお願いします!」

しかしそんな彼女の言葉はどこへやら。模擬とはいえ、闘志を目に映すニシノフラワーである。

「あらあら~~」

そんな彼女を見て顔に手を当てて微笑むスーパークリーク。

温度差はあるものの、お互いがやる気になっていることに変わりは無さそうだ。

「クリークさん、貴方の最短勝利距離と比べて200mの距離短縮となりますので、割と早め早めにギアをあげるようにして下さい」

と後輩トレーナーが言い

「わかりました~」

とスーパークリークはにっこり笑う。

そんな様子を見て頷くと

「では、はじめましょうか」

とニシノフラワーのトレーナーが促した。

こうしてニシノフラワーとスーパークリークの模擬レースの幕が開けたのである。

 

 

「よーい・・・どん!」

コース内側に置かれた無線スピーカーのトレーナーの合図。それとともに一斉に駆け出す二人のウマ娘。

ニシノフラワーが内側から、スーパークリークが外側から一斉に駆け出す。

スポットがすくに終わり、ゆるめの第二コーナーへ。そしてハナを奪ったのはニシノフラワーだった。

抜群の瞬発力で駆け出す彼女。左に重心を寄せて、脚を細かく回転させ、小気味よいリズムとともにコーナーを駆けていく。

「あらあら~」

その後ろにスーパークリークが続く。ニシノフラワーと2バ身ほど離れて、ゆったりしたリズムでコーナーを彼女はこなしていく。

そして第二コーナー終わりに至っても状況は変わらなかった。ニシノフラワーが先頭、少し離れてスーパークリーク。

長い500mのバックストレッチに至った二人。順位は特に変わることなく、第三コーナーに向けて二人は脚を早めていく。

 

そんな二人を、それぞれのトレーナーが、ゴール板傍で経過を見ていた。

「あー、やっぱりスーパークリークってステイヤーなんだな。完全にわざとニシノフラワーにペースを預けてる」

とニシノフラワーのトレーナーが後輩トレーナーに彼が言うと

「そうですね」

と後輩トレーナーは応じる。

長丁場のレースばかり走ってきたスーパークリークである。最初からいきなり飛ばさず相手や状況を伺う癖。それがスーパークリークには染みついているようだ。

そして二人がレースを眺める中、第三コーナーに入り、そして第四コーナーへ。順位変動は起こらず、先頭はニシノフラワー、そして3バ身程離れてスーパークリーク。

(クリークさんを離してる・・・!)

少し後ろの様子を確認して、心が躍る彼女。

今回の模擬レースは1800m。秋の天皇賞からして200mの距離短縮とはいえ、天皇賞春秋連覇を果たしたウマ娘を後塵にきさせている。

(いける・・・!いけるっ・・・!!!)

それとともに気持ちはどんどん強めにうずいてくる。

(わたしは強い・・・!)

そして思い出してくるのは阪神ジュベナイルフィリーズ。その時の思い出が彼女の心に蘇る。その気持ちをそのままに

(わたしは速いっ・・・!!!)

自信に満ちあふれた彼女が、最後の長い直線を走り抜けようとしていた。

 

 

最後の直線に向いたその瞬間

「はいっ!!!」

お得意の向き変えと瞬発力を発揮。直線巧者の構えを取り、脚をフル回転させ、直線を駆けていく彼女。

このままスーパークリークを突き放す。その意思を心に刻み、懸命に脚を前へ前へ。

しかし、400mを切った頃だった。

ドン、ドン、という大きな間隔。力強い足音が彼女の耳に迫る。次第にその音がニシノフラワーの耳に大きく響いてくる。

(えっ・・・?)

その音の正体にニシノフラワーが後方を少し確認したその時

「う・・・そっ・・・」

ニシノフラワーはついつい声に出してしまった。そこにいたのはス-パークリーク。もう半バ身差もない。すぐ傍まで迫られている。

差を詰められていた事に気づいた彼女は、すぐに前を向き直り、必死に脚を動かし始める。回転数をどんどんと上げていくが、残り300m、遂に彼女に並ばれた。

外からスーパークリーク。内にはそれに必死に粘るニシノフラワー。

しかし、スーパークリークの大きな身体が少しずつ彼女から離れていく。

(うそ・・・うそ・・・!!!)

引き剥がされないように必死に脚を動かすニシノフラワー。しかし、どんどんとその背中が遠ざかる。

脚の長い彼女が繰り出す、飛び跳ねるような大きな歩幅。そんなスーパークリークの背中を歯を食いしばって必死に食らいつく。

しかし差は縮まらず

「ゴールです~!」

一着でスーパークリークはゴール板を駆け抜けた。

ニシノフラワーとの差は4バ身差。見事なまでの、ニシノフラワーの完敗だった。

 

 

模擬レースが終わり、ターフの上で、必死に高鳴った心臓を落ち着けるニシノフラワー。

直線を向く感覚も、直線を向いた瞬間の加速も完璧だった。その手応えがあった。しかし負けた。

今まで自分の勝ちパターンだった動きを全て行っても、スーパークリークには勝てなかった。

「何で・・・。なんで・・・!!!」

そのことに愕然とする彼女。

すっかり悔しさの海に沈んだ彼女に

「お疲れ様でした」

と彼女のトレーナーがにっこり微笑んでタオルを差し出した。

それを手に取りながらも

「あ、あの・・・トレーナーさん」

彼女はトレーナーに大きな瞳を向ける。

そして、

「もう一回!もう一回だけレースをさせて貰えませんか?!」

と彼に懇願した。

勝負根性溢れる瞳の光。眉がつり上がり、闘志に満ちあふれている。

それを少し困った様子で苦笑する彼。

もう勝負はついている。というより、ニシノフラワーは負けるべくして負けた、とトレーナーは悟っている。しかし、目の前のウマ娘が、教え子が、ここまで本気になっているのだ。

 

「おーい」

と後輩トレーナーを呼び

「何でしょう」

とそれに応えて彼が近寄ってくると

「もう1本、お願い出来ますか?」

と彼は後輩トレーナーに尋ねた。

「どうしますか?クリークさん?」

後輩トレーナーは担当のウマ娘にそう尋ねると、スーパークリークはにっこりと微笑み

「勿論です~」

とニシノフラワーを見てそう答えた。

 

そして急遽、二回目の模擬レースが行われた。

結果はニシノフラワーの敗北。先の敗北があってか焦ったニシノフラワーは、6バ身差でスーパークリークの後ろを走り抜ける羽目になった。

 

 

 

さらに翌日。トレセン学園、トラックコース。

「今日も模擬レースを行います」

とトレーナーはターフの上でニシノフラワーに告げた。

「ニシノフラワーさん、よろしくお願いしますね~」

そして今日の相手もスーパークリーク。昨日、彼女が大敗を喫したウマ娘である。

「よろしく、お願いします・・・」

流石に昨日の敗北が堪えたのだろう、ニシノフラワーの表情は非常に硬かった。

「では、コース説明を行いますね」

そんな彼女の様子を敢えて無視し、トレーナーはコースの説明を始める。

「昨日のコースとは見ての通り異なりますが、同様に1800mを走って貰います。1周は1600m。右回りです。ホームストレッチ、向こう正面ともに直線距離は300m。そして、コーナーは昨日のコースと比べてタイトです。坂道は昨日同様にありません。スタート位置はホームストレッチの途中から。最後の直線は短いのでお気を付けて」

その解説が終わり

「はいっ!」

と気合い十分に叫ぶニシノフラワー。

その一方、

「はい」

どこか不自然な程に落ち着いた様子でスーパークリークは頷いた。

その様子に首を傾げるニシノフラワー。どこか元気がなさそうだ、と感じた彼女。

そんな事を考えるうちに

「クリークさん」

と彼女のトレーナーが話しかけた。

「今日は昨日以上に早め早めにいきましょう。最後のコーナーは外に持ち出しても致し方ないかもしれません」

そうアドバイスをする彼を見て

「はい!ニシノフラワーさんに勝てるよう頑張りますね~」

と彼女は言った。

その言葉に強い違和感を感じたのは、当の本人ニシノフラワーである。昨日は自分を惨敗させたにも拘わらず、今日は勝てるように頑張りたいという彼女。その言葉の意味が分からないまま、彼女はレースに挑むことになった。

 

 

「よーい・・・どん!」

無線スピーカー越しのトレーナーの声。昨日同様、内にニシノフラワー。外にスーパークリーク。一斉に飛び出した2人のウマ娘は、最初の直線を真っ直ぐに駆けていく。ただ昨日と違ったこと、それは

「えっ!?」

思わずニシノフラワーが声を出す。ハナを奪ったのはなんとスーパークリークだったのだ。

そしてそのまま第一コーナーへ。タイトなコーナーが二人の目の前に現れる。

直線では3バ身差をつけていたスーパークリークだが、コーナーに入りじわじわと差が縮まってくる。

(落ち着いて・・・落ち着いて・・・!)

自分の言い聞かせるようにニシノフラワーはスーパークリークの後ろに付ける。大きな彼女を風よけ代わりに使い、体力を温存する算段である。

そして第二コーナーが終わり、短い直線へ。スーパークリークが再び伸びていくが、

(負けない・・・!)

必死にそれに食らいつくニシノフラワー。

あっという間に第三コーナーに入り、減速していくスーパークリーク。一方でニシノフラワーは右脚に体重を掛けて、短い歩幅で徐々に差を縮める。

そして第四コーナー中間点。

(えっ!?)

ニシノフラワーは目を疑った。最内を走っていたスーパークリークが徐々に外に膨らんでいく。ニシノフラワーの目の前はがら空き。しかしスーパークリークの脚色は衰えない。むしろスピードが加速している。

そんな最中、ニシノフラワーは冷静さを取り戻す。すぐに視線を変えて最短距離を取り、直線に向こうとしていた。

最後の短い300mの直線が、彼女達の目の前に現れようとしていた。

 

「はいっ!!!」

自分の一番の武器、一瞬の瞬発力を元に切れ味鋭く伸びていくニシノフラワー。

しかしスーパークリークは外側をハナで進んでいる。それどころか、末脚鋭くどんどんとスピードは伸びている。

しかし外側を走っている分、走行距離は彼女の方が長い。そんな最中、内側からニシノフラワーの脚が冴えていく。

(いける・・・いけるっ・・・!)

その背中を視界に一瞬捉えながらも、すぐに前を向き、ゴールめがけて一文字に駆けるニシノフラワー。

少しずつだがとスーパークリークとの距離が縮まる。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

思わずニシノフラワーが叫んだ。

「はぁっ!!!」

そしてスーパークリークも気合い十分に叫ぶ。

必死にターフを駆ける二人のウマ娘。ゴール板を駆け抜ける二人。そして、一着を取り微笑んだのは

「や、やりましたぁ~」

スーパークリークだった。しかし、その差は半バ身差。昨日の模擬レースと比べて全く彼女の脚色には余裕がなかった。どうにか勝ったという感じの笑顔を浮かべる彼女だった。

 

 

「やりましたぁ~、トレーナーさん!」

心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべるスーパークリーク。

「危なかったですね。次はどうなるか分からないですね」

と彼女のトレーナーは声を掛ける。

その一方で

「惜しかったですね」

とニシノフラワーのトレーナーは、教え子に声を掛ける。

しかし、どこかニシノフラワーは憮然としていた。昨日の模擬レースより差が縮まったのにも拘わらず。

「どうして、ですか」

すこし苛立ちを伴った声色で彼女は呟く。

そして

「どうして、昨日みたいに走ってくれないんですか!?」

そうニシノフラワーは叫んだ。模擬レースの相手であるスーパークリークに対して。

昨日惨敗した相手と、同じ距離を走ったにも拘わらず、今日の差はわずか。

自分が手加減されたのだろうと思い、半ば怒りをあらわにする彼女。

それに苦笑したトレーナーは

「ニシノフラワーさん、スーパークリークさんは決して手を抜いてはいませんよ」

と彼女をなだめ

「ね?」

とスーパークリークの方を振り向いた。

「も、もちろんです!ニシノフラワーさん、誤解ですぅ!」

少し焦った様子でスーパークリークは首を振る。

「でも・・・でもっ・・・!!!」

それに納得がいかないようにニシノフラワーはうつむいた。

少し涙目になりながら地面を向く彼女に、二人のトレーナーは視線を交わすとお互いに苦笑し合う。

「ニシノフラワーさん、説明します。昨日と今日の差、これについてですが・・・」

ターフの上にて、トレーナーは片足をつき、彼女の顔を見上げてそう語りかけた。

悔し涙を浮かべたニシノフラワーの瞳が、彼の視界に強く映り込んでいた。

 

 

 

後日。ニシノ家、邸宅にて。

「これが先日の模擬レースの結果です」

2日に分けたレースのレース映像が画面に映し出される。椅子に座ったニシノ家当主の老人と、その側近の男性。その二人の前で、トレーナーは解説を行っている。そしてその隣には、当の本人のニシノフラワーも椅子に腰掛けていた。

「最初のレースは直線距離が500m。最後のホームストレッチですが・・・」

といい、映し出されるニシノフラワーとスーパークリーク。

ニシノフラワーが高回転で脚を動かすのに対し、スーパークリークはその身体のバネと脚の長さを存分に生かした飛び跳ねるような走り。

「ここです」

と言って、トレーナーは一旦ビデオを停止した。

「ニシノフラワーさんは脚をたくさん動かす回転力が武器。そしてスーパークリークさんは、長い足と身体のバネを生かす、飛び跳ねるような走りが武器です」

「ふむ・・・」

老人がそれに頷き、

「動画を再開します」

と言い、再び再生される動画。そして結果はスーパークリークの大勝である。

「むうぅ・・・」

その結果に顔をしかめた老人である。

「この結果ですが・・・ニシノフラワーさんが、決してスーパークリークさんに劣っているという訳ではありません」

とトレーナ-は続ける。

「課題となるのは、走り方・・・そして体格です」

そう言って彼は映像をホームストレッチ直前まで戻した。そして再び再生を始める。

「ニシノフラワーさんは小柄のウマ娘です。その分だけ脚も短い。ですがそれを補うだけの瞬発力と高回転の脚色があります。しかし、長い直線では、スーパークリークさんのような、大柄で足の長いウマ娘の方が圧倒的に有利なのです。歩幅が違いすぎます」

 

映像がスロー再生される。

必死に直線を駆けるニシノフラワーが4-5歩を駆ける間に、スーパークリークは2-3歩で同じ距離を飛ぶように走っている。

いわば、ニシノフラワーはピッチ走法、そしてスーパークリークは大跳びと言われる走り方。正反対の走り方をしているのが映像が示している。

「対して二日目のレースですが・・・」

と言い、二日目のレース映像を再生し始めるトレーナー。

タイトコーナーを苦しそうに回るスーパークリークと、短い歩幅でスムーズに回るニシノフラワー。

そして短いホームストレッチを前にどうにか事前にスピードを上げようと、第四コーナーから加速して距離を犠牲にして走ろうとするスーパークリーク。一方で、最短距離を抜群の瞬発力で駆け抜けていくニシノフラワー。

 

「コーナーが多く、タイトであり、直線が短いコース。こんな場所ではニシノフラワーさんの方が圧倒的に有利です」

動画を止めて、彼はそう告げた。

「うむ・・・」

それに深く頷く老人。

「そして、これからのレーススケジュールを考える上で、課題となるのはオークスです」

真剣な表情でトレーナーは二人の保護者にそう告げた。

「オークスは東京レース場の芝2400。最後の直線は500m。体格からピッチ依りの走法を取らざるを得ないニシノフラワーさんにとって、それだけ脚を動かす回数が、他のウマ娘と比べて格段に多い。これはつまり、その分だけ体力の消費が格段に激しいということです。ホームストレッチには坂道があり、そこだけは有利ですが・・・。飛び級をされて体格が小さい分だけ、・・・このレースは鬼門です」

なおも言葉を彼は続ける。その言葉を黙って、そして俯きながらニシノフラワーは聞いていた。

 

「一つ質問なんじゃが」

老人がそう手を上げ

「はい」

トレーナーがそれに応えた。

「もし、フラワーが大跳びを身につけたらどうじゃろう」

というその言葉に

「分かりませんね。どうなるか」

とトレーナーは応える。

続けて

「元々体格の小さい彼女です。仮に大跳びを短期間で身につけたとしても、体格が変わるわけではありません。スーパークリークさんのように、抜群の直線の加速力が得られる訳ではない、と思います」

そう解説しながら、トレーナーは脳裏である事を考えていた。

もし、大跳びが自在にでき、そしてその状態でピッチ並みの高回転が実現できれば。それならば無敗三冠も夢ではない、と。

ただそんな走り方の出来るウマ娘は過去これまで一人も現れていない。もし現れたとすれば、それはまるで空を飛ぶような走りになることは彼には予想がつく。

だが、よほど走るのが好きで、そして類い希なる精神力と身体の頑丈さ、そして抜群のセンスが無ければそれは成り立たないとも。

「うーむ・・・」

と言い、老人は天井を見上げて唸った。

自慢のウマ娘に、勝てないかも知れない壁があることに、彼も否応なしに気づかされたという感じである。

そんな老人の態度を見て

「ただ、これからはオークスを見据えてケイコ・・・もといトレーニングを組んでいきたいと思います。最初から負けるのを考えている訳ではありません。ニシノフラワーさんをオークスでの栄光に導けるよう、精一杯指導に励んで参ります」

そう言って、二人にトレーナーは一礼した。

そんな彼の姿を見て、しばらく沈黙していた老人であるが

「もう一つ、いいか?」

とトレーナーに問いかけた。

「はい」

その問いに頭を上げ、老人の顔を見据える彼。

「オークスが厳しいのは分かった。だがその前に桜花賞があるじゃろう。桜花賞の話が、本日は一回も上がってはおらんが・・・」

老人の言うのも最もだった。桜花賞は4月上旬。オークスは5月下旬。まずはオークスよりも桜花賞と考えるのが道理である。

そんな当たり前の問いに

「心配していません」

とトレーナーは告げた。

「は?」

思わず老人の目が点になる。

「桜花賞は、先日彼女がタイトルを獲得した阪神ジュベナイルフィリーズと同じコースです。このまま研鑽を続け、万全の状態で挑めば、かなり固いでしょう」

その言葉に老人は側近の男性と目を見合わせた。

「勿論、レースに絶対はありませんが・・・、正直、僕は彼女であれば桜花賞を取れる素質は十分。そう考えています」

その言葉に老人は目を輝かせる。

そして

「聞いたか、お前!?」

と興奮したように側近の男性に話した。

「フラワーは桜花賞をとってもおかしくないんじゃと!」

「えぇ、聞きました」

「これは楽しみになってきたのう!」

先ほどとは打って変わり、途端、陽気になり始める老人。

その様子を見ながらも、ふとニシノフラワーの方にトレーナーは視線を向けた。

「頑張りましょうね」

と一言彼が声をかけると

「は、はい!」

はっとした調子で顔を上げ、すこし固めの笑顔を作ったニシノフラワーだった。

 

 




模擬レース1回目の描写について参考にしたコースは東京競馬場、模擬レース二回目は小倉競馬場です。

「ピッチと大跳びの両方を自在に出来る子」についての参考文献は以下の通りです。
『三冠馬の走り方について』
http://www.b-t-c.or.jp/btc_p300/btcn/btcn93/btcn093-05.pdf
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