ニシノフラワーの怪文書   作:富岡牛乳

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4.京王杯スプリングカップ

5月中旬、東京レース場。

日曜日、第11レース。G2、京王杯スプリングカップ。芝1400m。

天候は晴、バ場は良。

 

発走、約1時間前。

レース関係者入口前にて。

「それでは、行ってきますね」

トレーナーは本レースに出走するウマ娘、パパラチアを傍に携え、目の前の小さなウマ娘にそう告げた。

「はい!行ってらっしゃい!」

そう気合い満タンに声を発したのは、おかっぱ頭のウマ娘、ニシノフラワーである。

今日の彼女のケイコ(トレーニング)は座学。同じトレーナーに教わる先輩のウマ娘、パパラチアのレースの観戦が彼女の今日の課題。

まだメイクデビューもしていないニシノフラワーであるが、自分がレースに出るような気持ちでいっぱいのようで、耳をぴこぴことしきりに動かしている。

「パパラチア先輩、頑張ってくださいっ!!!」

とレースに出場する先輩に応援の声を掛ける彼女であるが、

「あー・・・はいはい」

と、当の本人はどこか突っぱねるようにそう言った。視線を泳がせてはいるものの、尻尾が少し高めに振られている。顔は何でも無いようであるが、それなりに彼女も後輩の言葉を喜んでいるようだ。

「ニシノフラワーさんは予約した観客席に先に向かっていてください。僕は彼女と打合せをした後に向かいます」

「わかりました!」

元気よく返事をするニシノフラワーにトレーナーは微笑むと

「それでは行きましょうか」

「うん」

パパラチアに声を掛け、場内に入っていく。

歩調を合わせて二人が歩く中、

「ねぇ」

と話しかけたのはパパラチアだった。

「何ですか?」

「その・・・さ」

「はい」

「あの子、まだ見てる?」

あの子。パパラチアがそう言ったのはニシノフラワーの事である。

ふと、トレーナーが後ろを振り向くと、そこにはまだニシノフラワーが二人を見つめていた。

それを見てトレーナーの口元が少し緩み

「えぇ、見てますよ」

と彼女に答える。

それにため息をついて

「・・・・・・あっそ」

と答えたのはパパラチア。

いつまで見てるんだろうか。そんなにレースが珍しいのだろうか。そう考えているうちに、パパラチアの歩みが止まり。彼女も後ろを振り向いた。

そしてそこに映ったのは自分の後輩。パパラチアの視線に気づいたからだろう、ニシノフラワーが大きく手を振った。

「ホントに・・・いつまで見てんのよ・・・」

と呆れた顔をした彼女に

「かわいい後輩じゃないですか」

とトレーナーが声を掛け、彼も後ろを振り向いた。

五月の明るい陽気に照らされるニシノフラワーの姿がただただ映り込む中

「ねぇ!!!!!」

と大声で呼びかけたのはパパラチア。

「はい!!!!!」

と答えるニシノフラワー。そんな彼女に向き直ると

「勝ってくる!!!!!」

と大声で彼女は呼びかけ手を高く掲げた。

その言葉に満面に笑みになったニシノフラワーが

「はい!!!!応援してます!!!!!」

弾んだ声で、彼女にそう言った。

それを聞いて少し微笑むと、彼女は再び向き直り、歩みを進め始めた。

「おやおや」

とトレーナーが微笑み

「何よ」

とパパラチアが続けた。その顔はいつもの憮然とした切れ長の目。冷たく麗しい令嬢の顔。

しかし、その身体からもたらされる雰囲気は、どこかリラックスしたものだった。大声を出したのも幸いしたのだろう。

そんな彼女を見て

「頑張りましょうね」

と声を掛け

「ん」

とパパラチアが応じた。もうすぐ始まる戦場に向けて、二人のペースは同じ歩調に相違ないようである。

 

控え室にて。

トレーナーとパパラチアは最後の打合せに入っていた。

「要注意なのはバンブーメモリーですね」

「うん」

バンブーメモリー。風紀委員長として有名な彼女であるが、安田記念・スプリンターズステークスを制した、れっきとしたG1ウマ娘である。

「あとは・・・ダイタクヘリオスですか」

「あのバカ?」

その言葉にパパラチアの眉間に皺が寄った。

彼女の顔を見て苦笑するトレーナー。ダイタクヘリオスの方はパパラチアの事が気になっているようだが、パパラチアの方はダイタクヘリオスにつれない態度を取ってばかり。どうしてだかは分からないが、敢えてそれに突っ込もうとしないトレーナーである。

「ダイタクヘリオスが飛ばすとベースが乱れますからね。大逃げになってしまえば、後半に後続がガチャつきます。ライン取りがうまく出来なくなる可能性もあり、前残りになることも十分考えられますので、展開をよく見てレースに臨みましょうか」

「うん」

その言葉に素直に頷くパパラチア。

その態度を見て

(いい感じに落ち着いているな)

とトレーナーは感じた。レース前の仕上げも上々。そしてレースを前に落ち着いた心持ち。まずは勝つための準備はできているな、と彼は思った。

「じゃ、そろそろ行くけど」

と、彼女がパイプ椅子から立ち上がると

「はい」

と彼も同じように立ち上がった。

すると無言で彼は右手を彼女の前に差しだす。

それに

「ん・・・」

とつぶやき、彼女は彼の右手に自信の右手を重ねる。

お互いが手を重ね、指が絡みつく中

「握りましょうか?」

と彼が言い

「お願い」

短く彼女は返した。

たぐり寄せるように彼の指が動き、パパラチアの右手を優しく包み込む

「ん・・・・・・」

目を閉じてその感触を確かめる彼女。

実はこの行為、パパラチアが望んで彼にお願いしている、ある種のルーティーンだった。

きっかけは今年の1月の洛陽ステークス。打合せ時、気が立っていたパパラチア。半ば口論のような形となり、控え室から怒って出て行こうとした彼女に対して、彼はその手をつかんででも止めた経緯がある。

振り返ってみれば、このレースは彼女に取ってある種の節目となるレースだった。レース本番ではゲートから出遅れをしてしまったものの、却ってそれがいい結果をもたらしたのだ。

冷静にレースを推し進め、後方からとなっても焦らずに自分のペースを守った結果が、最後の直線で一気に前を抜き去り、二着という大健闘。

今までは先行でレースを進めるばかりの彼女であり、それが自分の脚質に合っていると思っていた彼女だったが、実は差し・追い込みの方が向いていたと、このとき初めて気づかされたのである。

それ以来、G3レースを2戦している彼女だが、結果は一着1回と三着が1回。もうG3レースは卒業と言っても過言でない成績を残したのである。

そして、験担ぎの意味もあってだろう。この手を重ね合わせるルーティーンが彼女と彼の間に生まれたのだった。

「ありがと」

ある程度、手を重ね合い、指を絡め合い、満足したのだろう。瞳を開き、彼女はそう告げた。

ほのかに赤らんだ頬と、潤んだ瞳。熱のこもった右手をゆっくりと離し

「じゃ、行ってきます」

と穏やかな口調でそう彼女は告げた。

「はい、いってらっしゃい」

そう彼が告げると、それに頷き、彼女は控え室を出て行った。

一人だけになった控え室にて時計を見ると、

「じゃ・・・僕も行こうかな」

と彼もつぶやき、彼が担当するもう一人のウマ娘、ニシノフラワーの元に向かうため、彼も控え室を出たのだった。

 

京王杯スプリングカップ、発走前。

「パパラチアさん」

ターフの上で佇むパパラチアに話しかけてきたウマ娘がいる。

「イクノ」

眼鏡をした吊り目がちのウマ娘、イクノディクタスに彼女は手を振った。

「今日は宜しくお願いします」

と眼鏡を指で上げてそう言う彼女に

「うん、ヨロシクね」

と少し微笑んで彼女は手を振った。

この二人、同期のウマ娘である。クラシック戦線では二人とも芳しい結果を残せなかった二人であるが、同級生ということもあり、自然と話す機会もそれなりにあった。お互い性格も好みも違うと思っているにも拘わらず、やはり同じレースに出ていたというのが効くのだろう。

そんな最中で

「ウェーイ☆☆☆」

騒がしいウマ娘の声が二人の耳に入ってきた。

会場に向かって盛んに手を振る、やたら明るくはしゃいだウマ娘。どこか場違いな雰囲気すらあるその乗り。

「あのバカ・・・」

その態度と姿を見て、パパラチアの顔が少し歪む。

彼女の名前はダイタクヘリオス。底抜けに明るいギャルウマ娘である。

「あ・・・」

そそくさとその場を離れようとするパパラチアの姿を見て、イクノディクタスが声を掛ける。

そんな中、ギャルの勘が働いたのか、ダイタクヘリオスの視界がパパラチアの方に向いた。

「あ!お嬢様じゃーん☆」

お嬢様。紛れもなくそれはパパラチアの事である。

「お嬢様ぁ☆ウェーイ☆今日もパリピってアゲて最高のレースにしてこー♪」

そう彼女に駆け寄り満面の笑顔でピースをしながらいう彼女であるが

「うん。レースに集中したいからちょっと離れてて」

と視線も合わせずに言うと、彼女から離れていってしまった。

「うぇ~・・・お嬢様ぁ・・・」

それにがっくりと肩を落とすダイタクヘリオス。

(懲りない人ですね)

とそれを見て思うのはイクノディクタスだった。

毎回毎回、ダイタクヘリオスはパパラチアに絡もうとするが、パパラチアからは距離を取られてばかり。しかしそれにめげないのがダイタクヘリオスである。今は少し連れない反応にしょぼくれているが、3分も立てば元に戻るだろう。

そんな中、ひときわ大ききな歓声が起った。地下バ道から彼女が現れたのである。

「集中ッ!!!」

気合い満タンに胸を張るウマ娘。額にはちまきをつけた彼女。彼女こそ、このレース唯一のG1ウマ娘、バンブーメモリーだった。

その視線が集まるのは観客のものばかりではない。今回出走する18人のウマ娘の視線も彼女に集まっている。

このレースの主役になると、誰しもが彼女の事をそう評価していた。

 

「皆さん速そうですね」

観客席にて。ニシノフラワーはそうトレーナーに告げる。

「えぇ、皆速いですよ。G2レースですから」

と彼も答える。

「トレーナーさん、先輩は大丈夫でしょうか」

そう彼を見据えるニシノフラワーの瞳には、どこか不安げな色が映り込んでいた。

「どうでしょうね」

と答えるトレーナーだったが

「ただ・・・僕は彼女がいいレースをするものと信じていますよ」

と穏やかに言い、ターフの上の教え子に視線を移す。

あとは彼女次第。全てを決めるのは、トレーナーではなくウマ娘なのだ。だから彼に、教え子を送り出し、そして見守ることしかできない彼にとって、最後までやれることは彼女を信じることだけなのだ。

そんな最中

「パパやーーーん!!!がんばれーーーー!!!」

少し遠くの観客席から大声を出して、応援の声を送るウマ娘の姿があった。

「パパやん?」

とニシノフラワーが首をかしげ

「パパラチアさんの事ですよ」

とトレーナーが補足する。

「え!?トレーナーさん、あの方を知ってるんですか?」

「あ、はい。パパラチアさんの同級生だったはずです」

「へー・・・」

ニシノフラワーはそのウマ娘を見て、意外そうな顔を浮かべていた。どこか気高い感じのするパパラチアを「パパやん」と呼ぶウマ娘がいるなんて思いもしなかったからだ。

元気よく応援の声を送る、鹿毛色のウマ娘の姿がただただニシノフラワーの瞳に映る中

「確か・・・ミラクルウェイブさんと言ったかと思います」

と彼が言った。

その名前を脳内でニシノフラワーが反芻する中、京王杯スプリングカップの開始の時刻が徐々に迫りつつあった。

 

新緑芽吹く、5月の陽気が場内に漂う中

『ゲート開いた!!!』

実況が叫び、一斉にゲートを出る18人のウマ娘。遂に京王杯スプリングカップの幕が切って落とされた。

向こう正面中間地点からのスタートからなる本レース、

『ダイタクヘリオスが好スタート!』

内側2番を引いたダイタクヘリオスが勢いよくスタートダッシュを決め、ハナに立つ。

しかし

『シーストームとスノーサンセットもそれに並ぶ!』

今回のレース、逃げウマは他にもいたのだ。すぐに追いつきハナを奪わんと食らいついてくる。

自然と逃げウマ同士がペースを上げていく最中、

『前3人のウマ娘が固まる中で!ウィザードクラウンも追走!』

そんな中で

『さらにガルーダワン!大外を回ってはパパラチアが行っています!』

16番外枠を引いたパパラチアは、六番手に大外に位置取りをした。

最初の100mは下り坂、しかし、すぐに彼女達の前に立ち塞がるのは高低差2m・長さ100mの急坂である。

急坂を必死に上る18人のウマ娘。坂を上り終わると第三コーナー中間までは下り坂となるが

(風紀委員長は・・・)

と一瞬息を入れ、彼女が後ろを見ると後方一五番手程に位置取りをしていた。

しかしバ群はほぼ一団。そして彼女の目の前には下り坂。第三コーナーは緩いカーブ。つまりスピードが出やすいこの状況。

すぐにパパラチアは前を向くと、走る方針を決定した。

(今日は下がらない!このままついて行って最後に差しきる!)

下り坂で一団の短距離レース。スピードが出やすいが息も入れやすい。ならば、惰性で第三コーナーを曲がり、角度のキツい第四コーナーを見据えて位置取りをする。

そう思っている最中、先頭の逃げウマ集団がさらにスピードを上げた。第三コーナーに入り、下り坂なのに脚を使い始めた前の集団。

しかし彼女は加速しない。あくまで惰性に任せて体力を温存し続ける。

『さぁ第三コーナーを過ぎて!バ群は縦長の展開となりました!レースを引っ張り続けるのはシーストーム!!!』

そう実況が叫ぶ最中であるが、シーストームのスピードが若干落ちてくる。それもそうだろう、第四コーナーは角度がある。どうしてもスピードを落とさないと回れないそんなコーナー。

『そしてスノーサンセットは現在二番手!!!内を通ってダイタクヘリオス現在三番手!!!』

第四コーナーがもうすぐ終わる頃、縦長となったバ群はすっかり密集しはじめた。

(邪魔ぁ!!!)

(くっそぉ!!!)

(どきなさいよ!!!)

後団のウマ娘達が位置取りのぶつかり合いをし始める中で

『さぁ、最後の直線!!!最後の直線に向く!!!』

観客の声援に彩られた府中の長い直線が、遂に18人の目の前に姿を現した。

 

『さぁスピード自慢の18人!!!最後のフリーウェイを駆けていく!!!』

競って前に向かい加速する18人のウマ娘。

『シーストーム!!!そしてスノーサンセットがまだ逃げています!!!』

先頭に並ぶ二人の逃げウマ。

『ウィザードクラウン!!!そしてガルーダワンも追走!!!』

完全に前残りの展開となった中で残り400m。ここからは再び急な高低差2mの急阪がある中で

『先頭集団!!1大外にパパラチア!!!』

パパラチアの末脚が4人を捉えにかかった。

急坂をもろともせず駆け上がるパパラチア。

『残り200mを切った!!!パパラチア先頭!!!パパラチア先頭!!!』

(ぐうっ・・・!!!)

(くっそぉ・・・!!!)

先頭集団が必死に追いすがる中、パパラチアの脚は全く止まらない。

そして

(やばいやばいやばい!!!)

(うおおおおおおお!!!!!)

後続集団は体力が余っているがポジションが遠すぎる。

そんな中で

「確保ォッ!!!!!」

叫んで伸びてくる一人のウマ娘の鋭い末脚。後方からの距離も何のその、先頭手段を目指して加速する一人のウマ娘。

『バンブーメモリー!!!バンブーメモリー!!!!!突っ込んで来る突っ込んでくるバンブーメモリー!!!』

しかしパパラチアの脚も衰えない。というのも、本来彼女はオークスで五着に入れる程度の体力がある。

『スノーサンセットももう一度伸びる!!!シーストームも追いすがる!!!』

そして今回、逃げウマ程も飛ばしてはいない。

だから

『しかしパパラチア先頭!!!パパラチア先頭です!!!』

実力者に距離の差をつきつけ、逃げウマを差しきるだけの余裕を持った彼女は

『パパラチア、見事に一着を決めました!!!!!』

大歓声の中、1と1/4差でゴール板を駆け抜けたのだった。

 

 

「やりましたね、パパラチアさん」

観客席にて、満足そうにトレーナーは頷いた。実はこれが彼女にとって初めてのG2タイトル。不運と遠回りを重ねた彼女だったがようやく栄冠を手にすることが出来たのだ。

ふとニシノフラワーの様子を見ると、目を輝かせてターフの上をただ見ていた。その視線の先には会場に手を振るパパラチアの姿。自分の身近なウマ娘が栄光を手にしたことに、ただ言葉もなく感動しているようである。

(どうやらこの子にも、いいケイコになったみたいだな)

とトレーナーは微笑むと

「どうでしたか、ニシノフラワーさん。パパラチアさんのレースは」

と穏やかに問いかけた。

「あ・・・あの・・・。うまく言えないんですけど・・・すごかったです。・・・とってもすごかったです!!!」

興奮気味にそう言うニシノフラワー。それを見てただ頷くトレーナー。

「パパやんやったーーー!!!すっごーーー!!!!」

そして少し離れた所でもう一人、ミラクルウェイブも全身に喜びを映しはしゃいでいた。

興奮に彩られた観客席の中で

「あ、あの!トレーナーさん!」

とニシノフラワーが話しかけ

「何ですか、ニシノフラワーさん」

と彼が返事をする。

「質問があるんですけど・・・」

「はい、何でしょうか?」

そう応じたトレーナーに、ニシノフラワーが指さしたのは

「負けちゃったぁ~☆でもマジちょー楽しーパリパリなレースだったじゃーん♪ね、お嬢様☆」

と話しかける六着のダイタクヘリオスの姿だった。

「あの人は一体何がしたかったのか・・・わかりません」

と首をかしげるニシノフラワーに

「僕にも分かりません」

と答えるトレーナー。

そんな二人の視線を余所に、パパラチアはいつものように、ダイタクヘリオスを軽くあしらい彼女から離れていく。

「あ、ちょ!待て待てマジ待ってぇー♪」

だがそれは、決してダイタクヘリオスを鬱陶しく思っている訳ではなく、初めてG2タイトルを手にした喜びで、今すぐにも顔面のモース硬度が0に至りそうなことに耐えてのことだった。

 

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