5月中旬。
京王杯スプリングカップが終わった夜のこと。都内、和食料理店にて。
「改めてパパラチアさん、おめでとうございます」
「おめでとうございます、先輩!」
トレーナーと彼女の後輩たるウマ娘、ニシノフラワーにそう言われ、パパラチアは照れくさそうに視線を逸らした。
「・・・うん、ありがと」
そうぼつりと感謝の言葉を口にする彼女。
その態度はいつもの素っ気ないそれであったが、少なからず雰囲気に柔らかさがある。
素直になってはいないにしろ、彼女も初のG2タイトルに喜びを抱いているのは誰の目からしても明らかだった。
そして今日は彼女の祝勝会。和食にしたのは彼女のリクエスト。賑やかな夜の始まりである。
料理を楽しんでいる最中
「パパラチアさん、身体の調子はいかがですか?」
とトレーナーが話しかけた。
「別に。どこも痛くないし・・・大丈夫」
そうパパラチアが返して
「そうですか」
と彼は頷いた。
「いずれにしても、もうすぐ本番ですし、明日と明後日位はゆっくり休んで下さい」
「ん」
そう二人が会話する中で
「ほん・・・ばん・・・?」
と頭を傾げたのはニシノフラワーである。
その態度を見て
「トレーナー、まだ教えてなかったの?」
とパパラチアが言い
「あ、そうかもしれません」
とトレーナーが言った。
「どういうことですか?」
と尚も分からないという顔をするニシノフラワーに
「今日の京王杯スプリングカップ、実はあるレースの前哨戦なんですよ」
と微笑みかける。
「もったいぶらずに言いなって」
と頬杖をしてパパラチアがけしかける中
「すみません」
と頭を下げた後、トレーナーはニシノフラワーに向き直り
「本番は安田記念です」
とニシノフラワーに告げた。
六月上旬、東京、芝1600m。G1レース、安田記念。
国内マイルレースのうち、マイルチャンピオンシップと両翼を為すG1。1分30秒の世界で誰が一番速いかを決めるためのレース。
「え・・・じゃあ・・・!」
ニシノフラワーの瞳が輝く。
そしてその首がパパラチアの方に向く。
その純真な憧れの視線を受け止め決まり悪そうに視線を逸らしたパパラチア。そんな二人を見て
「はい。次のレースでパパラチアさんが勝てば、彼女は日本一のマイルウマ娘ってことになりますね」
とトレーナーが告げる。
「言わなくていいって」
と言うパパラチアであるが、後輩のウマ娘の尊敬のまなざしは止まることなく、彼女に浴びせられていた。
6月上旬、東京レース場。
日曜日、第11レース。G1、安田記念。芝1600m。
天候は曇、バ場は良。
『さぁ今年も始まりました、春のマイルの女王を決める時間、安田記念が始まろうとしています。選ばれた16人のウマ娘達、この府中の芝1600mを舞台に王座をかけて挑みます。やや霧雨が降っておりましたが、先ほどようやく雨もあがりました。天候は曇り、バ場は良の発表です』
実況の声が会場に響き渡る。先ほどまで雨が降っていたにも拘わらず会場は超満員。なんと言ったって今日は大レースの安田記念の日。
5月上旬のNHKマイルから、5月下旬のオークス・日本ダービー。そして安田記念まで一連の流れは、毎年の事ながらも、府中をちょっとしたお祭り騒ぎに巻き込む熱気の道しるべのようである。
「お待たせしました」
指定観客席にて。ニシノフラワーの元にトレーナーが現れそう告げた。
「いえ」
とにこやかに返事をするニシノフラワーの隣に彼は腰掛ける。、
「あ、雨あがったみたいですね」
「はい」
外を見ると芝が雨露で濡れて、しっとりとしているようである。
これはクッション性が高いバ場になるかなぁ、と彼が考えている最中に
「どうでした、先輩」
とニシノフラワーに話しかけられた。
「いつも通り落ち着いてましたよ」
そうにっこり笑って話しかけるトレーナー。
それに頷くニシノフラワーだが、どこか落ち着かない。まるで彼女の方がレースに出る立場のようだ。
少し苦笑して
「気になりますか?」
と話しかけると、彼女は真剣な眼差しで頷いた。
(いい後輩を持ちましたよ、貴方)
とターフの上のパパラチアを見る彼。スタート地点は向こう正面のため、しっかりとは見えないもののやはり黄色の勝負服はよく目立つ。
どういう結果になるかは彼女次第にしろ、いずれにしても久々のG1レース。全力を出し切るために見守るしかないのが実情だった。
ふと彼の意識がニシノフラワーに向いた。
彼女も彼女でもうすぐメイクデビュー。
それを考えると有意義に時間を使った方がいい。そう考えた彼は
「ニシノフラワーさん」
彼女に呼びかけ
「レースが始まるまでまだ時間がありますし、ケイコです」
と話しかけた。
「はい!」
気合い十分に頷く彼女に頷き返すと
「前回のレースの振り返りなのですが、パパラチアさんが勝つのをアシストしたウマ娘が一人いました。誰でしょうか?」
と問いかけた。
「アシスト・・・?」
その言葉に首をひねるニシノフラワー。そんな事をしたウマ娘がいただろうか。レースの展開を記憶から呼び起こすが、どうもピンとこない。
「・・・わかりません」
素直に答えた彼女を見て微笑むと
「バンブーメモリーさんです」
彼はその答えを告げた。
「え!?」
答えの意味が分からず驚きの声を出すニシノフラワー。
それに頷くと彼は言葉を続ける。
「彼女は安田記念・スプリンターズステークスを制したことのあるG1ウマ娘でした。かつ、前方からのレースが苦手で、後方からの差し、レース後半から上がってくるペースに定評があります」
「はい!」
「あのとき、バンブーメモリーさんは何番人気だったか、覚えていますか?」
「えっと・・・一番人気でした!」
「その通り」
ここで頷くと一息ついた彼は、
「あのレースに出た他のウマ娘達全て、やはりバンブーメモリーさんを警戒していました。それはそうですね、G1ウマ娘ですから」
と彼女に告げる。
そしてニシノフラワーに再び向き直ると
「ニシノフラワーさん、もし貴方がレースに出て走っているとして、すっごく速いウマ娘が近くにいたら、どう思います?」
と問いかけた。
「どう?」
宙に視線を泳がせ、自分がもしレースに出たら、と考える彼女。すぐ傍にものすごく強いウマ娘がいたら、そう思って出た答えは
「・・・たぶん、意識して、ちょっと見ちゃうと思います」
というものだった。
それにトレーナーは満足そうに頷き
「そうですね。そして、前回の京王杯、まさにそれが起っていたんですよ」
と彼女に告げる。
「あのときのレース展開は、逃げ・先行ウマが5人で先団を作り、バンブーメモリーさんを含めた後続集団13人がその後ろに控えていました。そして第三コーナーまで先団のスピードは上がる一方でしたが、後続のポジションは大きく変化せず、ただ縦長の展開となっていきました。皆が皆、脚を貯めていたんですね。バンブーメモリーさんより先に脚を使えば、絶対に追い抜かれると彼女を意識しすぎてしまった」
レースの事を思い出していたニシノフラワーだったが、何となくその記憶が甦り始めていた。確かに彼の言うとおりだと思う彼女。。
「それがあの結果です。最後の第四コーナー出口で密集し、位置取り合戦に苦労して横いっぱいに広がる後続のウマ娘達。やっとの思いでホームストレッチを向いたと思ったら、今度は先団と差が離れすぎてしまっている。脚は残っているのに距離が長すぎて逃げ切られてしまう展開」
そうだった。だからこの答えは、パパラチアが京王杯で優勝するのを手助けしたのは、バンブーメモリー。その意味がようやく分かったニシノフラワーである。
しかし
「そんな状況を作ったのが誰か、なんですが、・・・実はパパラチアさんなんです」
続いて語られたトレーナーの言葉に
「えっ!?」
ついニシノフラワーは驚きの声を発してしまった。
それに構わず、トレーナーは言葉を続ける。
「パパラチアさんは、前半から後半まで、六番手ほどに位置していました。つまり、先団・後続で分けた場合、後続の先頭だった訳です。そして彼女は第三コーナーが下り坂であることを利用し、惰性に任せて脚を使わなかった。一方、後続のウマ娘にも多少そういう意識のある子がいたのかも知れませんが、大半はバンブーメモリーさんにマークが向いていたと思います。結果、彼女は好位置で脚をためつつ、後続がホームストレッチで追いつけない距離を作る・・・そんな状況を第三コーナーから第四コーナーの間で作り出しました。もしもあの時に、後続のウマ娘で、第三コーナーから仕掛けてくる子が一人でもいたら、状況は変わっていたかもしれません」
そんな事思いもしなかった。そうニシノフラワーは思う。
しかも必死で走っているレースの中で。肺が苦しく心臓が高鳴り脚が重い、いっぱいいっぱいのあの場所で。
外で見ているときは全く分からなかったが、パパラチアという先輩は思った以上に凄い人ではないだろうか、とついつい思ってしまうニシノフラワーだった。
「さて、この結果を持って今日のレースを考えましょうか」
「はい!」
気合い十分に返事をするニシノフラワー。
「一番人気は誰ですか?ニシノフラワーさん」
「はい!バンブーメモリーさんです!」
間髪入れず、すぐに答える。
ちゃんとレースの人気に目を通している証拠。
それに深く頷くと
「そうですね、そして二番人気は?」
と、彼は続けざまに問いかけた。
その瞬間
「あっ・・・!」
とニシノフラワーの言葉が止まる。
決して二番人気のウマ娘を知らない訳ではない。ただ、先ほどトレーナーに話された内容と、今回の質問が彼女の脳内で繋がってしまったのだ。
そう、今回の安田記念。二番人気のウマ娘、それが
「パパラチア先輩、です」
彼女の口から語られた。
それに頷くと
「なので今日のレース、どんな展開になるか、ですが。彼女がマークされると、前戦のバンブーメモリーさんと同じ立場にならざるを得なくなります」
と彼は言葉を続ける。
そして少し困った顔をして
「傍から見てるとあまり分からないんですが、追われる者は追われる者で結構辛いんですよ」
とニシノフラワーに語りかけた。
そんな最中、響いたのはファンファーレの音。
会話をやめて前を見ると、ゲートインを続々と行うウマ娘の姿。
「そろそろ始まりますね」
と彼が呟いたその刹那
「がんばれー!!!パパやーん!!!!!」
会場から一人のウマ娘の声が、トレーナーとニシノフラワーの耳に入った。
もうすぐ安田記念が始まる。
『さぁ、例年集まるスピード自慢達!毎年ペースは速くなりますこの府中!さぁ今年はどうか!?霧雨の寒さに負けない情熱の闘志を燃やして・・・16人、一斉にスタート!!!』
実況が叫ぶ中、ゲートが開きウマ娘達が一斉に飛び出す。
『ゲートが開いて、全員見事なスタートを切りました!』
特に出遅れのないスタート。向こう正面から始まる本レース。
長い直線を走り抜ける16人のウマ娘。勢いよく走ることで雨露がはじけるようにターフの上を舞っていく。
『外からはナルキッソスが見事なスタート!そして内からはレーダーガール!そしてスノーサンセットも来ているが!?ガルーダワンも前へ前へ!』
ハナを切った逃げウマ。それに続く逃げ先行ウマがなんと3人。競い合うように前へ前へ。途中から坂があるがそれでもスピードが落ちることはない。どうも前が競り合っているせいか、どんどんとペースが上がっているようである。
そして坂を上り終わりあっという間に第三コーナー手前。ここからは下り坂。
実況がウマ娘の順位を呼び上げていく中、
『ダイタクヘリオスは中段真ん中!』
と一人のウマ娘の位置取りを読み上げる。
(あのバカが、・・・中段?)
それを後方から見て強烈な違和感を感じたのは
『パパラチアはここにいます!後方五-六番手か!?』
後方からのスタートになったパパラチアである。
何せ京王杯以上に先行したがるウマ娘が多い。そして本来の彼女の得意脚質は差し・追い込み。だから無理をせず後方待機を選んだ彼女であるが、
『そのすぐ外側にバンブーメモリー!』
外にいるウマ娘に異常なプレッシャーを感じていた。
すぐ外にいるのは今日のレースでかつてタイトルを取ったことのあるバンブーメモリー。しかし
(冷静になれ・・・冷静に・・・!)
自分にそう言い聞かせるパパラチア。
中段を選んだダイタクヘリオス。そして自分のすぐ外につけたバンブーメモリー。心が乱される要素が多々ある本レース。それを努めて意識しすぎないように自分に言い聞かせる。
そんな最中、
「押忍ッ!!!」
と声を発したと思うと、バンブーメモリーが加速し始めた。
ここは第三コーナー中間、第四コーナーに入る手前。そしてそれは位置取りを上げていくには少し速すぎるタイミング。
上がっていく彼女の姿に焦り
(私も・・・私もそろそろ・・・!!!)
とパパラチアは一瞬思うが
(違う・・・!!!)
と思い直すと、逆に位置取りを下げ始めた。
順位を下げ、なんと16人中、一五番目。ブービーの位置にまで下がりきった彼女。
「と、トレーナーさん!!!先輩が!?」
そう観客席のニシノフラワーが動転した声を上げるが
「大丈夫です。彼女を信じましょう」
と力強く言い放つ。
『さぁ、大欅の向こうを超えていきます!16人が大欅の向こうへ!ご覧のように長い展開となっています!!!』
そして第三コーナーを抜けて、遂に第四コーナー。きつい角度のコーナーをこなしていく最中、パパラチアの脳裏にはある記憶が蘇り始めていた。
「フローレンス」
昨年のこと。トレセン学園、夕日の沈む教室にて。
パパラチアはある同級生に話しかけた。彼女こそ、同じトレーナーの元で教えを受けるウマ娘、センパフローレンスである。
「パパラチアちゃん」
と話しかける彼女に
「ホントに辞めちゃうの?トレセン学園」
とパパラチアは問いかけた。
困ったように彼女は笑うと
「うん・・・残念だけど」
と、申し訳なさそうに言った。
無敗で桜花賞制覇。オークスは最後のホームストレッチで骨折したとはいえなんと二着。秋華賞はどうだと皆が期待する中で、屈腱炎発症。
彼女の経歴を聞く度に、誰もがため息をつく。
もしも骨折がなかったら。もしも屈腱炎にかかっていなかったら。
誰もが伝説を目にしたかった。しかしそれは叶わない幻になった。
ふと窓の外の夕日を眺めて
「何だかんだで楽しかったな、あたし。桜花賞も取れたし、オークスは・・・残念だったけど」
どこか遠い目をして彼女はそう言い
「ねぇ、パパラチアちゃん」
彼女に振り返った。
「何?」
と右手で髪を触る彼女に
「あの人の事、よろしくね」
と彼女は微笑んで言ったのだ。夕日に染まる赤い教室で。
その瞬間、彼女の手が止まる。
彼女は思った。というより、今まで気づかないふりをしていた。
ずっとセンパフローレンスの後ろを走り、彼女の陰に隠れていた事。
そして皆が見ているのはセンパフローレンスであり、そしてその皆には、トレーナーも含まれていると。
トレーナーとセンパフローレンスがティアラの階段を駆け上がる中、自分はその後ろを這いずってばかり。
ただそれを見て、もどかしさを不甲斐なさを胸にいくら蓄えても、走れども走れども彼女との差が開いていく。
それを自覚したくなかった。目を背けて生きていたかった。
しかし、それは叶わなかった。知らず知らずのうちに慣れない先行策を必死で身につけて。最後に伸びない脚を必死に動かして。
それでも彼女には届かない。そんな背中ばかり見せつけられて。
そして今はシニア級のG1安田記念。
きつい第四コーナーをこなしていく最中、胸に宿るは情熱の赤い赤い蓮の花。
(見てなさい・・・フローレンス・・・!!!)
未だに巣くった亡霊を
(貴方が勝てなかったこの府中で・・・私だけのやり方で・・・!!!)
心の中で生き続けた彼女の影を
(絶対に絶対に・・・栄冠をもぎ取ってみせるんだから・・・!!!)
焼き払うかのように、彼女の瞳に力が宿る。
『さぁ、直線に入った!!!ここからが長い直線!!!』
遂に最後の直線に入ったウマ娘達。残りの長い500mの直線を必死に駆けていく。
『ガルーダワンが先頭!!!ガルーダワンが先頭で400mを通過するが!?』
その瞬間、襲いかかるは高低差2mの急坂である。
『スノーサンセットも追いすがる!」
そしてそれは、顕著に、先団のウマ娘にダメージを与え始めた。
(うぐぅっ・・・・・・)
ガルーダワンの息が乱れる。
(き、きつい・・・・・・)
それに追いすがるスノーサンセットも同様。
この安田記念、前半に先団の逃げウマ達は明らかに飛ばしすぎていた。そんな最中、とどめと言える急坂に、彼女たちの脚色が明らかに衰え始める。
そして逃げ・先行のウマ娘が軒並みスタミナ切れをおこし垂れていく中、
「スノーサンセット・・・いや!?ダイタクヘリオス!!!先頭はダイタクヘリオス!!!バ場の真ん中を割ってダイタクが先頭に立った!!!残り200m手前!!!』
「うぇーーーーい☆☆☆」
突っ込んできたのは中段に付けていたダイタクヘリオス。笑いながら走るウマ娘。全てを読んでいたかのような位置取りで、彼女はあっさり先頭を奪い取る。
そしてそんな彼女の前には、もう誰の影もない。広がるは残り200mの府中の直線。ここからは坂もなにもない全てを出し切るだけの最高の局面。
『バンブーはまだ来ないのか!?バンブーはまだ来ないのか!?』
そしてバンブーメモリーはもろに垂れたウマ娘の影響を食らっていた。
(不覚ッ・・・!!!ルートが・・・!!!)
自分が必死にスピードを上げても、ばらばらと下がってくるウマ娘。まるでスラロームのように彼女たちの間を縫って進まなければならない彼女は
「気合いだッ!!!」
と叫ぶと
『いやバ群をこじあけて!!!バンブー内を突く!!!バンブー内を突く!!!』
内ラチ沿いにどうにかルートを見いだした。
しかし、それでも大幅なロス。もうこれはダイタクヘリオスの独壇場だと誰もが思った。
まさかの番狂わせ、10番人気のウマ娘がマイルの頂点に立つ日が来ると。
会場の殆どの観客がそう思ったその瞬間
『しかしダイタク先頭!!!いや!?』
残り80m。
遂にその時が訪れた。
黄色の肩出しワンピースを風に舞わせ、自分の名の宝石を付けた赤色のベルトを光らせて。
腕まで覆った紫色の手袋をはめた手を必死にふり
直線一気で迫る影。
訪れるそのウマ娘の名が
『外からパパラチア!!!外からパパラチア!!!』
実況に高らかに叫ばれる。
しかし尚も粘るのはダイタクヘリオス。
『粘るダイタク!!!』
「うぇぇぇぇえええ!!!!!!」
歯を食いしばり必死に駆けるギャルウマ娘。彼女も負けられない。残り50mで栄光なのだ。
『バンブーは内から!!!』
「うぉぉぉぉぉおおお!!!!!!」
しかしそれを追い込んでくるのは嘗てのチャンピオンのバンブーメモリー。
彼女も彼女でディフェンシングチャンピオンの維持がある。決して負けられない。
『パパラチアは外から!!!』
「はぁぁぁぁあぁああああ!!!!!」
そして彼女も負けられない。
自分の心をいつまでも縛る亡霊を祓うため。そして自分の選んだ道が正しいことを証明するため。
内から、中から、外から3人のウマ娘がゴール板めがけて走り抜けていく。
誰も彼もが必死。意地と意地がぶつかり合う中
『パパラチア!!!パパラチア!!!躱した!!!パパラチア躱した!!!』
橙色の宝石の名を持つ彼女が
『パパラチア、一着でゴールイン!!!!!』
栄光の座を、マイルの女王の座を手に入れたのだった。
『パパラチア!!!華麗なる一族の末裔!!!G1を初制覇しました!!!』
湧いた観客席。曇り空を吹き飛ばさんばかりの大歓声。
全身にかいた汗を、燃えるような全身を抱えて息をどうにか整えるパパラチア。
『そしてダイタクヘリオスが二着!!!バンブーメモリーは僅かに届かず三着です!!!!!』
「うぇーい☆うぇーい☆2着マジすごくねー♪ちょーアガッた☆マジやばいっしょ♪」
そして負けても尚、楽しそうに観客席にピースをするダイタクヘリオスと
「不覚だった・・・」
と悔しそうなバンブーメモリー。
観客から沸き起こる自分を称える声。それを聞いて
「やった・・・ん、だね。私」
ようやく彼女の心に実感が宿る。
そして
「ようやく、アンタに追いつけたんだね。フローレンス・・・!!!」
心がどんどんと軽くなる。重い靄が天に昇って消えていくかのように。
「アンタの勝てなかった府中で、私は勝ったんだ・・・!!!」
空には分厚い雲が広がっている。しかし彼女の心の中の天候は、あたたかい太陽に照らされた初夏の陽気そのものだった。
観客席にて。
「見て下さいっ!!!トレーナーさんっ!!!先輩が!!!先輩が取りましたよ!!!」
ニシノフラワーは興奮していた。興奮しきってトレーナーをつかみ、ブンブンとその身体を揺らす。
小さくても流石はウマ娘。その力に翻弄される中
「見てますよ、見てますよ」
と身体を強く揺さぶられながらトレーナーは応える。
ある程度、彼女の気持ちが落ち着くと、自然とその両手を離すニシノフラワー。そして自分の目の前に組み、立ち上がってターフの上を眺めた。
そこに居るのは自分とともに同じトレーナーの元で歩むウマ娘のパパラチア。
憧憬の視線をただ浴びせ続ける彼女に
「さて、ニシノフラワーさん」
と、トレーナーは話しかけると
「貴方もあと1ヶ月後にはメイクデビューです」
いつもの柔らかな調子で彼女に語りかけた。
その言葉にニシノフラワーの首が向く。次は自分の番。生まれて初めて、一生で一回のメイクデビュー。それがもうすぐそこまで迫っている。
「先輩のように輝けるように、これからベストを尽くして行きましょうね」
そう語りかけるトレーナーに
「はいっ!!!」
気合い十分に返事をしたニシノフラワーだった。