ニシノフラワーのメイクデビューが終わった。
最初から最後まで先頭に立ち、後続に3バ身以上の差を付けた余裕の勝利。明らかに格の違いを見せつけた彼女。
レースを終えて地下バ道を歩く彼女の視界に、親しい二人の姿が映る。
途端、彼女は瞳を輝かせ小走りで走り出した。
そして二人の前に彼女が笑顔をひっさげて立つと
「お疲れ様でした」
と、そのうちの一人、トレーナーが微笑んでそう言った。
「はい!」
汗に濡れた身体もそのままに、元気よく彼女は返事をする。
「はじめてのレースはどうでしたか?」
「すっごく楽しかったです」
そのはじける笑顔を見て、トレーナーは彼女の脚に目を落とす。
(特に・・・脚は問題なさそうだな)
その脚に震えや異変は現状見当たりそうにない。
オーバーワークの懸念からダートに初戦を変更した彼であるが、レース後に最も気にかかったことは彼女の健康であった。
それに安堵のため息を心の中ですると
「一着、おめでとうございます」
と言い
「はい!ありがとうございます!」
とニシノフラワーが返した。
そんな二人の隣には、目つきの鋭い長い黒鹿毛のウマ娘。どこか何かのタイミングを逃したように左手で髪をいじり佇む彼女であるが
「パパラチアさん」
と、トレーナーに話しかけられ
「ん・・・」
と口ごもり、ニシノフラワーの方に視線を移した。
「その・・・おめでと」
彼女はそうニシノフラワーに告げると、すぐにそっぽを向いてしまったが
「ありがとうございます!先輩!」
それに構わずニシノフラワーは彼女に微笑む。
「ん」
それに頷くと彼女は少しだけ微笑んで見せた。
そんな二人の様子をトレーナーは見て
「それじゃ、帰りましょうか」
と言い、三人はゆっくりと歩き出す。彼女の背中、ターフの方からは、太陽の光が差し込んでいた。
札幌レース場、駐車場。
三人がシーズンレンタルの別荘に戻るため、レンタカーのカローラフィルダーに乗り込もうとしていたその最中、
「フラワー!」
彼女らの後ろから、しわがれた男性の声が響いた。
ニシノフラワーが振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた貫禄ある老人の姿。
彼の顔を見て
「おじいさま!」
とフラワーの顔が輝く。
そこにいたのは、ニシノ家の会長、そして隣に居たのは恰幅の良い、彼の右腕らしき男性の姿だった。
「やったのう!メイクデビュー見ておったぞ!」
そう告げる老人に
「ありがとうございます!」
と返すニシノフラワー。
たかだかメイクデビューではあるが完勝したことがこの老人にも嬉しい出来事であったことに違いはなさそうである。
「会長様、部長様」
とそんな二人にトレーナーが声を掛け、深く一礼した。
「おぉ!」
と会長が目を見開き、両手を広げる。
「フラワーをいつも指導して貰って感謝するぞ!フラワーの才能があってではあるが、ここまでの圧勝はお前の指導のおかげじゃな!」
と満足そうに頷いた。
「とんでもございません。ニシノフラワーさんが一生懸命頑張ってくれたおかげです」
とトレーナーはそれににこやかに応える。
だが
「しかし」
と老人の顔が少し歪んだ。
それに僅かばかり、眉が動くトレーナー。
何を言われるのか、と彼が一瞬身構えたその時
「どうして芝じゃないんじゃ?」
と老人は彼に疑問をぶつけた。
「あぁ、それはですね・・・」
と彼は初戦をダートに選んだ経緯を説明した。勿論、言葉を大分オブラートに包み、選びながら。
「なるほどのう」
その方針に頷く老人。
(納得してくれているようだ・・・)
と思いながらも
(このまま、何もなく会話が終わればいいが・・・)
とトレーナーは思い、表面上、笑顔を貼り付け応じている。
しかし、その瞬間
「だが、芝じゃろ」
と老人は言い放った。
「クラシッククラスの中心は芝じゃし、ジュニアのダートの大レースはJpn1の全日本ジュニア優駿程度。それであれば早めに芝のレースに慣れた方がいいかと思うんじゃが」
その言葉を聞きながら、それはそうだと思うトレーナーである。本来、ニシノフラワーのバ場適性は芝。いずれ芝の1勝戦かリステッド・オープン戦に出てもいいかとも思っていた彼である。
そこで
「仰るとおりでございます」
と彼も言葉を返したその瞬間
「じゃろ!?」
と、自信満々に老人は言った。
そして
「そこでじゃ、函館ジュニアステークスに出たらどうじゃろう?」
この言葉が彼から出でたその時、トレーナーの顔が引きつった。
函館ジュニアステークス。函館レース場、芝1200m、G3レース。
一見良さそうなレースに見える。しかし問題が一つだけある。だから
「仰るとおりです。彼女の次のレースに望ましいかもしれません」
彼はそう言いながらも
「ですが、中2週でレースに出るというのは少々・・・」
と言葉を続ける。
彼の心配。それはレース間のインターバル。
レースを終えたウマ娘は、想像以上に疲労が溜まっているもの。一見元気そうに見えても、次の日にはレースでの興奮が収まり疲れが襲ってくることは、トレーナーであれば誰でも知っている。
特に彼女は脚部不安からダートを選んだ身の上。レース後、どのような影響が出るかをしっかりと見極め、次走を決めたいというのがトレーナーの本心だった。
しかし
「私、出ます!」
それを遮ったのは、当の本人、ニシノフラワーだった。
「私、出てみたいです!札幌ジュニアステークス!!!」
その言葉に
「そうかそうか!!!」
と顔をしわくしゃにし、大笑いする老人。
親の心子知らずとは当にこの事。ウマ娘本人からこう言われたら、彼にどうすることも出来るはずがない。
老人とニシノフラワー、二人の声が響く札幌の青空。
そんな世界とは対照的に、彼の心には、ひりつくような緊張感がじわりと広がり始めていた。
翌日、月曜日。昼12時。
「ん・・・・・・」
夏合宿用、貸し別荘にて。
ベッドの上にて、ニシノフラワーは目を覚ます。
彼女にしては遅い目覚めである。
「あれ・・・今、何時・・・?」
と寝ぼけ眼をこすり、窓から差す光をぼんやりと見る彼女。明らかにそれが明るすぎることに気づき、ふと時計に目をやる彼女。
すると、急に彼女の顔が青ざめていく。
「え!?」
通常、練習は朝から行うにも関わらず、今は既に正午過ぎ。初めての寝坊。それに気づいて
「う、嘘!?」
と叫び、ベッドから立ち上がろうとするが
「うっ・・・・・・」
身体が非常に気だるい。脚が棒のように固まっており重たい。その事にようやく彼女は気づく。
「えッ・・・な、なにこれ・・・」
と彼女が自分の身体の変調に途惑っている最中、ドアが開く音がした。
そしてそこに現れたのは彼女の先輩、パパラチア。
起床したニシノフラワーの姿を確認すると
「あ、起きたの。おはよ」
と声を掛けた。
「あ、あの・・・先輩、す、すみません!」
寝坊した事に焦って頭を下げるニシノフラワーであるが
「何が?」
とパパラチアはいつもの涼しい顔で答える。
「そ、その・・・寝坊しちゃって・・・」
と青い顔で慌てふためく彼女に
「あぁ」
と呆れたように彼女は笑って見せた。
そして
「お休みだよ、アンタ」
と言葉を続ける。
「お休み?」
「そ」
短い会話。
「お休み」の意味が分からず、尚呆けた顔をする彼女に、パパラチアは近寄ると
「昨日、レースに出たでしょ?すっごく疲れてるでしょ?だから今日から明後日位まで、様子を見ながらお休み。練習はナシ!」
と彼女に告げる。
その言葉にぽかんと口を開けるニシノフラワー。何が何だか分からない、という彼女を見て
「あのね、レースが終わるとみんなこんな感じになっちゃうの。ウマ娘って不思議よね。レースに出てるときは何ともないのに、ちょっと落ち着くと疲労が襲ってきちゃうんだよね」
と微笑むパパラチア。
彼女はベッドに腰掛けると
「だから、休んでいいの。トレーナーもそう言ってるから」
と彼女に告げた。
「それじゃ・・・」
「寝てるなり、テレビ見てるなり。好きに過ごしなよ」
途惑うニシノフラワーに、パパラチアは歯を見せて笑って見せた。
そして
「よっと」
とベッドから立ち上がると
「冷蔵庫にご飯入ってるから。好きなときに食べなよ。私は午後からまたトレーニングだけど」
と言い
「じゃ」
その場から去ろうとした。
しかしドアノブに手を掛けたその刹那
「あと、さ」
と一瞬言葉を句切り
「分かったでしょ?簡単に中2週でレースに出たいなんて言うもんじゃないよ」
と言い、彼女の部屋から去っていった。
一人残された寝室。暖かい午睡にまどろみたいそんな天気の中、知らず知らずの内に、自分の発言がトレーナーに迷惑をかけたのではと思い、こうべを垂れるニシノフラワーだった。
7月下旬。函館レース場。
日曜日、第11レース。芝1200m。G3、函館ジュニアステークス。
天候は曇、バ場は良。
『本日のメインレースの時間です。メイクデビュー・もしくは未勝利戦を経たばかりの、うら若き乙女達のレースが始まろうとしています。本日の距離は1200m。しかしこのレースの先には、ジュニア戦線が、そしてクラシック戦線の道が広がっています。さぁ、このレースにて。世代の頂点への最初の階段を上り、一番乗りを果たすのは誰になるのか。もうすぐその結果が私達の目に現れようとしています』
実況の穏やかな語り口が響く中、ニシノフラワーはターフの上にいた。
結局彼女は軽い調整を試みるのみで、しっかりした練習をこなすことはなく、本レースに挑むことになった。
「今日のレースはメイクデビューとは異なり、一勝したウマ娘ばかりが出走します。前回と比較しレベルは一段も二段も上になります。ですからまずは自分のレースをするようにしましょう」
トレーナーの言葉を思い出し、
(自分の・・・レース・・・!)
と、思いながら深呼吸する彼女。
そんな最中
「緊張してる?」
と話しかけてきたウマ娘がいた。
「えっ?!」
突然の声に驚き、身体をびくっと震わせた彼女に、
「あははッ!」
とそのウマ娘は笑ってみせた。
そこに居たのは栗毛色のショートカットのウマ娘。どこか活発そうな雰囲気の彼女は
「実はアタシも~。ちょー緊張してて、もう参っちゃいますよ~」
とおちゃらけた調子でケラケラと笑って見せた。
「そうなんですね」
とニシノフラワーは調子を合わせて微笑むと、彼女はそれに気をよくしたのかさらに一方的にしゃべり始めた。
「実はですね~、アタシなんとファン投票2番人気に選ばれちゃったんですよ~。あー!参っちゃうなぁ!!!もうすっっごい緊張しちゃうじゃんねー!あーもー!いい結果を残さないとって必死になっちゃうプレッシャーがハンパじゃないっスよ~!あーあーもー!!!」
「そうなんですね、私は四番人気なんです。すごいですね」
少し舞い上がりながら彼女はそう話し、ニシノフラワーはそれに合わせるように頷く。
その様子を見て
「アタシ、ハドラーヴ!ヨロシクね!」
と右手を差し出す。
その手をじっと見て
「ニシノ・・・フラワーです。よろしくお願いします」
と穏やかに彼女はその手を握り返した。
そんな最中、ゲートインの時間が訪れる。
「じゃ!今日はいいレースにしようぜ!」
と張り切った様子でハドラーヴが言い
「そうですね」
とニシノフラワーが返し、それぞれのゲートに向かう。
まもなく、ニシノフラワーにとって初めての重賞レースが始まろうとしていた。
『ゲート開いた!』
勢いよくゲートを飛び出す14人のウマ娘。まだまだ皆若いだけあってばらけたスタート。
ニシノフラワーも少しだけ遅れながらもすぐに加速する。最内枠1番であることから距離は短く取れるが、その反面、回りをウマ娘に囲まれやすい。ひとまず先団、三ー四番手に位置すると、向こう正面である500mの直線を駆けていく。
そして彼女の前にはレース前に話したハドラーヴの姿があった。外目に付けて先頭を争うように走る彼女。
(1200mのコースなら先行して押し切ってやるッ!!!アタシなら出来るッ!!!)
自分自身を強く励ますように、ハドラーヴはハナを奪わん勢いで前へ前へ。彼女の自信の源。それはメイクデビューでのことだった。
彼女、ハドラーヴはメイクデビューで6バ身差の完勝を遂げている。その時は芝1000m。200mの距離延長とはいえ、メイクデビューの時同様、先行して押し切り、大差で圧勝する。そんな未来の自分自身の姿を夢見てターフを駆け抜ける彼女。
『先頭はザオウフォックス!二番手にはハドラーヴ!三番手にはディスコボール!ニシノフラワーがその後ろに付けています!さぁ、ウマ娘達、第三コーナーに入ります!!!』
長めの上り坂の直線が終わり、ゆるやかな第三コーナーへ。直線と比べてスピードがそこまで落ちず、ウマ娘達が一段となり駆けていく。
観客席にて、
「ちょっとペースが速いですね」
と双眼鏡を手にトレーナーは呟いた。
「そう?」
と彼の顔をのぞき込むパパラチアに
「はい。前半ですが割とハイペース気味です。まだ若いですからレースに慣れていないとはいえ・・・これは最後の直線で、先団で垂れるウマ娘が出るかもしれません」
トレーナーはターフから目を離さずそう返した。
(特に今回・・・函館レース場は坂があるのに、ここまでペースが落ちないのもな・・・)
彼の思うのも最もだった。函館レース場はニシノフラワーがメイクデビューをした札幌レース場と異なり、向こう正面から第三コーナーにかけて、高低差3.5mの急坂がある。短距離レースとはいえ、スピードが落ちていないというのも彼にひっかかりをもたらしていた。
(さて・・・ニシノフラワーさんがどこまで気づいているか・・・それとも)
教え子の様子を彼が見守る最中、あっという間にウマ娘達は第四コーナーへ。
『さぁ、最後の直線は短いぞ!!!栄冠を手にするのはどのウマ娘か!?』
実況が叫ぶ中、最後の直線がウマ娘達の前に現れようとしていた。
『先頭はザオウフォックス!粘っているが!?』
そう実況が叫んだ瞬間だった。
抜群の瞬発力で内から小さな身体をすり抜けさせて
『ニシノフラワー!!!一気に先頭に立った!!!』
あっという間にハナを奪った彼女。
そしてそのままの勢いで
(行きますっ!!!)
と気合いを込めると、身体を低く保ち、直線を一気に駆け上がる。低い身長で、短い脚を高回転で回し続ける。まるで250ccの四気筒のバイクのような、驚くほどの高回転。
『二番手はディスコボール!!!三番手はザオウフォックス!!!しかしニシノフラワー!!!どんどん差を広げていく!!!』
そして小さなウマ娘の姿が、短い函館の直線の遙か彼方に消えていく。
ただその背中を見て、焦りを抱いて沈んでいくウマ娘が一人居た。
(うそ・・・!こんなのうそ・・・!!!!)
それはレース前に、彼女に話しかけたウマ娘のハドラーヴ。最初に舞い上がり過ぎた彼女は、後半に切れるほどの脚を残していなかった。
当初二ー三番手につけていた彼女だが、どんどんと他のウマ娘に抜かれ、あっという間に沈んでいく。
そんな彼女の耳に
『先頭はニシノフラワー!!!二番手との差はもう3バ身は離れている!!!これはもう圧勝ムード!!!』
実況の無情な声が響く。
(待ってよ・・・!!!待ってよ・・・!!!)
彼女だけではない。他のウマ娘も心の中で遠ざかる小さな背中を視界に焼き付けながら、そして心を焼かれていく中で
『ニシノフラワー!!!一着でゴールイン!!!』
ニシノフラワーは、二番手に3と1/2バ身差、三番手に約5バ身差で、G3タイトルを手にしたのだった。
わずか、メイクデビューから3週間後の事だった。
「うっわー・・・」
観客席にて。パパラチアは自分の後輩が圧勝した姿を見て、ただ言葉を失っていた。
彼女だけではない。観客席全体が騒然としている。
メイクデビュー上がりとはいえ、1200mの短距離で3バ身差以上で一着入線。あまりにも彼女は圧勝過ぎたのだ。
「何だよこれ・・・」
「あの子、強すぎじゃない?」
「相手になってないよ」
そんな声が口々に飛んでいる。
あまりにも実力差がありすぎるレースを目の当たりにしたとき、人が胸に抱くのは圧勝への興奮ではなかった。
感嘆。嘆息。そして沈黙。
なんとも言えない雰囲気の中、遅れて歓声が巻き起こる。
レースを終えて、観客席に手を振るニシノフラワーの姿。それをトレーナーは少しこわばった顔で彼女の姿を双眼鏡で見ていた。
「・・・トレーナー?」
その顔に気づき、怪訝な顔でトレーナーに問いかけるパパラチア。
はっとしたトレーナーはすぐにいつもの顔を作り
「どうしました?」
と問いかける。
「いや、別に・・・。でも・・・何か気になることでもあった?」
そう首を傾げる彼女に
「いえ、何も」
と答え、笑顔を貼り付け再びターフに目を映す。
彼女の視界に入ったのは二着・三着のウマ娘の表情。二人ともその順位にも拘わらず、全く笑顔を見せていない。
(これは、どう転ぶか分からないな・・・)
と彼は思った。
このレース、ニシノフラワーは圧勝でレースを終えた。
後続のウマ娘からすると、ニシノフラワーに抱く思いは二つに一つ。
「ニシノフラワーには敵わない」
と思うか、若しくは
「ニシノフラワーには絶対負けない」
と思うか。
前者ならこれからの彼女のキャリアが楽になる。苦手意識を勝手に持っても貰えば、仮に今後実力伯仲となったとしても、彼女を意識し過ぎるがあまり、掛かって自滅することがあり得るからだ。
しかし後者ならばどうなるか。
そしてここまでの圧勝劇を演じたニシノフラワーが、観客から与えられたプレッシャーに、今後どこまで立ち向かっていけるのか。
(さて・・・悪い方に転ばなければいいが・・・)
そうトレーナーは思い、無邪気に会場の歓声に手を振るニシノフラワーをただ眺めるトレーナーなのだった。
函館レース場、第11レース後、控え室。
一人のすすり泣くウマ娘の声が、部屋の中に響き続けている。
「そろそろ帰るぞ」
呆れたように彼女のトレーナーがそう声を掛けた。
「くやしい・・・くやしい・・・!!!」
それでも彼女は涙を止めることをしない。彼女の名前はハドラーヴ。本レース、先団でレースをすすめたものの、二番人気に推されたものの、七着で終わったウマ娘。
「もうイヤだ・・・もうこんなの絶対イヤだよ・・・あんまりじゃん!!!こんなのぉ・・・!!!アタシ・・・バカみたいじゃん!!!」
自分の不甲斐なさに、惨敗したという事実に、いつまでも心がそれを受け入れる事ができないまま、彼女はそれを涙という形で表し続ける。
そんな彼女に担当トレーナーはため息をつくと、
「次は、勝とうな」
と言い、膝をつき、両手で彼女を抱きしめた。
その瞬間、大きな泣き声が再び部屋いっぱいに広がる。
まだこの涙を止めるには幾分かの時間が必要なようだった。
札幌ジュニアステークス、レース後の夜。貸し別荘にて。
「ねぇ、トレーナー。私もレースに出たいんだけど」
食事を終えたパパラチアはキッチンで皿を洗うトレーナーにそう告げた。
「レース、ですか」
「うん、近々何かいいレースない?」
その言葉に苦笑するトレーナーである。
後輩のニシノフラワーが快勝したことに刺激を受けたのだろう。だが、彼女の出れるレースはある程度決まっている。一度G1タイトルを取った以上、格の低いレースには出ることはできない。G2レース以上が最低条件。
「G2の札幌記念がありますが・・・」
と彼は言いかけ
「あ、やはりこれは・・・」
と言い淀んだ。
「何で?」
と喰い気味のパパラチアに
「札幌の芝2000mなのですが・・・」
「走れるし」
レースの説明をしようとするが、即答されるトレーナー。
「いえ、レースに出る相手がですね・・・」
「関係ないって、誰だって」
問題は出走するウマ娘のようだが、それを撥ねのけるように彼女は話す。
「いや、あの・・・」
「聞かない。私、誰だろうが勝つから。もう言わないで、誰が出るとか。登録お願い」
明らかな掛かり気味の彼女だが、どうも言うことを聞く気配がない。そこで「誰が出ても文句を言わない」と念押しした上で、札幌記念に登録する約束をしたトレーナーなのだった。
札幌記念当日。
「あ☆お嬢様じゃーん♪」
札幌レース場、駐車場にて。
よく見慣れたウマ娘とかち合ったパパラチア。
「あ☆お嬢様も今日のレース出るんだよね♪マジヤバレースになりそうじゃーん☆あげみざわウェーイ☆」
その脳天気な姿。青いメッシュが入った髪の毛。紛れもなくダイタクヘリオスだった。
そう声を駆けられた瞬間、彼女の眉間に皺が寄った。
控え室にて。
「ねぇ、トレーナー」
「はい」
「何であのバカが出てんの?」
「言うなって言ったじゃないですか」
短い会話が終わり、彼女は黙りこむ。
そしてあっという間に札幌記念が始まった。
札幌記念が終わり実況の声が会場に響く。
『ダイタクヘリオスとパパラチア!!!並んでゴールインしましたが!?しかし勝負はハナ差でダイタクヘリオスの勝利!!!手に汗握る素晴らしいレースでしたッ!!!』
観客からの大歓声が二人にむけられる中
「ウェーイ☆ウェーイ☆みんなアゲてこーー♪♪♪」
勝利の喜びを会場中に向けて振りまくダイタクヘリオスと
「何で・・・・・・」
すっかり沈んだ顔で地面に手をつくパパラチア。
そんな最中
「お嬢様、なーにやってんのぉ???ほらほら立って立って♪」
「あっちょ・・・」
無理矢理ダイタクヘリオスに立たせられたパパラチアは、そのままの勢いで肩を組まれ
「はいちょま、いっしょにー・・・ウェーイ☆☆☆」
「えっ」
「ウェーイ☆☆☆☆」
ダイタクヘリオスに押されるままに
「う・・・うえーい・・・・・・」
無理矢理笑顔を作らされ、会場にピースをさせられたのだった。