ニシノフラワーの怪文書   作:富岡牛乳

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9.デイリー杯ジュニアステークス

9月上旬、トレセン学園、正午。

ニシノフラワーは午前中の授業も終わりそこそこに、昼食を取るためカフェテリアに向かっていた。同級生の友人達は、偶々都合が合わず今日は一人。夏の残り香のような少し熱い日差しを受け、ゆっくりと歩みを進めている。しかし、その身体はどこか気だるく、脚は筋肉痛気味。昨日初めて行ったトレーニング、坂路コースが効いていた。

「はぁ・・・」

とため息がついつい出る彼女。それは唯疲れているだけの物ではない。

同室のミホノブルボンはこの坂路トレーニングを1日3回も行っていること。そしてそんなハードな練習に挑むのは、自分の限界を超えるために励むのは、彼女のトレーナーとともに歩みたい目標のため。

確固たる信念を持ち、課題に挑む彼女の姿を見て、どこか自分とは違うと少なからず彼女はショックを受けていた。

そんな事を考えている間に彼女はいつの間にかカフェテリアに到着していた。

「えっと・・・今日のメニューは・・・」

と定食メニューが書かれた看板に目を通している最中

「フラワー?」

と彼女の後ろから声がした。

その声にニシノフラワーが振り向くと

「どうも」

と言い、手を振る黒鹿毛の髪の長いウマ娘。

それは間違いなく、同じトレーナーの元で指導を受けるウマ娘、パパラチアだった。

「先輩、こんにちは!」

「ん」

お互いに挨拶を交わす二人。

そんな最中、

「あれ?パパやん、知り合い?」

とパパラチアの後ろから一人のウマ娘がひょっこりと顔を出した。

ショートカットの鹿毛色の髪をしたウマ娘。

「うん、ミラちゃん。後輩」

とパパラチアが返す。

「へー!」

と目を輝かせた彼女は

「アタシ、ミラクルウェイブっていうの!ヨロシク~」

と歯を輝かせ彼女に呼びかける。

「あ!はい!ニシノフラワーって言います!よろしくお願いしますっ!」

とニシノフラワーも頭を下げた。

「かわいい後輩がいるじゃん、パパやん!」

「うん・・・まぁ」

そう少し困った顔をするパパラチア。

そんな二人に

「あの、お二人は同級生なんですか?」

とニシノフラワーが話しかけ、

「ううん、アタシは一個下!だからキミの一個センパイでもあるのだっ!」

と胸を張るミラクルウェイブ。

「へぇ~仲良しさんなんですね!」

とニシノフラワーが微笑み、その言葉にミラクルウェイブの瞳が輝いた。

「ねぇ!仲良しさんだって!かわいいねフラワーちゃんっ!!!」

「あー・・・うん」

「何だよ照れてるの、パパやん!」

「いや、そうじゃなくてさ・・・」

困ったようにパパラチアが後ろを親指で指すと

「後ろ・・・混んでるから」

と一言。

その方向にニシノフラワーとミラクルウェイブが目を向けると、ウマ娘達の行列。定食メニューを確認するため、顔を伸ばすウマ娘達が多数。

それを見て顔を見合わせて頭を下げる二人を見て、

「ま、さっさと注文して一緒に食べよっか」

と首を傾けて、困ったように笑うパパラチアだった。

 

 

「坂道・・・三本」

「はい」

テーブルに座ってて定食を食べながら、パパラチアとミラクルウェイブに対して、ニシノフラワーはミホノブルボンの事を話した。

目標に対して異常な努力をしている彼女のことを聞いて、二人はあっけにとられた顔で、ニシノフラワーの顔を見ている。

「メチャクチャだねー、その子。毎日、坂道三本なんてマジでハンパじゃないよ」

と呆れた調子で笑うミラクルウェイブに

「確かにね。あり得ないわ、そのミホノブルボンって子」

と苦笑しながら頬杖をついてパパラチアも同意する。

どうやらシニア級の二人であってもミホノブルボンの姿勢は常軌を逸しているようだと分かり、ニシノフラワーは少しだけ安堵した。

「でもさぁ、何か分かる気がする」

と切り出したのはミラクルウェイブだった。

どこか宙に視線をやり、彼女は少し微笑んでそう話す。

「どんなに辛くてもさぁ、なんかやりたい目標があればさ。多少の無茶だってできるって、その子の気持ち、なんか分かる」

そこに映ったのは、先ほどまでちゃきちゃきと騒がしく笑っていたウマ娘とは違う顔。

どこか遠くを見る彼女の顔を見て、ニシノフラワーが呆けているうちに

「何かあるの、アンタにも」

そう少し口角を上げてパパラチアが問いかけ

「ひみつ~♪」

といつもの調子に戻ったミラクルウェイブが彼女に返した。

陽気に笑う二人の様子を見て

(目標・・・かぁ)

とニシノフラワーはただ心に靄を抱えたまま、手に持つ箸を力なく持っているより他になかった。

 

 

夕刻。トレセン学園、トレーナー室にて。

「悩んでる、ですか?」

「多分ね」

トレーニングの定刻より、少し早めにトレーナー室に訪れたパパラチア。

それは昼間のニシノフラワーの様子から、彼女が悩んでいることをトレーナーに伝えた方がいい。そんな心意気からだった。

そして彼女は全てを話した。

昼休みに一緒に食事を取ったこと。ミホノブルボンを強く意識していること。理由は分からないが、どこか悩んでいる様子であること。

後輩のウマ娘に対して素っ気ない態度を取ることもできた。また、見て見ぬ振りをすることも出来た。

しかし一緒の釜の飯を食べる仲だ。いつの間にかそうなっていた二人だ。どこか見過ごす事が出来ず、トレーナーに切り出した彼女である。

「ミホノ・・・ブルボンさん・・・ですか」

と言い、彼も少し考える。

彼女の話は聞いている。というより、ジュニアクラスにも拘わらず、高い頻度で坂路コースを使っていることから、否が応でも目に入るといった方が正しいだろう。

そしてふと考えるのはミホノブルボンの事だった。

彼女はティアラ路線には進まず、クラシック路線に舵を切るとされている。それであれば彼女のライバルにはならない。

(それならば・・・)

と彼は思い

「パパラチアさん、良いことを教えてくれました」

と、彼女ににっこり笑って声を掛ける。

その笑顔に少し目を見開き、視線を恥ずかしそうにずらすと

「別に・・・」

とパパラチアは返す。

そんな最中、トレーナーはどこかに電話をかけ始めた。

「もしもし、練習前に申し訳ございません。今よろしいですか?」

その様子を見ながら、首を傾げるパパラチア。

そしてその電話の意図することが、すぐに彼女の目の前に現れることになるとは、今のパパラチアは想定すらしていなかった。

 

 

トレセン学園、坂路コース。

トレーナー、そしてパパラチアとニシノフラワーの目の前に、一人のウマ娘が現れていた。

鹿毛色の長い髪の毛。無機質な色合いの瞳と、ぱりっとした筋の通った体つき。

「ミホノブルボンです。よろしくお願いします」

と彼女は頭を下げる。

「はい、急にすみません。今日はよろしくお願いします」

ニシノフラワーのトレーナーが頭を下げ

「いえ、マスターの指示ですから」

と彼女は表情を変えず応じた。

彼女たちとは少し離れた所に居る、少し強面な男性。それがミホノブルボンのトレーナーであるが、

「本当に急だよな、お前」

と一言。

「申し訳ございません。応じていただき感謝致します」

と彼はミホノブルボンのトレーナーに笑顔で頭を下げた。

何が何だか分からない、という顔をする二人のウマ娘だったが、

「いいですか、パパラチアさん、ニシノフラワーさん」

とトレーナーは声を掛けた。

その言葉に姿勢を正す二人を見て頷くと

「今日はミホノブルボンさんと共同で坂路のケイコをやってもらいます」

と言った。

そして言葉を続けて

「流石にあなたたちは、彼女みたいに1日3本の坂路は出来ません。しかし、一緒に走ることで何かお互いに学べることがあるはずです。今日も一日頑張っていきましょう」

と二人を見る。

ニシノフラワーはルームメイトたるミホノブルボンの姿を見て、どこか呆けたような顔をしていた。突然のことで驚いているのだろう。

しかしその瞳にはどこかきらめきが宿っている。なにせ、ルームメイトとはいえ、一緒に走るのはこれが初めて。どんな練習になるのかと期待があふれ出ているのだろう。

「それじゃ、早速行きましょうか」

「おう」

二人のトレーナーは目を合わせ、頷きあう。

そして

「それでは三人で坂路トレーニングを始めます」

と言うと、

「「「はいっ!」」」

三人の気合いの入った返事が、晩夏の空に高く響いた。

 

 

共同トレーニングは大成功だった。

今までレースでは同世代とは格の違う走りをしていたニシノフラワーだったが、ミホノブルボンというウマ娘と走り、大きな刺激になったようである。

坂道とはいえ、初めて置いて行かれた経験を彼女は味わった。ここで初めて背中を追いかける経験をしたニシノフラワーだったが、そんなことで折れる程、彼女の勝負根性は柔ではなかった。

どうにかついて行こうとニシノフラワーが必死に並ぼうとすれば、ミホノブルボンもそれを引き剥がそうと脚を早める。

お互いに切磋琢磨する練習を二人はこなしたのだ。疲労よりも闘争心が上回ったのだろう。

そして、そんなニシノフラワーに大きな変化が現れた。彼女には1日1回が精々限度だと思っていた坂路だったが、共同練習を行って競争心に火がついたのだろう、2回目の坂路をニシノフラワーから望み出てきた時には少し驚いたトレーナーである。最も、体力切れを起こしてしまい、結果は散々なものだったが。

「いい練習になりました。ありがとうございます」

練習が終わり、ニシノフラワーのトレーナーは、ミホノブルボンのトレーナーに頭を下げる。

「何言ってやがる。こちらこそだ。ありがとな」

しかしそれに首を振り、ミホノブルボンのトレーナーは笑って見せた。

お互いに同世代で対等に張り合えるライバルがいなくて、どこか物足りなさを感じていたのだろう。

互いに互いが競い合い、張り切りあい、今までとは違った空気で練習に励めたと、トレーナー二人は感じていた。

「明日から・・・そうだな。しばらく一緒にトレーニングするのも悪くないかもな」

そうミホノブルボンのトレーナーに言われ

「こちらこそ。僕も同じ事を思っていました。お願い出来ますか?」

と、ニシノフラワーのトレーナーが返す。

お互い違う路線を歩むからこそ、利害も一致する。二人のトレーナーが頷き合うそんな中で

「あの、さ」

話しかけてきたウマ娘が一人。

「どうしました、パパラチアさん」

とトレーナーは話しかける。

トレーニングを終えて、汗で身体中を湿らせながらも

「私も、共同トレーニングをしてほしい子がいるんだけど・・・」

と髪をいじりながら、視線を逸らして口ごもるパパラチア。

そんな彼女を見て、少しだけ笑うと

「誰ですか?」

とトレーナーは声を掛けた。

 

「ミラクルウェイブです!よろしくお願いします!」

翌日、パパラチアのリクエストで、ミラクルウェイブもトレーニングに合流した。

彼女はシニアクラスとはいえ、つい最近オープンクラスに昇格したばかりのウマ娘。病気や骨折があり、デビューが今年4月であったが、半年でオープンクラスまでこぎ着けたという彼女。しかしそれだけの実力はあるにしても、G1・安田記念のタイトルを持つ、パパラチアと比べてどうかと思っていたトレーナーだったが、その不安は杞憂そのものだった。

「ぐうぅぅぅぅっ!!!」

目の前には必死に坂を上るミラクルウェイブ。彼女の目の前に走るパパラチアとは差が開いているにしろ、必死にその差を埋めようとしているのだろう、差が決して開くことはない。

「くっ・・・!!!」

そしてそれを感じてか、パパラチアの脚にも力強さが宿っている。ニシノフラワーと練習するよりもタイムも徐々に伸び始めているのにトレーナーも目を見張った。

そして別の場所では、規則正しい、そして早めのリズムで呼吸をし、坂を上るミホノブルボン。そしてそれに必死に食らいつき、短い歩幅で坂をかけるニシノフラワー。こちらもこちらでお互いに切磋琢磨しあっている。

練習が終わって楽しそうに談笑する4人のウマ娘。夕日に照らされる広い練習場の中で

「こりゃあ、次のレースが楽しみになってきたな」

とミホノブルボンのトレーナーが彼に声をかけ

「はい、本当に」

とニシノフラワーのトレーナーが返す。

「ええ調子やんな」

とミラクルウェイブのトレーナーも二人に声を掛け、二人は頷いた。

 

そして、9月下旬。

中山レース場、G1、スプリンターズステークス。

最終局面。

『第四コーナーをカーブして短い直線へ!先頭はハスキーウルフ先頭!』

短い直線、そして中山名物の急坂を上るウマ娘達。

「いっけー!!!パパやーんっ!!!!!」

そして会場から響くミラクルウェイブの声に応えるように

『そして来た!来た!!来た!!!来た!!!!真ん中を割ってパパラチア!!!!!』

好位置からの差しきり態勢を整えて飛んできたのはパパラチア。

『200を切った!!!パパラチア先頭!!!』

そしてそのまま脚色を途絶えさせることなく

『パパラチア、一着でゴールイン!!!』

余裕の走りで、後続とは4バ身差の圧勝で、パパラチアは2つ目のG1タイトルを手にしたのだった。

 

さらに11月上旬。

京都レース場、G2、デイリー杯ジュニアステークス。

最終局面。

『さぁ、第四コーナーを回って、先頭はフォーリンファイター!!!二番手にニシノフラワー!!!』

好位置につけ、京都外回りの坂を抑え気味で下ったニシノフラワーは、直線に向いたその瞬間、

「はいっ!!!」

手前を変えたかと思えば、気合いを込めて前を向き、一気に直線を駆けだした。

『直線に向きました!ニシノフラワー先頭!!!ニシノフラワー先頭!!!』

(ぐっ・・・)

と歯を食いしばり必死にそれを追う二番手に落ちた逃げウマ。

(くっそぉ・・・!!!)

後続のウマ娘たちもそれに同じ。

必死に小さな背中を追いかけていくが

『残り200を切った!!!ニシノフラワー先頭!!!後続をどんどんと引き離していく!!!』

その差は埋まらず、彼女たちの視界に映るニシノフラワーの姿は小さくなるばかり。

そして

『ニシノフラワー!!!一着でゴールイン!!!函館のジュニアチャンピオンが淀の坂をも制しました!!!』

ニシノフラワーは、二番手とは3と1/2バ身差をつけ、G2タイトルを手にしたのだった。

 

観客席にて。

「すっご!フラワーちゃんすっご!!!」

興奮した声をあげるのはミラクルウェイブ。

「お前も負けてられないな」

「はい、マスター」

それを見て淡々と闘志を漲らせるのはミホノブルボンとそのトレーナー。

「あ・・・また勝ったね、トレーナー」

とパパラチアがトレーナーに微笑を浮かべて視線を送る。

今日のレースも格の違いを見せつけて完勝。これであれば、もう次のレースに出ない理由もない。

だから

「はい。もう決定ですね。出ましょう、阪神ジュベナイルフィリーズへ」

とトレーナーはパパラチアに微笑み返し、大歓声に満面の笑顔で手を振るニシノフラワーを見たのだった。

 

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