年の瀬を迎えると世間は表彰シーズンとなる。その年に様々な分野で功績のあった人々が様々な表彰を受ける。ソロ、デュオ、グループの三分野でそれぞれミリオンを達成したハルナは当然のように音楽祭の新人賞を総なめにし、マコちゃんもそれなりの功績でいくつかの表彰を受けた。縁の下の力持ちに過ぎない僕は特に表彰とは縁がないと思われたが、チャコと僕が「カップル・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。表彰されるのは僕の柄ではないので辞退したかったのだがチャコがあまりにも喜んだので受けることにし、十二月中旬の午後、永田町の近くで行われた表彰式にチャコと僕は出かけていった。
解散のために開会されていたはずの国会は解散することなく閉幕してしまい永田町はエネルギーを蓄積したまま閑散としている。表彰会場が議員会館と目と鼻の先だったのでチャコの希望もあり、表彰式終了後、議員会館に寄ることにした。チャコは直接口には出さなかったが孫思いの祖父に小遣いをせびるつもりなのだ。セーラー服のチャコは議員会館の目指す部屋のドアを開け「おじいちゃん。こんにちは~」と元気にあいさつした。巨漢の参議院議員がいたので「ああ、先生。いらしたんですね。お疲れ様です」と僕もあいさつした。
「ああ、啓一君。朝子も来たのか。珍しいな。」
「うん。啓一さんと『カップル・オブ・ザ・イヤー』に選ばれて今、表彰されてきたの。すごいでしょ。日本で一番仲のいい夫婦に選ばれたんだよ。近くだったんでこっちに寄っちゃった。」
チャコが巨漢に答えた。
「ちょうど良かった。山崎に言付けようと思っていたんだが、せっかくだから私の口から話そう。総選挙の日程が決まったよ。まあかけたまえ。」
巨漢はそう言ってチャコと僕にソファを薦めた。チャコと僕は巨漢の前に座った。
「いよいよ選挙になるのね。楽しみだなあ。」
チャコが現役女子高生そのままに言った。
「そうだな。啓一君は当選確実だから楽しみだろうな。朝子がうらやましいよ。私は妻に迷惑かけてばかりだったからな。解散は一月二十日にするそうだ。」
「一月二十日ですか?」
僕はビックリした。一月二十日は通常国会の初日で普通はありえない。
「そうだ。まあ今まで解散権を行使しないできた『つけ』がまわってきたということだ。このままだと任期が満了してしまうかなら。内閣支持率が低迷しているのは確かだが、解散権が行使できなかったリーダーシップのない総理というレッテルも恥ずかしいからな。それに君と違って他の連中は地元対策が大変で早く選挙をやってもらわないと政治資金も底をついてしまう。総理としてもそういう声に耐えられなくなったということだ。それで通常国会の冒頭で解散となるわけだ。まあ君は君のペースでやればいい。私があれこれ言うよりもうまくいくだろう。」
「分かりました。では一月二十日には地元入りしますね。投票日は四十日後くらいですか?」
「そのくらいだな。朝子は学校があるから選挙期間中の地元入りは無理だろうが奥の方は誰が仕切るのかな?」
「はあ……」
僕が答えを考えているとチャコが
「おじいちゃん、ハルナちゃん知ってるでしょ?啓一さんの一番弟子。」
「ああ。あの背の高い女の子だな。色々表彰されているようだな。」
「そう。新人賞を総なめ。選挙期間中はハルナちゃんがお仕事休んで柏崎で啓一さんの奥さん役やるの。」
チャコが屈託なくそう言ったので僕はチャコを見た。
「そうか。彼女、随分人気あるんだろ?」
「うん。マコちゃんと女性アイドル第一位の座を争ってる。」
「そうか。朝子は平気なのか?あんなかわいい子を啓一君の傍に置いといて。」
「何言ってんの。あたしたち日本で一番仲のいい夫婦なんだよ。」
「そうか。そうだな。それにしてもさすがだな。私は総選挙期間中、柏崎に張り付いて君の応援をしなければと思っていたがそんな人気者が傍にいるのならその必要もなさそうだ。全国を回れるよ。ところでそういう事情で君も党から正式に公認されることになった。」
「はあ。」
「それで公認証が幹事長から渡されるが、公認料も同時に渡される。小切手だけどな。」
「公認料ってなあに?」
チャコがいつものように無邪気に聞いた。
「なんて説明したらいいかな。まあ選挙に色々とお金がかかるからその援助金みたいなものが党本部から出るんだよ。」
僕が軽く説明した。
「ふうん。いくらくらい出るの?」
チャコがまた聞いてきたが僕は答えられないので巨漢の参議院議員を見た。
「そこが問題なんだよ。一応、公認料は五百万円ということになっている。」
「ごひゃくまんえん!そんなにもらえるの!」
巨漢が答えを言うとチャコがビックリした。
「ああ。でも今の幹事長は相手によってピンはねしているようなんだ。」
「ピンはねですか?」
「うん。相手によっては三百万とか満額渡さないようにしているようなんだ。で、啓一君。君もきっとピンはねされるよ。別に君に問題があるわけじゃないんだが幹事長は私のことを嫌っているからね。だから私の孫の婿である君に嫌がらせをすると思うんだ。」
「はあ。」
「いいか。啓一君。ひるむことはない。もし公認料が五百万円より一円でも少なかったら『こんなはした金は受け取れない』といって突き返してくれ。」
「はあ?」
「大体あの男は幹事長のくせにやることが小さいんだ。金の亡者だというのも気に入らない。昔はもっと理想に燃えた男だったんだけどな。それが今じゃ守銭奴だ。あいつのためにもならないし、一度ギャフンと言わせてやりたいんだ。」
「はあ。」
「じゃあよろしく頼むよ。公認証の交付は今週中になると思う。後で君のところに直接、幹事長室から連絡があるだろう。まあ手土産くらいは持っていってやってくれ。」
「手土産ですか?何がいいでしょう?」
僕が巨漢に聞いた。
「なんでもいいよ。安い菓子でいい。じゃあ私は次があるので。」
本当に忙しかったのだろう。参議院の大物はラグビーのフォワードのように巨漢ながら軽い身のこなしで「ああ、おじいちゃん!」と小遣いをせびろうとする孫の声を振り切り出ていった。チャコがしばらく固まった。すると「若先生!」と背後から声がしたので振り返ると秘書の山崎氏がさっきまで巨漢の主人が座っていたソファに腰掛けていた。
「はい。」
「スミマセン。ご相談したいことがあるのですが少しお時間よろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
僕は身体を山崎氏の方に向け、チャコも身体を山崎秘書の方に向け直した。
「さっき大先生は『手土産は安い菓子でいい』とおっしゃっていましたけど、できれば現金を、それもかなり高額な現金をお土産としてお持ちいただきたいのです。」
「はあ。どういうことですか?」
「大先生は幹事長とライバル意識があってあんな強がりを言っていますが、はっきり申し上げまして、我が陣営は冷や飯を食わされています。若先生はご存知かと思いますが、大先生と幹事長は故野上修一郎先生の愛弟子です。」
「元首相の野上先生ですね?」
「はい。若い頃は二人とも切磋琢磨していたのですが野上先生がお亡くなりになられてからは路線が対立してしまって派閥も分裂、それが現在まで続いているのです。」
「今は幹事長の方が主流派なので権蔵先生はますます面白くないのですね?」
「そうです。しかし幹事長はあくまでも幹事長で党務を仕切っています。ですからくやしいですが幹事長には媚を売っておきたいのです。さっき大先生がおっしゃったように幹事長は守銭奴です。ですから現金をお土産として持っていっていただきたいのです。本当は大先生にお願いしたいのですが大先生はあんな調子ですから若先生だけが頼りなのです。」
山崎秘書は真剣だ。
「分かりました。それでいくらくらい準備すればよろしいでしょうか?」
「公認料が五百万円ですから最低でも五百万円。できれば倍返しで一千万円ご準備いただけるとありがたいです。それもキャッシュでご準備いただきたいのですが。」
僕はチャコと顔を合わせた。チャコは引きつっている。
「分かりました。考えてみます。」
「公認証の交付までそんなに時間がないと思います。師走のお忙しいところ申し訳ありません。どうか陣営のため、よろしくお願い致します。」
「はい。頑張ってみます。」
「それと、このことは大先生にはくれぐれも内密にお願いします。」
山崎秘書は念を押した。
チャコと僕は師走の街に出た。早急に一千万円を準備しないといけない。どうしようと思っているとチャコが口を開いた。
「ねえ、啓一さん。あたしグッドなアイデアを思いついちゃったんだけど。」
「何?」
「リビングに置き去りにされてるジュラルミンケースがあるよね。」
「ああ、黒田博士が持ってきた福沢諭吉先生のブロマイド一万枚だね。」
十月初旬、ノーベル生理学・医学賞を受賞した旧知の黒田博士が僕に借りた金を、利子をつけて返すといって現ナマ一億円を持って来た。モノはジュラルミンのケースに入れられ、リビングに置きっぱなしになっている。マコちゃんが「これなあに?」と不思議がっていたが、チャコが「今流行のインテリアだよ」と言ってそのままになっている。
「あれをそのまま幹事長さんにプレゼントしちゃえばいいと思うんだけど。」
「ええっ!一億円だよ。」
「一億円っていっても啓一さん、使い道ないでしょ?」
「それはそうだけど。」
「いいじゃない。結構、一番有効な使い道かもよ。」
「さっき五百万円であんなにビックリしてたのに、一億円だと平気なんだね。」
「そうだね。五百万円だとビックリだけど、一億円になるとさすがに桁違いなんで感覚が麻痺するんだね。」
なるほど、確かに二桁違う。一億円もいつまでもあのままにしておくわけにもいかない。
「分かった。じゃあそうしようか。」
「うん。ごあいさつにはあたしも行っていいかな?学校があるから無理かなあ?」
「そうだな。まあ幹事長には色々と世話になるだろうから夫婦一緒にあいさつするのもいいかもしれないね。長い付き合いになるだろうし。」
「学校はどうする?」
「一日くらいサボっちゃいなよ。いいんじゃない?もう二学期もおしまいでしょ?」
「おお、珍しいねえ。啓一さんからそんなこと言ってくるなんて。」
「僕もたまには平日、チャコと二人でのんびりしたいしね。国会も終わったし。年が明けたらいよいよ選挙でのんびりしていられなくなるしね。学校には夫の用でどうしても同伴しなくちゃいけないことがあって休みますって言えばいいよ。」
「いいねえ。本当に政治家の妻らしいや。」
チャコはニッコリ笑って僕の腕に絡みついた。
次の日、幹事長室から連絡があり、「明日、午前九時に公認証を渡すので幹事長室に来てくれ」というので翌日、ハイヤーをチャーターし、学校を休んだチャコと一緒に党本部に向かった。現金一億円はさすがに電車では運べない。
ハイヤーが党本部前に到着し、チャコと僕はクルマから降りた。ジュラルミンのケースはチャコが運んだ。ケースはあまりにも重いのだがチャコは「こういうのはあたしが運んだ方がいいんだよ」と言ってケースを離さなかった。確かに僕がジュラルミンのケースを持つと怪しいが、自由が丘女子高等学校の制服を着たチャコが持つと怪しすぎてかえって違和感は覚えない。チャコは計算しているのだろうか。午前八時五十分頃には幹事長室近くの控え室に到着し、一時間ほど待たされてから幹事長室付きの党本部職員に呼ばれチャコと二人で幹事長室に入った。このときもジュラルミンのケースはチャコが持った。
ドアをノックし「白石啓一です。入ります」と言って入室するといかにも守銭奴といった感じの意地の悪そうなおじさんが立っていた。
「やあ。私が幹事長の山口だ。権蔵の孫だな。君の話はよく聞いているよ。あまり悪い話は聞かないな。」
幹事長は不気味な笑みを浮かべてそう言った。背はチャコと僕の中間くらいで高くはない。巨漢の参議院議員のライバルといっていたが体力では勝負にならないだろう。顔色も良くはなく、肝臓が悪そうだ。
「お世話になります。新潟県柏崎から立候補させていただきます白石啓一です。よろしくお願い致します。そしてこっちが妻の朝子です。」
僕はそう言ってセーラー服の少女を幹事長に紹介した。
「白石権蔵の孫の朝子です。主人がお世話になります。」
チャコがそう言って幹事長にお辞儀をした。
「噂には聞いていたが本当に若い奥さんだな。しかしこんな女の子を政治に利用するなんて権蔵もやることがえげつないな。まあかけたまえ。」
幹事長は僕たちにソファをすすめた。チャコと僕はソファに座り、五秒くらい遅れて幹事長が対面に座った。幹事長はチャコの持ってきたジュラルミンのケースにチラッと目をやった。
「そんなジュラルミンのケースなんか持ってきて、君も大げさだな。公認料はそんなに出ないし、そもそも渡すのは小切手だぞ。秘書に教えてもらわなかったのか?」
幹事長は失笑し、やや早口でそう言った。そして「これが公認証だ」と言ってやや厚めの紙一枚を事務的に僕に渡した。今度の総選挙で僕を公認するというようなことが書いてある。僕は記載内容を確認し「ありがとうございます」と言った。
「それからこれが公認料だ。」
そう言って幹事長は僕に一枚の小切手を渡した。額面を確認すると三百万円だった。チャコも横から覗き込む。
「金額が不満かな?まあ悪く思わないでくれ。別に君に恨みがあるわけじゃない。ただ君のおじいさんが嫌いなだけだ。」
幹事長は歯に衣着せず、きっぱりと言った。むしろすっきりする。
「いえいえ、不満なんかありません。ありがたく頂戴します。」
小切手を右手に持ったまま僕が答えた。するとチャコがジュラルミンのケースを応接テーブルの上に置き、ニコッとした。
「それでは今度はあたし達から。」
チャコはジュラルミンのケースを開け、福沢諭吉先生のブロマイドを幹事長に見せた。
「なっ、なんだこれは?」
幹事長は顔色を変え、ビックリして言った。
「お近づきの印です。」
チャコが現役の女子高生そのままに答えた。
「……領収証が必要かな?」
少し間があってから幹事長が聞いた。受け取る意思はあるようだ。あるいはこういう場面には慣れているのかもしれない。
「いえ。これはそういう性質のお金ではありません。」
僕が答えた。
「そうか。……こんな金、一体どうしたんだ?」
「幹事長さん、白石権蔵の娘の白石裕子はご存知ですか?」
今度はチャコが幹事長に聞いた。
「ああ、知っているよ。歌姫と言われた歌手だな。その……白石君の元婚約者だろ。まあ奥さんの前で言う話でもないが。」
「今でも婚約者ですよ。婚約は解消されてないんですから。主人は白石裕子の版権を管理してるんです。旧譜はもちろんなんですけど、今年は鈴木春菜ちゃんとか『ザ柏崎』とか妹のいる『チーム』もそうなんですけどお蔭様で随分売れましたから。……ですからこれはほんのお近づきの印です。せっかくですからこれも……」
チャコはそう言って僕の手から三百万円の小切手を奪い取り、ジュラルミンケースの中の諭吉先生のブロマイドの束の一番上の載せるとケースを閉め、テーブルの上に立てた。そして幹事長に両手の手のひらを向け「どうぞ」と言った。幹事長はしばし沈黙した。
「……なるほど、政治資金は潤沢ってわけか。うらやましいな。君みたいな新人は初めてだ。……で、総理から何かポストで希望があれば聞いておくように言われているんだ。もう当選を前提にしてる話だけどな。それで……何か希望のポストはあるのかな?」
「いえいえ、僕は、お役に立てるのであればなんでもやらせていただきます」という僕の言葉をさえぎってチャコが「副幹事長でお願いします!」ときっぱり言った。僕はビックリしてチャコを見た。
「副幹事長?」
幹事長はニヤッとあざ笑った。
「随分大きく出たな。当選一回で副幹事長か?まあ話だけは聞いておくよ。総理も随分君の事を高く買っているようだけど一体どこでゴマすってきたんだ?まあいいよ。でも政治はそんなに甘い世界じゃないぞ。まあ私が言ってもよく分からないだろうがそこはこれから何十年、肌で感じるんだな。」
幹事長がそう言ったので僕は「はい。僕は今回が初めてですのでとにかく初心を心に刻むつもりです。ご指導よろしくお願い致します」と言って頭を下げた。
幹事長が立ち上がり僕に握手を求めてきたので僕も立ち上がり幹事長と握手した。幹事長が「頑張ってくれ」と言ったので僕は「はい。よろしくお願いします」と答えた。続いて幹事長はチャコと握手した。
チャコは幹事長の手を握るとそのまま両手でその手を下の方に持って行きテーブルの上に置いてあるジュラルミンのケースの取っ手を幹事長につかませた。そしてそのままの姿勢で「主人のことよろしくお願いしますね」と静かに言ってニコッとしたので僕はぞくっとした。幹事長は慌ててケースの取っ手から手を離し、その手をズボンにこすりつけた。動揺したのが傍目にも分かった。
「……分かったよ。……君は有名人だし、その……広告塔として使うと言えば年寄り連中もうるさくは言わないかもしれない。……総理が君を評価する理由が少し分かったよ。総理にも同じようなことをしたんだな?」
「いえいえ、総理にはもっとすごいことしましたよ。……いけない、総理に内密にって言われてたんだ。スミマセン、今のことは聞かなかったことにしてください。」
チャコが女子高生丸出しの表情で言った。ここまでくると僕もチャコがわざと言っているのか天然なのか分からなくなってくる。
「そうか。……それにしても、まだ若いんであなどっていたが君もなかなかの実力者だな。あの権蔵が高校生の孫を差し出してまで獲得しようとしただけのことはある。」
「ええ。権蔵は主人だけは敵にしたくないと言ってます。」
チャコがそう言って幹事長はまたハッとした。
「よろしくお願いします。」
僕はなんと言ったらいいのか分からなかったのでとりあえずそう言って頭を下げた。するとチャコが「幹事長さん。選挙、頑張りましょうね」とニッコリ笑ってそう言い、幹事長もつられて微笑んだ。
「そうだな。選挙に勝てなければ元も子もない。君は当選確実だろうが我が党が厳しいのは事実だ。うちの党に本当に必要なのは白石君、君のような若い力なんだろうな。君のおじいさんとは馬が合わないけど、君とは仲良くやれそうだ。一緒に頑張ろう。」
「はい。では、失礼します。」
そう言ってチャコと二人でお辞儀をして僕たちは幹事長室を出た。
「チャコ。なんで『副幹事長』なんて言ったんだよ?」
幹事長室を出ると僕は少しきつめに聞いた。
「それはこっちが聞きたいよ。なんで『副幹事長』って言わなかったの?」
「えっ?」
「だっておじいちゃんに言われてたでしょ?総理に会ったときだったかな。『君の実力なら副幹事長くらい取れる』って。」
「ああ、それはそうだけど。」
「あたし、啓一さんが忘れちゃったんじゃないかと思って助け舟出したんだからね。感謝してね。」
「チャコ……」
「あたし政治のことはよく分からないけど、でも副幹事長にはなれそうだね。なかなかいい感触だったんじゃない?」
「うん。」
僕もそんなことを感じていた。全然僕にそのつもりはないのだがあの調子だと幹事長は僕を副幹事長に大抜擢するだろう。まあ選挙に勝利し、幹事長が続投することが前提となるが。
「ねえ、これからどうする?まさか学校行けとは言わないよね?」
チャコが言った。時計は午前十時頃をさしている。
「ああ。もう国会もないし、久しぶりに二人でのんびりしようか。遊園地でも行く?」
「ええっ!ホント~?。お仕事大丈夫なの?」
「今日はこれがあったんで他の仕事は入れてないんだ。どれだけ待たされるか読めなかったからね。予想外に早く終わって良かったよ。」
「うれし~。啓一さんと二人でデートだあ!」
チャコは党本部の中だというのにいつものように女の子丸出しで喜んだので周囲の視線がこちらに向けられ、僕は一瞬びびった。すると「若先生!」と聞いたことのある声がしたので振り向くと権蔵議員の秘書の山崎氏がいた。
「ああ山崎さん。どうしたんですか?こんなところで。」
「いや、別件があって来ていたのですが。若先生は今日だったんですね。」
「はい。公認証をいただきました。」
「それで、……いかがでした?」
「万事うまく行きましたよ。」
チャコが横から山崎氏に答えた。
「お土産は何を持っていかれたんですか?」
「安いお菓子ですよ。」
山崎氏の質問にまたチャコが答えた。
「そうですか……」
山崎氏の表情が少し暗くなったので
「黄金色のお菓子ですよ。とても一人では食べきれない量です。」
僕がそう言うと山崎氏は納得したようで
「ああ、それなら良かった。どうもお疲れさまでした。」
そう言って笑ってくれた。
「若先生。これから議員会館に行かれますか?」
そう聞かれたので僕はチャコと顔を合わせ
「いや、今日はチャコの学校の用がありましてこれから学校に行く予定です。普段、どうしてもチャコのことに関わってあげられないので今日は一日、チャコの方の用事を済ませる予定です。夜まで家にも帰りませんのでそのつもりでいてください。それと、これをお願いします。」
僕はそう言ってさっき渡された公認証を山崎氏に渡した。遊園地に遊びに行くには荷物になる。
「分かりました。では何かありましたら携帯の方に電話を入れさせていただきます。失礼します。」
山崎氏はそう言って足早に離れていった。
「何かあったら携帯かあ。結局、鎖につながれてるようなもんだね。」
チャコがしょうがないといった表情で言った。
「大丈夫だよ。ほら。」
僕はそう言ってチャコに携帯のディスプレイを見せた。電源が切られている。
「電源切ってるの?」
「ううん。たまたま充電が切れちゃったんだよ。だから今日は誰にも邪魔されないよ。」
僕がそう言って微笑むとチャコは目を大きく開いて何も言わず、ただ僕の腕にしがみついてきて、僕たちはそのまま党本部を出た。
それからチャコと僕は都内の遊園地に行き遊びまくった。ランチも豪華に楽しみ、とにかく贅沢した。それはそうだ。今日一日で一億円使っているのだ。どうしても気が大きくなる。結局、日が暮れるまで遊びまくり、タクシーで帰宅した。家の電気はついていてマコちゃんが帰ってきているのが分かった。玄関を開けると男性用の靴が置いてあったのでお客さんが来ているようだ。マコちゃんが飛んできた。
「お兄ちゃん!どこ行ってたの?携帯は電源切ってるみたいだったし。」
マコちゃんが小さな声で詰問した。気を使う客が来ているのだ。
「どこって、チャコとデートだよ。たまにはいいでしょ。携帯は充電が切れただけだよ。」
「お兄ちゃんにお客さん。随分、お待たせだよ。」
マコちゃんがとても嫌そうな顔で言ったのでとても嫌なお客さんが来ていることが分かった。そう言われて僕はリビングを覗き驚いた。ソファに巨漢の大物政治家、白石権蔵参議院議員が座っていたのである。この碑文谷の家に来るのは裕ちゃんがいたとき以来だ。
「あっ、先生。どうされたんですか?呼んでいただければ僕の方から出向きましたのに。」
僕は動揺を隠せなかった。
「何度も呼び出したけど行方不明だったじゃないか。政治家として危機管理が甘いんじゃないのか?」
巨漢は僕を叱責した。
「はい。申し訳ありません。」
僕は深々と頭を下げた。
「まあいい。とにかく座りなさい。」
巨漢にそう言われ、僕は「はい」と言って巨漢の前のソファに腰掛けた。チャコとマコちゃんはドア付近に不安そうに並んで立っている。
「今日、幹事長に会ったな?」
巨漢は詰問調で言った。
「はい。公認証をいただきました。」
「公認料はいくらだった?」
「三百万円でした。」
「で、受け取ったのか?」
「いや、その……突き返しました。」
僕は受け取らなかったのだから「突き返した」と言っても間違いではない。
「そうか。」
巨漢の参議院議員はしばらく沈黙した。
「何かあったんですか?」
僕が聞いた。僕が一億円を渡したことが分かってしまったのかもしれない。僕が一億円をただで渡したことを知ったらこの巨漢は快く思わないだろう。しかし後の祭りだ。
「何があったも何も、今日、幹事長が私のところを尋ねてきたんだ。」
「はあ。」
「ビックリしたよ。電話で呼び出すならともかく、本人が自分から尋ねてきたんだからな。それで、『お前とは色々あったが、過去の恩讐は乗り越えてもう一度一緒にやり直そうじゃないか』というんだ。」
「どういうことです?」
「まあ派閥を再統合したいということだ。」
「随分急ですね。」
「今までもそういう話はあったけど、出ては立ち消えていたんだ。お互いに意地を張っていたからな。でも今度は幹事長も本気のようだ。」
「本気ですか?」
「うん。幹事長、『派閥の代表は俺で、事務総長は当面お前だ』って言うんで、『けっ』と思ったんだが、『総選挙が終わったら白石啓一君に事務総長をやってもらいたい』と言うんだ。」
なるほど、金づるとして使うつもりなのだろう。でも僕は黙っていた。
「幹事長、君の事を大層気に入っていたよ。『よくあんな男見つけてきたな』と言っていた。『総選挙後は彼を副幹事長にしたいので自分の続投を支持してくれ』とも言っていた。一体なんの話をしたんだ?」
「別に……、特になんの話もしませんでしたけど……」
そう言って僕はチャコと顔を合わせた。
「そう言えば啓一さん、『初心を忘れないよう今回の選挙を心に刻み込みます』っていうようなこと言ったの。幹事長さんは『うちの党に本当に必要なのは、君のような若い力なんだろう』って言ってた。それで幹事長さん思い出したんじゃないかな。おじいちゃんと仲良かった頃のことを。」
チャコが言った。少し間があった。
「……そうか。確かにそんな時代もあったな。二人とも理想に燃えていた。……まあ幹事長は政治家としては最低のレベルだが、私と同じで人を見る目はあったってことかな。」
「先生はどうされるおつもりなんですか?」
僕が巨漢に聞いた。
「再統合には応じるよ。実は私の派閥は非主流派に転落してから冷や飯ばかり喰わされてきていてね。いいことなんて何もなかったんだ。今までも再統合の話はあったがあんなやつには頭は下げたくないと思って意地を張ってきたが、あいつの方から頭を下げてくるんだったら話は別だよ。これで私も最大派閥のメンバーになるってわけだ。」
「はあ。」
「啓一君。来年の三月頃には君は我が党の副幹事長で我が党最大派閥の事務総長だ。まあ君の実力からすれば不可能な話ではないけどな。この調子だと史上最速で総理大臣が生まれるかもしれないな。私が柏崎の議席を失ってしまったときはご先祖様に申し訳なくて、本当に自殺まで考えたくらいだったが今度はどうだ。この白石家から総理大臣が出るんだぞ。これでご先祖様にも立派に顔向けできるよ。」
巨漢の参議院議員は満足そうな笑みを浮かべそう言った。
「じゃああたしはファーストレディーになるのね。」
チャコがそう言うと今度はマコちゃんが
「あたしは総理大臣の妹かあ。どうしよう。いつまでもバカやってられないなあ。」
そう言った。
「そうだな。二人とも社交界で活躍できるよう、今から準備しておけよ。ハハハハハ……」
巨漢の高笑いがいつまでも鳴り響いていた。