前の夜、僕は寝付かれなかった。二月の第三日曜日。とうとう投開票日がやってきたのだ。衆議院総選挙は十日前に公示された。結局、野党第一党は対立候補の擁立を見送り、最左翼政党の候補者と僕の一騎打ちとなった。しかし僕の優勢は誰の目から見ても明らかで、信任投票の色合いが強くなった。マスコミ各社は、選挙速報で僕を当選者第一号にすると通告してきている。今までは政治家見習いだったが今日からは本物の政治家になるのだ。初当選を前に僕の心は沈んでいた。僕には最初から政治的な野心などないからだ。
時計は午前八時を回った頃だった。僕はリビングでテレビを見ながらまどろんでいた。
「どうぞ。」
ボーっとしている僕の横からすっとお茶が出てきた。碑文谷ではお茶を入れるのは大概僕の仕事だったので最初は戸惑いもあったがもう慣れてきた。「すっぴん事件」があってからというもののハルナは僕に本当に献身的に尽くしてくれている。ハルナは自分のせいで僕が総理大臣にこっぴどく叱られたと勘違いしているのだ。なんかハルナのことを騙しているようで僕はちょっぴり心苦しい。ハルナは既に着物に着替えていて、今日は自慢のサラサラストレートもアップにしている。ハルナと僕は八時半に一緒に投票することになっている。投票所では多くは芸能記者だろうがマスコミ各社が待ち構えていて写真を撮られるのだ。
「ありがとう。」
僕がそう言うとハルナはニコッと笑って一礼した。
「なあ、ハルナ。」
「はい?」
「色々ありがとう。お蔭様でなんとか今日の日を迎えられたよ。」
僕はハルナをねぎらった。
「とんでもないです。私は先生にご迷惑おかけするばっかりで。……私の方こそ、本当によくしていただきましてありがとうございました。」
「僕はできることしかしてないよ。」
「そんなことないです。実はこの前、永田さんがここに来たとき、私は破門されると思っていたんです。でも、先生は私のことを許してくださったばかりか『ハルナクラブ』まで認めてくださいました。本当にお礼の言葉もないです。本当に、本当にありがとうございました。」
ハルナはそう言うともう一度深々と頭を下げた。
「ハルナ。いいよもう。それにお礼を言わなきゃいけないのは僕の方だよ。マコちゃんのこととか。今までも色々と世話になってるし。」
「……私、実はもうこのまま芸能界は引退して先生のうちで住み込みのメイドをしてもいいかなあとか考えているんです。少しでも先生のお役に立てればと。先生もこれからお忙しくなるでしょうし、チャコちゃんやマコちゃんのお世話も大変でしょうから。」
「それは困るよ。ハルナにはまだまだ裕ちゃんの残してきた歌を歌ってもらわないといけないんだから。だから……これからもよろしくね。」
僕がそう言うとハルナは笑顔で「はい!」と元気よく答えた。
それから僕はスーツに着替え、ネクタイを締め、ハルナと一緒に白石本宅を出て徒歩で投票所の柏崎小学校に向かった。この季節にしては天気はいい。投票所では既にマスコミ各社が投票箱の前でカメラを構えていた。ハルナと僕は一緒に並んで投票箱に票を入れるポーズをきめ、注文に応じて何ショットも撮った。その後は白石本宅には戻らず、直接、選挙事務所に移動した。
駅近くの繁華街にある選挙事務所では人が入れ替わり立ち代りで既にお祭りムードだ。選挙事務所では今日行われる開票作業を見守る準備が行われていた。大きさは二百人収容のライブハウスといった感じだ。椅子が整然と並べられ、正面に巨大なスクリーンが設置され、その上にスクリーンの五分の一程の大きさのテレビモニターが五台設置されている。在京キー局の映像をすべて映し出し、そのうち一番いい映像を正面の巨大スクリーンに映すという。今日は午後八時の時報と同時に各局、一斉に僕の当選確実を流すことになっている。それから本当のお祭り騒ぎに突入するはずだ。それから先のことを考えるとやはり気分は沈んだ。
「若先生、顔色がよろしくないようですがどうかされましたか?」
事務所の作業を見守りながらボーっとしていると伊藤秘書が僕に声をかけた。
「はい。興奮しているのか緊張しているのか、あまりよく眠れていないんです。」
「そうですか。それでしたら少し一人でのんびりされてきたらいかがですか?外の空気を吸ってこられたら?」
「ありがとうございます。でも僕はここにいないといけないんじゃないですか?」
「少しくらいなら大丈夫ですよ。鈴木さんもいらっしゃいますし。」
そう言って伊藤秘書はハルナをチラッと見た。ハルナはニッコリ微笑んだ。
「分かりました。じゃあちょっと散歩でもしてきますね。」
僕がそう言って席を立つと
「若先生。よろしかったら携帯をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
伊藤秘書が言った。
「携帯、ですか?」
「ええ。携帯があると結局落ち着かないじゃないですか。」
「はい。でも大丈夫ですか?」
「まあなんとかなりますよ。」
「ではよろしくお願いします。チャコが着く頃には戻ります。」
チャコは今日、マコちゃんと一緒にバスで東京からやってくる予定で、この二人を輸送するだけのためにデラックスバスが一台チャーターされている。マコちゃんの映像を撮るためのクルーも同乗するそうで、テレビ局の企画なのだ。公示後は選管対策もあり、未成年のチャコとはしばらく会っていない。マコちゃんとは相変わらず冷戦状態だ。
僕は携帯をホルスターからはずし、伊藤秘書に渡した。そして財布だけを持って街に出た。
それから時間が経過し、僕はどこをどう歩いたのか菩提寺の白石家のお墓の前にいた。別に何か目的があってきたわけではない。裕ちゃんに呼ばれた気がしたのか気が付いたらお墓の前に立っている自分がいたのだ。僕は裕ちゃんのことを考えていた。思えば、大学二年生のときの裕ちゃんとの七年ぶりの再会がすべての始まりだった。あの時、裕ちゃんと再会していなかったら、あるいは裕ちゃんの提案を拒否していたら、僕が白石家の後継者となることもなく、今日の日を迎えることもなかったのだろう。そんなことを考えていると遠くの方から女の子の歌声が聞こえてきた。
「あなたのどりょく~♪てんしはみている~♪」
「天使の翼」だった。歌声の方を見ると藍色のオーバーを着たチャコがいた。
「やあ啓一さん。お久しぶり。ここにいたんだ。」
「もう着いたんだ。随分早かったね。」
「マコちゃんが『早く行こう』って朝からうるさくて。道もすいてたしね。」
「よくここが分かったね。」
「伊藤さんに聞いたの。ここにいるって。」
僕はそれを聞いてびっくりした。そんなこと一言も言ってなかったのに。なるほど自信満々で携帯を取り上げたわけだ。政治家と秘書の信頼関係というのはこうでなければいけないのかもしれない。
「マコちゃんは?」
「事務所で接待してますよ。やっぱりマコちゃん人気者だね。で、事務所はマコちゃんにお任せして、あたしは『啓一さんを探してくる』って言って出てきちゃった。」
「そう。」
「ねえ、裕ちゃんとなんの話してたの?こういうことを聞くのは悪趣味かな?」
「ううん。別になんの話もしてないよ。昔からそうなんだ。小さい頃から。裕ちゃんに会うまではあれも言ってやろう、これも言ってやろうって思うんだけど、いざ本人の前に出ると何も言えなくなっちゃうんだ。」
「随分尻に敷かれてたんだね。」
「そうだね。僕が学校でおしっこをもらしたときに裕ちゃんがパンツを貸してくれた話はしたことがあるよね?」
「うん。」
「あの時、裕ちゃんは自分のはいていたパンツをその場で脱いで僕に貸してくれたんだ。それ以来、裕ちゃんには逆らえなくなっちゃった。」
「そう。……じゃあ、海でも見に行こうよ。啓一さんに渡すものがあるんだ。預かってるものがあるの。裕ちゃんの前だとちょっと照れくさいから。」
そういってチャコは右手で僕の左手を引っ張り、僕を菩提寺から連れ出した。
「海に行くの?」
僕がチャコに聞いた。
「うん。あたし、泳げないから水は苦手なんだけど、ここの海って好きなんだなあ。なんか心が洗われる感じがして。」
「そうか。」
そう言って僕が苦笑すると「どうしたの?」とチャコが不思議そうに聞いた。
「うん。裕ちゃんも昔、そんなこと言ってたなあと思ってさ。なんか嫌なことがあるとこうやって僕の手を引っ張って、海を見に連れ出すんだ。そして砂浜で海を見ながら嫌なことを僕に当り散らすのさ。一通り吐き出すと『ああ、スッキリした』とか言って帰っていくの。」
「へ~っ」
「一度なんて、僕が中学に入ったばかりの頃だったかな。授業中に教室の扉ががらっと開いてさ。授業中だよ。裕ちゃんがいきなり入ってきて僕の手をつかんで外に連れ出されたことがあったよ。それでこんな風に僕の手を引っ張ってさ、海まできて不満をぶちまけたことがあったなあ。」
「ふうん。」
「それで大人になってからそのこと話すと『そんなことあったっけ?』とか言ってさ。本当に熱しやすく冷めやすい人だった。」
そんな話をしながら母校の小学校、中学校の前を通過し、中央海水浴場に着いた。中央海水浴場は夏休みに「ザ柏崎」のコンサート会場となった場所だ。今の季節は閑散としている。この季節にしては天気は良く暖かい。春一番が吹いたような一日で気持ちが良かった。
日本海の波は荒い。そんな海を見ていると本当に心が洗われるような気分で自分の気持ちになんだか素直になれるような気がした。
「なあチャコ。」
「ん?」
「チャコは僕の奥さんだよね?」
「何言ってるの、今さら。あたり前でしょ。」
「僕の奥さんなら僕のこと一番理解してるよね?」
「……うん。」
「じゃあ僕が今何を考えていてどういう気持ちかも分かるよね?」
「……うん。……分かるよ。」
「じゃあ僕は今、どんな気持ち?」
「『政治家なんかになりたくない。』そうでしょ?』
「……そう。その通りだよ。世間は僕のことを野心の塊みたいに言ってるけど僕は元々政治的な野心なんかないんだ。碑文谷のうちで裕ちゃんのものを整理しながらのんびり過ごせればそれで十分幸せなんだ。」
僕がそう言うとしばらく沈黙があり
「そんなこと分かってるよ。政治家になりたくないってことも。」
チャコがポツリと言った。
「いつから分かってた?」
「初めっから。結婚する前から分かってた。」
「まさか。それはいくらなんでも無理でしょ?」
「ううん。裕ちゃんに聞いてたの。啓一さん、『政治家になる気なんてさらさらないけど政治家にさせられちゃうだろう』って。啓一さん、『断れない性格だし、真面目だからなんでも自分でやろうとする。元々優秀な人だからそれなりにそつなくこなすと思うけど、やっぱり人間だからつらくなることもあると思う。そのときはチャコが支えるんだよ』って言われてるの。だから……啓一さん、今つらいんだね?」
「そうだね。……僕で大丈夫なのかって思うよ。みんな僕のことを勘違いしてる。とても政治家の器じゃないんだけどな。それはチャコも分かってくれてるでしょ?」
「大丈夫だよ。てか、あたしは啓一さんでないと駄目だと思うなあ。この前、総理が柏崎に来たときも中々の貫禄だったよ。本当に柏崎城主って感じだった。」
「貫禄なんて僕にはないよ。人前に出るのだって得意じゃないし。」
「それに啓一さん、本当に裏表のない人でしょ?誰とでも同じように接するし。……さっきもさ、警察署長さんとお話したんだけど、署長さん、啓一さんのこと誉めてたよ。」
「誉める?」
「うん。総理が来たとき、啓一さん、警察署に警備のお礼を言いに行ったでしょ。」
「ああ。総理が帰った後ね。」
「署長さん、啓一さんが『署長である自分だけでなく、制服の若いおまわりさんにも同じように丁寧にお礼を言って、労をねぎらってくれて、四十年以上警察官をやってきたけどこんなに誇らしいことはなかった』って言ってたよ。……みんな同じ気持ちだよ。あたしも啓一さんのお陰で幸せになれたし。マコちゃんも。」
「それは僕の身近な人達でしょ。」
「身近な人を幸せにできない人は他の人を幸せにすることなんてできないよ。マコちゃんなんて、啓一さんと出会わなかったら今頃ぐれてると思う。夢も希望もない生活だったからね。そんなマコちゃんが今は夢と希望を与えてる。」
「僕はそんなに大したことしてないよ。」
「ハルナちゃんもそう。……ハルナちゃんといえば、ねえ啓一さん。ハルナちゃんと何かあった?」
「なんで?」
「さっきハルナちゃんに会ったんだけどこの前会ったときとオーラが全然違ったよ。」
「オーラ?」
「うん。啓一さんの本当の奥さんみたいだった。」
「別に何もないけど、まあ、前回の『すっぴん事件』の続きだよ。ハルナ、僕が本当に総理に絞られたと思ってるんだ。それで僕に破門されると思ったんだって。でも破門するどころか逆に『ハルナクラブ』を認めたりしたでしょ。」
「そっか。啓一さんが体張ってくれたと思ってるんだ。女って体張られると弱いからなあ。でっ、告白とかされたの?」
「まあ、別にチャコに隠すことでもないけど。」
「告白されたの!」
「そうじゃなくて。ハルナは『このまま芸能界引退して碑文谷で僕のメイドになってもいい』って言ってた。」
「そっか。そうなんだ。それはいい話だなあ。ハルナちゃんがメイドになってくれるとあたしは楽だし、自慢できるなあ。お友達たくさん呼んじゃおうかなあ。」
チャコは相変わらずどんなことに対しても前向きだ。
「何言ってるんだよ。そんなの無理だよ。それにハルナにはまだ裕ちゃんの歌を歌ってもらわないといけないし。第一ハルナに失礼だよ。メイドだなんて。」
「そうでした。ハルナちゃんは今や柏崎城主の側室、お春の方様だもんね。」
僕はあきれた。返す言葉がなかった。話題を変えた。
「ところでさっき僕に渡すものがあるって言ってたけど、何?」
「ああ、忘れてた。お手紙だよ。本当は『当選したら渡して』って言われてるんだけどもう当選確実だからいいでしょ?」
「手紙?」
「これ。正確にはラブレターかな?」
チャコはそう言ってオーバーのポケットから少し黄色がかった白い封筒を出して僕に見せた。
「誰から?ああ、マコちゃんか。」
「どうかなあ。マコちゃんかもしれないし、マコちゃんじゃないかもしれないよ。啓一さんモテモテだから。」
「どうでもいいよ。じゃあ見せてよ。」
「待って。あたしが読み聞かせてあげるよ。別に奥さんに隠し立てすることでもないでしょ?」
差出人はチャコと僕の関係を知っているはずだから隠す必然性はない。
「ああ、いいよ。じゃあ読んでよ。」
「は~い。」
チャコはびりびり音を立てながら封筒を破り、中から手紙らしい紙を出して広げ「じゃあ読むね」と僕の目を見て言った。
「前略。お久しぶりです。その後、お元気でお過ごしですか?」
随分、古風な書き出しだ。時代劇オタクの妹は時々こういう書き方をする。
「この手紙を読んでいるということは当選したのですね。おめでとう。でも啓ちゃんには迷惑な話だったかな?」
そこまで聞いて僕はハッとした。思わず右手で口元を押さえた。
(「裕ちゃんだ!」)
僕はチャコを見た。チャコは僕を見てニタっとした。そして続けた。
「啓ちゃんは政治家になるのを嫌がっていたものね。でも啓ちゃんならきっと引き受けてくれると思っていた。実はね、私や父のところには色々な男の人が声をかけてきていたの。下心が見え見えの人もいたしそうでない人もいた。私としてはかぐや姫のような気分で結構楽しんだりしていたのだけど結局、これと思える人には出会えなかった。でもこれと思える人には実は最初に会っていた。啓ちゃん。あなたは確かに不器用かもしれない。でもいつも自分のことは後回しで周りのことばかり考えていて、やっぱり柏崎の選挙区は啓ちゃんしかいないと思った。今は不安だらけだと思うけど啓ちゃんならできるよ。だから頑張ってね。啓ちゃんは自分が考えているよりずっと強い人だと思う。チャコとは結婚したのかな?まだ早いかな?もしまだなら絶対にチャコと結婚してね。どうしてかっていうと、チャコは啓ちゃんにないものを持っているから。啓ちゃんになくてチャコにあるものそれは『強気の行動力』。それにチャコは私と違って小さいときから苦労しているから我慢強い。だから啓ちゃんとチャコは本当にいいカップルになれる。啓ちゃんのパートナーとして私よりもふさわしいと思う。もしもうチャコと結婚しているなら誰よりも啓ちゃんがそのことを理解していると思う。今とっても幸せでしょ。」
チャコはそこまで読むと僕と視線を合わせニコッとした。
「この手紙は私がこの世に残す最後のメッセージです。最後まで面倒を押し付けちゃうけどどうか父と姉のことをよろしくね。啓ちゃん、本当に色々ありがとう。チャコとの二人三脚、遠くから見守っています。それでは永遠にさようなら。草々。白石裕子。」
チャコは読み終わると手紙をそのまま僕に渡した。僕はその手紙を見た。確かに裕ちゃんの直筆だった。久しぶりに裕ちゃんに会った気がした。僕はしばらく裕ちゃんに思いをはせた。
「ねえ、啓一さん。二人三脚してみない?」
僕がしばらく黙っているとチャコがニコニコしながら言った。
「えっ?」
「裕ちゃんに見せてあげようよ。二人の二人三脚。」
それを聞いて僕にも笑顔が出た。
「いいよ。……やってみようか。でも足結ぶもの何かある?」
「そっか……ああ、これがあるよ。」
チャコはそう言ってオーバーのボタンを少し外し、中からスルスルとセーラー服のリボンを取り出した。そして両手で僕に見せた。
「よし。」
僕がそう言うとチャコの左足と僕の右足を合わせ、チャコがリボンで結んだ。
「じゃあ行くよ。せーの!いち!」
チャコが掛け声をかけるが第一歩であっけなく転んでしまう。二人で笑った。
「やっぱり最初は転んじゃうね。」
チャコが言った。そうだ。誰だって最初の一歩は転んでしまう。でもちょっとずつでも前に進んでいかれればいい。最初はぎこちなかったが段々息が合ってきて、柏崎小学校の前を通過する頃には随分普通に歩けるようになった。チャコとは結婚してまだ二年足らずだ。でももうこの子とは何十年も時を重ねてきたような気がする。その一瞬一瞬が僕にとって本当にかけがえのない時間だ。
チャコと二人三脚したまま白石本宅の傍まで来ると、マスコミ関係者の目にとまった。何人かが僕たちの周りに集ってきた。
「白石先生、何をされているんですか?」
記者の一人が聞いた。
「これから二人で二人三脚していかなきゃいけないのでその練習してるんです。」
そうチャコが答えた。僕はチャコと顔を合わせてニッコリ微笑んだ。写真を撮らせてほしいというので何ポーズか撮影し、白石本宅に戻った。僕はソファに腰掛け、裕ちゃんからの手紙をもう一度読んだ。するといつの間にか睡魔が襲ってきてそのまま眠ってしまった。
僕は夢を見ているようだった。テレビを見ている夢だ。テレビでは晴れ着の少女達が歌って踊る缶飲料のコマーシャルが映っている。しかし何か変だ。マコちゃんが二人いるのだ。いやマコちゃんが二人ではない。チャコとマコちゃんが歌って踊っているのだ。
(「あれっ、このCM、チャコも出てたんだっけ?」)
そんなことを考えていると誰かが僕を揺り動かして僕は夢から覚めた。
「ねえ、起きてよ。いい加減に選挙事務所に行かないと開票速報が始まっちゃうよ。」
女の子のそう言う声を聞いて僕は目を開けた。そして僕を揺り動かした少女を見た。さっき夢で見たのと同じ晴れ着を着た少女がそこにいた。
「マコちゃん?……じゃないよね?……チャコ?」
僕がそう言うと
「あたしはここだよ!」
マコちゃんのそういう声が聞こえて晴れ着姿のマコちゃんが視界に入った。マコちゃんは僕の前でかしこまった。
「お兄ちゃん。こないだは本当にゴメンなさい。あたし……お兄ちゃんのこと大好きなのにお兄ちゃんの足引っ張るようなことしちゃって……」
深い眠りから覚めた僕はまだ意識朦朧としている。チャコが口を開いた。
「大丈夫だよ。マコちゃん。啓一さん、最初からそんなに怒ってないんだよ。ただ、マコちゃんが選挙中にまた変なこと言ったりするといけないから怒ったふりしてただけ。」
「ホント?」
僕はチャコと顔を合わせた。チャコはニタニタしている。僕も苦笑いした。
「そうだよ。僕は最初からそんなに怒っていなかったんだ。でも僕ももう自分一人で自由に振舞える存在ではなくなるから。だから僕の妹であるマコちゃんも言動には気をつけてね。」
「はい。……ねえ、お兄ちゃん。また前みたいに一緒に遊んでくれる?」
マコちゃんは本当に反省しているようだ。もう一度僕はチャコと顔を合わせた。そしてマコちゃんに視線を戻した。
「いいよ。じゃあ東京に戻ったら二人で何か美味しいものでも食べに行こうか。」
「ホントに?」
マコちゃんがようやく笑顔になった。
「うん。どこかいいお店探しといてね。」
「うん。」
「じゃあこれで二人の手打ち式は終わりね。早く事務所に移動しようよ。当確が出ちゃうよ。あたしは当選確実が出る瞬間が見たいんだから。」
チャコがせかす。僕はもう一度晴れ着姿のチャコを見た。
「ねえチャコ。どうしたのその格好。学校の方は大丈夫なの?」
僕は晴れ着姿で外出しようとしているチャコが気になった。
「ああ、これね。実はね、特例が認められたの。当選するのにセーラー服じゃさすがにかわいそうだって。」
マコちゃんとおそろいの振袖を着たチャコはニッコリ笑ってそう言った。既婚者ではあるが現役女子高生だけあって振袖姿がとてもかわいく見える。それから三人で歩いて選挙事務所に移動した。何かとても幸せな気持ちだった。
選挙事務所には既に多くの人が集ってきていて僕たちは拍手で迎えられた。チャコとマコちゃんと僕は一番上座の席に案内され僕は右にチャコ、左にマコちゃんに挟まれる形で真ん中に座った。マコちゃんの前のテーブルにはテレビのリモコンが置かれている。正面の大型スクリーンの切り替えは一番テレビ慣れしているマコちゃんが担当するようだ。マコちゃんは着席すると早速、大型スクリーンを聡美さんの所属するテレビ局に合わせた。
「聡美ちゃん、今日、キャスター初登場なんだって。聡美ちゃん、お兄ちゃんに感謝してたよ。お兄ちゃんのお陰で夢がかなうって。」
マコちゃんがボソッと言った。
それから数分が経過し、八時の時報が鳴った。各テレビの画面が一斉に選挙速報に切り替わり、次の瞬間、右下から赤丸に白抜きで「当」という文字を頭に僕の名前がスルスルと現れた。選挙事務所は拍手と歓声に包まれた。僕はチャコと顔を合わせ、マコちゃんと顔を合わせて微笑んだ。マコちゃんは手を叩いて喜んでいる。正面の大型スクリーンでは司会のお笑い芸人が簡単に自己紹介した後
「さっそく当選者第一号が出たようですね。では報道フロアを呼んでみましょう。報道フロアの黒田さ~ん。」
そう言うと画面が切り替わり、黒田聡美アナウンサーが登場した。聡美さんにとってはこれが念願の報道フロア初登場だ。
「はい。報道フロアからは私、黒田がお伝えします。今回の総選挙、当選者第一号は新潟県柏崎選挙区の白石啓一さんです。」
僕の名前と次点候補の名前が順に書かれている画面に切り替わった。僕の名前の頭には赤丸白抜きで「当」と書かれている。
「白石啓一。二十六歳。当選。まだ票は開いていませんが事前の情勢分析や出口調査の結果により当選が決まりました。白石さんは参議院の大物、白石権蔵参議院議員の孫娘婿にあたります。音楽プロデューサーとしての全国的な知名度を活かして公示前より有利に選挙戦を展開し圧勝です。」
聡美さんがそこまで話すと
「黒田さ~ん。」
司会のお笑い芸人が聡美さんに振った。聡美さんの映像にもう一度切り替わった。お笑い芸人の顔は画面の右上のところに小さく出ている。
「はい。」
「元カレに一言どうぞ。」
選挙事務所がざわついた。僕もビックリした。聡美さんは一瞬間を取りカメラ目線になった。
「石水君。当選おめでとう。よかったね。でも報道はあくまでも公正に、客観的にやらせてもらいますのでよろしくね。裕ちゃんの分まで頑張ってね。……ではスタジオにお返しします。」
選挙事務所はもう一度大きな拍手と歓声に包まれた。僕は立ち上がりチャコと握手し、それから抱き合った。これから本当に新しい人生が始まる。不安がいっぱいだけれどもこの子と一緒ならなんだかやっていけそうな気がした。
「ダルマだ!ダルマだ!」誰かがそう叫ぶ声がした。
(シーズン3へ続く)